「そもそも、なんでこんなことに成ったんだ?」

 腕組みして、床に正座している親父に聞いてみる。
 親父が椅子に座ると、俺達が立たなくてはならないからだ。
 俺、今疲れてるから、座りたいもんね。

「それがだね……」

 親父の話に寄ると、緋那は着替えるために二階に上がっていったらしい。
 いつまで経っても降りてこないので蓮霞が様子を見に行くと、そこに緋那は居なかった、と。
 緋那が出かけるときに持っていくはずの荷物も残されていたので、黙って出て行ったんではないとゆーの
 が、蓮霞の補足だ。

「おじ様……侵入者の気配は?」

 静流は俺の隣の椅子に座ったまま、親父の顔を覗きこんだ。
 コイツも忍者だから、その点が気に成ったのだろう。
 が、しかし……。

「……………いや、無かったよ」

 と俺の予想どーり、親父は首を横に振った。
 今の親父はトボケたペンションのオーナーだが、中身は『楯岡』の主なのだ。
 その親父が、侵入者ごときの気配に気付かない訳が無い。
 つーか、襲撃者の気配があって、それをみすみす見逃すよーな親父じゃねー。
 蓮霞は俺の正面で、長い黒髪を抱えたまま無言である。
 よっぽど緋那の事が心配なのだろう。
 その隣に座っているレイナも、白い肌を青く染めている。
 ………………つーか、なんでココにレイナが座ってる?
 レイナはおとなしく俺らの話しを聞いているのだが、時折天井を見たりキョロキョロしたりしている。
 かなり挙動不審な異人さんだ。

「……さっき襲ってきた奴等と、なんか関係有るのかなぁ?」

 静流の言葉に、レイナがピクリと肩を上げた。
 何か思い当たることでも有るのか?

「お……そわれた?」

 ずーっと無言だった蓮華が、真っ白な顔を上げた。
 血の気が引きまくっている。
 その気持ち……少しだけ解るぞ、蓮霞。
 自分の大切な物が、失われようとしてる瞬間ってのは……ヤなもんだ。

「ああ。さっき海岸で、な」

 俺の言葉に、静流が頷く。

「大河君、そいつらは?」
「何処のドナタかは存じ上げねーが……忍びだった」
「もしか……して……多賀音(たがね)の禁……を?」

 蓮霞の呟きに、俺と親父が視線を合わせる。
 静流もはっと息を呑んだ。













                    第六話   『女運……悪すぎ』











  多賀音(たがね)の禁。
 忍者だったら誰でも知っている、禁忌の逸話だ。
 かなり昔、多賀音流と言う忍者衆が、越後の山の中に存在した。
 とある城の警護をしていた忍び衆だったのだが、ある時、城に攻め入ろうとする敵忍びに一族の娘が捕ら
 われる。
 忍者の一族も普段は普通の生活をしていたので、里の警備もさほどきつくなかっただろーからな。
 無論、捕らえられた娘と引き換えに、城内の情報を教えろとの、敵忍びからの脅迫を受けたのだ。
 そこで多賀音流はナニをしたのか?
 正解はCMの後で……じゃないぞ、俺!
 多賀音流は……何もしなかったのだ。
 情報を渡すこともなければ、捕らわれた娘を救出することもなかった。
 娘一人のために、戦力を割くわけにはいかなかったってのが、本当のところだろう。
 結果、多賀音の娘の死体がひとつ、城の堀に投げ込まれたわけだ。
 それで事件は収まるはずだったのだが……人の感情は、違ったらしい。
 多賀音のある若者が、敵忍びの一族の娘を一人捕らえてきてしまったのだ。
 無論、18歳以下はプレイしちゃ駄目ゲームみたいな展開の責めが、敵忍びの娘には待っていた。
 散々陵辱されて、しかも殺されてしまった敵忍びの娘。
 そこから地獄が始まった。
 多賀音と敵忍びは、全面戦争に入ることなく、一人づつ誘拐を繰り返したのだ。
 勿論お互い、警戒しなかったわけじゃない。
 だが時には何年も掛けて、たった一人の人間を捕らえようとする敵に対して、どんな防護手段が有効だろ
 うか?
 里の人間が、一人、また一人と消えていく。
 何故全面戦争に入らなかったのかは、俺的にも疑問だが、そうやって両陣営の人間は徐々に減っていっ
 た。
 普通、幾年も掛けて成長する人一人の命が、一瞬で奪われてしまうのだ。
 結果、多賀音とその敵とは何十年も掛けて、この世の歴史から消え去った。
 一人、また一人と攫いあった結果、里の維持が出来なくなったから。
 忍者に人質は効かなく、テロの応酬は不毛だと言うお話。
 多賀音の禁。
 忍者だったら、誰でも知っている逸話だ。






「ま、まさか、多賀音の禁を破る忍軍が居るわけないよ……」

 静流が呆然と呟く。
 俺もそう思う。
 そう思うが……考えられないことじゃない。

「相手が……忍びだったら……ね」

 そう。
 そうなのだ。
 蓮華の言葉どーり、相手が忍びだったら多賀音の禁を破る事などしないだろう。
 だが……もし、緋那を攫ったのが、ただのテロリストなんかだったら……。
 不毛を承知で仕掛けてくる相手だったら……。

「親父。なんか要求は?」
「……いや、無いよ。攫われた手がかりも無し」

 ………八方塞がりだな。
 そもそも、レイナの件と繋がりが有るって確証も無いし……。
 俺はふと親父と目を合わせた。
 親父の眼球が、ある一定の動きをする。
 あの動きは……。

「……親父。ちっと……」

 俺は少女趣味の椅子から立ち上がって、厨房の方まで歩いていく。

「な、何かな、大河君?」
「いいから、ちっと来やがれ!」
「大河君は怒ると怖いなぁ」

 とか何とか言いながらも、しかめっ面の親父は俺の後をついてきた。
 つーか、呼んだのは親父のほうなので、そんな顔をされる覚えはねー。
『楯岡』の秘匿話術(ひとくわじゅつ)の一種で……。

(大河……ワシを連れ出せ)

 ……そう言ってきたのだ。
 単純な眼球の動きの組み合わせで、一定の定型文を伝える話術。
 静流ごときに見破れるもんじゃねー。
 俺はカウンター越しにレイナ達を見ながら、親父の耳を引っ張った。
 耳打ちしたいだけなのだが、俺と親父の身長差を考えると、このくらいの事をしなくてはならないのだ。

「親父の話の前に聞きたい事が有る。レイナを預かっているのは、伊賀崎としてか?」
「お父さん、耳は弱点なんだよ」
「そんなことは聞いてねーだろ!」

 耳を引っ張ったまま、親父の側頭部に頭突きをかます!
 と、同時に、鉄板に正面衝突したよーな衝撃が、俺の額に伝わる。

「ぐぁ……」

 俺は自分の額を押さえて、うずくまった。
 額が焼けるように熱かった。
 な、ナニを皮膚の下に仕込んでやがるんだ、ウチの親父は……。
 恐ろしく硬い物に頭をぶつけてしまった俺は、涙目で親父を睨んだ。

