………………………………
………………………
………………ハッ!?
「あはははは♪」
静流の惚けた笑いと、良い匂いで目が覚める。
途端に甦る空腹感。
そして、数人の気配。
1……2……3………4………5………………。
戦闘員………危険な気配を察知。
1……2……3………4………5って全員かよ!
100%危険人物の輪の中に居る俺。
今、ライオンの群れに迷いこんだ、愛らしいプレーリードックの気持ち。
恐る恐る目を開けると………眩しいくらいの青空。
爽やかな風。
初夏の太陽の匂い。
あ。
あと、弁当の残り香。
「あ、起きた。おにーちゃん、おはよう♪」
…………………緋那?
俺の右隣で、緋那が嬉しそうに箸を咥えていた。
中身が半分くらい残っている小さい弁当箱は、とても人類が空腹を満たすのに適しているとは思えない。
……………いや、そんなに小さくは無いぞ、俺。
俺の持つ弁当箱が、大きすぎるのだ。
既に中身は空だが。
……………………俺の持つ?
………弁当箱の………空?
「まったくー!。食べてすぐ寝ないんだよ、とら!」
「あはは♪ イガちゃん、変わらないねぇ♪ 昔のまんまだ〜」
……………静流と………木バナナ?
銀色に光るレジャーシートの上で、楽しそうにはしゃぐ二人。
静流と木バナナの持つ弁当箱も、中身は半分くらい減っていた。
この事実から察するに、今は多分昼休み。
しかも、数十分経ってる頃合いと見た。
この際、午前中の記憶が無いのは良しとしよう。
うん。
新しい能力、取得。
伊賀崎流、時間超越の術。
しかし………食べてすぐ寝ない?
誰が?
俺が?
食べたの?
何を?
多分、この手に持っている弁当箱の中身の事だとは思うが………記憶が無い。
満腹感も無いぞ、おい。
「………恐ろしいほど不作法な人間だ、貴様は」
むかっ!
康哉が俺の正面で、無愛想に呟く。
なんのつもりか、正座などしてやがる。
正座に脇差
なるほろ。
あのポジションに挟んでおけば、左右どちらからでも抜刀が可能、か。
なんか痛そうな座り方だが、多分慣れているのだろう。
苦痛など微塵も感じさせない、苦悶に満ちた表情。
座っているポジションも、静流のすぐ脇であり、何か有った時は己の身を投げ出せる位置だ。
流石、護衛役。
「…………とら? どうしたの?」
「イガちゃん、まだ寝てる?」
無言で思考を巡らせている俺の顔を、静流と木バナナが覗き込んできた。
………木バナナ?
「ああ、懐かしいな、木バナ………」
「
どうなるのだろう?
「やめてよね、とら。壁に付いた血、落とすの大変だったんだからね」
酷い目に会うらしい。
それもギャグでは済まないくらいの………ああ、そうか。
俺、奈那子の投げた机と壁に挟まれて………それからどうなった?
俺は意識を失うと、オートで行動するようになっている。
深層真理に組みこまれたプログラムが、その時に一番相応しい行動をするようになっているのだ。
ちなみに、誰がプログラムを組んだのかは定かではない。
そんな習性は、俺には無いからだ。
……………まだ、よく目が覚めてないらしい。
自分で何言ってるか、解らなくなってきた。
「はい、お兄ちゃん♪」
緋那が俺の目の前に、パックの牛乳を差し出す。
これで俺に目を覚ませと言うのだろうか?
産地直送の牛乳パック。
流石、牛乳の本場なだけはある。
つーか、牛乳の本場ってどこだよ?
見ると全員、牛乳パックを持っていた。
食事の御供が、牛乳か………。
俺、お茶の方が良いなぁ。
「なぁ………みんな……………」
緋那から牛乳を受け取りながら、神妙な顔でつぶやいてみる。
「………ん?」
木バナ………奈那子がストローを咥えながら、首を傾げた。
少しピンクの唇………別なモノを咥えさせたくなる。
体育館裏とかで。
体育館用具倉庫でも可。
「………どしうたの、とら?」
「お兄ちゃん?」
静流と緋那も、不思議そうに俺の顔を覗きこんだ。
俺が真面目な顔をしているのが、そんなに珍しいか?
