「あ〜……」

 だらしなく口など開けて、森の空気を肺に取り込む。
 ………いてぇ。
 朋ちゃんに食らった、竜登(りゅうと)の跡がいてぇ。
 (みさご)で跳ね飛ばしたとはいえ、技の何割かの破壊力は俺に伝わっているのだ。
 竜登(りゅうと)を二回も叩き落したので、右腕も痛い。
 拳は今ごろ腫れてきていた。
 しかし……失敗してたら、死んでたな。
 成功する確証なんか、全く無かったが……成功して良かった♪
 おかげで、こうして………。

「あ〜〜〜〜〜………」

 温泉と……満天の星空を楽しめる。
 故郷の星空。

 











                       第一部    フィナーレ










                        第十話   『休日』














  親父に報告が終わって、みんなが寝静まった頃、俺は一人で温泉に入りに来ていた。
 夕刻戦ったばかりの温泉に。
 時間は、もうすぐ次の日になる頃だろうか?
 家庭用の風呂にも入ったのだが、なんとなくここに入りたくて来てしまった。
 実は緋那が入ってるとき……羨ましかったんだよな。
 しかし……今日でまだ二日目、か。
 この地に……喰代に帰ってきてから。
 なんか、ものすご――――く、長い時間を過ごした気がする。
 レイナとの出会い。
 暗黒姉妹との遭遇。
 黒いのは主に姉。
 作り変えられた、大巨人の居城。
 居なくなったおふくろと……茉璃ねーさん。
 海岸での戦闘。
 藤林。
 ここでの戦闘。
 思い出せるのは、静流の乳ばかりだ。
 しかし……あの成長ぶりと来たら……とらちゃん、びっくりだよ。

「ふぅ……」

 猛り来る暴れアニマルを必死で抑えながら、お湯をすくって顔を洗う。
 顔を覆う汗が流れて、さっぱり♪
 ここの温泉、温度はさほど高くない。
 家庭ではいる風呂より、少し低めかな。
 おかげで長湯してしまう。
 大きな岩のくぼ地に出来た、自然の温泉。
 丁度三日月の形だ。
 くぼ地って言っても、土にお湯が溜まってるわけじゃなくて……。
 手作りではあるが、石と岩が敷き詰めてある。
 ごつごつした部分も多いが、いくつか沈めた大き目の岩も有るので、腰掛には困らない。
 大きな岩の下からの源泉は、水量も多くて流れも出来てる。
 みんなで石を敷き詰めて作った、俺達だけの秘密の場所。
 完成したときは、嬉しかったなぁ。
 そーいえば……。
 石を敷き詰める段階で、『百地』の家から玉砂利とか盗んだっけ。
 麻袋に詰めて、みんなでリヤカーで引っ張ってさ。
 結局、獣道を押し切れなくて……リヤカーごと転げ落ちて。
 泣き叫ぶ静流。
 玉砂利だらけの康哉。
 腹を抱えて爆笑する俺。
 愉快で美しい思い出だ。
 そして……苦笑いを浮かべながらも、みんなを介抱してくれた茉璃ねーさん。
 敷き詰める作業の途中で、俺達が帰った後……一人で石を敷き詰めてくれてた。
 忍者らしからぬ白い指を、真っ赤に染めて。
 驚く俺達の顔が見たい。
 そんな他愛の無い理由で……さ。
 小さい頃から、この温泉で疲れと傷を癒してきた。
 学校の友達とは違う生き方を、強いられてた俺達。
 忍者の子供だから。
 それ以外の理由は無かった。
 そして……それ以上の理由も無い。
 朋ちゃんがぐれるの、解る気がする。
 俺だって……何度も逃げたいと思った。
 学校帰り、遊びや塾に行く友達を尻目に、今日も生傷を作りに行く俺達。
 康哉が笑わなくなったもの、初等部の頃だったな。
 自分で決めたわけじゃないのに、訓練だけはしなくてはならない。
 楽しくも無い、辛いことばかりの忍者の修行。
 戦う意味も、守るものも見つからないのに……。
 拒否することも知らず、ただただ叩きこまれて行く技術。
 謀略と人殺しの技を、幾層幾重にも重ねてゆく。
 それでも……俺達が俺達でいられたのは、茉璃ねーさんのおかげだ。
 甘やかすなと周囲に罵られながら、それでも俺達に子供の楽しみを教えてくれた。
 朋ちゃんに居なくて、俺達に居たもの。
 それが茉璃ねーさんなんだろう。
 ま、今じゃ俺達には居なくて、朋ちゃんサイドには居るんだが。
 大好きな……茉璃ねーさん。
 茉璃ねーさんは……今。
 笑ってるのかな?
 俺の大好きな笑顔で。
 大きな月の中に、茉璃ねーさんの顔を思い浮かべようとしたが……。
 俺の乏しい想像力では、難しかった。
 うさぎさんなら、簡単に思い浮かぶのに。
 まっ……。
 がらじゃねーしな。












  がさっ……。
 殺気!?
 むしろラッキ!?
 俺はすかさず大岩の影に隠れた。
 水音と気配と呼吸を殺す。
 あ〜……『影落し』とかって陰忍、欲しい〜♪
 藤堂(とうどう)特製って所が気に入らないが。
 大岩の影から、音の下方向を見る。
 藪の方から衣擦れの音が聞こえてきて……しばらくすると人影が現れた。
 そこには………やっぱり。
 草むらで脱衣した、静流が居た。
 ば……ばすたおる……いちまい……♪
 月明かりに、身体のシルエットが浮かび上がる。
 盛りあがった胸。
 バスタオルからのぞく白い脚。
 程よく、くびれた腰。
 髪の毛をアップにして、頭の上にまとめてある所も高ポイントだ。
 うなじが………ああ、もお!

「……………」

 思わず生唾を飲み込むが、音は消しておく。
 わずかな音でも、任務の障害となりかねない。
 俺は……忍者なのだ!!!
 ………忍者で良かった♪
 幼少の頃の苦労も、一片に吹き飛ぶ。
 吹き飛ばして良いのかって気持ちも、無い事は無いが。

「………ん」

 静流が手ですくって、お湯を肩から掛ける。
 しゃがんだ脚の間からは……陰になって見えない!!!
 全然見えない!!!
 怒りっつーか、殺気が込み上げる。
 が……気配を悟られるわけには行かない。
 全裸を拝むまでわ♪
 観音観音。
 いや、剣呑剣呑だ、俺。
 有る意味……観音でも合ってるが。

「………………っと」

 静流は胸の下に手を当てて、バスタオルを保持すると……。

「………ん………ふぅ……ん」

 艶かしい声で、温泉に浸かり始めた。

「ちょっと待て、ごるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「きゃぁぁ!?」
「きゃあじゃねーだろ、ごるぁ! バスタオルつけたまま、風呂に入るとは、どんな教育受けてんだ!!!」
「……………………とら?」
「おう、そのとーりだ! このとら様直々に、貴様に正しくて楽しい風呂の入り方を伝授してやるぅ! 楽しい
 のは主に俺だがぁ♪」
「……………………」
「マズは、その乳を押さえてるバスタオルを取りやがれ!」
「……………………とら………………」
「さあ取れ! 今すぐ取れ! 爽やかに取りやがれぇぇぇ!!!」
「………言いたいことは……それだけ?」
「いや、まだまだ有るぞ! 有りすぎて、どれから言うか迷うくらいだ! 取り敢えず、次にだな……」
「………………死んじゃえ、バカとらぁ!!!」