「ど、どうしたんだい?」
「……………なんでもねー」

 悔しい気持ちを押さえつつ、もう一回親父の耳を引っ張る。
 俺は蓮霞や静流を見ながら、親父に再度耳打ちした。
 無論唇の動きなど読まれないように、親父の頭で死角を作り出す。
 静流は忍者だから唇くらい読むだろーし、蓮霞はなんか未知の力で受信しそうな気がしたからだ。
 ……そんな力で受信されたら、死角なんか無意味だな。
 
「で、どーなんだ?」
「レイナさんを預かっているのは、伊賀崎だよ」

 ふむ。
 んじゃレイナは何で『離れるべきじゃなかった』って言ったんだ?
『楯岡』の親父ならともかく、伊賀崎では大した役にも立つまいに。
 自分で言ってて、涙が滲んでくるが。

「彼女はね。二週間の約束で、『百地』から預かったんだ。預かったというよりは、宿泊施設としてペンション
 を使っているだけなんだよ」
「警護は?」
「それも一応言われてはいるが、忍びに狙われているって話は聞いてないよ。百地からはね」

 ………………どーもおかしい。
 頭の中で、色々な情報が錯綜(さくそう)している。
 俺は取り敢えず、現時点での情報を見なおした。
 まず、レイナ。
 親父の言葉どーりだとしたら、俺達が襲われた理由が見つからない。
 だが、レイナは自分が襲われる事が解っていたみたいだ。
 あの忍びは、明らかにレイナを狙っていたのも事実。
 だが『百地』は、レイナが狙われると言うことを前提においてなかった。
 そもそもレイナのことを『百地』に依頼したのは誰なんだ?
 親父に聞いても、多分解らないだろう。
 さほど重要じゃないからこその、伊賀崎への依頼なのだから。
 次に緋那。
 レイナと別件で攫われたとは、幾分考え辛い。
 俺達が襲われたタイミングからすると、まったく別件て事はないだろう。
 ネコ耳少女を集めるマニアコレクターの仕業ってのも、全然ありえない話じゃないが。
 だが、今回は……襲ってきた忍びと、結び付けて考えたほうが自然だろうな。
 しかし……やはり、多賀音の禁を破る忍者が居るとは思い辛い。
 忍者にとっては、身体に刻み込まれた掟みたいなものなのだ。
 禁を破らない理由は単純明快。
 やっても良いが不毛だからだ。
 効率は悪く、しかも予想される反撃を防ぐ手段も無い。
 だから忍者は、多賀音の禁を破らない。
 しかし、俺達を襲ってきたのは、忍者なのは間違いない……筈だ。
 あの陰忍(いんにん)といい、装束といい。
 装束はドコかおかしかったが、それでもあの統一された動きは、やはり忍者のものだろう。
 忍者のはずなのに、多賀音の禁を破る………。
 ターゲットはレイナの筈なのに、緋那が攫われている……。
『百地』も伊賀崎も……そして『楯岡』も掴んでいないのに、レイナは襲われることを知っていた……。
 そしてレイナのあの言葉。

『………ワタシの未来も………許してくれマスカ?』

 なんか、一本の線でつながりそーな、全然つながらなそーな……。
 イライラする気分だ。

「大河」

 必死に脳細胞をフル回転させている俺の顔を、親父が覗きこんできた。
 その真剣な表情から、親父が伊賀崎ではないことが解る。
 今の親父は……『楯岡』。

「これは表には出ていない情報だが……レイナを狙っているのは、普通の忍びではない」
「………どうしてです?」

 親父が『楯岡』だということは、今の俺は楯岡流の忍びだということだ。
 当然敬語になる。

「今まで何回か襲撃の気配があった。無論……」
「通常の気配ではない、と」

 俺の言葉に親父は頷いた。






  忍者として一番重要なのは、気配を読むことだ。

 俺はまだまだ無理だが、『楯岡』の親父レベルになると、様々な感情が読めるらしい。
 気配、殺気、邪気、探気、怯気……等々。
 俺が読めるのは、せいぜい殺気くらいだ。
 それも、襲撃者の気配や、移動の際の衣擦れの音、武器の発てる風切り音、何と無くイヤな感じなど、総
 合して得られる気配から、殺気と解るレベル。
 親父や『百地』の百地源牙(げんが)などは違う。
 ほとんど超能力みたいに、周囲の気配を読み取るのだ。
 膨大な訓練と、生死をさ迷うほどの実戦から得られる経験則の積み重ねらしいが。
 その点で言えば、俺はまだまだだ。





「通常の気配ではない。まるで人で無いかのように、生気というものが無い気配だった。ワシが察知したこと
 が解ると、掻き消すように無くなったがな」
「実は……」
「先ほど海岸で襲撃を受けたであろう。その者達と同一の気配だ」
「………!」

 こ……こっから何キロ離れてると思ってんだ?
 あの戦闘の気配を、離れたこの場所から感知してたってのか?
 化け物め。

「緋那が攫われる気配は無かった。それは確かだ。……しかし、ワシの感知できない方法で、攫ったのかも
 知れん」

 ………親父が感知できない方法?
『楯岡』の当主である親父が感知できない方法が、この世に在る訳な……あっ!
 も、もしかしたら……。

「……俺とレイナを襲ってきた忍び……なにか変でした」
「変?」
「牙を折ったにも関わらず、その直後に消えました。百地の静流の攻めからも、同様に復活しています」
「………………ふむ」
 
 親父は腕を組んで考え込んでいる。
 俺はあの時感じたことを、そのまま素直に言ってみた。

「まるで……何かに操られている様でした」
「!?」

 親父の顔が、一瞬で険しくなる。
 俺はさらに続けて報告した。
 本当はこんな静流やレイナの居るところで報告などしたくはないのだが、今は緊急事態だ。
 親父も自分の言葉を外部に悟られぬように、隠匿してる。

「襲ってきた者共。『土犬』らしき陰忍(いんにん)を使っておりましたが……『実玖』では有りません。装束も、武装も違
 いました」

 親父は少し考えた後、重く呟いた。

「貴様……操魂(そうこん)を知っているな」

 俺は頷いた。
 同じ事を考えていたからだ。








  この世には、幾つか忍びの宝と言われる文書が有る。
 例えば『伊勢流』の持つ『義経流忍術秘伝書』。
 これには数多くの武将や忍びの系譜、そして陰忍(いんにん)が記されている。
 今でこそ現代訳された書物が、15.000円くらいのハードカバーで売ってるが、原文全てを公開しているわ
 けではない。
 貧乏な俺にとっては文庫本化が待たれるが、それも今は関係無いのだ。
 原書は普通の忍びにとっちゃ、一生に一度は拝みたい代物。
 俺は読んだこと有るけど。
 原書。
 つーか、持ってるしね。
 伊勢流はそのことを知らないけど。
 ま、そんなことはともかく。
 全国各地に散らばる忍者の中で、中忍……特に有名な中忍クラスは、大概、門外不出の文書を持ってい
 るもんだ。
 その幾つかの文書の中でも、絶対に人目に触れることの無い、超極秘な書物が存在する。
『百地』の持っている『忍秘伝』なんかは、そのクラスの書物だろう。
 きっと静流も、当主である源牙さえも見たことが無いはずだ。
 見たこと無いのに、どうして持っているのか?
 答えはCM……じゃなくて。
 答えは、特殊な開封方法で無いと、中が見れないのだ。
 書物の形態は、巻物だったり箱詰めされてたりするが、開封方法はみな同じだと口伝されている。
 つーか、同じ。
 無理矢理開封すれば、中の文書はたちまち燃えて無くなってしまう。
 水の中だろーが真空状態だろーが、結果は同じだ。
 それだけの機密なのだ。
 今では、その封印手法は失われている。
 その特殊な方法でなければ開封できない書物……超極秘文書の事を、忍び衆は総称して『秘忍書』と呼
 ぶ。
 避妊とはなんの関係も無いところがミソだ。
 親父が言った『操魂』というのは、異萬川集海(いばんせんしゅうかい)と言う、世の中に伝わる萬川集海(ばんせんしゅうかい)とは違う、もうひとつの秘
 忍書に書かれている陰忍(いんにん)である。
 特殊な調合の薬草と、訳の解らん暗示、それに様々なツボを突いて、人を意のままに操る術だ。
 が……しかし……。







