………………………………
 ………………………
 ………………ハッ!?

「あはははは♪」

 静流の惚けた笑いと、良い匂いで目が覚める。
 途端に甦る空腹感。
 そして、数人の気配。
 1……2……3………4………5………………。
 戦闘員………危険な気配を察知。
 1……2……3………4………5って全員かよ!
 100%危険人物の輪の中に居る俺。
 今、ライオンの群れに迷いこんだ、愛らしいプレーリードックの気持ち。
 恐る恐る目を開けると………眩しいくらいの青空。
 爽やかな風。
 初夏の太陽の匂い。
 あ。
 あと、弁当の残り香。

「あ、起きた。おにーちゃん、おはよう♪」

 …………………緋那?
 俺の右隣で、緋那が嬉しそうに箸を咥えていた。
 中身が半分くらい残っている小さい弁当箱は、とても人類が空腹を満たすのに適しているとは思えない。
 ……………いや、そんなに小さくは無いぞ、俺。
 俺の持つ弁当箱が、大きすぎるのだ。
 既に中身は空だが。
 ……………………俺の持つ?
 ………弁当箱の………空?

「まったくー!。食べてすぐ寝ないんだよ、とら!」
「あはは♪ イガちゃん、変わらないねぇ♪ 昔のまんまだ〜」

 ……………静流と………木バナナ?
 銀色に光るレジャーシートの上で、楽しそうにはしゃぐ二人。
 静流と木バナナの持つ弁当箱も、中身は半分くらい減っていた。
 この事実から察するに、今は多分昼休み。
 しかも、数十分経ってる頃合いと見た。
 この際、午前中の記憶が無いのは良しとしよう。
 うん。
 新しい能力、取得。
 伊賀崎流、時間超越の術。
 しかし………食べてすぐ寝ない?
 誰が?
 俺が?
 食べたの?
 何を?
 多分、この手に持っている弁当箱の中身の事だとは思うが………記憶が無い。
 満腹感も無いぞ、おい。

「………恐ろしいほど不作法な人間だ、貴様は」

 むかっ!
 康哉が俺の正面で、無愛想に呟く。
 なんのつもりか、正座などしてやがる。
 正座に脇差忍刀(にんとう)は邪魔に成るらしく、折り畳んだ膝の間に二本挟んでいた。
 なるほろ。
 あのポジションに挟んでおけば、左右どちらからでも抜刀が可能、か。
 なんか痛そうな座り方だが、多分慣れているのだろう。
 苦痛など微塵も感じさせない、苦悶に満ちた表情。
 座っているポジションも、静流のすぐ脇であり、何か有った時は己の身を投げ出せる位置だ。
 流石、護衛役。

「…………とら? どうしたの?」
「イガちゃん、まだ寝てる?」

 無言で思考を巡らせている俺の顔を、静流と木バナナが覗き込んできた。
 ………木バナナ?

「ああ、懐かしいな、木バナ………」
木羽(きば)奈那子(ななこ)の間は繋げないでね♪ もし繋げたら………」

 どうなるのだろう?

「やめてよね、とら。壁に付いた血、落とすの大変だったんだからね」

 酷い目に会うらしい。
 それもギャグでは済まないくらいの………ああ、そうか。
 俺、奈那子の投げた机と壁に挟まれて………それからどうなった?
 俺は意識を失うと、オートで行動するようになっている。
 深層真理に組みこまれたプログラムが、その時に一番相応しい行動をするようになっているのだ。
 ちなみに、誰がプログラムを組んだのかは定かではない。
 そんな習性は、俺には無いからだ。
 ……………まだ、よく目が覚めてないらしい。
 自分で何言ってるか、解らなくなってきた。

