「はぁ……」

 屋上の空の下、思わずため息が漏れる。
 この下の階では、真田と若宇が、俺の作った弁当を貪り食ってる事だろう。
 俺は一人、屋上でパンを齧っている。
 まだ肌寒い四月の空気が、何故か心地良かった。
 ……身体は休まるが、心中乱れっぱなしだな、俺。
 少し前から、真田が若宇の家に同居する事になったのだが、既にいろいろな事が解ってきた。

「……」

 まず真田には、生活能力が皆無だという事。
 つまり、若宇と同レベルの駄目人間だ。
 炊事、洗濯、掃除。
 一切の能力が欠如している。
 そのくせ……食い物に、物凄くうるさい。
 いや、味にうるさい訳ではないのだ。
 メニューにうるさい。
 今日はアレが食いたいとか、明日はソレが食いたいとか。
 今まで、どんな食生活をしてきたんだ。
 ま、想像できないわけじゃないけどな。
 なんでも師匠が、真田の生活の援助をしてきたという。
 貧乏な人間に援助されてきたんだ。
 そりゃ言わずもがな。

「……」

 そんな真田の欲望に応えられる人間が、あの家に居るはずも無い。
 静流様は、かなりの料理上手なのだが、最近は作ってるのを見たことが無いからな。
 レイナさんも料理は上手なんだが、伊賀崎アンド百地の食事は作らないという、ポリシーがあるみたいだし。
 結果的に、俺が作るしかないのだ。
 まあ、それは良しとしよう。
 真田のパンツを洗うのも、部屋を片付けるのも俺なのも、まあ我慢しよう。
 どうせ、若宇の世話をするついでだ。
 むしろメインに昇格してもよい。
 しかし……我慢できないのは……。

「……はぁ……」

 今日何度目だか覚えきれない溜息が、空に昇っていく。
 そりゃあ、よ。
 気持ちは解らないでもないさ。
 それに、『好き』と言えるほど、感情が昇華していたわけでもない。
 だが……。
 師匠を見るたびに、頬を染めるのだけは止めて欲しい。
 師匠は確かに、それなりの男前だとは思う。
 それに、人の機微を読み取るのも上手い。
 下らない話しも多いが、たまに良い事言ったりして、そのギャップが心に響く事も在る。
 そしてなにより、この平穏な時代を築いた英雄なのだ。
 憧れるのは解る。
 でも……それと恋愛感情は、別だろ、おい。
 もしかしたら師匠に父親の影を見ているのかと思い、一縷の望みをかけて聞いてみた。
『あんな父親だったらどうか』、と。
 結果は……一笑に付された。
 まあ師匠も若宇たちと同じく、生活能力が皆無だしな。
 しかも学園の講師で得られた給料の殆どを、静流様に取られているらしい。
 なんでも、喫茶店を作ったときの借金だとか。
 あの喫茶店は、『百地』時代に溜め込んだ静流様のポケットマネーで作られたらしいが、どうやらそれは『百地』への借金という形になってるみたいだ。
 つまり師匠は、金が無い。
 金は無い、生活能力は無い、常識は無い。
 そんな男を父親に持ちたくない気持ちは、良く解る。
 だが……じゃあ尚更、恋愛対象には成り辛いのではなかろうか。

「……」

 なんか自分の師匠の事、ボロクソに言ってるな、俺。
 でもまあ、しょうがねえ。
 実際あの人は……あの親子は、ボロクソなのだ。
 それがまあ、嫉妬だとは自分でも知っている。
 だが嫉妬して、何故悪いのだろうか。

「……はあ……ちいせえ。ちいせえぞ、俺……」
「んなことないよ〜?」

 もみもみ。

「うわっ!?」

 いきなり背後から、股間を揉まれた!?
 気配は度感じなかったのに!
 振り向き様、猫爪を抜刀!
 ……するつもりだったが、猫爪も熊爪も、教室の後ろに立てかけてあるので、抜刀不可。
 しょうがないので手刀を繰り出したが、情けなく空を斬るのみだ。
 それどころか、亀頭の先端が引っ張られて痛かった。

 もみもみ。

「……なにしてやがんだ?」
「フェラチオの準備〜。まずは手コキで〜」

 まずはじゃねえだろ。
 地面に両膝を付いて、長い髪が俺の股間を揉んでいる。
 完璧に、ソレの体勢だった。

「ん〜。懐かしい感触〜。また成長した〜?」
「んなとこで成長を計んじゃねえっ!」

 このままじゃ何かとヤバイので、軽く膝蹴りを繰り出して引き剥がそうと試みる。
 ま、当たるわけは無いの……。

「ああっ〜!?」

 ……当たったよ。
 俺の膝蹴りが、肩口にヒットしたらしい。
 後ろの倒れこんだかと思うと……両方の膝を開いた。
 水色のパンツが全開だ。
 わざと以外考えられない。
 何故なら、きっちりと受身を取ってから、脚を開いたからだ。

