後ろで大騒ぎする奴等を尻目に、俺と朋ちゃんが対峙する。

「辛いな、『楯岡』。背負ってるものが多いと……」
「うるせー。お前も同じようなもんじゃねーか」

 藤林の家系は、西日本を中心とした大忍軍を代々まとめてきた。
 丁度、北日本をまとめる『百地』流と同じような感じだ。
 政治と密接に関わりながらも、決して表舞台に出る事は無い一族の頭。
 それが……堕ちたのか。

「俺は……捨てたのさ」
「簡単に捨てられる荷物なら、宿命なんてよばねーぞ。」
「厳密に言うと……堕ちたんじゃないぞ、俺は」

 ………?
 俺に言い訳してもしょーがねー。

「藤林一族による日本の掌握は、先祖代々からの願いだったからな」
「それで使いっ走りに身を落としたんじゃ、先祖も浮かばれねーな♪」

 朋ちゃんの眉がピクリと動いた。
 癇に障ったらしい。

「……俺は、あいつを利用してるだけさ」
「向こうもそう思ってるだろうに」

 ………ピキピキ。
 そんな音が聞こえてきそうなくらい、朋ちゃんの眉間が波打つ。

「『楯岡』……貴様、どこまで知ってる……?」
「頼むから……楯岡とか呼ぶな。静流……百地に聞こえたら、ばれちゃうじゃねーか。いやホント、お願いし
 ます♪」
「………ふっ」

 あ、今、鼻で笑いやがったな!
 気分悪っ!

「じゃあ、なんと呼べば良い?」
「そーだな」

 とらとか呼ばれるのは、あんまり好きじゃない。
 俺のことをとらって呼ぶのは……この世に二人だけだから。

「伊賀崎様と呼べ♪」
「………解った、伊賀崎」
「様が抜けてるぞ、朋ちゃん」

 とかなんとか言いながらも、話題を誤魔化すミッション、成功。
 自分の掴んでいる情報を、容易く敵に渡すほど間抜けじゃない。
 つっても、幾つかの情報しか持ってないんだけどな。
 名前……確認されている所属忍軍……首領の名前……そんなトコロだ。
 俺の敵。
『楯岡』の……的。
 はっきりした目的も解ってないが、手段は知っている。
 各地の忍軍の長を配下に収めて、裏で政治家を掌握。
 そして……多分……この国を……操ろうとしている。
 それがあいつ等にとって、どんなメリットが有るのかは知らんが。
 忍者なんて所詮、影でしか生きられないのだ。
 普通の企業に就職した百地筋も、いわれの無い解雇を受けたと聞いたことが有る。
 一般人にしてみれば、得体の知れない存在だ。
 一部のマンガで描写されてるよーな、超能力じみた技使いなど居ないと言うのに……。
 ………って、レイナは……いわゆる超能力者なのか……。
 あまりにもトボケた薄胸だから、今まで忘れてたぜ。
 もしかしたらご先祖様の中には、超能力なんか使ったりする人材も居たのかもしれないな。
 俺のどんぐりまなこで確認してしまった今、小説家や漫画家ばかり責める事も出来ない。

「何故貴様が俺のことをちゃん付けで呼ぶのに、俺が貴様を敬称で呼ばなくてはいけないんだ?」
「俺のほうが強いから♪」
「………それは『楯岡』だった時の話しだろう?」

 ………それも忘れてた。
 後ろでは静流が、真っ裸の緋那に服を着せようとしている。
 緋那の服は見つからないらしく、静流が羽織っていたジャンパーを着せようと悪戦苦闘だ。
 俺としても、早めに服を着せてくれないと……。
 また今夜も寝不足になってしまう。

「『楯岡』だろうが伊賀崎だろうが……。俺の強さと恰好良さ。優しさと孤独に生きるハードボイルドなソウル
 は変わらないさ……」
「……良く解らんな」

 俺も。
 が、それにしてもだ……。
 随分とよゆーでくっちゃべってるじゃねーか、朋ちゃん。
 そろそろ出血多量で、動けなくなってもよい頃なんだけど………しまった!
 ………大失態。
 まさか……そんな事が……。
 予想すべきだった……。
 俺は朋ちゃんの事を、トークで時間稼ぎして動きを封じようと思っていた。
 先ほどの戦いの出血なら、そんなに時間は掛からないと踏んで、だ。
 戦闘中にも関わらず、下らない話しに付き合ったのはその為だ。
 あと、下らない話しが大好きだって理由も無い事も無い。
 が、しかし……。

「……気付いた、かい?」
「ああ。パワー馬鹿だと思ってたが、知恵も少しは有るんだな。やられたぜ」

 思わず苦い笑いが浮かんでくる。
 それは馬鹿呼ばわりされた朋ちゃんも一緒だったらしく、渋い笑みを浮かべた。

「力だけじゃ、藤林の長は務まらないんだぜ」
「そんなもんかね」

 さっきまでドクドクと血が流れていたはずの、朋ちゃんの傷口。
 そこからの……出血はもう無かった。
 頭の中に、海岸での戦闘が甦る。
 俺や静流の攻撃を食らって尚、姿を消す事の出来た忍び。