「はい、お兄ちゃん♪」

 緋那が俺の目の前に、パックの牛乳を差し出す。
 これで俺に目を覚ませと言うのだろうか?
 産地直送の牛乳パック。
 流石、牛乳の本場なだけはある。
 つーか、牛乳の本場ってどこだよ?
 見ると全員、牛乳パックを持っていた。
 食事の御供が、牛乳か………。
 俺、お茶の方が良いなぁ。

「なぁ………みんな……………」

 緋那から牛乳を受け取りながら、神妙な顔でつぶやいてみる。

「………ん?」

 木バナ………奈那子がストローを咥えながら、首を傾げた。
 少しピンクの唇………別なモノを咥えさせたくなる。
 体育館裏とかで。
 体育館用具倉庫でも可。

「………どしうたの、とら?」
「お兄ちゃん?」

 静流と緋那も、不思議そうに俺の顔を覗きこんだ。
 俺が真面目な顔をしているのが、そんなに珍しいか?
 珍しいとしても今、俺のことを見詰められるのは不味い。

「……………」 

 康哉だけは俺の台詞など、意に介していないようだ。
 無言で周囲の警戒をしている。
 だが……気付いていないのだろう。
 俺の考えを。

「みんな………俺の話しを良く聞いてくれ。真面目な話しだ………」

 周囲の空気が、一変する。
 張り詰めた空気が、みんなを尚更緊張させているようだ。
 重苦しい空気に耐えられなくなったのか、静流が喉を隆起させながら呟いた。

「……ど、どうしたの、とら?」
「………………頼みが有る。重要な………とても重要な頼みだ」
「う、うん………」
「みんなの力が………必要なんだ」
「………………」
「………………」

 いつもふざけている俺の、真摯な態度。
 それがただ事ではない事が、みんなには解ったのだろう。

「まずは………ああ、そうそう。その前に………牛乳を口に含んでくれないか?」
「な、なに言い出すの、イガちゃ……」
「頼む……。成るべく多くの量が良い………と、思う」

 奈那子の疑問の声を、そっと遮る。
 優しく。
 すんげー優しく。

「あと……成るべく、周囲に気付かれ無い様に……して欲しい。ああ、きょろきょろするのは止めてくれな」

 みんなの動きがピタリと止まる。
 みんなと言っても、康哉を除いた3人だ。
 康哉は相変わらず。

「気付かれると………やっかいだ」

 この一言が、止めと成った。
 俺が忍者だと言うことは、ここに居る全員が知っている。
 つーか、ここのメンバーの半分以上が忍者だ。
 奈那子は忍者ではないが、大手の忍具メーカーのお嬢様だし。
 忍者との付き合いも多いし、家ではしょっちゅう業者の忍者が出入りしている。
 忍者の行動がどーゆーものか、知っているのだ。
 緋那も忍者ではないが、母と姉と義兄と義父が忍者だしな。
 つまり何だか解らないが、俺が何か危険を察知している……そう思ってもらえるのだ。

「頼む………タイミングを合わせてくれ」

 俺は軽く頭を下げた。
 普段の俺を知っている皆にとって、それがどれほど意外な行動だか理解できたのだろう。
 みんなは静かに頷いた。
 康哉だけは、動こうとしないが。

「いいか………いくぞ?」

 康哉を除いた全員が頷く。
 顔には、あからさまな緊張。

「3………2………1……0」

 静流と奈那子が同時に、ストローを咥える。
 頬をすぼめて、牛乳を口に含んだ。
 緋那は二人よりも一瞬タイミングが遅れたが、それでも懸命に牛乳を吸い出す。
 真面目な顔が、ちょっと怖い。
 ちゅ〜ちゅ〜。
 ちゅ〜ちゅ〜。
 ちゅ〜ちゅ〜ちゅ〜。
 情けない音が、初夏の昼休みの屋上に流れる。
 かなりシュールな光景。
 程なく、女の子全員の頬が膨れ上がった。
 その状態で、俺の次の台詞を待つ。
 ああ、こっち見ないでくれ、みんな。
 危険だから。