「止めて〜! 乱暴にしないで〜!」
「お、おいっ」

 学園の屋上で、不穏当な事叫んでんじゃねえ。
 ちらほら存在していた下級生たちが、何事かとこちらを注目してくる。
 ヤバイ。
 今まで作りこんでいた、俺のニヒルなイメージが。

「お、お願い〜。お、お尻〜。お尻なら、してもいいから〜。処女膜だけは、勘弁して〜! す、好きに縛っても良いから〜。でも、ロープの痕だけはいや〜。ママに気付かれたら、夜中の呼び出しとかに応じられなくなっちゃう〜。そ〜したら、また学園の体育倉庫室とか、電車の中で嬲られるんでしょ〜。そんなのいや〜〜〜! 多人数プレイもいや〜」
「……殺すぞ、貴様」
「初めてが屍姦しかんなんて、いや〜〜〜! ま、前みたいに無理矢理、口でしてもいいから〜〜〜!」
「あ、あれはお前の方が無理矢理だっ……………」

 ヤバイ。
 暗に認めてしまった。
 下級生たちが、コソコソとその場を離れていく。
 それを横目で見ていたのだろう。
 満足した表情で、すっくと立ち上がった。
 何のつもりか、額など白い指で拭っていやがる。
 汗をかいているのは、こっちの方だ。
 冷や汗だけど。

「ふう〜。人払いミッション、成功〜♪」
「……俺への嫌がらせにしか見えなかったんだが……」
「最近ペケちゃん、人気あるみたいだから〜。ここら辺で、イメージ貶めておかないと〜♪」
「……本気で殺してやりてえ」
「えへ〜♪」

 俺の目の前に、何の脈絡も無く現れた緑色の長い髪。
 ある意味、若宇よりもたちの悪い、スーパー馬鹿女。
 女版透―――いや、身体と見た目をを武器にする分、それよりも悪質だな―――幼馴染6人衆、最後の一人。
 葛篭摩理つづらまりが、そこで微笑んでいた。















第六話 『救出すくわれたのは、誰だ?(前編)』












「……最近見なかったじゃねえかよ、摩理?」

 何とか平静を取り戻すため、当たり障りの無い質問をぶつけてみた。
 まあ、気になっていたのも事実だし。
 この学園に入って、三回生に進級してから、摩理の姿を見かけなかったからな。
 それまでもわりと、サボリが多かったのだが。
 まあ、摩理なら問題ないだろう。
 若宇と違って、成績優秀だからだ。
 俺には敵わないが。
 こう見えても―――どう見えるかは謎だが―――俺は、わりと成績優秀な方だ。
 学年でも、常に五本の指に入っている。
 家事も出来るし、成績も優秀だし、器量もそこそこ良いし、何より強い。
 割りと卒の無い人間だと、自分でも思う。
 ま、師匠に言わせると、そこが俺の欠点らしいが。
 主人公たるもの、どこか欠けてないと共感を得られないとか。
 何の主人公だよ、まったく。

「うん〜。修行〜」
「修行?」
「ベガスで、踊り子してた〜」
「……ベガスって……ラスベガスの事か?」
「そう〜。でも、海の向こうじゃないよ〜」
「は?」
「場末のキャバレ〜。海から数えて、三番目と四番目の倉庫の間にあるの〜」
「…………今時キャバレーて…………」

 それのどこが修行なのかと突っ込みたいところだが、生憎と立派な修行なのを俺は知っている。
 摩理は、『百地』の中に形成されている『千代女衆ちよめしゅう』という、超党派の集団の一員だ。
 俺や若宇と同じく、天才忍者と呼ばれた逸材なのである。
 主にエロ方向にだが。
 伝説の千代女衆の長である望月薫子もちづき かおるこ師範代が、最初に摩理を見たとき、歓喜の涙を流したという。
 この娘なら、私を超えられる、と。
 微妙な褒め方だ。

「大丈夫だよ〜。処女は今回も守り通したし〜、乳首も出して無いから〜」
「……聞いてねえし」
「陰毛は出しちゃったけど〜」
「……………………」

 それ自体は、別にどうでも良かった。
 摩理は、俺たちとはベクトルの違う天才忍者である。
 生来身に着けた、魔力染みた色気。
 どんなに修行を積んだ僧侶でも、たちどころに堕落す能力を持っている。
 街を歩けば男だけでなく、同性までもが懸想けそうしてしまうのだ。
 普通懸想というのは、同性に対しては用いない言葉だが、間違っては居ない。
 何故なら摩理は、同じ生物ではないのだから。
 生物史に現れた、新種といってもよいだろう。
 そりゃ摩理以上に、スタイルの良い女はいくらでも居る。
 摩理以上に色気を持つ女性も、多いだろう。
 部分部分を見れば、だ。
 だがトータルで見た場合、摩理に敵う女性が存在しなくなってしまうのだ。
 フェロモンという鎧で武装した、女戦士。
 それが葛篭摩理という生物いきものである。

