「貴様……………何処に行くつもりだ?」
「どこって……まだ見ぬ明日へ」

 バッグを肩からぶら下げて帰ろうとした俺と、阻止し様としている康哉の間に言い知れぬ緊張感が走る。
 ドアにはめ込まれたガラスが、俺達の発する殺気でビリビリと悲鳴を上げた。
 制服に隠された、康哉の筋肉が怒張する。
 いつでも抜刀可能だ。
 俺も瞬時に戦闘を組みたてる。
 抜刀からは、突きは来ない。
 十中八九、薙ぎが来る。
 康哉の薙ぎをしゃがんで(かわ)して、脛に張りつけた鶚を装着。
 そのまま頭高から、変形の木走に繋いで、康哉の股間を粉砕する。
 悶絶し、つっぷした康哉の愛らしい頭部を、爽やかに踏み潰してEND。
 康哉も、俺の殺気が解かったのだろう。
 忍刀(にんとう)に意識を集中している。
 石川に伝わる秘具、熊爪(ゆうそう)猫爪(びょうそう)
 破壊力重視の熊爪(ゆうそう)と、抜速重視の猫爪(びょうそう)のコンビネーションは、狭い教室でも確実に俺の愛らしい頚動脈
 を狙ってくる。
 二人の間に走る緊張が、たかが掃除当番を抜け出そうとしている男と、それを止めようとしているクラス委
 員のものだと気付く者はいるだろうか?
 名も無きクラスメイト達は、気付いているはずだ。
 このクラスに転入して、はや1週間。
 俺達が毎日、くだらない理由でにらみ合っているのを目撃してれば、そりゃ慣れっこにもなる。
 その証拠に、誰も止めてくれない。
 何事も無かったかのように軽い挨拶をしながら、俺の後ろを抜け帰路についている。
 また明日ねー♪

「貴様……貴様の今日の状況を解かっているんだろうな?」
「遅刻して、罰掃除」

 端的かつ、爽やかに言い放つ。
 朝、緋那や静流と一緒にバスに乗るのに、何故俺は遅刻してしまうんだろう?
 まあ理由は、解かりすぎるほど解かっている。
 何故? なんて思い返すほどじゃない。

「お前もだろ?」
「………毎朝、毎朝……貴様と言う奴は……」

 康哉をからかっているので、時間内に教室まで辿りつかないのだ。
 今日は、静流のスカートをめくったとかって下らない理由で、30kmほどの追いかけっこになった。
 そのまま家に帰った方が近いくらいの場所だったな。
 ちなみに昨日は、静流の乳を人前で揉んだとかって罪で、まだ肌寒いプールでの格闘だった。
 北の大地は、盛夏でも水が冷たいとゆーのに。
 十分以上の水中戦は、ちと辛かった。

「俺は、お前の事を試してるんだぜ? ガードとして、きちんと機能してるかどーか」
「詭弁は止めろ」
「詭弁じゃねーよ」

 俺は不意に真面目な視線を、康哉に叩きつける。
 康哉は一瞬たりともたじろがずに、俺の熱い眼差しを受けとめた。
 俺の術中にはまる事を警戒しているのだろーが……この時点で、既に俺のペースだと言うことには気付い
 ていない。

「あれが俺だから、スカートをめくったくらいで済んだんだぜ? もし俺が間者(かんじゃ)だったら……静流の足は落ち
 ていたな」
「………何を馬鹿な事を」
「バカな事かどうか、よーく考えてみろ!」

 クラスに俺の怒号が響き渡る。
 授業も終了し、残っている人数も少ないクラス。
 俺の叫びに、数人の視線が向けられた。
 ああっ。
 注目されるのって、気持ちいい♪

「昨日だってそうだろ! 俺が静流の乳を揉んだ。それは事実だ。しかし……もし俺の手に毒針が仕込まれ
 ていたら……静流は絶命していたんだぞ! 『百地』の血脈が断たれたかもしれんのだぞ!」
「くっ……」

 詭弁であるが事実であり、やっぱり詭弁である。
 だが康哉は、言葉を失った。
 しかし……これだけ煽って、明日から静流のガードが厳しくなったらどうしよう?
 俺の趣味である、『静流へのセクハラ』がやり辛くなる。

「事の重要性が解かったか! 石川康哉!!!」
「……………お、俺は……」
「貴様は守護者、失格だぁ!!!」

 康哉の狼狽した顔を、思いっきり指差す!
 効果音は『ババーン!』で。

「……俺が……失格………?」

 幼い頃から、『百地』を守護するためだけに修行してきた康哉にとって、この台詞は効いたんだろう。
 両手で頭を抱えてしまった。
 ……ちょっと悪い気がしない事も無い。
 だが……。

「そうだ! だから一人で罰掃除だ、康哉!」

 掃除は嫌いなので、一人でおやりなさい。
 俺は帰って、アニメの再放送を見るんだ。

「なに勝手なこと、いってんのよ!」

 ゴキィ!

