「………………………」
「イガちゃ〜ん。帰らないの?」
「……………………………」
机に突っ伏したまま、
構ってやる、精神的余裕も無い。
奈那子は何か言いたげな気配を漂わせていたが……。
「………じゃ、また明日ね〜♪」
何も言わず、帰ってくれた。
これでまた、思考を巡らせる事が出来る。
情報を整理したいのだ。
夕べは……寝られなかった。
授業中も上の空。
これはいつもの事かもしれんが。
今日一日、誰かと会話した記憶が無い。
何故なら……昨日のレイナ。
あまりにも衝撃が強すぎて……言葉が出てこない。
人の身体から………炎が立ち上る?
しかもその炎は、肉体を焼いていない。
俺の身体能力も、大概常識外れだが……。
「とら………帰らないの?」
「…………………………………」
机に突っ伏したまま、静流にひらひらと手を振る。
今は……構ってやる精神的余裕は無い。
何か言いたげな気配の静流だったが……。
「そっか。あたし、帰るね♪」
無理矢理明るい声を出して、静流の気配が去って行った。
スマンな。
俺余裕無いよな。
夕べも家に帰ってから、レイナの顔を見る事が出来なかった。
適当に飯食って、日課である修行もせずにベットに潜りこんだ。
緋那が心配して声をかけてくれたが、適当に答えて追い返しちまったし。
静流や奈那子は、この状態の俺に声をかけても無駄だと知っているから、あの態度だ。
親父も、しょげた俺に構うような優しい態度は持ち合わせていない。
………しょげた?
なんで俺、しょげてるんだ?
俺がしょげる理由なんか、全然無いはず。
俺の理解能力を超える出来事があって………。
「貴様。邪魔だ。帰れ」
「……………………………………」
机に突っ伏したまま、康哉にひらひらと手を振る。
「五月蝿い。これからこの場所で、篠崎先生等と会議だ。貴様は邪魔故、去れ」
………容赦無いねぇ。
女教師と教室で会議か。
……なんも思いつかん。
「貴様の居る場所は、ここか?」
……………………俺………の?
何突然言い出す…………俺の居場所?
「五遁の大河。貴様の戦法は逃げだ。卑怯極まりない」
確かに『伊賀崎』である俺の戦闘は、『逃げ』が主流だ。
だけど、卑怯って事はねーだろ。
逃げるのも、立派な忍者のスキル……。
だが……それは戦闘方法だ。
俺が今しているのは………。
「だが貴様は……『逃げた』ことが有るのか?」
……………。
俺………逃げようとしてたのか。
手に負えない事実から。
レイナの『リーディング』って能力。
ぶっちゃけて言えば、そんなに凄い能力じゃないと思う。
過去を見れるのは凄いが、所詮『過去』だ。
使い様によっては『現実』も脅かされるかもしれないが……阻止する事も容易。
だから、簡単に考えていた。
レイナの『能力』が、何かを犠牲にしているなんて……考えもしなかったんだ。
ただただ理解できなくて……逃げ腰になっていた。
第十四話 『開戦』
―――――――――。
「見られチャいまシタ……♪」
「お前……その炎………」
思わず口から出たのが、そんな間の抜けた一言だった。
「このほのオ……ワタシの中から……」
違う!
今俺のすべき事は、レイナを問いただす事じゃねぇ!
「馬鹿ヤロウ! 早く消せよ!」
「………ヤロウじゃないデス〜」
「そんな事に突っ込んでる場合か!」
俺はレイナの手を取ろうとして……。
「触らなイデ下サイ!!!」
レイナに制止される。
レイナの腕は、指先から肘までが青白い炎に包まれていた。
炎は肌を焼いていないが………どーいったことなのかは解からない。
だが……このまま燃やしておくわけにもいかねーだろ!
「うるせぇ!」
俺はレイナの手首を掴んで……。
「つっ!?」
思わず放してしまった。
指が……一瞬で火傷状態になる。
一体、何度の炎なんだ?