 ゴキィ。

「ぐはっ!?」

 静流の脇に有った石が、俺の額にヒットした。
 な、ないす……すろー。
 忍者覗き魔、死亡。
 って、覗きって認めちゃ駄目じゃん。
 ゆえに音楽は要らない。
 とかなんとか下らないことを考えながら、俺の身体は温泉の底へと沈んで行くのであった。
 ぶくぶく……。






「近寄らないでよ!」
「……はい」

 額から流れる血液を、温泉の湯を使って血止めする。
 ギャグ漫画とかと違って、石をぶつけられれば血が出るのは当たり前だ。
 下手すると脳挫傷も起こしかねない。
 バスタオル姿しか見てないのに、あんまりの仕打ち。
 胸の谷間を凝視してて、石を(かわ)せなかった自分自身も情けない。

「まったく……入ってるなら、入ってるって言ってよ……」

 ぶつぶつ言いながらも静流は、昔と同じ場所に座って湯に沈んでいた。
 勿論バスタオルで完全武装だ。
 有る意味、フルアーマー。

「俺が先に入ってたんだから、挨拶するのはお前からだろ?」
「……なんか言った?」
「いえ、なんも言ってないです」

 白い湯気越しに睨まれて、大人しく成る俺。
 気温が下がってきたせいか、徐々に湯気が立ち上ってきたな。
 おかげで静流の風呂シーンが見辛いこと、見辛いこと。
 見えないわけではないが。

「………ちょっと。こっち見ないでよ」
「見えるわけねーだろ! この暗さと湯気で!」

 嘘。
 このくらいの月明かりが有れば、昼間と同じくらいに見える。
 忍者として育てられて来た利点は、こんな状況でも生かされるのだ。
 むしろ、こちらが真骨頂。

「ほんとかなぁ?」

 とか言いつつ静流は、ずり落ちそうになったバスタオルを上げた。
 その指使いが………。
 ああ、もお♪

「ホントだって。お前こそ、変なところ見てんじゃねーよ」

 流石に静流がどこを見てるかまでは解らないが、取り敢えず股間を隠している
 タオルを押さえてみる。

「や、やだなぁ。そんなとこ見てないですよ、はい♪」

 ………てめー。
 じっくり堪能してやがったな。
 お湯で屈折して見辛い俺の股間を凝視するとは……。
 さすが『百地』。

「お前さー」
「ななっ、なんでしょう?」

 ……動揺すんなよ。
 別に見たって構わないからさ。
 俺も見てるし。

「この時間に抜け出して、温泉なんか入りに来て良いのかよ?」
「それは、とらも一緒でしょ」
「俺には、お目付け役なんて居ないからな」
「……………とらには……」
「関係ねーとか言うなよ。一応これでも心配してんだからな」

 静流はいわゆる『お嬢様』だ。
 この地をまとめる『百地』の一人娘。

「………うん。ごめん……」

 俺達忍者は、『普通』の人とは違う。
 生き方も、背負った荷物も。
 静流はその中でも、特別なのだ。
 三大大忍である『百地』の嫡子として生まれ……。
 いずれは名家の忍者を婿にとって、『百地』を守ってゆかなければならない。
 北日本に存在する数千騎の忍者をまとめ、陰で日本を支えて行く。
 それが『百地』に生まれた静流の宿命なのだ。

「………ときどき……さ」

 俯いた静流の瞳に、月明かりが反射する。
 温泉に映った月を……白い指ですくって……自分の顔にかけた。

「息が……さ。……つまったり……するんだー」

 静流も、自分の宿命に押しつぶされそうになっている。
 朋ちゃんや……俺のように。

「あたし……百地に生まれちゃったから……」

 生まれちゃった……か。
 実感篭るよな、その言葉。
 俺も、『楯岡』に生まれちゃったからなぁ。

「だから………だから、さ……」

 だが俺には……何もしてやれない。
 静流を『百地』から連れ出すことなど出来やしない。
『百地』を滅ぼす事も。
 そんな覚悟も無いしな。
『百地』は、必要だから存在しているのだ。
 静流が自由に動ける時間。
 それは、さほど残っていない。
 だから康哉も、多少は見逃すんだろう。
 いくら静流が優秀な忍者だと言っても、康哉から逃げ出せるとは思えない。
 康哉は俺達の年代では、紛れもなくトップの実力なのだ。
『楯岡』の俺を除けば、だが。
 康哉も解っているから……監視の手を緩めているんだと、思う。
 幼馴染を……少しでも休ませてやりたくて。

「ま、あれだ、ほら」
「………どれよ?」
「風呂くらい……ゆっくり浸かれ」

 残された自由時間。

「………うん♪」

 月の明かりを浴びて笑う静流は……。
 ま、綺麗だと言えなくも無い事も無いかも知れないことも無いんじゃないかと思ったり思わなかったり。





「ふぅ……気持ちいーね」

 静流が手の平でお湯をすくって、白い肩にかけた。
 気温が低いので、白い湯気が白い肩から立ちあがる。
 ………色っぽいなぁ、オイ。

「もっと……」

 気持ち良いことしてやろーかって言葉を飲みこむ。
 ま、たまにはセクハラも忘れよう。
 帰ってきて忙しかったから、俺ものんびりしたい。

「ん? なんか言った?」
「べつにー。なんも言ってねーよ」

 静流と俺の距離は、約2m。
 一足飛びに詰められる距離だが、詰めるのはマズイ。
 股間が盛り上がってるので、お湯の抵抗により若干スピードも落ちるだろう。
 迎撃されかねない。

「ふぅん。………あ、そういえばさ」
「あ〜?」
「レイナさん……とらんちに住みこむんだってね?」

 お、よく知ってるな。
 今晩決まったばかりの、伊賀崎家の秘密を。
 まさか、間者でも放ってるんじゃねーだろうな?
 って、忍者だらけなのか。

「ああ。なんでも……」

 事情を説明しようとして、思い止まった。
 詳しい事情を説明すると、『楯岡』のことまでバレかねん。
 せっかく親父に許してもらったのに……。
 いや、見逃しただけか?









