1時間後、俺は緑の包む雑木林に辿り着いていた。
 まったくもって、信じられない。
 俺の地理感が正常なら、ここはもう喰代の外れのはずだ。
 らみの証言によれば、二人は昼飯代わりに、この場所を訪れたはず。
 学園の昼休みに、だ。
 ここは喰代学園からゆうに、20kmは離れている。
 昼休みに走れる距離か。

「……」

 まあ、そんな事を愚痴っていてもしょうがない。
 まだ春先だというのにこの場所は、らみの証言どおり、果実に満ち溢れていた。
 リンゴ、みかん、梨、ヤマグワ、コウゾ、サルナシ、ブルーベリー。
 収穫時期がばらばらだ。
 生態系が狂っているとしか思えない。
 しかもそれらの果実は、人の手が加わっているとは思えないほど、雑然と生い茂っているのだ。
 山主と呼ばれた忍者―――五月雨衆さみだれしゅうの長、四日月様に聞いた事がある。
 木々とは、己の意思で住み分けるのだと。
 不規則に見える雑木林も、実は一定の法則に従っているらしい。
 その一つに、『甘い実を育む木のそばには、甘い実は生らない』と言うのがある。
 土壌の養分を多量に吸い上げてしまう果実種は、共存を許さないのだと。
 実際、果樹園を営んでいる農家の森を見れば解るだろう。
 一本あたりの生息スペースが、不自然なほど広いのだ。
 誰から教わったわけではない、自然と共に生きていく者の知恵なのだろう。
 その代わり、もっと性質の悪い、雑草類が生い茂る。
 だから果実種は鳥類を操り、何十年か掛けて生息範囲を広げるのだという。
 聞いた当時は、『賢いものですね』と感心したものだが……。

「あまり当てにはならない、か」

 人の手が加わっているとは思えない、果実の溢れた雑木林。
 いや、むしろ……人の手が加わっているのなら、こんなにも雑然と生やす事はしないだろう。
 みかんの木の隣にリンゴ、そしてまたみかん。
 商業林だとすれば、こんなにも効率の悪い植え方はしないはずだ。
 ミックスジュース専用の畑か?

「……」

 俺は慎重に身を隠しながら、木々の間をすり抜けた。
 若宇……というからみの証言した、奇妙な果実は、まだ見つからない。
 真っ青で毛の長い大き目のキウイ。
 5cm程度の楕円形。
 ……………………。
 本当に、そんな物体が存在するのだろうか?
 俺も忍者である。
 一般に知られていない生態系を目にする事は良く有るし、そんなものでいちいち驚いたりしない。
 第一、それを報告してきたらみだって、一般の感覚から言えば、奇妙な生物だろう。
 一応二足歩行だが、興奮すると、四足でパンツを見せて走る女。
 ほぼ豆のみで生活できる内臓。
 リスの言葉―――言葉?―――を解する頭脳。
 天性とも訓練とも違う、体躯と瞬発力。
 可笑しくも無いのに、笑っているような瞳。
 まさにリスと人の異種間交配。
 世の中には、そんな生命体も存在するのだ。
 見たことの無い果物が樹木に実っていようが、なんの不思議も無い。
 自然の産物であるならば、だ。
 若宇の陥った状況を考えてみると、何らかの毒物である可能性が高いだろう。
 だが現存する植物を思い返してみても、そんな効力を持った果実などは、俺の記憶に存在しない。
 という事は、誰かの手で作られたと言う事になる。
 しかし……。
 今更そんな手間をかけるだろうか?
 年配の先輩たち曰く、嘆かわしい事らしいが、最近の陰忍に使われている薬効の殆どは、科学的に合成したものとなっている。
 医忍いにんと呼ばれる野口衆も、約八割の毒物を、精製、解毒する事が出来るのだ。
 残り二割は、各門派の秘伝となっている陰忍だ。
 こればっかりは、忍者の総本家、百地と言えども聞き出す事はできない。
 もっとも百地も、そんな無粋な真似などしないだろうが。
 忍者の秘密を聞き出そうなどとは、愚の骨頂であると言えよう。
 己がそれを超えるものを、持っていれば良いのだから。
 そのような自信があってこその『忍者』である。

「……ん?」

 少し歩いた先で、突然視界が開けた。
 不自然なほど、開けた荒野。
 背の短い夏草が生い茂ってはいるものの、他には無いにも無い。
 ……いや。

「……」

 跪いて、掌を当てる。
 これは……掘り返した跡。
 カモフラージュに雑草のマットを敷き詰めて在るが……明らかに人為的なものだ。
 学生服の懐から苦無くないを抜いて、地面に突き刺してみる。
 ぶすりと言う感覚は、明らかに自然のものじゃない。
 15cmの苦無が、苦も無く突き刺さるって事は……相当深くまで掘り返したのだろう。
 と言う事は……ここには以前、何かがあった。
 それを隠すため、地上物の何かを排除し、夏草を植えて隠蔽を試みる。
 何かとは、何か?
 決まっている。
 若宇の馬鹿が貪り食ったとされている、青い果実。
 昔帰りの元凶だ。

「それにしても……」

 立ち上がって見渡してみると、改めて開けた視野に驚かされる。
 開けた野原は、小さな野球場くらい有った。
 たしかに一昼夜経ってしまったとは言え、昨日の今日だ。
 らみの証言に間違いがなければ、ここには青い果実を実らせた木々が、森林を形成していたはずだ。
 この広さにあった森を、いとも簡単に排除する。
 それ自体は別に不思議ではない。
 忍者とは、一晩で40棟もある村を作り出す事の出来る職種なのだ。
 だから森を消そうが茂らそうが、別に驚くには値しない。
 驚きなのは……。
 百地に知られる事なく、それを成し遂げる事が出来る集団が、この街に存在する事実なのだ。
 百地が支配するこの街で……百地に知られる事無く。