「うをっ?」

 後頭部から前頭葉に抜ける、正拳の打撃。
 き、効いた……。
 全然気付かなかった。
 いかに康哉を苛める事に集中していたとは言え……俺も、忍者失格かも。

「あんたがあたしへのセクハラを止めれば、済む問題でしょ!」

 振り返った先には……両手を腰に当てて、凄んでいる静流がいた。
 その脇では、木バナナ……じゃなくて、奈那子がクスクスと笑っている。

「しかし、なかなか止められんのだ」
「開き直るなっ!」

 バチィ!
 今度は、額から延髄に抜ける、掌底の打撃。
 効くねぇ……。
 頭、くらくらすらぁ。
 仰け反った俺の顔が、掌底の衝撃で歪む。

「イガちゃんは、静流のこと、好きなんだよね〜」
「それは違うぞ、奈那子」
「わっ!? 瞬時に立ち直った?」

 右手を突き出したままの静流の脇をすり抜けて、奈那子に顔を突きつける。

「俺は静流が好きなんじゃなくて、静流の乳が好きなんだ」

 ブオン!
 怒りで真っ赤になった静流の蹴りを、パンツ確認しつつ身を屈めて(かわ)す。
 今日の色は、淡い青。
 たしか俺の、『今日のラッキーカラー』じゃなかったかな?

「この! 死んじゃえっ、ばかとらぁ!」

 次々と繰り出される蹴りを、軽やかなステップで(かわ)す。
 膝を支点にして上半身を逸らせる、輪砂(りんさ)とゆーテクニックだ。
 俺くらいの熟練になると、銃弾すらも(かわ)せる気になれる。
 (かわ)せるかどーかは、実際に撃たれてみないと解からん。

「この、この!」

 様々なパンツの角度を楽しみながら、静流の蹴りを(かわ)していく。
 この近接距離だと、蹴りよりも手技のほうが有効ですよ、静流君。
 体を預け、組んで投げるのもいいね♪

「そんなに良い胸なの?」

 顔は涼しげ。
 実は必死こいて(かわ)している俺に、奈那子が話しかけてきた。
 静流の攻撃半径から、奈那子の位置は外れている。
 この1週間見てきたが、奈那子は洒落にならないほどとろい。
 もし静流の蹴りが顔面に飛んできても……。

「この、この、このっ!」

 俺のように、爽やかに(かわ)すのは無理だろう。
『五遁の大河』の名は、伊達ではないのだよ。

「十年に一人の逸乳だな」

 いっつにゅー。

「ほほう」

 奈那子の眼鏡が、怪しい光を放つ。
 流石、巨大忍具メーカー『木羽忍機(きばにんき)』の一人娘。
 すげー意味の無い機能だ。
 もしかしたら静流のポニーテイルとか、緋那の感情表現ネコ耳も木羽製品かもしれないな。
 レイナのリボンは、舶来品だろうが。
 ……今、スゲー怖い事考えちゃった。
 蓮霞……俺の義姉と設定されているあの女……もしかしたら、木羽の新製品じゃなかろうか?
 量産されていたら……世界の軍事バランスがひっくり返る。

「どんな乳よ!」

 静流の蹴りが、鋭さを増した。
 寸での所で(かわ)すも、髪の毛が何本か持っていかれる。

「やはり、触り心地が違うの?」
「触り心地も良いが、静流の反応がたまらんのだ」
「ほうほう」
「嫌がっているのに、そのうち快楽に身を委ねる、みたいな」
「いやん♪」

 奈那子が頬を赤らめて、両手を胸の前で交差させた。
 触って欲しいのだろうか?
 だが俺は、他の子にセクハラするのはなるべく控えるようにしている。
 静流以外にセクハラかましたんじゃ、悪者だからな、俺。
 ジャキン!
 ………背後で、怒りの波動と金属音。
 恐る恐る後ろを振り返ると……。

