「………………………」
「イガちゃ〜ん。帰らないの?」
「……………………………」

 机に突っ伏したまま、奈那子(ななこ)にひらひらと手を振る。
 構ってやる、精神的余裕も無い。
 奈那子は何か言いたげな気配を漂わせていたが……。

「………じゃ、また明日ね〜♪」

 何も言わず、帰ってくれた。
 これでまた、思考を巡らせる事が出来る。
 情報を整理したいのだ。
 夕べは……寝られなかった。
 授業中も上の空。
 これはいつもの事かもしれんが。
 今日一日、誰かと会話した記憶が無い。
 何故なら……昨日のレイナ。
 あまりにも衝撃が強すぎて……言葉が出てこない。
 人の身体から………炎が立ち上る?
 しかもその炎は、肉体を焼いていない。
 俺の身体能力も、大概常識外れだが……。

「とら………帰らないの?」
「…………………………………」

 机に突っ伏したまま、静流にひらひらと手を振る。
 今は……構ってやる精神的余裕は無い。
 何か言いたげな気配の静流だったが……。

「そっか。あたし、帰るね♪」

 無理矢理明るい声を出して、静流の気配が去って行った。
 スマンな。
 俺余裕無いよな。
 夕べも家に帰ってから、レイナの顔を見る事が出来なかった。
 適当に飯食って、日課である修行もせずにベットに潜りこんだ。
 緋那が心配して声をかけてくれたが、適当に答えて追い返しちまったし。
 静流や奈那子は、この状態の俺に声をかけても無駄だと知っているから、あの態度だ。
 親父も、しょげた俺に構うような優しい態度は持ち合わせていない。
 ………しょげた?
 なんで俺、しょげてるんだ?
 俺がしょげる理由なんか、全然無いはず。
 俺の理解能力を超える出来事があって………。

「貴様。邪魔だ。帰れ」
「……………………………………」

 机に突っ伏したまま、康哉にひらひらと手を振る。

「五月蝿い。これからこの場所で、篠崎先生等と会議だ。貴様は邪魔故、去れ」

 ………容赦無いねぇ。
 女教師と教室で会議か。
 ……なんも思いつかん。

「貴様の居る場所は、ここか?」

 ……………………俺………の?
 何突然言い出す…………俺の居場所?

「五遁の大河。貴様の戦法は逃げだ。卑怯極まりない」

 確かに『伊賀崎』である俺の戦闘は、『逃げ』が主流だ。
 だけど、卑怯って事はねーだろ。
 逃げるのも、立派な忍者のスキル……。
 だが……それは戦闘方法だ。
 俺が今しているのは………。

「だが貴様は……『逃げた』ことが有るのか?」

 ……………。
 俺………逃げようとしてたのか。
 手に負えない事実から。
 レイナの『リーディング』って能力。
 ぶっちゃけて言えば、そんなに凄い能力じゃないと思う。
 過去を見れるのは凄いが、所詮『過去』だ。
 使い様によっては『現実』も脅かされるかもしれないが……阻止する事も容易。
 だから、簡単に考えていた。
 レイナの『能力』が、何かを犠牲にしているなんて……考えもしなかったんだ。
 ただただ理解できなくて……逃げ腰になっていた。
















                    第十四話   『開戦』

















 ―――――――――。

「見られチャいまシタ……♪」
「お前……その炎………」

 思わず口から出たのが、そんな間の抜けた一言だった。

「このほのオ……ワタシの中から……」

 違う!
 今俺のすべき事は、レイナを問いただす事じゃねぇ!

「馬鹿ヤロウ! 早く消せよ!」
「………ヤロウじゃないデス〜」
「そんな事に突っ込んでる場合か!」

 俺はレイナの手を取ろうとして……。

「触らなイデ下サイ!!!」

 レイナに制止される。
 レイナの腕は、指先から肘までが青白い炎に包まれていた。
 炎は肌を焼いていないが………どーいったことなのかは解からない。
 だが……このまま燃やしておくわけにもいかねーだろ!