珍しいとしても今、俺のことを見詰められるのは不味い。
「……………」
康哉だけは俺の台詞など、意に介していないようだ。
無言で周囲の警戒をしている。
だが……気付いていないのだろう。
俺の考えを。
「みんな………俺の話しを良く聞いてくれ。真面目な話しだ………」
周囲の空気が、一変する。
張り詰めた空気が、みんなを尚更緊張させているようだ。
重苦しい空気に耐えられなくなったのか、静流が喉を隆起させながら呟いた。
「……ど、どうしたの、とら?」
「………………頼みが有る。重要な………とても重要な頼みだ」
「う、うん………」
「みんなの力が………必要なんだ」
「………………」
「………………」
いつもふざけている俺の、真摯な態度。
それがただ事ではない事が、みんなには解ったのだろう。
「まずは………ああ、そうそう。その前に………牛乳を口に含んでくれないか?」
「な、なに言い出すの、イガちゃ……」
「頼む……。成るべく多くの量が良い………と、思う」
奈那子の疑問の声を、そっと遮る。
優しく。
すんげー優しく。
「あと……成るべく、周囲に気付かれ無い様に……して欲しい。ああ、きょろきょろするのは止めてくれな」
みんなの動きがピタリと止まる。
みんなと言っても、康哉を除いた3人だ。
康哉は相変わらず。
「気付かれると………やっかいだ」
この一言が、止めと成った。
俺が忍者だと言うことは、ここに居る全員が知っている。
つーか、ここのメンバーの半分以上が忍者だ。
奈那子は忍者ではないが、大手の忍具メーカーのお嬢様だし。
忍者との付き合いも多いし、家ではしょっちゅう業者の忍者が出入りしている。
忍者の行動がどーゆーものか、知っているのだ。
緋那も忍者ではないが、母と姉と義兄と義父が忍者だしな。
つまり何だか解らないが、俺が何か危険を察知している……そう思ってもらえるのだ。
「頼む………タイミングを合わせてくれ」
俺は軽く頭を下げた。
普段の俺を知っている皆にとって、それがどれほど意外な行動だか理解できたのだろう。
みんなは静かに頷いた。
康哉だけは、動こうとしないが。
「いいか………いくぞ?」
康哉を除いた全員が頷く。
顔には、あからさまな緊張。
「3………2………1……0」
静流と奈那子が同時に、ストローを咥える。
頬をすぼめて、牛乳を口に含んだ。
緋那は二人よりも一瞬タイミングが遅れたが、それでも懸命に牛乳を吸い出す。
真面目な顔が、ちょっと怖い。
ちゅ〜ちゅ〜。
ちゅ〜ちゅ〜。
ちゅ〜ちゅ〜ちゅ〜。
情けない音が、初夏の昼休みの屋上に流れる。
かなりシュールな光景。
程なく、女の子全員の頬が膨れ上がった。
その状態で、俺の次の台詞を待つ。
ああ、こっち見ないでくれ、みんな。
危険だから。
「康哉……………」
「何故俺が、貴様の言うことなど」
「………………」
まあ、言う事聞かれても困る。
康哉の位置は、俺の正面だからだ。
口一杯に牛乳を含んだ康哉の顔も、見てみたいっちゃ見てみたいが。
「大体、何だと言うのだ? なんの気配も感じな……」
緊張が更に高まる。
静流が非難めいた視線を康哉に向けるが、康哉は俺をじっと睨み付けていた。
あまり時間が無いと言うのに。
昼休みが終わってしまうじゃないか。
「康哉………お前、その顔………」
「俺の顔が何だ?」
全員の視線が、康哉に注がれる。
今だぁぁぁぁぁぁ!!!