「康哉……………」
「何故俺が、貴様の言うことなど」
「………………」

 まあ、言う事聞かれても困る。
 康哉の位置は、俺の正面だからだ。
 口一杯に牛乳を含んだ康哉の顔も、見てみたいっちゃ見てみたいが。

「大体、何だと言うのだ? なんの気配も感じな……」

 緊張が更に高まる。
 静流が非難めいた視線を康哉に向けるが、康哉は俺をじっと睨み付けていた。
 あまり時間が無いと言うのに。
 昼休みが終わってしまうじゃないか。

「康哉………お前、その顔………」
「俺の顔が何だ?」

 全員の視線が、康哉に注がれる。
 今だぁぁぁぁぁぁ!!!

「鼻毛、ピロリン♪」
「ぶ――――――っ!」

 あまりにも意外な台詞だったのだろう。
 言った俺も、何言ってるか解からないほど、意味の無い台詞だ。
 だが俺の台詞によって、3人の口から白濁した液体が放出され、康哉の全身を白く染め上げた。
 こりゃ、おっきな女の子のお友達が喜ぶな。
 白汁まみれで。
 康哉は………怒りか驚きか。
 身動き一つもしない。

「ゲホゲホ………」

 緋那も静流も、気管に入った牛乳に咽び苦しんでいる。
 そーゆー事までは考えてなかった。
 正直、ごめんなさいねっと。

「ああっ!? 康哉君が真っ白に!?」

 奈那子が驚きの表情で、康哉を見詰めた。
 だが、康哉に掛かった牛乳の半分以上は、奈那子の噴き出したものだ。
 よだれのように白濁した液体が口の周りについている。
 ああ、ナイスビジョン。
 おかずっぽいんだけど………それはなぁ。

「………大河………………………貴様………………………」
「んじゃ、そーゆーことで♪」
「セィ!!!」
「とぉ!」

 康哉の抜き投げを、後ろに飛んで(かわ)す。
 悪の組織にチューンされた、悲しき改造人間のノリで。
 康哉の放った苦無(くない)は、俺の足の下を通過して行った。
 下にいる誰かに刺さらなければいーが。
 ………………下?

「ば、ばか、とら! ここ、屋上だよ!?」

 静流の台詞を待つまでも無く、俺は地面に向かって落下して行った。
 どーやら、着地地点を間違ったと思われているらしいが……これは計算済み。

「てぃ」

 あらかじめ懐から引き抜いていた、鉤付き紐を屋上の手すりに引っ掛ける。
 鶚の鉤よりも大分大きな鉤。
 鉤の、本来の使い方だ。
 引力に引かれながらも、紐を握ってスピードを調節して地面へと向かう。
 掌が焼けるほど熱いが、この程度で火傷するようでは忍者とは呼べない。
 己の肉体は忍具と同じ。

「……………くっ。逃げたか………」

 屋上からそんな怨嗟が聞こえてきたが、知ったこっちゃ無い。

「きゃぁ!?」
「……………よっ♪」

 落下の再、知らない女生徒と目が合ったが、それも知ったこっちゃ無い。
 まあ、一応、挨拶だけはしておく。
 

  こうして無意味に長いイントロを経て、学園生活初日の昼休みが始まった。
 半分くらい過ぎてるけどな。


















                    第十二話   『世界で唯一平等なもの』





















「ん〜〜〜〜♪」

 作戦成功の満足感から、身体を思いっきり伸ばす。
 周囲の緑の多さは、イラついた気分を少しだけ和らげ……。
 ボキボキ。
 お、今、いー音したなぁ。
 MDに永久保存しておきたいクラスの、良い音だった。
 惜しむらくは俺がMDどころか、音を発生させる機械を何一つ持っていない事だ。
 最近流行りのケータイやらも、俺は持っていない。
 金が無いからだ。
 そーいえば、静流は持っているんだろうか?
 任務遂行中にピロピロ鳴るのは不味いだろーが、静流は『現場』に出るタイプの忍者ではない。
 修行だけ続けるものの、決して実戦には出ないのだ。
『百地』の強さとは、戦闘力の事ではない。
 人員掌握と、歴史の長さ。
 それが『百地』の強さなのだ。
 もっともある程度の実力が無いと、誰も『百地』とは認めてくれない側面も有るのだが。
 適当に強くないと、部下が造反する危険が出てくる。
 歴史上そう言った事象も、少なからず有るのだ。
 ま、その度に恰好良いヒーローが、『百地』を助けたらし……。