「うるせぇ!」

 俺はレイナの手首を掴んで……。

「つっ!?」

 思わず放してしまった。
 指が……一瞬で火傷状態になる。
 一体、何度の炎なんだ?
 俺の手は幼少の頃からの訓練で、硬い皮膚に覆われている。
 ちょっとやそっとの熱量で、こんな火傷するはずが無い。
 思わず唖然と見てしまう。
 炎に包まれた腕を。
 レイナの白い腕は、まったく劣化していない。
 相変わらず細く、相変わらず白いままだった。
 熱で赤くもなっていない。

「危ないデスから……触らないで下サイ♪」

 苦痛に顔を歪めながら、レイナが笑う。
 両腕を棒のように突き出して、エプロンドレスが焼けるのを避けているんだろうが……。
 青白い炎は、燃焼温度の高さ。
 そんな話しを聞いた事が有る。
 俺の使う飛針(とばり)も、青い炎を発する。
 3cm程度とは言え、鉄を溶かす温度を発するのだ。
『楯岡』特性の燐と同じような炎、か。

「熱く………ないのか?」

 自然と口から出た。
 自然と口から出た後で、トボケた質問だと思った。

「……全然………平気デスよ〜♪」

 嘘だ。
 レイナの白い顔から、滝のように汗が流れている。
 我慢しても、我慢し切れないのだろう。
 その笑顔が苦痛に歪んでいる。
 必至に奥歯を噛み締めているのだ。

「そ……うか………」
「そうデス♪ 放っておケば、そのうち消えやがりマス♪」

 笑うな。
 笑わないでくれ。
 レイナの表情を見るのが辛くて……。
 俺も奥歯を噛み締める。

「このヒは……ワタシの中かラ出てマス。ワタシの………ワタシのことは焼かナ……イんデス♪」

 レイナの言葉通り、腕から発している炎は皮膚を焼いていない。
 その炎も、徐々に弱まっているようだった。
 少しずつ……少しずつ弱まっていく、青い炎。
 レイナの腕の中に引きこまれているように見える。
 熱で歪んだ空気が、徐々に正常に戻って行く。
 やはりレイナの腕は焼かれていない。

「大河サン……手……大丈夫デスか?」

 レイナの言葉で、指を見てみる。
 さっきレイナを掴もうとして、青い炎に焼かれた指。
 人差し指が、体育館で転んだ膝みたいに、つるつるになっていた。

「ああ」

 さほど痛みは感じない。
 指同士をこすり合わせてみるが、動きにも支障はなかった。
 表面上の火傷だけで済んだらしい。
 一瞬で放したからな。
 ……放してしまった。

「良かったデス……。ごめんナさい、大河サン……」

 心底申し訳なさそうな顔に、何故だかイラついた。

「チカラ使いすぎルと……なんでかハ解からないんデスが……このヒが出てきちゃうんデス……でも大丈夫
 デス♪ このヒはワタシのことを焼かないカラ♪」

 確かに、腕から発した炎は、レイナの皮膚を焼いていない。
 だが……その苦痛に歪んだ表情を見ると……。
 炎が痛みを与えている事が解かる。
 そんな状況の女に気遣われても……イラつくだけだ。

「あっ……」

 済まなさそうなレイナの顔を見て、思い出した。

「……ドウしました、大河サン?」

 一番最初に、レイナの名前を知った時。
 親父のペンションで一緒のテーブルに座った時。
 俺はレイナに手を握られ……心を『読まれ』た。
 あの時、俺の指に走った熱の痛み。
 あれも、これと同じ現象だったんだろう。
 レイナは言った。
『隠したい事を読むのは、すごくパワーが居る』、と。
 ぶっちゃけ、おなにーの事なんかは聞かれれば答えたかもしれない。
 だが……『楯岡』のこととなると……。
 緋那が攫われた時、レイナは『楯岡』の事を知っていた。
 理解は出来ていなかったみたいだが。
 俺が隠したい事を『読んだ』代償というわけか。
 俺も熱かったが、レイナはもっと熱かっただろう。
 テーブルの下に隠した体の一部が、密かに燃えていたんだろうからな。