「鼻毛、ピロリン♪」
「ぶ――――――っ!」
あまりにも意外な台詞だったのだろう。
言った俺も、何言ってるか解からないほど、意味の無い台詞だ。
だが俺の台詞によって、3人の口から白濁した液体が放出され、康哉の全身を白く染め上げた。
こりゃ、おっきな女の子のお友達が喜ぶな。
白汁まみれで。
康哉は………怒りか驚きか。
身動き一つもしない。
「ゲホゲホ………」
緋那も静流も、気管に入った牛乳に咽び苦しんでいる。
そーゆー事までは考えてなかった。
正直、ごめんなさいねっと。
「ああっ!? 康哉君が真っ白に!?」
奈那子が驚きの表情で、康哉を見詰めた。
だが、康哉に掛かった牛乳の半分以上は、奈那子の噴き出したものだ。
よだれのように白濁した液体が口の周りについている。
ああ、ナイスビジョン。
おかずっぽいんだけど………それはなぁ。
「………大河………………………貴様………………………」
「んじゃ、そーゆーことで♪」
「セィ!!!」
「とぉ!」
康哉の抜き投げを、後ろに飛んで
悪の組織にチューンされた、悲しき改造人間のノリで。
康哉の放った
下にいる誰かに刺さらなければいーが。
………………下?
「ば、ばか、とら! ここ、屋上だよ!?」
静流の台詞を待つまでも無く、俺は地面に向かって落下して行った。
どーやら、着地地点を間違ったと思われているらしいが……これは計算済み。
「てぃ」
あらかじめ懐から引き抜いていた、鉤付き紐を屋上の手すりに引っ掛ける。
鶚の鉤よりも大分大きな鉤。
鉤の、本来の使い方だ。
引力に引かれながらも、紐を握ってスピードを調節して地面へと向かう。
掌が焼けるほど熱いが、この程度で火傷するようでは忍者とは呼べない。
己の肉体は忍具と同じ。
「……………くっ。逃げたか………」
屋上からそんな怨嗟が聞こえてきたが、知ったこっちゃ無い。
「きゃぁ!?」
「……………よっ♪」
落下の再、知らない女生徒と目が合ったが、それも知ったこっちゃ無い。
まあ、一応、挨拶だけはしておく。
こうして無意味に長いイントロを経て、学園生活初日の昼休みが始まった。
半分くらい過ぎてるけどな。
第十二話 『世界で唯一平等なもの』
「ん〜〜〜〜♪」
作戦成功の満足感から、身体を思いっきり伸ばす。
周囲の緑の多さは、イラついた気分を少しだけ和らげ……。
ボキボキ。
お、今、いー音したなぁ。
MDに永久保存しておきたいクラスの、良い音だった。
惜しむらくは俺がMDどころか、音を発生させる機械を何一つ持っていない事だ。
最近流行りのケータイやらも、俺は持っていない。
金が無いからだ。
そーいえば、静流は持っているんだろうか?
任務遂行中にピロピロ鳴るのは不味いだろーが、静流は『現場』に出るタイプの忍者ではない。
修行だけ続けるものの、決して実戦には出ないのだ。
『百地』の強さとは、戦闘力の事ではない。
人員掌握と、歴史の長さ。
それが『百地』の強さなのだ。
もっともある程度の実力が無いと、誰も『百地』とは認めてくれない側面も有るのだが。
適当に強くないと、部下が造反する危険が出てくる。
歴史上そう言った事象も、少なからず有るのだ。
ま、その度に恰好良いヒーローが、『百地』を助けたらし……。
「いや〜、見事なもんやな♪」
………………いが。
……イガちゃん。
どいつもこいつも、呼びたいように呼びやがって。
……いや、それは今、関係無い。
「噂には聞いとったけど、見事な逃げっぷりや。まさか、5階建ての校舎から飛び降りるとはな〜」
テノール関西弁の方を向く。
そこには黒髪を後ろで三つ編みにした、眼鏡の女が立っていた。
ネクタイの色からすると、二回生だろうか?
一瞬奈那子かと思ったが、明らかに髪の長さが違う。
身長は奈那子と同じ位の155cm前後だろーが、乳の大きさも違う。
奈那子は推定、85のC。
この眼鏡娘は……75のBと見た。
服の上からでもサイズを把握できるのが、俺の特殊能力だ。
あとは触って微調整するのみよ!
