目の前の砂は、視界を塞ぐ程の量だった。
 幾個所も舞い上がった砂の中に、黒い装束を確認する。
 あからさまな、見たまんまの忍者だ。
 解りやす過ぎる。
 が、砂が落ちると同時に、数忍の姿も消え失せた。
 何しに出てきたんだ、今?

「とら! レイナさんを!!!」
 
 俺の後方に居た静流が、ロングスカートを跳ね上げながら叫ぶ。
 白い太腿が眩しいね♪

「はっ!」
 
 静流は太腿に装着してた革製のベルトから、黒い円筒形が折り重なったブツを取り出した。
 その黒い円筒形の一つを握って、地面に向かって一振りする。
 カシャカシャという無機質な音が響いて……静流の手には一本の棒状の忍具(にんぐ)が握られていた。
 アレは……折り畳み式の薙刀(なぎなた)……『扇筒(せんとう)』か?
 薙刀といっても、形状はどちらかと言うと槍に近い。
 刃渡りの部分が微妙に反っているので、薙刀に分類されるだろうが。
 勿論刃渡りが反っているので、刃と峰とに分かれているはずだ。
 あんな物を太腿に貼り付けて置くとは……恐るべし百地の娘。
 太腿を触る時には、気をつけなくてはいけないな。
 折り畳まれている竿の部分で刃がガードされてるとはいえ、太腿を激しくまさぐって指でも切ったら痛い筈。
 触る時は、注意が必要だ。

「なにしてんの、とら! 早くレイナさんを連れて逃げて!!!」

 静流が扇筒(せんとう)を構えて、周囲を警戒しながら叫ぶ。
 ……………信用無いのね、とらちゃんて。
 戦力として数えられてない。
 少しだけ落ち込もうとした時、レイナの右脇の地面の砂が沈んでいく。
 やばい!

「おりゃ!」
「はらららら〜」
 
 俺はレイナを抱きしめて、横っ飛び。
 同時にさっきまでレイナの居た地点に、忍者が砂を巻き上げながら現れた。

「ぽふぅ〜」

 転がりながら、レイナを地面に押し付ける。
 妙な擬音と共に、レイナの白い顔が砂にまみれた。

「チィ!」
 
 黒装束に身を包んだ忍者は舌打ちを一つすると、再び地面の中に潜っていく。
 なるほど……さっき一斉に出てきたのは、ターゲットを確認するためか。
 つまり……狙いはレイナだ、と。
 そして、地上に見張り役的存在が居ない事も解る。
 地面に伏せたまま、俺はレイナに耳打ちした。

「………このまま寝てろ。身動きするんじゃねーぞ」

 レイナは白い肌を青く染めたまま、こくんと頷く。
 自分の立場が解っていて、大変良い子だ。
 さて。
 俺は寝転んだまま、デニムのジャケットの背中に張り付けて有った(みさご)を取り出す。
 昨日から何回と無く抜こうとして、一回も抜かれる事の無かった忍具。
 俺の主戦忍具だ。
 黒い革で出来た筒状の部分に、素早く右腕を通す。
 そのまま一気に手首を通過させて、指を出した。
 拳の部分まで覆う黒い革を握り締めて、感触を確かめる。
 何時装着しても、この感触は好きだ。
 気分が容易く高揚して来る。
 右肘の部分に在る革紐を締めて、きっちりと装着する。
 微妙に湾曲した肘部分が、ぴたりと肌に馴染んだ。
 最後に手首部分に付属している革製のリングを半回転させて、全ての革部分を己の肉体と一体化させる。
 これで(みさご)の装着完了。
 (みさご)とは……革で出来た、手甲の事だ。
 指こそ着いてないものの、革手袋みたいな部分と上腕部を覆う革鎧で出来ている。
 中は二重構造に成っていて、鉄糸(てついと)が無数に張り巡らされてるのだ。
 普通の刃なら簡単に止める事が出来るが、その分重量が有る。
 拳から肘まで覆っているだけで、約11kg。
 この重さで、拳での攻撃力を増大させているのだから文句は言えない。
 その他にも機能が有るが……今は使う必要が無いな。

「さて………」

 俺は右拳を握り締めながら立ち上がった。
 手首を二三回曲げて、感触を確かめる。
 何時装着しても気持ち良い。
 戦いの空気が俺を包み込む。

「あノ〜……大河サン?」
「久々の戦闘だ……しくじる事は出来ない……」

『伊賀崎』として戦うのは、実に何年ぶりだろう?
 確か『仕事』に行く前の、段検の時以来か?
 あの時は確か康哉が相手で、最後まであいつの攻撃を逃げ切ったんだっけ。
 つまり引き分け。
 つーか、『伊賀崎』としての戦闘で、一回も勝った事無いな、俺。
 今回はそうは行くまい。
『伊賀崎』の装備で、『伊賀崎』として勝つ戦闘を……するしかない。

「伊賀崎の大河………参る!!!」

 ふふっ……腕が鳴る……。

「た、大河サン〜……」

 ……ぜ………って、なんだよ、レイナ!
 情け無い呟きを上げるレイナを、キッと睨む。
 俺の決め台詞を邪魔するヤツは、例えガード対象者でも許さん!

「静流サン……もうスデに三人様を倒しマシた〜」
 
 俺はレイナを睨んだ視線をそのまま、ゆっくり静流に向ける。
 扇筒(せんとう)を斜め下に構えた静流の足元には……黒装束が三つ転がっていた。

「……………………あれ?」
「アレじゃないデす〜」

 拳を握り締めて腕を胸前で構える俺と、寝転がったまま情け無い顔をするレイナを、お寒い空気が包み込む。
 いや、ホント寒っ!