「なんでもねーよ」
「そう………デスか」

 無愛想な対応に、レイナの表情が沈む。
 俺が思いを巡らせている間にも、青白い炎は鎮火していった。
 徐々に消えて行く、青い炎。
 その炎に呼応するように、レイナの表情も穏やかになっていった。
 やがて炎は消え………。

「さ、大河サン。帰りまショウか♪」

 何事も無かったかのように微笑むレイナ。
 しかし、そのエプロンドレスは、海水と汗で濡れている。
 俺は何も尋ねる事が出来ない……。

「ああ」

 動く事すら出来ないで……。

「今日の緋那チャンのゴハン、楽しみデス〜♪」

 スキップで去るレイナを見送るだけだった。

 ―――――――――。









「貴様、何を呆けている?」

 康哉の言葉で我に帰る。

「……いや、なんでもねーよ」

 バッグを持って、席を立った。
 先ほどの気分は、微塵も感じられない。
 世話掛けるな、康哉。

「ならば去れ」

 康哉は微塵も俺の事情を知らないだろう。
 知っていても、優しい言葉など掛ける男じゃない。
 そんな言葉、いらねーしよ。
 コイツも俺のことを『知っている』のだ。

「ああ。またな、康ちゃん♪」
「その名で呼ぶな。気色悪い」

 いーじゃねーか。
 昔は『康ちゃん』『たいちゃん』って呼び合った仲じゃねーかよ。
 忍者として訓練を積み重ね、徐々に己の役割を知ってからはジャレ合う事も無くなったが。
 それでも。幼馴染なんだ。
 解かってくれる友が居るってのは、結構幸せな事かもしれないな。
 明日、静流と奈那子にも謝ろう。
 乳掴んだり、Hな話しを聞かせたりして。
 きっと喜んでくれるに違いない。

「あ、伊賀崎くん〜。さようなら〜〜〜♪」

 入り口の所で、紙の袋を抱えたみどりちゃんとすれ違う。

「あ、みどりちゃん」
「なんですか〜〜〜?」
「康哉がみどりちゃんの身体狙ってるから、気をつけてな♪」

 妊娠とかに。

「ええ〜〜!?」
「俺は帰るから♪」

 自分の……やるべき事が出来る場所に。
 その気が在ったかどうだかは知らないが……康哉が気付かせてくれた。

「……………!」
「……!?」

 振り向かずに身を(かわ)して、首の脇で苦無(くない)を受けとめる。
 康哉の投げた苦無(くない)だ。
 後頭部狙いかよ。
 かすっただけでも大ダメージじゃねーか。

「貴様と言う奴は……」
「じゃな♪」

 2500円の苦無(くない)、ゲット♪
 高い苦無(くない)使ってやがんな。
 流石、石川流。

「生徒と………情事〜〜〜?」

 誰だよ、ジョージって?
 怒り狂った康哉と、妄想し身悶えしているみどりちゃんを置き去りにして、俺は教室を後にした。
 うん。
 気分は悪くない。





  俺はバスを降りて、テレテレと歩いて帰路についていた。
 喰代(ほおじろ)南駅どまりの、バス。
 俺んちから一番近いバス停だ。
 反対側に歩くと、しょぼい商店街。
 十数店舗の、古い商店街だ。
 家の買い物は大抵、その商店街で済ませる。
 別に安くは無いんだけど、近いしな。
 昨日レイナと会ったのも、その商店街の帰り道の事だ。
 なんとなく、レイナは今日も商店街に居る気がしたが……。
 俺は家に帰ることにした。
 家に帰って……家の手伝いなどしてみよう。
 そんで……レイナに謝るんだ。
 薄胸とかいって苛めれば、俺の謝罪は伝わるだろう。
 多分。
 あのリボンを解いて、『……けっこう笑えるな』って吐き捨てるのも良いかもしれない。
 謝罪は伝わるよな、うん。

「アノ〜。ちょっと済みまセン〜」

 ん?
 このトボけたアクセントは………だが、男の声。
 後ろから聞こえたのは、酷く低い男の声だった。

「あんだよ?」

 振り返ると、そこに……。
 パツキンで黒いスーツの男。
 身長はおそらく、170cm前後。
 手に喰代(ほおじろ)町発行のガイドブックを持っていた。
 こんな辺鄙な場所に、観光客か……。
 なに見に来たんだ?