「やっぱ変態には、遁走スキルは必須なんやろか?」
「だれが変態だ」
いきなりの変態呼ばわり。
こんな眼鏡に、変態呼ばわりされる覚えは無い。
「せやかてあんさん。今朝静流様に連行されてたやん。静流様は学園の変態を駆逐するのがお仕事や♪」
ヤな仕事だな、静流『様』。
てゆーか……。
「お前、誰?」
思わず素で聞いてしまう。
と言っても、決して呆けて聞いたわけではない。
胸に隠し持った、
コイツが敵か味方かは解らないからだ。
眼鏡娘は一瞬顔をしかめたが、すぐにふふんと鼻を鳴らした。
「変態に教える名前などあらへん♪」
………コイツ………犯すぞ?
その愛くるしい眼鏡を掛けた顔にカケるぞ、コンチクショウ。
いやいやいや。
それじゃ変態確定。
「じゃあ、変態に話しかけてねーで、関西に帰れ、関西に」
「あ、関西なめとったら、いてまうど?」
別に舐めてるわけじゃない。
しかし、今でこそTVでしょっちゅう関西弁を聞くようになったけど、やっぱり実際聞くと……………。
なんかヘンな感じ。
「関西人にかかったらなぁ。この辺なんか一瞬でミナミにしてまうんやで?」
「どーやって北の大地を、南にすんだよ?」
「ノリで」
「ノリかよ!?」
全然訳解らん。
なんか、こいつ………俺とキャラかぶってないか?
下らないトーク運びが、どことなく俺と同じ匂いがする。
「きゃははっ♪ ええタイミングのツッコミや」
誉められても全然嬉しくない。
俺は元来、ツッコミ役などではないのだ。
もっとアグレッシヴにボケるのが、俺の持ち味なのだが……。
帰ってきてから、ツッコミたいことが多すぎる。
「ま、んな事は置いといて」
左から右へ、何か物をよけるパント。
ジェスチャーゲームなんかで良く使われる動きだ。
関西人てのは、身動きしないと死んでしまう生き物なのだろうか?
さっきからこの女、動きっぱなしだ。
「アンタの事、詳しく教えてーな」
「ヤダ」
忍者が己の存在を詳しく教えてどーすんだ。
てゆーか………誰なんだ、こいつ?
「なんで〜? 変態にもそれなりの人生は有るやろ?」
変態じゃねーつーの。
なんかコイツの物言い……普通ならむかつく事言われてるんだが、なんか……。
憎めないってゆーか。
これが関西弁の魔力なのか?
それにしても、だ。
それなりはねーだろ、それなりは。
「有ったとしても、なんで名前も名乗らねーヤツに教えなくちゃいけねーんだよ?」
あ、『変態』って個所を否定すんの忘れた。
「
「………………」
素直に答えやがって、コンチクショウ。
この『名前教えろ』攻防で、しばらく引っ張って誤魔化そうと思ったのに。
なかなか思いどーりに行かないもんだ。
別なことで誤魔化そう。
「アイ・ダーリン………惚けた名前だな」
「藍田!
「ア・イダ・リン………大陸系か?」
「なんでや! バリバリの関西系やろ!」
いや、それは判別つかない。
名前で関西人かどーか、区別なんか付くもんかね?
「………なかなか手ごわいお人やな。流石忍者や」
おっ?
俺が忍者だと知ってるとゆーことは……同業者か?
この街で忍者に出会う事は、さして珍しくない。
良くも悪くもこの街は、そーゆー街なのだ。
まあ、この隙だらけの女が、忍者だとも思えんが。
「ええから、さっさとアンタのコト、教えんかい! ウチも暇じゃないんやで!」
「暇じゃなかったら、関西に帰って眼鏡でも
「眼鏡なんかドコでも磨けるわい! 磨いて見したろか!?」
「うん♪」
凛の台詞を聞き終わってすぐに歩き出す。
少し離れたポイントにあった芝生の上に、ちょこんと腰を下ろした。
周囲は緑に覆われていて、少しだけ気分が和んでくる。
今更だが……ここが中庭ってやつなんだろーか?