「うちの軍師特製の陰忍だ。これほど回復に手間取るとは思わなかったけどな。さすが『楯岡』と言うべきか
 ……」
「誉めてくれて、どーもありがとう♪でも、楯岡って呼ぶなと言うのを忘れてるので、思いっきりぶっ飛ばしま
 す!」

 回復のために、下らないトークを繰り広げた、と。
 引っかかったのは俺のほうだったらしい。
 本当なら、出血多量で動けなくなった朋ちゃんを見下して、思いっきり高笑いしてやろーと思ってたのに。
 今笑っとくか?
 唐突に。

「そりゃ悪かったな、伊賀崎」
「今更思い出しても遅いので、思いっきりぶっ飛ばします!」

 別に敬語になる必要はねーんだけどよ。
 それにしても……参ったなぁ。
 朋ちゃんはヒットポイントを回復してる。
 俺は持っている装備を、『呪い』で使えなくなってるし。
 なんか呪文とかあったかな?
 最近のRPG……やってないんだよな。
 喉から手が出るほど欲しいゲーム、有るんだよなぁ。

「緋那ぁ!大人しくしてぇ!」
「うにゃ〜ぅ」

 ………静流はあてに出来ないしなぁ。
 つーか、『呪い』の原因だし。

「緋那チャン!大人シく、イッショにお風呂、はいリまショウ♪」

 いや、最初からあてにしてない。
 つーか、緊張感を削ぐのだけは止めてくれ。

「さあ、伊賀崎。最後の一本……どうする?」
「取り敢えず……全力でお前に飛針(とばり)をぶち込む!」
「……ほう。どうやって?」

 それは今から考える。
 あ、そうそう。

「その前に、一つ聞かしてくれ。冥土の土産の先渡しだ」

 ………どう出る?
 朋ちゃんは少し考えた後……。

「言ってみな」

 ときたもんだ。
 なるほど……。
 完全回復までには、もーすこし時間が掛かるのか。
 静流が登場してから、約五分。
 五分であの傷が……ほとんど無敵だな。
 ゾンビと言っても良い。
 ……そう言えば、ゾンビでゆーめーなゲームの続編も……出てるんだよな。
 所持金は五万円……。
 ま、それはともかく。

「緋那を操ってる陰忍の効果は、いつ切れる?」
「………随分と、大胆な事を聞く奴だな」
「俺のチャームポイントだ」
「……ふっ」

 あ、また鼻で笑いやがった。
 気分悪っ!

「そうだな……。ガスの状態で摂取したんで……五、六時間ってところだろう」
「………なるほど。しかし、お前と同じ陰忍を使われたわりには、効果がずいぶんと違うんじゃねぇのか?」
「………なに?」

 朋ちゃんの眉間がピクリと動いた。
 正解、か。
 んでも……顔に出すとは……忍者失格だ。

「お前が使ってる陰忍。緋那が使われた陰忍。海岸で俺達を陽動で襲ってきた忍軍の使っていた陰忍。全
 て同一だと見たが、違うのか?」

 俺の話しに耳を傾けながらも、朋ちゃんは拳を握ったり開いたりしている。
 身体の感覚を確かめているのだろう。
 足の筋肉もピキピキしているところを見ると……戻ってきてるな。
 破壊意識。
 意欲や衝動なんかじゃない。
 破壊のためだけの……意識が。

「……見事な推測だ。さすが『楯岡』」
「……ぶっ飛ばす」

 何回言ったら解るんだ!
『楯岡』って呼ぶな!

「確かに全て同一の陰忍。『影落し』だ。うちの軍師、藤堂(とうどう)特製の、な」

 ………まぢっスか?
 藤堂って……藤堂藩忍軍のことっスか?
 随分と大物ばっかり引きこんでるじゃねーか。
 藤林、藤堂、そして……望月。
 この地に来たのも、百地を取りこむためか?
 それとも、『楯岡』を潰すためか……。
 だが……レイナもターゲット……。
 解らん。

「それにしちゃ効果が違うじゃねーか。緋那や海岸の忍軍は操られてる雰囲気たっぷりなのに……」
「摂取濃度の違いだな」
「……は?」

 摂取した被術者の濃度の違いによって、発現効果が違うのか?
 おそらく……『影落し』とかって陰忍は、回復効果と、気配消去効果がメインなんだろう。
 副産物として、摂取濃度の濃い人間は、術者に操られてしまう、と。
 どっちの効果を最初に狙ってたかは知らんが。
 だが……俺はそんな陰忍、知らない。
『楯岡』の知らぬ陰忍……。
 やはり……何かが動き出してる。

「……さて。おしゃべりはもう終わりだ」
「あれ?もう、回復しきっちゃった?」
「………」

 微かに朋ちゃんの喉が隆起した。 
 面白いほど朋ちゃんの考えてる事が解る。

「知ってて……話しを続けていたのか……。随分とお優しいことだ」
「だから言ったろ。俺は優しいって♪」

 本当に優しい人間は、自分では言わないけどな。
 それに、俺の目的はあくまで情報を引き出す事に有る。
 人間ってのは自分が有利だと思うと、口が軽くなる習性が有るから。
 ましてや、相手を手玉に取っていると思っているときは尚更だ。
 さっきの俺がそうだった。
 だが……待ってたのはお前だけじゃないんだぜ、朋ちゃん。