「レイナは……何処に居やがるデショウか?」

 !?
 前フリも無く、いきなり本題……いやいや。
 それどころじゃねーぞ、おい。
 目の前に居る白人の男は、にこやかな笑みを絶やさずに近付いてきた。
 一瞬で戦闘態勢を取る。
 コイツは……おそらく。

「教えていただけマスか?」
「レイナ……誰だ、そりゃ?」

 脛に張りつけた(みさご)に意識を集中する。
『楯岡』特製の飛針(とばり)は……3種15本。
 苦無(くない)は5本。

「アナタの家の従業員で、ボクの娘デス♪」

 弾んだ声で男が笑った。
 何の邪気も無い笑み。
 その事が、かえって怖かった。
 こいつが、レイナの父親で……連続殺人鬼。

「アナタを探してレイナ、出かけたそーデス♪ ネコ耳の女の子が教えてくれまシタ♪」
「家に……いったのか、お前……」
「なんにもしてないデスよ♪ ………まだネ♪」

 あーそうかい。
 ようは、お前は……俺の敵だ、と。

「レイナになんの用だ?」
「………フフッ」

 男が怪しく笑った。
 背筋が凍るような感覚。
 意図的に、人を殺した事の在る人間。
 共通する匂い。
 その匂いが……俺の身体を緊張させていた。
 俺はまだ、人を殺したことが無いからな。
 多分。

「知ってるデショ? アナタなら……♪」

 ああ。
 知ってるとも。
 だが……そんなにストレートに言われるとは思ってなかったんでな。

「ふつーさー」
「……?」
「こういうシーンて、正体を隠して近づいてきてよ。あとから気付いて、『なにー!』ってゆーシーンじゃねーの
 か? 演出的によー」
「時間の無駄デス♪」

 確かに。

「それに……『楯岡』の人間ともアロうアナタが、いつまでも気付かないワケないネ♪」

 確かに。
 ………てゆーかさ。
 なんで『楯岡』だって知ってるんだ、コイツ?
『楯岡』の存在の、どこが秘密なんだろう?
 俺の敵である『道阿弥衆(どうあみしゅう)』や、レイナのような能力者が知ってるのはともか………。
 なるほど。
 つまりは……そーゆーことか。

「YES♪ そーゆーことネ♪」

 ……………返事すんなや。
 目の前の男は、俺の心と会話してる。
 つまりは……そーゆーこと。

「アナタがレイナの居場所知らないのは、知ってるんデス。だから……」

 だから?

「デコイ、ね♪」

 男の言葉と同時に……。
 堤防の陰から気配!
 今の今まで俺に気付かせなったそれは……。
 黒い装束を身に纏っていた。






「セッ!」

 振り返らずに忍者の投げた組紐3本を(かわ)す。
 組紐の先には、(かぎ)状の分銅がついていた。
 捕縛用の忍具だ。
 俺を……捕縛だと?
 なめんな!

「シッ!」

 学生服を跳ね上げて、苦無(くない)を3本取り出す。
 口うるさく静流や緋那に怒られても、学生服の前ボタンを外しているのが役に立った。
 背後に飛びあがった気配に、2本同時投擲!

「……!」

 あ、あれ?
 さくって刺さっちゃった、さくって。
 俺の投げた苦無(くない)は2本とも、黒装束の腹部に刺さってしまった。
 いくら俺の抜き投げが速いとは言っても……なんの抵抗も無しに刺さるとは思え……。
 地面に叩きつけられた忍者2忍が、瞬時に立ちあがる。
 影落としとかって、陰忍使用、か。
 やっかいだな。

「………!」

 もう1忍が……再び飛びあがって、俺の後ろに回る。
 白人の男と並んで、俺の背中を凝視している感覚。
 道路の右と左に挟まれてしまった。
 だが……この程度は窮地ではない。
 前後に目がついてるのが忍者だから。

