いつも通り、半裸で正座している若宇の後ろに立つ。
 櫛を右手に持って、左手で拳を握り……。
 振り下ろしたい衝動を抑えつつ、髪の毛を束ねた。
 いつもの、俺の日課。

「なあ、ペケ」
「はっ」

 中途半端に受け答えしつつ、若宇の髪をきだした。
 正直に言うと。
 若宇はおろか、若宇の乳にも興味は無い。
 朝日に照らし出される若宇の乳は、それなりに美景だとは思うけど。
 だが俺は、師匠とか透じゃねえんだ。
 肩越しに見える乳も、ただ仕事している最中に見える光景。
 それだけだ。
 しかし……ちょっとだけ。
 髪を梳いている最中の、若宇の髪。
 白い肌に流れる、赤い髪。
 それだけは……ほんの少しだけ。
 ほんの少しだけ……。

「……聞いてんのかっ!」
「申し訳ありません。本日は御髪おぐしの様が良くないようで、手入れに夢中となっておりました」

 振り返った若宇の頬が、微妙に膨らんでいた。
 まずいまずい。
 乳、揺れてるじゃあねえか。

「宜しければ、もう一度お願いします」

 若宇が何か話しかけてきていたのだろうが、これっぱかしも聞いてなかった。
 それもこれも、若宇の髪が……。
 まあ、それはいい。

「言い訳すんじゃねーよ。……っとによー。今度聞いてなかったら、新技の実験台だぞっ!」
「はっ」

 冗談じゃねえ。
 若宇の実験台だけはごめんだ。
 それは子供の頃から、俺の心に刻まれた深い傷となっている。
 若宇の技の実験台と称して、どれだけ酷い目にあってきたことか。
 若宇の場合、閃きだけで技を開発する。
 大抵アニメや漫画で見て、それをオリジナルにアレンジするのだ。
 本来そんな頭で考えたような技など、使い物になるわけが無い。
 人間の稼動限界を超える動きと、機械でもなければ達成できないような速度が必要となってくるからだ。
 しかし若宇は、いとも簡単にそれを成し遂げる。
 天性のタイミングと感のみが、技を成功させてしまうのだ。
 だが、それを食らう方はたまったものではない。
 漫画と違って、『ぐはっ! やるな……』では済まないのだ。
 俺は若宇に技をかけられて、頭蓋を骨折した事もある。
 アレは確か、空中で二回転してからのパワーボムだった気が。
 両腕もロックされていたから、またく受身が取れなかったんだよな。

「……………とゆわけだ。解ったなーっ」
「御意」

 ……………………しまった。
 まったく持って、解っちゃいねえ。
 とっさに返事したものの、その内容は一つも把握していない。
 新技の実験台、か。
 最近若宇が夢中になって見ていた漫画といえば……。
 超絶プロレス漫画、『ドラゴン仮面マスカラ』か。
 確か先週、主人公のドラマスが新技を公開していたな。
 背中を向けた敵に対して、コーナーポストから飛んで後方一回転宙返りし、片膝を後頭部に当ててマットに叩きつける技。
 若宇のアレンジだと……両膝を叩きつけるに違いない。
 しかも、両腕を瞬時にロックして、受身も取れそうに無い。
 ……………………。
 普通に死ぬじゃねえか。

「しかし、若宇様?」
「んー?」
「どのようにすれば、そのような事が可能なのでしょう?」

 髪を梳きながら、必死に答えを探り出す。
 守護役が、守護するものに殺されては話にならねえ。
 ましてや若宇は、馬鹿なのだが天才なのだ。
 天才だけど、馬鹿。
 技のキレは、誰よりも鋭い。

「自分で考えろー!」
「そこを何とか。お知恵をお願い致します」
「……!?」

 俺は髪を梳きながら、後ろ髪を前方に流した。
 赤い髪の先が、若宇の乳首に触れる。
 途端に若宇が赤面し始めた。
 若宇の秘密、そのいち。
 母親譲りなのか、若宇は乳首への刺激に弱い。
 あくまで自然に。
 髪を梳いているように見せかけながら、乳首を自らの髪で愛撫される。
 俺も色吊いろつりの一つや二つ、習得済みなのだ。
 師匠や透、摩理まりには敵わないけどな。
 俺の周りは、エロい忍者が多すぎる。
 まあ忍者は大抵、エロいものだけど。

「どうか若宇様」
「……ふぅ……ん……っ……」
「若宇様」
「…………ひっ…………………んっ………………」

 若宇の頬が、真っ赤に染まる。
 なに色っぽい表情浮かべてやがんだ、この馬鹿女。
 良いからさっさと、話を続けやがれ。

「しょ、しょうがねーなー……んん……よ、良く聞けよ……っ」
「御意」
「放課後になったら…………んっ……はっ……ん……ゆっきー……を……呼び出して……」

 ふむふむ。
 議題は、真田の事だったのか。

「……あっ……ん……っっ……………ひん剥いて………写真を撮って来い……」
「……………はっ?」
「弱み……あっん……弱みを握って……と、友達に……なるんだ……はぁっ……ん……………………」
「…………………………………………」