「いや〜、見事なもんやな♪」

 ………………いが。
 ……イガちゃん。
 どいつもこいつも、呼びたいように呼びやがって。
 ……いや、それは今、関係無い。

「噂には聞いとったけど、見事な逃げっぷりや。まさか、5階建ての校舎から飛び降りるとはな〜」

 テノール関西弁の方を向く。
 そこには黒髪を後ろで三つ編みにした、眼鏡の女が立っていた。
 ネクタイの色からすると、二回生だろうか?
 一瞬奈那子かと思ったが、明らかに髪の長さが違う。
 身長は奈那子と同じ位の155cm前後だろーが、乳の大きさも違う。
 奈那子は推定、85のC。
 この眼鏡娘は……75のBと見た。
 服の上からでもサイズを把握できるのが、俺の特殊能力だ。
 あとは触って微調整するのみよ!

「やっぱ変態には、遁走スキルは必須なんやろか?」
「だれが変態だ」

 いきなりの変態呼ばわり。
 こんな眼鏡に、変態呼ばわりされる覚えは無い。

「せやかてあんさん。今朝静流様に連行されてたやん。静流様は学園の変態を駆逐するのがお仕事や♪」

 ヤな仕事だな、静流『様』。
 てゆーか……。

「お前、誰?」

 思わず素で聞いてしまう。
 と言っても、決して呆けて聞いたわけではない。
 胸に隠し持った、苦無(くない)に意識を集中する。
 コイツが敵か味方かは解らないからだ。
 眼鏡娘は一瞬顔をしかめたが、すぐにふふんと鼻を鳴らした。

「変態に教える名前などあらへん♪」

 ………コイツ………犯すぞ?
 その愛くるしい眼鏡を掛けた顔にカケるぞ、コンチクショウ。
 いやいやいや。
 それじゃ変態確定。

「じゃあ、変態に話しかけてねーで、関西に帰れ、関西に」
「あ、関西なめとったら、いてまうど?」

 別に舐めてるわけじゃない。
 しかし、今でこそTVでしょっちゅう関西弁を聞くようになったけど、やっぱり実際聞くと……………。
 なんかヘンな感じ。

「関西人にかかったらなぁ。この辺なんか一瞬でミナミにしてまうんやで?」
「どーやって北の大地を、南にすんだよ?」
「ノリで」
「ノリかよ!?」

 全然訳解らん。
 なんか、こいつ………俺とキャラかぶってないか?
 下らないトーク運びが、どことなく俺と同じ匂いがする。

「きゃははっ♪ ええタイミングのツッコミや」

 誉められても全然嬉しくない。
 俺は元来、ツッコミ役などではないのだ。
 もっとアグレッシヴにボケるのが、俺の持ち味なのだが……。
 帰ってきてから、ツッコミたいことが多すぎる。

「ま、んな事は置いといて」

 左から右へ、何か物をよけるパント。
 ジェスチャーゲームなんかで良く使われる動きだ。
 関西人てのは、身動きしないと死んでしまう生き物なのだろうか?
 さっきからこの女、動きっぱなしだ。

「アンタの事、詳しく教えてーな」
「ヤダ」

 忍者が己の存在を詳しく教えてどーすんだ。
 てゆーか………誰なんだ、こいつ?