「……どうしたの〜? わたしの事、見詰めちゃって〜。欲情しちゃった〜?」
「しねえし」

 もっともそれは、色気……性的魅力セックスアピールという観点においての話しである。
 俺も……正直、若い頃。
 修行不足の頃は、摩理の魔力に当てられてしまった事も在る。
 一時期、この女に惚れたんじゃないかと思った事もあるほどだ。
 実際摩理を知る男は皆、ある種の勘違いするだろう。
 この女は、俺に惚れている、と。
 男とは悲しい性質があって、好意を持たれた異性に対して、それ以上の好意を抱いてしまう事がある。
 摩理を相手にした場合、それは大いなる誤解なのだ。
 この女は、誰かに心を許す事など在り得ない。
 全ては、人心掌握術なのだから。
 厄介なのは……それが狙って策謀されたものではないという事だ。
 本能レベルで身に付いている人心掌握術が、自然に湧き出ている結果なのである。
 俺も忍者だ。
 秘忍書に書かれている術なら、大抵知っているし、人の心の裏側を読むのはお手の物である。
 しかし、摩理は本気……というか、自然に人の心を愛撫してくる。
 純なる謀略。
 それがこの女の、一番恐ろしいところなのだ。

「で、摩理?」
「……ん〜?」

 俺に向かって、唇を突き出してくる。
 俺の唇まで、約4cm。
 普通に問いかけただけなのに、こんな仕草が善悪無しに繰り出されるのだ。
 しかも……常に、俺の眼を見詰めている。
 何もかも見透かされているような、誘っているような。
 そして、その全てを許容してくれるような。
 なんでもヤラしてくれそうな瞳。
 そりゃ一般人なら、どんな属性の持ち主でも落ちてしまうだろう。
 ……修行しておいて……本当に良かった。
 忍びとは、刃で心を隠す者。

「何の為に、人払いなんかしやがった?」
「……そ〜ゆ〜の忘れないとこが、ペケちゃんの憎らしいところよね〜」

 なんか悔しがってるが、構って入られない。
 摩理と俺の関係。
 それは、『百地』……百地流千代女衆と、石川流の関係に他ならない。
 つまり、百地の情報部門と、百地の守護者の意である。
 間違っても昔、3回くらい口でされた関係などではない。
 ちなみに千代女衆の場合、同門他流派の忍者の事を『経験値』と呼称する。
 なんの経験値かは、言うまでも無いだろう。

「はい、これ〜」
「……?」

 摩理が手渡してきたもの。
 それは……白い表紙の、日記帳であった。
 俺がいつも『若宇の日記』を書いている日記帳と、同じタイプのもの。

「……?」

 中身をぺらぺらとめくって見る。
 白紙だ。
 まだ一行たりとも書かれていない。
 表紙には、『若宇の日記VOL・6』と書かれている。

「これは?」
「若宇ちゃんから頼まれて、買ってきたの〜。新しい日記帳だって〜」
「訳わかんねえ」

 実は昨日、それまで書いていた『若宇の日記』を回収されたのだ。
 俺が書く『若宇の日記』は、年末に提出するのが通例と成っている。
 一年に一回、若宇に閲覧させられるのだ。
 それが何故か昨日に限って、提出を求められた。
 そのまま未返却だし。
 おかげで昨日の夜は、書くことが出来なかった。
 まあ別に書きたくないんで、助かったっちゃ助かったんだけど。
 でも、なぜ新しい日記帳?

「……わたしも解らないけど〜お金ちょうだい〜」
「は?」
「日記帳代、780え〜ん」
「……………………………高っ」
「ツッコミ、遅っ〜」

 うるせえよ。
 書きかけの日記帳を放棄して、新しい日記を手渡されただけでも理不尽なのに……。
 金まで取られた上に、駄目出しまでされるのか。
 俺は釈然としない気持ちを抑えながらも、ズボンの後ろポケットから小銭入れを取り出す。
 小銭入れはベルトと鎖で繋がっており、取り出すのに少し手間取ってしまった。
 モタモタしている俺を見て、摩理が苦笑いを浮かべる。

「……忍者なんだから、そんな落とす時のこと考えてるのは、駄目だと思うの〜」
「ほっとけ」

 別に脱落防止のための鎖じゃない。
 勿論、若者のファッションなんかでもないのだ。
 小銭入れといえども、丈夫な革入れと鎖で構成すると、鎖分銅として立派な武器となる。
 しかも革袋の中には、高伸縮性のスポンジが敷き詰められていて、小銭同士が音を立てることは無い。
 こういった細かい気遣いが出来るかどうかが、任務達成の鍵となるわけだ。
 師匠や若宇は、こういった気遣いが足りない。
 師匠などは、小銭をポケットに入れて歩くほどなのだ。
 小銭しか持ってないってのもあるのだが。

「ほらよ」

 摩理の目の前に、500円玉二枚を突き出す。
 小銭入れの中は、殆どが500円玉だ。
 一番重量が有るからに他ならない。
 相対質量的に言えば、10円玉の方が重いのだが、それでは買い物する時に不便だしな。