 出来るわけねえだろ。
















第三話 『雀と剣と』







「あれ、どうしたの、ペケちゃん?」
「お、ホントだ。悪の忍者発見」
「……………………」

 昼休み、若宇の指令の意味を考えていた俺の前に、ちびっこ二人組みが現れた。
 らみと純。
 この学園きっての、色物ロリータユニットである。
 二人とも俺の幼馴染同士なので、よくつるんで遊んでいるみたいだ。
 今は、腹ごなしの散歩って所か。

「なんでもねえよ」
「でも、すごく疲れてるみたいなの」

 らみが寄って来て、俺の顔を覗き込んだ。
 普通の展開だったら柑橘系の匂いがして、ドキッとしたりするもんなんだろうが……。
 なんからみの場合、乾物屋のおばあちゃんみたいな匂いがする。
 豆食いすぎだよ、このリス女。

「そうなの? 悪の忍者」

 流石に心配になったのか、純の奴までが寄ってきた。
 ああ……。
 なんか、有り難いよな。
 どれだけトンチキだろうと、やっぱ幼馴染って大事……。

「じゃあ、これでも飲んでみる? 南部博士特製の、健康ドリンク。名付けて超滋養強壮ドリンク『毒マムシ』だ」
「……いらん」

 母さんがシャレで作ったドリンクなど、飲めるものか。
 毒とマムシって、微妙にかぶってるし。
 てゆうか、純は何故、母さんのことを『南部博士』と呼ぶのだろう?
 元ネタが解らん。

「違うの純ちゃん。ペケちゃんが悩んでるのはきっと、若宇ちゃんのことなの」
「ああ。そういうことか。真田ちゃんと若宇ちゃんのことだ」
「……………………」

 まあ、そういうことだ。
 若宇からの指令。
 それは、『若宇とゆっきーをともだちにするのだー』って事なんだが。
 はっきり言って、無理だろ。
 真田は若宇の事を狙っているし、若宇は馬鹿だし。
 今日の午前中、真田の事を観察していた。
 その真田は、若宇の事観察している。
 まるで、観察のフーガだな。

「若宇ちゃんも、しつこひからねー。アレだけ無視されてると、ムキに成っちゃうよね」
「そうなの。でもゆっきーちゃんも、どうして若宇ちゃんの事、無視するなの?」
「んー」

 それは俺も知りたいところだった。
 真田がもし若宇を狙っているなら、表面上だけでも仲良く付き合ったほうが得策なはずだ。
 その方が、襲撃のタイミングも掴み易いし、何より油断させ易い。
 仲の良い友達が裏切るって事の、心理的攻撃も出来るしな。
 しかし真田は、若宇の取り付く島も無い態度を取っている。
 あれは……どっちかっていうと、憎悪に近いと思うのだが。
 じゃあ、何故転校などしてきたのだろう?
 普通、近づくのが目的じゃないのか?
 でなければ、道端でも何でも襲撃すれば良いのだ。

「…………………………」

 解らん。

「ねえペケちゃん?」
「ん?」
「あたし、思うの」

 らみの顔が、神妙な面持ちになる。
 らみのこういう表情は、珍しいな。

「何をだよ」
「ゆっきーちゃんね……本当は、若宇ちゃんと、仲良くしたいんじゃないかと思うの」
「何でそう思う?」
「んと……若宇ちゃんを見る時の目がね。なんか……羨ましそうなの」
「……羨ましい、ねえ」
「そうなの」

 真田が、若宇の事を羨んでいる。
 それは……何をだ?

「だから、ペケちゃん」
「ん?」
「力……貸してあげて欲しいの」
「俺が、か?」
「あたしも純ちゃんも……そうだったからなの」
「……………………」

 子供の頃、らみも純も友達があまり居なかった。
 二人とも今からじゃ考えられないくらい大人しかったし、動きも鈍かったしな。
 この街の餓鬼どもは、どいつもこいつも行動的だ。
 約3割位は、忍者の家系だったしな。
 その中でらみと純は、孤立していたと言って良いだろう。
 それを救ったのは……。
 他でもない、若宇なのである。
 大人しい二人を友人として向かい入れ、大人しい二人でも一緒に遊べるような遊びを考案する。
 それは別に、同情なんかじゃなかっただろう。
 アイツにそんか高級な感情など、有る筈も無い。

「……つまらない事、思い出しちまったな」
「……え? ペケちゃん。今、なんて言ったの?」
「なんでもねえよ」

 ただアイツは……人を見抜くのが上手なのだ。
 自分を必要としてくれている人間。
 自分が手助けできる人間の事を、瞬時に見抜く事が出来る。
 ……………………俺も。
 それはともすれば、偽善って事にも成りかねない。
 自分の取り巻きを増やす行為とも、取られかねない。
 しかしアイツは、馬鹿である。
 そんな感情、ある訳が無い。
 馬鹿ゆえに……人が集まってくる。
 そして思い知るのだ。
 自分は孤独だ、と。

「そうか……だから真田の事……」
「きっと……そうだよ」

 俺の呟きに、純が頷いた。
 若宇は真田の事を、良くは知らないだろう。
 知ろうともしないに違いない。
 だが、解るんだろう。
 あの馬鹿は、空気を読むことが出来ない。
 出来ないのだが……。
 人の心は、良く解るのだ。
 特に弱気は。

