若宇を教室まで送り届けた後、一人で廊下に出た。
 俺の唯一といってよい、安息の時間だ。
 窓枠に腰を預けて、一人ごちる。
 若宇とは同じクラスではあるが、基本的に教室の中では余り話さない。
 せいぜい授業中に、たこ焼き買って来いとか命令される程度。
 登下校や自宅と違って、親しい会話があるわけじゃないのだ。
 別に避けてるわけじゃない。
 いや、避けたいんだけどな。
 だが避けるまでも無いのだ。
 アイツの周りにはいつも、人が集まるから。
 今も馬鹿面下げて、大笑いしているだろう。
 相手をしなくて、せいせいする。
 それにしても不思議なのは、みんなアイツの本性を知っていて、それでも集まる事だ。
 どうしてみんなは、嫌になったりしないんだろうか?
 俺なんか、出会った瞬間から嫌になったのに。

「おはよー」

 ……………………。
 コイツの事も、出会った瞬間から嫌になったなあ、そういえば。
 側面からかけられた声を、あえて無視する。
 俺の大切な、休憩時間だ。
 相手などしたくない。

「おはよーっての、とーや」
「……………………」

 無視無視。
 てゆか、猫爪で切り裂きたい。

「ねえ、とーや。昨日貸したエロDVDで、何回抜いた?」
「借りてねえし、抜いてねえよっ!」


 あっ……。
 思わず突っ込んでしまった。
 不意を突かれたエロトークに思わず顔を向けると、満面の笑みを湛えた馬鹿男、坐郷ざごうとおるが立っていた。
 細身の身体に生来の優面に加えて、肩まで髪なんか伸ばしてるもんだから、見た目はまるっきり女だ。
 身長も低いし、喋りさえしなければ、充分美少女で通るだろう。
 だがこう見えてもこいつは、非常に能力の高い忍者である。 
 坐郷ざごう流とは、火球ひだま極枝きょくしを使った陰忍を得意とする家系で、京都大戦の後『百地』に隷属している。
 大抵『百地』に吸収された家系は、『百地』の事を恨んでいるものだが、コイツにはそんなところが微塵も見当たらない。
 同い年と言う事も有って、俺や若宇とも仲が良いのだ。
 特に若宇と話している時などは、美少女が二人で仲睦まじくしている様にすら見える。
 俺も子供の頃は、女と疑ったものだ。
 実際、そんな風に子供の性を偽る家系もあるしな。
 だが透は、正真正銘の男である。
 一緒に風呂に入った時、この目で確かめた。
 しかもデカい。

「なに、恨めしそうな目してんの?」
「……してねえよ」

 そういうのが、気になってもしょうがない年頃だろ。
 俺のは標準くらいだと……思う。
 摩理まりの評価によれば、だが。

「それよりさ、とーや。知ってる?」
「あんだよ」

 透の好奇心に満ちた問いかけを、適当に受け流す。
 コイツは、子供の頃は可愛かったんだけどなあ。
 成長するにつれ……。

「今日、転校生が来るんだってね」
「へー」
「しかも、女の子らしいよ」
「ほー」
「どんな子かなあ? 胸は大きいかなあ? 谷間の見える服、着てるかなあ? ノーブラなんかだと嬉しいなあ。僕のチンポ挟んでくれると、もっと嬉しいなあ。上目遣いで舌伸ばしてくれると、もっともっと嬉しいよねえ。片手で胸を寄せて挟んでさ、余った手で自分のクリトリスなんか摘んでくれると、もう最高だよねえ」
「……………………朝からエロビジョン爆発だな、お前は」

 そうなのだ。
 透はその外見に似合わず、重度の桃色ロジックの持ち主なのだ。
 成長するにつれ女性に興味を持ち、手当たり次第に女を口説いてゆく。
 その外見に騙された女性は数知らず。
 ストライクゾーンも広いらしく、どんなに年上でも年下でもオーケーらしい。
 それだけならばまだ良いが、コイツの性欲は留まる所を知らない。
 忍者の体躯を生かし、覗きや下着収集、果ては痴漢行為と、まさに忍者の面汚しである。
 こんなのが同期のNO3なのだから、世も末だ。
 ちなみに俺は、NO2の成績。
 トップは……言いたくない。

「とーやは、どうして欲しい?」
「どうもして欲しく、ねえよ」
「なんでー?」

 透が素っ頓狂な声をあげた。
 びっくりした二回生が、こちらを見て固まっている。
 先輩の階に、気軽に遊びに来るとこんな目にあうんだよ、後輩。
 誰だか知らんが。

「転校生だよ? 女の子だよ? ちょっとエッチなイベントとか、少しだけエッチなイベントとか、結構エッチなイベントとか、かなりエッチなイベントとか、引いちゃうくらいハードなイベントとか、期待するのが男の子ってもんでしょう?」
「しねえよ。ていうか、期待してるのはエロイベントのみか」
「それ以外、転校生に何を期待するって言うの?」
「……………………」

 だからコイツとは、話したくなかったんだ。
 森羅万象、全てがエロトピックス。
 それが坐郷ざごう透という男である。
 コイツの思考は、師匠と通ずるものがあるなあ。