「お釣りは無いよ〜」
「……人に金銭を請求しておいて、つり銭の用意も無いのか?」
「じゃあ〜一円一回で、胸揉んでもいいよ〜」
「……」

 220回も胸揉まなくちゃいけねえのか。
 それだけ揉むと、有り難味もクソもねえな。
 ちなみに摩理の乳サイズは、胸囲82cmのCカップ。
 昨今中途半端だと思われるかもしれないが、両極端な乳愛好家に対応できてしまう。
 なんでも見せる角度や装着下着によって、乳が増えたり減ったりするらしいのだ。
 まあ俺は別に乳好きなわけじゃないので、どうでも良いが。

「いらねえ。取っとけ」
「……後から揉むの〜?」
「揉むのを取っとけって事じゃねえ。釣り銭を取っとけって言ってんだ」
「……不能?」
「違う」
「男色?」
「もっと違う」
「幼女好き〜?」
「殺すぞ貴様」

 どいつもこいつも、なんで俺のことをアブノーマル趣味に認定したがるんだろう?
 俺は、真っ当な女が好きなだけなのに。
 俺の周りは……メリハリが利きすぎている。

「まあ、ペケちゃんの屍姦趣味は置いといて〜」
「……マジで殺してやろうかな、この女……」

 俺の中で明確な殺意が芽生えた瞬間、摩理の表情が引き締まった。
 お?
 久しぶりに見るな、この表情。
 摩理がただの色ボケ女ではなく、忍者に成った瞬間。

「で、今日の本題〜」

 そういって摩理が、胸元から一通の書状を取り出した。
 何も言わず、俺に差し出してくる。
 これには、嫌って程見覚えがあった。
 白い和紙折りの書状。
 ほんのりと暖かい……じゃなくて。
 書状の中央には、『百地』紋。
 依頼書、か。
 ……それとも……。

「誰からだ?」
「…………」

 摩理は応えない。
 まあ、百地の紋が入っているという事は、そうとう上の方からの依頼だろう。
 通常、忍者の仕事は、『依頼』と『指令』に分かれている。
 言葉通りなのだが、違いは受け取った側の選択肢の有無か。
『依頼』は断る事が出来るが、『指令』は断る事が出来ない。
 正確には、『断る事は出来るけど、後からどうなっても知らないよ』ってところか。
 いまや全国で唯一の忍軍となった百地の指令を蹴る忍者など、この世に存在しないけどな。
 ちなみに、師匠みたいな流れ透破には、『指令』は回らない。
『百地』直属の忍びのみ、目の当たりにする事が出来るのだ。

「……」

 俺はその書簡を開いた。
 やはりこれは『依頼書』だ。
 百地の紋、そして千代女である摩理が持ってきたことを併せて考えれば、『指令書』でもおかしくないと思ったのだが。
 この書簡には、依頼人、仕事内容、禄高が記載されていた。
 指令書には通常、仕事内容が書き記されているだけだ。
 この書簡には、依頼人と禄高までが書かれているので、『依頼書』だという事が解る。
 しかしそれは、ぱっと見のことだ。
 忍び文字……数字と漢字の羅列でかかれたこの文章は、一見しただけでは内容まで読み取れない。
 三項目に分かれているので、『ああ、依頼書なんだなあ』と想像できるだけに過ぎないのだ。
『指令書』なら、項目は一つしか無いから。

「摩理。コードは?」
「ツバメ、アリ、トラツグミ〜」

 ……面倒くせえ。
 通常、忍び文字に変換するコードは、依頼書を持ってきた人間のみが知っている。
 口頭で伝えればそれで済むだろうと思うだろうが、そうも行かないのだ。
 依頼を発行する『百地』と、依頼を受ける忍者―――この場合は、『石川』だな―――のみが判別できる変換コードを知っていないと、元の文章に戻す事が出来ない。
 摩理は変換コード名を俺に伝える事は出来ても、『石川』と『百地』の変換法を知らないのだから。
 俺としても、そうなのだ。
 変換方法は知っていても、膨大な量の変換法をいちいち試していては、軽く2〜3年かかってしまう。
 摩理が『百地』から伝えられた『変換コード名』が無いと、どの変換方法で変換してよいのかどうか解らないのである。
 しかも今回は……三重にロックが掛かっているのだ。
 これだけ厳重に秘匿されているにもかかわらず、『依頼』なのが、少し腑に落ちなかった。

「……………………」

 まずは一行目を、脳内で変換してみる。
 依頼人……………………木羽孝太郎……………………。
 それって……。

「じいちゃんかよ」

 そうなのだ。
 現SHADOW ITEM KIBA―――略してSIK社の総帥にして、母さんの父さん。
 つまり俺のじいちゃんである、木羽孝太郎が依頼主らしい。
 ……すげー嫌な予感がする。

