「せっ!」
「……!」

 俺が飛ぶ方向に、イブリスは回りこんでいた。
 考えが読めるってのは、非常に便利だねぇ。
 レイナとイブリスの距離を取る意味合いのジャンプだったが、そんなことはお構い無しらしい。
 俺を仕留めてから、レイナ確保、ね。
 イブリスの能力だったら、それも可能だろう。
 梱包しやすそーだしな、レイナ。

「………!」

 どぉぉん。
 自分の娘を薄胸だと言われて腹が立ったのか、イブリスがいきなり発砲した。
 少しだけ身体を動かして、銃弾を(かわ)す。
 (かわ)したってゆーか、偶然当らなかった感じ。
 そんなに怒ることねーじゃんかよ。
 だって薄いじゃん、あの胸。
 さっき揉んだけど、手応えも歯ごたえも無かったぞ。

「……噛んだノ?」

 噛んでねーよ。
 ………………ふむ。
 読まれてるなら、読まれてるなりの戦闘、か。
 ま、それはともかくとして、凶弾の餌食になるのは嫌だから……。

「しゅっ!」
「……!」

 イブリス目掛けて突進する。
 普通は動きに変化をつけて、狙いが定まらないよーにするんだが、考え読まれてるんじゃ無駄だもんな。
 指の動きに着目。
 動いた瞬間、飛ぶ。

「……………………」

 まだ動かない。

「……………」

 まだ、だ。

「……………………」

 動いた!

「エ?」

 イブリスが一瞬呆気に取られた。
 何故なら指が動いてないからだ。
 動いていないけど、動いたコトにして飛んでみる。

「エ? エ?」

 どぉぉん。
 ……………。

「どこ向かって撃ってんだ、おまえ?」

 銃弾は、遥か遠くの砂地をえぐっていた。
 俺が『飛ぼうとした』地点だ。
 飛ぼうとしたけど、やっぱり止めたのだ。
 誰にも内緒で。
 飛びたくない気持ちが、心にじーんと染み渡ったから。

「……エ?」

 きょとんとしたイブリスの顎に……!

「ウッ、ワッ!?」

 (みさご)で顎を叩き割ろうと思ったが、その前にイブリスが飛び退く。
 ちっ、失敗。
 もう1段階、余計なことを考えなければ駄目みたいだな。

「アナタ………」

 そのとーり。
 俺はさっき、心を静めてイブリスのナイフを防御した。
 だがあの手段は、視覚情報を取り入れていないといった点で、失敗だった。
 大体、俺みたいなトンチキに、心を静めるなんて器用な真似がいつまでも出来る訳が無い。
 んじゃどーするか。
 答えは一つ。
 頭ん中爆発するくらい、余計なことを考えるのだ。
 わりと情けない対処方法だが、非常に得意。

「………思考を……無理矢理………氾濫させてるノ……?」

 いや、いつもどーりなんだけど。
 通信簿とかに、よく書かれるタイプだからな、俺。
 余計な事を考え過ぎです、って。

「……なるほど……流石『楯岡』……伝説の戦士ネ……」

 だから、そんなものになった覚えはねーって言ってんだろ。
 伝説に残ってしまうとゆーことは、忍者にとって有る意味屈辱なのだ。
 忍者とは、己の仕事を後に残すことは無い。
 俺のご先祖様は、それが守れなかったんだけどな。

「アナタ……イイよ……すごく……イイよ………」

 イブリスがにやけながら、懐からナイフを抜き出した。
 うん、まあ、そーだろーね。
 あと何本か持ってると思ってたよ。

「てめーみたいな異常者に、誉められたくねー」
「アナタも……同じ人種だヨ……ボクとね……」

 がーん。
 異常者に異常と言われてしまった。
 ……いや……あれ?
 異常者が言う、異常とは、正常のことじゃないのか?
 異常者にとって異常なんだから、それは異常じゃなくて。
 正常者にとっての正常ってことにはならないだろうか?
 それとも異常者のさらに異常ってコトなのかな?
 やっぱり異常者に異常と言われたのは、異常って烙印を押されたんじゃないな。
 異常者は異常だってコトが気付かないから異常なんだもんなとか言いつつ蹴り。

「エ?」

 俺の左中段が、イブリスの腹部にめり込んだ。

「グ……ハッ……」

 さらに右の返し!

