真夜中のダンディー

夜の山の中に荒い息遣いの音が聞こえる。
康哉が一人山の中を走っている。生い茂る木々が月明かりをさえぎるため足元は見えない。しかしそんな暗さの中でも康哉は何の苦もなく走っている。
走ること十数分、ようやく頂上へと着く。
(大河のヤツが戻ってきたか・・・)
息を整えながら、考える。
伊賀崎大河。
伊賀崎流忍術の使い手で五遁の大河とも呼ばれている。
つい先日任務を終え、五年振りこの地へ再び戻ってきた。
(アイツは昔からああいう男だ・・・)
今までの事を思い出してみる。
康哉が今まで大河に何度煮え湯を飲まされたかわからない。特に静流に関する事では数え切れないほどだ。
大河が戻ってきた日もそうだ。
大河は静流が抵抗らしい抵抗出来ないのを良い事に、胸や尻を触り、揉んでいたのだ。その時の静流は、大河の愛撫に抵抗も出来ず、顔を赤め、息をあらくし、感じ始めてもいた。
その事を思い出している康哉が不意に頭を振る。
(くっ・・・静流様の守護役たる俺がそんな事で・・・)
そこは康哉も若い男である。思い出すなという方が無理かもしれない。むしろ思い出すのは静流の荒い息遣い、恥ずかしげに紅潮した表情などだ。
実はこんな時間に山の中を走ってるのにも理由があった。
部屋でも同様の事を思い出した康哉に、若い男なら当たり前の生理現象が襲ったのだ。
そんな行き所のない性欲を体を動かす事によって昇華させる為に走っていたのだ。
しかし無駄だったようである。
納まりかけていたものが再び元気を取り戻し始めている。
やはり康哉も若い男である。一度そうなってしまったら、納めるには一つの手段しかない。
(・・・静流様、申し訳ありません)
一人心の中で謝り、来た時より早いスピードで山を降りていく。

(やはり・・・俺には出来ない。)
どうやら無理だったらしい。
康哉は若いながらも、かなりストイックで古風な男だった。
今はそのストイックさが仇となってしまった。康哉の部屋には無かったのだ。直接視覚を刺激するものが何一つ無かった。
つまりはオカズが無かったのだ。
無くても出来ないことはないが、そうすると自然と最中に静流を思い出しながらになってしまうのは明らかだった。
当初はそれでもいいと思っていたのだが、さすがに将来当主となるべき静流をオカズにするのは礼儀に反する。そういう古風な考えを康哉は持っているのだった。
(仕方ない・・・買いにいくか。)
そうして康哉は、この町に一つしかないコンビニに向かうのだった。

(しかし・・・こういった物を買うことになるとは・・・)
コンビニから出てきた康哉の手にはビニール袋が握られている。そしてその中には購入した本数冊となぜかジュースが入っている。本も漫画雑誌と情報誌が混じっている。
どうやら単体で買う勇気がなかったらしい。
帰ろうとした康哉に声がかけられる。
「あれ・・・康哉?」
康哉に声を掛けてきたのは静流だった。
「静流様、このような時間になぜこのようなところに?」
康哉が努めて平静に言う。そしてビニール袋を持つ手を体の後ろに回す。
「えっと・・・買い物だよ。」
少しバツが悪そうに静流が答える。
「静流様・・・もう少し立場を考えてください。百地の一人娘ともあろう方がこのような時間に出歩かないでください。」
「そういう康哉こそ・・・こんな時間に何してるのよ?」
「俺も買い物です。」
「あたしは駄目でも、あなたならいいっていうの?」
あくまで冷静に言う康哉の態度に、静流は少し不機嫌になったようだ。
「いえ・・・そういう訳ではないのですが・・・。時間が時間ですので・・・」
「そういえば、康哉は何を買いに来たの?」
一番触れてほしくない事を静流が聞いてきた。
「・・・飲み物と本です。」
さすがに買いに来た理由が理由なだけに一瞬康哉の冷静な態度が崩れた。もちろんそれを見逃すほど静流は甘くはない。
「怪しいな〜。」
とたんに静流の表情が変わる。悪戯を思いついた子供のような表情だ。
「別に怪しくはありませんよ。」
「本当に?」
冷静な態度を崩そうとしない康哉だが、内心ではかなりあせっている。静流は先ほどの復讐でもしようと思っているのか意地悪な笑みを浮かべている。
「ちょっと見せてね。」
静流が袋の中を見ようと康哉の後ろへ回ろうとする。
「お断りします。」
中を見られたくない康哉は、一瞬で体の向きを変える。
「何でよ、怪しくないのなら見せてくれるでしょ。」
負けじと康哉の動きについていく。
「いくら静流様といえども、それはプレイバシーの侵害ですよ。」
「いつもあたしに付いてくる康哉の言える台詞じゃないよ、それ。」
あくまで見ようとする静流、そしてそれを阻止しようとする康哉。普通に会話をしながらもその動きは滑らかで鋭い。しかしお互い鍛えているだけあり、平行線をたどる。
―――プチッ
その時ビニール袋が、過度に加えられた遠心力と張力によって切れた。
「くっ・・・」
しまったといった感じで康哉が手を伸ばす。
しかし静流が邪魔でほんの少し届かなかった。
康哉の手を離れたビニール袋が
―――ドサッ
そして中身がぶちまけられる。
「えっ・・・」
「あっ・・・」
二人して動きが止まる。
二人の目の前には、ジュース、漫画雑誌、情報誌、そしてエロ本が三冊。
気まずい空気が二人の間に流れる。
「そっ・・・そっ・・・そうだよね。康哉も男の子だもんね、そういう本を見たいと思うのは当たり前だと思います、うん。」
その空気を破ったのは静流だった。しかし静流も慌てているのか妙な敬語を使っている。
「いや・・・これは・・・」
康哉は弁解しようとする。
「えっと・・・ごめん。まさか・・・えっ・・・えっちな本を買ってるだなんて・・・」
慌てている静流は康哉に弁解の暇すら与えようともしない。
「うん・・・大丈夫だよ。男の子なら見たいものなんだよね。誰にも言わないから安心してください、はい。」
「いや・・・ですから・・・」
「そうだよね。えっ・・・えっちな本だから康哉はこんな時間に買いに来たんだよね。ごめんね、そんなことにも気付かないで・・・」
「静流様、俺の話を・・・」
「ホントにごめん。誰にも言わないから。」
そういうと静流は、脱兎の如く駆け出していく。さすがにこれ以上気まずい雰囲気を味わいたくなかったのだろう。
さすがにいきなり走り去るとは思ってもいなかったので、康哉は追いかけることすら出来なかった。
後に残ったのは、風に頁をめくられる本と汗をかき始めたペットボトル、そして呆然と立ち尽くす康哉だけだった。
(見られた・・・静流様に見られた・・・)
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜!!!」
まるで何かを発散するかのように康哉は雄叫びを上げた。

「あ〜・・・いい湯だったな。」
風呂から上がった大河は自分の部屋に戻ろうとしてした。
外から鳴き声のようなのが聞こえてきた。
大河が耳を済ませる。
―――ォォォォォォォォ
「犬か?」
場所が離れているらしく、はっきりとは聞き取れない。
「ったく、うるせぇな。人がこれから寝ようって時に、発情期か?」
(しかし・・・やけにデカイ音の遠吠えだな)
「まぁいいや、寝よ寝よ。」
(どっかの馬鹿犬がやりた盛りなんだろな、きっと。)

・・・to be continued Under The Edge

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