「…………」

 続いて、禄高。
 ……150万。
 安っ。
 これでは、他の忍び衆の手を借りる事など出来ない金額だ。
 通常、ちょっとした手練の忍びに手を貸してもらおうとすると、100万くらいは必要になってくる。
 しかもその場合、使用する装備品はすべて依頼側持ちだ。
 この値段では……単独行動任務か?
 ならばなんとか、赤字を出さないで済むかも知れない。

「……………………」

 そして最後に依頼内容。
 …………………………。
 ………………………………………………。
 ……………………………………………………………………………………。

「マジか」

 内容は、こうであった。

『SIK社に賊が進入。全てのセキュリティを突破し、社内の開発部署に立てこもった。要求は1800億円と、米国及び欧州市場からの撤退。明朝までに受け入れられない場合は、人質を殺害する。人質は次の三名。横須賀渚。堀口愛美。石川奈那子。貴殿の任務は賊を撃破し、人質を救出すること。尚死者を出す事は禁ずる』

 …………………………。
 母さん?
 母さんが、人質に取られている。

「摩理」
「ん〜?」

 俺の問いに、摩理が唇を突き出した。
 だが今回は、色香に迷ってる暇が無い。
 余裕が無いと言ったほうが正しいか。

「お前、この内容知ってるか?」
「知ってるわけ、無いじゃない〜」
「だよな」
「うん〜」
「……………………」
「……?」
「誰から預かった?」
「百地〜」
「……………………」
「……?」

 摩理の表情から、裏を読み取る事は出来なかった。
 ひょっとしたら、何かの演習かと思ったんだが。
 あるいは、母さんの陰謀。
 だが……良く考えてみたら、母さんが忍び文字を判読できるわけが無い。
 やはりこれは、正式な『依頼』だと解釈すべきだろう。

「……」

 それにしても腑に落ちない。
 別に自慢するわけじゃないが、『木羽』は『百地』にとって重要なビジネスパートナーである。
 それゆえ、母さんと父さんの結婚で、『石川』も百地内部で発言権の順位が上がったはずだし、なにより資金提供面でも貢献しているはずだ。
 にもかかわらず、俺みたいな未熟者に仕事が回ってくる。
 しかも禄高が、150万という価格破壊の大特価。
 これは、どう考えるべきなんだろう。

「摩理。この依頼、俺が一番最初か?」

 たまにだが、依頼は断られる事が在る。
 禄高的にメリットがないと判断した高位の忍者が、断るのだ。
 そういった場合、それよりも実力的に下の忍者に、仕事が渡っていく。
 別の場合もある。
『百地』は、巨大な忍軍だ。
 百地宗家だけじゃなく、色々な流派が名を連ねている。
 その中には、いわゆる名家や大家と呼ばれる忍軍も存在しているのだ。
 そんな名家が一旦仕事を請けておいて、自分の配下等に仕事を割り振ることもある。
 その場合、中間マージンが差し引かれるので、実行者の受け取る禄は、ますます減るんだけどな。
 この仕事の重要性に比べて、禄高が低い事実を考えた時、もしかしたらと考えたのだ。

「うん〜。ペケちゃんが最初だよ〜。私の知る限りではだけど〜」
「ふむ」

 考えてみたら、『百地』の中でも独立した組織である、『千代女の摩理』が俺に仕事を持ってきたのだ。
 中間に誰かの手が入っているのは、ちょっと考え辛い。
 じゃあ何故……。
 もしかしたら俺が考えてるより、木羽の価値は低いのかも知れん。
『百地』にとっては、だが。

「……この依頼、受ける」
「解った〜。源牙げんが様に、伝えとくわね〜」

 ……………………。
『百地』は『百地』でも、百地の当主、百地源牙様からの依頼かよ。
 言うまでも無く百地源牙様は、若宇の祖父である。
 なんか……嫌な予感がする。
 なんて言うんだろう。
 決して、生死に関わるような、嫌な感じじゃない。
 なんと言うか……俺の心が、陰謀めいたものを感じていた。






















「じゃあ、リーダーは誰にするー?」
「……やはり……石川十哉じゃないの……?」
「ペケがぁっ!? コイツは、生まれ着いての下っ端だぞー。リーダーなんて器じゃねーし」
「でも若宇ちゃん。とーやは陽忍ようにんも納めてるし、こん中じゃ一番成績も良いんだよ」
「そりゃそーかもしんねーけどー。あたし、ペケの言う事聞くのなんかヤだー。てゆーか、生まれてこの方、一回も聞いた事ねーし」
「……………若宇……忍びの掟は……絶対よ……」
「だけどさー。あ、そーだ、ゆっきー。お前がやれよ。ゆっきーなら、ゆーこと聞いてやらんでもない」
「あ、そりゃ良いね。白雪ちゃんだったらなんとなくリーダーっぽいし、エロティカルな忍衣着てくれれば、僕もやる気になるし♪」
「……坐郷透……私に、えっちな話はするな……」
「まあ、とーるのエロジックはいつもの事だしー。どーだ、ゆっきー?」
「……私……陽忍など……修めた記憶が無い……」
「はぁっー!?」
「え、白雪ちゃん、陽忍納めてないの?」
「……陽忍どころか……義務教育も受けてない……」
「よーくそれで、ウチの学園に……ま、おとーちゃんとおかーちゃんの仕業かー」
「じゃあ、若宇ちゃん。やっぱ、とーやが最適なんじゃない?」
「うーん。あいつの言う事聞くの、ヤだなあー。ヤだけど、しゃーねーか」
「……そうね……」
「じゃあリーダーは、とーやとゆーことでー♪」