俺の手は幼少の頃からの訓練で、硬い皮膚に覆われている。
ちょっとやそっとの熱量で、こんな火傷するはずが無い。
思わず唖然と見てしまう。
炎に包まれた腕を。
レイナの白い腕は、まったく劣化していない。
相変わらず細く、相変わらず白いままだった。
熱で赤くもなっていない。
「危ないデスから……触らないで下サイ♪」
苦痛に顔を歪めながら、レイナが笑う。
両腕を棒のように突き出して、エプロンドレスが焼けるのを避けているんだろうが……。
青白い炎は、燃焼温度の高さ。
そんな話しを聞いた事が有る。
俺の使う
3cm程度とは言え、鉄を溶かす温度を発するのだ。
『楯岡』特性の燐と同じような炎、か。
「熱く………ないのか?」
自然と口から出た。
自然と口から出た後で、トボケた質問だと思った。
「……全然………平気デスよ〜♪」
嘘だ。
レイナの白い顔から、滝のように汗が流れている。
我慢しても、我慢し切れないのだろう。
その笑顔が苦痛に歪んでいる。
必至に奥歯を噛み締めているのだ。
「そ……うか………」
「そうデス♪ 放っておケば、そのうち消えやがりマス♪」
笑うな。
笑わないでくれ。
レイナの表情を見るのが辛くて……。
俺も奥歯を噛み締める。
「このヒは……ワタシの中かラ出てマス。ワタシの………ワタシのことは焼かナ……イんデス♪」
レイナの言葉通り、腕から発している炎は皮膚を焼いていない。
その炎も、徐々に弱まっているようだった。
少しずつ……少しずつ弱まっていく、青い炎。
レイナの腕の中に引きこまれているように見える。
熱で歪んだ空気が、徐々に正常に戻って行く。
やはりレイナの腕は焼かれていない。
「大河サン……手……大丈夫デスか?」
レイナの言葉で、指を見てみる。
さっきレイナを掴もうとして、青い炎に焼かれた指。
人差し指が、体育館で転んだ膝みたいに、つるつるになっていた。
「ああ」
さほど痛みは感じない。
指同士をこすり合わせてみるが、動きにも支障はなかった。
表面上の火傷だけで済んだらしい。
一瞬で放したからな。
……放してしまった。
「良かったデス……。ごめんナさい、大河サン……」
心底申し訳なさそうな顔に、何故だかイラついた。
「チカラ使いすぎルと……なんでかハ解からないんデスが……このヒが出てきちゃうんデス……でも大丈夫
デス♪ このヒはワタシのことを焼かないカラ♪」
確かに、腕から発した炎は、レイナの皮膚を焼いていない。
だが……その苦痛に歪んだ表情を見ると……。
炎が痛みを与えている事が解かる。
そんな状況の女に気遣われても……イラつくだけだ。
「あっ……」
済まなさそうなレイナの顔を見て、思い出した。
「……ドウしました、大河サン?」
一番最初に、レイナの名前を知った時。
親父のペンションで一緒のテーブルに座った時。
俺はレイナに手を握られ……心を『読まれ』た。
あの時、俺の指に走った熱の痛み。
あれも、これと同じ現象だったんだろう。
レイナは言った。
『隠したい事を読むのは、すごくパワーが居る』、と。
ぶっちゃけ、おなにーの事なんかは聞かれれば答えたかもしれない。
だが……『楯岡』のこととなると……。
緋那が攫われた時、レイナは『楯岡』の事を知っていた。
理解は出来ていなかったみたいだが。
俺が隠したい事を『読んだ』代償というわけか。
俺も熱かったが、レイナはもっと熱かっただろう。
テーブルの下に隠した体の一部が、密かに燃えていたんだろうからな。
「なんでもねーよ」
「そう………デスか」