「解った。俺、動いてみるわ」
「うん! お願いなの!」
「頑張ってね、悪徳忍者♪」

 悪徳忍者は、こんな事しないと思うのだが……。
 まあ、正義の忍者なんてのも、聞いたこと無いしな。

「応!」

 俺は右手を上げて、二人に別れを告げた。
 ある考えが頭の中を駆け巡り、そして答えが導かれる。
 なんとなく……プライドみたいなものが邪魔するが、なに。
 俺が持ってるプライドなんか、高が知れている。
 後は……真田の出方次第だな。









 放課後、真田を屋上に呼び出した。
 なんか告白っぽい気もするが、なに。
 そんな感情など、毛頭も持ち合わせていない。
 両手に握る、二振りの刀。
 頼むぜ、相棒。

 きぃ。

 軽い音と共に、屋上のドアが開かれた。
 背後に気配を感じながら、校庭を見つめる。
 おお。
 今日も一般人たちは、頑張ってるなあ。
 忍者が一般人のスポーツ関係に出場するのは、掟によって禁じられている。
 何年かに一度、それを破る馬鹿者も居るけどな。
 そんな奴は流派問わない刺客に、ボコボコにされるって結末だ。
 忍者として生きると心に決めた時点で、光の世界とは決別している。
 それが、忍者って言う事だから。

「……なに?」

 真田が背後から話しかけてきた。
 全身で迎撃体制を取りながら、それでも身動き一つしなかった。
 流れ出そうな冷や汗を、必死に押しとどめる。
 俺は強い。
 俺は『百地』最強の流派、石川流の伝承者なのだ。
 若宇よりは弱いって突っ込みもあろうが……なに。
 若宇は、反則女だからなあ。
 最初から論外だ。
 俺は、『百地』最強の流派。
 史上最年少の、双爪そうそう伝承者。

「ちょっと話があってよ」
「……………………」
「真田は……若宇の事を狙ってるんだろ?」

 背後の気配が、一瞬硬直した。
 正解……じゃないのか。
 全てを看破した訳じゃないんだな、俺は。

「狙ってる……というのは、違うかも……」
「違う?」

 背を向けたまま、真田と会話を紡いだ。
 愚の骨頂ともいえるが、なに。
 俺は全方位型オールレンジの抜刀術を会得しているのだ。
 背後の敵になど、ビビる必要は無い。

「違う……わ……」
「どう違うってんだ?」
「……………………」

 答えは返ってこない。
 まあ、当然だよな。
 俺も口喧嘩をするために、呼び出したわけじゃない。

「俺はよ。若宇が嫌いだ」
「……?」
「あんな女、俺の目の前から居なくなってくれればよいと、いつも願ってる」
「……………………」
「でも俺は、石川流なんだ。俺個人の感情は、この際関係ねえ」

『百地』を守護すべく、この世に生まれた流派。
 一説には石川五右衛門が開祖だと聞く。
 本当のところは、どうだか解らんけどね。

「どんなに嫌いな馬鹿女でも、守ってやらなきゃ成らん。それは俺の宿命だしな」
「……………………」

 背後で、怒気が膨れ上がる。
 俺のこの後の行動を予測したのか。
 それとも……。

「…………宿命……………………?」
「……ああ。宿命だ……」

 背後で真田が、一歩踏み出した。
 来るか?
 だが真田はそれ以上、動いては居なかった。

「……宿命……そんなもの……そんな……もの……」
「……?」

 なんか、逆鱗に触れちゃったのか、俺?
 やばいかもしれない。
 振向かずに、腰のベルトへ熊爪と猫爪をくくりつける。
 石川流、秘伝の忍具。

「……いいわ……石川十哉……その宿命……私が……断ち切ってあげる……」
「宿命は、断ち切れないから宿命って言うんだ……」

 真田の気配が消えた!?
 振向き様、熊爪を抜刀!
 普通の抜刀は、鞘に手を掛けて刀を抜く。
 俺の場合、腰のバネと全身のねじりで、それを行うのだ。
 通常の抜刀行為よりも不利な感じだが、なに。
 長年の修練が、常人よりも速い抜刀速度を生み出す。

「……」

 しかし俺の抜刀は、真田を捕らえられなかった。
 そこに、真田の姿は無い。
 消え……上かっ!

「ひゅっ!」

 軽い呼吸音と共に、真田が空中から現れた。
 白いパンツが、目にまぶしい。
 多少のレースが彩っているのは、真田にも娘らしさが残っているのだろう。
 だが……実践的じゃない。
 いやパンツのことではなく、空中にもを躍らせる行為のことだ。
 頭上からの攻撃は、一般的に有利だとされている。
 しかし、対忍者戦闘の場合は……。

「けぇい!」

 納刀した熊爪を、今度は逆手で抜刀する。
 薄い皮を巻いた刀身が、真田の脚を狙った。
 石川流秘忍具、双爪。
 熊爪と猫爪には、ある機能が装備されている。
 機能と言うには、ちょっと大げさかもしれないが。
 それは鞘の中に、刃を保護するような皮当かわあてが付いているのだ。
 抜刀の際、指先一つで、皮当のまま抜刀できる。
 勿論抜刀の速度は落ちるのだが、なに。
 一応敵対者を切り裂くことなく、捕縛できる。
 まあ厳密には、刃落としとは言わないのだが、一応剥き身の刀身じゃない。
 敵を殺さずに捕縛する。
 それも守護役としての……。