                    第五話   『乳と相棒とトラブルと』












  俺は忍者の戦闘方法としては、『密着距離戦闘』を得意にするタイプだ。
 忍刀(にんとう)などを使用しないため、『無手の間合い』などとも呼ばれる距離で戦う。
 因みに康哉は忍刀(にんとう)である『猫爪(びょうそう)』と『熊爪(ゆうそう)』を使うため、『近距離戦闘』タイプ。
 弓や薙刀を得意とする静流は、『遠距離戦闘』タイプだ。
 差し詰め、この場に居ない親父は『後方支援型忍者』なのだろうが、そんな下らない事はどーでも良い。
 みょーにバリエーションの多い、ロボットアニメじゃないんだから。
 俺は格闘術……組み陰忍(いんにん)を駆使して戦う忍者である。
 本当は忍刀(にんとう)を持ったほうが殺傷力は高いし、第一楽だ。
 何故に刀を持たないのかとゆーと、理由は単純明快。
 法的に帯刀が許されてないのだ。
 静流や康哉は政治的にコネがあるので、比較的簡単に許可が取れるが……。
 俺んちみたいな下っ端忍者では、許可取るのはかなり難しい。
 違法性の高い……つーか、まるっきり違法な手段を駆使して任務を遂行する忍者としてはお粗末な話しだ
 が、こればっかりはしょうがねー。
 反目する忍者衆に密告されて、警察に銃刀法違反で捕まった忍者なんて、この世にゴロゴロ居るのだ。
『ボクは一般市民です♪』って言い訳するためにも、なるべく法に触れる部分は少なくするのが、現代に生き
 る忍者の宿命と言えよう。
 この街がいかに忍者と密接な係わり合いを持とうが、法律は別なのだ。
 法治国家に生きる忍者は辛いね♪

「そうこうシテるまに、まタひとり〜」

 レイナの呟きに目をやると、静流が突きで黒装束の胸を突いていた。
 いかに刃落しの薙刀とは言え、アレではひとたまりも無いだろう。
 少しだけ黒装束に同情。
 俺も男として、静流にばっかり良い格好はさせておけない。
 なんと言っても、俺は主人公なのだ。
 なんの主人公かは知らんが。

「んじゃちょっと行って来る。ここで大人しく寝転んでるんだぞ」

 一応レイナに釘を差しておく。
 動かなければ、振動で居場所を悟られる事も無いだろう。
 あの手の陰忍(いんにん)術は、地面の振動を地中から察知してターゲットを補足するはずだ。

「お達者デ〜♪」

 ………この甲高い声で探知されない事を祈ろう。
 ま、忍者の性質として『任務遂行は抵抗を排除してから』ってのが有るから、俺と静流が倒されるまでは
 安心だとは思うが。











「とら! 何で逃げないの!」
 
 静流の元に駆け寄った瞬間、いきなり一喝される俺。
 なんか本当に哀しくなってきた。

「逃げるの、得意でしょ!」

 ………にゃろー……。
 あとから絶対、乳を揉み倒してやる!

「オマエだけ残せるか!」

 逃げたら逃げたで、鬼神の如く怒るくせに。
 しかし鬼神に変身する前の静流は、扇筒(せんとう)を構えたまま赤面しながら俯いた。
 妙な雰囲気、かもし出してる場合じゃねーつーの。

「んで状況は?」
「あ、うん♪ ……それがね、変なの」
「変?」
「襲ってきた奴ら、倒したと思っても直に復活するんだよ?」

 俺はさっきまで、黒装束が転がっていた付近に目をやった。
 そこに転がっているはずの黒装束は無く、微妙にくぼんだ砂浜だけが残されていた。
 この陰忍(いんにん)術は、記憶に無いな。
 似たような術なら記憶に有るが、微妙に違う。
 微妙に違うなら、全然違うのが陰忍(いんにん)だ。
 俺の……『楯岡』の記憶に無い術とは……。

「手加減しすぎじゃねーのか?」
「そうかなぁ?鎖骨と胸骨が同時にへし折れた感触は有ったんだけどなぁ……」

 凄い事しやがる。

「なんか……ちょっと怖い……」

 怖い事を平然と言う、オマエのほーが怖いよ。
 が、確かにおかしい。
 この陰忍(いんにん)術は、確か越後の実玖(みく)が得意にしている『土犬の術』っぽい。
 よく漫画とかアニメに出てくる『土遁の術』なんてのは、ありゃ嘘だ。
 全身がドリルになってない限り、人間が地中をよどみ無く進むなんて事は出来やしない。
 第一『土遁』ってのは、土をかぶったり泥をかぶったりして敵の目を眩ませて逃げる術の事だしな。
『五遁の大河』が言うのだから、間違いないのだぁ!
 ………威張る必要はねー。
 では『土犬の術』とは何か?
 結構しゅーるだが……一昼夜近く懸けて地面に網の目のように通路を掘って、そこから敵に襲い掛かる術
 のことである。
 つまり結界術に近いのだ。
 そして土木建築業に近い。
 あらかじめ準備していた場所に敵を誘い込み、そこで行う戦闘の手段でしかない。
 坑道は、移動用の横穴と、地表に姿を現すための竪穴とで構成されている。
 勿論言うのは簡単だが、敵に逃げられないように予測して地面下の坑道を構築したり、せっかく掘った坑
 道を崩さないようにするのは、長年培ってきた技術でしか為し得ないのだ。
 故に使い手も少ない。
 効率も決して良いとは言えないしな。
 その陰忍(いんにん)術を得意とする『実玖(みく)』が相手だとしても……静流の攻撃から容易く復活するなんて真似が出来
 るはずも無い。
 いや………『実玖(みく)』では無いか?
 いかに『実玖(みく)』と言えども、この柔らかい砂浜に坑道を穿ち、それを保持するのが可能とも思えない。
 さらに言うなら、『実玖(みく)』は百地一派なのだ。
 いかに依頼があろうとも、『百地』で有る静流を襲う筈など無い。
 一流派全てが『抜けた』とも思い辛いし……。
 俺の……『楯岡』の知らない技術……『楯岡』の知らない陰忍(いんにん)……。
 それが俺たちの敵なのかもしれないと思った瞬間、俺の背筋に冷たいものが走る。
 冷たい刃物を当てられたような感覚。
 果たして『伊賀崎』の俺に、対応出来るのか?
 迫って来る敵の正体も目的も解らぬまま。