「にゃぁん!」
「……や、やっと……」

 背後では静流がホッとする気配。
 やっとだな、静流。
 待ちかねたぜ。
 俺は瞬時に頭の中で計算を始めた。
 朋ちゃんの傷が治った時間。
 緋那が俺の当身から復活した時間。
 それらを総合的に考え、適当にパワーを捻出する。
 アバウトさは俺の売りだ。

「行くぞ、最後の一本!」
「承知したくない!」
「………な、なに?」

 朋ちゃんの呆れ顔をスルーして、一気に後方に飛ぶ。
 目指すは……緋那と静流だ。

「にゃ?」
「あっ。と、とら。事情を説明してよ!」

 そんな暇はねー。
 静流は緋那の襟元に手を当てて、ジッパーを上げているところだった。
 ビジュアル的には、不良少女がカツアゲしてる風に見えない事も無い。
 服を着せられ、少し嫌そうな顔をしている緋那の……延髄に一撃!

「にぃ……………」

 緋那は膝から崩れ落ちた。
 一瞬白目に成って、ちょっと怖い。
 別にイラついて緋那を昏倒させたわけではない。
 また邪魔されると、イラつくからだ。

「て、手加減ナしでス……悪魔のしょゾーン!」

 誰が悪魔だ。
 ……つーか、レイナ……なんでお前は転がってるんだ?
 緋那とレイナは、寄りそう形で地面に寝転がっている。
 どこかの死体置き場みたいな感じで、非常に怖い。

「な、なにしてん……」
「手短に事情を話す!!!」

 静流の鼻に食いつきそうなくらいに、顔を近づけて怒鳴った。
 気勢を削がれた静流が、少し吊り目の瞳を丸くする。

「な、何よ……?」
「緋那は操られてる。操ってんのは、あそこに居るスキンヘッ……」

 最後まで言わずに、静流の腰に手を回して横っ飛び!
 さっきまで俺達が立っていた地点を、鋼線で繋がった竜登(りゅうと)が薙いで行く。
 突きじゃなくて、薙ぎとは……。
 俺と一緒に静流まで屠るつもりか?

「きゃぁ!?」

 なかなか可愛い声、出すじゃねーか。
 地面に転がりながらも、なんとか静流の胸に顔をうずめる事に成功した。
 ああ、良い感触♪
 さらさらしたTシャツの感触と、プニプニした乳の感触がたまらない。
 やっぱ、このくらいボリューム有る方が好きだな、俺。
 ここ何時間か、薄胸だの貧乳だの見過ぎて、危うく道を踏み外しそーに成った
 自分を、ようやく取り戻せた気がする。

「と、とら?」
「逃げろ、静流。緋那を連れて逃げてくれ!」
 
 胸の谷間から、真剣な眼差しで静流の顔を覗き込む。
 こーゆー時は、やましさを一瞬でも浮かべては駄目だ。
 追い詰められた表情で、懇願するよーに。

「と、とら……」
「あいつは強い。全員無事で居られるかどうか解らん!」

 ぶっちゃけ、お前が居ると全力で戦えないんだ。
 非常に邪魔。

「だから……逃げろ。逃げてくれ!」

 俺の台詞で静流の胸が隆起する。
 ああっ………楽しい♪

「昨日会ったばかりとはいえ、緋那は……家族なんだ」

 そろそろ朋ちゃん、竜登(りゅうと)の回収作業も終わるか?
 乳の感触を楽しめる時間は、残り少ないな。

「レイナも……緋那も…………お前も、失いたくない」
「とら……」

 静流の思いつめた表情。
 ………乳の感触なんか楽しんで……ゴメンな、静流。

「逃げろ!」

 俺は静流の胸の谷間から脱出して、朋ちゃんにダッシュ!

「とらぁ!」

 そんな切なく叫ぶなよ。
 後からまた、胸に顔を埋めてやるから♪
 ……生き残れたらな。














                    第九話   『禁破りの飛針(とばり)












「けぇぇぇ!」

 俺が立ちあがった瞬間、竜登(りゅうと)が分裂して襲ってきた。
 ナイスタイミングだったな。
 間合いを大きく(かわ)して、苦無(くない)を投げ付ける!

「甘いぞ、伊賀崎!」

 お、きちんと伊賀崎って呼んでくれるんだな。
 律儀な奴。
 とはいえ、何故朋ちゃんが俺の願いを聞いて、伊賀崎って呼ぶのかは解っているつもりだ。
 答えは簡単。
 俺を『楯岡』だってばらせば、俺の今後の生活に支障は出るが、今の戦闘状態での足枷が無くなるから
 だ。
 今を生き残り、あわよくば俺を倒そうとしている朋ちゃんにとって、俺の今後への嫌がらせをする意味は無
 い。
 足枷は外せないからこそ意味が有る。

「だぁ!」

 朋ちゃんは素手で苦無(くない)を弾いた。

「せぁぁ!」

 (かわ)した筈の竜登(りゅうと)が背後から襲ってきた。
 お得意の追尾弾だな。
 しかし……軌道は読めてる。
 俺は横に飛ぼうとして……。
 キィィィン……。
 背後で金属音?
 竜登(りゅうと)の殺意が消えた……?
 俺は思わず後ろを見る。
 そこには……。
 折り畳み式の薙刀……扇筒(せんとう)を下段に構えた……静流が立っていた。
 双眸に浮かんだ怒り。
 凛とした表情。
 一度も見たことが無い。
 俺の知らない静流が……そこに居た。

「………百地流。百地静流」

 静流は静かに呟いた。
 俺の見たことの無い……凛とした表情。
 思わず口をぽかーんと開けて、見詰めてしまう。
 か……………。
 かっくいー♪

「名乗れ、下郎!」

 おいおい……。
 だ、誰だ、これ?
 お前は本当に、セクハラ被害担当の静流ちゃんなのか?