「ああっ!? 静流が見るからに凶悪な薙刀を!?」

 奈那子の言う通り……俺の背後には、折り畳みの薙刀『扇筒(せんとう)』を構えた鬼が立っていた。
 怒りで顔を真っ赤にした、ある意味赤鬼。

「ま、まて静流……落ちつけ。なっ、なっ♪」

 後ずさりしながらも、静流と奈那子から距離を取る。
 奈那子に切りかかる事は無いと思うが……俺はヤバい。
 徐々に『静流ちゃん攻撃半径』から逃れねば。
 刺激しないように、足の指と踵を使った摺り足を使用する。
 急に動くと飛びかかってくるのは、アニマル共通の習性だから。

「落ちついてるよ……すごーくね」

 それは重要な事だね、うんうん。
 戦闘時、興奮していると状況が把握できなくなる。
 全てを掌に握る。
 それが忍者の戦闘だ。
 敵の命を奪うため、一番重要………奪う?
 ほほ、本気かよ。

「ああっ!? イガちゃんの命、風前のともし火!?」

 らしいぞ、奈那子。

「『百地』流……百地静流………参る!!!」

 静流が扇筒(せんとう)を下段に構えた。
 足狙いか……それとも、切り返しての胴薙ぎか……。

「ちょ、ちょっと待て! 学園のアイドルが校内で薙刀なんか振り回していーんかよ!」
「……いつもの事よ」
「いつもだよ?」

 ………あーそうかい。
 いくら俺でも、静流に『勝ってしまう』のは不味い。
 今の俺は『伊賀崎』なのだから。
『伊賀崎』が『百地』に勝つことは無い。
 それはずっと昔から定められている。

「し、静流。解かった、俺の負けだ。大人しく掃除するから、勘弁してくれ」
「もう……そんな問題じゃないよ。殺す! 今すぐ殺す! 絶対殺す――――――っ!!!」

 怖っ。

「俺の代わりに、これが」

 そういって俺は、後ろに居たピンク色の生き物を捕獲する。
 両手を脇の下に差しこんで持ち上げた。

「ふや?」

 何が起きたか解かっていない生き物は、きょとんとした表情で静流を見上げる。

「……み、みどりちゃん?」

 そうなのだ。
 小さくて解からなかったかもしれないが、最初から俺達の担任、篠崎みどりちゃんはそこに居たのだ。
 いきなり後ろから飛び出した担任の姿を見て、静流の毒気が抜けていく。
 今、世界最高のマジシャンの気持ち。

「あ、あの……百地さん?」
「ど、どうしてみどりちゃん……いつからここに?」
「みどり……最初から教室にいました〜〜〜」

 いい年こいて、自分の事を名前で呼ぶな。

「俺の代わりに、これで掃除をして……」
「ああっ!? イガちゃんの淫らな手が、みどりちゃんの豊満な胸を鷲掴みに!?」

 ………ほんとだ。
 奈那子の言う通り、俺の手はみどりちゃんの乳を鷲掴みにしていた。
 てゆーか、淫らはねーだろ、淫らは。
 こんな小さな子の乳を掴んで欲情するほど、俺はアグレッシヴじゃねーっての。

「……………ううっ……」

 あ、ヤベ!
 みどりちゃんの声が、泣きそうになっていた。
 俺はみどりちゃんを静流に渡して、必死に責任から逃れようとする。
 まだ見ぬ明日に向かって。

「あっ……みどりちゃん泣かないで……」
「静流、後は頼んだ!」

 といいつつ、脱兎の如く逃げ出す俺。

「ちょっと待ちなさいよ、とら! あんた……」
「ううう……生徒に……揉まれてしまいました〜〜〜〜……お母さん………」
「な、泣かないで下さい、みどりちゃ……ちょっと、とらぁ!」

 あ。
 今走って帰れば、再放送に間に合うな。

「………俺が………失格………石川家の………任を………」

 まだ落ちこんでたのかよ。

「イガちゃん〜。また明日ね〜♪」

 おう、またな。


  こうして無闇に長いイントロを経て、俺の放課後は始まるのであった。
 最近、イントロ長くなりすぎる傾向があるな。


















                   第十三話   『炎の中で』

















「あ、大河サン♪」

 ん?
 まだ見ぬ明日に繋がる、普通の商店街。
 この商店街の反対側……駅を挟んで、俺んちが有る。
 もう残り少ない小遣いで、なんとか買ったアイスを舐めている俺の背後から、聞き慣れたソプラノ声。
 振り返ると……。