「来ると思ってたよぉ」

 突然背後から、野太い声が聞こえてくる。
 この地で三度目の驚きだ。
 俺が……この俺が、気配を掴めないとは。

「俺もさ」

 振り向きもせずに、敢えて普通に受け答えした。
 動揺を隠しながら、敢えて、だ。
 別に動揺くらい知られても、戦局に影響はしないが、敵を良い気分にさせてしまう。
 相手もそれを狙って、わざわざ声を掛けてきたんだろうからな。

「一つだけ聞きたい」

 意識は既に、腰に結わえた双爪そうそうに移してある。
 なにかあれば、一瞬で行動に移れるようにするためだ。
 俺は武芸者じゃない。
 攻撃意識を消すなんて事は、必要ないのだ。
 相手がする対処の上を行けば良いだけの話しだから。

「なんだぁい?」
「どうやって矢代派から逃げ出した? いや……どうやって取り込んだ? 矢代派といえば、百地の中でも堅物が集まってた流派だ。超一級品のサドたちを、どうやって陥落したのか。それが知りたい」
「……そんなこと、気にしてる場合じゃないと思うんだけどねぇ」

 嘲笑の主は、木戸きど飛鳥あすかだった。
 鉄砲使いの木戸。
 百地を憎み、俺を狙い、百地の重要流派と共に姿を消した男が……。
 今、背後に居るのだ。
 恐らく、俺に銃口を向けたまま。














第十話 『幼女桃色地獄変(後編)』
















「どうして僕がここに居るのかぁ、聞かなくてもぉ?」
「んー」

 誘導話術だ。
 自分が喋りたい事を語らせるため、俺に質問をさせようとしている。
 その手には乗るか。
 敵の算段には乗って、撃破するのが俺の流儀だが―――というか、師匠の流儀だが、予定調和されるのは好きじゃない。
 だから俺は、顎に手を当てて考えるふりをした。
 以前木戸が見せた仕草と同じだが、気付いただろうか?

「それは別に気にならない」
「なんでだぁ?」
「知ってるからさ」

 背後から、驚いたような気配が伝わってきた。
 存在自体の気配は消しているのに、表情は伝わるのか。
 不思議な陰忍だ。

「き、聞いたぁのかぁ?」
「いや、想像だ」

 聞いた?
 というと、この事実を、他にも知っている人間が居るんだな。
 矢代派が姿を消した事を合わせて考えると……。
 百地の内部に、草を放っているのか。
 それも、かなり中枢に、だ。

「お前はここで、俺を待っていた」
「……」
「ここには若宇を昔に返した、ある果実が成っていた。馬鹿が昼飯代わりに齧ったもんだから、お前らも慌てたんだろう。突貫で穿り返して隠蔽しようとした」
「…………?」
「だが百地が、この事実を見逃すはずは無い。当然探索の手を伸ばすし、派遣されるのは、百地に……若宇に一番近い俺の可能性が高い」
「……そうだよぉ……僕は君を待っていたんだよぉ。百地の守護者、石川十哉ぁ……」

 俺は木戸を刺激しないように、ゆっくり振り返った。
 視界に入った木戸は、やはり武装していやがる。
 手にはH&K社の突撃銃アサルトライフル、MPA−G−7だ。
 7.62mm高速弾を使用するタイプで、30連マガジンを装備している。
 メタル製の固定ストックを採用したG−7は、全長1200mmと、突撃銃にしては長いが、その分安定した命中率を誇っている。
 米軍で正式採用されている事実はおろか、この国の軍隊でも採用が検討されている傑作だ。
 ポピュラーではあるが、なに。
 マニアックな銃は、その分信頼度も落ちる。
 一番売れているものは、一番信頼できるのだ。
 たいがいな。

「ご苦労なこった。なぜそこまで、俺を付け狙う? 俺が百地の守護者だからか?」
「……もう一つあるのさぁ……」
「もう一つ?」
「……」

 それには答えないようだった。
 木戸の表情は、一文字に唇をかみ締め、何かに耐えているように見える。
 それは……なんだ?
 忍者として不本意な感情……そんな風に思ってしまった。
 なんとなく哀れに思ってしまったので、助け舟を出す事にする。
 無闇矢鱈、人様のトラウマに触るもんじゃない。

「なあ木戸」
「……なんだぁい?」
「俺が勝ったら、その青い果物、俺によこせよ」
「……もう戦うつもりなんだぁ。話に聞いていたよりぃ。好戦的なんだねぇ」
「師匠が師匠だからな」

 何度も言うが、忍者は戦闘職種では無い。
 戦わざる状況も在るが、基本的には諜報員なのだ。
 俺や師匠は、特殊タイプだといえよう。
 師匠はいろんな意味で、特殊だけど。

「それに、わざわざこんなところで待っていたということは、戦うつもりなんだろ?」
「……違うよぉ……」

 来るか?