「なっ!?」

 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、真田の脚が空中で止まった。
 まさか、物理法則を無視する陰忍などと!
 真田の脚の下を、熊爪の刃が通り過ぎる。
 不味い。

「ひゅっ!」

 隙だらけになった左肩に、真田の白い指。
 合気!?
 身体の力が、一瞬喪失する。
 真田は俺の肩を支点に、鉄棒競技のような一回転。
 白い太腿が首に巻きつけられたかと思うと……肩を極められている!?
 合気で……腕に力が入らない。

「ぐっ!」
「……………………」

 そのまま、屋上のコンクリートに叩きつけられた。
 顔面を、だ。
 とっさに額で受身を取ったものの、物凄く痛い。
 泣くほど痛いぞ、おい。
 みっともなく這いつくばった俺の目に前に、真田の白い脚。

「だっ!」

 地面と水平に、猫爪で薙いだ。
 踝ぐらいは、破壊しておかないとな。
 だが……またもや俺の忍刀は、空を切った。
 真田が、再び飛んだのだ。
 なんてえバネだ。
 だがっ!

「ふっ!」

 飛び起きると同時に、猫爪を納刀。
 真田は……空中か。
 珍しいな、こういうスタイル。
 忍者といえば天井とか塀の上を飛び回っている感じもするが、実はそれほどではない。
 空中では起動を変え辛い上に、目撃され易いからだ。
 基本は、地べたを這いずり回る。
 それもまた、忍者に相応しい所業だ。

「ひゅっ!」

 まただ。
 真田の軽い呼吸音が、薄い唇から発せられた。
 俺も気合が入るときは、どうしても息が荒くなってしまうのだが……。
 真田のそれは、まるで何かのリズムを取っているかのようだ。
 そのリズムに合わせて、真田が落下してくる。
 今度は、頭からか!

「ちぇい!」

 熊爪を順手で抜刀して、真田の肩を狙う。
 と同時に、真田の動きが一瞬だけ止まった。
 またか。
 どう知った手法かは知らないが、真田は確実に空中で動いている。
 だが……そんな事で、いつまでも主導権を握られるわけには行かない。
 世の中には腕が伸びたり、首関節を外したりする陰忍もあるのだ。
 確かに、物理法則を無視している。
 無視している、が。
 もともと忍者は、物のことわりなどに生きていない!

「らあっ!」

 空中に居る真田目掛けて跳躍!
 先ほど抜刀した熊爪は、既に納刀している。
 刀身を晒す時間は、瞬。
 それが石川流。

「……………………」

 一瞬、真田が笑ったような気がした。
 そこは真田の領域なのかもしれない。
 自分の領域に飛び込んできたものを、あざけり笑っているのか。
 まあ、いいだろう。
 この程度で怒りを呼び起こしては、忍者など務まらない。
 だから俺は幼い頃から、心を押し殺す訓練を積んでいるのだ。

「……」
「……っ!」

 無言の真田との距離が詰まる。
 真田は頭から落下。
 あの体勢で……。
 これが躱せるかっ!

「せぇっ!」

 熊爪を逆手で抜刀!
 切り上げるように、右薙ぎ!

「……!」

 真田が落下したまま、左手で熊爪をさばいた。
 自分の身体をくぐらせる様な、優雅な手捌き。
 だが。

「!」
「……!?」

 真田の右肩に、猫爪の柄がめり込んだ。
 空中でこの技は辛いが、なに。
 出来ないわけじゃない。

「……くっ……」

 地上に降りた真田が、膝を付いた。
 真田に放った柄当ての衝撃を吸収しきれずに、俺も地上に膝を付く。
 まあ俺の場合は、ダメージ無しだが。
 真田は、そうも行かないだろう。

「……今のは……?」
「……………………」

 その問いに答える忍者が、この世に居るのだろうか?
 いや、居るな。
 俺の師匠なんかだと、嬉々として質問に答えてしまうだろう。
 そういう人だよ、師匠は。

「……そうね……答える訳……無いわね」

 真田がゆらりと身体を起こした。
 鎖骨に走った激痛で、動くのも辛いだろうに。
 俺の撃った技は、石川流の基本技の一つ、『壬生みぶ』と言う。
 左逆手で抜刀。
 納刀する捻りを利用して、右逆手で抜刀する技だ。
 しかも俺の場合、飛び込みながら抜刀する事が多いので、柄の先端で撃つのが主流となる。
 俺が平地で撃った場合、自然石をも砕く事が出来る。
 今回は空中で撃ったので、若干威力は殺されているだろうが。
 それでも立ち上がってくるとはな。
 やっぱり、額に打ち込んでおけば良かったぜ。
 あの顔に打ち込むのは、なんか抵抗あったんだよな。

