ま、大抵の主人公は、いきなり故郷(ふるさと)に帰ってくる。
 しかも何の前フリも無く。
 俺もそんな感じ。
 俺が何の主人公かは知らんが。
 ひねりが無いよなぁ……なんて、ボーっと窓の外の流れる景色を見詰める。
 春の景色は、苛つく俺を一寸だけ諌めてくれる……訳も無く、『なんで緑なんだよ!』とかって突っ込みたく
 なる。
 ゴトンゴトンと言う音が、ヤケに癇に障った。
 金が無いので、電車で帰る事になったのだせいも有るだろう。
 大概の主人公は電車で帰る。
 最近は飛行機もアリか?
 大体、何で電車なんだろう?
 バイクや自動車ってのもアリだろうが………。
 俺は免許持ってないので、電車である。
 スケボーや自転車でもいいのだが、俺は夏休みにビックリチャレンジする中等生じゃねー。
 これ以上体力を使うのはゴメンだ。
 TV局も取材に来てくれないだろーし。
 あとの乗り物って言うと………みんな免許が必要なんだなぁ。
 意外に世の中って世知辛いね♪
 他の乗り物………ヘリとか船とかか?
 勿論ヘリや船の免許も持っていないけどな。
 潜水艦の免許なんて、以ての外だ。
 ………潜水艦の免許?
 潜水艦って、免許が有るのか?
 有ったとして、普通に取れるのか?
 教習所とか有るのか?
 美人教官が教えてくれるのか?
 しかもグラマーの。
 頭の中には、色っぽいスーツを着た茉璃(まつり)ねーさんを思い浮かべる。
 薫子(かおるこ)さんでも可。
 胸元を覗き込むと………白いブラジャ♪
 茉璃ね―さんが、俺の手とレバーを握りながら、耳元で呟く。

「次は………深度50まで潜ってみましょうか♪」

 なんてな。
 ………………やべっ!
 想像で股間が暴れアニマルに!
 ま、元気な股間はともかく、潜水艦で帰ったら格好良いだろうなぁ♪
 幸い俺んちの目の前、何処までも広がる青い海だし。

「只今帰りました!」

 潜望鏡の上で敬礼する俺。
 何気に身の軽さもアピール。
 そして砂浜で座礁する潜水艦。
 ……………………くだらねー。
 暇だと無駄に思考が多いな、俺。
 大体遠すぎるんだよ、俺の故郷。
 田舎過ぎ。
 飛行機なら一時間半で帰れる距離も、電車乗り継ぎだと二十時間以上掛かるってさ。
 そのかわり、交通費は三倍。
 俺が電車を選ぶのは、当然の事だ。
 ビンボー人は辛いね♪
 って、潜水艦だと、何時間なんだろう?






 …………………………………

 ………………………

 ………………

 大抵の主人公は、この電車のゴトゴトって音を聞きながらお家に帰る。
 俺もそんな感じ。
 俺が何の主人公かは知らんが。
 目に掛かりそうなくらい延びた前髪を、イライラしながら掻き上げた。
 そこで他の主人公は二つに分かれる。
 心躍らせて帰って来る者と、嫌々帰って来る者。
 俺は……バリバリの後者だ。
 大体帰ってきたくなかったんだよなぁ。
 あの家は居心地良かった♪
 そりゃ家族っていうよりは使用人だったし、最後にはこっぴどく裏切って出てきたけどさ。
 ま、最初から裏切る予定だったので、しょーがねー。
 つーか、あんなに酷い悪事を働いている男の家庭が、あんなに理想的な家族だとは思わなかった。
 優しい母親。
 美人のメイド。
 素敵なお嬢様。
 思わず寝返りそうに成ったぜ。
 男も何人か居た筈だが、俺の記憶からは抹消されている。
 寝返ってたら今頃……………。
 お嬢様との恋物語が花開いてたかもしれない。
 メイドの調教なんてのもアリだなぁ。
 そしたら、無理矢理土地が埋め立てられて、政治家の懐が肥えて。
 地域の何十人かが犠牲になって、また無駄に税金が使われて。
 コメンテーターやらカウンセラーが小銭を稼いで、裏ではもっと大きな金が動いて。
 そして………泣く人間がますます増えて。
 寝返らなくて正解か?
 俺には判断できない。
『仕事』をこなしただけだから。
 ま、少なくともワイドショーやゴシップ誌のネタを提供したって意味では、良い事をした。
 大物政治家とその秘書等の、贈賄容疑および殺人教唆あーんど腐る程の余罪。
 その家庭の崩壊と何人かの犠牲。
 ………別に感傷的に成ってる訳じゃない。
 最初からその予定だ。
 それが俺の仕事だから。
 初等部を卒業して、すぐに送り込まれた家での使命。
 五年掛かったが、何とか達成出来た。
 使用人の息子として家庭に潜り込んで、打ち解けた振りをして。
 懸命に証拠を集めて、一人の政治家とその政党の息の根を止めた。
 それだけの話だ。
 良くある話。
 仕事をこなすのに、いちいち理由なんて有るものか。
 あとに残された家庭がどーなろーと、俺の知ったこっちゃない。
 そして……もう一つの仕事も、きちんと片付けられた。
 実際に動くのは初めてだったが………なんとかこなせた。
 ま、そんで五年ぶりに帰ってきたわけだ。
 お、これって前フリだなぁなんて、ボーっと考える。
 前髪が………非常に鬱陶しくて敵わねー!
 イライラする!
 ……………イライラしている。
 んで主人公は二つに分かれる。
 俺が何の主人公かは知らねーが。
 心躍らせて帰って来る者と、嫌々帰って来る者。
 俺はバリバリの後者だ。
 あの家は………居心地良かった。
 優しい母親。
 美人のメイド。
 素敵なお嬢様。
 今はもう無いけどな。
 仮初めの生活。
 笑顔の下に隠しておいた刃。
 今はもう無い。