「とら!来るよ!」
「お、応!」

 静流の叫びで、俺も臨戦体制をとる。
 左手で懐の苦無(くない)を抜いて、右腕を胸前で溜める。
 厳密にゆーと、この苦無(くない)も違法だが、なんとか見のがして頂こう。
 って、誰にだ、俺?

「シュッ!」

 静流の右横の砂が、宙に舞った。

「せやぁ!」

 同時に静流が扇筒(せんとう)を振り回す。
 俺は静流の扇筒(せんとう)の間合いの外だ。
 勘違いとか、乳揉みの恨みとかで斬られたらたまんねー。
 扇筒(せんとう)の切っ先が、舞い上がった砂に突き刺さる!
 ………が、そこには何者の姿も無かった。
 フェイクか!?

「しゅっ!」

 静流の背後の砂が舞い上がる。
 しかも二箇所同時に。

「おらぁぁぁ!」

 俺はステップインしながら、身体を半回転させる。
 飛び上がった砂を二つとも刈るよーに、裏拳!
 一つ目の砂塊は先ほどと同じフェイクだったが、二つ目で拳に衝撃。

「ぐっ……がっ……」

 (みさご)の裏拳部分が、的確に黒装束の頭部を打ち抜いた。
 適当に撃っても、結構当たるもんだな。

「セィ!」

 突然の背後からの攻撃で呆然としている黒装束の股間に、静流の扇筒(せんとう)の切っ先が突き刺さる。
 静流は振り向いては居ない。
 扇筒(せんとう)を回転させて、自分の脇から背後に向かって突いたのだ。
 え、えぐい……。
 思わず俺は、自分の股間を押さえてしまった。

「ぐっ……かはぁ……」

 成す術もなく、股間を押さえながら崩れ落ちる黒装束。
 男として、その痛みはよーく解る。
 いくら刃落ししている薙刀とはいえ、あのスピードで突かれたんだ。
 今後の人生、なんの楽しみも有るまい。

「セェ!」

 静流は、四方で上がった砂塊に対して、扇筒(せんとう)を振り回す。
 三つはフェイクだったが、残りの一つから忍者が現れた。
 帯刀していた黒装束は、静流の扇筒(せんとう)と切り結ぶ。

「はぁ!」
「セィ!」

 静流の扇筒(せんとう)の切っ先が、黒装束の忍刀(にんとう)を弾いた。

「はぁぁぁ!」

 武器の飛ばされた忍者に、静流は刺突(つき)を加える。
 勇ましいコト。
 俺は戦闘を一時静流に預けて、倒れている黒装束に歩み寄った。
 膝を付いて、うつ伏せに成っている黒装束をひっくり返す。
 黒装束は、白目を向いて気絶していた。
 当然だ。
 静流のスピードとパワーで股間を突かれたら、俺だって気絶する。
 俺は黒装束の頭巾を取って、相手の顔を晒した。
 気絶しているのは男だ。
 白目を向いて、泡まで吹いている。
 俺は心から同情しながらも、男の懐に手を入れた。
 別に乳など揉もうって訳じゃない。
 何か手がかりに成る物は無いかと思ったのだ。
 敵の正体も知らずに戦うのと、何か一つでも情報を掴んでいるのとでは、雲泥の差が有る。
 しかし、この黒装束……日本の何処でも見たことの無いタイプだ。
 何処でも見るような……何処にも無いような……オリジナルデザインか?
 忍者とは普通、流派ごとに一定の法則を持つ装束を身に纏う。
 因みに『百地』の装束は、全身を黒い着物で覆うタイプ。
 手や首まで布で覆われているので、胸など覗けなくて大変つまらない。
 ま、その分身体にフィットしているので、想像は出来るのだが♪
 勿論同じ装束でも、静流が着るのと康哉が着るのでは、印象が違う。
 この気絶している男が身に纏っているのは、どこかおかしい。
 まるで……テレビ局がバラエティ用に作った、『本物の忍者を知らない奴が作りました♪』みたいな感じ
 だ。
 忍者の雰囲気は出ているが、どこか機能性に乏しい……。

「何ぃ!」
 
 気絶している男が、いきなり俺の手首に掴み掛かった。
 白目のままで。
 まさか……もう復活したのか?
 いや、気配で探ると、意識はまだ飛んでいるはずだ。
 無意識……なのか?