「さ、始めてもらおーか♪」
「お、おう! よ、よう見ときや!」
「さぞかし面白いんだろうなぁ……。関西人の眼鏡磨き♪」
期待に膨らんだ目で、凛を見る。
「………あ、あたりきしゃりきの明石焼きや!」
なんだそりゃ。
凛は焦りながらも、眼鏡に手を掛けた。
が、しかし……なかなか眼鏡を外そうとはしない。
女の子にとって眼鏡を人前で外すのは、結構恥ずかしい行為だと聞いた事が有る。
有る意味、羞恥プレイ♪
「わくわく♪」
「な、なんでこないな事に………」
プレッシャーに押しつぶされそうな凛。
期待されれば、何か面白い事をしなくてはいけないのが関西人の習性だ。
テレビでがっちゃんが言ってた。
………帰ってきてから、テレビ漬けだよな、俺。
「はーやーく♪」
「わかっとる! 黙ってよう見とけ!」
「うーん♪」
俺の可愛い台詞で、凛の進退が極まった。
どうすれば面白く眼鏡が磨けるのか?
凛の頭の中は、そんなことで一杯だろう。
俺も、期待で一杯だ♪
「ううっ……………い、いくで!」
「うん♪」
しつこいよな、俺も。
凛が眼鏡に手を掛けた。
意を決して一気に………。
「とら〜〜〜〜? どこなの〜〜〜〜?」
「お兄ちゃん〜〜〜♪ 生きてる〜〜〜?」
………………チッ。
邪魔が入った。
だがまあ………助かったのは俺も一緒だ。
見知らぬ女をからかうのも、この辺が限度だったから♪
「とら〜?」
「あ、いた♪」
背後から、静流と緋那の足音。
奈那子と康哉は来ていないらしい。
逢引きか?
「なにやってんの、とら? 大丈夫?」
「何が?」
「だって屋上から飛び降りたんだよ?」
「そんなことより、お前も見物しろ。俺の隣りに座って♪」
背後から寄ってきた静流の手を掴んで、強引に座らせる。
「あん。なにすんのよ」
「何が面白いの、お兄ちゃん?」
緋那も俺の背後から、前方を覗きこんだ。
頭の上の耳が、ピコピコ動いている。
好奇心旺盛だねぇ。
みんなの視線が前方に集まった。
そこには……引きつった顔の凛。
「関西人の、眼鏡ショーが開催されるところなんだぞ。お代は要らないから、緋那も見とけ♪」
「………り、凛ちゃん?」
あれ?
緋那の知り合いか?
「うっ………り…………凛………?」
静流が、あからさまに顔をしかめた。
静流も知り合いなのか?
しかしネクタイの色から察するに、凛は2回生。
ネクタイの色が緑だからな。
静流は3回生の証し、赤。
緋那は青で1回生。
わりと大きな学園なので、全員知り合いって事は無いだろうが……。
どんな接点なんだ?
「あ――――――ん、静流さまぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、ちょっと、り………きゃぁぁ!?」
いきなり凛が、俺の脇の静流に飛びかかった。
静流が
中々素早い動きだが、そんなことはどーでもよくて………。
……羨ましい。
「怖かったんや〜。このクソ男が、ウチに辱めを――――っ♪」
誰がクソ男だ。
お下品な。
そう言いながらも、静流の豊満な胸に頬擦りする凛。
かなり羨ましいぞ、コンチクショウ!
「ちょ、ちょっと………や、やめ……」
「あ――――ん、静流様♪」
「やめなよ、凛ちゃん! 静流お姉ちゃんが嫌がってるでしょ!」
緋那が見た事無い怖い顔で凛を制するが、凛は一向に離れる様子は無い。
それどころか……。
「ジャリは黙っとけ!!! あ―――ん静流様、怖かったぁ♪」
ものすごく恐い顔で、緋那を威嚇した。
一瞬緋那のネコ耳が、ピクンと後ろに寝てしまう。
「や、やめ………り、り………ん……………」
お?
静流………もしかして、そっちの気が?
段々と静流の抵抗が弱まり始める。
耐性訓練を受けている静流を、徐々に陥落させるとわ……。
な、習いてー。
「凛ちゃん!」
「あ―――ん。怖かった………怖かったんや――――……すりすり♪」
「やめ……やめ………んん………………」
……………で、結局、凛ってのは誰なのかな?