「今度は……私の番……ね……」

 真田が、両腕を振り上げた。
 学園の屋上に、何かが煌く。
 まるで雪のような、白い何か。

「……本当は……使いたくないんだけど……そうも……言ってられない……から……」

 その白い何かは、空中に投げ出されたかと思うと、非常にゆっくりとしたスピードで落ちてくる。
 あれは……羽?
 ちらちらと降り積もる綿羽の中、真田が直立した。

「この技は……真田流妖術……雪舟ゆきふね……って言うの……対……百地若宇用なんだけど……」
「……」
「貴方を……倒したいから……宿命なんて……言う……貴方を……貴方だけじゃない……宿命なんて……言う……全ての……人を……私は……倒す……」

 何故真田は、そんな事を言うのだろう。
 己の目的を語る等と、忍者の所業ではない。
 羽が……風に流される。

「……………………行きます!」
「……」

 愚かな攻撃宣言と共に、真田が空中に身を躍らせた。
 おそらく、地上4Mは浮かんでいるだろう。
 だが……その程度の跳躍で。

「シッ!」

 俺も空中の真田を追って、地面を蹴り上げる。
 見る見るうちに、真田との距離が詰まって行く。
 常人はどうだか知らないが、忍者にとってこの程度の跳躍は当たりま……。

「……!」
「!?」

 空中で真田が……加速した。
 真田は失速した瞬間、まるで何かを蹴るように加速したのだ。
 上昇力と落下点が、丁度釣り合った瞬間。
 一枚の羽が、俺の額に触れた。
 まさか……これを蹴ったのか?
 そんな陰忍、聞いたことも無い。
 確かに体躯の優れた忍者は、水程度の抵抗が有れば動く事が出来る。
 事実師匠なんかも、10m程度ならば水上疾走は可能だ。
 一説によると俺の親父は、もっと長い距離を走る事が可能だと言う。
 だがしかし、これは……。
 まるでレベルの違う体躯だ。
 まさに妖術。

「てぇぇいっ!」
「……くっ!?」

 一瞬。
 ほんの一瞬、真田の動きに呆気を取られてしまった。
 それが生死を分かつ一瞬だと、知っているのにも拘らず。
 真田の膝が、俺の肩に突き刺さった。
 鎖骨が軋む。
 この程度の打撃で!

「けぇい!」

 俺は空中で、猫爪を抜刀した。
 鍔で頭上の、真田の腹部を撃つ
 拳で殴った方が早い気もするが、なに。
 それが石川流なのだ。
 刀の重みで打撃力を増すのも、手法の一つ。

「……」

 俺の拳が当たる瞬間、真田の身体が、前方に回転。
 俺の制服の脇腹部分を掴み……。

「ぐっ!?」
「真田流……志水しみず……」

 真田が服を絞った瞬間、尋常ではない圧力が、俺の肋骨を襲った。
 いつのまにか白い太腿で、首も極められている。
 肺から空気が強制排出され、一瞬で目の前が暗くなる。
 これは……極枝きょくし
 そう言えば……。
 首筋に絡みついた真田の太腿が、俺の身体を押し出した。
 物理法則を無視した力で、地上に叩きつけられる。

「ぐはっ!?」

 全身が屋上のコンクリートに叩きつけられた。
 だが寝ているわけにはいかない。
 次手に備えて、身体を無理矢理引き起こす。
 極枝と落下のダメージで、呼吸困難を起こしてるみたいだが、なに。
 全身に酸素を補給するのは、勝ってからで良い。

「……くっ?」

 真田は……居ない。
 地上にも、空中にも、だ。
 まさかっ!?

「……っ!」
「!?」

 背後から両手で首関節を取られる。
 俺の背中に、真田がぶら下がっている格好だ。
 丁度、裏巴投げのような……。
 そのまま身体を後ろに反らされ……背中には膝!?

「真田流……弓剋ゆかつ……」
「ぐあっ!?」

 真田の背中が地面に接した瞬間、俺の背中が嫌な音を立ててきしんだ。
 全体重を預けての極枝。
 意識が遠のく。

「これで……終わり……」

 それにしても……。

「……貴方の宿命……断ち切ったわ……これで……自由……」

 そうか。
 空中からの攻撃は、打撃が当然だと思い込んでいた。
 自重に加え、重力で加速の付いた状態は、打撃力を倍化させるからな。
 しかし……真田の戦闘スタイルは、そうじゃない。
 飛び上がっているから派手に見えるが、その実。
 落下速度を利用した体躯で、相手の関節を極めるのが、真田の戦闘スタイルか。
 空を駆け、地で極める。
 空だけではなく、大地の力を利用しているのだ。
 何故か、真田の台詞が頭に浮かんできた。
 そらの見えるところ、か。
 別にリリカルな理由じゃなくて、己のスタイルを最大限に利用できる場所を探していたんだな。
 俺も間抜けだね、しかし。
 敵に対して、有利な場所を教えただけじゃなく、その場所に呼び出すなんてな。
 だが……。

「ふぅん!」
「……!?」

 全身のバネを使って、真田の極枝から抜け出した。
 外見から見れば、米突きバッタのように見えただろう。
 ビジュアルを気にしてる場合じゃねえ。
 あと数センチで、俺の背骨は確実に折れていたのだ。
 背骨くらい折れても構わないが、折れた脊髄が神経を圧迫するのは不味い。
 色んなところが動かなく成っちゃうからな。

