苦無 

男子生徒が体育館へ移動している。
「こっちだ大河。」
康哉が大河へ声を掛ける。
「おぉ、悪いな、康哉。」
「静流様に頼まれただけだ。そうでなければ貴様などと話したくもない。」
まだ高校に来たばかりの大河のために静流が康哉に言いつけているようだ。
尤も普段は静流が大河に色々と教えているみたいだが、今日のように静流が居ないときに限りその役目が康哉に回ってくるらしい。
「俺もあんまり男とははなしたくねぇよ。」
笑いながら大河が答える。
「さっさと付いて来い。」
「で康哉、これから何をするんだ?」
「貴様は話を聞いていなかったのか?」
「あ〜・・・どうにも眠くて、バリバリ寝てた。」
(コイツは・・・)
「健康診断だ。」
「女も一緒なのか?」
「そんな訳ないだろうが!」
「ちっ・・・つまんねぇの。」
本当に残念そうに大河がつぶやく。


―――

(あ〜・・・つまんねぇな・・・)
既に診断が終わってしまった大河が校舎裏で空を見ながらぼやいている。
元々健康な上に男と言うこともあって診断はものの十数分で終わってしまった。
それなのに診断にとられている時間は、授業二時間分という長さだ。
普通の生徒ならば、それなりに時間を潰す事ができるのだが大河には出来なかった。
時間つぶしを出来る相手が今は診断中だからだ。
康哉は強引な割り込みで診断を早く終わらせた大河とは違いまだ診断をしているし、静流は女子ということもありまだまだ時間がかかりそうだった。
その時、女子の集団が剣道場に入っていく姿を大河の目がとらえた。
そしてその中に静流の姿があること事も一瞬で確認している。
男子が体育館で、女子は剣道場で診断をしているらしい。
大河の頭の中にある考えがよぎった。
(・・・行こう)
それまでのやる気のなさからは考えられないほど、素早い動きで立ち上がり、康哉のところへと走る。
体育館へ着くと同時に康哉の姿が見えた。
「康哉・・・大事な話がある。」
「・・・大事な話?」
「そうだ・・・男と男の話だ。」
大河が普段とはかけ離れた真面目な表情で康哉へ話しかける。
康哉もその雰囲気を感じ取り、鋭い顔つきになる。
「・・・いいだろう。」
「よし、こっちに来てくれ。」
大河は校舎裏の方へ康哉を連れて行った。


―――

校舎裏では大河と康哉が対峙している。
「それで大河・・・大事な話とは何だ?」
「康哉・・・まず聞こう・・・お前は何だ?」
突拍子もない事を聞いてくる。
いきなりそんな事を聞かれて答えられるわけもない。
「何だとは何だ?」
「・・・お前は康哉である以前に何だ?」
「俺である以前に?」
「そうだ。俺は伊賀崎大河である以前に男だ。そしてそれは康哉・・・お前もだ。」
「だからどうしたというんだ?一体何が言いたいのだ、貴様は?」
さすがに訳の分からない質問ばかりなので、康哉が不機嫌そうに聞いてくる。
「わかった・・・遠回しに言い過ぎた。率直に言おう。」
「さっさと言え。」
「・・・静流を覗きに行かね?」
康哉の手が素早く動く。
その動きを見た瞬間大河が横へと飛ぶ。
ガキッ
ちょうど大河の立っていた直線上の壁に苦無が刺さる。
「いきなり、何しやがる!しかも本気で打ち込みやがって!」
「何を言い出すかと思えば・・・静流様を覗きに行くだと・・・」
二人の間をただならぬ緊張感が漂う。
「偶にはお前も誘ってやろう思って声を掛けてやったんだ。」
「俺がそんな事を許すとでも思っていたのか?」
康哉が懐に手を入れながら言ってくる。
一方大河も康哉の動きについていけるよう、重心を落とし、足に力を入れる。