静流の胸にスリスリしてる凛。
ネコ耳をいからせて、二人を引き離そうとしている緋那。
段々と流されていく静流。
楽しげな女体くんずほぐれつショーを見ながら、俺はそんな事を思っていた。
「しっかしさー」
「ん? どしたの?」
にこにこした静流と一緒に、海岸線を歩いて帰る。
緋那も一緒に帰りたがっていたが、本日は日直の為、爽やかに置き去りだ。
………日直ってなんだろ?
康哉もクラスの仕事が有るとかって、静流の護衛を放棄している。
あれでよく、静流の護衛役だなんて威張ってられるもんだ。
まあこの町で、静流のことを狙おうなんて命知らずは居ないだろうが。
この街の到るところに、忍びの目は光っている。
見知らぬ人間や観光客は、常に監視されているのだ。
この街が………『百地』が、この国を支えていると言っても過言ではないから。
「あの、凛って女………何者なんだ?」
結局昼休みのうちに、あの女の正体を聞くことが出来なかった。
チャイムと同時に『ほな、さいなら♪』と爽やかに去ってしまったから。
中々の
「あー。凛ね〜〜〜」
静流は学生カバンを前に持ち直した。
溜め息で、大きな胸が隆起する。
あ〜、さわさわしてー。
わさわさでも、可。
「俺のこと聞いてたけど、惚れたのかな?」
「………とらに?」
「うん♪」
目一杯可愛い笑顔を、静流に向ける。
静流は一瞬目を丸めた後………。
「プッ♪ な訳無いでしょ♪」
笑いやがった。
……俺もそう思うが……。
嘲笑されると、頭に来るな。
「あの子はねー。学園の報道部なんだよ」
「報道部?」
「うん。お昼の放送したり、壁新聞を書いたりするクラブなの」
楽しいのか、そんなクラブ?
「だからって、なんでお俺のことを取材しよーとしてるんだ?」
もしかして、俺のカリスマ性がばれたか?
学園の新しいヒーロー。
静流みたいなバッタモンお嬢様に支配されていた学園を、自由の世界に解き放つ孤高のヒーロー。
あー。
その線のストーリーもアリだなぁ。
「多分………あたしが、とらと一緒に歩いてたからじゃない?」
「………朝か?」
「うん」
朝………。
輝かしい学園初日。
いきなり変質者呼ばわりされた記憶が、鮮明に呼び起こされる。
本当なら、話題騒然、謎の転校生登場の巻だったのに……。
静流の怪しいキャラのせいで、いきなり俺の評判は地に落ちた。
「あの子……ほら。あたしのこと………アレなんだー」
「レズか?」
「………そーゆー言い方、嫌いだな」
俺は好きだ。
「ま、それで……あたしのこと、調べたりするのよ。誰を倒して、何人連行したとかさ」
俺としては、そのしょっちゅう『誰かを倒して』る、お前の方が気になる。
何してんだ、学園で。
「ホント……。参っちゃうよねー」
参るよな。
マニアックな種族が増えて。
「緋那と、随分仲悪く見えたが……それが原因か?」
何日か一緒に過ごしたが、緋那の静流に対する態度はハンパじゃない。
まるで、本当の姉妹のようだ。
長女、蓮霞。
次女、静流。
末娘、緋那。
そんな感じに見うけられる。
段々と毒が薄れて行ってるのが、解るだろうか?