「……そんな……私の極枝から……」
「師匠が良いんでね……。俺に極枝は、効かねえよ」

 嘘である。
 涙が出るくらい痛いのだが、敢えて虚勢など張ってみた。
 もっとも全面的に嘘って訳じゃない。
 師匠の作った基本メニューの8割は、関節を和らげるストレッチ系の体術で占められている。
 それこそ、大陸系の雑技団の如く。
 ここら辺が、普通の流派との違いだ。
 何故かは解らんが、戦闘に重きを置いている感がある。
 忍者ってそんなに多く、戦闘するわけじゃねえんだけどな。

「……そう……流石……楯お……京都大戦の英雄……伊賀崎大河……ね……」

 ……?
 今、なんか言い直さなかったか。
 縦とか何とか。
 きっと、師匠の異名かなんかだろう。
 師匠も、色んな渾名を持っているからなあ。
『エロ無限軌道』とか、『桃色手裏剣』とか。
 俺個人的には、『五遁の大河』ってのが気に入っている。
 俺の親父が若い頃、一度も捕まえ切れなかったという伝説まで作った、遁走術の使い手。

「……………………って、待てよ」
「……?」
「真田。お前、師匠の事、知ってるのか?」

 思わずスルーするところだった。
 師匠くらい有名人だったら、知ってても不思議は無いのだが。
 何故かその点が気になったのだ。
 真田の目的は、師匠―――伊賀崎大河の娘である、百地若宇。
 ならば知っていても、なんの不思議も無い。
 しかし……。

「知ってる……わ……。流れ透破でありながら、先の京都大戦において、『百地』を勝利に導いた立役者。その戦闘スタイルは独特にして独創的。戦った者によれば、全ての陰忍が見透かされているような……」
「そうじゃねえ」

 真田の流暢な解説を遮る。
 もう少し聞いてみたい気もするが、本題じゃねえからな。

「師匠の事じゃねえ。何故俺の師匠だって事を知っているか、ってことだ」

 俺も馬鹿じゃない。
 自分の情報を渡すのは、愚の骨頂だという事を知っているのだ。
 先ほどの会話の中でも、俺の師匠が伊賀崎大河だという事は、一言も示していない。
 なのに真田は知っていた。
 そういえば、俺の情報もやけに詳しかったな。

「誰から聞いた?」

 まあ、この問いに答える忍者が居るとも思えない。
 それでも俺は、問いかける必要が有ったのだ。
 一瞬の躊躇が欲しかったから。

「……本人から……。貴方の情報も……百地若宇の情報も……全て伊賀崎大河から……手に入れた……」
「…………………………はあ?」

 呆れた瞬間、真田の身体が消えた。
 馬鹿か、俺。
 欲しがった一瞬を、相手に渡してどおするよ。
 てゆうか、師匠……。
 俺の考えは、間違っていなかったわけだ。
 俺も長年、師匠に師事してきただけの事はある。
 てゆうかさ。
 あの人の考える事は、単純なんだよな。
 単純なだけに、真理を外さない。
 ホントーに……厄介な親娘だよ

「ふぅっ!」

 真田の気配が、背後に現れた。
 極枝の基本。
 それは、相手の関節の有効稼動範囲外から極める事。
 つまり、背後。

「っ!」

 熊爪を順手で抜刀。
 振り向き様、薙ぎ払った。
 勿論当たるなどとは思っていない。
 普通、背後から敵の気配が現れたら、大抵の人間が薙ぐように、俺も薙いで見せただけだ。
 敵の罠には乗るのが、俺の信条。

「……」

 真田は、そこには居なかった。
 まるで何かに弾かれるように、俺の直前で後方に飛ぶ。
 俺の目の前には、一枚の羽。
 これを蹴ったのか……?
 羽は揺らぎもしていない。
 まるで、空中に固定されているかのようだ。

「……けぇっ!」

 一旦下がった真田が、再び飛んできた。
 飛び技と極枝の融合。
 これが『真田』か。
 俺は学生服の懐に納められていた、打板だばんを抜き出す。
 師匠オリジナルの忍具。
 長さ15cm、幅1cmのそれは、ただの尖った板に過ぎない。
 それでも。

「!」

 腰、肩、肘、手首、指先。
 全てを捻り、打板を回転させる。
 ただの尖った金属板が、この投擲方法で放たれた時。
 打板は一本の手裏剣と化す。
 普通に棒手裏剣を装備したいよ、俺は。

「……………………」

 真田が……空中で軌道を変えた。
 まるで見えない壁を蹴っている如くに、左右に弾け飛びながら距離を詰める。
 真田の足の先には、白い羽。
 まるで雀のようだ。

「……………………」

 熊爪を納刀し、前傾姿勢に構える。
 相手が雀なら……。
 空中で軌道を変える真田は、雀の飛翔を思わせた。
 雀というのはアレでなかなか、空中での機動性が高い。
 そのずんぐりむっくりした体型に騙されがちだが、実は鳥類随一といって良い、合理的な飛行方法なのだ。
 勿論、鷲のような鋭い武器はないし、燕のような速度も出ない。
 しかし空中での軌道変更は、誰にも真似が出来ないのだ。
 あの小さな身体に、短い羽。
 それらの全てを生かし、弾けるように空中を翔ける。
 じゃあ何故雀は、他の鳥に捕獲されてしまうのか。
 答えは簡単。
 スタミナが無いのだ。
 雀は、短期決戦用に特化した、芸術品といって良い。
 そう。
 短期決戦用なのだ。
 そのスタイルを読めば、落とすのは……。