「……!」

 俺の蹴りが、空中で止まった。
 着弾地点に、イブリスのナイフが有ったからだ。
 右の返しを『読んだ』時点で、軌道上にナイフを置いてガードしたんだろう。
 むぅ。
 もう1段階、余計なことを考えないと駄目なのか。
 イブリスが俺の思考を読んでる間に、そーっと近づくことは出来たんだけどな。
 もっともっと余計なことを考えなければ駄目らしい。
 それなら、得意中の得意だ。

「アナタ………」

 人の思考が読める。
 確かに有利だが、それは俺相手じゃない時だ。
 康哉だったら致命的だろーが。
 あいつは頭ん中、一本筋だもんな。

「……恐ろしい……恐ろしいほどの……無駄思考ネ……闘いの最中なのに……流石『楯岡』……」

 いや、その認識は間違ってる。
 こんなん、『楯岡』の歴史の中でも俺だけだろう。
 俺は『特別』なのだ。
 わりと情けない『特別』だが。






















                        第二部   フィナーレ









                        第十六話   『父と娘』















「せりゃぁ!!!」
「な、ナニナニ!?」

 いきなり大声を上げたせいで、イブリスが緊張する。
 だが俺は……。

「……………ふぅ」

 動かなかった。
 俺のストレスが解消されただけ。

「………いい加減にしなさいヨ、『楯岡』!」

 黒い銃口が、俺の額を捕らえる。
 多分だが、銃で狙う時は腹部を狙った方が有効じゃないだろうか?
 頭よりは大分標的がでかいもんな。

「………」

 イブリスの手がすっと落ちる。
 腹部に狙いを変更したらしい。
 どぉぉん。

「………」

 さっきまで俺の腹部があった地点を、銃弾がすり抜けていく。
 イブリスが引き金を引いたときには、既にそこに居なかった俺。
 頭ん中を読める奴が、情報に引きずりまわされてどーするよ。
 とは言っても、それが俺の狙いなのだ。
 多分イブリスは、俺の表面上の情報しか読めないのだろう。
 浅層意識ってやつか。
 レイナの情報を聞いておかねば、試す事すら思いつかなかった。
 レイナはあの時、言った。
『隠したい事を読むのは、すごくパワーが居る』、と。
 もしかしたら……そう思ったのだ。
 確かに俺は戦闘の時、頭の中で色々組み立てて動いている。
 確かにそれは、俺の心の奥に刻まれた経験から来る思考だが……深く考えてのことではない。
 今考えてる思考が、浅層意識なのか深層意識なのかは、俺には解からない。
 だがきっと、あんまり深くは考えていないだろう。
 イブリスが読めるのは、その浅い考えだけだと踏んだのだ。
 いやもしかしたら、深層意識まで読めるのかも知れないが……。
 その意識を『読んで』戦闘に利用するなんてのは難しいだろう。
 なんせ『読む』にはパワーが必要らしいからなと言いつつ苦無(くない)

「ヒッ!?」

 あ、苦無(くない)無いんだった。

「…………」

 怯えて身構え、次の瞬間には絶句したイブリス。
 何時の間にか懐に潜りこんでる俺。

「……エ?」

 いや、目で見て気付けよ。
 とゆーかまあ、ここまで近付けたら上等。

「ちぇぃ!」
「………!」

 俺の突きラッシュ!
 細かい突きを、回転早く繰り出す。
 流石に俺の考えを読んでいるらしく、見事なディフェンスだ。
 これだけ近距離で放っても………。

「せっ! せっ! せっ!」
「………! ……! ……!」

 一発も当らない。
 まあ俺としても、当てる必要は無いのだ。
 俺の親父……楯岡道座が来るまで時間を稼げば良いのだから。

「………エ?」

 嘘だよ、ばーか!