「あれ……噂をすればって奴だね♪」
「ん?」

 透の視線を追いかけて振り向いてみる。
 そこには我がクラスの担任である、一部に眼鏡マニアのファンを持つ藍田あいだ先生と……。

「おはよーございます、りんちゃんせんせー♪」
「お早う御座います、藍田先生」

 見た事の無い制服の少女。
 あれが転校生か。
 長い髪で慎重も結構ある。
 校内美少女ランキングで上位に位置するだ……。

「ほいほい、少年たちー。もう授業始まるでー」
「……………………」

 藍田先生の関西弁も、俺の耳には届かなかった。
 多分、透も同じだろう。
 珍しいわけじゃない。
 俺の知り合いや『百地』の幹部、出稽古先の師範クラスにも、居る事は居る。
 だが……彼女は、余りにも異質であった。
 失礼な事と解っていても、思わず視線がそこに集中してしまう。
 しかしそれを、隠そうともしていない。
 むしろ誇らしげに晒しているかのようだ。


「……………………」

 俺を睨み返す彼女は……隻眼せきがんだった。
 左目の上から頬まで走る、鈍い刀傷。
 俺と透を見向きもせず、颯爽と脇をすり抜けていた。
 一流の武芸者のみ身に纏う事の出来る、独特の波動。
 ふむ。
 あれが転校生……『百地』じゃない忍者、ね。
 どうやら、親の都合で転校してきたり、訳有りで何かから逃げてきたわけじゃなさそうだ。
 隻眼に、明確な意思が宿っている。
 これは……もしかすると、もしかするかも……。

「……って、透!?」
「……え?」

 透自身も、気づいていなかったらしい。
 モーションに入った透の手を、必死に遮った。
 指の先には、小さな黒。

「こんなところで、何考えてんだよっ!」

 こんなとこじゃなきゃ、良いって訳でもないんだけどな。
 透の手には、坐郷ざごう衆が得意とする火球の種が握られていた。
 これを親指でこするように投擲して、敵にダメージを与えたり目を眩ませたりするのだ。
 ……………………。
 敵?

「あ……え……?」

 どうやら透は、無意識に攻撃を仕掛けようとしたらしい。
 自分でも、何故そんなことをしようとしたのか、解っていないのだろう。
 俺には解る。
 俺も何度と無く、味わってきたのだから。
 自分から仕掛けねば、確実に屠られる。
 そう思って、一番危険で一番安易な道に、足を踏み入れてしまうのだ。
 しかし、いかに馬鹿でエロだとは言え、この能天気で卓越した忍者を、ここまで追い詰めるとは……。

「解らない……なんで僕……?」

 それが恐怖って奴だよ、透。
 坐郷ざごう衆の生き残りであり、若手のトップ3でもある透は、横を通り過ぎただけの女に恐怖したのだ。
















第二話 『白き武芸者』









「ほならなー。今日は転校生を紹介するでー」
「はーい」

 クラスの皆が、元気な声を上げる。
 非常に馬鹿っぽい。
 まるで幼児クラスみたいだ。
 ま、その筆頭は若宇なんだけどよ。

「ほな、挨拶してんか」
「…………」

 藍田先生の横に立った少女が、軽く会釈をした。
 その物腰は、優雅にして鮮烈。
 まるで、打ち終えたばかりの日本刀のような印象だ。
 そしてそのまま、時が止まる。
 ……………………。
 皆の期待が、すかされていた。
 藍田先生が思わず、突っ込みを入れ始める。

「いや、ほでなくてな」
「……?」

 苦笑する藍田先生の心中は、少女に届いていないらしい。
 何を言われているか、解っていないようだ。
 俺は頬杖を付きながら、少女の身体を見つめる。
 透と違って、別にいやらしい意味じゃない。
 少女の身体つきから服装の形態までを分析して、戦力を測っているのだ。
 この学園の制服ではない、深緑色のブレザー服。
 どこにも、おかしな膨らみはない。
 と言う事は、武器を所持していない……おかしな……膨らみ……。
 やべえやべえ。
 思わず一点に、視線が集中してしまった。
 師匠、恨むぜ。

「自分の名前を聞きたがってるんやて。特におっとこどもがなー♪」
「……………………」

 藍田先生がギャグで言ったつもりの、『男ども』の部分には何の関心も示していない。
 少女は静かに、頭を下げた。

真田さなだ……白雪しらゆき……」

 そっけない挨拶。
 クラスの誰もが、拍子抜けした事だろう。
 だが、俺は。
 少なくとも、俺と若宇は違った。
 真田。
 その名を持つ忍者が、このクラスに現れたのだ。
 横目で、若宇の表情を確認してみる。
 流石に若宇も…………………………。
 なんで、ウズウズしてやがんだ、アイツ?

「しかし……よりにもよって、真田かよ……」

 思わず口に出してしまったが、素直な感想だ。
 真田。
 忍者の歴史の中でも、これほど重い名前は無いだろう。
 大雑把に言えば、忍者は伊賀系と甲賀系に別れる。
 勿論他流派も有るし、名前を知られていない実力者もごまんと居るだろう。
 簡単に説明するとしたら、伊賀者は卓越した技を持ち、甲賀者は一糸乱れぬ集団忍術を得意とする。
 どちらが良い悪い、強い弱いと言うわけではない。
 甲賀の陣形がたった一人の伊賀者に破られる事も有るし、卓越した実力者の伊賀者が、自分より遥かに技量の劣る甲賀者に屠られる事もある。
 忍者の家系を遡れば、伊賀や甲賀の出である事が多い。
 そしてその性質も、大抵色濃く残っている。
 だがやはり、歴史はイレギュラーな存在を産み落とす。
 それが真田。
 真田雪村が組織したと伝承される、真田十勇士なる忍者集団は、実はどこかのトンチキ小説家が考え出したフィクションだ。
 まあ、岩を千切って投げたり、空中を数里飛んだり、体中をなますに刻まれても死なない奴らの集まりだったりするからな。
 だが、真田忍軍と呼ばれる忍者集団は、この世に存在するのだ。
 そう、言ってみれば、伊賀者と甲賀者の性質を兼ね備えたような忍軍が。
 それが、真田だ。