 ………………………………………………………。

 ……………………………………。

 ………………………。

「大河君。出かけるのかい?」
「ああ。温泉でも入ってこようかと思ってな」

 それは親父に『楯岡』の報告が終わって出かける寸前、庭での事だった。
 ファンシーなエプロンをした、大巨人に捕まったのだ。

「そうか。それは良いね」
「ついてくんなよ」

 あの場所は、俺達だけの秘密だからな。

「行かないよ。ひなぽんも、ようやく眠ってくれたしね。もう少し様子を見ないと」

 なるほど。
 朋ちゃんとの戦闘が終わって、緋那をこの家につれて帰って来て……。
 それからが大変だった。
 家の直前、俺の背中で目を覚ました緋那は、全裸にジャケットとゆー、非常に一部のマニア好みの恰好
 だったからだ。
 パニックを起こして、泣き出す緋那。
 その声を聞いて掛け付け、怒り狂う……つーか、呪いの儀式でも始めそうな蓮華。
 日本語の怪しいレイナと、妄想の激しい俺だけじゃ、とても事情を納得してもらえそうに無かった……が。
 冷静に説明してくれた静流のおかげで、なんとか事情を飲み込んでもらう事が出来た。
 つっても、6割くらいは嘘なんだが。
『緋那を可愛いと思った変質者がさらったが、なんかHなイベントが起きる前に颯爽と俺が助けた』事になっ
 てしまった。
 しかも『助けた際、泥の中に俺が落としてしまい、女の子二人で緋那の服を脱がして温泉に漬けた』らし
 い。
 俺や静流はともかく、なぜレイナがその場所に居たか説明されてない、穴の有るシナリオだ。
『構成しなおせ!』って感じだな。
 納得しきれていない様子の緋那と蓮華だったが、とりあえずその場を収めた。
 どんな状況であろうとも、緋那が無事に帰って来た事には変わりないからだ。
 その後、それでも興奮の収まらない緋那をベットに縛り付け、俺と親父は『楯岡』の装束に着替えて、報告
 会議だ。
 会議じゃねーけど。
『楯岡』道座は、黙って俺の報告を聞いたと思うと、何も言わずにその場を去った。
 下手すりゃ排除されるまであると覚悟していた俺にとって、実に拍子抜けだったな。
 一人で道場に残されて寂しかったが、取り敢えず報告も終わったので、後は自由に羽ばたこうと考えてた
 俺。
 後ろから声をかけられたのは、そんな矢先だった。

「そういえば、大河君」
「ん?」
「レイナ君、家で働いてもらう事になったから。住み込みだから悪さしないようにね」
「するわけねーじゃねーか!」
 
 ………………ん?
 なんか今の会話……違和感有るな……。
 どこに……違和感を……あっ!

「………って、なんでレイナを雇うんだ?」

 贔屓目に見ても、この地に建設されたペンションが、儲かってるとは思えない。
 今はゴールデンウィークとかって連休らしいから、客も居るんだろうが……。
 基本的にここら辺は、なんも無いのだ。
 海と山があるだけの、観光スポットも無いしょぼい街。
 それが俺の……故郷なのだ。
 静かで、忍者が溢れてる街。
 ………なんかヤだな。

「さっき君が報告してくれただろう。レイナ君の能力(リーディング)の事」
「………それが?」

 レイナには、『物の過去を読む(リーディング)』という能力が備わってるらしい。
 その『過去』をたどって、『現在』まで辿り着く事も出来るとか。
『力』を使うと体力を消耗するらしく、今は寝てるが。
 明日への希望で、薄い胸を膨らませて。 

「どうしてレイナ君が狙われたか、解らないかね?」
「……………そういえば、考えた事無かったな」

 のんきな話だ。

「考えなきゃ駄目だよ。思考を惜しむと、どんどん馬鹿になるよ」
「よけーなお世話だ! こんな色のペンション作るような奴にいわれたくねー!」

 俺の脇には、ポップでキッチュな大巨人の居城。
 住むのが恥ずかしいよ、本当に。

「まあまあ。落ち着き給え。君は怒ると、本当に怖いね」

 怖がってねーじゃねーか。
 俺は親父の事、怖がってるけどな。
 なにせ『楯岡』道座の戦闘力と来たら、俺が3人束になっても敵いっこない。
 それが完成した『楯岡』の忍者なのだ。

「過去を読む能力。そして秘忍書」

 あっ!
 ………なるほどな。
 親父の呟きで、全てが氷解した気がした。

「解ったかい?」
「………ああ。それでレイナを監視下に置く、と」
「そういう言い方は、お父さん嫌いだな」

 かわいこぶんな!
 が、それにしてもだ………。






  世の中には、忍者にだけ伝わる書簡が有る。
 その流派独自に受け継がれて行く、最重要書。
 その中でも、中忍クラスの家柄に伝わる、極秘書簡が有るのだ。
 それを総称して秘忍書と呼ぶ。
 この秘忍書のトボけたところは……書簡で有る事が解っていながら、その中身を見ることが出来ないの
 だ。
 書物の形態は、巻物だったり箱詰めされてたりするが、皆同一の封印が施されている。
 その封印を無理に破ろうとすれば、書はたちまち霧散するとかしないとか。
 そこまで言われて、チャレンジする強者も居なかったのだろう。
 陰忍や忍者の系譜、家系の秘密などはその家々に口伝と言う形で伝わっているしな。
 じゃあ、なんでそんな開けられないような書物が伝わり、またそれが重要視されているのか……。
 多分……幾つか集めると、願いが適ったりするんだろ。
 中から何かが出てきて、三つの願いを適えてくれる。
 ただし、何かを呼び出す呪文は、秘忍書に書いてあるって寸法だ。
 ………呼び出せねーじゃん。
 ま、そんなことはともかく、秘忍書の伝わる家系は、それを守るのが使命だ。
 なぜ守らなくてはいけないかは、重要じゃない。
 守る事が、重要なのだ。
 そうして忍者は、数世紀の時を生き抜いてきた。
 守る事が重要だと思っている奴らに、霧散のリスクを背負ってまでチャレンジする度胸の有る奴は居
 ねー。
 その中に有るものが……例え、空だとしても。
 それを知る術はない。
 だが……もし、その封印を開けずに、文書を読む事が出来る人間が居たらどうなるか……。
『封印を解く』のでは無く、『その物の過去を見る』ことが出来たら……。




「奴らがレイナを狙うわけだ……」
「ま、それだけじゃないと思うがね」

 ………どうゆー意味だ?

「ということで、僕はレイナ君を雇うことを決めたんで、大河君もよろしく頼むよ」
「………たぬき親父が」

 レイナを保護するんじゃなくて、監視下に置くって魂胆か。

「『百地』には、話は通しておいたから」

 手際の良い事。
 まあ、その事に付いては、なんの反論も異議も無い。
 親父も俺も所詮、『楯岡』なのだ。
 忍者の誰よりも……狡猾で汚い。

「それにしても、親父……」
「なんだい?」
「庭先で、『楯岡』の会話なんかして、いーんか?」
「………また着替えるの、面倒臭いと思わないかい?」

 それでいいのか、『楯岡』道座?





 ………………………………………。

 ……………………………。

 ……………………。

「なんでも?」
「なんでも……宿泊費が払えないんで、身体で払うそうだ」

 レイナの身体で払うんだったら、何万年かかる事か解らんが。
 だが、そう説明しておいて方が良いだろう。
 いずれは『百地』源牙から聞き出すだろうが……。
 そん時はまた嘘つくだけだ。

「ふぅん……」

 納得はいってないみたいだが。
 だいたい、俺んちにレイナを紹介したのは、『百地』だからな。
 有る程度の事情は掴んでいるんだろうけど。

「ね、とら?」
「あによ?」
「………その………レイナさんの事……どう思ってるの?」
「はぁ?」

 何言い出しやがんだ、この小娘さん。

「レイナさんって、可愛いよね?」

 まあ、可愛い部類に入るだろうが……薄胸じゃな。
 だって、上から覗いても、全然谷間とか無いんだぜ?
 あれ、胸じゃなくて、胸部パーツ。

「さあ? 個人の趣味じゃねーの?」
「………好き……なの?」
「誰を?」
「………レイナさんのこと……」
「バカいってんじゃねー」

 俺属性の変更しなくちゃならんだろうが。

「だって。……会ったばっかりなのに、仲……いいし、さ」
「将来の事は解らんが……」

 俺も薄胸属性だの、ネコ耳属性だの出来るかも知れん。
 ……あ〜。
 恋愛ゲーム、やりて〜。
 でも……ゾンビのゲームも欲しいしな。
 期待の新作―――5年前の新作だが―――RPGも欲しい。
 所持金は五万円か……。