「なんで〜? 変態にもそれなりの人生は有るやろ?」

 変態じゃねーつーの。
 なんかコイツの物言い……普通ならむかつく事言われてるんだが、なんか……。
 憎めないってゆーか。
 これが関西弁の魔力なのか?
 それにしても、だ。
 それなりはねーだろ、それなりは。

「有ったとしても、なんで名前も名乗らねーヤツに教えなくちゃいけねーんだよ?」

 あ、『変態』って個所を否定すんの忘れた。

藍田凛(あいだりん)。さ、これでええやろ?」
「………………」

 素直に答えやがって、コンチクショウ。
 この『名前教えろ』攻防で、しばらく引っ張って誤魔化そうと思ったのに。
 なかなか思いどーりに行かないもんだ。
 別なことで誤魔化そう。

「アイ・ダーリン………惚けた名前だな」
「藍田! (りん)! 妙なトコでくぎんな!」
「ア・イダ・リン………大陸系か?」
「なんでや! バリバリの関西系やろ!」

 いや、それは判別つかない。
 名前で関西人かどーか、区別なんか付くもんかね?

「………なかなか手ごわいお人やな。流石忍者や」

 おっ?
 俺が忍者だと知ってるとゆーことは……同業者か?
 この街で忍者に出会う事は、さして珍しくない。
 良くも悪くもこの街は、そーゆー街なのだ。
 まあ、この隙だらけの女が、忍者だとも思えんが。

「ええから、さっさとアンタのコト、教えんかい! ウチも暇じゃないんやで!」
「暇じゃなかったら、関西に帰って眼鏡でも(みが)いてろ」
「眼鏡なんかドコでも磨けるわい! 磨いて見したろか!?」
「うん♪」

 凛の台詞を聞き終わってすぐに歩き出す。
 少し離れたポイントにあった芝生の上に、ちょこんと腰を下ろした。
 周囲は緑に覆われていて、少しだけ気分が和んでくる。
 今更だが……ここが中庭ってやつなんだろーか?

「さ、始めてもらおーか♪」
「お、おう! よ、よう見ときや!」
「さぞかし面白いんだろうなぁ……。関西人の眼鏡磨き♪」

 期待に膨らんだ目で、凛を見る。

「………あ、あたりきしゃりきの明石焼きや!」

 なんだそりゃ。
 凛は焦りながらも、眼鏡に手を掛けた。
 が、しかし……なかなか眼鏡を外そうとはしない。
 女の子にとって眼鏡を人前で外すのは、結構恥ずかしい行為だと聞いた事が有る。
 有る意味、羞恥プレイ♪

「わくわく♪」
「な、なんでこないな事に………」

 プレッシャーに押しつぶされそうな凛。
 期待されれば、何か面白い事をしなくてはいけないのが関西人の習性だ。
 テレビでがっちゃんが言ってた。
 ………帰ってきてから、テレビ漬けだよな、俺。

「はーやーく♪」
「わかっとる! 黙ってよう見とけ!」
「うーん♪」

 俺の可愛い台詞で、凛の進退が極まった。
 どうすれば面白く眼鏡が磨けるのか?
 凛の頭の中は、そんなことで一杯だろう。
 俺も、期待で一杯だ♪

「ううっ……………い、いくで!」
「うん♪」

 しつこいよな、俺も。
 凛が眼鏡に手を掛けた。
 意を決して一気に………。

「とら〜〜〜〜? どこなの〜〜〜〜?」
「お兄ちゃん〜〜〜♪ 生きてる〜〜〜?」

 ………………チッ。
 邪魔が入った。
 だがまあ………助かったのは俺も一緒だ。
 見知らぬ女をからかうのも、この辺が限度だったから♪



「とら〜?」
「あ、いた♪」

 背後から、静流と緋那の足音。
 奈那子と康哉は来ていないらしい。
 逢引きか?