「……………………」
「あ、あんな……その……」
「……?」

 リアクションに困っている藍田先生も忍者だが、明らかに立ち振る舞いが異なっている。
 藍田先生は、『百地』系の忍者。
 元の流派は知らんが、おそらく伊賀出身の家系だろう。
 俺んとこもそうだし、若宇なんかは伊賀者の本尊みたいな家系だ。
 甲賀系って言うと、透のところがそうだな。
 透の意地汚いまでの社交性は、甲賀風と言えなくもない。
 だが、両方とも忍者である事には変わりない。
 己の技に固執するか、主君に殉じるか。
 そのくらいの違いである。
 対して真田は……忍者と言うよりは、武芸者集団だ。
 今風に言えば、格闘家ってことになる。
 伊賀者もその性質が強いが、真田は比較にならないくらいに、己の技にプライドを持っている。
 ぶっちゃけ、敵に勝てば死んでも良いくらいに思っているのだ。
 ここらへんは、武芸者と兵法者との違いも有って、なかなかややこしい。

「ほ、ほな。真田ちゃんの席はな……」
「ほいっ♪」

 突然若宇が、挙手して立ち上がった。
 クラス中の視線が、若宇のウキウキとした表情に注がれる。
 な、何考えてんだ、あの馬鹿おん……。

「ゆっきーの席は、あたしの隣だー!」
「……………………」

 ……な?
 さっきから若宇がウズウズしてたのは、このせいか。
 この馬鹿女……空気読めよ。
 既に愛称で呼んでるわ、さも決定事項のように断言するわで、取り付く島も無い。
 てゆうか、さ。
 若宇の席は、クラスの中央に位置している。
 ちなみに俺の席は、クラスの窓際最後方だが、そんなのはどうでも良くて。
 故に若宇の隣は、空席ではないのだ。
 いや、今現在は空席なのだが。
 そう言えば最近、姿を見ないな……。

「ちょ、ちょう?」
「あんだよ、凛ちゃん」
「学園では、藍田先生呼べゆーとるやろっ! い、いや、ほでなくてな。自分の隣は、葛篭つづらの席やで?」
「いーじゃん。アイツ最近、来てねーし」

 そういう問題でもねえだろ。
 だが、確かに若宇の言う事も気になる。
 どうしたんだろうな、摩理の奴。

「とゆことで、ゆっきーの席はアタシの隣に決定だーっ。文句の有る奴は、ペケが相手になるぞっ」

 俺かよ。
 だが指名されて、無視するわけにはいかない。
 俺は石川流の忍者なのだ。

「……」

 静まり返った教室の中、俺はそっと立ち上がった。
 ああ……痛いよなあ、俺。
 解ってるさ。
 充分に解ってる。

「反論は?」

 俺の言葉に、クラス中がプルプルと首を振る。
 別に怯えてるわけじゃないだろう。
 面倒くさい事は俺に押し付けろとの、風潮が出来ているからだ。
 さぞかし俺は、ヘタレのお調子者に見えるだろう。
 痛い。
 俺も空気の読めない奴に、見られてんだろうなあ。

「じゃあ、藍田先生。そう言う事に成りましたんで。摩理の席は、俺が用意しておきます。スペース的には俺の隣くらいしかないでしょう」
「……ペケちん。自分も、難儀な役割やなあ」

 ああ、同情が心地よい。
 藍田先生は俺の事を、昔から良く知っている。
 師匠や静流様と仲が良いので、自然と顔を合わす機会が多いからだ。
 俺が若宇にこき使われているのも、ずーっと見てきている。
 ちなみに、藍田先生は教師。
 師匠との格差は、静流様の嫌がらせだろう。

「んじゃ真田ちゃん。ちみっと強引やってんけど、席は若宇の隣な」
「……………………わか……う?」

 真田の名を持つ少女が、初めて自分の名前以外の言葉を発した。
 それだけじゃない。
 言葉には、溢れんばかりの闘気が篭っている。
 誰も気づかないだろう。
 俺と若宇以外……。

「そう。百地若宇。今日からゆっきーの隣になる女だーっ」
「……………………百地……若宇……………………」

 いや、若宇は気づけよ。
 頼むから。
 真田の表情は、まるで戦いに赴く前の侍みたいに引き締まっている。
 虚栄無く、恐れも無く。
 細い身体には、筋肉の緊張が浮かんでいた。
 まったく隙の無い、直立の構え。
 まさか……ここで仕掛けるつもりか?
 対して若宇は……馬鹿面下げて、ヘラヘラ笑っている。