「これは失礼。………ふん!」

 朋ちゃんは打ち落とされた竜登(りゅうと)を、鋼線を使って引き戻す。
 ビデオの巻き戻しみたいな動きで、たやすく竜登(りゅうと)が両腕に収まった。

「初めて御目に掛かります、百地殿。自分は藤林流、頭領。藤林朋蔵と申す者」

 朋ちゃんは胸前に竜登(りゅうと)を構えて、一礼。
 おいおいおいおい。
 何で自己紹介してんだよ!

「藤……林?」

 静流のキツイ瞳が、ぴくりと吊り上がる。
 こ、怖っ!

「これは失礼。だが何故藤林の長とも在ろう御方が、この様な蛮行を?」
「我が信念の為……也」
「そしてボクが、伊賀崎の大河ちゃんです♪」

 ………………。
 一瞬俺の方を向いた二人だったが、表情を変えずに、すぐ対峙する。
 寒っ!
 ものごっつ寒っ!

「………そうですか。しかし私も、この者達を渡す訳には行きません」
「如何なる手管を用いても、任を果たすのが忍び」

 ………置いてけ堀な俺。
 どーでもいいけどさ〜。
 その口調、止めようぜ〜。
 辛いんだよ。
 笑いを堪えたり、脳内で漢字変換したりすんのさ〜。
 俺、絶対にそんな喋り方……しないでゴザル。

「ならば……」
「御止めなされるか、百地殿!」

 静流と朋ちゃんが、間合いを詰めた。
 ………って、本当に俺、置いてけ堀かよ!

「はぁぁぁ!」
「せりゃゃぁぁ!」

 竜登(りゅうと)を両手で保持して、朋ちゃんが刺突!
 静流がそれを扇筒(せんとう)で流した。

「あぁ!」

 流した動きをそのまま、振り下ろしに変える。

「だぁ!」

 朋ちゃんが竜登(りゅうと)の柄で受け止めた。
 扇筒(せんとう)の刃は、柄に食いこむことなく弾かれる。
 ………このまま、観戦してよっかな?

「セィ!セィ!セィ!」

 静流が連続刺突。
 朋ちゃんも竜登(りゅうと)で受け流す。
 細かいテクも、出来るじゃん。

「はぁ!」
 
 おっ?
 静流が上中段に意識を集中させている。
 これは……俺が何度と無く泣きそうに成った技。
 いてーんだ、あれが。
 解ってても(かわ)し辛いし。

「あぁ!」

 静流の握る扇筒(せんとう)が、大きな弧を描いた。
 薄めの刃渡りが朋ちゃんの脛を狙う!

「がぁ!?」

 朋ちゃんは竜登(りゅうと)を地面に突き刺して、静流の刃を防いだ。
 が、しかし……。

「せぇ!」

 静流はそのまま扇筒(せんとう)の柄を垂直に押して、握底部での突き!

「くっ!」

 朋ちゃんが頭をスライドして(かわ)す。
 薙刀の刃の付いていない方での打撃とはいえ、静流の力で打たれたら眉間くらいは、簡単に陥没するか
 らな。
 だが、(かわ)す動作で体勢が崩れる。
 そしてそれが……静流の目的だった!

「はあぁぁ!」

 一歩踏み込んで、自分の足で朋ちゃんの重心を崩す。
 長めのスカートから白い脚が見えたと同時に……。

「だぁ!」

 ………獣のような咆哮。
 そして……体を沈めこみながらの肘打ち!

「ぐぁ!?」

 体勢が崩れていた所に、みぞおちへの肘打ちを食らったんだ。
 朋ちゃんが腹を抱えるように、身体を折り曲げた。
 百地流長刀術『女郎花(おみなめし)』。
 脛と眉間を同時に狙っておきながら、体を預けての肘打ち。
 俺も何度と無く食らった、卑怯極まりない技だ。
 あーいったフェイントを積み重ねる技は、初見では(かわ)し辛い。
 初見で無くとも、フェイントから別のフェイントに繋いだりして、非常にやり辛いのが特徴だ。
 きたねー技。
 使う人間の気が知れんよ、まったく。

「はぁぁ!」

 くの字に曲がった朋ちゃんの頭を狙って、扇筒(せんとう)を斬り上げる!
 え、えぐい……。
 が……。
 顔を起こした朋ちゃんの頬は、少し膨らんでいた。

「ふっ!」

 それが一気にしぼむ。
 お得意の含み針……か。

「くっ?!」

 静流の斬り上げが止まった。
 身体をスライドして、飛来した含み針を(かわ)す。

「ぜやぁ!」

 一瞬の隙を見逃さずに、竜登(りゅうと)での突き!