「操魂で操られた者は、とても戦闘で使えないと記されてましたが」

 俺の言葉に親父は頷いた。
 俺が読んだ異萬川集海(いばんせんしゅうかい)では、人を意のままに操ることは出来ても、その操り体が忍びのように動くことは
 無い、と書かれていた。
 もし誰かが異萬川集海(いばんせんしゅうかい)を手に入れ、その術を再現させたとしても、『楯岡』はおろか静流ですら敵にはなら
 ないだろう。
『その体躯、人形の如し』と記されてた……筈だ。
 多分だけど。
 つーか、『誰かが異萬川集海(ばんせんしゅうかい)を手に入れる』事など出来ないのだ。
 その点は保証できる。

「では……」
「現存する秘忍書以外に、存在する可能性は有る」

 そ、そんな事、有り得るか?
『楯岡』が知らない秘忍書?
 だが……そう考えれば合点が行く。
 あの時襲撃者が使った陰忍(いんにん)……俺の……『楯岡』の知らないものだった。
 もしその陰忍(いんにん)が『楯岡』の知らない秘忍書に書かれていたものだとしたら……。
 操魂の術とは違った陰忍(いんにん)が、この世に存在してもおかしくはない。
 しかし……。

「そのような書が、実在するのでしょうか?」
「確認していれば、ワシが手に入れていない訳は無い」

 親父は、俺の目を見据えて呟いた。
 それはそーだが……睨むことねーだろ。
『楯岡』の親父は、ホントに怖いったらありゃしねー。

「大河」
「……はい」

 親父は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取りなおした。
 俺でなければ、その表情を読むことは不可能であったろう。
 親父は忍者なのだ。
 自分の感情を、表に出すことは無い。
 普段の親父は、『作っている』のだ。
 そして俺も。
 静流は天然だろーけどな。

「ワシは動くことは出来ん」
「……はい」

 何故です?って聞きたかったが止めておいた。
 聞いても答えてくれないのは解っていたからだ。

「お前が……緋那を取り戻せ」
「……はい!」

 親父の刃の下に居る緋那。
 ホントーなら、親父自らが動きたいだろう。
 しかし、親父は何らかの事情で動けない。
 その理由は解らないが、俺に説明したくないのなら、俺が聞くことは無い。
 俺は『楯岡』なのだ。

「楯岡の大河……刃を折ろうとも、この任を果たします」
「うむ」

 俺の誓いに親父は頷いた。










「おまたせ。大河君が可愛く我侭言うもんだからね」

 ……てめーで呼んだくせに。
 親父と俺は、静流らが座るテーブルまで戻ってきた。
 情報交換は終わったものの、いまいち発展した気がしない。
 つーか、発展してない。
 親父のトボケた台詞を聞いても、誰も笑わなかった。
 特に蓮華は長い黒髪を垂らしたまま、頭を抱え込んでうな垂れている。
 かなり精神的にキツイんだろう。
 だが今のままじゃ、どーする事も出来ない。
 そもそも緋那が、攫われたかどーだかすら解っていないのだ。

「とら………これからどうするの?」

 ………そんなこと聞かれてもなぁ。
 静流は俺を、すがるような瞳で見つめてくるが、俺にもどーしよーもねー。

「相手の出方を待つしかねーだろーな」

 本当に攫われたとしたら、な。

「………手遅れになったら?」
 
 蓮霞が真っ青な顔を上げた。

 手遅れ……たとえば、ネット上に、ネコ耳少女のモザイク無し裸体がアップされるとかか?
 俺、その手のサイト、回った事無いんで、アドレス知らないんだよなぁ。
 検索したら出てくるかな?
 ………興味ねー。

「でも……大河君の言う通りだと思うよ。今のままじゃ……」
「父様までそんな事を言うの!!!」

 ………………………。
 蓮霞がテーブルを強く叩いて立ちあがった。
 その細い瞳に……涙を浮かばせて。

「こうしてる間にも、緋那は!!!」

 蓮霞の慟哭が、食堂に響く。
 その声があまりにも寂しくて……悲しくて。
 テーブルに落ちる蓮霞の涙が……悲しくて。
 全員、口を開く事が出来なかった。








「アの〜。大河サン?」

 俺達の間に流れる沈黙を破ったのは、以外にもレイナだった。
 つーか、レイナ、居たんだな。
 すっかり忘れてたぜ。

「なんだよ?」

 俺はレイナのほうも向かず、天井を見たまま答えた。
 手詰まりだが………このままじっとしてる訳にはいかないのも事実だ。
 昨日会ったばかりとは言え、一応家族だしな。
 そして、義理では有るが……妹なのだ。

「……アの〜」

 再びレイナが呟く。
 しかし、その後の台詞を言おうとはしない。
 少しイラつくぜ。

「……なんだ?」
「アの〜〜〜〜」
「なん……!」

 思わず怒鳴ってしまう所だったが、なんとか感情を押し留めた。
 レイナの瞳を見たからだ。
 あの青い瞳の動きは………まさか?
 ………………………………。
 ……………………………。
 ………………………………。
 ……………………………。

「親父。俺、出かけてくる」
「………え?な、何言ってんの、とら?」

 親父に話し掛けたのだが、返事をしたのは静流だった。
 普段なら突っ込むところなのだが、今は……それどころじゃねー。

「蓮霞と静流は、親父の傍で待機しててくれ」
「………どこに行くのかしら?」

 立ちあがってレイナの頭の上に有る、オレンジ色のリボンをちょんと引っ張る。

「アラアラアラアラ〜?」
「コイツを預けてくる。伊賀崎の家じゃ保護するには準備不足だし、一番安全そーな『百地』では保管してく
 れないんだろう?」

 俺の言葉に静流が俯く。
『百地』の親父も、結構お偉いさん根性染み付いてるから、小娘一人にかまってくれる筈が無い。

「でも、どこに預けるんだい?」
「『望月』に預かってもらおうかと思ってよ。俺んちよりは敵襲に強いし」
「………『望月』に?」

 静流が顔をしかめた。

「そんな顔すんな。薫子さんのトコロだよ」

 静流は多分茉璃ねーさんちを思い浮かべたんだろーが、俺の言った『望月』は別の家の事だ。
 茉璃ねーさんちとは違う、もう一つの『望月』の家。
 言ってみれば『望月』の宗家って感じだが……薫子さんに物を頼むのは気が引ける。
 俺の童貞と引き換えとか言われそーだからだ。
 状況次第ではOKだ。

「ふむ。確かにここよりは安全かもしれないね」

 情けないコト、認めてんじゃねー。
 まあ、伊賀崎の会話ではしょーがねーだろーな。

「んじゃ、親父、金」
「ん?」
「いや、ん?……じゃねーだろ!俺、金無いんだよ!今朝も貰って行くの忘れたし!俺の仕事の禄、よこせ
 よ!」
「どうしてお金が必要なんだい?ていうか、大河君の禄はもう無いよ」
「あんな遠いところまで歩けってか!」

 薫子さんの家は、駅からタクシーで30分はかかる山の中だ。
 まあ、忍者の家としては普通。
 つーか、山の中に作るのが当たり前。
 俺んちみたく、住宅街の外れに作るほうがどーかしてる………って?