「……………」

 俺は懐に忍ばせておいた、打板を意識する。
 この打板だばんとは師匠のオリジナル忍具で、丁度棒手裏剣と飛針の中間に位置する投げ物だ。
 長さ15cm、重さは約30mg。
 普通棒手裏剣と言えば、刃があって持ち手があるのが通常形態なのだが、この打板だばんはちょっと違う。
 刀身と持ち手の区別が無い……と言うか、はっきり言えば尖った細い板である。
 古今東西、このような投げ物は見た事が無い。
 重ねて収容出来るので、携帯に便利とは言えなくもないが……。
 これでは投げた時、空気抵抗が大きすぎる。
 特に横風など受ければ、容易く軌道が変わってしまうだろう。
 故にこの打板だばんは、特殊な投擲法が必要になってくる。
 指先はおろか、手首、肘、肩。
 腕全体で、捻るようにして投げるのだ。
 ただの板でしかない打板だばんが、この投擲方法で投げられた時、一本の手裏剣と化す。
 普通に棒手裏剣を使えば良いと思うのは、俺だけじゃないだろう。
 何故こんな忍具を使うのかは、さっぱり解らないが……。
 まあ、師匠のやる事に、いちいち理由なんか存在しないしな。

「……………………」

 真田が、俺に視線を向けた。
 看破されたか……。
 もし不穏な動きを見せれば、俺は即座に打板だばんを投げていた。
 白昼堂々、しかも一般人も混じった学園の教室ですることじゃないが……。
 なに、そこはそれ。
 この街は、忍者の多く住む街なのだ。
 大概の事は、『ああ、忍者だからね』で済んでしまう。
 良くも悪くも、そんな街なのだ。

「…………」
「……………………」

 真田は、俺から目を離そうとしない。
 無論俺もだ。
 真田の隻眼を……。
 吸い込まれるような瞳。
 片方を失う前はさぞかし……いや。
 むしろ隻眼である今の方が、美しいんじゃなかろうか?
 戦うために特化した少女。
 多少傷が付いていようが、それが何だと言うのであろう。
 美術品や、愛玩動物なんかじゃない。
 あれは……彼女は、武器なのだから。

「……さ、真田ちゃん? なんでペケと見詰め合ってるん?」

 藍田先生の冗句で、教室中に笑いが木霊した。
 若宇の馬鹿も、大口開けて笑っている。
 クラスの雰囲気に気が削がれたのか、真田は一瞬俯き、その後若宇の方に歩き出した。
 先ほどの闘気は、微塵も感じられない。
 引くべきは引き、押すべきは押す、か。
 なるほど、真田の名を持つに相応しい一流だ。
 真田は静かに、若宇の隣に座った。

「なー、ゆっきー。ペケのこと、気に入ったのかー?」
「……………………」
「気に入ったんなら、あげよーか? アレ、アタシのもんだけどよー。お近づきの印に、くれてやらんこともない」
「……………………」

『百地』の名を持つに相応しくない、馬鹿女め。
 そんな若宇の言葉にも、真田は無表情だった。
 ここまで無視された経験の無い若宇が、訝しげな表情を浮かべる。
 何もかも、お前の思い通りに動くと思うなよ。

「ほなら自分ら。よく聞いてや」

 一応騒動が治まったと思ったのか、藍田先生が仕切りなおした。
 先生はいつもの通り、ホームルームなるものを無視している。
 まあ、忍者の記憶術と把握術があれば、出欠なんて取らなくても大丈夫だしな。
 こんな子供ばっかりのクラスに連絡事項とか伝えても、意味が無いのも解り切っている。

「今日の一時限目の選択の陽忍学な。アレ、自習っちゅーことで」
「えー? またですかー?」
「またや」

 女生徒の突っ込みに、藍田先生が苦笑いを浮かべた。
 この学園は、忍者養成の側面を持ち合わせている。
 故に授業にも、陽忍学や影歴史なんかが盛り込まれているって訳だ。
 勿論一般人には何の意味も無いので、選択式になってるけど。

「凛ちゃーん。おとーちゃん、またどっか行ったのー?」
「藍田先生呼べゆーとるやろ、このクソジャリがっ!」

 おお、怖い。
 お茶目に見えても藍田先生は、結構礼儀作法とか生活態度に厳しい。
『百地』の若宇を怒鳴り飛ばせるのは、藍田先生ともう一人くらいなもんだ。
 両親は……ダダ甘だしな。

「……まあ、そーゆーこっちゃ。陽忍学を選択してるもんは、大人しく教室に残って自習や。ええな」
「はーい」

 教室の中で、無意味な挙手が林立する。
 幼児クラスか、ここは。

「それとな、若宇」
「ん? なんだよ凛ちゃん?」
「…………自分は自習時間中、説教やっ! 着いてこんかいっ!」

 油断していたのだろう。
 きょとんとした若宇の耳を、教壇から一足に飛んだ藍田先生が摘み上げた。
 情けねえ。
 あれでも、『百地』なのかね。

「いだだだだっ!?」
「ええかクソジャリっ! 学園では藍田先生と呼べと、何回言わすねん!」
「せ、せやかて凛ちゃん……」
「自分まで関西弁使わんでええっ! 来い! そのエセ関西弁と併せて説教やっ!」
「だって凛ちゃんの関西弁も、じゅーぶん怪しいぞー」
「やかましっ!」

 そのまま若宇は、ずるずると引きずられて行った。
 そっち方向に引っ張ると、耳取れちゃうんだよな。
 むしろ千切って欲し……ん?
 教室の出口で、藍田先生が振り向いた。
 俺の方を見てる?