「!?」

 静流は声も出さず、軽やかに飛び退いた。
 長めのスカートから、白いパンツが見える。
 ……今日のは、俺好みだな。
 一気に後方に跳躍した静流。
 ほとんど音もさせずに、俺の前に着地した。
 昔と違って、動きに優雅さが出てきている。
 体重が軽い分、しなやかな動きと速度で破壊力を補う術を身に付けているんだろう。
 俺が居ない間にも、しっかり訓練とかしてたみたいだな。
 うむ、感心感心♪

「………ちょっと、とら?」
「へ?」
「へ? ……じゃないわよ!なんで見物してるの?」

 振り向いた静流の瞳が、きつく吊りあがっている。
 う〜ん。
 いじめたい。

「一緒に戦いなさいよ!」
「いや……勇ましい静流ちゃんに気圧されてな」

 ちゃん付けで呼ばれた静流が、あからさまに嫌そうな顔をする。

「しのごの言ってないで!」

 しかも怒られた。

共打(ともう)ち。覚えてるでしょ?」
「まあ……なんとかな」

 共打ちってーのは、いわゆるタッグコンビネーションのことだ。
 俺は『百地』ではないが『百地』の仕事をすることの多い『伊賀崎』なので、当然のよーに訓練させられた。

「あいつ……強いよ。流石は藤林ってところね」

 静流の瞳が光った。
 真剣な眼差し。
 お前も……流石だよ。
 流石『百地』。

「どうして藤林ととらが戦ってるか……藤林が緋那とレイナさんを狙ってるか……知らないけど、さ」

 少しだけ寂しそうな目。
 だけど一瞬で憂いを消し去る。
 強くなったんだな、静流。
 俺が居ない間にも……強くなったんだな。

「取り敢えずは……勝とう。それから……聞かせてね♪」
「ああ!」

 俺は拳を握り締めた。
 今の俺は『楯岡』じゃないけど。
『楯岡』の俺よりは……弱い俺だけど。
 お前に話せない事……話したい事……沢山あったりもする。
 だけど……伝えられないから。

「行くぞ、静流!」
「うん♪」

 二人で。










「ぜぁぁ!」

 朋ちゃんと俺との距離は至近!
 俺の後ろに静流。
 何度と無く繰り返してきた動き。
 小さい頃、お互いに泣きながら身体に叩き込んできた。
 一つ一つを思い出す。
 身体を屈めての薙ぎ蹴り!
 中国拳法でいう、後掃腿(こうそうたい)に近い蹴りだ。

「ふん!」

 朋ちゃんが飛んで(かわ)した。

「はぁぁ!」

 そこへ静流の刺突(しとつ)

「つっ!?」

 竜登(りゅうと)で防御したものの、朋ちゃんの表情が伝わった衝撃で歪む。
 いかに再生する肉体を持っていようとも、その他は普通の忍者と変わらないとみえる。
 忍者に普通が居たらの話しだが。

「がっ!」

 気合い一線!
 俺は伸び上がりながら、朋ちゃんの足元をくぐった。
 背中で朋ちゃんの足の裏を押して、空中でのバランスを崩す。

「と、と」

 流石。
 体勢を大きく崩しながらも、何とか着地出来たよーだ。
 が、そこは地獄。

「はぁぁ!!!」

 頭上で扇筒(せんとう)を旋回させての斬り下ろし!

「!?」

 ガキィ!
 静流も殺すつもりは無かったのだろう。
 峰での斬り下ろしだからな。
 斬り下ろしの速度も、『本気』のときよりは少しだけ遅い。

「ぐぅ……」

 それでも、竜登(りゅうと)で防いだ朋ちゃんは中々だ。
 あの崩れた体勢で防げるとはな。
 が、しかし……。

「だぁぁぁぁ!」
「ぐぼっ!?」

 俺の後ろ回し蹴りが、朋ちゃんの無防備な脇腹にヒット!

「だっはぁ!?」

 ワイヤーで引っ張られたかのごとく、朋ちゃんが飛んでゆく。
 俺達の数m先に落ちたかと思うと、ごろごろと転がった。

「…………」
「ふっ」

 静流と一瞬目を合わす。
 共打ちの稽古は、多くの『百地』系忍者が参加する。
 ゆえに色々な組み合わせで行なわれるが……。

「いくわよ、とら」
「応」

 俺と静流のコンビが、一番強く、一番速かった。









 

  俺と静流は前後に並んで走り出す。
 俺が前、静流が後ろ。
 得物の有効距離からいって、それがベストポジションなのだ。
 俺が敵の防御を外して、静流が撃つ。
『百地』だからかばってるって意味合いは、あんまり無い。
 通常、『百地』が一番強いのだから。
『百地』の持つ陰忍、それの記された萬川集海(ばんせんしゅうかい)という名の秘忍書の威力は、それほど凄まじいのだ。

「くっ……」

 なんとか体勢を立て直した朋ちゃんだったが、肩で息をしている。
 成る程……。
 再生出来るのは肉体だけで、体力は無理か。
 もしかしたら失った血液や身体の各所も、再生不可かもしれないな。
 しかし……海辺で戦った忍軍の中の一人が見せたという、落ちた手首だけを動かした技の例もある。
 あれが朋ちゃんの言う『影落し』の効果かどうか解らない今……早合点は禁物だ。
 推測行動は、裏切られたときに一瞬の隙を生む。

「……くっ!」

 朋ちゃんが浴衣の懐に手を入れた。
 投げ物か?