「……………今、トボケたことを、爽やかに言わなかったか?」
「何をだい?」
「なんで俺の禄がねーんだよ!『百地』から入ってるだろ!」

 俺の仕事が終わった時点で、報酬が百地から払われた筈だ。
 俺は静流を睨みつける。

「……な、なによ?」
「きちんと払ったんだろーな?人の事、5年も出稼ぎにやって、ロハってことはねーだろーな?」

 静流は少し怯えながらも、睨み返してくる。
 良い度胸してんじゃねーか。
 あとから、乳、思いっきり揉み倒してやる!

「あ、あたし知らないわよ!会計は会計局の仕事だもん!」

『百地』の家は、この地方の忍者の総本山。
 様々な仕事を、適正な忍軍に割り振るのが仕事みたいなもんだ。
 依頼先から報酬を貰って、仕事を振った忍びに禄として払う。
 ていの良い人材派遣業みたいな感じだが、それも長くから続く『百地』の信頼あってこそだ。
 俺んちは社会上、戸籍上ともにバリバリの下っ端忍者、『伊賀崎』なので、誰かから直接依頼されると言う
 事は皆無に等しい。
 だから色々な忍軍の下請けみたいな事をする、流れ透波(すっぱ)なのだ。
 弱小企業も甚だしい。
 しかし……大手の企業さんには、会計局なるものが有りますか?
 ………税金とか、どーしてんだろーな?
 つーか、俺んちも税金ってどーなってんだ?

「大河君。静流君を責めるのはお門違いだよ。きちんと『百地』から、禄は頂いてるんだよ」
「んじゃ、俺によこせ……」
「しかし、もうないのだよ。ペンションのローンも苦しくてね。はっはっは♪」
「爽やかに笑ってんじゃねぇ!」
「………いい加減にして……くれないかしら……」

 蓮霞がうな垂れたまま呟いた。
 ちっ!
 はしゃいで、場の空気を盛り上げる作戦、失敗。
 親父もそのつもりだったんだろーけど……俺らはまだまだ、だな。
 親父は無言でズボンのポケットから……なんのつもりだ、そのカエルをモチーフにしたトボケた物体わ
 ………財布から、数枚、札を取り出した。
 俺も黙って受け取る。
 ………5万円。
 ごまんえん。
 ゴマンエン………。
 5年間働いてきて、報酬が5万円……。
 年間1万円、月に直すと、あばうと800円くらい……。
 駅近くのコンビニの時給が、750円……。
 コンビニバイトのあばうと1時間17分くらいと、俺の1ヶ月が、同じ金銭価値、か。
 こんびに……バイトすっかな?

「大河君……よろしく頼むよ。僕はここで、待機してるから」

 え、なにを?
 コンビニのバイトを頼まれたの、俺?

「ちょ、ちょっと待ってください、おじ様!とら一人じゃ危ないよ!」

 え、なにが?
 コンビニのバイトって、そんなに危ないの?

「とら……弱いんだから」

 よけーなお世話だ。
 弱くたって、コンビニのバイトくらい出きるわい。
 強盗とか来たら、助けてね、静流ちゃん♪

「いいか、静流。よく状況を考えろ」

 コンビニでバイトしたほーが、金になるんだぞ、マジで。

「俺が一番、逃げ足が早い。緋那を攫った連中が、コンタクトを取ってくるとすれば、この家に決まってる」

 コンタクトを目に入れるのって、恐くないのかね、しかし。
 ハードとソフトが有るらしいが、何が違うんだろ?
 目に入れるときの難易度か?

「………………………」

 俺が下らない事を妄想してるのも気付かず、静流は無言になった。

「この家に多く人員配置しておきたいんだ。蓮霞は戦力にならないだろーから、親父と二人で……対応して
 くれないか?」

 こうお願いすると、静流が喜ぶのは知っている。
 俺からお願いされるってこと、あんまり無かったからな、昔は。

「……………解った。気を付けてね」
「ああ。いざとなったら、レイナ置き去りにしても逃げてくるから♪」
「………ソレはダメでス〜」
 
 ………そりゃそーだな。
 レイナを置き去りにするんじゃ、何しに行くのか解りゃしない。
 むしろ人身御供。

「んじゃ行ってくる。来い、レイナ」

 全員を強引に納得させて、俺は立ちあがった。
 無論、お小遣いはGパンのポケットに入れましたよ、ええ。

「な、なんカ、一抹のフあんを感じマス……」

 ……納得してないみたいだったが、レイナはおとなしく俺に付いて来た。

「………どうして、貴方が仕切ってるのかしら?」

 ………蓮華も納得してないのか……。
 まあ、それで良し。
 俺は店のテーブルをよけながら、食堂の入り口へと歩いていく。
 その後ろをチョコチョコとレイナが付いてきた。
 親鳥になった気持ちだ。

「それにね、とら。多分とらより蓮霞姉さまのほうが戦力になるよ。修錬過程(しゅれんかてい)じゃ、ダントツの強さだったんだ
 から」

 手練過程とゆーのは、忍者が集まって受ける、統一流派の訓練の事だ。
 普段の訓練は各流派で行うが、年に5回てーど、合同訓練みたいな物が行われる。
 例えば『百地』一派に属する若い忍者はある山に集められて、一週間ぶっ続けの監禁状態で訓練するの
 だ。
 その中で戦闘力を競ったり、 百地一派全体で動くときの訓練をしたりする。
 俺は流れ透波なのだが、百地関係の仕事を受ける事が多い『伊賀崎』なので、何回か修練過程に強制参
 加させられた事が有る。
 その中での俺の戦績は……0勝0敗、数え切れないくらい引き分け……って?

「………もしかして、蓮霞も忍者なのか?」

 振り向いた俺の顔は、きっと青ざめていた事だろう。
 意外そうな顔を静流が、コクリと頷いた。

「え? 知らなかった? 蓮霞姉さま、百地流だよ?」

 ………マジかよ。
 ここは忍者カーニバルの会場か!
 そうと知ってたら、他の作戦だって有ったのに……。
 ま、今更言ってもしょーがねー。

「んじゃ、行ってくる。ここの守りは頼んだ」

 そう言うのが精一杯だった。
 つーか、誰も納得してないわけね。
 事情を知ってる親父と……怪しいレイナはともかく。

「大河サン……肩、オトしてまス〜」
 
 突っ込むな、怪しい外人。












「さて、聞かせてもらおうか?」

 ペンション大巨人を出て、海岸とは別の方向に歩いてきた俺は、振りかえってレイナの青い瞳を見る。
 5分くらいだが、その間レイナはずーっと無言だった。

「ナ、ナにをでショウ〜?」
「トボケんな。『連れ出シて下さイ〜』って目で訴えたのは、お前だろ、レイナ」

 レイナは俺の台詞に、青い目をキョロキョロ泳がせていたが、観念したのか小さな声で呟いた。

「……当っテましたカ。良かったデス♪」
「良かったじゃねーだろ!」

 レイナがあの一瞬で、誰にも悟られずにメッセージを俺に伝えた手法。
 それは……『楯岡』の秘匿話術だった。
 親父が俺に伝えた時と同じ眼球の動き。
 何故……レイナが知ってる?