―――

「静流ってホントに胸大きいよね。」
「そうそう、腰も細いし、スタイルいいよね〜」
「そっ・・・そんな事ないってば・・・」
学園内でTOPを争うスタイルを保持する静流の周りに、そのスタイルを一目見ようとクラスメイト達が集まってくる。
そんな静流を見てクラスメイト達は思い思い感想を言っているが、当の静流は恥ずかしがっている。
「え〜・・・私が男なら一瞬で惚れちゃうけどな〜。」
「わかるわかる〜。」
「もう〜・・・あんまりからかわないでよ〜。」
本当に恥ずかしそうに静流が言う。
「女同士だから恥ずかしがることなんてないのに〜」
笑いながらクラスメイトがいってくる。
「女から見てもそのスタイルはそそるものがあるのよね〜」
そういいながら、後ろから抱き付いてくる。
「ちょっ・・・やめてってば!」
「うわ〜・・・すっごいよ〜」
抱きつくだけでは飽き足らないらしく胸を揉んできた。
「何々?そんなにすごいの?」
そんな光景を見るクラスメイト達は面白がって止めようともしない。
「どのくらいどのらい?」
むしろサポーターの様に煽ってたりする。
「う〜ん・・・この調子だと確実に80後半はかたいわね。」
揉みながら真面目な顔をして答える。
「うわ〜大きいんだ〜」
「どうやったらそんなに大きくなるの?」
「実は毎晩もまれちゃってるとか〜」
「もうやめてよぉ〜」
静流の弱々しい声が空しく聞き流される。
校舎裏での刺々しい雰囲気とは逆に、剣道場では華やかな空間を作り出されていた。


―――

さすがに手持ちの武器がすくないのか、康哉はなかなか苦無を投げようとはしない。
一方大河も学校と言うこともあり、手持ちの武器は少ない。
二人は動かない。
どうやら互いに相手の出方を待っているようだ。
先に動いたのは康哉だった。
一直線に康哉へ向かって走ってくる。
そして懐が出した手には忍刀が握られていた。
「康哉、てめぇ!そんなもん学校にもて来てるんじゃねぇよ!」
「静流様を守るのが俺の役目だ。これぐらいは当たり前だろうが!」
康哉が忍刀を突いてくる。
大河が素早く横へとよける。
よけた瞬間康哉は忍刀の軌道を突きから横薙ぎへ変える。
「くっ・・・」
大河は不安定な体勢になりながらも、後ろへと飛び忍刀をさける。
「さすがだな、五遁の大河。」
避けられると予想していた康哉は落ち着いて体勢を整える。
「康哉!まずは落ち着け。」
「これが落ち着いていられるかっ!」
「まずは俺の話を聞け。」
「聞く必要などない。」
「そうか?静流の乳なんだが・・・かなり凄ぇぞ。」
「貴様・・・」
康哉の殺気がさらに増す。
「言うなれば・・・至高の乳だ。」
「なぜ、そんな事がわかる。」
「何言ってんだ、お前は?この間揉んだからにきまってんじゃねぇか。」
その言葉を聞いた瞬間、康哉が切れた。
どうやら大河が静流の胸を揉んだ日の事を思い出したらしい。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
冷静な康哉にしては珍しく、隙の多い動きで大河に斬りかかった。
尤もそうなるように大河が仕向けたのだが。
(よし・・・これで大丈夫だ)
大河が薄く笑いながら、懐から苦無を取り出す。
カキーン
康哉の忍刀が大河の苦無によって弾かれ、地面へと刺さる。
「くっ・・・」
忍刀を失った康哉は苦無を取り出そうとするが、大河によって手をつかまれてしまう。
(しまった)
康哉もここで気付いた。
わざと怒らせることによって、冷静な判断力を失わせ、そしてその隙をつくという大河の術中にはまってしまったことを。
大河は康哉の真剣に目を見てくる。
「まて、康哉。もう一度聞くぞ。静流の乳を見たくないのか?」
「・・・まだ言うのか貴様は。」
「いいか、康哉。静流の乳はそれはもう素晴らしいものだ。男なら一度は見ておいて損はないはずだ。」
「静流様の守護役たる俺がそんな事できるわけないだろうがっ!」
あくまで見せようとする大河に、それを阻止しようとする康哉。
「それは間違っているぞ、康哉。守護役というのはあくまで役目だ。康哉という人間の上を覆っている殻にしかすぎない。」
「何を言っているんだ貴様は?」
康哉は隙を見つけ、大河から離れようとするが大河もそんな隙をあたえようとはしない。
「康哉!男として聞くぞ。お前は本当に静流の乳を見たくないのか?」
大河が真剣な顔で聞いてくる。
(静流様の乳・・・)
康哉は頭の中で静流の露わにされた胸を塑像してしまう。
(いかん!俺がそんな事を考えてどうするんだ!)
しかし、そういうのは一度想像してしまうと無駄である。
そしてそれを見逃す大河ではなかった。
「康哉!殻を破るんだ。男だろ?見たくないのか?今しかないんだぞ!」
(見たくないといえば嘘になる・・・しかし俺がそんなことでどうするんだ!)
「康哉・・・静流は90のDだ。」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに康哉は理解する。
「そっ・・・そんなにか・・・」
「あぁ・・・そして崩れてもいないし、形も上向きだ。まさしく至高の乳の名にふさわしい。」
「くっ・・・」
「あの乳は素晴らしかった。見た目も触り心地も・・・」
既に康哉は、大河の言葉は耳に入っていない。
入っていたとした、今の言葉に激怒したはずである。
「康哉・・・俺は思うんだ。ばれなければ平気だろってな。」
大河が笑みを浮かべながら言う。
その笑みは見るものが見たら悪魔の微笑みを連想させる。
(確かに一度くらいなら・・・いや俺がそんな事を考えてどうするんだ!)
康哉の理性と欲望とが激しくぶつかる。
そして康哉は気付いていなかった。
またしても大河の術中にはまってしまった事を。