「せぇ!」
「ふん!」

 ほとんど0距離で、朋ちゃんの投げた十字手裏剣を弾く。
 随分アナクロなもの、持ってるじゃねーか。
 現代の主流の投げ物は、苦無(くない)か棒手裏剣だ。
 飛針(とばり)なんかも携帯しやすいため、そこそこ普及している。
 俺の使う『楯岡』特製の飛針(とばり)は、扱いが凄く難しいがな。
 なにせ……雨に濡れたりすると、火達磨になる恐れが有るからだ。
 水分と結合して発火するのも良し悪しだぜ。

「はぁぁぁ!」

 へ!?
 背後で、尋常ならざる殺気?
 思わず身体を丸めて飛びあがる。

「ぜぇ!」

 朋ちゃんはチャンスだと思ったのだろう。
 一瞬宙に浮かんでる俺目掛けて、竜登(りゅうと)での突き!
 が、俺の足の下を、扇筒(せんとう)の刃が通り過ぎた。
 ザスッ!

「がっ……」

 鈍い音を立てて静流の扇筒(せんとう)が、容易く朋ちゃんの脛を切り裂いた。いたそ〜。
 つーか、痛いだろう。
 筋肉繊維の少ない場所だからな。
 エグイ場所、狙うんだね、静流ちゃん♪

「だぁ!」

 一瞬動きを止めた竜登(りゅうと)ごと、朋ちゃんの顔面を蹴る。

「ぐふっ」

 仰け反った朋ちゃんを……。

「はぁぁぁ!!!」

 半回転させた扇筒(せんとう)握底部での突き!

「ぐっぉ……」

 俺達の流れるようなコンビネーション。
 身体を丸めて着地し空いたスペースを、静流の刺突が襲ったのだ
 俺も静流も、まだ忘れていなかったらしい。
 普通の敵なら、この辺りでフィニッシュだ。
 だが……敵は朋ちゃん。
『藤林』の長なのだ。

「だぁぁぁ!」

 扇筒(せんとう)での突きを食らいながらも、片手で竜登(りゅうと)の柄を振り下ろした。
 身体を丸めて着地した俺の背中に!?
 あ〜。
 (かわ)せねぇ。
 痛いだろうが……俺に一撃くれてる間に、静流が止めを刺してくれるだろう。
 願わくば、二度と動けないくらいのキッツイ止めを……。
 ガキィ!

「……な?」

 うめいたのは、朋ちゃんでも静流でもなく……俺だった。
 背中に竜登(りゅうと)が着弾する前に、静流が扇筒(せんとう)で弾いたのだ。
 馬鹿が!

「はぁ!」
「……っく!?」

 朋ちゃんの狙い通り、静流は無防備だった。
 そこへ朋ちゃんの、正拳!
 肩を出して、防御したものの……。
 体重差で、容易く静流が吹き飛んだ。

「きゃぁ!?」

 その衝撃に、思わず扇筒(せんとう)を落してしまう。
 ………俺の目の前に、扇筒(せんとう)の刃渡りが突き刺さる。
 あぶねぇっつーの。

「………!」

 身体を丸めたままで、朋ちゃんの膝へ地擦り蹴り!
 地面と水平に出した蹴りの反動を利用して、朋ちゃんの制空圏から離脱する。
 転がりながら静流の元へ。
 丁度七回転して辿り着く。

「と、とら……」

 静流は肩を押さえながら、膝を着いていた。
 痛そうな表情を隠し、俺を情けなく見上げる。
 なんとなく……怒りが込み上げる。
 コイツをいじめて良いのは……俺だけなのだ。

「馬鹿が……」

 俺の背中を襲った打撃が、死に直結するかどうか解らないお前でもないだろうに……。

「だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 正面から、尋常じゃない殺気!?
 朋ちゃんの竜登(りゅうと)
 俺と静流の延長線上だ。
 しかも……。

「ああ!」

 

 底部の鋼線を振動させての、分裂弾。



 迫る大鹿の大群。



 (かわ)せない。



 俺が(かわ)しても……静流に着弾するから。



 静流を抱いて飛び退く事も……不可能。



 そんな時間は……無い。



 俺は静かに目を閉じた。



 (かわ)せない……。



 逃げられない……。



 ならば……。


 
 右腕を広げる。



 (みさご)の装着された右腕。



 竜登(りゅうと)を迎えるように。




「……………………………!」




 ドッ…………。



 竜登(りゅうと)が俺の胸に着弾。



 丁度、身体の中心線だ。



 幾つもの角に見えても、実体は一つ。



 俺の身体に突き刺さる竜登(りゅうと)は、一つなのだ。



 mm単位で、竜登(りゅうと)が食い込んで行く。



 角は一つ……。



 あと少しで、胸骨が折れる。



 所詮は……一つ。


 
 伝わった衝撃で、肋骨も折れるだろう。




 心臓や肺を潰すのも、一瞬だ。




 一つならば……。


 


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」





 弾ける!


