無愛想な対応に、レイナの表情が沈む。
俺が思いを巡らせている間にも、青白い炎は鎮火していった。
徐々に消えて行く、青い炎。
その炎に呼応するように、レイナの表情も穏やかになっていった。
やがて炎は消え………。
「さ、大河サン。帰りまショウか♪」
何事も無かったかのように微笑むレイナ。
しかし、そのエプロンドレスは、海水と汗で濡れている。
俺は何も尋ねる事が出来ない……。
「ああ」
動く事すら出来ないで……。
「今日の緋那チャンのゴハン、楽しみデス〜♪」
スキップで去るレイナを見送るだけだった。
―――――――――。
「貴様、何を呆けている?」
康哉の言葉で我に帰る。
「……いや、なんでもねーよ」
バッグを持って、席を立った。
先ほどの気分は、微塵も感じられない。
世話掛けるな、康哉。
「ならば去れ」
康哉は微塵も俺の事情を知らないだろう。
知っていても、優しい言葉など掛ける男じゃない。
そんな言葉、いらねーしよ。
コイツも俺のことを『知っている』のだ。
「ああ。またな、康ちゃん♪」
「その名で呼ぶな。気色悪い」
いーじゃねーか。
昔は『康ちゃん』『たいちゃん』って呼び合った仲じゃねーかよ。
忍者として訓練を積み重ね、徐々に己の役割を知ってからはジャレ合う事も無くなったが。
それでも。幼馴染なんだ。
解かってくれる友が居るってのは、結構幸せな事かもしれないな。
明日、静流と奈那子にも謝ろう。
乳掴んだり、Hな話しを聞かせたりして。
きっと喜んでくれるに違いない。
「あ、伊賀崎くん〜。さようなら〜〜〜♪」
入り口の所で、紙の袋を抱えたみどりちゃんとすれ違う。
「あ、みどりちゃん」
「なんですか〜〜〜?」
「康哉がみどりちゃんの身体狙ってるから、気をつけてな♪」
妊娠とかに。
「ええ〜〜!?」
「俺は帰るから♪」
自分の……やるべき事が出来る場所に。
その気が在ったかどうだかは知らないが……康哉が気付かせてくれた。
「……………!」
「……!?」
振り向かずに身を
康哉の投げた
後頭部狙いかよ。
かすっただけでも大ダメージじゃねーか。
「貴様と言う奴は……」
「じゃな♪」
2500円の
高い
流石、石川流。
「生徒と………情事〜〜〜?」
誰だよ、ジョージって?
怒り狂った康哉と、妄想し身悶えしているみどりちゃんを置き去りにして、俺は教室を後にした。
うん。
気分は悪くない。
俺はバスを降りて、テレテレと歩いて帰路についていた。
俺んちから一番近いバス停だ。
反対側に歩くと、しょぼい商店街。
十数店舗の、古い商店街だ。
家の買い物は大抵、その商店街で済ませる。
別に安くは無いんだけど、近いしな。
昨日レイナと会ったのも、その商店街の帰り道の事だ。
なんとなく、レイナは今日も商店街に居る気がしたが……。
俺は家に帰ることにした。
家に帰って……家の手伝いなどしてみよう。
そんで……レイナに謝るんだ。
薄胸とかいって苛めれば、俺の謝罪は伝わるだろう。
多分。
あのリボンを解いて、『……けっこう笑えるな』って吐き捨てるのも良いかもしれない。
謝罪は伝わるよな、うん。
「アノ〜。ちょっと済みまセン〜」
ん?
このトボけたアクセントは………だが、男の声。
後ろから聞こえたのは、酷く低い男の声だった。
「あんだよ?」
振り返ると、そこに……。
パツキンで黒いスーツの男。
身長はおそらく、170cm前後。
手に
こんな辺鄙な場所に、観光客か……。
なに見に来たんだ?
「レイナは……何処に居やがるデショウか?」
!?