「もう、学園、終わっタのデスか?」
「ああ。買い物か?」
「そデス♪」

 青いエプロンドレスとオレンジ色のリボン。
 白い髪と、悲しいくらい薄い胸。
 我が家の従業員、レイナなんとかだった。
 レイナはてぺてぺと歩み寄ると、俺の隣りに並んできた。
 リボンがピコピコ揺れているところを見ると、なんだが機嫌が良いらしい。

「今日の夕飯、なに?」
「……どしテ、ワタシに聞きマス?」
「だって……夕食の買い物だろ?」

 俺はレイナの持っている、ショッピングバッグを指差した。

「これハ、お客サンの分デスよ〜」

 レイナは苦笑いを浮かべながら歩き出した。
 俺も慌てて隣りに並ぶ。
 置いてかれると、泣いちゃうからな。
 俺が。

「その量でか?」
「ゴールデンウィークが終わってカラ、お客サン減ってマスねー。ワタシの給料、大丈夫なのでショウか?」

 知らん。
 あの事件が終わってレイナは、俺の親父経営のペンション『大巨人』の従業員となった。
 親父も人手は欲しかったらしく、制服まで用意してノリノリだ。
 だが……本当のところは、解からん。
 親父が何を考えているか。
 レイナの能力『リーディング』。
 物の過去を見る力。
 確かに脅威かもしれん。
 今まで開ける事すら出来なかった、忍びに伝わる秘伝書が開けずに読めるんだからな。
 反則だぜ、その能力。
 だから『楯岡』である俺んちが、レイナを庇護とゆー監視の元に置く。
 それは解かる。
 解かるが…………もっと違う理由が隠されている気がしてならない。

「ドしました、大河サン?」
「ん〜?」

 レイナが俺の顔を覗き込んできた。
 真白の髪が、さらさらと額の上を逃げる。
 一瞬………いやいや。
 ドキドキなんかしてないぞ、俺。

「なにカ……難シい事、考えテた見たいデスから〜」
「俺が考え事すると、なんか不味いんか?」
「………ちょっと気になりマス」

 ちょっとかよ。

「なあ、レイナ?」
「ハイ?」
「俺の事……気になること有る時って……読んだりしないのか?」

 ちょっとした、素朴な疑問。
 人の気持ちとか、気になること、いくらでも有る。
 あー、こいつ、俺の事、どー思ってるのかなぁ?とか。
 そんな時、レイナの能力は非常に便利のような気がする。

「んト……読みたいトキ……ありマス」

 やっぱりな。
 正直でよろしい。

「でモ……読まないデス」
「なんでよ?」
「人の心……覗いテ……嬉しい気持ちになっタこと、今まで無いデス」

 ……なるほろ。
 そいつが自分の事をどう考えてるか。
 全部解かったら、非常にショックかも。
 例えそいつが自分の事を好きでも、『いつでも好き』な訳じゃないからな。

「ワタシの力……そんなに万能じゃナイ。例えバ……大河サンの気持ち……読もうとしますヨネ?」
「ああ」
「でも……大河サンがワタシに内緒に隠しタい気持ち……読むのハ難しイ」

 ………………。
 そーゆーもんか?

「それに……読まナイって約束しまシタ〜」

 ……………………。
 それ、忘れてた。


  レイナの話しを要約すると、こーだ。
 レイナの能力は、なんでもかんでも読む事は出来る。
 だが『隠しておきたい事』を読もうとすれば、それなりに力が必要なんだそうだ。
 隠しておきたい気持ちが強ければ強いほど、読む力も必要になってくる。
 逆に言えば、容易に読むことが出来る事は『聞いても答えてくれる』ことらしい。
 ………………ってことは、俺の自慰(おなにー)行為を『読んだ』時はどーだったんだ?
 まあ聞かれたら、答えたかも知れんな。
 勿論これは、人の心に関して。
 物体に関しては、事実だけを『見る』ことが出来る。
 この物に何が起きたのか、とか。
 この上で、何が起こってしまたのか、とか。
 つまり、忍者秘伝の『秘忍書』を読むのも容易だと言う事だ。
 中身見たら、びっくりすんだろうな、こいつ。
 さらに、『物』と『物』の過去を繋げて行く事も出来るとか。
 攫われた緋那のメッセージを聞くことができたのは、これのおかげだな。
 物体に関しては、それなりに万能っぽいが……それにしても。