「だぁっ!」

 容易い。

「……!」

 真田の身体が、空中で弾けた。
 俺の猫爪での抜刀を、鋭角に超えてゆく。
 正面、頭上、肩越し、背後。
 初手から全て、真田の思惑通り。
 だが。

「だあっ!」

 振り向き様、左順手で熊爪を抜刀。
 その切先に……真田は居ない。
 熊爪の軌道を潜る様に、真田の体躯が変化する。
 俺は、熊爪から手を離した。
 空中に漂う熊爪。
 その熊爪目掛けて、猫爪を抜刀。

「……!?」

 石川流抜刀術、天竜てんりゅう

「かっ……はっ……」

 激しい音と共に、真田が地面に打ち付けられた。
 肺の中の空気を、残らず搾り出している。
 俺の右手には、逆手で握られた猫爪。
 俺は二刀使いじゃない。
 常に片手に一刀。
 それが石川流。

「……ざ……斬撃が……変化……した……?」
「あまり喋らない方が良いぞ。いかに皮当越しだとは言え、手加減無しの一撃だからな。喋るのも辛いだろう」

 俺の猫爪は、真田の背中を打ち抜いていた。
 皮当してなければ、背骨が綺麗に二分されていただろう。
 なにも空中で軌道を変えるのは、真田の特権というわけじゃねえ。
 似たような概念は、石川流にも有るのだ。
 石川流抜刀術、天竜。
 空中に放った熊爪目掛けて抜刀し、強引に軌道を変える技だ。
 生涯、一人に対して一度きりしか放たぬ技。
 何故なら……そんな大層な技じゃないんで、見切られるのも早いからだ。
 本来は、ただの奇襲技なのだが……俺は真田に対して、追尾弾として撃った。

「……くっ……」

 うつ伏せに倒れた真田が、両腕に力を込める。
 起き上がるのか?
 まあ、そうでなくちゃな。
 本来は後頭部か延髄に打ち込んで、完璧に行動不能に落し込むのだが……。
 師匠の声が、頭の中に響く。

『お前はまだまだ甘いよ』

 本来なら、この倒れている瞬間も見逃してはいけない。
 どんな事情があるにせよ、一度剣を交えたならば、敵なのだ。
 手折れた雀は、掌の中。

『捕縛して、陵辱しちまえ』

 ……………………。
 そんなアドバイスはいらねえよ、師匠。

「……………………」

 師匠の幻聴に気を取られているうちに、真田がゆらりと立ち上がった。
 その隻眼には、まだ闘志が宿っている。
 流石、真田流。
 この日本において唯一、純潔の流派。
 誰とも交わる事も無く、ただ己の技を磨いてきた、孤高の忍び。
 その魂まで屈服させるのは、俺には無理だろう。
 屈服は無理だ。
 だが……。
 それは、俺の役目じゃない。

「まだ……まだです……石川十哉……」
「そうかい」

 再び飛ぼうとする雀に、俺は前傾姿勢をとった。
 その翼は既に、力を失っているだろうに。
 それでも……地面を蹴った。

「はあっ!」

 空を蹴り、距離を詰める。
 己の翼が折れていることは、先刻承知なのだろう。
 それでも正面から。
 なんのフェイントも無く、真っ向正面。
 なんて胆力だ。
 その意気に応えるべく俺は……。

「……!?」

 熊爪と猫爪の柄から、手を離した。

「……………………」

 真田の意外そうな顔。
 しかしその飛翔は止まらない。
 最後の力を振り絞ってるので、当然だ。
 もう空中での軌道変更も出来ないだろう。
 真田の腕が、首に絡みつく。
 右手、右肩を巻き込んで、頚椎を完全に固定された。
 嫌だな。
 なんて痛そうな技だ。
 真田の身体が通り過ぎた瞬間、俺の身体が後ろに倒れこんだ。
 ……………………ん?
 真田の乳が、俺の顔に……。

「ぐっ!?」

 一瞬気を取られたせいで、受身が取れなかった。
 元々受身なんか取れそうも無い技だが、それでもなんとか出来るはずだったのに。
 師匠のせいだ。
 そうに決まっている。

「……………………な……………………ぜ……?」

 耳元で真田の声が聞こえる。
 困惑しているんだろう。
 俺の右腕は真田に固定されて、首の下でVの字に曲がっていた。
 折れてはいないみたいだ。
 腕を決められたまま、空中で袈裟固めをされたと言えば、解り易いだろうか。
 勿論接地した瞬間、首と肩と手首が悲鳴を上げている。
 だが……。
 真田の胸の感触が、非常に気持ち良かった。

「これで……引き分け……俺の負けでも……いいさ……てゆか……この状態じゃ……俺の負けだな……」

 いつのまにか喉までダメージを受けていたので、しゃがれ声で真田に話しかける。
 真田は一瞬、顔を高揚させた。
 手抜き……とゆうか、勝ちを譲られたと思ったのだろう。
 それは真田みたいな人種に対しては、最大の侮辱だと知っている。
 だが俺は、それを敢えてする必要があった。