「グッ!?」

 俺の中段右回し蹴りを、イブリスはなんとか肘でガードした。
 だが衝撃は吸収できなかったらしく、大きく砂地に倒れ込む。
 冷静に戻ればこの的、ちょろいな。
 忍び衆を操ってる時の反応速度から、ちょい焦ったが……。
 自分の身体を思いどーり動かすのは、膨大な訓練量と修錬が必要だ。
 イブリスが出来るのは、所詮フェイントだけ。
 その証拠に、俺の身体についている無数の傷は、致命傷には成り得ていない。

「………………………」

 ……ん?
 イブリスが無言で立ちあがる。
 なにやら笑みを浮かべて。

「ボク……怖いヨ………」

 その言葉とは裏腹に、笑みが浮かんでいる。
 酷く下卑た笑み。
 気持ち悪い。

「ボク………今まで………無抵抗の者を殺してきタ………心を読んデ………」

 イブリスが銃を捨てた。
 なんのつもりだ?
 砂地に、黒鉄の塊が沈む。
 ついに諦めたか?

「だけど……もっと………面白い事………教わったヨ……怖い事……教わっタ………」

 イブリスがナイフを構えた。
 なんの戦闘訓練も受けてない、素人の構え。
 だが………殺気だけは篭っている。
 殺意を持って人を殺した事の有る人間独特の……殺気。

「抵抗する者の方が………殺すのは面白い………ネ!!!」

 イブリスが酷く遅いスピードで突っ込んできた。
 馬鹿か。
 至近戦闘で、忍者に敵うとでも……………。













 閃光(ひかり)


 目の前に、赤毛の老婆が現れた……。


 見知らぬ顔だ。


 見知らぬ顔、見知らぬ街並み、見知らぬ洋館。


 洋館の前……小さな花壇で花の手入れをする老婆………。


 その背後に………イブリス?


 いまより大分若い、イブリス………。


 その手に持っているのは……手斧?


 にこやかに、背後の人気に話しかける老婆………。


 答えながら……手斧を振り上げるイブリス……。


 まさか………。


 まさか……………………!














「ぐはっ!?」

 腹部に激しい痛みで目が覚める。
 目が………覚める?
 目の前にはイブリスが、ナイフを持ったまま笑みを浮かべていた。
 酷く下卑た笑み。

「ちぃ!」
「………」

 手刀を繰り出すも、余裕で(かわ)される。
 そして再び対峙。
 それにしても……今の映像は……?

「アナタ……自分で分析したネ………ボクの能力………」

 イブリスの能力は、『人の思考を読む』と、『思考を人に伝える』だと断定………。
 まさか!?

「そう……そのまさかネ………」

 今見た映像が……イブリスの能力?
『人に思考を伝える』事だとでもゆーのか?
 ………だ、だがしかし……。
 そんな目晦まし程度でビビる俺だとでも………。














 閃光(ひかり)


 黒い光が、俺を包み込む。


 俺の隣りに、金髪の女性………。


 俺の隣り………いや………イブリスの隣りだ。


 車のシートに座って………談笑する俺と女性………。


 俺?


 女性から見えない俺の手に………ナイフが握られている。


 違う。


 俺じゃない。


 俺じゃ……ない。


 女性と俺が見詰め合う。


 女性は静かに……青い瞳を閉じた。


 静かに………とても静かに……ナイフを取り出す。


 街灯の光が、ナイフに反射した。


 …………や………め………ろ。


 女性は何も気付かず、じっとキスを待っている。


 やめ………ろ。


 俺は静かに……とても静かに………女性の白い首に………ナイフを近づけた。


 そして………。


 止めろ!!!