「しかし……便利だか不便だか、解からん能力だな」
「……欲しクは……無かったデス」

 あっ。
 レイナが寂しそうに俯いた。

「………すまん」

 己の無神経さに、吐き気がする。
 この力のおかげで、レイナの母親は死んだ。
 こんな能力さえ無ければ今でも、かりそめの幸せに浸かっていられただろう。
 それが幸せなのかどうかは解からない。
 少なくとも、母親の死は免れただろう。

「イイエ。気にしてないデス〜。ワタシにもっと力が有れば……ママは死ななかっタかもしれまセンし」
「なあ、レイナ」
「………ハイ?」

 夕焼けの沈む、海沿いの道。
 この地域は北の大地でもかなり特殊で、朝日は海から現れ、夕日は海に沈む。
 当たり前の事に思えるかもしれないが、よく考えると結構すごい事だと思う。
 ようは、突端だからな。
 夕日も朝日も、海と一緒。
 俺が子供の頃から見なれた光景。
 そんな光景に……レイナの白髪が揺れる。

「お前、なんでこの地に来た?」
「……どうしテ、そんなこと気になりマス?」
「別に気になった訳じゃない。話しを変えようと思っただけだ」
「………アハハ♪ 正直過ぎマス♪」

 ほっといてくれ。
 俺は俺の思うが侭に生きるのだ。
 色んな物に縛られてるが、それも俺の選択。
 背負って生きていくと決めたから、背負ってるだけの話し。

「……花火」
「花火?」
「ハイ。ここの花火……写真で見まシタ。凄く綺麗で……」

 8月に行なわれる、慰霊弾(いれいだん)のことだろうか?
 普通の花火大会は、企業の宣伝とか地域の娯楽とか、町おこしとかで行なわれるのだろうが……。
 この喰代の町の花火はちょっと違う。
 仕事で亡くなった忍者の御霊を、天に送るために行なわれるのだ。
 その人生を影の中で過ごした……過ごさざるを得なかった忍びの、最後の(きらめ)き。
 勿論夜店とか屋台とか出るし、忍者ではない一般人にとっては普通の花火大会だ。
 だが……最後に打ち上げられる花火。
 その年に亡くなった忍びへの送り火。
 俺が仕事に出かけた五年前にも、お袋を送る花火が上がったんだろう。
 見られなかったの……ちょっとだけ寂しいかな。

「そっか」
「ハイ。ワタシ、花火見た事無いんデス。だから……ここで見てミたいんデス。ママの事……送ってあげタイ
 んデス……」

 ……知ってるのか。
 喰代の花火が、鎮魂の送り火だと言う事。

「一緒に……見よう」
「……………エ?」

 驚いたレイナの瞳。
 別に感傷的になった訳じゃない。
 口説いてるわけでもない。
 なんとなく……自然に口から出た。

「静流とか緋那とか……蓮霞も仲間に入れてやるか。みんなで……見ようぜ」
「………………」
「親父から金ふんだくってよ。食い物一杯買って。俺しか知らない場所があるんだよ。そこで……みんなで見
 ないか? 夏が来たら」

 気がつくと、一人で海を見ているレイナ。
 白い後ろ姿が、なんか……。
 別に慰めてるわけじゃない。
 俺が寂しいわけじゃない。
 んじゃなんだと聞かれても、答える事なんか出来ないが……。

「な?」
「………夏がキタら……」
「夏が来たら、だ」
「ハイ♪」

 気分は悪くない。 
 








「しかし、なんなんだ、その服?」

 海岸沿いの道を、レイナと歩く。
 少しだけ重そうにしているショッピングバックを、なんとなく受け取ってしまった。
 身軽になったレイナは、軽やかなステップで堤防の上を歩いていく。
 青いスカートが浜風にめくれるが、なんも楽しくない。
 レイナの脚は、細すぎる。
 半袖から覗く腕も、白くて細かった。
 もっと肉突きが良くないと、俺のおなにーそうるを煽る事など出来やしない。

「マスターが買ってくレまシタ♪ 凄くカワイイ♪」 

 スカートの裾を手にとって、おどけるレイナ。
 メイド属性が有るお友達なら、一発KOなんだろーが……。
 俺は、持ち合わせてない。
 あんまり。

「親父にこんな趣味が有ったとは……」

 ウンザリしながら海を見る。
 あー。
 漁船は今日も元気だなぁ。
 大量に魚とか取って帰ってきて、今日は一家団らんなのかな?