 ……………………………………

 ……………………………

 ……………………

『つ〜ぎは〜、喰代(ほおじろ)南駅〜。喰代南駅〜』

 ヤケに癇に障るアナウンスで、ふと思考が途切れる。
 あ〜〜〜!
 ようやく着いたぁ!
 凝り固まった関節を伸ばしてみる。
 ボキボキボキッ!
 おお!
 今………い―――音したなぁ。
 MDに取っておいて、永久保存クラスの音だった。
 惜しむらくは、俺がMDを所持していない事だ。
 下らない事を考えながら、各関節を伸ばしていく。
 大分長いこと固まってたんだなぁ、俺。
 ここまで………長かった。
 いや、ホント長かった。
 電車は山を登り、海を越え、故郷に着いた訳だな。
 ………だから何だというのだろう?
 まだ思考が遊んでいる。
 これからの事を考えよう、これからの事。
 少しずつ遅くなっていく電車の速度を感じながら、足元に置いといたサンドバッグ
 を座席の上に置き直す。
 寝てる間に誰かに持ってかれたらヤだなぁとか思って、足元でガードしてたのだ。
 別に大した物は入ってないんだけど、用心に越した事は無い。
 中身は大した事無い、中身は。
 外側のバッグが大事なのだ。
 今は亡きお袋に買ってもらったものだから。
 お袋は、俺が仕事で派遣されて直に亡くなった………らしい。
 らしいってのは、死に目や葬式にも会えなかったからだ。
 母親が死んだくらいじゃ、自分の与えられた任務は放棄できない。
 忌引きとかって制度、無いもんなぁ。
 つーか、知らなかった訳だしな。
 知ってても、多分どうすることも出来なかったし、しなかった。
 忍者の仕事なんて、そーゆーもん。
『おかあちゃんが死んじゃったので、お休みをください♪』なんて戯言は通じない。
 そんな事言ったら、百地(ももち)の家から刺客飛ばされて、ついでに俺の首も飛ばされる。
 スポーンって軽快な音と共に、転がってゆく俺の愛らしい首。
 んで『大河(たいが)の生首』が市中をドリブルされて、街の人気者に成るって訳だ。
 ……………いつの時代だ、いつの。
 いや、いつの時代でも、生首が人気者になる何てことはねーし。
 しかもドリブルされてんよかよ、俺の生首。
 自分に突っ込んでるうちに、電車はもうじき止まる気配だ。
 窓の外の景色が、徐々に遅くなっていく。
 よーやく着いた。
 後は………家に帰るだけだ。
 俺はサンドバッグを肩に担いで、まだ少し動いている電車の中を歩いて出口に向かう。
 出口付近で、なんとなく待機する。
 別にそんなに早く帰りたい訳じゃないのに、何故か子供の頃から一番に降りないと気が済まないのだ。
 胸に手を当てて、切符の所在を確認する。
 確かデニムのジャケットの胸ポケに入ってた………。
 あ、あれ?
 切符が……切符がぁ!?
 って、ジーパンの尻ポケに有るじゃねーか♪
 ここまで来て『切符ありませ〜ん』じゃ、情けなさ過ぎる。
 つーか、新たに切符を買う金、残ってません。
 慌てふためいて上下のジーンズをまさぐり回していた俺は、既にじゅーぶん情け無いです。

『喰代南駅到着です。お出口は〜み〜ぎ側〜。お出口は………』

 ………………反対側かよ!
 ま、別にそんなに怒る事じゃない。
 何歩か歩けば済む事だ。
 しかし………無闇に癇に障るアナウンスだ。
 もう少し愛想ってモンが必要だろ、客商売って。
 いつまでも国営面してんじゃねーぞ!
 民営化に成って、何年経ってると思ってんだ!
 ………………そんなに怒る事じゃない。
 なんとなく、ピリピリしてんなぁ、俺。
 理由は解かってる。
 緊張してるのだ。
 あの家に帰る事が。
 俺が生まれて俺が育った家なのだが、なんとなく緊張するのだ。
 それは五年ぶりって事も有るだろうし、仕事帰りだって事も有るだろう。
 いきなり怒られたらどーしよ………。
『何故に五年も掛かったのだ!』って。
 親父の力で殴られたら、顔面の半分くらいは無くなりそうだ。
 並みの力じゃないからな、俺の親父。




  軽快な空気音がして、目の前のドアが開いた。

 薄暗い車内とは対照的な森の緑が、俺の視界に飛び込んでくる。

 無人のホーム。

 別に何でもないクズカゴ。

 無機質な線路。

 俺を置いて去り行く電車。

 いや、連れてかれても困るけど。

 手に持ったサンドバッグの重さ。

 懐の苦無(くない)

 眼球に突き刺さる日差し。

 春の景色。

 背負った荷物の重さ。

 なんとなく、ヤな物語が始まる予感。


















                              第一部





                    第一話   『とら、おかえりなさい♪』







「おお!」

 駅を降りると、五年前と全く変わらない景色。
 懐かしいなぁ。
 思わず感嘆の声がでる。
 つーか、開発の波はこの町を素通りしたらしい。
 百地の力か?
 五年前、お袋にラムネを買ってもらったショボイ駄菓子屋も健在だ。
 あそこの店でお袋にラムネとアンパンを買ってもらって、この駅から電車に乗り込んだんだよなぁ。
 まさかあれが、お袋との最後の会話になるとは思いもしなかった。
 お袋が死んだ理由を、俺は知らない。
 つーか、つい最近だからな。
 お袋が死んだって聞いたの。
 任務完了の報告と引き換えに教えてもらったのだ。
 あん時は………ちょっとショックだったかなぁ、俺?
 いまいち覚えてないんだよな。
 如何に神経の図太い俺とはいえ、長年家族付き合いしてきた家庭を裏切った直後だ。
 母親の事とか、あの家族の事とか
 色々な事が頭ん中をグルグルグルグル巡って、終いには何にも考えられなくなった。
 ま、考えてもしょーがねーことは、考えるのはヤメヤメ。
 駄菓子屋の前で、残り少ない小銭と引き換えに、缶のコーヒーを購入する。
 愛想のない音と共に、缶コーヒーが落ちてきた。
 なんか癇に障る。
 もうちょっと愛想良くないと、この世の中渡っていけないと思うのだが。
 ま、この自動販売機が世間の荒波に揉まれて消え去ろうと、俺の知ったこっちゃねー。
 缶コーヒーを開けながら、商店街とは反対側の俺んちに歩き出す。
 今頃あの家はどーなってるだろう?
 ショボイ下忍の家系とは言え、一応長年続いてきた伊賀崎(いがざき)の家だ。
 それなりにサイズもある。
 恐ろしく古い日本家屋。
 俺の血が染み付いた道場は、今でも潰れたりしないで存在してるのだろうか?
 あの道場だけは潰れてて欲しいもんだと、心から願ったりする。
 親父一人で、あの家が切り盛りできるのだろうか?
 俺の仕事の禄や親父の禄も有るんで、経済的には心配ないとは思うが。
 箒やハタキを持って走り回る、身長2mおーばーの巨人の姿を想像する。
 それはねーか。
 そしたら誰があの家を………。