―――

康哉の理性は大敗を喫したらしい。
剣道場の裏手には、大河と康哉の二人がいる。
体育館とは違い、窓の数がすくない。
「よし、康哉・・・あそこだ。」
大河が指差す先には運良く開いた窓が見えた。
二人は気配を殺しながらそ
中に居るのは次期百地当主の静流である。
下手に近づくと気配でばれてしまうかもしれない。
「・・・本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって、まさか静流もクラスの女たちも覗かれるとは思ってないだろうからな。」
そう言って大河はしゃがみ、中を覗き見た。
大河の動きが止まる。
「すげぇ・・・体育館とは香りが違うぜ・・・」
訳の分からないことを言っている。
「・・・大河・・・俺にも見せろ。」
すでに康哉の中では何かが吹っ切れたらしい。
自分から見ようとしている。
「あぁ・・・でもまだ静流の番じゃないらしい。もう終わっちまったのか?」
「それでは俺の来た意味が無いだろうが!」
康哉が大河を押しのけ中を見る。
「・・・大丈夫だ。静流様はこの二人後だ。」
康哉が自信たっぷりに言う。
「何でわかるんだ?」
「出席番号だ。あの子は静流様より出席番号が前なんだ。」
「・・・ということは?」
「もうすぐ静流様だ・・・」
心なしかうれしそうに康哉が答えた。


―――

(はぁ・・・これ以上大きくなれてもな〜)
静流は順番を待ちながら悩んでいた。
確かにクラスメイトは私のスタイルをほめてくれる。
それはうれしいんだけど、胸はこれ以上大きくなってほしくない。
走ると痛いし、なにより肩がこる。
男の子は大きい方がいいって言うかもしれないけど、大きすぎるのも悩みものだ。
(とらはどうなんだろうな・・・大きい子が好きなのかな・・・)
「・・・流」
(いっつも胸さわってくるし・・・)
「静流!」
後ろの子から声を掛けられる。
「えっ?何?」
「次があなたの番だから、下着脱いで待っててくださいだって。」
「あっ・・・うん、わかった。」
静流がブラジャーを脱ごうとすると後ろの子が声を掛けてきた。
「ボーっとしてたけど、何考えてたの?」
「・・・なにも考えて無かったですよ、はい。」
慌てた静流のことば使いは妙な敬語になっていた。


―――

(次だ・・・)
康哉は心の中でガッツポーズをした。
確か康哉は静流の守護役である。
剣道場の中では女子たちが胸囲を計っている。
そして康哉と大河のいる位置からははっきりと見ることが出来る。
また一人診察が終わったようだ。
たった今診察をしていた少女とすれ違いざまに静流が入ってきた。
(静流様・・・)
残念な事に静流は腕を組んで胸を隠してしまっている。
「おっ・・・静流だ。なに隠してやがんだよ。さっさと腕どけろって。」
康哉のすぐ脇の大河が毒づく。
しかしその声すらも康哉の耳にはいっていかない。
康哉はすでに目の前に見える静流の姿に心を奪われていた。
「しかし相変わらずでかい乳してるな。」
隣では大河が品評をしている。
そしてついに静流の腕が下ろされ、胸が露わになった。
(静流様、俺はこの光景を一生忘れません。そして・・・こんな俺をお許しください。)
康哉は静流へ感謝の気持ちと謝罪を同時に心の中でつぶやいた。
大河はそんな康哉を面白そうに見上げていた。