「蓮霞サンの趣味デス♪」

 ………………魚、食べたいなぁ。
 出来れば赤みのお魚。

「今日の家の晩飯は、何なんだろうな?」
「………どうシテ、話しを変えマス?」

 レイナの着ている、青いエプロンドレスを着た蓮霞を想像したから。
 蓮霞もスタイルは良いんだが……中身が黒すぎる。
 見た目は結構綺麗なんだけどなぁ。

「知ってるか?」
「イイエ。イガザキ家の買い物は、緋那チャンの担当デスから〜」
「あんでそんな面倒臭い事に?」

 一緒に買って来たほうが、効率が良いと思うんだが。
 俺の質問に、レイナはあからさまな軽蔑の眼差しを浮かべた。

「………鈍スぎマス。死に値しマスね」
「まてこらっ」

 なんでいきなり死の宣告を受けなければならんのだ?
 俺の何処が鈍いッてんだ。
 この優れた感覚の塊、伊賀崎大河様に対してなんと無礼な。

「緋那チャン……大河サンにご飯……作りたいんデスよ」

 ……作ればいーじゃねーか。
 それで、なんで俺の鈍さが解かるんだ?

「ワタシも……アレ?」

 ん?
 レイナがいきなり海の方向を見た。
 夕焼けが沈む方向の海。
 そこには……ピンク色のワンピースを着た子供がいる。
 年のころは……みどりちゃんと同じ位。
 初等部の一二年ってところだろう。
 海に少しだけ足を浸して……入水自殺って事はないだろうが。
 北の大地は、盛夏以外じゃ水は冷たい。

「ももチャン……どうしたんでショウ?」
「知り合いか?」
「ハイ。この近所のお嬢サンで……アッ!」

 レイナがいきなり堤防から飛び降りた。
 俺もその後に続く。
 まさか、本当に入水自殺だとは……。
 俺達二人が見ている前で、ピンク色の女の子は沖に向かって歩き出していた。

「パタパタパタパタ〜!」

 必死に走っているつもりのレイナをパスし、女の子に辿りついた。
 女の子は……涙目で海の中に入ろうとして……戻って。
 躊躇しているのがよく解かる。

「おい、どうした? 身投げするなら、高いところにしなさい、高いところに」

 ピンク色の女の子が振り向いた。
 ショートカットで、ワンピースから靴までがピンク色。
 久し振りに女の子らしい女の子を見た気がする。
 みどりちゃん以外で。

「………………ううっ……うぇぇぇぇん……………」

 女の子は俺の顔を見るなり、泣き出してしまった。
 膝を海に浸けて、両手で顔を覆う。
 何があったか知らんが、こんな女の子が死を決意するとは……。

「チャッピーが………チャッピーが………」

 なるほど。
 女の子の呟きで、理解できた。
 恐らく、チャッピーなる人物にもてあそばれたんだな。
 そりゃ……気持ちは解かるが、死ぬことは無い。

「気持ちは解かる。君が大きくなったら、お兄ちゃんが慰めてあげよう。それでどうだろう?」
「ナニが『どうだろう』デスかぁ―――――――!」

 ぐほっ!
 背中にレイナの見事な飛び膝蹴りを食らって、海の中に叩きこまれた。
 北の大地は、盛夏以外では水が冷たい。
 いや、ホント冷たい。

「どうしたんデスか、ももチャン?」
「……ちゃ、チャッピーが………えぇぇん……チャ………うわ――――ん」

 レイナにすがりながら泣く女の子。
 何か言いたいんだろうが、言葉になっていない。

「ももチャン、落ちつイてくだサイ〜」

 レイナが女の子の肩を抱きしめるが、落ちつく様子は無かった。
 しかし、チャッピー……罪な男だぜ。
 こんな可愛い女の子を泣かすとは。

「うわぁぁぁん……チャ、チャッピー……」
「……………ちょっとゴメンネ〜」

 ………お?
 レイナがそっと女の子の頭に手を置いた。
 ああ、なるほろ。
 言葉に成らないくらい取り乱してる女の子でも、過去を『読め』ば……。
 少しの間を置いて……いきなりレイナが青い瞳を見開いた。

「ももチャン! チャッピー、流されちゃったんデスか!?」
「………ううっ………うえぇぇぇん………」

 女の子はレイナにすがりながら頷く。
 流されたって……海にか?
 この辺の海は、わりと浅瀬で出来ている。
 夏になると、多少観光客も来るしな。
 砂浜から20mくらいの地点には、砂流止めのテトラポッドが帯のように設置されているが……。
 見渡す限り、人影はおろか漂流物も無かった。

「大河サン! 探しまショウ!」
「いや、おまえ探すったって……」

 不可能だと思うぞ。
 それより早く、警察に届けた方が……。

「ダイジョウブ!」

 レイナは力強く叫ぶと……海の中に入っていった。
 腰の辺りまで海水に浸けて……掌を水面に当てる。
 まさか……?