『お兄ちゃん〜!ど〜こ〜?!』

 掃除……して……。

『あ〜〜〜ん……おに―――ちゃ〜〜〜ん』

 ん?
 なんだ?
 なんか後方から、女の子の情けない叫び声が聞こえてくる。
 見るとかなり遠くのほうで、ピンク色の何かが回っていた。
 クルクルクルクルって。

『ど〜こ〜な〜の〜?』

 駅の入り口の前だな。
 俺は既に駅からかなり離れているので、かすかにピンク色がクルクル回っているのが見えるだけだ。
 迷子か?
 ま、俺の知ったこっちゃない。
 あそこで泣き叫んでいれば、誰かに拾って貰えるだろう。

『うわ〜ん〜!ど〜こ〜な〜の〜?』

 ピンク色の物体は、相変わらずクルクル回り続けている。
 よく見ると、両手を広げているらしい。
 なんか竹とんぼみたいだ。
 つーか、あの速度で回ってて、お探しの人物が見えるのだろーか?
 ま、本人楽しんでるみたいだから………。

『ふ〜やぁ〜………』

 突然ピンク色の物体が、パタンと倒れた。
 目が回って力尽きたらしい。
 ま、あの速度で回ってればとーぜんだわな。
 放っておこうと心に決め、俺は再び歩き出す。
 係わり合いになるのはゴメンだ。
 吊り下げたサンドバッグが、肩に食い込む。
 背負い込む荷物は、少ないほど楽に生きられる。
 その筈だ。
 ………………つーか、何と無く危険な匂いがしてならない。
 あのピンク色の生物から。





「ほんとーに、なんも変わらねーな………」

 家まで帰る道程、思わず立ち止まってポストに見入る。
 小さい頃、この赤いポストの上によく登って遊んだのだ。
 俺が登った証拠の足跡が残っている。
 ………つーか五年間、掃除も塗り替え(リペイント)も無しか。
 ステキな街だ。
 このポストは、俺たちの遊び場だった。
 海の見える道に立てられた、小さなポスト。
 閑散とした住宅地なんで、皆が集まって遊ぶには都合が良かった。
 目の前の堤防も、格好の遊び場だ。
 夏なんかは服を着たまま、海に飛び込んだっけなぁ。
 ポストの回りでも、チャンバラゴッコとかしたもんだ。
 恐ろしいのは、得物が全て本物だったって事だな。
 身の回りに、本物の苦無(くない)やら忍刀やらがゴロゴロ転がってたからなぁ。
 よく死人が出なかったもんだ。
 そいえば、忍者ゴッコとかもしたっけなぁ。
 今じゃ本物だもんなぁ。
 ……………回想、ヤメヤメ。
 ヤな事まで思い出しちまった。
 Tシャツ一枚で威張ってたアイツの事。
 でっかいスニーカー履いて、一人で威張ってたっけなぁ。
 ま、百地の家の娘だからしゃーねーっちゃ、しゃーねー。
 この街には、数多くの忍者が存在する。
 俺もその一人。
 別に、忍者を観光資源にして稼いでる訳じゃない。
 ネコ忍者のヌイグルミに飛びついていいなんて、トボケたルールも存在しないしな。
 しかし、あの中身のバイトも辛いだろ―なー。
 後ろから大人に飛びつかれたら、ムチウチとかにならないだろーか?
 俺だったらキレて、後ろ回し蹴りとかで撃墜するだろーな。
 つーか、する。
 むしろ、したい。
 撃墜。
 ……………えと………なんだっけ?
 ………ああ、百地のことだ。
 ま、今更百地の事を反芻してもしゃーねー。
 アイツのことなんて、思い出したくもねーしな。
 別に嫌いじゃねーんだが、うるせーんだよな。
 アイツは。
 とりあえず家に帰れば、百地の情勢くらい掴めるだろう。
 流れ透波の伊賀崎とはいえ、百地の情報くらい持ってるだろ。
 因みに流れ透波とは、決まった主に仕えない忍者界のフリーエージェントの事を指す。
 フリ―エージェントと言えば聞こえはいいが、よーするに雇ってもらえない身分だしなぁ。
 時々回ってくる任務をこなして禄を得る。
 フリーアルバイターと立場的には一緒だ。
 情けないったらありゃしねー。
 ま、伊賀崎にはもう一つの顔が有るんで、特定の主に仕えるわけには……。

「………とら?とらでしょ!?」

 ………行かないのだ。

「本当に………帰って……来たんだね………」

 少しハスキーな声に、思わず後ろを振り向く。
 そこには青い制服に身を包んだ、赤い髪のポニーテイルの女の子が立っていた。
 緑色のリボンで止められた、腰まで伸びるポニーテイル。
 ダブルのブレザーと、膝上のミニスカートがいい感じだ。
 少しだけ吊り気味の瞳を潤ませて、じっと俺を見ている。
 大き目の胸に添えられた手も、少し震えていた。
 本当なら頭の中で、アンな事やコンな事をするのだが………。