「今は誰も好きじゃない。誰もだ」

 俺の台詞に、静流がうつむいた。
 ………そんな顔すんなよ。

「そっか……」
「今は、だ。先の事はしらねー」

 うつむいた静流だったが、少しだけ顔を上げた。
 複雑そうな表情を浮かべたまま。

「先のことは……解らないよね。誰にも」
「解らねーな。誰にも」

 二人で月を見上げる。
 まんまるなお月様は……。
 昔と同じ場所に浮かんでいた。















  そろそろ長風呂になってきた。
 これ以上入ってると、身体がだるくなってくるのだが……。
 俺は、こんな情緒的な話だけで終わってしまうようなキャラじゃない。
 もう少しだけ……静流に聞いて見たい事も有るしな。

「静流」
「……なに?」

 呼びかけられた静流の肩が、ぴくんと上がった。
 警戒してやがる。
 いや……違うか?
 緊張……かもしれない。
 しかし……俺の目的を読まれてたまるか!

「ちょっと、こっちこないか?」
「ななっ、なんで!?」
「あ〜も〜。でかい声出すなよ」
「ご、ごめん……」
「ヘンな事しねーから、隣に並びやがれ」
「……なんで、そんな偉そうなのよ……」
「いいから」
「………本当に変な事……しない?」
「しねーよ」

 いやらしい事はするかも知れんが♪
 ま、それは展開次第だな。
 警戒しながらも、静流は俺の傍によってきた。
 中腰になって、バスタオルで胸を押さえて。
 ………我慢だ、大河。
 忍者とは、耐える事。
 俺はあんまり耐えないが♪
 静流はそっと俺の隣に腰掛けた。
 水の屈折で見える、静流の白い脚と来たら………。
 思わず、手を伸ばしたくなる。

「………来たよ」
「ああ」
「………なに?」
「殴りたくなったら、殴れる距離の方がいいんじゃねーかと思ってさ」

 これで、こっちに近づけた事を正当化。
 俺もワルよのぉ。
 間違っても、正義の味方とかじゃない。

「………どういう意味?」
「茉璃ねーさんの事だ」
「!?」

 静流の表情が強張った。
 聞かれたくない事だとは、解っているんだが……。
 俺は聞きたいのだ。

「あの女の事、言わない……」
「でかい声出すな。殴りたくなったら、俺を殴れよ」
「………………殴らないよ」

 石はぶつけたくせに。
 血が出るほど。

「お前が話したくないのは解ってる。だけど……どうしても信じられねーんだ」
「………………」

 あの優しい茉璃ねーさん。
 俺達の、みんなのねーさん。
 厳しいところも有ったし、怒られたことも何回も有った。
 だが……俺は……俺達は大好きだった。
 あの茉璃ねーさんが堕ちたなんて、信じられない。
 信じたくない。

「なんで茉璃ねーさんは抜けたんだ?」

 俺……『楯岡』的に言えば『堕ちた』なのだが、静流には通じまい。
『百地』に反逆する事を、『抜ける』ってゆーからな。
 面倒臭い。

「………知らない」

 静流が俺の視線から逃げるように、ふっと横を向いた。

「本当か?」
「本当だよ!」
「殴ってもいいぞ」
「………………殴らない。殴れないよ………」

 昨日今日だけで、10発くらい殴ってるくせに。
 だけど静流の横顔は……震えていた。
 唇も真一文字に噛み締めている。
 何かを押し留めるように。

「なんで殴れないんだ?」

 散々殴られた気もするが。

「だって………あたし………あの女を………止められなかった」
「なに!?」

 止める機会が有ったってことか?

「………いつだ?」
「とらが……お仕事に出ていった………次の日」

 茉璃ねーさんが堕ちた日か。
 その日に、静流が茉璃ねーさんと会ってたとは……。

「あたし……一生懸命お願いしたんだよ! 行かないでって! でも……茉璃ねーさん……聞いてくれな
 かった」

 帰ってきて初めて静流が、『茉璃ねーさん』と呼んだのを聞いた。
 やっぱり、憎もうとしてただけ、なんだろう。
 静流も、茉璃ねーさんの事、好きだったからな。
 多分……今でも。

「とらが帰ってきたら悲しむよって言ったのに……お願いしたのに……茉璃ねーさんは……行っちゃった」

 静流の肩が震えている。
 横を向いて、天を仰いで。

「………ごめん………ごめんね………とら……………」

 流れ落ちるものを留めるように。
 そのときの事を思い出しているんだろう。

「………ごめんね……止められなくて……ごめ……ん………なさ……い」

 その場に居たのが例え俺でも、止められたとは思えないが……。
 静流は俺のために……茉璃ねーさんを止めようとしてくれたのか……。
 俺が帰って来たいと願った場所。
 そこは変わっていた。
 お袋は死に。
 親父は再婚して、姉妹まで増えてやがる。
 変わらないものなんて、無いのかもしれないが……。
 変えない様に努力してくれた女は、居たんだ。
 俺のことを……待っていてくれた。
 待っていて……くれたんだ。
 俺の……帰ってくる……帰って来たいと願う場所で。















「静流……」

 背を向けた静流の肩に腕を回して、優しく抱き寄せた。

「と………とら……………?」
「静流………」

 後ろからそっと手を回して、静流の瞳の下に指を滑らす。
 零れ落ちた、暖かいものを拭うように。

「……ありがとう、な」
「………な………なにが?」
「待っててくれて、さ」

 静流の顔が真っ赤になる。

「べ、別に、待ってたわけじゃ……」
「待っててくれなかったのか?」
「そ、それは………そ、その……」

 真剣さを声に込める。
 こーゆーときは、噴き出したりしては駄目だ。
 あくまでも、真剣に真剣に。
 やましさとか、やらしさとか浮かべては駄目です。
 なんか………だんだん……………いつもの俺に………。

「………ありがとう、な」

 思わず抱きしめる腕に力が篭ってしまう。
 なんでだ?
 もっと優しく抱きしめる方が、効果的なのに……。
 なんで、だろ?
 とはいえ、続き続き♪
 静流から少しだけ身体を離して、肩に口付けする。

「あっ……!」

 静流の身体がぴくんと跳ねた。
 くっくっくっ。

「ど、どさくさに紛れて……なにしてんの!」

 ちっ!
 雰囲気に流されない女だぜ。
 首根っこ掴んで、動きを拘束してもいいが……。
 それじゃ面白くない♪

「痣になってる……」
「………え?」
「俺なんか………かばうから。バカだな、お前」

 もう一度肩にキスする。
 静流の肩には、夕刻の戦闘で朋ちゃんに殴られた痣が付いていた。
 怒りのような、嫉妬のようなものが湧き上がる。
 コイツをいじめて良いのは、俺だけなのだ。