  もう既に辺りは暗かった。
 とはいえ、忍者にとってこの程度は闇に入らない。
 まだ夕日の残り陽が、ほんのちょっと照らしてくれているから。
 一瞬、(みさご)竜登(りゅうと)が交差した火花も上がったしな。
 別の……青白い炎も見えたが。
 静流ちゃんの吊りあがった瞳が、確認してないことを切に祈る。

「……………つっ………」
「と、とらぁ!?」

 静流の叫びが、軋んだ胸骨に響く。
 頼むから……大声出さないで下さい♪
 すっげっぇ痛いんだ、今。

「ぐっ……………」

 俺の前方で、朋ちゃんが膝を着いた。
 竜登(りゅうと)は俺の脇に落ちている。
 俺の胸骨を凹ませた竜登(りゅうと)
 思わず俺も膝を着く。
 俺と朋ちゃんの視線が合った。

「……ま……まさか、そんな手で来るとはな」
「すげぇ……だろ♪」

 右目を押さえながら、朋ちゃんが笑った。
 指の間から赤いものが溢れている。
 どす黒い……鮮血が。

「……ああ。流石……」
「それ以上言うと……ぶっと……ばすぞ♪」

 静流の前で『楯岡』とか言うんじゃねー。

「使わない……使えないんじゃなかったの……か?」

 悪かったな、嘘吐きでよ。
 とはいえ……思わず『楯岡』の技を使ってしまったのは事実だ。
 身体に着弾した武器を、一瞬で弾く。
 腕を広げ得物を向かい打つ動作の中で、『楯岡』の飛針(とばり)……雀鷂(つみ)を放つ。
『楯岡』流、(ふくろう)
 言うのは簡単だが、全ての感覚を研ぎ澄まさねばこの技は成功しない。
 俺も成功したのは初めてだ。
 本来なら的の中心線に撃ちこみたかったのだが……。
 竜登(りゅうと)の衝撃で、軌道が外れてしまったのだ。
 未練たらしく狙っていたら、俺の胸は潰されていただろう。
 ま、おかげで朋ちゃんの右目を吹き飛ばせたので、結果おーらい♪
 どうせ結果おーらいなら、頭蓋の中で燃えてくれれば良かったのに。
 着弾軌道が斜めのために、眼球を吹き飛ばしただけに留まってしまった。

「卑怯……者……が」
「うるせ〜。多賀音(たがね)の禁を破るような奴に言われたくねぇ!」
「………俺は破ってないぞ」

 どう言う意味だ?
 緋那をさらって、レイナを誘き出す。
 これが破ってなくて、何が多賀音の禁……。

「多賀音の禁ってのは……忍者をさらう事だろ? 俺がさらったのは……一般人だからな」
「そんな屁理屈、通るか!」

 胸の痛みを堪えながら、なんとか突っ込んだ。
 とはいえ、微妙に納得。
 要は自分が納得できる理由を作ってやれば、禁は禁で無くなる。
 俺も、親父に聞かれたときの言い訳……考えなくちゃな。
 上手い言い訳考えねば……抹殺されるまである。
 禁破りの飛針(とばり)の訳を。

「ふっ……」

 あ、また鼻で笑いやがった。
 気分、悪っ!

「お前……面白い。面白いぞ」
「そりゃどーも」
「お前は……俺の獲物だ。誰にも……殺されるな。俺が……殺すのだから」
「それは遠慮………つーか、逃げんの? と・も・ちゃん♪」

 取り敢えず、家に帰ったときが一番危ないな、俺の命。
 万全を期すためには、ここに居る全員を抹殺する事だが……。
 それでは俺は、ただの大量殺人犯に成ってしまう。
 一応俺は主人公のつもりなのだ。
 なんの主人公かは解らんが。

「……ああ。まだ食らい足りないが……もう身体が動かなくなる。今日は……血を流しすぎた」

 それは俺も一緒なのだ。
 全身を貫いてる衝撃で、これ以上戦えそうに無い。
 静流一人を戦わせるわけにはいかないしな。

「………次会うときは……必ず食らい尽くす!」

 そういうと朋ちゃんは、懐に手を突っ込んだ。
 瞬時に白煙が朋ちゃんを包み込む。
 その白煙が……四散!
 気配が……掴めない。
『影落し』とかって陰忍……か。
 俺にも教えてくれないかね。

「……きえ……た?」

 静流の感想も、もっともだ。
 静流……『百地』でさえ掴めない、気配。
 気配を完璧に消し去るなど、本来は有り得ないのだ。
 やっかいな……陰忍だな。
 そして……辺りに静寂が戻る。
 今まで声をひそめていた鳥たちが、少しずつ鳴き始めた。
 闇が迫っているので、すぐに鳴き止むだろう。
 俺の知っている空間が戻ってくる。
 懐かしい……雰囲気。
 ここも、俺の帰って来たかった場所の……一つ。