前フリも無く、いきなり本題……いやいや。
それどころじゃねーぞ、おい。
目の前に居る白人の男は、にこやかな笑みを絶やさずに近付いてきた。
一瞬で戦闘態勢を取る。
コイツは……おそらく。
「教えていただけマスか?」
「レイナ……誰だ、そりゃ?」
脛に張りつけた
『楯岡』特製の
「アナタの家の従業員で、ボクの娘デス♪」
弾んだ声で男が笑った。
何の邪気も無い笑み。
その事が、かえって怖かった。
こいつが、レイナの父親で……連続殺人鬼。
「アナタを探してレイナ、出かけたそーデス♪ ネコ耳の女の子が教えてくれまシタ♪」
「家に……いったのか、お前……」
「なんにもしてないデスよ♪ ………まだネ♪」
あーそうかい。
ようは、お前は……俺の敵だ、と。
「レイナになんの用だ?」
「………フフッ」
男が怪しく笑った。
背筋が凍るような感覚。
意図的に、人を殺した事の在る人間。
共通する匂い。
その匂いが……俺の身体を緊張させていた。
俺はまだ、人を殺したことが無いからな。
多分。
「知ってるデショ? アナタなら……♪」
ああ。
知ってるとも。
だが……そんなにストレートに言われるとは思ってなかったんでな。
「ふつーさー」
「……?」
「こういうシーンて、正体を隠して近づいてきてよ。あとから気付いて、『なにー!』ってゆーシーンじゃねーの
か? 演出的によー」
「時間の無駄デス♪」
確かに。
「それに……『楯岡』の人間ともアロうアナタが、いつまでも気付かないワケないネ♪」
確かに。
………てゆーかさ。
なんで『楯岡』だって知ってるんだ、コイツ?
『楯岡』の存在の、どこが秘密なんだろう?
俺の敵である『
なるほど。
つまりは……そーゆーことか。
「YES♪ そーゆーことネ♪」
……………返事すんなや。
目の前の男は、俺の心と会話してる。
つまりは……そーゆーこと。
「アナタがレイナの居場所知らないのは、知ってるんデス。だから……」
だから?
「デコイ、ね♪」
男の言葉と同時に……。
堤防の陰から気配!
今の今まで俺に気付かせなったそれは……。
黒い装束を身に纏っていた。
「セッ!」
振り返らずに忍者の投げた組紐3本を
組紐の先には、
捕縛用の忍具だ。
俺を……捕縛だと?
なめんな!
「シッ!」
学生服を跳ね上げて、
口うるさく静流や緋那に怒られても、学生服の前ボタンを外しているのが役に立った。
背後に飛びあがった気配に、2本同時投擲!
「……!」
あ、あれ?
さくって刺さっちゃった、さくって。
俺の投げた
いくら俺の抜き投げが速いとは言っても……なんの抵抗も無しに刺さるとは思え……。
地面に叩きつけられた忍者2忍が、瞬時に立ちあがる。
影落としとかって、陰忍使用、か。
やっかいだな。
「………!」
もう1忍が……再び飛びあがって、俺の後ろに回る。
白人の男と並んで、俺の背中を凝視している感覚。
道路の右と左に挟まれてしまった。
だが……この程度は窮地ではない。
前後に目がついてるのが忍者だから。
「……………!」
前に立っている2忍が、腰に手を当てて……抜き投げ!
鈍黒の物体が数本、俺目掛けて飛来する。
が、その程度の牽制に引っかかる俺じゃない。
体を
距離を詰めながら身を屈めて、脛に張りつけていた
俺の主戦武器。
この
一応『伊賀崎』のオリジナルだが、誰かが考え付いても不思議じゃない。
探せば、どこかの忍具屋で売ってるかもしれんな。
奈那子んちで商標登録されているかも。
『伊賀崎』として、この
だが……この
『楯岡』には
今の状況だったら、思う存分使っても構わないだろう。
周囲に監視の目は無いし……相手は楯岡の事を知っているのだから。
襲ってきた忍び衆。
その身を包んでいるのは、この街に帰って来た次の日に襲ってきた、あの忍軍と同じ物だった。
これが、
機能性に乏しいような、なんの特徴も無いような……。
デザイン、手抜きじゃねーのか?
「セェ!」
目の前の忍びが、腰から
直刀のそれは、あまりにもスタンダードな
工夫もセンスも無い。
「だぁ!」
と同時に、もう1忍が……。
「シッ!」
軽く息を吐きながら、抜刀する。
が、あまりにも遅い。
康哉の30分の1くらいのスピードだ。
懐から
軽い衝撃が左腕に伝わった。
「…………!」
「………!」
2忍同時に切りかかってくるが、余裕で銀光を
中々の組み打ちだが、この程度じゃ俺は………。
火薬の匂い!!!