「ぐぅ………」

 必死に裏拳を繰り出すも、そこに標的は無かった。
 俺の胸が、縦一文字に切り裂かれる。
 俺の裏拳を避けたせいか、今一歩踏み込みが甘かったのだろう。
 おかげで内臓を砂浜にぶちまけずに済んだ。

「………よく立ち直ったネ………でももう………動けないデショウ……?」
「んなことは……ねーよ。まだまだ……元気一杯だ♪」

 筋肉を絞めて、止血をする。
 血が……流れすぎた。

「……くっ」
「次は………死ぬネ………」

 確かに。
 解かっている。
 解かってはいるのだ。
 目の前の映像が、まやかしである事に。
 解かっていても……身体が動かない。
 人を殺すって感覚は、こんなにも恐ろしいものなのか……。
 俺は……解かっていなかったのかもしれない。
 さっきも、殺しても構わないつもりで技を繰り出していた。
 殺したいと思っていた。
 だが………本当は違ったのだろう。
 己の身体に刻みこまれた禁忌。
『楯岡』だからじゃない。
 人は………人を殺さない。
 このリミッターを外すのが……こんなにも怖いものだったとは。
 恐怖で……身体が動かない。



「パパッ!」

 俺の後ろでレイナが叫んだ。

「黙ってなさい、レイナ………」
「もう……やメて下サイ! 何でも……パパの言うとオりにしますカラ〜」

 レイナが……泣いている。

「もう……どうでも良いノ……レイナの事も……どうあみのことも……ネ」
「………どうシて!?  ワタシがパパの元に帰レば!」

 レイナの慟哭。

「ボクは……この男………殺したいノ………それだけヨ! それが……最高に楽しいネ!」

 イブリスの叫び。
 それが痛くて……。
 腹立たしくて……。

「応! 来い、イブリス!!!」

 俺は両手を広げた。
 策なんか何も無い。
 だが………必ず倒す!

「大河サ……」




















 閃光(ひかり)



「ねえ……貴方?」


「どうしたノ、礼子……」


「レイナったら……どうして貴方のことを、あんな風に言ったのかしら……?」


「ボク……レイナに嫌われるような事、したのかナ?」


「わたくしにはなんとも………でも」


「デモ?」


「レイナが嘘をつくとは思えないんです。だからわたくし……レイナの気の済むようにしてあげたいんです」


「……………」


「年頃の娘は難しいですから。こうして旅行していれば気も晴れて、そのうち落ち着くと思うんです」


「………キミも………」


「そうすればまた………仲良し家族に戻れますよね? レイナの夢想癖も………治るって」


「キミも………ボクを信じてくれないんだネ………」


「あ……なた?」


「誰も……信じてくれないノ……ボクのこと……」


「で、ですから……わたくしは……貴方のこともレイナのことも………」


「小さい頃から……心の中ではみんな……ボクを蔑んでいタ………」


「あなた? お気に障ったら謝ります。でもレイナの夢想も………」


「夢想? 夢想なんかじゃないヨ………レイナは正しい……ノ」


「………え? い、いやですわ。冗談など仰られても……」


「冗談なんかじゃないヨ………今まで、250人以上殺してきたノ………」


「………あ………な………た?」


「東洋人を殺すのは………初めてだけどネ!」


 困惑。


 恐怖。


 絶望。


 俺の手に握られたナイフ。


 昂揚した気持ち。


 そして………悲しみ?


 だが……殺意が抑えられない。


 この女を殺す。


 殺す。


 殺す殺す殺す。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


















「大河サン!!!」
























 白き閃光(きらめき)!!!













 わたしが初めて見えたのは、パパの笑顔でした。

 血に染まった、パパの笑顔。

 そして、恐怖に引きつった女性の……。

 血の海に沈んだ、女性の顔でした。

 喉をぱくりと開けて、血を流して。

 わたし、最初は信じられなかった。

 だって、あんなに優しいパパが。

 だけど、日に日に見える映像が増えていきます。

 物の『過去』が頭に流れこんでくる。

 わたし、おかしくなっちゃったのかな?