「離せ、この!」

 掴まれた手首を支点にして、逆の手で相手の肘を内腕部方向に引き寄せる。
 ボグッっという音と共に、男の肘が『人類の構造上、曲がっちゃいけない方向』に、容易く曲がった。
 外れたな。
 だが男は尚も、プラプラした手で俺の手首を掴んでいる。
 恐ろしい精神力……いや、違うな。
 男の目は、相も変わらず白目を剥いている。
 まだ意識が戻ったとは思い辛い。
 ………まさか、自分の意志じゃないんじゃ?
 ふと思いついた事だったが、己の突拍子の無い考えが怖かった。
 んじゃ誰の意思だ?
 操っている奴が……居るのか?
 しかし、どーやって?

「きゃぁぁぁ!」

 ……!?
 手首を掴まれたまま後ろを振り向くと、そこには地面に伏している静流が居た。
 長いスカートから、白い太腿があらわに成っている。
 状況が状況じゃなかったら、じっくり堪能したいところなのだが……そうも行くまい。

「りゃっ!」

 俺は男に手首を掴まれたまま、全体重を地面に委ねた。
 (みさご)の肘部分に体重を乗せて、男の喉に叩き込む!
 (みさご)を通して、イヤな感触が伝わってきた。

「ぐぼっ……」

 流石に酸素の供給が止まっては、男も動かなくなるしかないだろう。
 男の手が、ゆっくりと俺の手首から離れた。

「しつけーんだよ、この!」

 立ち上がりながら、男の右膝を踏み砕く。
 パキンという軽い音と共に、男の膝が砕ける。
 これで意識があろーがなかろーが、動け無いはずだ。
 誰かに操られているとしても。
 ……………………『操られているとしても』……だと?
 何故……俺はそんなことを……思った?











「静流!」
「とらぁ! こ、この手!」

 俺が静流の元に駆け寄った時、周囲に黒装束は存在していなかった。
 静流は心底怯えた表情で、自分の足首を差す。
 そこには……汚い毛むくじゃらの手首が有った。
『手首』だけ、だ。
 断面を見ると、鮮やか過ぎる切り口。
 恐らく静流の扇筒(せんとう)が斬り裂いたのだろう。
 ひでー事しやがる。

「自分で斬ったくせに」

 そう言いながら、静流の足首から、誰の物かも解らない手首を引き剥がす。
 ついでに捲くれているスカートの中など覗いてみる。
 青、か。
 下着は白いほーが好きなんだよなぁ、俺。

「違うよ! 峰で叩いただけなのに、千切れちゃったの!」

 かなり動揺しているのだろう。
 スカートの中を覗かれているのにも気付かずに、涙目で訴えてきた。
 俺はといえば……今夜のおーぷにんぐ、げっと♪

「この程度で怯えんなよ」

 引き離した手首を、海の方に投げる。
 誰か心有る人に拾って頂きたい気持ちを込めて。

「あたしだって、自分のじゃない手首が落ちたくらいで、怯えたりしないわよ!」

 いや、そこは女の子として怯えとけ。

「でも……あの手首、落ちてからあたしの足に掴みかかってきたんだから!」

 ………それは怖い。
 つーか、そんな映画、有ったな。
『仕事』先の女の子の部屋を覗いている時に、テレビに映っていた映画に見とれてしまった事を思い出す。
 シャツ一枚でソファーに座っている女の子の胸元に目が行かないくらい、面白い映画だった………って、
 今は関係ねー。

「………状況は?」
「さっきと一緒。どれだけ扇筒(せんとう)で突いても、あいつら怯まないの……」

 一体どーすれば良いんだ?
 関節を砕いてもダメ。
 手首を切り落としても、その手首だけ動く。
 俺はふと後方に視線をやった。
 レイナは相変わらず、地面を見たまま突っ伏している。
 何を見てるんだろう?
 ま、俺の言い付けを守って大人しくしてるんだ。
 後から頭でも撫でてやろう。

「静流……今から俺が言う事を、良く聞け」
「な、何を偉そ……」
「聞けよ……」

 俺の台詞に、静流の喉が隆起する。
 静流は、自分が何に怯えているのかは解っていないだろう。
 静流にとって俺は、『幼馴染のとらちゃん』だからな。

「………解った」

 静流が頷いた。
 ここまで素直に成られると、かえって気色悪い。

「俺が合図したら、レイナの元まで走れ。んで、レイナを連れて親父のところまで行くんだ」
「そんなこと出来ないよ!とら、弱いのに!」
 
 ………やろー。

「まあ、聞けって。俺はお前等の姿が見えなくなったら、見事すぎる術で敵を翻弄(ほんろう)するから。それまでの時間
 稼ぎだ」
「見事すぎるって……。ようは逃げてくるのね……」
「まあ、そういう言い方も有る」

 こう言ったほうが、静流には効果的だろう。
 俺は昔から『五遁の大河』なのだ。
 逃げ足と喉越(のどご)しには定評がある。

「………解った。気をつけてね……」

 静流の言葉に、小さく頷いてみせる。
 こーゆー時は、面倒が無くていい。
 静流も、どの策が一番効率が良いか、解っているのだ。
 俺たちは忍者なのだ。

「んじゃ……やるぞ……」

 そう言いながら、Gパンの後ろポケットに手を入れて、煙玉(けむりだま)を数個取り出す。
 直径が1cmの煙玉だが、いくつか使うことによって、この周囲は殆どカバー出来る筈だ。

「………うん………」

 静流も喉を鳴らして頷いた。
 扇筒(せんとう)を小脇に抱えて、いつでも走り出せる体勢を取る。
 俺は………その静流の………乳を鷲掴みにした!