「……貴方……」
「これで……真打……登場……だな……お前の相手は……若宇なんだろ……?」
「……?」

 何とか声の調子も戻ってきた。
 俺最大の特殊能力。
 それは、打たれ強いということだ。
 打撃や関節の痛みなど、遅くても1分くらいで回復する。
 勿論斬傷や骨折などは、常人と同じくらいかかるけどな。
 幼少の頃から、とんでもない連中に苛められてきて、身に着けてしまった能力。
 実は、結構情けない。
 凄いかもしれないが、結構惨めな能力だ。

「俺は所詮……露払いだ。お前を倒そうとか、お前に勝とうとか思っちゃいねえ。何故ならお前の相手は、若宇なんだからな」
「……………………」
「じゃあ何故、こんなことするかってか? アレは……馬鹿だからな」

 アレとは当然、若宇のことを指す。
 主君に対して馬鹿とは言葉が過ぎるかもしれないが、なに。
 本当に馬鹿だからしょうがない。

「今の状態で戦っても、若宇は本気で戦えない」
「……何故……?」
「アレは馬鹿だから、一つの事しか行動できないんだ。今若宇は、お前と……真田と友達に成りたがってる」
「……」

 おそらく若宇は、真田の中の孤独……そんなものを感じ取っている。
 だから若宇は、真田を気にかけているのだ。
 自分で助けてやろうとか、取り巻きにしようとか考えてるわけじゃない。
 そんな高等な感情、高等な駆け引きなど、考え付きもしないだろう。
 アイツは馬鹿だが……卑怯じゃない。

「そんな相手と、真剣に戦えると思うか? ゲーム感覚で技の競い合いして煙に巻かれちまう。それは真田の望むところじゃないだろ?」
「……………………」

 真田がコクン頷いた。
 その振動が、乳を通して伝わってくる。

「だから俺は露払い。露の如く、払われなくちゃいけねえんだ。そしたらアイツは、真剣に成る」
「……………………」
「そうじゃねえと、意味ねえと思う。アレにとっても。……真田にとっても」
「……そんな……事の……ために……」
「アイツは周りの人間が痛めつけられるのが、何よりも嫌いだからな。そして一つの事しか行動できない。この事を知ったらアレは、真田と友達に成りたがってた事なんか、微塵も覚えちゃいねえ」
「……………………」

 真田の頬が、僅かに緩んだ。
 唐突に戦闘を仕掛けた俺の意図を、ようやく解ってくれたんだろう。
 解ってくれないと、俺の後頭部の痛みが可哀想過ぎる。

「言っとくが、あの馬鹿は強いぞ。心してギャフンといわせてくれ。あ……成るべくなら、殺さないでくれると嬉しい。真田と戦うのは、骨が折れるからな」

 俺の台詞を聞いた真田は。
 今度ははっきりと解る表情で、ゆっくり微笑んだ。

「……………………うん……………………」

 隻眼の笑み。
 素直に綺麗だと思った。























 END




























四月十七日 曇り


 今日もゆっきーは、話してくれなかった。
 一時限の休み時間、ジュースをあげるって言ったのに、飲んでくれなかった。
 買ってきたのは、ペケだけど。
 二時限の休み時間、ポテチを出したのに、食べてくれなかった。
 揚げたのはペケだけど。
 三時限目もお昼休みも、ゆっきーは応えてくれなかった。
 お昼ごはんも、なんとなく残しちゃった。
 どうしてだろう?

 どうしてゆっきーは、あんなに寂しそうな目をするんだろう。
 あの目は、知ってる。
 あたしは見た事がある。
 純ちゃんも、らみちゃんも……ペケも。
 昔はあんな目をしてた。
 傍らから、懐かしそうに見上げるような。
 望んでるものが目の前にあるのに、手を伸ばせない猫のような。
 あたしはあの目が嫌い。
 だから諦めないんだ。
 もしかして友達に成れないかもしれないけど……それでも諦めない。
 あの目が嫌いだから。

 夜、ペケが家に来た。
 なんか動きがいつもと違って、鈍かった。
 なんで?
 聞いても答えてくれないんで、無視してやった。
 でもなんか辛そう。
 多分優しくして欲しいと思ってるだろうから、おもいっきしこき使ってやった。
 それがペケの役目だもんね。

 お風呂に入って、髪を乾かしてる時。
 ペケが後ろから忍び寄ってきて、髪を梳き始めた。
 珍しいよね、こんな時間まで居るなんて。
 普通はご飯作ったら、直ぐに帰っちゃうんだけど。
 髪を梳きながらペケは、ゆっきーの事を話し始めた。
 明日の放課後、うちの裏山で待ってるって。
 ゆっきーが言ったのか、ペケの大きなお世話なのか解らない。
 どんな用件かも、解らないけどさ。
 でも、なんか嬉しい。

 明日、どんなことが起こるのかな?
 楽しみ楽しみ♪
 今日はゆっくり寝て、またペケに起こしてもらおう。
 そうだ。
 明日の髪型は、ペケに任せてやろうかな。







 おわり。



●感想をお願いいたします●(クリックするとフォームへ移動します)


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送