「あっ………だ、だめだよ……」
「じっとしてな」

 静流の肩を掴んで、何回もキスを繰り返す。
 そのまま……白いうなじに、口付け。

「あっ!?」

 舌を這わせて、静流の汗を舐めた。
 ん〜。
 ないすていすと♪

「………と……とら?」

 静流の聞きたい事が解らないので、続行。
 肩に回した手を開いて、肩甲骨をつつつつつってなぞる。
 この街に帰って来た初日とは違う、優しい愛撫。
 乳とか尻は触らない。
 まだ。

「……だ、だめだよ……」
「綺麗な肌なのに……傷つけちまって……」

 痣の部分に何回もキスする。
 動物が傷を舐め合うように。

「バカだな、お前」
「とらだって……かばって………くれた………でしょ?」

 かばった訳じゃない。
 自分の命とアイデンティティを守っただけだ。
(ふくろう)』と差羽(さしば)で。
『楯岡』の技術で。
 本当なら自分の命を紙くずのように投げ出しても、人前で使うべきではなかったのかもしれない。
 だが……あの場で俺が死ねば…………。
 死ねば……なんだと言うのだろう?
 俺が死んで、レイナが攫われて……。
 静流が捕まっただけの話だ。

「……と、とら……?」
「ん?」
「い、痛いよ……」

 あっ……。
 思わず指に力が篭っていたらしい。
 静流の肩には、俺の爪跡が付いていた。

「わりーわりー。もっと優しくするからな♪」
「そ、そういうことじゃないよ……」

 抗議の声も聞かずに、再び静流のうなじに口付ける。

「あっ!?」

 ……よしよし。
 通常の色吊とは一味違った愛撫。
 違いの解る男、とらちゃんならではの愛撫だ。
 うなじから痣へと舌を這わす。
 静流が快感に抗うように、自分の身体を抱きしめた。

「朋ちゃんに殴られた跡……まだ、痛いか?」
「い、痛いなんて……一言も……いって……あっ!?」

 君の抗議は的確だが、僕の行動を止めるまでには到らないな。
 誰が僕だ。

「あっ! ………せ、背中は……だめ……だよ……」

 指先で静流の背中をなぞる。
 触るか触らないかの距離を、正確に保つ。

「なんで?」
「……………………」

 答えてくれないので、寂しがり屋のとらちゃんは身体を摺り寄せる事にします。
 バスタオルを外さないように、そっと優しく。
 だが、下半身は密着♪
 あ〜……。
 お湯とは違う暖かさが……もおぉぉ!

「………へんなこと……しないっていった……のに……」

 忍者の口車に乗る、お前が悪い。
 修行が足りないな、『百地』の一人娘。
 そのまま、バスタオルの縁をつつっと撫でる。

「あっ!?」
「ヘンなことなんて、してねーだろ?」

 と言いつつ、首筋を舐める。
 俺の舌が触れるたび、静流の身体が痙攣した。
 無理矢理の色吊(いろつり)には耐えられても、こーゆーのは耐えられまい。
 ………しかし、なんでこうなっちゃうんだろうな、俺?

「と……………とら………」
「ん?」

 何回もキスしながら、徐々に胸の丘に指を這わせる。
 ゆっくりと……ゆっくりと……。

「あ、あの! ………そ、その……………」
「なんだよ。はっきり言えよ」
「………く……くっつけないで………」
「ん? なにを?」
「そ、その………こ、腰に……………あ、あの………」

 ………おお!?
 いつのまにやら俺の腰のタオルが外れて、暴れアニマルが静流の尻に密着していた。
 ……………………。
 ………………動かしちゃえ♪

「あっ!!! う、動かさないで!」

 既に勃起しきった肉茎(にっけい)を、スベスベした静流の臀部にこすりつける。
 情けない動きだが……気持ちいい♪

「う、動かしちゃ……」
「しょうがないんだ、静流」

 急に声のトーンを落とす。
 そのほーが、効果的だからだ。

「え、えぇ!?」
「我慢が……できねーんだ」
「そ、そんな……だ、だからって……」
「だからって、お前と………その………するわけには行かないだろ?」

 神妙な声を出しながらも、肉茎(にっけい)を擦って行く。
 腰に静流の意識が集中してる内に……バスタオルの上から、そっと胸に指を這わせた。

「そ、それは……そうだけど………あっ! む、胸! さ、触っちゃ駄目だよ!」

 チッ。
 気付かれたか……。
 なら……。

「この手……見てみ」

 静流の胸を這わせてる指に、ほんのちょっと力を入れる。

「あっ………やっ……」
「いや、見てみって」

 苦笑いを浮かべながら、もう一回指に力を込める。
 バスタオル越しに、柔らかい水袋のような感触。
 痛く無いように、痛く無いように………。

「………ゆ、指………見るの?」
「ああ。見てみ」

 静流が自分の胸を見るように、首を傾げた。
 赤い顔が益々赤くなる。

「……い、いや……」

 バスタオル越しでも、自分の乳首が立っているのが解ったんだろう。
 だが、俺が見て欲しいのは、そこじゃない。

「俺の手……どうなってる?」
「………いやらしい……動き……してる……」

 恍惚とした表情を浮かべて、静流は呆然としている。
 俺の指の動きを確認しているかのようだ。
 でも、見て欲しいのはそこじゃねーって。

「腫れてるだろ?」

 しょうがないので、答えをアンサー。
 俺の拳は、朋ちゃんとの戦闘で腫れていた。
 鋼線の張り巡らしてある(みさご)でガードしてあったとはいえ、あれだけのスピードと重量で襲いかかる竜登(りゅうと)を、
 二回も弾いたんだ。
 この程度の腫れで済んだほうが不思議。

「………うん………」
「だから……自分でするのも、な。………痛くて……できねーんだよ」

 だからと言って、静流にくっつける理由にはならない。
 さらにゆーと、その痛めてる筈の手は、静流の胸の上で元気に這いずり回ってるじゃないか♪
 だが静流は、そんな事に気付いていないようだ。
 顔を真っ赤にして、俯いてしまった。

「………だから……そうだ♪ 静流……してくれないか?」
「えぇぇぇ!?」
「おっきな声、出すなよ」

 康哉が飛んできたらどーすんだ。
 あの『石川』秘伝の忍刀。
熊爪(ゆうそう)』と『猫爪(びょうそう)』での、両脇差しから繰り出される、四種類の抜刀術。
 俺の肉茎(にっけい)、ちょん切られちゃうだろ。

「だ、だって………」
「いや、嫌ななら良いんだ。我慢……するわ、俺」
 
 嫌に決まってるとは思うが。
 俺の沈んだ声に、静流が少しだけ振り向いた。

「……………が、我慢………できるの?」

 かかった!!!
 かかりましたよ、お父さん♪
 父親に報告する義務は無いぞ、俺。
 しかし……この展開を生み出すのに、どれほど知恵を振り絞った事か……♪

「わからねー。でも……お前に嫌な思いさせるのも……な」

 声のトーンを落としまくる。
 いや〜。
 上手いわ、俺♪

「い、いや………ってわけじゃ………」

 冷静に考えると、酷い事してるかもしれんが……。
 ま、こんなんもアリだな。

「無理しなくても、良いんだぞ」
「………ううん………あ、あたし……あたしが……して………………あげる」

 いえす!
 いえすいえすいえす!!!
 心の中で、大きくガッツポーズ。
 静流の口から言わせましたよ、お父さん♪
 だから、父親に報告する義務は無いんだって、俺。