「……………!」

 前に立っている2忍が、腰に手を当てて……抜き投げ!
 鈍黒の物体が数本、俺目掛けて飛来する。
 が、その程度の牽制に引っかかる俺じゃない。
 体を(かわ)しながら、前の2忍に接近!
 距離を詰めながら身を屈めて、脛に張りつけていた(みさご)を抜く。
 俺の主戦武器。
 (かぎ)付き手甲の(みさご)だ。
 この(みさご)は『楯岡』のものじゃない。
 一応『伊賀崎』のオリジナルだが、誰かが考え付いても不思議じゃない。
 探せば、どこかの忍具屋で売ってるかもしれんな。
 奈那子んちで商標登録されているかも。
『伊賀崎』として、この(みさご)を使う事には何の問題も無い。
 だが……この(みさご)を使った『楯岡』の技を、『伊賀崎』俺が使うわけにはいかないのが、複雑な事情だ。
『楯岡』には(みさご)を使う前提として考えられた技も在るが、『伊賀崎』にはその技が伝わっていない建前。
 今の状況だったら、思う存分使っても構わないだろう。
 周囲に監視の目は無いし……相手は楯岡の事を知っているのだから。
 襲ってきた忍び衆。
 その身を包んでいるのは、この街に帰って来た次の日に襲ってきた、あの忍軍と同じ物だった。
 これが、道阿弥衆(どうあみしゅう)下忍のユニフォームなんかね?
 機能性に乏しいような、なんの特徴も無いような……。
 デザイン、手抜きじゃねーのか?

「セェ!」

 目の前の忍びが、腰から忍刀(にんとう)を抜刀した。
 直刀のそれは、あまりにもスタンダードな忍刀(にんとう)
 工夫もセンスも無い。

「だぁ!」

 (みさご)の背腕で受けとめる。
 と同時に、もう1忍が……。

「シッ!」

 軽く息を吐きながら、抜刀する。
 が、あまりにも遅い。
 康哉の30分の1くらいのスピードだ。
 懐から苦無(くない)を抜いて受ける。
 軽い衝撃が左腕に伝わった。

「…………!」
「………!」

 2忍同時に切りかかってくるが、余裕で銀光を(かわ)す。
 中々の組み打ちだが、この程度じゃ俺は………。
 火薬の匂い!!!

「おおお!?」

 背中からの熱を感じて、俺は一気に飛び退いた。
 堤防を越えて砂浜にダイブする。
 振り返って見ると……巨大な炎が、俺の前にいた2忍を包みこんでいた。
 後ろに居た無傷の奴の陰忍か。
 おそらく少しだけ湿らせた黒色火薬を飛ばす、『火弾(ひだま)』だろう。
 ポピュラーな陰忍だが、あれほど巨大な火弾(ひだま)とは……。
 仲間2忍を構わずに撃ったのは、別に驚く事じゃない。
 その程度、俺でもやれる。
 忍者ってのは、そーゆーもんだからな。
 だが、今忍びの放った火弾(ひだま)は……。
 人、二人を絶命させる威力があった。

「………!」

 白人の男が何かを叫び、隣りに居た忍びが俺目掛けて跳んできた。
 俺と黒装束の距離は、15m。
 2秒程度で近接する。
 それにしても、白人の男と道阿弥衆(どうあみしゅう)が組んだのか………。
 何らかの利害が一致したんだろうが、何の利害だ?
 ま、今はそれどころじゃねー。
 跳び来る忍び目掛けて、抜いておいた苦無(くない)を………。
 ずしゃ。
 背後で何かが跳ねあがる感覚。
 ぬかった!

「……………!」

 宙に向かって舞った砂の中から、黒装束が3忍!
 全員抜刀済みだ。
 この『影落とし』って陰忍、やっかいだな。
 現れるまで気配が掴めないので、戦闘が組み立て辛い。
 もし気配が微塵でも感じられて居たら、俺は砂浜に向かってなどダイブしなかった。
 非常に辛い。
 辛いが……窮地などではない。
 俺は………楯岡なのだ!