「んぎゃぁ!」

 んぎゃあってオマエ……。
 女の子なんだから、もちょっと可愛い声出そうよ……。

「走れ、相棒!!!」

 俺は普段見せた事の無い真剣な表情で、静流を促す。
 無論、乳を掴んだ事を誤魔化すための真剣な表情だ。

「あっ……うん!」

 一瞬、何が起きたか解らない表情だったが、すぐに静流は走り出した。
 その振動を掴まえて、砂塊が地表に飛び出す!
 俺は静流の後方に、煙玉を投げつけた!
 静流の後を追うようにして、灰色の煙が展開する。

「てゆうか、どんな合図なのよ!!!」

 ………なにかアニマルの叫びが聞こえるが、気にしない。
 さて。
 俺は一気に、煙の中に身を躍らせた。
 この中なら、普通に戦っても、静流らに見られることは無いだろう。
 俺お手製の煙玉は、5分ほど持つはずだ。
 この中なら……『普通』に戦える。







「セェ!」

 煙の中に入ると、いきなり黒装束が斬り付けて来た。
 周囲の視界を奪う煙幕ではあるが、お互いがお互いの気配を掴んで居る。
 この程度で前後不覚に陥るほど、忍者はだらしない訳じゃない。

「っ!」

 俺は(みさご)の外腕部で忍刀(にんとう)を弾く。
 普通の忍刀(にんとう)ごときで斬れるほど、俺の(みさご)(もろ)くは無い。

「はぁぁぁ!」

 弾いた体勢のまま、身を沈める。
 俺の膝で、相手の足の甲を踏み潰す!

「がっ……」

 と、同時に、(みさご)の肘で相手の膝関節を砕いた。

「ぐぉぉ……」

 前のめりに成った忍者の顎を、身体を跳ね上げながら(みさご)の拳で打ち抜く!
 拳が顎にめり込む感触。
 身体を伸ばす速度と(みさご)自体の重さで、拳の攻撃力を倍化させたのだ。
 足の甲を砕く、膝関節を粉砕する、隙の出来た顎を打ち抜く。
 楯岡流、雪加(せっか)
 この一連の攻撃動作を、そう呼称する。
 大した攻撃じゃないが、一応そんな偉そうな名前が付いているのだ。
『伊賀崎』の技ではない。
『伊賀崎』は技を作れるほど、名の有る忍者ではないのだ。
 技を作り、それを継承していくには、ある程度の流派衆が必要だから。
『伊賀崎』は、あくまでも数ある下忍の中の一つなのだ。
 それも、かなり下っ端の。

「でゃ!」

 地面に倒れた黒装束の腹部を踏み抜く。
 内臓破裂くらいは起こしてるかも知れんな。

「ぁぁぁ!」

 勝利のポーズを取る暇も無く、次の黒装束が斬りかかって来た。
 今、気付いたが……地面に倒れている黒装束の手首から先が無かった。
 ………ヤだヤだ。

「セィ!」

 左手で敵の攻撃手を流しながら、(みさご)の掌で顔面を掴む。
 そのまま、(みさご)の手首に装着されていた革製のリングを捻った。

「ぎゃぁぁ!」

 野太い叫び声を上げて、男が悶絶する。

「ふん!」

 苦しむ男に構わずに、掌を引く!
 軽い抵抗感があり、男の眼球が二つとも喪失した。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

 男が顔面を抑えながら膝を付いた。
 その後頭部目掛けて、思いっきり中段の膝を叩き込む。
 ドサッ………。
 男は声無く、前のめりに倒れこんだ。
 俺は手首を振るって、掌に付いた血を落とす。
 なんだが血以外の透明な液体まで付いていて、大変ヤな感じだ。
 手首のリングを逆側に捻って、掌から突出していた(かぎ)を、再び甲の中に
 仕舞い込む。
 (みさご)の最大の特徴。
 それは、ただの革手甲ではなく、(かぎ)付きだという事だ。
 仕込んでいる(かぎ)は、大きな釣り針みたいな形状で、両刃に成っている。
 装着時に、身体に密着させるために使った手首のリングをさらに捻ると、甲の部
 分から掌方向に向かって二本の湾曲した(かぎ)が飛び出すのだ。
 (かぎ)は勿論、人差し指を挟み込むようにして、指の間から、だ。
 使用する度にいちいち掌を貫通してたら、痛くてしょうがねー。
 本来この(かぎ)爪は、木に登ったり落下を防ぐのに使用したりするのだが、俺は刃を研ぎ澄ませて、攻撃に
 使ったりする。
 暗器の一種としてだ。

「……………!」

 音も無く忍び寄った忍者の気配を、俺は鋭敏に感じ取る!
 気配を殺しているらしいが、俺に気付かれない訳が無い。
 今の俺は……。

「ああぁぁ!!!」

『楯岡』なのだ!
 (みさご)の手首部分から、一本の飛針(とばり)を抜き出す。
 普段は絶対に使用しない、俺の忍具。
 長さ3cm、太さ1mmの飛針(とばり)を……手首の運動だけで、黒装束に向かって投擲!