「で、でも……どうしたら………いいの?」

 真っ赤になって、静流が俯いた。
 俺的には、口でしてもらったり胸で挟んでもらったりしてほしーが……。
 それを言うと、せっかく流されてる静流が覚醒してしまうかもしれない。
 それだけは避けねば………。
 熟考した末に俺は、手でして貰う事を選んだ。
 スキップして転ぶよりも、一歩一歩♪

「………手………貸して」

 胸を押さえていた静流の左腕を、左手でお湯の中に導く。

「………あっ!?」

 静流のやーらかい指を、俺のモノに押しつけた。

「こ、これって………………そ、その………」
「握って……」

 優しく耳元で囁く。
 息を吹きかけながら、唇で耳たぶを噛んでみた。
 う〜ん。
 不思議な食感だ。
 軟骨、コリコリしてる♪

「あっ! ………みみ……か、噛んじゃ、だ、だめぇ……」
「握ってくれよ、静流」

 もう一度、同じように囁く。
 懇願するように、でもちょっとだけ威圧的に。
 難しい注文だな、おい。
 静流は俯いてたが、やがて意を決したらしい。
 小さく頷くと………。

「………ん………」
「うわっ!?」

 思わず腰から力が抜けてしまった。
 静流の柔らかい……忍者らしからぬ柔らかい指が、俺の肉茎(にっけい)を握る。

「い、痛い?」
「い、いや……その位で」

 静流が横目で俺の顔を覗きこんできた。
 なにやら恥ずかしくて、その視線から逃れるように、うなじにキスをする。

「あっ……。ど、どうすれば……?」
「そのまま……上下に………動かしてくれ」

 逆手に握られた俺のモノの上を、静流の指が静かに擦り上げ始めた。
 人差し指と親指で輪っかを作り、三本の指を優しく添える。

「う……」

 思わず情けない声が出てしまった。
 自分でするのはいっつもの事なのだが、人にこんなトコロを握られるのは初めてなのだ。
 動かすつもりは無いのに、なぜか腰が微妙に動いてしまう。
 それが静流にも解ったのだろう。
 小さくクスっと笑いやがった。
 なんか主導権を握られてるようで、非常に悔しい。
 握られてるのは、アレだが。

「こ、このまま……動かしてれば……いいの?」
「ああ……。そ、そのまま……頼む」

 自分でするオナニーとは、全然違う快感が俺の腰辺りに溜まってくる。
 いきなりレッドゾーンだ。
 だが……このまま果てるわけには行かない。

「ん……んん………ん………」

 小刻みに動く静流の胸に、指を這わせてみる。

「あっ!? ……さ、触っちゃ……」
「そのまま……動かして」

 一瞬途切れた指が、またすぐに動き始める。
 それを確認して、静流の豊かな胸を揉み始めた。
 俺はやっぱり、責めなくちゃな。

「あっ………と、とら………だ、だめ………」

 さっきとは違う感情が、静流の言葉に込められてくる。
 静流も……興奮しているんだ。

「静流………すげー気持ちいい……」
「あ、あん……あ………はっ……あぁぁ………」

 静流の身体が小刻みに揺れていた。
 俺の肉茎(にっけい)を擦っているだけが理由じゃないだろう。
 胸に押し寄せる快感を、自ら求めるように動いている。
 しかし……このバスタオル……邪魔だな。

「……えい♪」

 瞬時に火照った肌が現れる。
 ピンと張った乳房の先っちょでは、薄いピンク色の乳首が起立していた。
 あ、感じてる………。

「きゃぁ!?」
「んだがぁぁ!!!」

 ………い、痛い………。
 静流のバスタオルの合わせ目を解いた瞬間、俺のモノが激しく圧迫される。
 静流の短い爪が、深く食い込んだ。

「と、とら! バ、バスタ………」
「……………………い、いてぇ………」

 思わず前のめりになって、額を静流の背中に預ける。
 この痛みは……尋常じゃない。
 今まで経験した事の無い、痛み。
 朋ちゃんの竜登(りゅうと)での打撃の方が、数千倍マシだな。

「と、とら? ………だ、大丈夫?」

 大丈夫なわけあるかぁぁぁぁぁ!
 ……と、叫びたかったが、必死に心の縁で押し留める。
 ここで怒鳴っては、今までの苦労やら痛みが、水の泡だ。

「だ、大丈夫だ……」
「ごめん……だって、とらが………」
「ああ………悪かった。ごめんな、静流」

 火の付いたように熱いモノを、なんとか精神力で萎えさせないようにする。
 ま、この程度で萎えてしまうほど、貧弱なアニマルは持ち合わせてないが。

「バスタオル……直してやるよ」

 名残惜しい気持ちを押さえつつ、胸元でバスタオルを併せる。
 最初の時より、少しだけ弛めに併せるのがポイントだ。

「あ、うん……」
「それより……続き……頼むよ」
「………………うん」

 静流も既に、何故自分がこんな事をしなくてはいけないのか解っていないだろう。
 混乱と快感で、頭の中がボーっとしてるはずだ。
 再び俺の肉茎(にっけい)が、柔らかい指先に包まれる。

「…………うご……かすね」
「ああ。俺も……」

 手の平で静流の胸を、優しく包み込む。
 胸を揉んで良いなんて一言も言われてないが、まあ、それはそれ。

「あっ………ああぁ………」
「しず……る。も少し……強く……」

 思わず本音。
 爪の跡にお湯が染みたが、全然我慢できた。
 つーか、他の事が我慢できなくなってくる。

「………す、すごく……ああっ!? ………すごく……か、硬いよ……」

 ………はずかちー。
 俺のモノは、今や怒張も程があるだろって位に勃起していた。
 腰のうずきが、段々全身に駆け回る。
 静流の乳を撫で回す指に、自然と力が篭った。

「……静流も……硬くなってるぞ」

 指先で、バスタオル越しに乳首をつまんだ。

「あぁぁ!?」

 その瞬間、静流がのけぞった。
 俺の肉茎(にっけい)を握る手が、激しく上下する。

「ほら……硬いだろ?」
「いや………いやぁぁ………あぁ……………」

 子供がイヤイヤするように、静流の首が左右に振られる。
 が、しかし、俺のモノを離さないのは素敵だ。

「静流……」

 両手で静流の乳を、しっかりと掴んで、寄せたり上げたりして、弾力を楽しむ。

「あっ………あああっ……だ、だめ………だめぇ……」

 俺のモノを掴んだ指の動きも、段々と激しくなってきた。
 こ、このままじゃ……。

「し、静流さん? すげー激しいんですけど……」
「だって………だってぇ………」

 腰の中心に、むず痒さと熱さが集まってくる。
 このまま、俺だけ果てるわけに行くか!