「……お帰り………とら………」

 この声をよーく知ってる俺にとって、コイツは視姦材料から削除される。
 オカズにもメインデッシュにもなりゃしねー。
 俺がボーっと見ているのに気付いたんだろう。
 静流は俺に駆け寄った。
 赤いポニーテイルが、ふさふさしてる。
 ………引っ張りてー。
 昔のように、ビンビン引っ張りてー。

「………とら?」
「今、急いでますんで」

 俺は丁重に頭を下げて、静流に背を向けた。
 無論わざと。
 別に急いではいない。
 コイツの事をからかいたいだけ♪
 五年ぶりに。
 因みに俺の名前は『大河』というのだが、コイツは俺の事を『とら』と呼ぶ。
『たいが』………『タイガー』………『とら』………らしい。
 俺の事をとらと呼ぶのは、静流と茉璃ねーさんだけだ。
 最初はとらと呼ばれる事を拒否してたんだが、結局押し負けちまった。
 とらって呼ばれるのも久し振りだな。

「………ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「知らない人から話し掛けられても答えちゃいけないって、父からきつく言われてますんで」

 駆け寄る静流に、顔だけ後ろを向けて答える。
 親父の事を父って呼んだのなんて初めてだなぁ………なんて下らない事が頭に引っかかった。
 今はそれどころじゃねー。
 全力でコイツの事をからかわねば!
 つーか、からかいたい。

「なっ?!」

 俺の台詞を聞いて、静流の顔が怒りで真っ赤に成った。
 だっはっは♪
 変わらねーな、コイツ。
 なおも煽る為、俺は無言で前に歩き出す。

「待ちなさいよ!!!」

 ふわっ………
 青い制服が、俺を飛び越して着地する。
 素晴らしい跳躍力だよ、静流君。
 身長185cmも有るボクを飛び越すなんて♪
 脇を回った方が楽だろーに………。
 どーでもいいけど………パンツ見えました。
 コーディネートしてるのかどーか知らんが、静流の青いパンツ見えた。
 俺としては白が一番好みなんだけど。
 そんなパンツで俺のオカズになろーなんて、十年はえー。
 ………ま、前菜くらいには成るかな?
 股間が暴れアニマルになるのを、精神力で押さえつける。

「とら………あんた……あたしの事を忘れたなんて言わせ無いわよ!」

 降り返った静流が、腰に手を当てて俺を睨みつける。
 心なしか瞳が潤んでいた。
 変わらねーな、コイツ。







  百地静流。
 目の前で怒り狂っているアニマルの学術名だ。
 この街に存在する忍群を束ねる百地家頭首の一人娘で、俺の昔からのおもちゃでもある。
 この地の忍者を束ねる百地の一人娘とあって、昔からコイツは威張りん坊だ。
 俺みたいな下っ端忍者の家系とは、血統が違うんだろ。
 いわゆるサラブレッドってやつだ。
 そう言えば、今の静流は鼻息が荒くて馬みたい。
 コイツの親父……百地源牙(げんが)と俺の親父は昔っから仲が悪いせいで、俺たちも仲がすこぶる悪
 い。
 顔合わす度に、喧嘩ばっかり。
 そのワリには、昔っから俺の後をくっついて回てたっけなぁ。
 大人用の大きなTシャツ一枚で、大き目のラバーソールを履いて。
 いっつも喧嘩しながら、それでも俺の後をヒヨコみたいにくっついてたっけ。
 茉璃ねーさんに『仲良くしなきゃダメよ♪』なんて怒られたっけなぁ。
 仲良くするより、からかった方が面白いんだよな、静流の場合。

「………とら………あんた、本当にあたしの事忘れたの!?」

 ほら。
 この反応がたまりません♪
 静流は俺の目の前で、腰に当てた手をワナワナと震わせた。
 思いっきり睨まれてます、俺。

「五年!………たった五年なんだよ!?………長かったけど………さ……」

 静流が俯いた。
 赤いポニーテイルが、うなじをすり抜けて前に垂れる。
 コイツの尻尾………感情表現するのか?
 五年の間にこんな忍具(にんぐ)を開発しているとは………恐るべし、百地の家。
 後から思う存分引っ張ろう♪

「済みません。どちら様でしょう?」

 なおも煽ってみる。
 静流の反応は………ヤベェ!
 肩を震わせている。
 怒りが溜まり過ぎてキレるか?
 静流を怒らせたら、静流よりもその傍にいる奴のほーが怖い。
 ……………そういえば見当たらねーな、康哉(こうや)
 不況の折、人員削減の対象にでもなったか?
 なわけねーか。
 ちっちゃな頃から、ずーっと静流の傍を離れない男だったからな。
 静流と同じ学年になるために、わざわざ留年するような男だし。
 宿命に縛られる男って可哀想だね♪
 って、それは俺も一緒なのか……。
 ま、その康哉が居ないとゆーことは……。
 静流の奴……振り切ったな。
 昔からそうだった。
 何でも言う事を聞く康哉を振り切って、いつも俺の後ろを着いて来ては喧嘩ばっかり。
 その静流は……もう既に怒りリミットか?
 と思ったが、どうやらそうじゃねーらしい。
 静流は俯いたまま、唇を噛み締めた。
 その大きな瞳から涙が、見る見る間に溢れ出そうとしている。
 これは………別の意味でヤベー。

「……そっか………忘れちゃったのか………」

 うっ………からかい過ぎたか?
 静流は今にも泣き出しそうだ。
 おっきな瞳に涙を浮かべて、それでも唇を噛み締めて耐えている。
 静流のこんな反応、見た事ねー。
 五年って………長いんだなぁ。
 まるで女の子みたいじゃねーか………。
 何と無く………ヤベー。

「あ、あたしは………わ、忘れ………」

 あわわわわっ!
 静流が俯いたまま、言葉を詰まらせた。
 こ、これはマズイです!
 な、なんとか誤らないで誤魔化す方法は………。
 いや、謝れば話は早いんだろーけどさ。
 なんとなくコイツには謝りたくないんだよね。
 昔から一回も謝った事無いし。
 ので!