 誰にも相談できない。

 親しい友達にも、ちょっと憧れの先生にも。

 ママにも相談できない。

 だから忘れようとした。

 だってパパが……人殺しなんて。

 嘘に決まってる。

 きっとわたしの心が見せる、いたずらなんだ。

 見え過ぎると身体が燃えるのも、わたしの空想。

 だってこの炎。

 わたしの身体を焼かないもん。

 痛くて苦しいけど、身体に傷はつかない。

 だからわたしの空想。

 嘘に決まっている。

 あんなに優しいパパが。

 友達も多くて、お休みにパーティーを開くのが大好きで。

 優しいパパ。

 だから、嘘に決まっている。

 ホラー映画だって嫌いだっていうもん。

 だけど………。

 だけど見えてしまった。

 それは朝、パパの手からミルクを受け取った時。

 知らない女の人とパパ。

 ナイフ。

 血の海に沈む……女の人。

 その知らない女の人がTVに映ったのは、一週間後だった。

 信じられない。

 信じられない。

 信じられない。

 助けて欲しい。

 助けて。

 助けて。

 助けて。

 誰か。

 誰か。

 誰か。

 いっぱい悩んで、全然眠れなくて。

 わたし、警察に話すことにしました。

 信じてもらえなかったけど。

 ううん。

 信じてくれた人はいた。

 パパ。

 警察のお友達から、わたしの話しを聞いたパパだけが信じてくれた。

 そして。

 パパは………わたしとママも殺そうとした。

 だから逃げた。

 ママは信じてくれなかったけど、気晴らしに成るならって言ってくれた。

 旅にでもでれば、気も晴れるだろうって。

 でも違う。

 そうじゃない。

 わたしは逃げるんだ。

 パパの手の届かないところに。

 ママは自分の生まれた国に連れてきてくれた。

 日本。

 一度は行ってみたいと思ってた。

 でも今は何処でも良かった。

 信じてくれなくてもいい。

 ママだけは………ママだけは守りたかった。

 優しいママ。

 だけどわたしに内緒で……パパと連絡を取って………そして帰って来なかった。

 どうして良いか解からなくて……。

 わたしはママの友達に連絡を取った。

 ママを探して欲しくて。

 その友達は友達に連絡を取って。

 友達が友達が友達が友達に……。

 気付いてみたらわたし、知らない家にいた。

 そこで出会った、身長の小さな男性。

 その男性がわたしの肩に手を置いた。

 わたし……怖くて。

 つい心……読んでしまった。

 そして………逃げ出した。

 藤堂(とうどう)という人から。

 ママが死んだのが解かったから。

 この人も……人を殺しているのが解かったから。

 逃げだしたけど、逃げるところは無かった。

 逃げるしか出来ない。

 やらなくてはならないこと。

 わたしにしか出来ないこと、有るのに。

 逃げるしか出来ない。

 どこにも。

 どこにも、わたしの居場所……ない。

 パパも居ない。

 ママも居ない。

 友達とも離れてしまった。

 異国で。

 誰も知らない。

 誰も知らない。

 誰も知らない。

 どうしてわたし、おかしくならないんだろう?

 こんなに悲しいのに。

 こんなに辛いのに。

 ふと思いついた行き先。

 ママのくれた雑誌に載っていた、観光地。

 夏になると、打ち上げられる花火。

 ママは教えてくれた。

「亡くなった人を送る花火なのよ」

 ママの故郷。

 だからわたし、行ってみたいと思った。

 ママのお墓、立てて上げられないから。

 ママのこと、送ってあげたいから。

 ママのことを送れたら……もう後はどうでもよい気がした。

 だってわたし、死ぬために生まれたんだから。

 やらなくちゃいけないこと、解かってる。

 だけど、それをすることが出来ない。

 だからもう……どうでもよかった。

 わたしが消えても、だれも悲しまない。

 悲しむ人、居なくなっちゃった。

 ママも。

 楽しかった日々から逃げ出してしまった。

 だから友達も、きっと悲しまない。

 わたしは逃げ出したんだから。

 きっとわたし、立ち向かうべきだったんだね。

 誰も信じてくれなくても。

 異常扱いされても。

 だからもう、どうでもよい。

 ママだけは送ってあげたい。

 自己満足にしか過ぎないの、解かってる。

 でも………どうでもいいや、もう。

 ここまで来て、送る花火が夏だと知った。

 もう、どうにもならない。

 誰も信じてくれない。

 もう、逃げられない。

 逃げる……気力も理由も無い。

 わたし、死ぬために生まれてきたんだから。

 パパに殺されるために。

 だからもう、どうでもよかった。

 もうどうすることもできない。

 わたし。

 わたしってなんだろう?