「せや、ペケちん」
「……はい」
「まだ真田ちゃんは、選択を選択してへんのや。自分、選択は陽忍学やろ?」

 すげえ嫌な予感がする。

「……はい」
「丁度自習やし、学園の案内でもしてやってや♪」
「……なんで俺が……」

 というか、案内をするような間柄ではないだろう。
 真田は『百地』系じゃない忍者。
 すなわち、間者の疑いがある。
 若宇を……『百地』を狙う間者の疑いが。
 そして俺は、『百地』の守護者なのだ。
 それが解らない藍田先生でも無いだろう……。
 ……………………まさか、早々に葬り去れ、と?

「自分、クラス委員長やろ? こーゆー時の案内は、クラス委員長がするもんやんか」
「……………………」

 そう言えば、そうだったな。












「で、ここが食堂。二時限目後の休み時間と、昼休みに開放される」
「……………………」

 数分後俺は、真田白雪を連れて校内を歩き回っていた。
 その間の真田と言えば……。

「…………あの女は…………」
「ん?」
「……百地若宇は……ここで食事を取るの……?」
「……ああ。アイツは基本的に弁当持ちなんだが、大抵ここで食うみたいだ。弁当の他に、どうしても汁物が欲しいとか言ってな」
「…………そう…………」

 こんな感じである。
 どこに行くにも、若宇の事を聞いてくるのだ。
 俺も答える義理は無いんだが……てゆうか、答えちゃ不味いんだが。
 ついつい、馬鹿正直に教えてしまってるな。
 なんでだろう?
 きっと真田には……邪気が無いせいだと思う。

「……………………」

 真田の隻眼には、確かに何かたくらんでいるような光が浮かんでいる。
 それくらいは解る。
 だが、なんと言うか……。
 決して、策謀を張り巡らせようとしてる雰囲気じゃない。
 むしろ……純粋に、若宇に興味があるといった風情だ。
 刺客とは違う感じ。
 でも……なんで?

「…………なに?」
「あ?」

 真田と視線が絡み合う。
 そうか……今、俺。
 思わず見つめてしまったのか。
 白い肌に刻まれた、無数の薄い傷跡。
 流れるような髪。
 少しだけ違和感のある髪飾り。
 ……………………いかんいかん。

「いや。なんでもねえ」
「………そう……」
「これで大体、校内は終わりだ。他に案内して欲しいところは?」
「……………………一つだけ……………………」

 女に心奪われた忍者の結末など、古今東西酷いものでしかない。
 それが解ってて尚。

「……空……」
「空?」
「……空が……見える場所……」

 何故俺は、真田の事を見つめてしまうのだろう。














「ここがこの学園で、一番見晴らしがいい。てゆうか、喰代じゃ一番高い建物だからな」
「……………………」

 俺は真田を連れて、屋上に上がっていた。
 真田の髪が、春風に流れる。
 多分、俺の言葉も届いていないだろう。
 真田は瞳を細めて、天を仰いでいた。
 その隻眼で、何を見ているのだろう?
 何を見詰めているのだろう。

「……そら……好きなのか?」

 思わず、陳腐な台詞が口をつく。
 ああ俺、やっぱり親父の息子だなあ。
 こんな聞き方しても、答えは一つだろう。

「……別に……」

 俺の予想通りの答えが、真田の薄い唇から発せられた。
 まあこんなもんだろうな。
 予想していたので、『じゃあ何故空が見たいなどと言ったのか』とゆう質問は、辛うじて押しとどめる事が出来た。
 俺も別に、そんな事を聞きたかったわけじゃない。
 なんとなく、話のきっかけが欲しかったのだ。
 ……………………。
 きっかけ?
 そうだ。
 ようやく思い出した。
 俺は、石川流伝承者なのだ。
 微かに鼓動を刻んでいる、真田の胸など凝視している場合ではない。

「なあ真田」
「……」

 俺の問いに、真田は視線を下げた。
 どこか虚ろで、しかし目的を見定めている隻眼。

「お前さ。真田の忍者なん……」
「石川流忍術、石川十哉」
「……………………は?」

 質問を遮られ、あまつさえ呼び捨てで呼ばれてしまった。

「幼少部卒業と同時に、石川流秘忍具、『猫爪』と『熊爪』の伝承を果たす。同時にこの国で唯一となった忍軍、『百地』の守護役を命じられる。身長175センチメートル。体重、85キログラム。数値だけなら重すぎる印象もあるが、その体重の殆どが、瞬発性筋繊維で占められている。石川流抜刀術の全てを納め、他流派の修練も納めている。得意とする戦闘パターンは、飛び込みからの抜刀」

 ……………………。
 俺って今、85キロも有ったのか。
 ……違う違う。
 ポイントはそこじゃない。

「随分流暢に喋るんだな、真田」
「……………………」

 そこもポイントじゃない気もするが、何故かその点が気になったのだ。
 そう考えつつも、身体中が緊張してゆく。
『熊爪』と『猫爪』は……教室か、クソ。
 懐にある、打板だばんに精神を寄せた。
 組み打ちでも行けるだろうが……仕事は早い方が良い。
 ここまで丁寧に調べられていると、かえってやり易いしな。

「真田……お前の目的は?」
「……………………」
「それ如何によっては、お前を排除しなくちゃならねえ」

 事によったら、見逃したり協力したりしてやっても良い。

「私の……目的……」

 真田が、まっすぐに歩き出した。
 なんの威勢も脅威も感じない。
 ただ真っ直ぐに、俺の正面に……。

「……!?」

 真田の右手が、俺の肩に添えられた。
 途端に、全身の力が抜けていく。
 合気か!?
 古武柔術では、標準装備とも言える合気。
 相手の力とツボを的確に責め、敵を無効化する技だ。
 魔法のように思われている合気だが、実際は体系付けられた技術論である。
 ……って、冷静に解説してる場合じゃないな。
 通常の合気なら、体内で気の通り道を作ってやればよい。
 金縛りから脱出する時の要領……。

「なっ!?」

 突然、膝の力が抜けた。
 古武柔術の、合気をも抜ける事の出来る俺が……。
 捕らわれた!?