「殺すつもりだぁっ!」

 やっぱり来た。
 台詞の終わりと同時に、銃口が俺の腹部に狙いを定める。

 ちゅんちゅんちゅん。

「!」

 三点射トリプルバーストが、俺の足元を掠めて行った。
 飛び上がってかわしたわけじゃない。
 それじゃ次の行動に、制限が生まれてしまう。
 俺は横に飛んで、銃弾から身を逸らしたのだ。
 素人が考えるほど、銃弾は生易しいものじゃない。
 命中しなくとも、銃弾自体が生み出す衝撃波が厄介なのだ。
 G-7に使用されている7.62mm高速弾は、一秒間に1.5kmもの速度で飛来する。
 つまり、音速を超えているのだ。
 そんなものが身体の近くを通っただけでも、アイスピックを突き立てられたような痛みが発生する。
 その痛みが、身体を硬直させてしまうのだ。
 発射時の音と衝撃。
 俺のような接近戦闘型が、銃器を相手にした場合、本当に恐ろしいのはこれである。
 近代において、新たな本能を生み出してしまったと言っても良いだろう。
 俺の様な特殊戦闘タイプの忍者は、それを消し去るために、膨大な訓練を必要とする。
 20mmのステンレスの板越しで、銃弾の的になるのだ。
 この訓練が、一番嫌だった。
 だって20mmのステンレスだぜ。
 2cmしかない、頼り無さそうなステンレス板越しに、銃弾が浴びせかけられるのだ。
 最初は夜寝ていても、耳鳴りが泊まらなかった。
 殺意の塊が俺の身体にまとわり付くのだ。
 いつまでもまとわり付く、衝撃と爆音。
 ま、この訓練も慣れてくると、20mmステンレス板の向こうで居眠りできるくらいにまでは成るのだが。
 人間、なんにでも慣れると言うことの証明だろう。

「くっ」

 体勢を立て直して、木戸を視界に納めようとしたが……そこに敵は居なかった。
 まただ。
 SIKビルのときと同じ。
 何処を見てもセンサーを張り巡らせても、木戸の姿は確認出来なかった。

「……」

 膝を付いたまま、思考を巡らせる。
『気配』とは、主に二つの考え方から出来ている。
 一つは『気』などと呼ばれる、東洋的解釈。
 人の身体には経脈けいみゃくという気が流れていて、それを察知すると言うものである。
 これは俺も経穴けいけつの打撃などに利用している、忍者としては比較的ポピュラーな考え方だ。
 確かに人の身体に触れると、血液循環なんかとは違う、エネルギーの流れを感じる事が出来る。
 まあこれを感じるにも、膨大な訓練が必要なのだが。
 普通の人がそれを感じることが出来ないのは、自分の気を混信しているからだ。
 故に経脈を理由する手法の第一歩は、自分の経脈をはっきりと感じることから始まる。
 自らの流れを悟り、異なる流れを知る。
 だが正直俺ですら、離れた場所から対象の経脈を感じる事なんか出来ない。
 だから経穴という、体系付けられたパターンを使うのだ。

「…………」

 もう一つの考え方が『生体電気』という、西洋的解釈。
 人の身体には微弱な電流が流れていて、それを感じるシステムも人体にはあるのだという。
 なるほどこの説だと、離れたところに居る人間を感じる事も出来るのかもしれない。
 電圧と電流の組み合わせによって、種別はおろか個別まで可能だと言う。
 俺は支持して無い説だけどな。
 なんとなくそうかもしれないとは思うが、信じきる事は出来ない。
 理解と納得は別のなのだ。
 じゃないと……ほら。

 ちゅんちゅんちゅいん。

 俺の身体をかすめる銃弾を、誰が発射しているのか解らない理由が、説明できないじゃないか。
 確かに俺はさっきまで、木戸と話をしていた。
 だが木戸の姿を確認できない今、複数の敵が居てもおかしく無いからだ。
 こちらは敵の姿を確認できないが、相手は俺を捕捉している。
 ジリ貧である。
 しかたねえ。
 俺は懐から、小さな筒を抜いた。
 SIK社製、煙幕筒。

「むっ?」

 白い煙と共に、おおよそ斜め後方から、疑問の声が上がった。
 声の抑揚から察するに、『なにしてるんだろう、この馬鹿ぁ』ってところか。
 ムッとしてきた。
 たしかに忍者相手に煙幕を張っても、何の意味も無い。
 SIK社で師匠が現れた時、煙幕を焚いたのも、俺をビビらせるためだけのものだった。
 要するに、その程度の使用方法しかないのである。
 ……普通の忍者なら、な。

 ちゅいんちゅいんちゅいん。

「……ほぉ……」

 斜め前方から、感嘆のため息が聞こえてくる。
 先ほどまでと違って、俺はかわすつもりでかわしたのだ。
 煙幕の揺らぎで、銃弾の軌道を読む。
 これが普通の忍者と、俺の違いだ。
 忍具は発想によって、用途を広げる事が出来る。
 それが木戸にも理解できたから、ため息を上げたのだろう。
 勿論俺に聞かせるために、わざと上げたに違いない。
 感心した時は、感心した事を伝える。
 礼儀だ。
 そのことだけでも、木戸が上流の忍軍出身だと言う事が解った。
 だが……。

「なあ、木戸」
「……」

 煙幕の向こうから、答えは無かった。
 当然か。
 居場所を知らせないためなどでは無いだろう。
 俺の手に乗ったと思われるのが嫌なのに違いない。

「戦ってる最中、申し訳ないんだが……一つだけ答えて欲しい」
「……」

 ちゅいんちゅいん。

 拒否の弾丸が、俺の足元をえぐる。
 勿論かわすつもりでかわした。
 SIK製煙幕筒の白煙撒布時間は、おおよそ三分。
 それまでに片を付けなければ……まあ、次の煙幕を焚くだけか。
 この三分に全てを賭けるなんて戦闘、習った覚えは無い。
 戦いは常に線。