あと10人くらい妹が居れば、一般人が生まれるだろう。
「うん。緋那もさー。あたしに随分懐いてくれてるじゃない?」
「ああ」
それは傍目から見ても、よーく解る。
一緒に居る時は、片時も離れない。
インプリンティングされた、雛のよーだ。
緋那は雛………プププッ♪
「………何、ニヤニヤしてんの?」
「なんでもねー」
今、すげー面白いギャグを思いついたんだ。
いつかみんなの前で発表しよう。
「……ま、いいけど」
「だから、静流傾倒の凛と、静流妹希望の緋那が仲悪いわけか?」
「いきなり話し戻さないでよ」
しゃーねーだろ。
話しを脱線させたのは、お前の方なんだから。
俺が戻さないで、誰が戻すんだ。
「ま、そうなんだけどねー」
女の嫉妬は怖いって話しだからなぁ。
なるべく緋那と凛の間に入るのは止めよう。
静流へのセクハラは止めないが♪
「それもこれも、お前が怪しいキャラだからじゃねーのか?」
静流がむっとして俺を睨んだ。
「しょうがないでしょ。『百地』なんだから」
この地に根付く、『百地』の力。
一般人とは言え、その呪縛からは逃れる事は出来ない。
どんな企業のトップでも、『百地』の
過度な情報戦。
邪魔な物はブチ壊してしまえばいーやとゆー、単純な思考によるテロ。
政治家と言えども、命無くしては何も出来ない。
それらの全てから、『百地』は守っている。
「だからって、お前が無理してどーすんだ」
確かに『百地』はデカイ。
この国を二分する勢力のトップなのだ。
北に『百地』在り。
誰もが知っている事。
「………とらには解かんないよ……」
「わかんねーな」
俺にとっては、静流はただの幼馴染だ。
それだけ偉そうな家系だろうが、いつも仕事を貰ってる家のおじょーさまだろうが関係無い。
「あたし……『百地』だから……『百地』らしくしなくちゃ。威厳を示さないと……駄目なんだよ」
寂しそうに俯く静流。
なんとなく………面白くない。
面白くないぞ、おりゃぁ。
「だからあんなに怪しいキャラなのか」
「怪しいって……」
俯いたまま、静流が苦笑した。
その顔が、あんまりにも寂しくて……。
「どー考えても怪しいだろ! なにが『おはよう』だ。優雅な
「とら……気持ち悪いほど似てないよ」
「別に物真似してるわけじゃねーよ」
本当はしてた。
ショックだ……。
結構似てると思うんだけどな。
「ふふっ♪」
「……なんだよ?」
いきなり笑い出して、気持ち悪いな。
「『大河君。言葉が過ぎますよ?』」
うっ………。
これが百地モードの、静流か?
戦闘モードとは、また一味違うな。
しっかし、器用だな、コイツ。
色んな味があって……今度、舐めて調べてみよう。
「優雅で威厳があって、強くて賢くて優しいお嬢様。それが………あたしなんだー」
俯く静流。
海から来るベタついた風が、静流の髪を揺らせた。
「………あたしなんだー」
優しく………だけど、悲しく。
「俺の幼馴染はな」
「………………?」
「俺の幼馴染は……威張りん坊で、口やかましくて、ちょろちょろ動きまくって」
「……………………」
「意地っ張りで強情で、弱いくせに威張って、泣き虫のくせに威張って、威張って威張ってどーしょーもなく威
張って」
「………ちょっと、とら」
怖っ!
静流の怒りが、浜風に乗って伝わってくる。
怒っているけど、怒ってない。
そんな感情。
「女として67点くらいの人間だ」
「……び、微妙な数字だね」
「確かに」
高くも無く低くも無く。
だが……俺が気を許せるくらいの得点では有る。
その事には気付かねーだろーが。
「………………それで?」
「終わり」
他に思いつかなかった。
威張ってるところしか記憶にねーんだもん。
ま、他の要素は、敢えて削除。
不味かったかなーと思って、静流の顔を覗きこむと………。
おや?
「………あはは♪」
わ、笑ってる。
笑ってるよ、コイツ………。
「あはははは♪ ふ、普通さ………」
「ん?」
「その後は、誉めてフォローしない?」
ま、普通はそーするかも。
俺はわりと普通じゃないからな。
「俺はしねーんだよ」
「あはははははははははっ♪」
ば、爆笑してる………。
「とらは……………変わらないね♪」
「お前もな」
「………え?」
「お前も全然変わっちゃいねー」
変わって行く事。
変わらない物。
移ろっているけど、そう見せない人。
それもが同じ。
平等な……世界で唯一平等なものの上に流れている。
「そっか………あたし、変わってないかー♪」
「胸のサイズ以外はな」
「……セクハラするなって言ってるでしょ!」
ボスッ。
静流の持っているカバンが、俺の尻を叩いた。
怒ってる訳じゃなく。
昔のような、じゃれあい。
「とらのバーカ♪」
静流が駆け出した。
浜風に、スカートの裾が踊り出す。
「なんだと、この!」
と言いつつも、追っかけるような恥ずかしい真似はしない。
俺は俺の。
静流は静流の歩き方で、道を歩いていく。
世界で唯一平等なもの。
ときのなかを。
END
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