 …………………………。
 いつの間にか決定していた。
 いやいやいやいや。
 その前に、何故こいつらが『依頼』を知っているのか、それが解せない。
 俺はただ単に放課後、いつもの如く喫茶店に立ち寄っただけなのだ。

「あ、とーや。来たね」
「……一つだけ聞かせろ。誰から聞いた?」

 惚けた表情の透をにらみつけた。
 ことによったら、全員査問会に掛ける必要が出てくるかもしれない。
 石川流の拷問、思う存分使ってやる。
 若宇と透には、普段の恨みを込めて、絶痛系の。
 真田には……色吊系かな。

「ペケー。とーるを苛めてもしゃーねーだろ」
「……私たちにも……『依頼書』が来たの……」

 そういって真田が、胸元から一通の書簡を取り出した。
 腑に落ちない気持ちを押さえたまま、依頼書を受け取る。
 なんで女は皆、ソコに手紙を入れるんだろうな?
 ほんのり暖かくて、動揺するじゃねえか。

「……」

 内容は、まったくと言って良いほど秘匿されていなかった。
 極太マジックで書き殴られた、普通の文字で一文。
『十哉のかーちゃん。木バナナが攫われたので皆で助けやがれ』
 この字は、師匠だ。
 それにしても……木バナナ……?
 なんの隠語だ?

「で、ペケ。禄高は?」

 若宇が立ち上がった。
 やる気満々だな、この馬鹿女。
 だが……。

「この依頼は、俺一人でやります。若宇様の手を煩わせる事はありません」

 斬って捨てる。
 若宇は確かに、馬鹿強い。
 だがそれは、格闘面―――言ってみれば、戦闘面でのことだけだ。
 忍者の仕事とは、主に諜報なのだが……その方面じゃ若宇は、まったく役に立たない。
 五月蝿いし考え無しだし馬鹿だし。
 足手まとい以外、何者でもない。
 忍者は格闘家ではないのだ。

「……………………お前なー」
「まーまー、若宇ちゃん」

 俺に掴みかからんと立ち上がった若宇を、透が遮った。
 ナイスタイミングだ、幼馴染。

「とーやも。大河さんからの依頼なんだよ。僕たちもとーやも、断れるわけ無いでしょ」

 それはそうなのだが。
 だが一つ、気になることがある。

「なあ透?」
「なに?」
「師匠からの書簡、これだけだよな?」
「うん」

 改めで、マジックで書かれた文章を見る。
『十哉のかーちゃん。木バナナが攫われたので皆で助けやがれ』
 まあ何故師匠がその事実を知ってるかなんて、今更疑問に思いはしない。
 師匠の伴侶は静流様だし、そもそも師匠は伝説級の忍者だ。
 あの人がどれだけ暗躍してようとも、何の不思議も無い。
 でも。

「これ、依頼書じゃないだろ」

 そうなのだ。
 別にマジックで書かれているとか、普通の文字だとか突っ込むつもりは無い。
 この文章には、依頼書としての致命的な欠陥があるのだ。
 仕事の報酬……つまり、禄高が記載されていないのだ。

「なんでだー! お前、おとーちゃんのすることに、なんか文句でもあんのかー!」
「いえ若宇様。この師匠からの文章には、禄高が提示されておりません。そのような書簡は、依頼書とは呼ばないのが、忍び共通の認識となっております。つまりこの書簡で、若宇様が動く理由が発生致しません」
「でも、とーや。禄高が書かれてないって事は、ロハで働けって事じゃないの?」
「馬鹿かお前。何処の忍者がタダ働きするってんだ。そうゆうのを、私情で動くって言うんだぞ。忍者として、あるまじき行為だってえの」
「別にあたしたち、タダで動いてもいーんだぞ。とーやはともかく、奈那子さんには色々と娯楽を提供してもらってるしなー」
「そうでは在りません、若宇様。忍びは、禄在って動くもの。逆説的に解釈すれば、禄無しで動く事は忍びの倫理に反する事になります。『百地』でもある若宇様なら、この危険性をご理解いただけるかと」
「……………ふふっ………」

 傍らに立っていた、メイド服姿の真田が、突然笑い出した。
 我慢していたけど、我慢しきれないで噴出したようだ。
 嘲笑だと思ったのか、若宇が頬を膨らませて真田に顎を向けた。
 俺はといえば……真田の笑顔を見れて、ちょっと嬉しかった。
 全然関係ないが。