「なにやってんの、とら? 大丈夫?」
「何が?」
「だって屋上から飛び降りたんだよ?」
「そんなことより、お前も見物しろ。俺の隣りに座って♪」

 背後から寄ってきた静流の手を掴んで、強引に座らせる。

「あん。なにすんのよ」
「何が面白いの、お兄ちゃん?」

 緋那も俺の背後から、前方を覗きこんだ。
 頭の上の耳が、ピコピコ動いている。
 好奇心旺盛だねぇ。
 みんなの視線が前方に集まった。
 そこには……引きつった顔の凛。

「関西人の、眼鏡ショーが開催されるところなんだぞ。お代は要らないから、緋那も見とけ♪」
「………り、凛ちゃん?」 

 あれ?
 緋那の知り合いか?

「うっ………り…………凛………?」

 静流が、あからさまに顔をしかめた。
 静流も知り合いなのか?
 しかしネクタイの色から察するに、凛は2回生。
 ネクタイの色が緑だからな。
 静流は3回生の証し、赤。
 緋那は青で1回生。
 わりと大きな学園なので、全員知り合いって事は無いだろうが……。
 どんな接点なんだ?

「あ――――――ん、静流さまぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、ちょっと、り………きゃぁぁ!?」

 いきなり凛が、俺の脇の静流に飛びかかった。
 静流が(かわ)す暇も与えずに、一気に押し倒す。
 中々素早い動きだが、そんなことはどーでもよくて………。
 ……羨ましい。

「怖かったんや〜。このクソ男が、ウチに辱めを――――っ♪」

 誰がクソ男だ。
 お下品な。
 そう言いながらも、静流の豊満な胸に頬擦りする凛。
 かなり羨ましいぞ、コンチクショウ!

「ちょ、ちょっと………や、やめ……」
「あ――――ん、静流様♪」
「やめなよ、凛ちゃん! 静流お姉ちゃんが嫌がってるでしょ!」

 緋那が見た事無い怖い顔で凛を制するが、凛は一向に離れる様子は無い。
 それどころか……。

「ジャリは黙っとけ!!! あ―――ん静流様、怖かったぁ♪」

 ものすごく恐い顔で、緋那を威嚇した。
 一瞬緋那のネコ耳が、ピクンと後ろに寝てしまう。

「や、やめ………り、り………ん……………」

 お?
 静流………もしかして、そっちの気が?
 段々と静流の抵抗が弱まり始める。
 耐性訓練を受けている静流を、徐々に陥落させるとわ……。
 な、習いてー。

「凛ちゃん!」
「あ―――ん。怖かった………怖かったんや――――……すりすり♪」
「やめ……やめ………んん………………」

 ……………で、結局、凛ってのは誰なのかな?
 静流の胸にスリスリしてる凛。
 ネコ耳をいからせて、二人を引き離そうとしている緋那。
 段々と流されていく静流。
 楽しげな女体くんずほぐれつショーを見ながら、俺はそんな事を思っていた。











「しっかしさー」
「ん? どしたの?」

 にこにこした静流と一緒に、海岸線を歩いて帰る。
 緋那も一緒に帰りたがっていたが、本日は日直の為、爽やかに置き去りだ。
 ………日直ってなんだろ?
 康哉もクラスの仕事が有るとかって、静流の護衛を放棄している。
 あれでよく、静流の護衛役だなんて威張ってられるもんだ。
 まあこの町で、静流のことを狙おうなんて命知らずは居ないだろうが。
 この街の到るところに、忍びの目は光っている。
 見知らぬ人間や観光客は、常に監視されているのだ。
 この街が………『百地』が、この国を支えていると言っても過言ではないから。