「ちょっと、こっち来い!」
「……………え?」

 俺は静流の手を取って、ポスト脇の路地に引きずり込む。
 電柱の脇の壁に、静流の背中を押し付けた。
 この位置からだと、道路から見え辛い。
 静流の瞳が大きく見開いて、俺と視線が合った。
 ………涙なんか潤ませやがって。
 焦るじゃねーか!
 ま、俺のせいっちゃ、俺のせいかも知れんが。
 何と無く………苛めてやる!

「回れぇ……右!」

 静流の肩を掴んで、クルって回す。
 結果静流の身体は、コンクリートの壁の方を向くことになる。

「え、え?」

 何が起きているか解かってない静流が呟いた。
 ふっふっふ♪
 これからもっと理解不能なことが起こるのだよ、静流君。
 もっとも、何でこんなことをしよーとしているか、俺自身も解かってないのだが。
 まあ、多分………苛めたいんだろう。

「てりゃ♪」

 俺は静流の延髄を、左手の親指と中指で掴んだ。
 肩の付け根から上に二cm。
 ここを強く圧迫すると、人体の動きを拘束する事が出来る。
 前提として敵の背後に回らなければいけないため、実戦向きの技じゃないが、
 こーゆー状況のときは使える技だ。
 もっとも的確なポイントを押さえる技術と、指先で全体重を支えるくらいの強い握
 力が無いと、成立しない技法ではあるのだが。

「い、痛い!な、なにすんのよ!」

 お前の動きを封じたのだよ、静流君♪
 しかし、こうも容易く後ろを取られるとは………歴史上、三大大忍と言われた百地の血脈が泣くぞ。
 つーか静流の混乱に乗じて、こんな事をしている俺も俺だが。
 口以外動きの取れない静流が、何とか戒めを解こうとピクピクしている。
 ヤな生き物だ。

「ちょ、ちょっと!とらぁ……………」

 身動きの取れない静流は、なんだか不安そうな声を出した。
 首の向こうに、青い制服で包まれた胸が上下している。
 俺はその胸を、何の躊躇もせずに右手で鷲掴み?
 何で静流の胸なんか掴んでるの、俺?
 解かんねーな、俺の右手のする事は♪

「んぎゃあ!?!?」

 んぎゃあって、お前………。
 本当にアニマルだな。
 俺に胸を掴まれた静流は、一瞬にして顔を赤らめる。
 さぞかし予想外の展開だろう。
 子供の頃はこんな事しなかったもんな。
 お医者さんゴッコなんて経験も無いしな。
 ………子供の頃は。

「と、とら!な、何考えてんの!?」
「さあ?」

 静流の胸を揉みつつ、耳元で囁いてみる。
 静流は耳たぶまで真っ赤だ。
 静流は何とか俺の戒めを解こうとするが、体が動かないんじゃ無理だね♪
 ので、思う存分、静流の乳を揉み倒す事にする。
 右手の掌で、静流の胸を回すように揉む。
 んと………推定サイズ、90のD。
 こいつは……なかなか♪

「ば、ばかぁ!な、なにすんのよ!」

 制服の上からでも解かる、豊かな膨らみ。
 少しだけ強く押してみる。
 ふにふに♪

「い、痛っ………」

 静流の身体が硬直した瞬間を見計らって、再び円の動きに戻す。
 むにむに♪

「……あっ?」

 静流の身体から力が抜ける。
 赤いポニーテイルが、俺の鼻をくすぐって痒いんだが……。
 これは………楽しい♪
 いい匂いするし。
 これは……ラベンダーの匂い?
 結構好きなんだよな、この香り。
 静流の胸の感触と匂いを楽しみながら、何回か同じ感覚で力に強弱を付ける。
 強く揉んだり、優しく揉んだり。
 ま、揉む事には変りねー。
 痛みと快楽を交互に与える、俺得意の色吊(いろつり)だ。
 少しづつ、静流の力が抜け行く。
 白くて長いニーソックスに包まれた足も、少しだけ震えていた。
 もしかして………チャンス?
 だが、さすが百地の娘だった。
 静流は押し寄せる快楽に、何とか抗おうとする。

「い、いい加減に………あっ!?……………し、しなさいよ!……………だ、誰の……くぅん………誰の胸
 を触ってるとおもっ………おもっ………んんっ……」
「何言ってんのか、さっぱり解かんねー♪」

 静流は途切れ途切れな抗議を呟いた。
 その様が………何と無く。
 俺の股間は、すでにスタンディングオベーション状態だ。
 満員御礼。
 思わず自分の腰を、静流の腰にくっつける。
 き、気持ち良いです♪

「ちょ、………ふぅ……ちょっと!………あっ……だ、だ……………ちょっと、とらぁ!い、いいか………ん
 んっ………い、いい加減に、し、しなさいよぉ!」

 おお!
 凄い精神力。
 さすが百地の一人娘。
 俺の色吊に絶えるとわ♪
 快楽への耐性訓練は、きちんと受けてるよ―だな。
 んじゃ………もう少し♪

「………え?……や、やぁ!!!」

 ジャケットの中にしゅるっと手を進入させると、静流の身体に力が戻った。
 んでも動けないのね♪
 白いシャツごと、静流の胸を鷲掴みにする。
 さっきまでの制服越しの感触と違い、もちっと生乳(なまちち)に近い感覚。
 ちょっと固い厚紙みたいな感触は……ブラジャかな?