「クッ……」

 狙いどうり、黒装束の肩の付け根にヒット!
 その部分から……。

「あぁぁ!?」

 青白い炎が発火する。
 この飛針(とばり)の名は、雀鷂(つみ)と言う。
 昨日親父の目の前で投げた差羽(さしば)よりも短く、燃焼時間も短いが、人体
 の水分に反応して出る燐の青白い炎は、敵の神経や腱を容易く燃やす。
 つーか、雀鷂(つみ)自体が溶けるほどの温度が発生するのだ。
 ただの鉄で出来た雀鷂(つみ)だが、人体に潜り込んで溶け、周囲の腱を再生不可能なまでに破壊する。
 この行為自体が『牙を折る』という。
『楯岡』特製の燐で焼かれた神経や筋は、復活する事は無い。
 自分に何が起こったか解っていない忍者の顔面を、(みさご)でぶん殴る。

「がはぁぁぁぁ……」

 鼻骨が折れる感触。
 そして無防備な後頭部に、左腕の内腕刀!
 プロレス技のヘッドロックみたいな体勢から、再び(みさご)で顔面を挟み込むよーにしての一撃!
 楯岡流、柄長(えなが)。 
 完全に敵と密着するので、ヒットさせること自体、難易度の高い技だ。
 俺の腹部ががら空きなのも、ヤな感じ。
 だが攻撃力が高いので、俺は好んで最後の一撃に使ったりする。
 俺が腕を解放すると、黒装束は静かに崩れ落ちた。
 これで三忍……。
 落とすまでのタイムは、一分足らずだろう。
 少し手間取ったな。
 流石に、普通の人間なら死亡する位の攻撃を食った忍者達は、その活動を止めている。
『楯岡』は殺しはご法度だが、結果的に死んでしまうのはしょーがねー。
 こっちは殺さないつもりでやってるんだ。
 あとは相手の耐久力と運しだい。

「……プフュ!」

 俺の背後の砂が、炭酸ジュースの蓋を開けたときみたいな音を立てて宙に舞った。
 俺は身を沈めながら、後方に向かって地擦り蹴り!
 ヒットすれば、敵の膝関節を砕く高さだったが……俺の脚にはなんの衝撃も伝わってこなかった。
 フェイクか!?
 同時に、地面に伏せた体勢の俺の顔面狙うよーに、地面から忍刀(にんとう)が突き出してくる!
 俺はそれを何とか(みさご)で弾くことが出来た。
 が、その代償として、バランスを大きく崩してしまう。
 マズイ!
 仰向けに寝転んだ俺を、別方向から飛び出した忍者が、空中から忍刀(にんとう)を突き立てるべく、襲い掛かった!
 同時に顔面の横の地面から、毛むくじゃらの左腕が現れる。
 その手に握っているのは、俺の命を奪うべき忍刀(にんとう)

「せぁぁぁぁぁぁ!」

 砂浜で転がるようにして、自分の身体を半回転させる。
 地面に(みさご)を突き刺す!
 鈍い衝撃と共に、なんか硬いものが割れる感触。
 頭蓋が割れたかもね♪

「あああ!」

 さらに半回転して、突き刺した(みさご)を強引に引き抜きながら……。

「あぁ!」

 左手で抜いた雀鷂(つみ)を………撃つ!
 上空から迫り来る黒装束の、腹と両肩が一瞬明るくなった。
 お、中々の抜き投げだな、俺♪
 ヒットした地点の雀鷂(つみ)が燃焼して、黒装束の動きを止めたのだ。
 ………仕上げぇ!

「せぇぇぇぇぇぇ!」

 腹筋で起き上がって、動きの止まった忍者の首を、(みさご)の掌部分で掴み……。

「りゃぁ!」

 己の身体を半回転させながら、砂浜に男の顔面を躊躇無く突き入れる!
 なんか生け花みたいでキモチワルイ。
 ……………………………………。
 ……………………。
 そして、静寂。
 この周囲で動く気配は、無かった。
 ラウンドクリアの音楽ぷりーず。
 あと、新しく入手した、武器のセレクト画面も。
















  浜風が、俺の張った煙幕を少しずつ流していく。
 周囲に波の音が戻ってくる。
 精神集中して戦っていると、戦闘に関係無い音は聞こえてこなくなるのだ。

「ふぅ……」

 少しずつ薄くなる煙幕の中を、眼を凝らして見てみるが、何も無い。
 さっき俺が倒した黒装束五人分の屍も、そこには無かった。
 いや、殺してはいねーけど。
 意図的には。

「とら〜〜〜〜〜〜!」
「大河サン〜〜〜〜!」
「………ん?」

 トボケた声二つ。
 視線をやると……砂浜から少し上に有った歩道に、白と赤の髪が揺れていた。
 静流とレイナである。

「あのやろー……逃げろって言ったのに」

 俺は周囲を警戒しつつ、二人に歩み寄る。
 妙な気配は無し、と。

「お前等、何やってんだよ!」

 二人の傍まで行って、いきなり怒鳴りつけてやる。
 もし俺の戦闘が見られたら、どーすんだ!
 その瞬間、俺は『五遁の大河』じゃなくなるんだぞ。
 それは、ちと寂しい。
 意外に愛着有るからなぁ。
 だらしない、逃げばかりの『俺』にも。
 普通に生活出来るから。
 あくまで忍者としての『普通』だが。