「……………………!」

 あたりの音が消えたような感覚。
 波の音。
 風の音。
 遠くで鳴いている、とんびの声。
 女の子の、嗚咽。
 俺の心音。
 全てが消えた感覚。
 レイナに飲まれている………この俺が?
 レイナの気迫に、気圧されているのだ。

「………………………………………」

 静かに……とても静かに、掌を水面に当てるレイナ。
 海を……………『読んで』いるのか?
 レイナは言った。
『離れた物の過去を辿って行くコとはできマス。自分の感覚を滑らセて行く感じネ』
 それがどういった感覚なのかは、俺には理解できない。
 俺はそんなこと、出来ないからだ。
『だケド……その分、パワーも使いマス。簡単にできるケド………』
 そういってレイナは口をつぐんだ。
 俺には解からない技だから、とーぜんその『パワー』ってのも解からない。
 だが……デメリット無しの能力など、有り得るのだろうか?
 俺は常人とはかけ離れた、身体能力を持っている。
 そーゆー風に育てられた、忍者だからな。
 そのために俺は『時間』を犠牲にしてきたわけだ。
 普通の生活、普通の楽しみ。
 そんな物を犠牲にしてきた。
 レイナは……何を犠牲に……。

「いまシタ!」

 突然叫んだ。
 その姿に見とれていたので、一瞬動きが鈍ってしまう。
 本当に……海から『読んだ』んだな。

「アノ三角の影!」

 レイナがテトラポッドを指差す。
 一つだけ突出している、テトラポッドを。
 海岸からは見えないが………。

「任せろ!」

 信じることはできる。
 俺は上着を捨てると、一気に海に飛びこんだ。
 盛夏以外では冷たい、北の大地の海。
 普通なら、とても信じられないだろうが……。
 レイナが探り当てたんだ。
 居るに決まっている。




  海の中に飛びこんで、数秒。
 目当てのテトラが近付いてきた。
 海沿いに住む忍者にとって、泳法は必須。
 速く泳ぐことに関しては、オリンピッククラスの人間にだって引けは取らない。

「くぅ……」

 波に煽られ、なかなかテトラに取り付くことができないが……躊躇している時間も無いだろう。
 俺は腰から(かぎ)付き紐を取り出して……立ち泳ぎのまま、投擲!
 がきん。
 鈍い音と共に、(かぎ)がテトラに絡みついた。
 (かぎ)の重み自体を利用して、紐を回転させてホールドする。
 忍者にとって、この程度の作業は造作も無い。
 紐を引いて、身体をテトラに近づける。

「………くぅーーん………」

 ………?
 もう少し……。

「きゅうぅぅん……」

 ……聞き間違いじゃ無さそうだな。
 波音に紛れて聞こえてくる、犬の声。
 テトラに取りついてみると……そこには、白くて貧相な犬が一匹居た。

「もしかして……お前がチャッピーか?」
「くうん……」

 なんていったっけな、この貧相な犬種。
 目と耳が大きくて、毛の短い小型犬。
 こんなものの為に、俺は冷たい水に飛び込んだのか……。
 と一瞬思ったが、すぐに思いなおす。
 犬畜生であれ何であれ、家族は大切なものだ。
 静流も昔、犬を飼っていたっけな。
 忍犬になりそこなった、三つ足の犬。
 普通は処分されるところだったが、俺と康哉とで隠匿した。
 あの時の静流の嬉しそうな顔……。
 いやいやいや。
 今、それどころじゃない。

「ほら、けーるぞ、犬」
「きゅうん」

 俺は犬をすくい……あてててて!
 爪で引っかきやがった。
 必死に俺の腕にしがみついているのは解かるが……いてぇっての!