「と、とら!………やぁ………やだぁ……あっ!?………やだよぉ……」

 静流の胸の鼓動が、徐々に上がってゆく。
 これは……気持ち良いなぁ♪
 それでも静流は、何とか抵抗しようとしてるんだろうが……。
 既に体重を俺に預けている。
 長くて白い足が、小刻みに揺れていた。
 俺の支え無しでは、もはや立っていられないかのようだ。

「………だ、誰の胸を!………胸を………つ、触ってると思って………くぅ……お、思ってんのよ!」

 おお!
 まだ抵抗の意思があるとわ♪

「誰……って、お前、ダレ?」

 百地の一人娘の精神力に敬意を表して、も少し追い込んでみよう。
 つーか、既に最初の目的を忘れてるな、俺。
 本当は泣きそうだった静流を怒らせて、昔みたいな姿が見たいと思ったんだが。
 そんな思いも忘れて、思いっ切り揉み倒してる。
 ………え?
 そんな思いだったのか、俺?
 ま、どーでも良いか。

「誰って……アンタは誰だか知らない……女の子の胸を触るっていうの?!」

 それじゃまるっきり変態確定じゃねーか!
 つーか、知ってたら揉み倒しても良いのか?
 喰代の街のルールも、すっかり様変わりしたなぁ。
 楽しいルールだ♪

「ま、そんなことは放って置いて♪」
「置かないわよ!」

 静流の怒声と同時に、シャツのボタンの隙間から指を侵入させる。

「な、なぁ!?」

 さぞかし驚いたんだろう。
 静流の大きな瞳が見開いた。
 指をブラジャーと生乳の境目に這わす。
 つつつっって♪

「はぁん!?」

 対に全身の力が抜けた静流は、前に突っ伏した。

「おっと」

 思わず左手を壁に付いて、静流の激突を防ぐ。
 あのまんまじゃ、頭が派手にぶつかっちまうからな。
 ……………って、左手?
 俺の右手は、相変わらず乳を揉んでますなぁ。
 プニプニって。
 んで左手が壁、と。

「や、やん……も、もう……だ、駄目だよぉ……」

 つーことは……戒めが解けてる!?
 慌てて延髄を……と思ったが、そんな必要は無いみたいだった。
 乳を揉み倒している俺の腕に、静流の腕が絡みつく。
 必至に自分の体重を支えているようだった。
 拘束が解けたことに気付いてねーのか……
 つーことは……もっと揉み倒していいって事だな。
 そう解釈♪

「はいはい♪ お手々はここね♪」

 一端右手を生乳から離して、静流の腕を掴んで壁に着かせる。
 丁度腰を突き出したよ―な格好だ。

「………え?」

 とろんとした表情で、静流が振り向いた。
 潤んだ瞳が……かぁっ♪

「だいじょーぶ♪ 俺に任せとけって♪」

 ナニが大丈夫かは解からんが。

「………………………」

 静流は答える事無く、俺を見ている。
 これは………大チャンス?
 真昼間の、しかもふつーの道端でする事じゃないが、俺は食えるときに食っとく主義だ。
 既に己の制御できないし♪

「つーことで♪」
「……………あっ?」

 静流の短いスカートに手をかけて………って殺気!?
 フォン!
 身を屈めた俺の頭上を、殺意の塊が通り過ぎた。
 静流の尻がアップで見えたが、今はそれどころじゃねー。
 地面を転がって、静流から離れる。
 ジーンズの上下……洗濯したばっかりだってのに!
 なにしやがる!
 俺を襲ったのは、殺傷能力充分の忍刀(にんとう)だった。
 長さ60cm程度のそれを、飛び込みながら斬り付けて来たらしい。
 静流の傍に立つ男は、静流と同じデザインらしい青い制服を身に纏っていた。
 忍刀(にんとう)を携えた男が、低い声で呟く。

「貴様………何をしている………」

 その声には、あからさまな殺気が篭っていた。
 そんなに殺気を出しちゃ、忍者失格だと思うぞ?

「よ、久し振り、康哉♪」

 俺の台詞を聞いた男が、殺気に満ちた視線で俺を射抜く。

「………………貴様………………伊賀崎の……五遁(ごとん)の大河か?」
「あったり〜♪」

 目の前で忍刀(にんとう)を構えた男……石川康哉に対して、俺は満面の笑みで答えた。






 ……………………

 ………………

 俺と石川康哉の間に、冷たい殺気が流れる。
 かなり怒ってるご様子。
 それは康哉の、怒気の篭った台詞からも読み取れた。

「貴様……自分で何をしたか解かってるんだろうな?」

 静流の胸を、思い切り揉み倒した。
 しかも静流が感じてしまうくらい♪
 まあ、そう言う訳にも行くまい。
 それじゃ面白くない。

「さ?なんの事やら、解かりませんなぁ、康哉君?」

 呼んだ事ない君付けで呼んで、怒りを更に煽ってみる。

「貴様………」
「何で康哉の事は覚えてて、あたしの事は覚えてないのよぉ!」

 ……………。

「……………」

 康哉の台詞を遮って、自分の身体を抱きしめながら静流が叫んだ。
 思わず俺と康哉が、顔を真っ赤にした静流の方を見る。
 ま、静流のことは放置しとこう。
 それは康哉も同じだったらしい。
 再び俺の方を見て、静かに呟いた。

「………貴様、何故静流様の………その……乳など揉んだ?」

 だっはっは♪
 言葉選んでやんの♪

「気が短いのに、乳を揉む理由まで覚えてるか!」

 わざと声を荒げて、康哉の気持ちを煽ってゆく。
 実戦は熱くなった方が不利に成る。
 それは康哉も解かってるだろうが……コイツは昔から静流の事と成ると、直に熱くなるからなぁ。
 康哉の弱点の一つだ。

「………覚えても居ないような理由で、静流様の乳を揉んだのか?」
「別に大したことじゃねーだろ!乳揉んだくらいで!」
「貴様ぁ!誰の乳だと思ってる!歴史上三大大忍と言われた……」
「お前の乳じゃねーだろ!」
「乳、乳って言わないでよ!!!」

 ……………………。

「………………………」

 静流の叫びに、二人で静流を見詰める。

「あっ……」

 俺たちの視線を受けて、静流の顔が赤面した。
 その表情を見て、康哉も何と無く俯いた。
 ま、俺の乳連呼はわざとなんだけどな♪
 康哉や静流のは、天然だろうなぁ。
 気を取り直した康哉が、再び俺の方を向いた。