「せぇ!」

 砂の中の忍び目掛けて、飛び蹴り!
 他の2忍には目もくれない。
 中央の忍びの腹部を撃ちぬいた。

「ぐっ……」

 初めて聞く、人らしいうめき声。
 そのまま体を預けて、黒装束の左足を右手で取る。
 蹴り足を曲げ、空中で忍びの足に絡めながら落下した。
 ごきり。
 着地と同時に、テコの応用で膝関節を砕く。
 腕で足を上げながら、蹴り足で関節を折るのだ。
 無論二人分の体重を利用することも忘れない。
『伊賀崎』流の跳びつき膝十字。

「うっ……」

 膝を砕かれた忍びが、鈍い声を上げる。
 が、そのまま極枝に持っていく余裕は無い。
 砂の中から現れた2忍が、跳んできた1忍と合流して襲いかかってきたからだ。

「てい」

 膝を抑えてうめく黒装束の後頭部を、技も何も無く(みさご)の拳で打ち抜く。
 当り所が悪いので、多分無事では済まないだろう。
 普段は胸や側頭部などを打って、昏倒させるのだが……。
 俺の精神状態は、思ったよりも狂暴になっているらしい。
 相手の生命を守ろうなんて気は、あんまり見受けられなかった。
 まずいね、どーも。

「……………………!」

 何時の間にか砂浜に降りていた白人の男が、何かを叫んだ。
 それを合図にしたかのように、3忍が飛散する。

「ふん!」

 1忍が砂に潜った。
 実玖衆の使う『土犬の術』と同様の陰忍。
 だが、潜る速度と場所がけた違いだ。
 これほど崩れ易い砂浜での陰忍とは……。

「……………!」

 火弾(ひだま)は目前に迫った。
 これもサイズが、けた違い。
 普通の火弾(ひだま)は、テニスボールくらいの大きさだ。
 この火で対象物を焼くのでは無く、相手の身体に付着させた油や火薬に引火させるために用いる陰忍。
 人間を飲みこむサイズの術じゃない。
 確か信州の方に、似たような大きさの火弾(ひだま)を使う忍軍も存在するが……。
 大きさはともかく、熱量は差ほど無かったはずだ。
 人を瞬時に絶命させる程の熱量は。

「つっ!」

 あまりにも大きい火弾(ひだま)を、なんとか飛び退いて(かわ)す。
 普通の火弾(ひだま)だったら、(みさご)で打ち抜いてもいいんだが……。

「………!」
「なに!?」

 飛び退いた先に、もう1忍!?
 俺の反応を見てから追いかけてきても間に合うはず無いので、おそらく先回りしていたのだろう。
 銀光が俺目掛けて飛んで来る。
 通常、忍刀(にんとう)は『薙ぎ』では無く『割り』で使う。
『薙ぎ』だと(かわ)されたら、不利な体制になってしまうからだ。
『割り』だと、そこからの展開が容易に行える。
 もっとも、予備動作の要らない『薙ぎ』を好んで使う流派も在る。
 抜刀系流派とかな。

「セッ!」

 短く息を吐いて、(みさご)の外腕部で弾く。
 そのまま……なっ!?
 左肘で胸骨を叩き割ろうとした俺の足が、砂の中に沈んだ。
 右足首が何かに掴まれている。
 さっき潜った、もう1忍か!?

「……!」

 と同時に、砂の中から箸手裏剣が飛び出してきた。
 飛針(とばり)よりも太い、尖った鉄の棒で出来た箸手裏剣。
 足首を拘束すると同時に相手の居場所を確定して、手裏剣を放ったのか。
 ………この程度で!