「てぇ」
「……くっ!」

 真田が静かに気合を入れると同時に、俺の身体がふわりと浮いた。
 肩を支点に、空中で横に半回転する。
 下は……コンクリート。
 なめるな!

「…………………」

 次の瞬間、俺に目に映ったのは……。
 真田の、少しだけ感心したような顔であった。
 俺は……肩が痛い。

「そんな方法で……抜けるなんて……」
「これでも一応、忍者なんでな」

 真田に投げられて、頭からコンクリートに激突する瞬間。
 俺は肩を外して、力のベクトルを逃がしてやったのだ。
 代償として関節が悲鳴を上げているが、なに。
 頭からコンクリートに激突するよりは、遥かにマシだろう。

「……てっきり……自分から飛ぶのだとばかり……」
「そうしたら、一回転させられるだろ。今度は膝を支点に、よ」

 真田がすっと肩をすくめた。
 俺への、敬意の証なんだろうな。
 真田が使った技は、柔術で言うところの『節車ふしぐるま』である。
 合気を使って敵の力を奪い、肩を沈めるような感じで、半回転させて頭から叩きつける技。
 この状況に陥った時、生半可に武術を齧った人間はこう思うだろう。
 自ら飛べばよい、と。
 しかしそれは、頭で物を考える、素人武術家が陥りがちな誤りである。
 自ら飛んだ瞬間、その力をも利用して再び合気で叩きつけられる。
 都合、一回転半の力で、頭から激突だ。
 しかも身体が落下している分、受身すら取れない。
 古武道は、素人が対応できるような生易しいものではないのだ。

「……流石……石川ね……」

 褒められるのは照れ臭いが、喜んでも居られない。
 今のは、ただの小手調べなのだ。
 別に宣戦布告されたわけじゃない。
 今のが躱せないようじゃ、戦いを挑む価値すらないのだろう。
 つまり、これからが本番、と。

「なあ真田」
「……?」

 俺は肩膝を付きながら、真田に問いかけた。
 先ほどは答えてもらえなかった問い。

「お前の目的は?」

 今なら。
 小手調べとは言え、真田の技を躱した今なら、答えてくれるだろうと思った。

「……百地……若宇……」

 やはりか。
 これで、俺たちの関係は決まった。
 なんだかんだ言っても、俺は百地の守護役なのだ。
 折りたたんだ脚に、力を込める。
 石川流抜刀術。
 刀を持たなければ戦えないような、やわな流派ではない。
 肩が外れたままだが、それはそれ。
 飛び込んだ瞬間のインパクトを利用して、元に戻すだ……。

「……をギャフンと……言わせること……」
「……………………は?」

 ぎゃぎゃぎゃ、ぎゃふん?
 思わず膝の力が抜ける。
 今……なんて言った、真田?

「金切り声を上げて……めちゃくちゃ引っかいて……地面にひれ伏させて……髪の毛掴んで……許しを請うまで苛める……」
「……………………」
「私は……百地若宇を……泣かせるために……ここに来た……」

 そういうと真田は、踵を返して歩き出した。
 ボーっとした頭で、真田の背中を見送る。
 ……………………。
 ……………………。
 ……………………。
 ぜひやってくれ。
















 俺は学園の端に有る、巨木に身を委ねていた。
 下校途中の学生たちが、笑いながら通り過ぎていく。
 本当なら、俺には色々仕事があったんだが……。
 若宇の馬鹿のせいで、全部潰れてしまった。
 来月の体育祭の打ち合わせで、出席しなくてはいけなかったのだ。
 若宇の馬鹿が、俺をクラス委員なんかに推挙するから。
 そこまでして、俺の監視を逃れたいか。
 その若宇は、純や透と一緒に帰っていった。
 まあ、居場所は解っている。
 またいつもの如く、レイナさんの待つ喫茶店だろう。
 ……俺も行きたかったな。
 まあ、羨んでもしょうがない。
 問題は……その打ち合わせのおかげで、もう一つの用事をこなせなかったのが痛い。
 真田白雪。
 真田は放課後になると、すぐに居なくなったのだ。
 きっと……。

「それにしても、遅いな」

 あれから真田は、何のアクションも起こさなかった。
 授業中も休み時間も、面倒くさそうに、若宇の隣に座っているだけだ。
 空気の読めない若宇が、馬鹿面下げて色々と話しかけていたが……。
 それを真田は、じっと見据えているだけ。
 多分、若宇の事を観察していたんだろう。
 身体能力から、ちょっとした仕草。
 性格まで記憶して、若宇襲撃を練っていたに違いない。
 単純明快な、若宇の事だ。
 恐らく、微に細に看破されているだろ……。

「……………………」

 頭の上から、樹皮の欠片が落ちてきた。
 なにもわざわざ上からと思うが、それがこいつの生態だからしょうがない。
 ウンザリして見上げると……。
 目に優しい、青色のストライプ。