「てめ、焼いて食うぞ!」
「………きゅん」

 お?
 俺の言葉が解かったのか、犬コロはいきなり大人しくなった。

「よし。食うのは止めてやろう」
「くん」

 どーせ、食いでの無さそうな犬だしな。
 おやつにすらならんだろう。

「んじゃ、帰るぞ。大人しくしてやがれ」
「くん」

 俺はきびすを返し、テトラから離れた。
 それにしても、レイナ……。
 この小さな犬を見つけ出すとは……。
 訓練すれば、使えるかもしれんな。
 ……………もしかして。
 親父の目的は、それだったりして。
 例えば、何か画策している忍軍。
 言葉では百地への忠誠を誓っているても……レイナの能力で『読んだ』ら、その真意を知ることができるだ
 ろう。
 証拠は無くても、牽制はできるかもしれん。
 検討してみるかな?
 



  数秒して、俺と犬コロは砂浜に辿りついた。
 大人しくしていた犬も……。

「チャッピー!」
「くぅぅん♪」

 女の子を見るなり、俺の手から飛び降りて走り出す。
 恩知らずが!
 女の子も、瞳に涙を溜めて犬を抱きしめた。
 夕暮れバックで、なかなか良いシーンだ。
 観客の25%くらいは泣くだろう。

「チャッピー! だめでしょ〜。しんぱいしたんだからぁ!」
「くぅん……」

 あ、俺。
 この女の子の話してるの、初めて聞いた。
 なかなか可愛い声だ。

「ありがとう、お兄ちゃん♪」
「うむ。この恩、一生忘れないようにな」

 大人になったら、その身体で返してくれ………って。

「あれ、レイナは?」

 気付くと、レイナの姿は何処にも無かった。
 俺が飛び込んだ時は、まだ海に浸かっていたはずだ。
 まさか……流されたんじゃねーだろーな?
 あの薄さで流されたら……見つけられねーぞ、おい。
 てゆーか、サーフボード代わりに……。

「おねえちゃん、あっちに行った」

 ………。
 女の子が嬉しそうに犬コロを抱きながら、岩陰を指差した。
 よくフナムシが大量に生息している、堤防下の岩陰。

「そっか。んじゃ俺が見てくる。キミは大人しく帰るよーに」
「……え、でも……」
「いいから」

 なんとなく邪険に、女の子を帰す。
 砂浜に落ちていた、ショッピングバッグと制服を拾い上げた。

「……わかりました。ありがとうごあいます、おにいちゃん♪」
「おう。お礼は、15年後くらいな」
「………?」
「ああ、悩まないで良いから。気をつけて帰れよな」
「うん♪」

 嬉しそうにお辞儀をして、女の子と犬コロが走っていった。
 それにしてもレイナ……。
 どうしたんだ?








「おーい、薄胸?」

 岩陰に向かって叫んでみる………が、返事は無い。
 まさか……尿ですか?
 冷たい水に浸かって、身体が冷えれば当然の現象だ。
 俺は海の中で済ませる事にしているが。

「おい、レイ……」
「来なイで下サイ!」

 ………いきなりの叫び。
 本当に尿かと思ったが、すぐに違うと解かった。

「来ないデ……」

 呟きの中に、悲しみと……痛み!?
 レイナの声は苦しんでいた。
 まさか、何かで怪我でも?

「おい、レイナ!」

 慌てて声のする方向を覗きこむ。

「あっ………」

 そこにレイナは居た。
 両手を広げるように………だが。
 俺は自分の見たものが信じられない。
 信じることが出来ない。
 何故こんなことになったのか。
 どうしてこんなことが起きているのか。
 理解できない。



「み、見ないデ………下サイ……………お願いデス………」


 レイナは……笑っている。

 
 笑顔。


 そのレイナの……。


 レイナの………両腕が………燃えている。


 青白い炎を上げて………。


 レイナはどうすることも出来ないらしく……。


 ただ両腕を広げて、立っていた。


 その間も青白い炎が、隆々と湧き上がる。


 だが……普通の炎でないことは、一瞬で解かった。
 

 レイナの白い肌を………焼いていない。


 炎は、肌から発しているみたいだが……肌を焼いていない。


 炎だけが……その腕から立ち上っていた。


 悲しい表情。


 苦痛の表情。


 諦めの……表情。


 レイナは、俺の顔を見上げ……笑った。


「見られチャいまシタ………♪」


 俺は何も言うことが出来ないで………。


 馬鹿みたいに立ちすくんでいた。











END






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