「でぇぇぇぃ!」

 体を後ろに倒して、箸手裏剣と忍刀(にんとう)の薙ぎを(かわ)す。
 足首が固定されているので、捻れるような痛みが走ったが……。

「だっ!」

 拘束している手首を、倒れたまま左足で蹴り上げる。
 親指の付け根を、上に蹴り上げた。
 このポイントを蹴り上げると、どんなに握力があっても、一瞬力が入らなくなる。
 その瞬間を狙って体を翻す。
 本当は足首同士を交差して、相手の手首を捻り上げてやりたがったが……。

「……!」

 もう1忍が頭上から降ってくるとなれば、そんな余裕も無い。
 声も無く降ってくる忍びの忍刀(にんとう)を、転がって(かわ)した。
 きっちり三回転して立ちあがり、後ろ向きに高速で走り出す。
 バック転とかで間合いを取れば恰好良いのだろうが、それじゃ隙が大きすぎる。
 回転しての移動は、急な方向転換に向いてないのだ。
 多少みっともなくても、後ろ向きに走るのが一番堅実。
 俺くらいのレベルになると後ろ向きでも、100mを10秒ちょいで走る事が出来るのだ。
 これも重要な忍者のスキ………!?

「せやぁ!!!」

 今まで自分が言ったことを覆すかのような、見事な後方身伸宙返り。
 しかも2回転。
 恐らく高さは3m程度だろう。
 そのくらい飛んでないと……この出鱈目な火弾(ひだま)(かわ)せない。

「あちあち」

 着地と同時に、背中の熱気を身を捩って払う。
 とんでもねー熱量だ。
 明かに炎の範囲は(かわ)しているんだが、熱風が背中に纏わりついていた。
 背中の熱が逃げた頃……俺の目の前には、3忍と白人の男。
 海を右手に見ながら対峙する。
 それにしても……俺の行動が読まれている。
 俺には行動パターンなんて物は存在しない。
 戦闘に関しては、な。
 静流の乳を見ると鷲掴みにしたくなるのは、行動パターンと言っても良いかも知れん。
 まあ今は、それどころじゃなくて。
 俺の動きには、一定のパターンは無い。
 追い込まれた時の定番行動なんてのは、存在しないのだ。
 膨大な修錬の中から得た体躯を、その時に一番相応しい行動を選択し、一番早い速度で実行する。
 一定のパターンを持つと、敵につけ込まれ易い。
 だから俺の行動には、一貫性が無いのだ。
 戦闘でも普段でも。
 その俺を……読んでいる。

「アナタ……なかなか凄い動きネ♪」

 白人の男が忍びの間で、酷く矮小な笑みを浮かべた。
「お褒めに預かって、どーも♪」
 がしかし、誉められて喜んでいるわけにもいかない。
 俺の行動を先回り出来るということは……いつか手詰まりになる可能性も在る。
 ………もしかしたら、この男………。

「この男ナンテ、他人行儀な呼び方は、やめて欲しいネ♪」
「他人じゃねーかよ」

 身内や友達になった覚えはねー。
 てゆーかさ………。
 呼んでないし。
 口に出して無いの、僕ちゃん♪

「……その顔でボクちゃん呼ばわりは、止めて欲しいネ……」

 モノローグに突っ込まれると、非常にむかつく。
 僕ちゃん、結構可愛い顔してるんだけどな♪
 誰も認めてはくれんが。
 まあこれではっきりした。
 目の前の男……俺の考えを読んでいる。

「そのとーりデス♪」

 しかしレイナとは違う気がする。
 レイナは『触らなければ』人の考えを読めないと言った。
 俺はこの男に触られた覚えはない。
 しかも、レイナに『見える』のは過去だけだ。
 この男は、リアルタイムで『読んで』る。
 レイナとは違う『能力』。
 格段にヤバイ。
 今まで人外な戦闘力を持つ忍びと闘ってきたが……。
 こんな卑怯な能力を持つ異常者と闘うのは初めてだ。

「異常者って…………ボクはイブリス・マクフィールドって言いマス♪」

 ヘンな名前。
 ゲームのキャラみてーだ。
 経験値50くらいの、ザコモンスター。
 100匹倒しても、俺のレベルが上がることはねーだろ。
 勿論、倒した報酬も少ない。
 44ゼルくらだな。
 一晩の宿屋代くらいにしかならん。
 俺くらいのレベルの戦士を前にしたら、逃げ出すもんだろ、おい。

「………アナタ………心読まれてルのに、良い度胸ネ」

 喋らなくて楽だな、こりゃ♪

「………気が変わりマシた。アナタ……死んでも構わないネ♪」
「どーやってレイナをおびき寄せるんだよ?」
「………この地は、エサが豊富♪」
「!!!」

 一気に感情が爆発する。
 左手に持っていた苦無(くない)を、白人の男……イブリスに投げつけた。
 手首を捻って回転させた、苦無(くない)の使用方法の中でも最大級に間違った投擲。
 そのかーし、速度と威力は充分だ!