「おっ……と」

 戦いの空気が薄れ、地面に着いた膝からいきなり力が抜ける。

「とら!」

 俺の後ろに立っていた静流目掛けて倒れこむ。
 勿論目的は静流の胸だ。
 リフレッシュ。

「……大丈夫?」
「ああ……なんとかな」

 この時のポイントは、一点の曇りも無き澄んだ瞳。
 やましさとかヤラしさとか浮かべては駄目です。

「馬鹿……」

 な、なんだと!
 俺はエロかも知れんが、馬鹿じゃない!
 ………と、思いたい。

「あたしの事……かばうからだよ」
「別にかばった訳じゃねー」

 じゃあなんでかと尋ねられても、答えを出す事は出来ない。
 俺自身も何でか解らないからだ。
 まあ、気まぐれだろう。
 静流の視界を塞いで、『楯岡』の技を使いたかったって意味合いも無いことは無い。

「………ホント……馬鹿なんだから」

 俺を抱きしめる腕に、優しい力が篭る。
 フカフカプニプニした物の中に顔がうずまって、苦しいやら嬉しいやら♪
 Tシャツの感触も、心地良い。

「お前こそ……さっきの共打ちのとき、俺のことかばったじゃねーか」
「あ、あれは……」
 
 おお!
 俺の言葉で、静流の乳が振動してる♪
 た……楽しい♪

「あんとき決めてれば、俺もこんな痛い思いをしなくて済んだのによ」

 もっと酷い怪我をしたかも知れんが。
 あの背中を向けた状況での、突き下ろしだからな。
 いかに握底部での打撃とはいえ……朋ちゃんの力だったら、背骨の一本や二本折れても不思議じゃな
 い。
 背骨が二本有ったとしたらだが。

「だ……だって……」
「ま、いいさ。結果的に……誰も死なずに済んだんだ」
「………そう言えばさ」
「ん?」

 俺が静流の胸の感触を楽しんでいる事がばれたか?

「どうして……逃げたんだろうね……藤林」
「目にごみでも入ったんじゃねーの?」
「でも……血……流してたよ?」
「アノ日だろ?」

 ゴキッ!

「いてぇな、お前! 怪我人には優しくしやがれ!」
「くだらない事、言うからでしょ!」

 普通、女の子の突っ込みなら、『こん』とか『ポカッ』とかだろ。
 何処の世界に、そんな鈍い音を立てる突っ込みを放つヒロインが居るってんだ!
 ………………………………………へ?
 だ、誰が………………………ひ、ひろいん?

「………ど、どうしたの?」
「な、なにがですか――――――!」
「顔……赤いよ?」

 くっ!
 ポーカーフェイスは、忍者の基本。
 ポーカーフェイスは、忍者の基本。
 ポーカーフェイスは、忍者の基本。
 ………落ち着いたな、俺?
 大丈夫だな、俺?
 3回唱えたから大丈夫。

「そりゃあ、その、それ、まったくもって、あれだ、ほら」

 全然大丈夫じゃない。

「……どれよ?」
「ふかふかした乳の感触に、思わず照れたんだ」

 照れた事をばらしてどーする。

「……ばか!」

 思わず身構える。
 これ以上殴られたら、本当に馬鹿になってしまう。
 だが……俺の予想の打撃は来なかった。

「かわらないね……とらは……」

 ぎゅっと抱きしめられる。
 暖かい感触。
 おふくろや茉璃ねーさんとも違う。

「お前も……な」

 身体のサイズは変わってるが、それは言わない方がいい気がした。
 また殴られるからだ。

「………どうして……変わっちゃうんだろうね?」

 ………?

「居なくなっちゃった人……抜けた人……変わっちゃう場所……」

 抜けた……か。
 それが『藤林』のことを差しているのか、茉璃ねーさんの事を差しているのかは解らない。

「………どうして?」
「知るか」

 俺の方が聞きたいくらいだ。
 俺の帰って来たかった場所。
 そこは変わっていた。
 おふくろは死に。
 トボケた改装された家。
 知らない間に姉妹が増え。
 薄胸の超能力者は泊まり。
 幼馴染は乳がでかくなっている。
 変わり過ぎだ。

「…………ふふっ」
「……なに笑ってやがる」
「………とらは変わらないなって♪」
「失礼な女だ」

 色々変わったんだぜ、俺。
 取り敢えず……何処がと聞かれても、答える事は出来ないが。
 だが……変わらない事もある。
 変わるのだって、悪い事ばかりじゃない。
 変わらなきゃいいなってのは、ただの感傷なのだろう。
 いつでも……どこでも……動いている。
 何かが……何かが動いている。

「……帰るか」

 転がってる薄胸二人も、きちんと回収してな。
 忘れては、なにしに来たか解らない。
 取り敢えず、今日は疲れた。
 帰って……親父に報告しなくちゃな。

「うん♪」

 静流が立ちあがった。
 乳にしがみついていた俺は、情けなく倒れる。
 ……遥か横には、ぶっ倒れてる緋那とレイナだ。
 死体が三つ並んだみたいで、非常にヤな感じ。

「とら……」

 ん?
 静流が俺を見下ろしている。
 なんか……気分悪っ………と、思ったが、白いパンツが見えたので、機嫌は直しておこう。

「おかえりなさい♪」

 俺を見下ろす静流が手を差し伸べる。
 その手が………なんか………。
 ………………………。
 ……………………。
 ………。
 ……照れるじゃねーか。

「ああ。………ただいま、静流」
「うん♪」










END






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