「お前……どこまで知ってる?いや、何者なんだ?」

 一応背中に貼り付けた鶚を、いつでも抜ける体勢を保ちつつ尋ねる。
 レイナから戦闘力は感じられないが、何が有るか解らないのが世の中だ。
 あの薄い胸から、ミサイルとか飛び出してくるかもしれないし。

「ワタシが何者カは知りまセン……カゲロウお銀サンでないことハ、確かデス」
「それは知ってる」

 いや、正確にゆーと、カゲロウお銀なる人物を俺は知らない。

「んじゃ誰なんだ、お前は」
「レイナ・マク……」
「言っとくが、名前を聞いてるわけじゃないからな」
「ううっ……。大河サン、ワタシと同じチカラ、持ってマスか?」
「………同じ力?」
「ワタシ……普通の人とはチョット違うチカラ、持ってるんデス。大河サンと同じで、隠してマシたケド♪」
「!?」

 ………やはりレイナは、『楯岡』のことを知ってるのか……。
 斬る……か?
『楯岡』の正体を知っているものは、皆無に等しい。
 とっくの昔に絶えた忍びの家系だと、誰もが思っているからだ。
 戸籍的にも世間的にも、俺は伊賀崎大河だ。
『楯岡』の名を持つ忍者は……どこにも存在しない。

「そんな恐イ顔、しないデ下さイ。ワタシ、大河サンが何者か知ってイても、その意味が解りまセン」
「どう言う意味だ?」

 俺達の間に緊張が走る。
 レイナも俺の気配に気圧されているのか、身動き一つしていなかった。
 白い額に、うっすらと汗が浮かんでいる。

「大河サンが『たてオか』だっては知ってマス。でモ、その『たてオか』がドウ言うものカ、解りまセン♪」

 レイナが引きつった顔で笑った。
 多分……レイナも賭けに出ているんだろう。
 なんの賭けかは知らないが。

「ワタシに解ルのは……大河サンは、オモロい人デ……強くテ……冷酷デ……頼りになっテ……嘘つきデ
 ……優しい人。それダケでス」
「オモロいゆーな」

 しかし、そこまで理解される程の付き合いは無かったはずデス。
 別にレイナ口調に成る必要は無いが。

「おネがいでス、大河サン。緋那チャンをタスケるタメに、ワタシをてタスケて下さイ〜」
「どっちを助けたら良いか解らん」
「………どっちモタスケて下さイ〜」
「具体的にはどーやって、助けて欲しいんだ?」
「………エ?」
「緋那を悪者から助ければ良いのは解る。だが、お前の事はどーやって助ける?」
「……………エ?」
「エ? じゃねーだろ。そんな小首を傾げて可愛いポーズ取ったって、俺にはつーよーしねーぞ!」

 しかもあざといし。
 ちょっと心揺らいだけど。

「デスから……緋那チャンを助ける手つだイを、タスケて欲しいんデスが……」
「………………成るほど。お前自身を助けるわけじゃねーのな」
「………ハイ。ワタシはどうなってもかまイまセン。ワタシが居ると……誰かガ傷つイたり、酷い目に有ったリ
 しまス。今日だって緋那チャンが酷い目に有ってルかもしれまセン。ワタシの未来なんカ、無い方ガ……」

 ビシィ!
 俺のチョップが、的確にレイナの額を捉える。
 10倍くらいの力を込めれば、頭蓋が真っ二つに割れた場所だ。

「い、いたイデス〜〜〜〜。思わズ、涙メになりましタ〜〜〜」

 そりゃ痛いだろう。
 俺、結構イラついているからな。

「スリスリ〜〜」
「お断りだ」

 俺は額を擦っているレイナの、青い瞳を見ながら言った。
 涙目になっている青い瞳。

「スリス………エ?」
「そんなイジケた奴の依頼なんか聞かん」
「………で、デモ〜」
「でもじゃねぇ!」

 俺はレイナの白いワンピースの襟を掴んで絞り上げた。
 小さな乳首が服の中に確認できたが、今はそれどころじゃねー。

「く、苦しイで……」
「いいか、良く聞きやがれ!俺が動くのは未来の為だ! 誰かの幸せに繋がってると信じて動いてんだ!
 未来が要らないだと……?そんなイジケた奴の為に、誰が動くか!」
「……………………デモ」
「レイナ!誰だって人に迷惑かけてる! 俺なんか、普通の人とか普通の忍者より迷惑なこと、いっぱいし
 てる!」

 忍者に『普通』が居たらの話しだが。

「………………………」
「だけどな……。誰かに必要とされるまで、俺は俺で在り続ける」

 刃の下に置くものが見つかる日まで。
 何かが……誰かが、俺の刃の下に『居ても良いよ』って言ってくれる日が来るまで。

「……………羨まシいデス……」

「羨ましかったら、お前もそーしてみろ!!!」

 レイナは涙目だった。
 さっきの俺のチョップが効いているわけじゃないだろう。

「……ワタシのことモ、必要だっテ言ってくレル人、いるでしょうカ?」
「そんなことは知らねー。俺は自分のことでせー一杯だからな」
「……………………アハッ♪」

 な、なんだ?
 いきなりレイナが笑い出した。
 あんまり冷たい事、言い過ぎたか?

「た、大河サン………♪」
「な、なんだよ?」

 青い瞳から涙を流して笑うレイナに、ちょっとビビる俺。

「ふ、普通、こう言うトキは、『俺がお前を必要としてやる』くらイのコトを言いませんカ?」
「妙なドラマ、見てんじゃねー」

 そんな恥ずかしい事、言えるかってーの。
 それに……まだ、そんな関係じゃねーしな。
 俺の台詞を聞いて、レイナの笑いはますます激しくなった。
 ちょっと俺、ビビってる。
 ひとしきり笑った後レイナは、涙目を擦りながら呟いた。

「わ、ワタシ………頑張ってみまス♪」
「お、おう。その意気だ」

 何を頑張るかは知らんが。

「誰かに必要だって言ってもらえルようニ……大河サンに必要だって思ってもらえルよーニ♪」
「応! その意気………………………エ?」

 レイナ調に疑問する俺。

「ハイ!頑張りマス♪」

 レイナは明るく笑いながら言った。
 その表情には、先ほどの憂いは微塵も感じられない………が、しかし。
 俺は結構大きな墓穴を、しかも自分から進んで掘ったのかもしれない。
 女運、悪いんだよな、俺。