「げっ歯類はー♪ ちっじょー最強なのー♪」

 トボケた自作の曲を歌いながら、木の上から逆さになって降りてくる女。
 スカートが腰の辺りまで下がって、青色のストライプパンツ全開である。

「なんでもー♪ かじっちゃうのー♪」
「……………………齧んなよ」

 俺のツッコミにも反応せず、ストライプパンツが地上に降り立った。

「待ったの、ペケちゃん?」
「待ったよ。てゆうか、遅いよ」
「ごめんなの。美味しそうな木の実が、こんもりと生っていたので、つい」
「春先に、木の実なんかねえよ」

 目の前で、にぱっと笑う。
 その口に中には、げっ歯類とは思えない犬歯が光っていた。
 いや、げっ歯類じゃないんだけどな。

「で、報告は」
「その前に、報酬なの」
「……はあ……」

 ため息をつきながら、制服のポケットから小袋を取り出す。
 全然話が、前に進まない。
 やっぱり、こいつに頼んだのが間違いだったか……。
 だが、こいつの情報能力は、誰よりも確かなんだよなあ。
 忍者の街で、忍者に悟られる事無く情報を集められる女。
 それがこの、ストライプパンツを愛着する女なのだ。

「ほらよ」
「きょ、今日のは?」
「母さんから貰った、南米産のカシューナッ……」
「はむっ♪」

 言うより早く、小袋から豆を取り出して頬張りだした。
 小さな顔が、たちまち大きく膨れていく。
 人類の構造上、あんな風に頬は広がらないはずだが……。

「んー♪ やっぱり、豆なの♪」
「……そうかい」

 さすが、姫島ひめじまらみ。
『ルート外れの先祖がえり』と呼ばれた女。
 ダーウィンも、草葉の陰で泣いているだろう。

「残りはね、冬まで取っておくの♪ 埋めて保存するのが、げっ歯類なの♪」

 目の前で、満面の笑みを浮かべて豆をほおばる女。
 それが俺たちの幼馴染、姫島らみである。
 小さい頃は内気で、運動神経もあまり良くなかった、普通の子供だった。
 泣き虫だったらみは、良く俺の後ろに隠れたもんだ。
 若宇のイタズラや、透や摩理のセクハラから。
 それでも俺たちは、仲の良い幼馴染だったと思う。
 しかしある時、事態が急変した。
 森に遊びに行った俺たちの前で、らみが攫われたのだ。
 なんと、リスごときに。
 尻尾がシマ模様のリスが数百匹、協力してらみを連れ去ったのだ。
 俺たちも必死に追いかけたが、らみの姿は瞬時に見えなくなった。
 そして、なんと三年。
 らみが見つかったのは、攫われてから三年後の事である。
 見つかったらみは……人類の証たる、直立歩行ではなくなっていた。
 腰を持ち上げるような、四足歩行。
 特に、木の上の移動が多くなったのだ。
 豆を主食とし、何故かストライプパンツを愛用するようになった。
 多分だが……。

「ぽりぽり♪」

 らみを攫ったのは、リスの復讐なのだろう。
 リスと言う生物は、意外に知能が高い。
 忍者でもその存在に気づかないほど、隠密性にも優れている。
 そこに目をつけた忍者が、リスを使う忍術を開発したのだ。
 まるでどこぞの馬鹿格闘漫画のようだが、事実なのだからしょうがない。
 忍者に育てられ、人語を解するほどに知能を高めたリスたちは、次第に自我に目覚めた。
 平和だった森に、人の手が入ったのだ。
 忍びの仕事で、犠牲になるのはいつもリスばかり。
 諜報をさせられたり、その身に爆弾を括り付けて吶喊とっかんさせられたり。
 全身に毒を塗られ、飲料水貯蔵庫に身投げさせられたりもした。
 そんなリスに、人類……とゆうか忍者は復讐されたのだ。
 いや、らみの家は、普通のサラリーマン家系なんだけどな。
 俺たちと一緒に居たのが、不運だったのだろう。
 そしてらみが戻ってきた時……。
 らみは、まるでリスのようであった。
 ベクトルを間違ったまま、先祖帰りしたかのように。
 事態を重く見た『百地』は、動物を使う陰忍の一切を禁じた。
 かくして森には平和が戻り、らみはストライプパンツをさらけ出しながら木の上を闊歩する事になる。

「まあ、そんな事はどうでも良いな」
「ん?」

 らみが頬を膨らませたまま、俺と向き合った。
 うーん。
 突付いてみたい。

「それよりらみ。もう豆食ったんだから、いい加減に報告しろよ」
「あ……そうだったの」

 俺は幼馴染と言う立場から、良くらみの事を利用する。
 情報収集に長けているし、なにより『百地』まで話が伝わらないのが良い。
 報酬も安いしな。

「んとね……転校生の真田白雪ちゃん。バストは95センチなの。なんと、Dカップなの」
「……お前より、20センチ以上も大きいな。カップ数にいたっては、四倍じゃねえか」
「ほっといてなの」

 完全無欠のロリータ体型のらみが、軽く頬を膨らませた。
 というか、そんな情報を知りたいわけじゃないんだが。
 どうして俺の周りには、こんな奴ばかり集まるのだろう。