「あの、凛って女………何者なんだ?」

 結局昼休みのうちに、あの女の正体を聞くことが出来なかった。
 チャイムと同時に『ほな、さいなら♪』と爽やかに去ってしまったから。
 中々の手練(てだれ)だ。

「あー。凛ね〜〜〜」

 静流は学生カバンを前に持ち直した。
 溜め息で、大きな胸が隆起する。
 あ〜、さわさわしてー。
 わさわさでも、可。

「俺のこと聞いてたけど、惚れたのかな?」
「………とらに?」
「うん♪」

 目一杯可愛い笑顔を、静流に向ける。
 静流は一瞬目を丸めた後………。

「プッ♪ な訳無いでしょ♪」

 笑いやがった。
 ……俺もそう思うが……。
 嘲笑されると、頭に来るな。

「あの子はねー。学園の報道部なんだよ」
「報道部?」
「うん。お昼の放送したり、壁新聞を書いたりするクラブなの」

 楽しいのか、そんなクラブ?

「だからって、なんでお俺のことを取材しよーとしてるんだ?」

 もしかして、俺のカリスマ性がばれたか?
 学園の新しいヒーロー。
 静流みたいなバッタモンお嬢様に支配されていた学園を、自由の世界に解き放つ孤高のヒーロー。
 あー。
 その線のストーリーもアリだなぁ。

「多分………あたしが、とらと一緒に歩いてたからじゃない?」
「………朝か?」
「うん」

 朝………。
 輝かしい学園初日。
 いきなり変質者呼ばわりされた記憶が、鮮明に呼び起こされる。
 本当なら、話題騒然、謎の転校生登場の巻だったのに……。
 静流の怪しいキャラのせいで、いきなり俺の評判は地に落ちた。

「あの子……ほら。あたしのこと………アレなんだー」
「レズか?」
「………そーゆー言い方、嫌いだな」

 俺は好きだ。

「ま、それで……あたしのこと、調べたりするのよ。誰を倒して、何人連行したとかさ」

 俺としては、そのしょっちゅう『誰かを倒して』る、お前の方が気になる。
 何してんだ、学園で。

「ホント……。参っちゃうよねー」

 参るよな。
 マニアックな種族が増えて。

「緋那と、随分仲悪く見えたが……それが原因か?」

 何日か一緒に過ごしたが、緋那の静流に対する態度はハンパじゃない。
 まるで、本当の姉妹のようだ。
 長女、蓮霞。
 次女、静流。
 末娘、緋那。
 そんな感じに見うけられる。
 段々と毒が薄れて行ってるのが、解るだろうか?
 あと10人くらい妹が居れば、一般人が生まれるだろう。

「うん。緋那もさー。あたしに随分懐いてくれてるじゃない?」
「ああ」

 それは傍目から見ても、よーく解る。
 一緒に居る時は、片時も離れない。
 インプリンティングされた、雛のよーだ。
 緋那は雛………プププッ♪

「………何、ニヤニヤしてんの?」
「なんでもねー」

 今、すげー面白いギャグを思いついたんだ。
 いつかみんなの前で発表しよう。

「……ま、いいけど」
「だから、静流傾倒の凛と、静流妹希望の緋那が仲悪いわけか?」
「いきなり話し戻さないでよ」

 しゃーねーだろ。
 話しを脱線させたのは、お前の方なんだから。
 俺が戻さないで、誰が戻すんだ。

「ま、そうなんだけどねー」

 女の嫉妬は怖いって話しだからなぁ。
 なるべく緋那と凛の間に入るのは止めよう。
 静流へのセクハラは止めないが♪

「それもこれも、お前が怪しいキャラだからじゃねーのか?」

 静流がむっとして俺を睨んだ。

「しょうがないでしょ。『百地』なんだから」

 この地に根付く、『百地』の力。
 一般人とは言え、その呪縛からは逃れる事は出来ない。
 どんな企業のトップでも、『百地』の庇護(ひご)無しには生き残れないのだ。
 過度な情報戦。
 邪魔な物はブチ壊してしまえばいーやとゆー、単純な思考によるテロ。
 政治家と言えども、命無くしては何も出来ない。
 それらの全てから、『百地』は守っている。