「何って……怒鳴らなくたって良いでしょ!」
「逃げろっていったじゃねーか!」
「逃げたわよ! 逃げたけど……」

 そこで静流の言葉が止まった。
 俺と静流に挟まれたレイナがオロオロしている。

「おろおろ〜〜」

 ………口に出さなくても、先生解ります。
 あまり妙な擬音を口に出さないよーに、レイナ君。
 静流は静流で、俯いちゃってるし。
 ……しょうがねーな。

「ま、よくここまで逃げたな」

 何がここまでかは、よく解らんが。
 一応そう言いながら、静流の頭に手を乗せる。
 少しだけ乱暴に、赤い髪の毛を撫で付けた。

「あ………うん♪」

 俺の言葉を聞いて、レイナもホッとした表情を浮かべた。

「それで、とら……あいつ等は?」
「ん? 逃げたんじゃねーの?」

 さっきまで戦っていた砂浜に視線を向ける。
 そこには何も無かった。
 忍者も、砂浜に穿かれた穴も。
 推測だが……坑道には襲撃班とは別の部隊が待機していたんじゃねーかな?
 そいつらが、俺の倒した忍者五忍を回収した、と。
 まさか俺の倒した忍者が、速攻で復活して自力で逃げた訳ではあるまい。
 つーか、自力で逃げられたら、俺が凹む。
 さほど手加減した覚えは無いからだ。
 砂浜で探索しても、無駄だろーな。
 術者以外が、地表から探して解る坑道でもあるまい。
実玖(みく)』の穿った竪穴は、上に大型トラックが乗っても潰れないという。
 襲ってきた忍群が『実玖(みく)』とゆー訳ではないが……『実玖(みく)』以上の術の使い手だと見るべきだろう。

「そっか……一体、何者なんだろうね?」

 静流の疑問はもっともだ。
 俺たちはただ、砂浜を歩いて遊びに行こうとしただけだ。
 静流の乳を揉んだ俺を狙って、康哉が襲ってくるならともかく……。
 レイナを狙っているなら、別の襲撃の方が効率が良い筈だ。
 ………狙っている?
 そーいえば、レイナは何で狙われてるんだ?
 俺はレイナの肩に手を置いて、蒼い瞳を見た。

「レイナ……」

 俺にとって今の戦闘は、降りかかるキノコを振り払っただけだ。
 レイナは違う。
 レイナは『自分が狙われた』のだ。
 レイナは申し訳無さそうに、俺を見詰め返す。

「な、ナンでショウ?」
「なんでオマエ……狙われてるんだ?」

 親父が『百地』からの依頼で預かっているとすれば……何か有る筈だ。
 別に俺の『仕事』じゃねーけど、俺は自分が巻き込まれて黙っていられるほどお人好しじゃない。

「さ、さあ〜? さっぱりデス〜♪」

 わざと明るい表情を作り出すレイナ。
 答える気はねーって事か。
 戦闘の前のレイナの呟きも気に成るが……。
 ここで押し問答しててもしょーがねー。
 一旦家に帰って、あのクソ親父を締め上げる方が早いな。

「静流に聞いても、答えないだろーしな」
「………あたし、なんにも知らないですよ、はい♪」

 とか何とか言いながら静流は、俺の手を摘まんでレイナの肩から引き離した。
 ……………乳、揉み倒したろか!
 憎らしい事、この上ない。
 
「んじゃ、一旦帰るぞ」
「え? 買い物は?」
「そんな場合か!」

 思わず静流に突っ込む。
 つーか、静流と買い物に行かなくても済んだんだな、俺。
 これはこれでラッキ♪
 昨日から溜まっていた欲求不満も解消出来たし。

「解ったわよ……」

 何故そこで、暗くなる?

「ご、ごメンなさい、静流サン……ワタシのせいで……」
「……え? ああああああ、謝らないで下さい、レイナさん! 悪いのはぜ〜んぶ、とらですから♪」

 何故?
 憤慨する俺の表情を見て、静流が顔を突きつける。
 唇を伸ばせば、ディープキスができそーな距離だ。
 って、舌まで伸ばしてどーすんだ、俺?
 結構激しい戦闘の後だってのに、緊張感が無さ過ぎる。

「てゆうか、何であたしの胸を掴むのよ、アンタは!」

 ……?
 今は別に掴んでないぞ、俺。
『今』は。
 何を言われているか解らないという表情を、顔の筋肉だけで作り出す。

「さっき、あたしの胸を掴んだでしょ!」

 やっぱり、それのことか。
 つーか、誤魔化そうとした俺のミッション、失敗。

「気が短いのに、乳を揉んだ理由まで覚えてねーよ」
「乙女の乳を揉んでおいて、何て言い草なの!!!」

 乳ってオマエ……。

「ダレが乙女だ、ダレが!?」
「あたしよ!」
「乙女ってのは、ふつー、処女のことを言うんだ!」
「あたしは処女(バージン)よ!」

 ……………………そうなの?
 つーか、なんで道の往来で、こんな事を叫び有ってるんだ、俺ら?
 戦闘の後だってのに、緊張感が無いことこの上ない。

「……あノ〜、静流サン……あんマリ大声で、そ〜ユ〜ことを言ワない方がヨロシいかと〜」
「………あっ!」

 レイナの言葉に、いきなり静流が赤面して俯いた。
 自分がどれだけ恥ずかしい台詞を口走ったのか、ようやく理解できたらしい。

「まったく、年頃の女の子がはしたないザ〜マス♪」

 ……………ひぃ!?
 俺の台詞を聞いて顔を上げた静流の表情は……鬼!?
 しかも赤面してるから赤鬼。

「死ね、ばかとら!!!」
「ぐぼぉ!?」

 静流の拳が、容易く俺のみぞおちに食い込んだ。
 しかも中指を立てた、所謂『一指拳(いっしけん)』だ。
 冷静な比喩してる場合じゃなかった……。

「いこ、レイナさん!」

 静流はレイナの手を取って、俺の家方向に戻っていった。
 悶絶する俺を残して。

「あ、あ、デモデモ〜、大河サンが〜」
「あいつはほっといて良いの!」
 
 良くないデス〜。
 とかってレイナ口調になる俺。
 悶絶してるわりには元気だ。

「お、達者デ〜」

 そう叫びながら、レイナは静流に引きずられて……。

「あ、アト〜。降りかかルのハ、キノコじゃナくて、火の粉デス〜〜〜〜」

 ……………………?
 な、なんの事だ?
 俺の疑問と屍を残したまま、レイナと静流の姿は遠ざかっていった。

 
 