「んじゃ、まず、報酬の話しだ」
「ほ……うしゅウ?」 

 レイナが青い瞳を丸くしたまま、小首を傾げた。
 クッ……俺、その仕草、弱いんだよ。

「当たり前だろ。俺みたいな恰好良い男に、仕事の依頼をするんだ。ロハで動くわけねーだろ」
「………でも、ワタシ、お金、あんまり持ってまセン……………ハッ!?」

 突然怯えたような表情を見せた。
 な、なにか来たのか!?
 海岸での戦闘の時、レイナは俺よりも早く襲撃者の存在に気付いた。
 もしかしたら、それがレイナの……。

「ワタシ………ヴァージンなのデスが……それデも宜しけれバ〜」
「宜しい訳ねーだろ!」

 思わず力いっぱい突っ込む。
 どーゆー男だと思ってんだ、俺のこと。

「……大河サン、えっちでス〜」

 そー思ってるわけな。
 ムカつく事、この上ない。

「身体で払いたかったら、あと20cmは乳を大きくしてからにしろ」

 レイナの胸はあまりにも薄い。
 俺の好みの乳とは、程遠いサイズだ。
 身長はそこそこ……おそらく170cm前後だろーが、胸囲は、55のAマイナスとみた。

「ウう………気ニしてルのニ〜〜」

 レイナが頬を膨らます。
 そのくらい乳も膨らめばな。

「つーことで、報酬は他のもので払ってもらおう」
「他のモノ?」

 また小首を傾げやがった。
 今回はオレンジ色のリボンもフサフサ動いている。
 ………触りてー。

「レイナの恥ずかしい秘密だ。それで手を打とう」
「……………!?」

 レイナが真っ赤になって俯いた。
 しばらく沈黙した後、ぼそりと呟く。

「三日に一回くらいデス〜」
「何がだよ!」

 そんなこと聞きたいわけ………いや、聞きたいかも知れんが、今はそれどころじゃねー。
 股間が暴れアニマルになったら、仕事し辛いだろ!
 ナニが三日に一回くらいか、まったく解らんが。

「ち、違ウのデスか〜?」
「違うに決まってんだろ!」
「……………右の方ガ感じマス〜〜〜〜………」
「どこがだよ!」

 ………………いやいやいやいや。
 突っ込みミスった。
 ………いや、本音じゃちょっと聞いてみたい気はするが、レイナの性感帯と引き換えに仕事するんじゃ、俺
 があまりにも情けない。

「ち、違ウのデスか〜?」
「………お前がどんな目で俺を見てたか、よーく解った」
「だっテ大河サン、えっちデス〜。昨日モ、静流サンを思い浮かべナガら、二回もしまシタ………」

 ……………………何故知ってるぅぅぅ!?
 貴様………何者だ?

「た、大河サン……さっき、『たてオか』の話しのトキよりも、恐イ顔してまス〜」

 それはそうだ。
 人に見られたくない行為、堂々の二位ランキングであるオナニー行為を……見られたんだ。
 ………斬る、か?

「一晩デ二回は、オイオイって感じデス〜」
「よけーなお世話だ!」

 自分の顔が、羞恥と怒りで赤くなって行くのが解る。

「俺の………その……アレの話しはどーでも良いんだ!お前の事だよ!お前の………アレじゃないぞ……
 秘密を教えろってんだ!」

 微妙に強弱のついた台詞に、レイナが怯える。
 勢いで押すのが俺の話術なのだが……今は無理。

「だ、だっテ大河サン……恥ずかシイ秘密、教えロっテ〜〜〜」
「俺の恥ずかしい秘密を暴露してどーすんだ!」
「わ、ワタシの恥ずかシイ秘密も、イってみまシタ〜」
「違うだろ!お前の力の事を教えろって言ってるんだ!」

 ちょっと茶目っ気出して、『恥ずかしい』などと言った俺が愚かだった。
 激しく自己嫌悪。

「わ、ワタシの………チカラ?」
「そーだよ!」

 まあ、ここまでくれば、大体想像つくけどよ。

「………忘れてルと思ってマシたのニ〜」

 忘れるわけねーだろ。
 レイナは少し……を仰いだ後、小さく笑った。
 何か諦めたような……嬉しいような。
 そんな細い笑み。

「……歩きながらデ、良いデスか?」
「どこにだよ?」
「……コの近くの山の中ニ、温泉が在ると聞きマしタ。そこまデ案内して欲しいんデス〜」

 温泉?
 確かに裏山に、みみっちい温泉が在るのは在るが。
 猿とか鹿とか俺とかしか入らない温泉。

「……そこに緋那が?」

 レイナがリボンを揺らして頷いた。
 しかし……何故、それがレイナに解るんだ?
 ………やっぱり、導ける答えは一つしかなさそーだ。

「解った。しっかり付いてこいよ」

 今まで立ちすくんでいた場所からその温泉まで、歩いて20分程度。

「……ハイ」

 レイナの返事を確認して、山方向を見る。
 続いて、レイナの足を見る。
 脚、じゃない。
 足、だ。

「はぁぁぁ……」
「ど、どーしテ、たメ息デスか?」
「……………………なんでもねー」

 俺には別に不思議な力など無い。
 でも……ごく近い未来は予想できた。













「す、スミまセン〜〜〜」
「………良いから動くな。あばら骨が刺さっちゃうだろ」
「……酷いデス〜。気にしテルのニ〜〜〜〜〜〜ィ!」

 俺の背中におぶさったレイナは、不機嫌そうだ。
 俺の方が不機嫌だっつーの。
 俺達が向かっている温泉は、ペンションの裏山の中腹に在る。
 小さい頃、修行で傷ついた身体を癒してくれた温泉だ。
 俺と……あと何人かしか知らない、俺のお気に入りの場所。
 他の人間は誰も知らないので、当然道なんか無い。
 多少、獣が通った道なんかは有るけどな。
 ………そんな所に、サンダルで入ろうとする馬鹿者が居るとわ。
 かくして俺の予想どーり、レイナをおぶる羽目になった。
 ちなみに鶚は、懐にある内ポケットに入れてある。
 この内ポケットは、俺のお手製だ。

「……怒ってマス?」
「怒ってはいねー。ただ、楽しくも何とも無いだけだ」

 普通、こーゆーシチュエーションだったら、背負った女の子の、胸の柔らかさにドキドキするのが定番じゃな
 いのか?
 背中に伝わる柔らかさは、皆無に等しかった。
 が、しかし!
 しかしですよ!
 なんか……甘い匂いが漂うんですよ。
 俺を誘うよーな、甘い匂い。
 ………やばい。
 無い胸も良いかな〜……なんて気持ちになってきそうだ。
 属性変更か?