「……その行為、万死に値するぞ……」

 再び康哉が呟いた。
 無論言葉は選んでいる。
 それじゃ面白くないだろ♪

「何で尻触ったくらいで、俺が死ななきゃなんねーんだ!」
「なっ!貴様ぁ!静流様の乳だけでなく、尻まで撫で回したというのか!?」

 撫で回すってオマエ。
 別にそんな描写までしてねーだ……。
「尻なんて触ってないでしょ!!!」

 ……ろ、俺……………………………。

「……………………………」

 静流の絶叫に、俺たちの視線が集まる。
 静流は自分の叫びに気付いていないようだ。

「……な、なによ?」

 顔を真っ赤にして、腕を組んでる静流が呟いた。
 天然って恐ろしいなぁ。

「オマエ……尻って……女の子がはしたない♪」
「あっ!……ち、違う、違うの!お尻なんて触ってないでしょって言いたかったの!」

 いや、言葉の問題じゃねーし。
 こんな昼日中から、そんなはしたない事を絶叫している事を言っているのだよ、静流君。
 ま、出会って直に、乳を揉み倒す俺に言われたくはねーか。
 真っ赤な静流から視線を外すと、康哉が俺を睨みつけていた。
 さっきまで握っていた忍刀(にんとう)も、腰の鞘に収められている。
 両脇差、か。
 相変わらず抜刀(ばっとう)主体の戦闘方法らしいな、康哉。
 ………って、抜刀?
 まさか……本気で俺を斬るつもりなんじゃ?

「………身体だけでなく……言葉でまで静流様を辱めるとは………」
「いや、あれはアイツが勝手に自爆しただけじゃ?」

 むしろ面白い台詞を取られて、憤慨しているのは俺の方だ。
 天然には敵わねー。

「問答無用!」

 康哉が、西部劇のガンマンみたいに両手をだらんと構えた。
 あの構えから、神速のごとき抜刀術が繰り出される筈だ。
 昔より……腕を上げたみたいだな。
 構えでわかる。
 忍者の戦闘は通常、集団戦闘だ。
 一対一で正面切ってぶつかる事など、まず有り得ない。
 つーか、そのように持っていくのが忍者の戦闘だから。
 だから本来、戦闘は個人の技量を磨くより、集団でのコンビネーションを重視して訓練するんだが……。
 歴史上、俺や康哉みたいなタイプが時々出てくる。
 単独行動を余儀なくされるタイプの忍者。
 康哉は、かの有名な石川五右衛門の直系血脈だ。
 どーいった理由かは知らんが、百地の家に隷属して何世紀も経つ。
 よーするに、百地の用心棒的な存在なのだ。
 集団戦闘も大事だが、個人で守れる技量も必要とされてくる。
 そーいった意味じゃ、俺とはタイプが違うんだが。

「……………滅せよ、伊賀崎の!」

 一気に間合いを詰めて、康哉が襲ってくる。
 俺との距離は三mは離れていたんだが……一足飛びか。
 怖いねぇ。

「誰が死ぬか!」

 そう叫びながら、右の壁に飛ぶ。

「笑止!」

 康哉の忍刀(にんとう)(きら)めく。

「セィ!」
「はぁ!」

 コンクリート製の壁を蹴って、左壁の上に立つ。
 康哉の忍刀(にんとう)が、コンクリートの壁を………えぐった。
 恐ろしい威力だ。
 つーか、本気ですか?
 如何に国家に顔の聞く百地の眷族とは言え……人を切ったら犯罪だと思うぞ。
 多分。

「……相変わらず逃げるのだけは上手いようだな。『五遁の大河』とは良く言ったものだ」
「うっせ。よけーなお世話だ」

 康哉の揶揄(やゆ)に、本気で腹を立てる。
『五遁の大河』とは、昔からの俺の渾名だ。
 忍者の訓練を、皆と一緒に受けていたときに付けられた。
 五遁とは、敵から身を(かわ)す五種類の陰忍(いんにん)のことである。
 土遁、水遁、木遁、金遁、火遁のことを指して五遁と称するが、俺の技は五遁どころじゃ済まない。
 もっともっと一杯有るのだぁ!
 ……………別に威張って言う事じゃない。
 よーするに戦わないで逃げる術の事だからな。
 なんだか妙なヒーロー物の影響か、正面から戦うのが男らしいとされてる昨今、
 俺の術の評判はすこぶる悪い。
 なんでだ?
 俺の術は、ワリと実践的で重要だと思うのだが……。

「……掛かっては来ないのか?五遁の大河」

 このように、昔から馬鹿にされている。

「うっせ。昼日中から忍刀(にんとう)振り回す危険人物に、得物(えもの)無しで掛かっていけるか!」

 本当にココは法治国家なのか?
 さっきから誰も通らないし。
 田舎ってヤだね。
 ま、通っても『あら、石川さん。精が出ますね〜』くらいの話だろが。
 喰代の街は、そのくらい忍者と密接しているのだ。

「男らしく、戦って死ね……どのみち死ぬのだから……」

 誰が死ぬか!
 こんなことで死んだら、何しに帰ってきたか解からねーじゃねーか!
 ま、静流の乳を揉みに帰ってきたわけでも無いんだが。
 それにしても、この状況を打破するには……。
 康哉は俺の眼下で、忍刀(にんとう)を構えている。
 さっきは気付かなかったが、あの忍刀(にんとう)……もしかして?
 あの刀の棟に施された銀色の装飾といい、破壊力といい……。
 石川に伝わる『熊爪(ゆうそう)』か?
 とすれば納刀されているのは、棟に金の装飾の施された『猫爪(びょうそう)』とみて間違いないな。
 あの、秘伝の忍具を伝承できるまでに腕を上げてるのか……。
 なんで石川の秘伝を俺が知ってるかは秘密♪

「どうした……挑め……」

 挑まねーつーの!
 俺はサンドバッグの中から、細い棒を取り出した。
 これは親父用に使うつもりだったんだが、しょうがねー。

「ほら、康哉。お土産♪」

 黒い棒を、康哉目掛けて放り投げる。

「え?……と、とら!あたしにはぁ!?」

 いや、それどころじゃねーだろ、静流!
 ふと視界に入った静流に突っ込みつつ、康哉に迫る黒棒を見やる。

「……要らん……」

 康哉は右手に握った熊爪(ゆうそう)で、俺の心からのお土産を弾いた。
 斬らないところが慎重だが……もちっと慎重になるべきだったな♪
 熊爪(ゆうそう)が黒棒を弾いた瞬間、黒棒は真ん中から割れて、造花が飛び出した。