「なんだよ、ゆっきー」
「……ご免なさい……ちょっと……面白かったから……」
「別に誰も、ギャグってねーぞ。真面目な話ししてんだー」
「……そうじゃなくて……」

 真田が、俺に視線を向けた。
 鼓動が激しくなる。

「どうして……石川十哉は……若宇にだけ、謙譲語なの……?」
「……………………」

 そ、それは……。
 さすが真田だった。
 誰も突っ込まないところに、足を踏み入れてきたな。

「あー。えーとねー、白雪ちゃん」

 透が、苦笑いを浮かべながらフォロー入れようとする。
 まあ別に、フォローしてもらう必要も無いんだけどな。

「ほら、とーやは、若宇ちゃんの下僕だから。昔っからだよね」

 誰が下僕だ。
 全然フォローになってねえじゃねえか。
 しかも昔っからじゃねえ。
 俺が双爪を伝承した瞬間。
 若宇が『百地』で、俺が『石川』になった時からだ。

「あ……でも……」

 突然透が、天井を見上げた。
 何か思い出したらしい。

「昔っから……ちょっと違うね。とーやも昔は、若宇ちゃんと普通に話してたよね?」

 思い出して欲しくない事を、思い出されてしまった。
 そうなのだ。
 俺も若い頃……てゆうか幼い頃は、若宇と普通に喋っていたのだ。
 あの頃はまだ、友達だったかも知れんな。
 主従ではなく、対等の関係。
 今は違うのだ。
 だから謙譲語なんだけど。

「そうだったか?」

 一応惚けてみる。
 何故なら……。

「……そういう態度が……若宇を苛立たせている……そうは思わないの……?」

 真田の台詞に、周囲の空気が凍りつく。
 思わず若宇に視線を移してみると、若宇は……憮然とした表情を浮かべたまま、オレンジジュースの入ったグラスに噛り付いていた。
 それは、誰も突っ込まない真実だった。
 
「……」

 解っている。
 俺も伊達に若宇と、永い時間を一緒に過ごしてきたわけじゃねえ。
 自分を特別扱いされるのが、一番嫌いだということも解っている。
 だが。
 それでも俺は、若宇の事を特別扱いしなければならないのだ。
 若宇は『百地』であり、師匠の娘なのだから。
 そういった階級制度カーストが、今尚存在している。
 それが忍者。
 それが忍びの世界なのだ。

「……ひょっとして……聞いてはいけなかった……?」

 真田の表情が曇った。
 一段階、空気を読むのが遅いんだよ。
 まあそれも、真田の可愛いところではあるのだが。

「いや別に」

 俺のフォローを聞いて、真田の表情が緩んだ。
 それと同時に、若宇が顔を歪める。
 まあ知ったこっちゃ無い。

「じゃ、じゃあどうするの、とーや?」
「ん? なにがだよ、透」
「大河さんからの依頼。無視するの?」
「……………………」

 無視って言うか、依頼にも成ってないので、お話しにならないと言ったほうが正しいのだが。

「ふむ」

 俺は腕組みしながら考えた。
 師匠からの話しを無碍にすれば、どんな結末になるのかは身に沁みている。
 かといって……。
 まてよ。

「若宇様」
「あんだよっ!?」

 機嫌大悪だ。
 別に機嫌取るつもりは無いが……ちょっと良いことを思いついた。
 師匠からの依頼、百地からの依頼、そして真田達へのフォロー。
 その全てを解決する、ナイスアイデアだ。
 しかも『仕事』を円滑に進めることも出来る。

「この依頼……」

 そう言いながら俺は、『百地』からの書簡を取り出した。
 百地の紋が入っている依頼書。
 大げさではなく、この依頼書は……俺の母さんの命を握っているといっても良いだろう。
 それだけに、うかつな事は出来ない。
 まあ……。

「この依頼を受けたのは、俺です」
「だからなんだよっ!」
「ですから、如何に師匠からの要請があったとは言え、俺が果たさなければ成りません」
「だから、なんだって……」
「俺が責を負います。宜しいですか?」
「……………………」

 責を負うとは、この仕事に関しては俺が仕切るという意味合いだ。
 つまり、事実上のリーダー宣言。
 この意味を解らないほど、若宇が馬鹿だとは思えない。

「……………………」
「それが条件です。真田も透も、それで良いか?」
「僕は良いよ。最初から、そのつもりだしねー」
「……私も……それが一番だと思う……」

 この二人は解っている。
 若宇も解ってはいるのだろう。
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 だが……ふふふっ。
 本当のところを解っていないのだよ。

「……解った……」
「このミッション中は、石川と百地では在りません。いただきふもと。それでも宜しいですか?」

 頂とは、作戦時のリーダーのことを指す。
 麓は言うに及ばず、ただの雑兵の事だ。
 死ねと言われれば、死ぬしかない存在なのだよ。
 徐々に俺の中で、加虐の牙が顔を出す。
 基本的に俺は、サドなのかもしれない。
 若宇もどっちかといえば、サド気質なのかもしれない。
 だからお互い嫌いなんだな。