「フン。解かってないみたいネ♪」

 イブリスの隣りに居た黒装束が、忍刀(にんとう)苦無(くない)を叩き落す。
 俺の投げた苦無(くない)は、砂地に吸い込まれて行った。
 ……やっぱりか。
 怒りで動いていても、頭は別だ。

「ナルホド♪ 確かめたわけですネ♪ 心の中は怒っていテも、なかなか冷静♪」

 イブリスは、俺の思考を読める。
 そして自分の手足のよーに、忍びを使うことが出来るってワケだ。
 しかもその手足は、死なないときたもんだ。
 最初に昏倒させた黒装束が、四人の後ろでのそりと立ち上がる。
 復活、はえーな、おい。
 ………しょーがねーか。
 手首のリングを捻って、(かぎ)を出す。
 人差し指と中指、中指と薬指の間から(かぎ)が突出した。
 長さは5cm。

「やる気に……なったネ♪」
「ああ」

 手加減してて、切り抜けられる状況じゃなさそうだ。

「使えるものは使ったほうがイイよ♪ その燃えるナイフとかネ♪」

 飛針(とばり)とナイフは別物。
 だが……お前も解かってない。
 解かってないんだ、イブリス。
 俺が『楯岡』であるということを。
 (みさご)や差羽を使うってことじゃない。
 戦闘方法のことじゃない。
 そんなことじゃ……ないんだ。

「イブリス……貴様の目的はなんだ?」
「ボク……の?」
「ああ。なんで道阿弥なんかと手を組んで、実の……」

 そこまで言って、言いよどんだ。
 この男を、認めたくなかったからだ。
 レイナの……と。

「ボクの目的………別に無いヨ♪」

 ……なに?

「強いて言えば、人を殺すコト♪ この手でネ♪」

 ………。

「人を殺すの、楽しいヨ♪ 積み重ねてきた人生が、ボクの手で終わるノ♪」

 …………。

「なに言ってるかワカラないくらい叫んでいテも、心の奥じゃ色々考えてるヨ♪」

 ………………。

「退屈な日常。だけど幸せな日常♪ ボクの手で終わらせる快感♪」

 ……………………。

「理不尽なほど、叫びも楽しいネ♪ 断末魔♪」

 ……………………………。

「だからレイナも殺す♪ 最初から………」

 …………………………………。

「殺すために、作ったんだからネ♪」

 ………ふぅ。
 俺の心の中は、驚くほど冷静だった。
 冷静………違うな。
 そんなもんじゃない。
 俺の……『楯岡』の誓い、破るかも。

「………おい、クズやろー」
「……クズ? ボクが?」
「ああ。こんなクズ、見たことねーよ」

 今まで、幾つかの『仕事』をこなして来た。
 俺の基準で『悪』と認定される奴にも、なんらかの言い分は在った。
 在った……んだ。
 心のベクトルを変えてやれば、解からないことも無い事情。
 だが……。

「てめーは………人間として許せねー」
「ボクほど人間らしい人間も、居ないと思うけどネ♪」
「イブリス・マクフィールド! ………今、俺の敵と認識する!!!」

 この闘いは負けたくない。
 いつ死んでも良い覚悟だけは決めている。
 忍びの命は、この世の中の何よりも軽い。
 そう思っている。
 だから俺は、何かを守りたいと思っているんだろう。
 命を投げ出すこと。
 誓いを守るためだったら、それも厭わない。
 だが、負けたくない。
 コイツには……負けたくない。
 初めて……そう思った。










END






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