 





 

「えっち、えっち、えっち、えっちぃ!」
「しつこい奴だな!」
「しつこくないでしょ!てゆうか、昨日から、何回あたしの!………その……胸………を揉んでるのよ!」
「お、おろおろ〜」

 家まで帰る道すがら、俺は言葉を選んでいる静流に糾弾されっぱなしだった。
 後ろから着いてくるレイナが、戸惑っている。
 知り合って間も無いレイナには解るまいが、俺たちは昔からこんな感じなので、心配ご無用だ。
 昔は乳なんか揉まなかったが。
 スカートめくったり、パンツ下げたりはしたけど。

「何だ、感じたのか?」
「感じる訳ないでしょ!」

 赤面した静流が、噛み付いてくる。
 歯など立てないで欲しい気持ちで一杯だ。
 軽くなら可♪

「そ〜か?昨日は結構……」
「……死ね!!!」

 静流がいきなりスカートの内側から、黒い円筒の束を抜く。
 カシャカシャという軽い金属音が響いて、扇筒(せんとう)が姿を現した。

「ひ、避難〜」

 レイナが、俺たちから遠ざかる。
 懸命だ。

「大人しく……斬り刻まれろっ!」

 アホか。
 死んでしまうじゃないか。
 静流は真っ赤な顔をして、扇筒(せんとう)をブンブン振り回す。
 型もなにも有ったもんじゃない。
 俺はそれを上半身の動きだけで、(かわ)しまくった。

「本当の事言われたからって、照れなくても♪」
「感じてなんかないもん!」
「俺の愛撫を思い出して、オナニーとかしただろ、夕べ♪」

 ………あ、言いすぎた。
 静流の瞳が、地獄の業火のよーに燃え上がる。

「殺す! 今すぐ殺す! 絶対殺す――――――っ!!!」
 
 静流が自分の頭上で、扇筒(せんとう)を回転させて力を溜める。
 アレを食らったら、俺の(みさご)といえども斬り裂かれそーだな。
 くわばらくわばら♪
 つーか、図星?

「俺はオマエの乳の感触で、オナニーしたけどな♪」

 しかも二回も。
 三回目もチャレンジしようとしたが、疲れていたので睡魔に負けてしまった。
 ま、今晩、再チャレンジしよう♪

「………あたしのこと……………」

 ん?
 扇筒(せんとう)を振り回す静流の背後から……黒いものが走ってきた。
 あれは……。

「何に使ってんのよ!!!」

 おなにーのおかず。
 つーか、それどころではない。
 俺は静流の袈裟斬りを、半身になって(かわ)す。

「………あ?」

 静流の横に並んだついでに、もう一回乳など掴んでみる。
 結構しつこいなぁ、俺。

「あ、アンタぁぁ!」
「どうした、蓮霞!?」

 静流の台詞を遮って、正面から走ってくる蓮霞に問い掛ける。
 黒いスカートを翻して走ってくる蓮華の顔には、明らかな狼狽が見て取れた。

「……え? 蓮霞姉さま?」

 乳を掴まれて振り返れ無い静流が呟く。
 乳のことは忘れているらしい。
 蓮霞は俺たちの数歩前で止まった。
 黒い乳が、隆起している。
 いや、乳はどーでも良いか。

「………な、何故………あ、あなたは静流の胸……胸をまさぐっているの……か、かしら?」

 どーでも良くないらしい。
 息を切らせながら、蓮霞が突っ込んできた。

「………え?」

 静流が自分の状況に気付いたらしい。
 最後の名残に……モミモミ♪

「んぎゃぁぁぁ!」

 んぎゃあってオマエ……。

「ハッ!」

 静流が俺の手を引き離すよーに、半回転。
 たっぷり遠心力の乗った静流の肘が、俺の後頭部にめり込んだ。
 ナ、ナイス打撃だ、相棒♪

「あ、ホシが見えまシタ、今♪」

 レイナ君、冷静な描写をありがとう。
 遠のく意識の中で、礼など言ってみる。

「それどころじゃないのよ!」

 ………俺のこの痛みが、それどころじゃないとは……酷い。
 つーか、最初に突っ込んだのは、蓮霞のほうだとは思うのだが。
 だが茶化す気にならないほど、蓮霞の声は大きく震えていた。
 昨日からの生活で、聞いたことの無い蓮華の叫び。
 そのこと自体が、尋常じゃない事態だと告げている。

「緋那が……緋那が居ないの!!!」

 ……………………な、なに?

「………ど、どういう事です、蓮霞姉さま!?」
「もう学園に行く時間なのに……緋那がどこにも居ないの!」
「ひ、緋那が!?」
「………緋那チャンが?」

 ………どーやら、一連のトラブルは、まだ俺たちに付きまとっているみたいだ。
 ヤレヤレ。










END 






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