 どうしてこんなちから……現れちゃったのかな?

 わたし、何をすれば良かったんだろう?

 わたし、何をするべきだったんだろう?

 でも………もうどうでもよい。

 自分でも驚くほど静かな気持ちで、海を見る。

 どうでもよかった。

 どうでもよかった。

 どうでもよかった。

 だけど。

 だけど………助けて欲しいなぁ。

 誰か。

 たすけてください。

 たすけて………ください。











 辿りついた、北の大地。

 そこで出会った。

 ヘンな人。

 むすっとして近付いてきて、いきなり目の前に座った。

 なんで話しかけてきたか解からない。

 だからわたし、読んでみた。

 わたしを狙う人かと思ったから。

 だから読んでみた。

 この人のことを。

 びっくりした。

 泣きそうになった。

 胸が痛かった。

 どうしてこの人、こんなに辛い人生を歩んでいるんだろう?

 どうしてこの人、その人生を受け入れているんだろう?

 どうしてこの人、笑っていられるんだろう?

 お母さんが亡くなってるだけじゃない。

 この人……もっともっと深い悲しみを持っている。

 背負ってるもの、いっぱいある。

 身動きの出来ないほどの荷物。

 だけど、笑っている。

 ペンションを紹介してくれた家のお嬢様、静流さんと。

 会ったばかりのはずの、姉妹と。

 そんなことを思っていたら、大好きな目玉焼きが冷めて硬くなった。

 ちょっぴり悲しい。

 次の朝の目玉焼きは、食べられないかもしれないから。

 拗ねてたら……換えてくれた。

 ヘンな人。

 海岸で会った。

 というか、押された。

 そのまま転がった。

 人のことを押しておいて、話しを誤魔化した。

 ちょっと怒った。

 だけど静流さんと一緒にって、遊びに誘ってくれた。

 ちょっと嬉しかった。

 だけど……わたしといると不幸になる気がして。

 ママも……死んじゃった。

 わたし、友達を作る資格なんか無い。

 逃げ出したんだから。

 そしたら怒った。

 ヘンな人。

 だけど嬉しくて……つい。

 言ってはいけなかった。

 だけど思わず口から出てしまった。

 生まれてきたことを許して欲しかった。

 そうしたら………そうしたら………。

 わたしのこと、なんにも知らないのに……。

 許してくれるって言った。

 ヘンな人。

 忍者とかいう職業の人に襲われたけど、助けてくれた。

 緋那ちゃんが攫われたけど、助けてくれた。

 あの時もらったチョップ、痛かった。

 心が……痛かった。

 緋那ちゃんが攫われたのは、わたしのせいなのに。

 誰も責めなかった。

 誰も気にして無いようだった。

 特にヘンな人は。

 そして一緒に暮らすようになった。

 わたしのことより、じぶんのお財布の中身の方が気に成るようだった。
 
 でもわたし、知ってる。

 お風呂上りの女性の胸元が気に成るって言うことを。

 わたしの胸なんか見てもしょうがないって言うけど……。

 何故だか毎回、視線を感じていた。

 Hで、ふざけててて、怒りん坊で、いじめっこで……。

 どこか優しくて。

 正直で嘘つきで。

 今も怒ってる。

 悲しんでる。

 そしてわたしを助けてくれる。

 ヘンな人。

 ヘンな人。

 ヘンな人。




















「ヘンな人ってゆーな!」

 胸に刺さりかけたナイフを、(みさご)で弾く。
 横に弾いたので、傷口が広がった。
 皮膚を引き裂くような痛み。
 拳で弾いたまま……肘をイブリスの顔面目掛けて叩き込む!