「……静流……」

 首筋にキスして、舌を這わす。

「あぁ!?」

 両手を一瞬離して、バスタオルが自由落下するのに任せる。
 合わせ目を緩くしておいたのと、お湯を吸って重くなったのとで、バスタオルは容易くお湯の中に吸いこま
 れて行った。

「あ……だ、だ………あぁぁぁぁぁ!?」

 さっき、俺のモノを強く握ってしまったのを思い出したんだろう。
 一瞬静流の指は躊躇したが、爪が立てられることは無かった。
 その隙に……両方の胸をワシ掴み♪

「と、とらぁ……」

 俯いて、自分の右手の指を噛んだ。
 もうすぐなのか、静流?
 んじゃ……サービス♪

「あぁぁ………だ、だめぇ……あああっっっ……」

 両方の乳首をつまんだまま、手の平で押すように胸全体を転がす。
 静流はいっそう自分の指を強く噛んだ。
 何かに抗うように。
 その間も、俺の肉茎(にっけい)をしごき上げるのは忘れない。

「あ、ああ……あた……あたし……あたし……もう……」
「お、俺もだ」

 二人の動きは、いつのまにか同じリズムを刻んでいた。
 俺も静流も、同じような手の動き。
 そして……腰を揺さぶっている。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、あぁぁ……」
「ふっ、ふっ、ふっ、くぅ……」

 静流の膣に入れているわけじゃないけど……。
 俺の肉茎(にっけい)を包み込んでるわけじゃないけど……。
 二人は同じ快感に、全身を委ねていた。
 まるで繋がっているような感覚。

「し、静流……お、俺……もう……」
「あ、あたしも………あたしもぉぉ……」

 静流の胸を掴んでいた指を、下にスライドさせて股間を弄る。
 一瞬で肉芽を探り当て、優しく指の間に挟みこんだ。
 静流の身体が硬直して仰け反った。
 俺の身体に、静流の体重が委ねられる。

「あぁぁぁ!?」

 その瞬間、俺の肉茎(にっけい)を握っていた指に力が篭る。
 容易く絶頂へと導かれた。
 静流の優しい指で。

「で、でるっ……!」
「やあぁぁぁぁぁぁぁ………………………」

 二人で同じタイミング。
 同じ絶頂を迎えた。


















「ふぅ………」

 温泉の縁に腕をかけて、全身を投げ出す。
 煙草でも吸ってれば良かったな。
 この気だるさは、なかなか味わえまいて。
 お湯の中では、何か未確認生命体が鎌首もたげてるが、今更隠してもしゃーねー。
 あ〜。
 お月様が綺麗だなぁ。
 なんか目の前がチカチカするぜ。

「………………」
 
 静流と言えば、さっさとバスタオルを胸に巻いて、そっぽ向いてる。
 無言だ。
 ちょ、ちょっと……やり過ぎたかな?
 いや、一回しかしてないし……って、そんな問題じゃないぞ、俺。
 お互い手でしただけなので、一回にはカウントされないはず。
 しかし……五分以上も無言なのは、怖い。

「し、静流さん?」
「………忘れて」
「へ? なにを?」

 ナニをだろーが、一応聞いてみる。

「……今の事……絶対に忘れて………」

 か、肩が震えております。
 さっきは流されて、あんなことしてしまったんだろうが、冷静に戻ると……。
 自分の事が許せないらしいな。

「忘れろって、お前……」
「……お願い……忘れて。あたしも、忘れるから……」

 そんなに俺のモノを握ったのが、嫌だったのだろうか?
 気持ちいいのに。

「なんでだ?」
「だって……こんなの……おかしいよ……」

 まあな。
 口車に乗った、お前が悪い。
 ………もっと悪いのは、俺なんだが。
 ま、それはそれ。
 あれはアレ。

「俺はさ。静流にしてもらって、気持ち良かったけどな」
「そ、そういうことじゃ!」

 静流が怒りの表情で振り向いた。
 いや、おっかねー。
 唇をきつく結んで、思いっきり睨みつけてる。

「確かに今の俺達の関係じゃ、こんなことすんのはマズイかもな」
「かもじゃないよ! まずいに……」
「俺は静流にして欲しかった。静流の乳をまさぐりたかった」
「だから!」
「他の誰でもない。静流に」
「………………」
「だめか?」
「そんな言い方………ずるいよ………」

 ま、俺もそう思う。
 だけど、事実なんだからしょーがねー。
 俺は現時点で、静流の事が好きなわけじゃない。
 いや、好きかも知れんが、女性としてじゃ無いと思う。
 まだな。

「つーことで、俺は忘れない。忘れたかったら、お前は忘れてもかまわねーけど」
「………………」
「な、忘れるんじゃなくてよ。秘密にしねーか?」

 俺としても、こんなことを言いふらされたら困る。
 あんまりにも早く出ちゃったからな。
 早漏なんて噂が立ったら、死ぬしかない。

「………ずるいよ」

 俺もそう思う。

「腹立ったら、殴ってもいいいん……」

 ゴキィ!

「だじょんっ!?」

 言い終わる前に、静流の拳が眉間に飛んでくる。
 衝撃で、舌も噛んでしまった。
 め、目の前が……チカチカ………………。

「これで、秘密にしてあげる♪」

 そ、それはありがとう……。
 しかし……視界がぼやけて……なにも見えません。
 眉間の間を撃ち抜く一指拳。
 死因は、頭蓋骨陥没によるショック死だな。

「あたし……もう帰る。明日こそ、買い物に行くから、ちゃんと起きてなさいよ!」

 待って。
 ダイイングメッセージ書くから、ちょっと待って。
 あっっ!?
 お、お湯の中じゃ書けない……。
 静流に殴られたダメージで、徐々にお湯の中に沈んで行く俺。
 お湯の中だと、死亡推定時刻が出せないらしいな。
 そこで忍者刑事の出番……って、死ぬのは、その忍者刑事。
 殉職。
 物悲しい音楽が聞こえてきた。
 チャララ〜って感じの。

「………とらなんか……だ〜いっ嫌いだよ♪」

 静流は俺を残して、お湯から上がっていった。
 バスタオルも濡れて身体にくっつき、さぞかし楽しい光景だろうが……。
 視界がお湯の中に沈んでいくので、静流の恥ずかしい姿を見る事が出来なかった。
 お湯の中から見上げる空に……昔と同じ、お月様。
 俺の帰って来たかった場所。
 変わっていくもの。
 変わらないもの。
 全てを見ているような、まんまるなお月様。
 そして白く漂う何か。
 ………何か?

「うわわっ!!!」




















 ………………………………………………………。

 ……………………………………。

 …………………………。

「なー。静流」
「なに? あっ! あたしの荷物、落とさないでよ!」

 振り向いた静流が、腰に手を当てて睨みつける。
 もう既に時刻は、三時過ぎ。
 照りつける初夏の太陽が、ジリジリと俺の体力を奪う。
 ま、体力を奪ってるのは、太陽だけじゃないけどな。
 朝から散々歩かされ、昼飯を奢らされた挙句、静流の荷物持ち。
 両脇に抱えた服やらアクセやらが、重く俺にのしかかる。
 ………今日は、俺の買い物じゃ無かったのか?
 確か俺は、なんにも持っていない筈。
 
「なんで、俺がお前の荷物持ち?」
「いいでしょ。それくらいしてくれたって」

 どうやら、まだ夕べの事を根に持っているらしい。
 無理矢理させたわけじゃないのに……。
 家に帰ってからも、静流の乳が目に焼き付いて眠れなかった。
 おかげで、体力回復なんてしてねーんだよ。
 自分でしようとも思ったのだが……なんとなく、そんな気にもならないし。
 静流んちに忍び込んで、続きを! ………ってのも、優秀なガードが付いているので、命取りだ。
 そだ!