「解ってるっつーの!」 
「では……」

 そう言って俺は、若宇の前にドカリと座った。
 勿論テーブルの上に、だ。

「なっ……」
「そこを空けてもらおうか、百地若宇」
「……はあっ!?」

 若宇の馬鹿が、馬鹿口を開けている。
 ふふふっ。

「その席が一番、指示を出しやすいんだ。麓の分際で、そんな席に座ってるんじゃねえ」
「……………………はあっっっ!?」

 俺の台詞を聞いた瞬間、若宇が顔を真っ赤に染め上げる。
 対して透は、真っ青だ。
 解る。
 解るぞ透。
 後からどんな目にあうか、考えてみろと言いたいんだろう?
 だが、師匠から書簡が来た時点で、若宇と俺が衝突するのは目に見えていたのだ。
 この後、どんな対策を講じようが、若宇から酷い仕打ちを受けるのかも。
 そんな事は解っている。
 だが……俺には既に、最後のオチが見えているのだ。
 依頼を完璧に果たし、尚且つ若宇をギャフンと言わせる策が。

「て、てめえ、ペケっ! 誰に向かって口聞いてると思ってんだっ!?」
「俺は頂。お前は麓。違うか?」
「あ……くっ……」
「別に、この作戦から外しても良いんだぜ。そうすれば石川と百地に戻れる。別に俺は、それでも良いさ。依頼を放り出しても、お前のプライドが痛まないってんなら、な」
「……………………」
「……と、とーや……」

 透が真っ青な顔で、俺を見る。
 解ってるとも。
 だがここは敢えて、高飛車な態度を取る必要が有るのだ。
 それもこっ酷く。

「どうなんだ、百地若宇? いや、若宇?」
「……………………」

 若宇は拳を握り締めながら席を立ち、俺の正面に座り直す。
 勝った。
 なんか、ものすげえ気持ち良い。
 事情を察した真田が、笑みながら空いた席に着いた。

「……ふふっ……なんか二人って……似てるわね……」
「何がだ、真田? いや、白雪」
「……好きな子を……苛めるところとか……」

 それは俺と若宇のことを言っているのだろう。
 不名誉な。

「違うぞ、白雪」
「……?」
「嫌いな奴も苛めるんだ俺は」
「!」

 若宇が顔をこわばらせた。
 ……。
 今のは……言わないほうが良かったかも知れん。

「じゃ、じゃあ。作戦を伝えるぞ」

 場を仕切りなおすために、そう言って周りを見渡す。
 相変わらず真田は楽しそうにしているし、透は真っ青だ。
 若宇は……怒りを溜め込むかのように、うつむいている。

「あ、その前に……若宇?」
「……なんだよ……」
「誰に向かって、そんなぞんざいな口調を?」
「……………………」
「……と、とーや……」

 透が俺を諌めようとするが、これだけは聞くわけには行かないのだ。
 ここで手を緩めると、後々のオチに支障が出てしまうからな。

「……なんで……しょうか?」

 歯軋りが聞こえそうなくらい食いしばった若宇が、言い直してきた。
 あー気持ち良い。

「喉が渇いたゆえ、アイスコーヒー持ってまいれ。シロップ抜きで」
「…………………………」

 一瞬だったが、確かに放たれる殺気。
 だが、理解したのだろう。
 若宇はそっと席を立った。
 うむ。
 これ以上逆らうなら、本当に作戦から外そうと思っていたのだよ。
 その場合、若宇の報復は熾烈を極めるだろうが……。
 若宇の心に、影を落とす事が出来ようというもの。
 それが解っているから、俺の言葉に従ったのだ。
 一歩一歩、まるで震脚のように踏みしめながら、若宇が厨房に消えていく。
 後姿を確認した透が、恐る恐る口を開いた。

「……とーや。後からどーなるか、解っててやってるんだよね?」
「まあ任せておけ、透。俺もあの馬鹿と付き合って長いんだ。後から丸め込む秘策が……」

 そこまで言った瞬間、厨房の方から怒声が響いてきた。

「何で公家風なんだよっっっ!」

 …………………………。
 それはさっきの俺の要求に対するツッコミなんだろう。
 ツッコミは兎も角、溢れんばかりの殺気が……。

「…………本当に大丈夫なんだよね…………?」
「た、多分」

 青ざめるどころか、白く染まった透の表情を見て、俺も不安に成ってくる。
 そんな俺たちを見る真田は、物凄く楽しそうだった。
 まあ、自分一人だけ、被害が及ばないからだろう。

「まあ……頑張ってね……石川十哉……」
「応」

 こうして俺たち、初の共同ミッションがスタートした。
 なんか、ちょっと気分良い。
 真田の方を見ると、少しだけ微笑んでいた。
 うむ。
 かなり気分良いぞ。

「……禄……貰えるの……初めて……楽しみ……♪」

 ……………………そんな理由かよ。
 真田、ビンボーだからなあ。








   to be continued



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