「おおお!?」
背中からの熱を感じて、俺は一気に飛び退いた。
堤防を越えて砂浜にダイブする。
振り返って見ると……巨大な炎が、俺の前にいた2忍を包みこんでいた。
後ろに居た無傷の奴の陰忍か。
おそらく少しだけ湿らせた黒色火薬を飛ばす、『
ポピュラーな陰忍だが、あれほど巨大な
仲間2忍を構わずに撃ったのは、別に驚く事じゃない。
その程度、俺でもやれる。
忍者ってのは、そーゆーもんだからな。
だが、今忍びの放った
人、二人を絶命させる威力があった。
「………!」
白人の男が何かを叫び、隣りに居た忍びが俺目掛けて跳んできた。
俺と黒装束の距離は、15m。
2秒程度で近接する。
それにしても、白人の男と
何らかの利害が一致したんだろうが、何の利害だ?
ま、今はそれどころじゃねー。
跳び来る忍び目掛けて、抜いておいた
ずしゃ。
背後で何かが跳ねあがる感覚。
ぬかった!
「……………!」
宙に向かって舞った砂の中から、黒装束が3忍!
全員抜刀済みだ。
この『影落とし』って陰忍、やっかいだな。
現れるまで気配が掴めないので、戦闘が組み立て辛い。
もし気配が微塵でも感じられて居たら、俺は砂浜に向かってなどダイブしなかった。
非常に辛い。
辛いが……窮地などではない。
俺は………楯岡なのだ!
「せぇ!」
砂の中の忍び目掛けて、飛び蹴り!
他の2忍には目もくれない。
中央の忍びの腹部を撃ちぬいた。
「ぐっ……」
初めて聞く、人らしいうめき声。
そのまま体を預けて、黒装束の左足を右手で取る。
蹴り足を曲げ、空中で忍びの足に絡めながら落下した。
ごきり。
着地と同時に、テコの応用で膝関節を砕く。
腕で足を上げながら、蹴り足で関節を折るのだ。
無論二人分の体重を利用することも忘れない。
『伊賀崎』流の跳びつき膝十字。
「うっ……」
膝を砕かれた忍びが、鈍い声を上げる。
が、そのまま極枝に持っていく余裕は無い。
砂の中から現れた2忍が、跳んできた1忍と合流して襲いかかってきたからだ。
「てい」
膝を抑えてうめく黒装束の後頭部を、技も何も無く
当り所が悪いので、多分無事では済まないだろう。
普段は胸や側頭部などを打って、昏倒させるのだが……。
俺の精神状態は、思ったよりも狂暴になっているらしい。
相手の生命を守ろうなんて気は、あんまり見受けられなかった。
まずいね、どーも。
「……………………!」
何時の間にか砂浜に降りていた白人の男が、何かを叫んだ。
それを合図にしたかのように、3忍が飛散する。
「ふん!」
1忍が砂に潜った。
実玖衆の使う『土犬の術』と同様の陰忍。
だが、潜る速度と場所がけた違いだ。
これほど崩れ易い砂浜での陰忍とは……。
「……………!」
これもサイズが、けた違い。
普通の
この火で対象物を焼くのでは無く、相手の身体に付着させた油や火薬に引火させるために用いる陰忍。
人間を飲みこむサイズの術じゃない。
確か信州の方に、似たような大きさの
大きさはともかく、熱量は差ほど無かったはずだ。
人を瞬時に絶命させる程の熱量は。
「つっ!」
あまりにも大きい
普通の
「………!」
「なに!?」
飛び退いた先に、もう1忍!?
俺の反応を見てから追いかけてきても間に合うはず無いので、おそらく先回りしていたのだろう。
銀光が俺目掛けて飛んで来る。
通常、
『薙ぎ』だと
『割り』だと、そこからの展開が容易に行える。
もっとも、予備動作の要らない『薙ぎ』を好んで使う流派も在る。
抜刀系流派とかな。
「セッ!」
短く息を吐いて、
そのまま……なっ!?