「ウゥ……ワタシだっテ、もーちょっと欲しクテ、まいニチ……」
「それ以上の報告は要らん」

 任務に失敗した手下を諌める、バスローブを着て猫を抱いてワイングラスを持っているラスボスのノリで、レ
 イナの言葉を遮る。
 しかし……続きが気に成る。
 ま、毎日なんだと言うのだろう?
 つーか、ナニをしてるのだろう?
 どんな風にしてるんだろう?
 ………………気を静めよ、大河。

「それより、報酬を先によこせよ」
「ホウシュウ?」
「とぼけんな。レイナの……力の事だよ」

 本当は『恥ずかしい秘密』と言いたかったが、ぐっと堪えた。
 迂闊な事をゆーと、俺の恥ずかしい秘密が暴露されるからだ。
 ピコーン。
 大河は一つ、お利口に成った。

「……オぼえテたんですネ〜〜〜」

 忘れるか。

「普通、報酬っテ、ミッションが終わっタあとニ、支払うんじゃなイですカ〜〜〜?」
「日本の忍者は、先払いが基本なのだ。よーく覚えとくよーに」
「勉強ニ、なりマス〜〜♪」

 勿論大嘘だ。
 何処の世界に、成功したかどーかも解らない人間に対して、報酬だけ払うお人好しが居る?
 そんな甘い世界に住みたかったよ、ボクは。
 レイナは少し沈黙した後、Gジャンの背中を握り締めた。
 いよいよレイナの恥ずかしい秘密、公開の時、来たる、だな。

「大河サン……道って見えまスカ?」
「………………………」

 ……………はぁ?
 何言い出すんだ、この胡散臭い異人さんわ?
 あまりにも予想と反した言葉に、思わず絶句してしまった。

「見えマス?」
「……見えるから、お前を背負って歩いてるんだろ」
「今歩いてル道、前ニ何が歩いタカ、解リますカ?」

 ……………多分、話しの流れからすると『解らない』って答えた方が良いのだろうが……解っちゃったよ、
 ボク♪
 俺が今歩いている獣道に付いてる足跡……十中八九、エゾ鹿。
 昔、追い詰めて獲って食ったことがあるから、間違い無い。
 でも………黙ってた方が良いだろうなぁ。

「普通の人は、解らナイと思いマス〜」

 ボク、普通の人じゃないから、解っちゃいまシタ〜。

「お前なら解んのか?」

 ここは一つ、レイナに花を持たせておこう。
 そんな俺の気遣いも知らずにレイナは、俺のGジャンを強く握った。

「ワタシ……降りテ触れバ、解りまス……多分」

 ………触れば、か。
 俺なんか、見ただけで解ったもんね♪

「ワタシ……ナンデもそうナンでス〜。触れバ……読み取ろウとすれば……その物が辿ってキた軌跡が
 ……見えるンデス……」

 つまり……物の過去が見える、と。
 そーゆー訳か?
 レイナは俺のGジャンを強く握ったまま、今までのことを話し始めた。
 俺はただ……目的地に向かって歩く事しか……出来ない。




















  レイナがその力に気付いたのは、1年くらい前だ。
 それが第一の悲劇。
 ある日レイナの住む異国の町で、殺人事件が発生した。
 近隣の大都市で何年も前から起きている、連続猟奇殺人事件。
 その事件が、レイナの住んでいた町でも起きたのだ。
 犯人の手がかりは無く、ただいたずらに犠牲者ばかりが増えていた。
 俺も『仕事』先のテレビニュースで見た記憶がある。
 天井裏の覗き穴から。
 俺はそん時、事件の異常さより、ピンクの突起に気を取られていた。
 ま、それはともかく。
 しばらくしてその現場を、友達と訪れたレイナは……転んで地面に手をついた拍子に……見えてしまっ
 た。
 殺された女性の顔を……殺した犯人の顔を。
 それが最初に『能力』に気付いた時だったらしい。
 自分が持つ、不思議な力。
 触った物が持っている過去を、『読む』事の出来る能力。
 見た目にも迂闊なレイナは、警察に行って自分の見たものを話したそうだ。
 しかし、物的証拠も無い話しは、誰にも信じて貰えなかった。
 ただ一人……犯人を除いて。
 それからレイナの逃亡が始まった。
 初めから半信半疑……とゆーより、信じてくれなかった母親は、それでもレイナの逃亡の付き添いをしてく
 れた。
 半分くらいは旅行気分だったんじゃないかな?
 でなければ………。
 犯人は執拗(しつよう)にレイナを追いかけ……ついにはレイナの母親まで……殺められたのだ。
 母の祖国……この日本で。
 レイナの見えるものが過去じゃなく、未来だったらこの事態は避けられただろーが、それは言ってもしょう
 がない事だ。
 あまりにも狡猾で、社会的地位もあるその犯人は……今でもレイナを付け狙っているらしい。
 犯人にとってもここは異国だ。
 勝手が解らないのが幸いして、レイナは今まで生き延びられた。
 警察は当てに成らない。
 レイナの言葉を信じるものは居ないからだ。
 自分一人で決着をつけるつもりだったレイナも、犯人の狡猾さの前には手も足も乳も出ない。 
 あまりにも迂闊なレイナは、母のつてで助けを求めてしまった。
 それが第二の悲劇。
 と言っても、レイナに非がある訳じゃない。
 助けを求めた集団が、まさかあんな奴等だとは想像できなかったのだろう。
 レイナが助けを求めた集団。
 にこやかに親切面で近づいてきた集団。
 それは……俺の敵でも有る、忍びの集団だった。
『楯岡』である、俺の敵。
 レイナを邪な目的に利用しようとしたが、『能力』によって気付かれてしまったのだろう。
 何に利用されるか理解できなかったとレイナは言うが、俺は大体想像が付く。
 あいつ等の事だ。
 ろくでもねー事に、この薄胸の能力者を使うのは明白である。
 レイナはその集団から逃げ出し、かくしてレイナを追いかける勢力は二つになった。
 レイナを利用しようとする忍び衆と……。
 レイナを殺そうとする……………………………実の父親と。
















「………ワタシがこんなチカラ無けれバ……ママは死ななかっタ………」

 掛ける言葉に窮するのは久しぶりだった。
 だが……黙っているわけには行かない。

「……緋那が攫われたのが、解ったのは何でだ?」
「緋那チャンが通った道をたどっテ、部屋まデ『読んで』みまシタ〜。緋那チャン、ナにか赤いヒカリを見たと
 思ったラ……窓かラ飛びダしたんデス〜」

 意外に飛行少女だな、緋那。
 しかし………その光りが、緋那を操ったのか……。
 どーゆー陰忍(いんにん)かはしらねーが、親父が気付かないもの無理は無い。
 緋那が自分から飛び出したんじゃぁな。

「飛びダす前に緋那チャン、言ってまシタ〜〜。『お兄ちゃん、温泉で待ってるよ。レイナさんと一緒に来て
 ね』ッテ〜〜」

 ………なんで、緋那の台詞を回想するときだけ、そんなに流暢(りゅちょう)な日本語なんだ?
 もしかしてこのカタコト日本語……わざとか?
 しかし、レイナの能力を把握してるんだから、レイナ当てのメッセージが残ってるのは解るとして。
 俺も御指名か……。

「そこかラは、読めまセンでシタ〜〜」

 そりゃそうだ。
 しかし、そこまで読めればすげーよ。
 緋那の通った場所から、部屋まで見通せるとわ……。
 これからアレは、空中でするしかないな。
 ………………思い出したぁぁぁぁぁぁ!