「だからって、お前が無理してどーすんだ」

 確かに『百地』はデカイ。
 この国を二分する勢力のトップなのだ。
 北に『百地』在り。
 誰もが知っている事。

「………とらには解かんないよ……」
「わかんねーな」

 俺にとっては、静流はただの幼馴染だ。
 それだけ偉そうな家系だろうが、いつも仕事を貰ってる家のおじょーさまだろうが関係無い。

「あたし……『百地』だから……『百地』らしくしなくちゃ。威厳を示さないと……駄目なんだよ」

 寂しそうに俯く静流。
 なんとなく………面白くない。
 面白くないぞ、おりゃぁ。

「だからあんなに怪しいキャラなのか」
「怪しいって……」

 俯いたまま、静流が苦笑した。
 その顔が、あんまりにも寂しくて……。

「どー考えても怪しいだろ! なにが『おはよう』だ。優雅な(たたず)まいしやがって」
「とら……気持ち悪いほど似てないよ」
「別に物真似してるわけじゃねーよ」

 本当はしてた。
 ショックだ……。
 結構似てると思うんだけどな。

「ふふっ♪」
「……なんだよ?」

 いきなり笑い出して、気持ち悪いな。

「『大河君。言葉が過ぎますよ?』」

 うっ………。
 これが百地モードの、静流か?
 戦闘モードとは、また一味違うな。
 しっかし、器用だな、コイツ。
 色んな味があって……今度、舐めて調べてみよう。

「優雅で威厳があって、強くて賢くて優しいお嬢様。それが………あたしなんだー」

 俯く静流。
 海から来るベタついた風が、静流の髪を揺らせた。

「………あたしなんだー」

 優しく………だけど、悲しく。

「俺の幼馴染はな」
「………………?」
「俺の幼馴染は……威張りん坊で、口やかましくて、ちょろちょろ動きまくって」
「……………………」
「意地っ張りで強情で、弱いくせに威張って、泣き虫のくせに威張って、威張って威張ってどーしょーもなく威
 張って」
「………ちょっと、とら」

 怖っ!
 静流の怒りが、浜風に乗って伝わってくる。
 怒っているけど、怒ってない。
 そんな感情。

「女として67点くらいの人間だ」
「……び、微妙な数字だね」
「確かに」

 高くも無く低くも無く。
 だが……俺が気を許せるくらいの得点では有る。
 その事には気付かねーだろーが。

「………………それで?」
「終わり」

 他に思いつかなかった。
 威張ってるところしか記憶にねーんだもん。
 ま、他の要素は、敢えて削除。
 不味かったかなーと思って、静流の顔を覗きこむと………。
 おや?

「………あはは♪」

 わ、笑ってる。
 笑ってるよ、コイツ………。

「あはははは♪ ふ、普通さ………」
「ん?」
「その後は、誉めてフォローしない?」

 ま、普通はそーするかも。
 俺はわりと普通じゃないからな。

「俺はしねーんだよ」
「あはははははははははっ♪」

 ば、爆笑してる………。

「とらは……………変わらないね♪」
「お前もな」
「………え?」
「お前も全然変わっちゃいねー」

 変わって行く事。
 変わらない物。
 移ろっているけど、そう見せない人。
 それもが同じ。
 平等な……世界で唯一平等なものの上に流れている。

「そっか………あたし、変わってないかー♪」
「胸のサイズ以外はな」
「……セクハラするなって言ってるでしょ!」

 ボスッ。
 静流の持っているカバンが、俺の尻を叩いた。
 怒ってる訳じゃなく。
 昔のような、じゃれあい。

「とらのバーカ♪」

 静流が駆け出した。
 浜風に、スカートの裾が踊り出す。

「なんだと、この!」

 と言いつつも、追っかけるような恥ずかしい真似はしない。
 俺は俺の。
 静流は静流の歩き方で、道を歩いていく。
 世界で唯一平等なもの。
 ときのなかを。










END






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