「それより、今どこに居るんだよ。そのDカップは?」
「……最近ペケちゃん。とーるちゃんと大河ちゃんに、毒されてきてるの」
「うるせえ」

 確かに今のDカップ発言は、ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。
 反省反省。

「今は一人で、戸上とがみ道場に居るの」
「戸上? あの実践忍術を謳った、あの戸上?」
「そうなの」

 戸上流とは、喰代に存在する忍術の道場である。
 他流にも広く門戸を開いており、一般人相手には中々評判が良い。
 一般人には、だ。
 少なくとも忍者の間では、良い評判なの聞かないのが実際のところである。
 一般人相手のエクササイズというのが、一番適当だろう。
 忍術など、一般人に伝来できるものではない。

「戸上なんかで、なにしてるんだ?」
「なんか、ぶっ倒すとか言ってたの」
「戸上を?」
「そうなの」

 道場破りか。
 俺も同じ事したことが有るから解る。
 戸上は、ちとヤバイかな。
 弱いが、人数が多いのだ。
 実際の戦闘では、人数が物を言う時も多い。
 現実的に考えて、一人で百人単位を倒すなど、夢物語でしかないからな。
 少なくとも俺は、そんな人間など知らない。

「……………………」
「行くの、ペケちゃん?」
「……………………」

 行く?
 俺が?
 何で?
 もし真田が戸上流に倒されても、それはそれで好都合だ。
 俺の手を煩わせることなく、守護の任を遂行出来る。
 行く理由なぞ、微塵も見当たらない。

「なんでそう思うんだよ、らみ」
「だって……」
「だって?」
「そんな目をしてたの」
「……………………」

 空が見たいといった真田。
 若宇を泣かすと言った真田。
 隻眼の真田。

「……まあ、見学くらいはしても良いかな。今後の戦闘力分析も出来るし」
「ふぅん」

 らみが、なにか含みのある笑顔を浮かべた。
 リスっ娘の分際で、何を知った風な事を。
 多少苛付いたが、気にしてる時間はねえ。

「じゃあな、らみ。任務ご苦労」
「あ、ペケちゃん!」

 呼び止める声にも振り向かず、俺は走り出した。
 なんで俺は、走り出したんだろう?
 答えなど持たない。
 自分でも自分が解らないまま、戸上流の道場目掛けて走り出した。

「次は、ひまわりの種が食べたいのー!」
「……………………」

 秋まで待ってくれ。
















「…………………………」

 道場の門を開き、俺が見たのは。
 倒れた男たち。
 腕を折られ、アバラを砕かれ、脚を曲げられ。
 中庭で呻く男たち。
 推定で、45人の怪我人達と。

「……………石川………十哉…………?」

 その中で、凛と立ち尽くす無手の少女。
 頬に返り血を浴びながらも、髪をなびかせ。
 青い空を凝視する真田だった。

「何を……しに……?」
「……………………」
「……?」
「さあな」

 小首をかしげた隻眼の少女に。
 そう答えるのが、精一杯だった。

「お前こそ、ここで何してんだよ」
「私は……身体を動かしたかった……だけ……」

 仮にも忍びの一派を名乗る流派を壊滅させておいて、準備運動しましたみたいなノリかよ。
 危険だ。
 真田白雪。
 この女は、危険な存在だ。

「……百地若宇……」
「……?」
「もう少し……手応え……あるのかな……」

 その隻眼で、何を見詰めているのだろう。
 真田は、俺の脇を通り過ぎた。
 まるで、俺のことなど眼中に無いかのように。







END
























四月十六日 晴れ(少し風)


 今日始めて、転校生を見た。
 転校生の女の子は、真田白雪ちゃん。
 仲良くなりたかったから、ゆっきーってあだ名を付けちゃった。
 席も隣同士に成れたし(ちょっと強引だったけどね)、これから仲良くできると思う。

 でもゆっきーは、不思議な女の子だった。
 あたしがどれだけ話しかけても、ただ頷くだけだし。
 なにか、狙っているような……。
 そして一番不思議だったのは、その青い瞳だった。
 片目をふさぐ刀傷。
 片目の人は見た事有るし、別にそれはいいんだけど。
 女の子なのに、それを隠そうともしない。
 綺麗な顔してるのに、ちょっともったいない。
 でもそんな事、関係ないよね。
 これから仲良くできるかな。
 そう思ってたら、凛ちゃんに小一時間説教さりた。
 なんで?

 お昼にゆっきーも誘おうとしたんだけど、いつのまにかドコかに居なくなっちゃってた。
 一緒にご飯食べたかったな。
 ペケのご飯、なかなか美味しいんだよ。
 いつもおとーちゃんとおかーちゃんも、美味しいって言ってるし。
 明日は一緒に食べられるかな。

 夕方、喫茶店で純ちゃんと透君と、一緒にお茶をした。
 いつものツケだけど、レイナさんはOKしてくれたしね。
 そこに、らみちゃんが飛び込んできた。
 なんでもゆっきーが、戸上の道場に殴り込みを掛けたんだって。
 そうしてそんなことしたのかな、ゆっきー。
 ちょっと心配したんだけど、大丈夫だよね。
 ペケが、その後を追ったって言ってたから。
 でも夜に、その事をペケから聞いた。
 戸上の忍者。
 そんなに強い人たちじゃないけど、さ。
 まさか、全滅させるなんて。
 しかもペケの話だと、無手だったらしい。
 みんな、骨を折られていたんだって。
 極枝が得意なのかな?
 でも多人数相手に、極枝で対抗できるものなのかなあ。

 何かが動き出してるかもしれないけどさ。
 あたしはあたし。
 若宇は、どこまでも若宇だから。
 明日も元気にいこーっと。



 おわり。



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