左肘で胸骨を叩き割ろうとした俺の足が、砂の中に沈んだ。
右足首が何かに掴まれている。
さっき潜った、もう1忍か!?
「……!」
と同時に、砂の中から箸手裏剣が飛び出してきた。
足首を拘束すると同時に相手の居場所を確定して、手裏剣を放ったのか。
………この程度で!
「でぇぇぇぃ!」
体を後ろに倒して、箸手裏剣と
足首が固定されているので、捻れるような痛みが走ったが……。
「だっ!」
拘束している手首を、倒れたまま左足で蹴り上げる。
親指の付け根を、上に蹴り上げた。
このポイントを蹴り上げると、どんなに握力があっても、一瞬力が入らなくなる。
その瞬間を狙って体を翻す。
本当は足首同士を交差して、相手の手首を捻り上げてやりたがったが……。
「……!」
もう1忍が頭上から降ってくるとなれば、そんな余裕も無い。
声も無く降ってくる忍びの
きっちり三回転して立ちあがり、後ろ向きに高速で走り出す。
バック転とかで間合いを取れば恰好良いのだろうが、それじゃ隙が大きすぎる。
回転しての移動は、急な方向転換に向いてないのだ。
多少みっともなくても、後ろ向きに走るのが一番堅実。
俺くらいのレベルになると後ろ向きでも、100mを10秒ちょいで走る事が出来るのだ。
これも重要な忍者のスキ………!?
「せやぁ!!!」
今まで自分が言ったことを覆すかのような、見事な後方身伸宙返り。
しかも2回転。
恐らく高さは3m程度だろう。
そのくらい飛んでないと……この出鱈目な
「あちあち」
着地と同時に、背中の熱気を身を捩って払う。
とんでもねー熱量だ。
明かに炎の範囲は
背中の熱が逃げた頃……俺の目の前には、3忍と白人の男。
海を右手に見ながら対峙する。
それにしても……俺の行動が読まれている。
俺には行動パターンなんて物は存在しない。
戦闘に関しては、な。
静流の乳を見ると鷲掴みにしたくなるのは、行動パターンと言っても良いかも知れん。
まあ今は、それどころじゃなくて。
俺の動きには、一定のパターンは無い。
追い込まれた時の定番行動なんてのは、存在しないのだ。
膨大な修錬の中から得た体躯を、その時に一番相応しい行動を選択し、一番早い速度で実行する。
一定のパターンを持つと、敵につけ込まれ易い。
だから俺の行動には、一貫性が無いのだ。
戦闘でも普段でも。
その俺を……読んでいる。
「アナタ……なかなか凄い動きネ♪」
白人の男が忍びの間で、酷く矮小な笑みを浮かべた。
「お褒めに預かって、どーも♪」
がしかし、誉められて喜んでいるわけにもいかない。
俺の行動を先回り出来るということは……いつか手詰まりになる可能性も在る。
………もしかしたら、この男………。
「この男ナンテ、他人行儀な呼び方は、やめて欲しいネ♪」
「他人じゃねーかよ」
身内や友達になった覚えはねー。
てゆーかさ………。
呼んでないし。
口に出して無いの、僕ちゃん♪
「……その顔でボクちゃん呼ばわりは、止めて欲しいネ……」
モノローグに突っ込まれると、非常にむかつく。
僕ちゃん、結構可愛い顔してるんだけどな♪
誰も認めてはくれんが。
まあこれではっきりした。
目の前の男……俺の考えを読んでいる。
「そのとーりデス♪」
しかしレイナとは違う気がする。
レイナは『触らなければ』人の考えを読めないと言った。
俺はこの男に触られた覚えはない。
しかも、レイナに『見える』のは過去だけだ。
この男は、リアルタイムで『読んで』る。
レイナとは違う『能力』。
格段にヤバイ。
今まで人外な戦闘力を持つ忍びと闘ってきたが……。
こんな卑怯な能力を持つ異常者と闘うのは初めてだ。
「異常者って…………ボクはイブリス・マクフィールドって言いマス♪」
ヘンな名前。
ゲームのキャラみてーだ。
経験値50くらいの、ザコモンスター。
100匹倒しても、俺のレベルが上がることはねーだろ。
勿論、倒した報酬も少ない。
44ゼルくらだな。
一晩の宿屋代くらいにしかならん。
俺くらいのレベルの戦士を前にしたら、逃げ出すもんだろ、おい。
「………アナタ………心読まれてルのに、良い度胸ネ」
喋らなくて楽だな、こりゃ♪
「………気が変わりマシた。アナタ……死んでも構わないネ♪」
「どーやってレイナをおびき寄せるんだよ?」
「………この地は、エサが豊富♪」
「!!!」
一気に感情が爆発する。
左手に持っていた
手首を捻って回転させた、
そのかーし、速度と威力は充分だ!