「………お前今日の朝、俺の事を『読んだ』ろ?何故だ?」
「………だっテ、いきなリ近づいてくルかラ〜〜。またワタシを捕まえル人かと思いましたカラ………」

 ………成る程。
 自衛手段だったんだな。
 俺のことを警戒しないとは思っていたが、そうでもなかった、と。

「ソしたラ〜〜〜。………衝撃映像、ニ連パツでしタ〜〜〜〜〜〜」
「ニ連発ゆーなぁぁぁぁぁ!」

 間が開いてたつーの。
 少しだけ。
 ………そうじゃない。
 突っ込むべきは、そこじゃない。
 つーか、レイナ相手だと、ツッコミに回ってるなぁ。
 本当はもっとアグレッシヴなボケ役な筈なのに、俺。

「オトコの人が、あんナ風にするトハ、思いモ寄りまセンでシタ〜〜。あんナニ指が前後左右ニ……」
「………それ以上描写すると、お前を斬る………」

 俺の超絶技巧は、門外不出なのだ。

「わ、ワカリましタ〜〜〜〜〜〜〜」

 レイナが俺の背中でモゾモゾと動いた。
 多分口にチャックでもする仕草をしてるんだろう。
 しかし……参ったなぁ、オイ。
 取り敢えず話題を変えるか。

「ま、話しは解った。どーだ、俺の過去を見た感想は?」

 無断で。

「凄イ、テクニックでシ……」
「その話しから離れろ!」

 全然話題、変わってねーじゃねーか!
 本当に斬りたくなってきた。
 レイナは咳払いを一つすると、静かに呟き始めた。

「………大河サン、強い人。………悲しいコト、いっぱい有っタのニ……辛いコト……いっぱいしてルのニ
 ……笑ってらレル人……」

 急に話しが変わったら変わったで、ついてけない。

 俺の過去の、どこをどう好意的に取ったら、そんな評価が出てくるんだ?

「……ダかラ、ワタシ……ワタシのコト、話してみよウって思いまシタ……本当ハペンションの外デ……襲わ
 れルかもっテ……解ってまシタ……。海のスナを通しテ……ナにか動いてるノが解ってたデス〜〜〜。で
 モ……大河サンなら……守っテくれル………そう思えたんデス」
「守っただろ?」
「………エ?」

 見なくても解った。
 レイナはきっと青い瞳を丸くしてるだろう。
 そして……白くて透き通るような肌を、赤く染めてる筈だ。
 重苦しい雰囲気が俺達を包むが、俺はこんな雰囲気が苦手なので……。

「レイナ、一つ質問が有る」

 背中でレイナがピクっと震えた。

「な、なんでショウ〜〜〜?」

 見なくても、怯えているのが解った。
 思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「今、俺の事、『読んで』るのか?」
「………今、デスか〜〜〜?」
「おう。今、だ」
「ワタシ、読もうとしナイと、読めまセン〜〜〜。だかラ……」
「だから?」
「………読んデまセン。それニ、今日はチカラ、使いスギまシタ〜。人の心を読むノ、意外に大変なんデス
 〜〜〜〜」

 意外に……。
 なんか納得できるよーな、全然腑に落ちないよーな。

「大河サンのコトも、深くは読めまセンでしタ〜〜〜。深くマデ読んだリ、離れタところを読むノは、凄くチカ
 ラ、使うんデス〜〜〜」
「そか。今後、許可なく俺を読まないよーに。あと、『楯岡』の話しも秘密だ」
「…………………………………エ?」
「返事は?」
「………………………………ハイ」

 なんかその間が気に入らねーな。
 不満でも有るのか?

「ワタシからも……質問してモ、いいデスか?」
「答えるかどーかは、聞いてからだ」

 テクニックとか聞かれても、女の子に教える事など何も無い。
 ………いや、有るか。

「……ワタシのコト………気持チ悪くないデスか?」
「なんで?」
「だっテ……ワタシ、普通と違いマス……」
「読んだんなら解るだろ。俺も普通の人間とは言い難い」

 子供の頃から積み重ねてきた忍びの技術。
 幾重にも……幾重にも。
 この身体に染み付いている、人を傷つけるだけの技術。
 幾層にも……幾層にも。
 かえって俺の方が人間離れしてる。
 レイナは所詮、『過去』しか見れないのだ。
 見られて困る過去……も、有るには有るが。
 おなにーとか。
 レイナは俺のように、『未来』を断ち斬ることはない。
 その程度の能力なのだ。

「人とか、物の過去を読めるくらいで、偉そうにしてんじゃねーぞ」

 まあ、正直、ちょっと便利そうだなっては思うけど。

「………エ?」
「その程度の能力で、偉いとか凄いとか………気持ち悪いとか……俺に思われようなんてのは10年は
 えー」

 もっと汚くて、もっと凄くて、もっと恐いものを俺は知ってる。
 それは……人の思い。
 欲望とか、愛情とか、憎悪とか、執着とか……。
 それに比べれば、レイナの能力程度、なんてことはねー。

「……………大河サン♪」

 レイナは俺の背中を抱きしめた。
 柔らかい感触は無かったが……柔らかくて暖かいものが……伝わった。
 少しだけ……くすぐったい。















「アッ!着いたんデスか〜〜〜〜〜?」
「でけー声、出すな………」

 レイナを背中から降ろして、青い瞳を睨みつける。
 目の前に開けたスペースを見つけたレイナが、思わずはしゃいでしまったのだ。
 確かに温泉に着いたものの、緋那も敵の姿も見えていない。
 気配も………察知できない。

「………ごめんなサイ」
「どこに敵が居るかわからねーだろ……」
 
 もっとも、既に感知されてると思うべきだろう。
 招かれてるんだからな。
 罠の有無を気配で探る………無し。
 5年前に来たきりの場所だが、人工物の気配は、無し。
 温泉。
 雑木林を開いて作った、俺の修行場。
 年輪を重ねた……巨大な杉の木。
 静流を落とした、落とし穴。
 ………まだ、残ってんのかよ。
 何処にも敵の気配、無し。
 ふと不安に成ってきた。
 レイナはあの時『山の温泉』と言っただけで、どこの温泉とは言っていない。
 家とは駅反対のほうに、巨大な温泉街が有るが……まさか、そっちのことじゃねーだろーな?
 あの温泉街も『百地』所有だが、今は関係無い。

「おい、レイナ。緋那は他になんか言って無かっ……」
「あっ!おにーちゃんだ〜〜〜〜〜♪」

 水音がした瞬間、俺は懐から鶚を抜いて、素早く装着した。
 一気に戦闘モードに入る!!!
 ………が、しかし。
 俺の見たものは、温泉に浸かって白い肌を上気させている緋那だった。

「ひ、緋那チャン、居ましタ〜〜〜♪」

 見れば解る。
 緋那は温泉から上半身だけ出して、こっちに向かって手を振っていた。
 乳丸出しで。
 しかも、小さい、無い、薄い。
 悲しき三拍子揃った、乳、丸出し。

「おに〜〜〜ちゃん♪ 一緒に入ろうよ〜〜〜〜♪」

 悲しき三拍子の揃った乳丸出しの緋那が、ニコニコしながら手を振っている。
 一気に脱力………………。
 しかし、忘れては成らない。
 さっき温泉の気配を調べたとき……そこには何も居なかった筈なのだ。
 いかに緋那の胸が悲しいとは……いやむしろ哀しいとはいえ、俺が感知出来ないわけは無いのだ。

「あ、レイナさんだ〜〜♪みんなで一緒に入ろうよ〜〜〜♪」

 ネコ耳が、湯気に揺らいでいる。
 ……………………。

「ど、どうシまショウ〜〜〜?」

 ………………………。
 どうもしたくない。
 助けに来た少女が、ネコ耳揺らしながら、哀しい乳丸出しで手を振っていた。
 やっぱ、女運、わりーわ、俺。











END






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