―――

クシュン
いきなり大きなくしゃみの音が響いた。
康哉が大河を見る。
「貴様・・・」
「悪い、我慢できなくて」
中の静流がいち早く外の二人に気付き、声を上げる。
「誰っ!?皆、覗きよ!」
その瞬間剣道場の中に悲鳴が響き渡った。
「ヤヴァイ、逃げるぞ!」
そう言って大河が身を翻し、その場か離れる。
静流の胸の余韻に浸っていた康哉も少し遅れてその場を離れようとした。
その瞬間足が何かに引っかかる。
「ぬぉっ!」
慌てていたため康哉の反応が遅れ、そして転んでしまった。
「くっ・・・何が・・・」
足元を見つめた康哉の目に入ってきたものは、ズボンの裾に刺さっている苦無だった。丁寧なことに地面に深く刺さっている。
「大河・・・アイツ!」
康哉が静流の胸に目を奪われている間にやったのだろう。
しかし今はそんな事はどうでも良かった。
見つかる前に逃げなければ康哉の身に危険が及んでしまう。
(・・・大河、貴様は後で必ず殺す。)
康哉は硬く心に誓い、その場を疾風の如く走り去っていった。
そしてあとに残されたのは、一本の苦無だけだった。


―――

静流が剣道場の裏手へと走っていく。
すでにそこには康哉と大河の姿は無い。
(まったく誰よ、覗きなんてしてたヤツは?)
さすがに服を着る時間があったため間に合わなかった。
(あそこね・・・覗いてたのは)
静流が唯一開いている窓へと近づく。
静流が窓から中を覗く。
中では未だに騒然としている。
(うわ〜・・・丸見えだったんだ・・・)
思わず静流は顔を赤くしてしまう。
さすがにここまではっきりと見られているとは思ってなかった。
(許さないから、乙女の胸を覗き見るなんて・・・)
だんだんと静流に怒りがこみ上げてきた。
「あれ?」
静流の足に硬い感触があった。
下を見るとそこには苦無が落ちていた。


―――

珍しく静流が康哉を一緒に帰ろうと誘ってきた。
いつもは大河と帰ろうとしている静流にしては珍しい出来事だ。
「・・・今日は大河とは帰られないんですか?」
一応静流に康哉が聞いてみる。
「うん、なんか今日は用があるんだって♪」
「・・・そうですか。」
「どうしたの、康哉?なんか今日は元気ないよ。」
大河に唆されたとはいえ、静流を覗きにいったのは変わらない。
そんな罪悪感が康哉の気分を重くしているのだった。
「いえ、何でもないですよ。」
「そう?ならいいんだけど。」
そういって静流が優しく微笑む。
(・・・静流様、本当に申し訳ありません。)
康哉はその心に痛みを覚えた。
「ところで、康哉?今日覗きがあったって知ってる?」
「・・・はい、知ってますが。」
「本当に酷いヤツだよね、覗きなんて・・・」
康哉の気持ちを知ってかしらずか静流が言ってくる。
康哉は平常心に保つだけで精一杯だ。
当の静流から聞かせられるとは思っていなかったからだ。
「・・・そうですね。」
相打ちを言うことしか出来なかった。
(俺はなんていうことを・・・)
今更ながら後悔してしまう。
「それで私の裸はどうだったの?」
「それはとても・・・」
「とても?」
「あっ・・・」
静流の話術にはまってしまったようだ。
もっとも普段の康哉なら引っかかりもしないのだが、今の康哉にそれは無理だった。
「やっぱり康哉だったんだ。」
「えっ・・・あっ・・・いや・・・」
「この苦無どこかで見たこと無い?」
そういって静流が苦無を取り出す。
(そっ・・・それは・・・)
「剣道場の裏に落ちてたのよね。」
慌てていた康哉が拾うのを忘れていった苦無だった。
そして良く見るとそれは康哉の苦無だった。
「これ・・・康哉のだよね?」
そういって笑う静流の笑顔は見るものが見れば死神の笑みを連想するだろう。
まともに顔を凝視できない康哉は俯いてしまう。
「そうです・・・」
すでに言い逃れできないと悟った康哉は素直に認める。
いや認めざるを得なかった。
なぜなら顔は笑顔でも体からは殺気が漂っているからだ。
「康哉・・・顔上げて・・・」
淡々と聞いてくる静流に康哉は恐怖を感じた。
恐る恐る顔を上げる。
そこで康哉目にしたのは、力一杯手を振りかぶってる静流の姿だった。
「最低っ!!」
手首のスナップ、腰の回転、体重の乗せ方、全てが一級品のびんたが康哉に炸裂する。
パッシーーーーーーン
夕焼けの空の下に乾いた音が響き渡る。
康哉は言い訳をする暇もなく崩れ落ちていった。

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