「フン。解かってないみたいネ♪」
イブリスの隣りに居た黒装束が、
俺の投げた
……やっぱりか。
怒りで動いていても、頭は別だ。
「ナルホド♪ 確かめたわけですネ♪ 心の中は怒っていテも、なかなか冷静♪」
イブリスは、俺の思考を読める。
そして自分の手足のよーに、忍びを使うことが出来るってワケだ。
しかもその手足は、死なないときたもんだ。
最初に昏倒させた黒装束が、四人の後ろでのそりと立ち上がる。
復活、はえーな、おい。
………しょーがねーか。
手首のリングを捻って、
人差し指と中指、中指と薬指の間から
長さは5cm。
「やる気に……なったネ♪」
「ああ」
手加減してて、切り抜けられる状況じゃなさそうだ。
「使えるものは使ったほうがイイよ♪ その燃えるナイフとかネ♪」
だが……お前も解かってない。
解かってないんだ、イブリス。
俺が『楯岡』であるということを。
戦闘方法のことじゃない。
そんなことじゃ……ないんだ。
「イブリス……貴様の目的はなんだ?」
「ボク……の?」
「ああ。なんで道阿弥なんかと手を組んで、実の……」
そこまで言って、言いよどんだ。
この男を、認めたくなかったからだ。
レイナの……と。
「ボクの目的………別に無いヨ♪」
……なに?
「強いて言えば、人を殺すコト♪ この手でネ♪」
………。
「人を殺すの、楽しいヨ♪ 積み重ねてきた人生が、ボクの手で終わるノ♪」
…………。
「なに言ってるかワカラないくらい叫んでいテも、心の奥じゃ色々考えてるヨ♪」
………………。
「退屈な日常。だけど幸せな日常♪ ボクの手で終わらせる快感♪」
……………………。
「理不尽なほど、叫びも楽しいネ♪ 断末魔♪」
……………………………。
「だからレイナも殺す♪ 最初から………」
…………………………………。
「殺すために、作ったんだからネ♪」
………ふぅ。
俺の心の中は、驚くほど冷静だった。
冷静………違うな。
そんなもんじゃない。
俺の……『楯岡』の誓い、破るかも。
「………おい、クズやろー」
「……クズ? ボクが?」
「ああ。こんなクズ、見たことねーよ」
今まで、幾つかの『仕事』をこなして来た。
俺の基準で『悪』と認定される奴にも、なんらかの言い分は在った。
在った……んだ。
心のベクトルを変えてやれば、解からないことも無い事情。
だが……。
「てめーは………人間として許せねー」
「ボクほど人間らしい人間も、居ないと思うけどネ♪」
「イブリス・マクフィールド! ………今、俺の敵と認識する!!!」
この闘いは負けたくない。
いつ死んでも良い覚悟だけは決めている。
忍びの命は、この世の中の何よりも軽い。
そう思っている。
だから俺は、何かを守りたいと思っているんだろう。
命を投げ出すこと。
誓いを守るためだったら、それも厭わない。
だが、負けたくない。
コイツには……負けたくない。
初めて……そう思った。
END
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