「なっ?」

 かなり意外だったのだろう。
 康哉が珍しく、驚愕(きょうがく)の声を上げた。
 別にそんなに驚く物じゃない。
 ただのマジックの道具だ。
 この前まで住んでた家の近くのコンビニで買ったおもちゃ。
 定価520円。
 ま、普通のおもちゃと……。

「…………くっ……な、なんだ?」

 違うけど♪
 造花が展開した瞬間、康哉の周囲に灰色の粉が飛び散った。

「目、目が……ハ、ハ、ハクチョン!」

 オマエ……その可愛いくしゃみはないだろう……。
 ハクチョンって!

「き、貴様……な、なにを……ハクチョン!ハクチョン!」
「何って……お土産の黒コショウだが……気に入って貰えなかったか?」

 康哉は両手で顔面を押さえて、もがき苦しんでいる。
 俺からは見えないが、きっと涙も流しているだろう。
 俺は親父から攻撃されたときの用心として、こんな小道具を仕込んでいたのだ。
 マジックで使う黒の棒に、粉末のコショウを嫌って程まぶしておいた。
 造花が展開した瞬間、コショウが飛び散る仕組み♪
 まさか静流の胸を揉み倒して、康哉に襲われるとは思ってなかったから、意外な
 場面での使用となったなぁ。
 俺は静流の方を見ながら訊ねてみた。

「欲しいか?」
「………ううん。要らない……」

 静流は首をプルプルと降った。
 俺も静流は欲しがらないんじゃないかと、密かに思っていた。
 伊賀崎流、灰遁の術♪
 つーか、大河流。

「よっと♪」

 俺は壁の上から飛び降りた。
 その気配を察したらしい康哉が、闇雲に熊爪(ゆうそう)を振るう。
 当たるかっての♪

「き、貴様!卑怯だぞ!」
「忍者の戦いに、卑怯もクソも有るか♪」

 そう言いながら、康哉の背後に回って背中に蹴り一発。

「ぐぁ!」

 芸者がパトロンに蹴られたかの如く、康哉が前のめりに倒れた。
 かなりの屈辱だろう。
 ま、俺の知ったこっちゃない。
 俺は背中にサンドバッグを担ぎ直して、静流に歩み寄った。
 静流はなんか笑っていた。

「アイツ、相変わらずゆーずーが効かないらしいなぁ」
「相変わらずはとらもでしょ……相変わらずなんだから……」


 そう言って静流は笑顔になった。


 昔と同じ笑み。


 子供の頃の静流とオーバーラップする。


 いっつも俺の後ろをくっついてきて……


 転んでも泣くのを我慢して。


 でもやっぱり俺の背中で泣き出して。


 Tシャツ一枚で、大きな靴を履いて。


 一緒に木の上に登って、一緒に街を見下ろして。


 花火を口を開けて見上げて。


 暗闇でお化けに怯えて泣き出して。


 かけっこでも勉強でも、俺は全然敵わなくて。


 海で流されて、俺が助けて。


 それが原因で静流が熱を出して、本気で心配して。


 病床から俺のシャツを、ビロビロに伸びるまで引っ張って引き止めて。


 威張りん坊で、泣き虫で。


 でも、いっつも笑ってて。


 そんな昔の静流。


 その姿と今とが重なり合う。


「オマエも変わらないなぁ」

 思わず静流を見詰めて、笑顔になる俺。
 何でだ?
 そんな俺を見て、静流も満面の笑みを浮かべた。

「そ、そんなことないよ…………って、やっぱり覚えてたんでしょう!」

 当たり前じゃねーか。
 忘れたくても忘れられないつーの。
 ずっと一緒に居たからな。
 思い出したくなかったけど……静流の事、嫌いじゃなかった。

「だっはっは♪」
「笑って誤魔化すな!」

 静流が拳を振り上げた。
 もう一つ思い出した。
 よく俺の事、小突いたっけなぁ!
 やっぱり……ヤな思い出だ。
 復讐の時、来たる!

「いや、ちょっとは変わったか?」
「………え?」

 俺の台詞に、静流の拳が空中で止まった。
 何でか頬など染めてやがる。
 ……ヤな感じ。

「この辺とか♪」

 静流の胸を、指で突付こうと手を伸ばす。

「や、やだぁ!ばかぁ!」

 静流は背中を向けて、自分の胸を隠した。
 大チャンス!
 無防備すぎるぞ、百地の一人娘。

「おりゃ♪」

 静流の赤いポニーテイルを掴んで、ちょんと引っ張る。
 昔と変わらない感触。
 ずっと確かめたかったんだよな、俺。
 ………って、そうなのか、俺?

「んがっ!」

 静流の首が後ろにがくんとなって、口がだらしなく開いた。
 んがって、オマエ………
 もうちょっと女の子らしく言えないもんかね。
 せっかく体形は女らしく育ったのに。
 ま、それも静流らしい。

「んじゃまたな、静流♪」

 手を離して、静流の前から走って離脱。
 復讐が怖いから。

「あ……今名前……呼んでくれた……って、ちょっと、とらぁ!待ちなさいよぉ!」

 静流の声が背中から聞こえてきた。
 誰が待ってたまるか!

「………ぐぁ!」

 ………今、何か踏んだ。
 思いっきり全体重かけて踏んだ。
 しかも踏む瞬間、なぜかステップインしながら。
 グニっとした、ヤな感触。
 ま、俺の知ったこっちゃない。
 ちなみに俺の体重は75kg。





  俺は拳を振り上げる静流。
 地面に突っ伏して背中に足跡をつけた康哉。
 二人を残して走っていく。



「とらぁ―――!お帰りなさい――――♪」



 そんな言葉を背中に受けて。








 俺はこの街に帰ってきたのだ。













END






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