「侮辱してるわけじゃない。侮辱してるわけじゃないんだが……」

 ちゅいんちゅいんちゅいん。
 かっ。

 最後の『かっ』は、弾倉を代えたのだろう。
 いつのまにか30発を撃ち切っていたらしい。
 だが、解った。
 木戸は冷静さを欠いている。
 何を言われるのか、不安なのだろう。
 それは言い換えれば、侮辱される要素を自覚しているって事だ。
 木戸のツボ……それはなんだ?
 頭の中に、今までの流れを思い出す。
 SIK襲撃で初めて会った木戸。
 銃術と格闘術を併せ持つ忍者。
 ポピュラーな武器チョイス。
 一瞬の攻防。
 勝利の針が、僅かに傾く。
 決着。

「……お前さあ……」

 ちゅいんちゅいん。

 俺の口をふさぐ様に、銃弾がかすめていく。
 揺らぐ煙幕。
 そんな事をしなくても、俺の口はふさがっていた。
 何故なら、別に話しかける事なんか無かったからだ。
 ただ、己のペースに引き込みたかっただけ。
 だが……侮辱される要素は、木戸の中にある。
 それはなんだ?
 それはなんだ?
 俺を誘き出し、抹殺しようとした。
 百地への恨み。
 若宇への怨念。
 キレた侮蔑。
 ……………………。

「お前ってさあ……誰の子孫だっけ?」

 ちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいんちゅいん。

 地面と言わず大気と言わず。
 全てのものが、木戸の銃弾によって削られていく。

「貴様ぁっっっ! 貴様ぁァあァっ!」

 これだった。
 冷静さを失った木戸の穏行が解け、はっきりと気配が……怒りが理解できた。
 そういえば木戸は、祖先の忍者の事を気にかけていた。
 誇りに思っているのかもしれない。
 だからあの時……SIK社襲撃の時、あれほど若宇に対してキレたのだろう。
 俺は再び、逆鱗に触れたのだ。
 だが……。

「……」
「きサまアぁッッッ!」

 たわいない一言だったが、それが術を破った。
 忍者にとって、己の術を破られる事。
 すなわち……。

「しゃっ!」
「!?」

 射線の収束するポイントに向かって、身を投げ出す。
 さすが、百地に喧嘩を売る忍者だ。
 キレていても反応しやがる。
 飛び出した俺の足元を、鉛の塊がえぐり始めた。
 読まれている。
 範疇内だけど。

「っ!」

 俺は左斜め前方にステップした。
 SIK社の戦闘から、木戸が右手構えだと言う事は判明している。
 左に跳んだ俺を追おうとすると、右に射線を向けることになる。
 故に……体が開く。
 射線は動いていない。
 木戸は動いていないのだ。
 空中で制服の懐から、一枚の金属板を抜く。
 打板だばん

「!」
「……!?」

 空中で身体を捻る。
 指を、腕を、肩を、背を、腰を、脚を、つま先を。
 打板から打ち寄せる波が、全身を駆け巡った。
 栄光無き英雄から教わった、名も無き投擲法。

「……」

 螺旋と化した一枚の打板が……煙幕を切り裂く。
 その先には確かに、木戸の怒り狂った顔があった。

「ぬっ!?」
 
 気が揺らいだ。
 直撃はしなかったものの、打板は木戸の頬を切り裂いたらしい。
 鮮血が踊る。
 ……あぶねえ。
 殺すつもりは無いし、殺してはいけない。
 そう教わってる。 
 顔に直撃じゃ、生きてられる訳無いしな。

「しゃあっ!」

 地面をえぐる様に蹴り、方向を修正する。
 その先には、一瞬よりも短い刹那、たじろいでしまった木戸が居た。
 間合いが詰まる。

「っ!」
「!?」

 右逆手で左腰の熊爪を抜刀。
 鞘当は外してある。
 抜き身の刀身。
 振り下ろされたストックを、柄底で打つ。

「くっ……」

 衝撃に木戸の顔が歪んだ。
 だがその顔に、悲壮感は見られない。
 この密着距離だ。
 おそらく飛びのいてからの仕切りなおしだと読んでいるのだろう。
 勝手に。

「……」

 右逆手で抜いたままの熊爪を、手首だけで傾ける。
 同時に左肩を峰に添えたまま、刀身を木戸の身体に密着させた。
 己の身体を抱きしめるように。

「なっ!?」

 このままじゃ斬れない。
 刃物は押すか引くかしないと斬れないのだ。
 石川流抜刀術。

「!?」

 右手を引きながら身体を回す。
 左肩の上を、峰が走り、木戸の胸先を斬り裂いた。
 まだ終わらない。
 肩を使っての抜刀法。
 鞘走り。

「ふぅっ!」

 密着した肩を開いての裏拳。
 裏拳が目的じゃない。
 拳を密着させる。
 密着状態を再び作り出すのが目的。
 拳が木戸の鎖骨に当たった。

「……」

 振り下ろす。
 突き刺すんじゃない。
 斬戟。
 敵と拳の間へ振り下ろす。

「っ!?」

 木戸の身体が揺れる。
 肩を使った鞘走り……ならば納刀は拳で。
 拳で身体を斬るように。
 石川流抜刀術、月輪つきのわ
 肩を鞘に見立てての抜刀、拳を鞘に見立てての納刀。
 超至近距斬戟ざんげき

「……くはっ……」

 木戸の身体が崩れ落ちた。
 残念だったな。
 お前にもう少し自制心があれば、こんな結果には成らなかっただろうに。
 忍者は己の術に殉ずる。
 そして俺が使うのは……。