「荷物持ちなら、康哉にしてもらえ。康哉もガードが遂行できて、一石二鳥だろ?」
「残念。康哉は今日、学園でクラス会のお仕事なのです♪」

 ………クラス会?
 そんなものに入っていて、静流のガードが務まるの………。
 ………もしかして。

「お前。康哉を無理矢理クラス会に入れただろう?」
「へっ!? ななっ、なんで?」

 いきなり静流がそっぽ向く。
 口笛でも吹きそうなくらい、唇が尖っていた。
 こいつ………。

「康哉のガードを外すため、無理矢理推薦かなんかして……」
「や、やだなぁ。そんなことしてないですよ、はい♪」

 お前の敬語は怪しすぎる。
 しかし、康哉も不憫だな。
 静流になんか有ったら、真っ先に責任を取らされるのに……。
 ガード対象者が、率先してガードから離れようとしてるんだもんな。
 不憫で哀れで、いい気味だ。
 まあ、これ以上追求する意味も無いだろう。
 かばうのは、静流だけでいい。
 ………………………………………………………。
 ………………………………へ?
 俺………今………なんて思った?

「どしたの?」
「ん?」

 立ち止まった俺の顔を、静流が覗きこんできた。
 真っ赤なポニーテイルが首筋から垂れ下がる。

「なんか、難しい顔してたから」
「いや、教科書とか買わなくて、いーのかと思ってな」
「ああ。それなら明日、学園の購買部で貰えるんだよ」
「貰える?」

 随分リッチだな。

「うん。うちの学園、私立だから。教科書も、ちょっと違うんだよ」
「なるほろ」

 とか何とか言いながら、話題をそらすのに成功。

「だからって、俺のものを何一つ買わないで、お前の買い物をする理由は無いだろう?」
「んもう! しつこい男はもてないよ!」

 別にもてたくねー。

「それに……久し振りなんだから……。一緒に……歩こうよ」

 いや、充分に歩いたんだが。
 静流は少し俯きながら、俺の前を歩いていく。
 後頭部から垂れた尻尾にも、心なしか元気が無い。
 俺はなんとなく後ろを振り返ってみた。
 今来た道。
 駅から俺んちと反対の商店街を、なんとなく眺める。
 五年前と、同じような違うような街並み。
 懐かしいような……寂しいような。
 だが……静流と二人なら、悪くは無い。

「そだな。も少し歩くか」

 静流は瞳を丸くして………立ち止まった。
 その脇を、ニヤニヤしながら抜けてみる。
 両腕に抱えた荷物が、少しだけ心地良い。
 丁度良い重さ。

「どした? いくぞ」
「………………うん♪」

 こいつは……静流は、このくらい元気な方がいい。

 

 






「でさ。あたし達のクラス担任、見たらビックリするよ」
「なにが?」
「見た目がさ………あはは♪」

 あれからもしばらく歩いて、ようやく帰り道。
 またもやジュースなどたかられた俺は、少しだけ憤慨していた。
 ゲーム欲しかったのに!!!
 ゲーム屋さん、寄ってくれないんだもの、静流!
 思わず路上で駄々でもこねたくなったぜ。
 両手両足ばたつかせて、『うえ〜〜〜〜ん』って。

「まさか……担任まで、大巨人なんじゃ!?」

 ここらは大巨人の巣窟か?

「ん〜。方向性は合ってるかな♪」

 あってんのかよ!
 連休終わりが、世界の終わりじゃない事を祈る………って。

「静流。信号、赤」

 目の前の歩道の信号は、青から赤に変わっていた。

「あ、うん」

 話しに夢中な静流はそれに気付かずに、歩いて行こうとしていたのだ。
 両腕が荷物で塞がっていたので、言葉だけで制止する。
 まったく、あぶねぇなぁ。

「きー付けろ。お前は昔から………」
「……………………………………………」
「聞いてるのか! お兄ちゃんの説教は、きちんと聞きなさい!」

 はしゃいで海に飛び込もうとする妹に、ラジオ体操の大切さを説くお兄さんのノリで。

「………………………………」

 だが静流は、前をぼーっと見たまま、ピクリとも動かない。
 俺が横顔を睨みつけてるってのに。

「おい! 俺様を無視するとは!」
「……………とら………………」
「乳を揉まれても、文句はいえ………」
「…………………あれ………………」

 静流の唇が、キッと結ばれた。
 そのただ事じゃない視線を、追いかける。
 歩道橋の向こうを見ているらしい。
 車道を、何台もの車が通り過ぎていく。
 途切れる事無い、車の波。
 その向こうに………………。





 真っ白な日傘。




 淡い紺色のワンピース。




 深緑色のショートカット。




 優しそうな笑み。




 あれは………茉璃ねーさん?
 思わず俺の視線も釘付けになる。
 だが………俺の視線は、茉璃ねーさんにじゃない。
 茉璃ねーさんのさす、日傘の下に……………居る。





 男。





 長身で。




 白いジャケットとスラックス。




 アスファルトから立ち上る陽炎で揺らめいている。




 肩にかかりそうなくらい、長い髪。





 横切る車の間に見え隠れしている。









 細身で………気配の無い………笑顔の男。









「と、とら? ど、どうしよ………」

 静流が俺の袖を掴んだ瞬間、両脇に抱えた荷物を落とす。
 ゆっくりと……自然に。

「あっ………」

 静流の視線が、落ちて行く荷物に移った。
 俺は、白い男と視線を合わせる。
 殺気も無く。
 虚勢も無く。
 戦闘意識も、憎しみも無い。
 古くからの知り合いに会ったような………。
 穏やかな感覚。

「……………あっ」

 静流の荷物が、地面に落ちた。





 差羽(さしば)!!!








「!!!」

「!!!」









 パシッ!!!









 車道の中央で、青い閃光が眩く光る。
 俺と男の中間。

「あっ!?」

 静流が思わず目を覆った。
 そのくらい眩い光り。
 突然発した光に驚いた車が、急ブレーキを踏む。
 布を引き裂くようなスリップ音。
 避け切れなかった後続車が、次々と追突していく。
 岩を砕いたような鈍い音。
 立ち上る白煙。
 俺と男の中間地点で起きた大惨事。
 責任の半分を持つべき男は………。
 もう既にそこに存在していない。
 まるで………最初から居なかったかのように。

「と、とら……今の………?」
「花火だろ」

 静流も茉璃ねーさんが居なくなったのには気付いている。
 だが……その脇に立っていた男には、気付いていまい。

「さ、俺達も荷物拾ってズラかるぞ!」
「………あ、え?」

 


 あの白い男……………。
 随分と大胆な真似、してくれるじゃねーか。
 白昼堂々、人前に姿を現すなんてよ。
 俺が追い詰め、殲滅すべき敵。
 藤林や藤堂を配下に収め、茉璃ねーさんまでも引きこんだ………。
 俺の……『楯岡』の的。





 道阿弥衆総帥(どうあみしゅうそうすい)……………………。




 山岡影友(かげとも)
 







「ふっ………ふふっ……ふふふっ♪」
「とら………どうしたの?」
 
 静流と二人で、荷物を抱えて遁走する。
 その途中……。
 俺は思わず笑っていたらしい。
 自分では意識していないが。

「なんでも………ねーよ」

 俺の笑いは止まらない。
 目の前に現れた敵を………歓迎するかのように。














第一部   完






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