「……」

 百地最強と謳われた、石川流抜刀術なのだ。
 俺の殉ずるべき術。













 倒れこんだ木戸を、どう捕縛しようかと考えあぐねている時、恐るべきことが起こった。
 一瞬の隙を見せたのが不味かったのだろう。
 しかし、どうしてもSIK社の沖の記憶を打ち消す事が出来なかったのだ。

「……ふぅ」

 月輪を食らったはずの木戸が、飛びのいたのだ。
 しかも余裕で深い呼吸などしてやがる。

「……あー……まいったねえ……」

 コメントも間延びしていて、頭に来るぜ。
 木戸は一定の距離を保ったまま、自らの胸を撫でさすっていた。

「胸筋がばっさり切れちゃったよお。腕が……右腕が動かないねえ」
「……」

 じゃあその状態で立ち上がるなよ。
 確かに俺に胸を切り裂かれたはずの木戸は、にこやかな笑みを浮かべていた。
 冷静さも取り戻したのだろう。
 勿論間合いも、だ。
 幸いなのは、木戸が保持していた銃器が、地面に転がっている事だ。
 この状態なら、圧勝できる。

「流石、接近戦では敵無しと言われた石川流。あの状態で、こんなにも威力のある斬戟ができるなんてねえ」
「……」

 俺は再び臨戦態勢に入った。
 圧勝できるだろう……は、ただの希望的観測と現状認識でしかない。
 妄想と理屈だ。
 そんなもので戦いの幕が落ち無いと言う事は、忍者であるこの身が良く知っている。

「だけどぉ、僕も木戸の忍者だあ。このまま終わっちゃ……」
「御先祖様に申し訳ない、か? 名も無き御先祖様に」
「……」

 俺の挑発に、木戸は唇をかみ締めて耐えているようだった。
 どうやら、自分の窮地を招いたものが何だったか、正確に認識しているらしい。
 一流だな。
 多分この世に、最強と言う言葉は存在するだろう。
 だが無敗と言う言葉は存在し得ない。
 負けない者は得られない者なのだ。
 俺の目に前に居る者は、まごう事なき一流の忍者。
 傷ついた事によって、得る事の出来る者。

「僕は確かにぃ鉄砲使いだあ。だけどお、鉄砲が僕の全てじゃないのさぁ」
「だろう……」

 なっ!?
 律儀に相槌を打とうとした瞬間、木戸の身体が消え去った。
 まただ。
 ヨタ話を繰り広げている間、確かに認識できていた気配が霧散する。
 なんて陰忍だ。
 卑怯極まりない。

 ぱん。

「っ!」

 軽い発泡音と共に、肩に激痛が走る。
 これは……弾傷?
 背後から撃たれたのか、俺?
 鉄砲が全てじゃないと言いながら、銃撃か。
 まったく……忍者って奴は。

「くっ」

 身を翻しながら、着弾した衝撃を割り出す。
 おそらく22口径以下だ。
 細い血管が分断され肉が抉れただけで、致命傷じゃない。
 しかし……。

 ぱん。

 また発泡音。
 火薬の炸裂する発砲音じゃない。
 まるで炭酸の弾けた時の様な発泡音と共に、太腿が焼けた火箸を突き刺したように熱くなる。
 やがて熱は痛みに変わった。
 また着弾した。
 相変わらず木戸の姿は見えないし、気配も消失したままだ。
 それ以上に驚異なのが……移動の速度。
 さっき俺は、背後から肩を撃たれた。
 今度の銃撃は、正面からだ。
 正面から俺の太腿は撃たれたのだ。
 まあこの際、姿が見えないのも気配が感じ取れないのも良しとしよう。
 本当は良しじゃないんだけど、取り敢えず良しだ。
 だが……この超高速の移動術は……。
 若宇に匹敵する。
 百地最速の若宇に、だ。

 ぱん。

 今度は腰骨の辺りに衝撃。
 当たり所が悪ければ、半身不随になってもおかしく無い場所だが、幸いにも肉を抉っただけだ。
 幸い……いや、最悪か。
 俺の目は未だに、木戸の姿を捉える事が出来ないで居るのだから。

「……」

 三発目の後、静寂が辺りを流れる。
 ふむ。
 最大装弾数は、三発か?
 一応心の中に留めて置く。
 どうせそれがトラップなのは解っている。
 解っているが……敵の罠には乗るのが流儀だ。

 ぱん。

 静寂を突き破って、再び銃撃が開始される。
 こんどはまた背後だ。
 肩の肉が三センチほど持っていかれた。
 あと十センチずれていたら、首を撃たれていた箇所。
 いくら俺がタフだからといって、口径が小さい銃撃だからといって、首を撃たれたらそれまでだ。
 何も守れなくなる。
 ……なにも?

「……」

 ぱん。

 二発めの銃撃。
 背後から。
 一瞬だけ、誰かの顔が脳裏に浮かんだ気がした。
 誰だかは解らない。
 解らなかったが、銃弾は右耳を掠めたあと、虚空に消えていった。
 かわした?

 ぱん。

 正面。
 正面に、マズルフラッシュが見えた気がした。
 薬莢の中の火薬が燃えたときに見える、燃焼の閃光。
 熱っ。
 胸が熱かった。
 右胸に宿る、殺意の爪痕。
 筋肉で止まったか。
 俺は閃光に向かって飛び込んだ。
 百地最速の若宇と同じ速度を持つ敵。
 だが……。

「やぁぁぁぁぁっ!」

 俺は……一番近くで、その速度を見上げてきた男なのだ!

「!?」

 閃光の向こうに、木戸の姿。
 初めて。
 初めて自分の目で、木戸の姿を捉えた。
 驚いたような木戸の顔。
 自分が認識されたのが解ったんだろう。
 一瞬、木戸が左手に持つ銃器に視線が移る。
 HK社製携帯銃ポケットピストル、PD-07。
 8口径の弾丸を三発装填できる、護身用の自動拳銃だ。
 掌に隠れてしまう大きさは、暗殺にも用いられる事が多いと言う。
 小型な分、装填に時間がかかるのが、欠点と言えば欠点だ。
 なるほどこれなら、さっきの静寂も納得できる。
 だが……。

「ふふぅ♪」

 そこまでが木戸のトラップ。
 誰かが言っていた。
 不可能な事は、誰も出来ないから不可能なんだと。
 だが、自分には出来ない事でも、誰かは出来る可能性がある。
 それは最初から不可能な事ではなかったということ。
 つまり……不可能な事なんか無いということ。
 自分には出来ないだけ。

「!」

 木戸は一瞬にして、左手一本で、PD-07のグリップを外した。
 握部には、自動拳銃のようなマガジンは存在していない。
 ただ弾丸を込めるだけだ。
 つまりPD-07は装弾機構的には、リボルバーに近いのである。
 おそらく、百地の誰もが不可能な速度で、木戸は弾を込める。
 弾の込め終わった拳銃で、俺の命を奪いに来るだろう。
 セオリーで言えば、俺は拳銃を吹き飛ばすか何かしなければならないんだろうな。
 だが……俺の師匠は、天下一品のひねくれ者である。
 俺は、その弟子なのだ。

「らぁっ!」

 左腰から、猫爪を左逆手で抜刀。
 木戸の右手を狙う。

「!?」

 木戸の驚いたような表情。
 そりゃそうだろ。
 この極限状態で、武器破壊に来ないのだから。
 今見えているのは、木戸の左手に握られている、PD-07だけなのだ。
 それを狙うのは、セオリーというよりも、本能なのだろう。
 普通の忍者にとっては。

「ちいっ!」

 木戸の動かないはずの右手が、すばやく動いた。
 その手に握られているのは……同じくPD-07。
 俺の猫爪をポイントしている。

 どぉん。
 ぎいん。

 通常のPD-07からは考えられない爆音が、狂った森に響いた。
 おそらく炸薬を倍に増やした、特殊弾だったのだろう。
 最初に撃っていた通常のPD-07専用弾は、俺に安心を与えるためのフェイクって訳か。
 この弾なら撃たれても致命傷は免れると思い込んで、のこのこと飛び込んできた奴を、必殺の特殊弾で仕留める。
 木戸のシナリオは、そんなところじゃないかな。
 だから思いもしなかったのだろう。
 何も握っていない自分の右手が狙われる事。
 隠していた本命の銃を看破されていた事。

「……な……に……?」

 俺が猫爪を手放す事。
 何の策も技も無く手放された猫爪は、木戸の銃弾に弾かれた後、くるくると回りながら宙に漂っていた。
 本当に、なんの策もない。
 だが、俺は石川十哉だ。
 俺と敵対した者なら、その行為を疑って当然だ。
 なにかやらかそうとしている。
 そう思ったからこそ、木戸も動きを一瞬止めてしまったのだろう。
 俺の勝機のために。

「しっ!」

 木戸の懐にもぐりこむ。
 拳を開いて、掌底を顔面に撃った。

「!」

 さすが百地に喧嘩を売るだけのことはある。
 一瞬で立ち直った木戸は、両腕をクロスして顔面をガードした。
 まあ、それが伏線なんだけどな。
 掌底が当たる前に、軌道を変化させる。

「らあっ!」
「!?」

 俺の拳が、木戸のつま先にめり込んだ。
 細くて硬い木の枝が折れるような感触。
 つま先は神経が集中してるから、痛いよな、やっぱ。
 何度と無く食らった俺には解る。
 身体を硬直させてしまう理由も。

「ちぇぃ!」

 つま先を打った拳で、木戸の足首を掴む。
 伸び上がる動作の中で、てこの原理を応用した投げ。
 木戸の身体が後ろに反ったまま、半回転しながら空中に投げ出された。
 ここまでが師匠の技。
 いざって言う時に、師匠の技が出てくるなんて……。
 俺、これでいいのかな?

「……」

 ふと浮かんだ疑問が、俺の身体を動かした。
 師匠の技ならこの後、空中に漂う的の背中を蹴ったり、首関節を極めて地面に突き刺したりするのだが……。
 俺の手は、腰に残った熊爪に伸びていた。

「らあぁ!」

 右腰に残っていた熊爪を、左順手で抜刀。
 何故か革当が付いてきた。
 俺の指先が、革当を付けた抜刀をしたような気がするが、何故なんだろうか?
 まあ、いいだろう。
 逆さまに成ったままの木戸の裏首筋に、刃を当てる。
 同時に背中の肩甲骨に、右指をめり込ませた。
 本来ならこの技は、髪の毛を掴むんだけどな。
 指をめり込ませた右手の肘を、熊爪の峰に当て、そのまま前のめりに全体重をかけて倒れこむ。
 石川流抜刀術……。

「どっ……ぐぅ……」

 阿弥陀あみだ
 本来は戦場で敵将の首を落とす、この技を持って、戦いに鐘を鳴らした。
 終焉の鐘を。


















「…………」

 呆れた生命力だ。
 俺の阿弥陀を食らっておきながら―――しかも裏だぞ?―――木戸の胸は隆起していた。
 まあ殺すわけには行かないんだけどな。
 ひっくり返った木戸の額は、地面に打ち付けられて割れていた。
 噴出した血の間の見える白っぽいものは、頭蓋じゃないんだろうか?
 しかも多分、首の骨が折れているはずだ。
 殺さないつもりでは在ったが、本当に死んでないと成ると、ちょっとビビる。
 仰向けに寝ている木戸の瞳には、生気が宿っているからだ。
 本当に人間なのか、コイツ?
 黒姫から貰ったとされている、師匠のホラービデオコレクションに、こんな化物が居たな。
 死霊ゾンビって奴だ。

「……ま……参ったよぉ……も、もう身体が……動かないよぉ……」

 そんな風に木戸は、微笑みながら呟いた。
 内心怯えながらも、木戸に歩み寄る。
 聞かなければ成らない事があるからだ。
 本来なら、捕縛したり止めを刺すべきなのだろう。
 だが聞くことがある。
 そしてそれは、敗北したこの瞬間しか聞き出せないものだった。
 拷問と言うのも、この効果を狙ったものだ。
 身体じゃなくて、心を敗北させる。
 捕縛や止めよりも、百倍大事だ。
 さっきの失敗は、二度繰り返さない。

「さて、出してもらおうか?」
「……何をだいぃ?」
「ここに生っていた、奇妙な果実だ。持ってんだろ?」
「……持ってないよぉ……」
「……」

 それは不味い。
 何故なら俺には、木戸が持っているとの、確信が有ったからだ。
 木戸がこの戦闘に俺を誘い込むためには、餌が必要だ。
 じゃないと俺が逃げちゃったら、何にもなら無いからな。
 逃亡を防止するためにも、切り札を持っている必要が有った。
 だから俺もこの戦闘に付き合ったのだ。
 勝つ自信もあったしな。
 ギリギリ紙一重だったけど。

「ここの林はあ……一週間も前に廃棄されているのさあ……もし僕が持っていたとしてもぉ……もう腐っちゃってるよぉ……」
「……はあっ?」

 な、なんか……あれ?

「い、一週間前?」
「そうさあ……ここで君を待つのはあ、寒かったよぉ……」

 ……………………。
 木戸はこんな生態系の狂った雑木林で、一週間も俺を待っていた、と。
 まあそれは良い。
 忍者なんだから、そんなことくらいで泣き言を言ってもらっても困る。
 だが……あれ?
 俺……何しに来たんだっけ?
 混乱した状況を整理しようと努力している俺に、木戸がさらに追い討ちをかけてきた。

「……それにぃ……百地の娘の事ぉ……」
「ん?」
「君……最初に……食べたって言ったよねぇ……そんなはずは……」
「ああ。お前らの植えた木の実を食って、愉快な状況に陥ってる。あのままにしておいてもいいんだが、翻弄される俺が哀れだし、周りの連中が楽しんでるのはムカつくので、是非治したい」
「……?」

 木戸の顔に、明らかな困惑が浮かび上がった。
 それを見て俺も首をかしげる。
 なんか……話が繋がってるようで繋がっていない。

「……もしかして……その木の実ってのは……幼女帰りさせる効果なんか……ないの?」
「……」

 木戸が頷いた。

「そもそもぉ……ここに木の実なんか無かったしねぇ……」
「……はぁ? じゃ、じゃあ……なんでお前は俺が来るって……?」
「……聞いたからさぁ。君がここに来るかもしれないってぇ……あれ? 百地からの『依頼』で、ここに来たんじゃないのぉ?」
「……?」
「……?」

 二人で首をかしげる。
 そう言えば、ここで最初に言葉を交わしたとき、木戸は俺の口上に疑問を持っていたようだった。
 まるで、何言ってんだコイツ、みたいな表情で。
 俺は若宇の馬鹿げた症状を治すため、この地に駆けつけた。
 確かにここで、木戸一派がなにか画策していたらしいが……それは既に一週間前に取り除かれていた。
 若宇の馬鹿が、素直な馬鹿になったのは……昨日。
 と言う事は……。

「!?」

 頭を抱えていた俺に、突然殺気が忍び寄る。
 殺意……いや陽動か?
 無数の棒手裏剣が、俺目掛けて飛んできた。

「ちっ……」

 飛びのいた際、木戸と距離が離れてしまった。
 不味い。
 このままじゃ……。

「えぇ!?」

 突然木戸の身体が、地面に沈んだ。
 まるで落とし穴に落ちた幼児の如く。
 これは……土犬の術?
 土犬の術とは、実玖みくと言う流派が得意とする陰忍だ。
 だが実玖衆は、京都大戦で滅びたはず。
 いまはもう失われた陰忍だ。

「!?」

 野原に開いた穴に駆け寄ろうとしたとき、棒手裏剣が足元に突き刺さる。
 足止めのつもりか。
 しょうがない。
 俺は一旦、標的を変えることにした。
 なに、さほど問題じゃない。
 木戸に聞こうとした質問を、新たなる襲撃者に問えばよいだけの話だ。
 俺は打板を抜きながら、棒手裏剣が飛来する方向を見つめた。

「……」

 意外にも、そこには人影があった。
 白い忍び装束を着て、白い頭巾で顔を隠している、細身の人物が。
 木戸と同じ陰忍を使用しているかとも思ったが、気配が感じられる。
 まあただの雑兵なんだろうな。
 ならば発射地点に飛び込めばよいだけ。
 ただの雑兵なら、持ち合わせてる情報も少ないだろうが、皆無なわけじゃない。
 一本の飛来する手裏剣に、狙いを付けた。

「……なっ!?」

 完全にかわせる筈の棒手裏剣……だった。
 しかし、今……肩に突き刺さっている。
 軌道が……変わった?

「くっ!」

 突き刺さった衝撃で、一瞬動きを止めてしまった。
 その隙を狙って、再び棒手裏剣が飛来する。
 襲い来る棒手裏剣は、SIK社で作っている、大量生産物だ。
 決して、こんな動きをするものじゃない。

「……」

 だが現実に、棒手裏剣は軌道を変えていた。
 何かで弾いて、強引に軌道を変えているわけじゃない。
 その手の術なら、石川流にも有るし、他の流派でも珍しくない。
 だがこの棒手裏剣は、滑らかな曲線を描いて、的確に襲い掛かってくるのだ。
 数条の光線が、俺の顔面に飛来する。
 恐ろしい速度の抜き打ちだ。
 雑兵なんてとんでもない。
 一流の投げ打ち術。
 一流の忍者だった。

「ちぃ!」

 俺は飛びのきながら、懐から光幕筒を抜いて、地面に叩き付けた。
 筒の中に仕組まれた化学薬品が、一瞬で発光し、辺りを煙幕が包み込む。
 その煙の中に身を隠しながら、相手の出方を待った。
 自慢じゃないが俺は、近距離戦闘型の忍者だ。
 つまり飛び道具には、ちと弱い。
 相手が接近してくれるのがベストだったが……。

「……ま、こんなもんか……」

 煙幕が晴れた野原には、誰も居なかった。
 木戸も、棒手裏剣を放った者も。
 襲ってきてくれれば反撃も出来るんだが……逃げられちゃなあ。
 これで手がかり無し、か。
 俺は敗北感にまみれながら、肩に突き刺さった棒手裏剣を抜いた。
 鼻先に近づけて、匂いを嗅ぐ。
 毒物は無い。
 一昔前の忍者なら、刃先を舐めて確かめたらしいが、俺はそんなことはしない。
 内臓に達した時、初めて効果を表す毒物も有るからだ。
 だから俺は、匂いで判別する。
 無臭の毒物も在るだろうとツッコミもあるだろうが、匂いが無いと言う事は無いのだ。
 無臭と言う匂いもある。
 有体に言えば、刃先の金属臭が消されていれば、何らかの薬品が塗られていると言うわけだ。
 棒手裏剣には……俺の血の匂いと、金属臭。
 そして……かすかに甘い匂いがしていた。

















 
「いやー♪ 全然記憶にねーんだけど、あたし幼女だったんだってー? そりゃコアなファンも開拓できるってーもんさー♪」
「……………………」

 ズタボロになって学園に戻った俺を迎えたのは、若宇の馬鹿面だった。
 いつも通りの馬鹿面。

「萌えたろ? な、なっ? しょーじきに言ってみろって、とーるー♪」
「うん、ちょっとチンコ硬くなったよ、若宇ちゃん」
「あーはっはっ♪ とーるさんの息子さんは正直モンだなぁ♪」
「……………………」

 クラスの輪の中で、目一杯はしゃいでる若宇。
 その馬鹿面を見た瞬間、全てが氷解した。
 この親子だきゃぁ……本当にムカつく。

「なあ真田……」
「……ん?」

 少しだけ輪から離れている真田に、そっと耳打ちしてみた。
 ほんのりと香る、バニラエッセンスの匂いにクラクラくるが、それどころじゃない。
 さらにその輪から離れたところには、青ざめた純が居た。
 春先の海の水は冷たいよな。

「師匠……何処に居るか知ってるか?」
「……旅に出るって……言ってたわ……」
「!」
「……ちょ、ちょっと……石川とう……」

 真田の言葉を最後まで聞かずに、俺は駆け出した。
 逃がしてたまるか。

「あーっはっは♪ ぎゃーっはっは♪」

 頭に響く若宇の笑いを背に、校舎を飛び降りる。
 人の心配を何だと思ってやがんだ、この馬鹿親子。
 一発殴らないと、気が済まねえ。











END



















4月28日 (大爆笑)

 水鏡大成功の巻。

 ここまで綺麗に決まったのって、多分記憶に無いな。ペケのあせった顔も見ものだったし、クラスのみんなのリアクションも楽しかった♪
 ま、これで、奈那子さん誘拐の件はチャラにしてやるとするか。パンチ20発分の水鏡。忘れた頃に復讐してやろうとか思ってたんだけど、我慢できなくてさー。ま、ペケには良い薬になっただろー。あたしを怒らせると、どーゆー目にあうか。
 話を合わせてくれた、らみっちにもおかーちゃんにも感謝♪ おとーちゃんには教えると、すーぐ自分が良いところ持ってこうとするから教えなかったんだけど、多分バレてたな、こりゃ。でも純ちゃんを海に叩き込んだのは、ちみーっとやりすぎだったかもしれない。ま、桃缶二つで許してくれるだろー。



 でも……意外だった。甘やかされるのが、あんなに楽しいことだったなんて。切り札使っちゃったけど、それだけの価値はあったよなー。
 あたしは昔から、水鏡が得意。自分じゃない自分を演じる、水鏡が得意。誰も知らないあたし。おとーちゃんもおかーちゃんも、友達も知らない。



 あたしも知らないあたし。知ってるのは多分、ペケだけ。



 それにしても、何であの場所の事、知ってたんだろう? 独自の情報筋でも持ってんのかなー? 持ってても不思議じゃないけどさ。でも……あたしに教えてくれたのも、ペケを誘導したのも……。そりゃディティール補足になって、助かったけどさ。でも……。
 ま、いっか。解らない事を考えてしゃーないもんね。




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