「グハッ!」

 至近距離用の『(ふくろう)』だ。
 本来なら(かわ)せるだろう、イブリスの動きが鈍っていた。
 理由は解かる。
 人に思考を預けられるのは、初めてなんだな。
 そして今が、俺の勝機!

「せぃ!」

 手加減無しで、『木走(きばしり)』を撃つ!

「……キバ……?」

 言葉は解かっても、意味が解からないんだろう。
 呆然としたイブリスの足の甲を、(みさご)の拳で打ち抜く!
 甲の骨が、粉々に砕け散る感触。

「ガッ!?」

 そのまま足首を掴んで……。

「りゃぁぁぁ!」

 棒のように投げる!

「ウッ……ワワワッ!?」

 半回転しながらイブリスが吹き飛んだ。
 そして………雀鷂(つみ)!!!

「ガァァ!?」

 着地と同時に、イブリスの右肩に青白い光が灯った。
 神経節に撃ちこんだ雀鷂(つみ)が、汚い血と反応して燃え上がったのだ。
 なんとか正確に飛針(とばり)を撃ち込むことが出来た。
 既に限界まで血が流れている………がっ!

「あああぁぁぁぁ!!!」

 最後の体力を注ぎこんで、5mのダイブ!

「クッ!」

 ナイフを左腕に持ち替えて、俺を迎撃しようとするイブリス。
 もう既に心は『読まれて』いないらしい。
 イブリスも限界なんだろう。
 俺もだが。
 もしイブリスが俺の心を読んでいたら……。

「だっ!」

 ナイフを突き出しはしないもんな。
 イブリスのナイフは、俺の左手に吸いこまれた。
 貫通。
 ナイフをイブリスの左拳ごと握って……。

「せぃ!」

 左手でナイフごとイブリスの腕を引きつつ、右腕刀を肘に叩き込む!
 ぐしゃり。
 鈍い音と共に、イブリスの左肘が砕けた。
 更に!

「でぇぇぇぇ!」

 右腕刀を繰り出すため捻った肩を、飛びこんだ自重もろともイブリスの胸に叩き込む。
 ぼきり。
 胸骨が数本砕けた。

「グッ………」

 イブリスを道連れに、砂地に倒れ込む。
『楯岡』流、島仙入(しませんにゅう)
 わりと捨て身の大技だ。
 しかも失敗。
 本来なら島仙入(しませんにゅう)は、相手の腕を取って巻き投げを撃ちながら、内腕刀による肘の破壊と肩による胸骨の
 破壊を同時に叩き込む技である。
 疲労度が高くて、投げまで撃てなかった。
 もう………動けねー。
 イブリスと共に、大の字になって寝転んだ。
 転がったまま、イブリスのナイフを左手から引き抜く。
 鮮血が吹きあがる。

「くっ……」

 他にも傷はいっぱい有るが、取り敢えず……。
 首だけ起こして、レイナのリボンを顔から離した。
 オレンジ色のリボン。
 もうイブリスが動くことは無いだろう。
 戦闘は……終わったのだ。
 俺はレイナのリボンを、左拳に巻きつけた。
 オレンジ色に血が滲んできたが、勘弁してもらおう。
 てゆーか、これは俺が報酬としてもらったから、どー扱おうが俺の勝手なはず。
 いや……報酬はもう一つ有ったか。
 こころの叫び。
 重すぎる荷物、また一つ背負っちまったな。























「大河サン!!!」

 親父と寝そべる俺目掛けて、必死に駆け寄ってくる薄い胸。
 涙が浮かんで……。

「たワっ!?」

 転んだ。
 上げていた首を下ろして、夕焼けを見る。
 もうすぐ沈みそうな夕焼け。
 線状にしか残っていない。
 いっそのこと真っ暗闇だったら、レイナの転倒シーンを見ないでも済んだのだが。

「たた、大河サン!?」

 すぐに起きあがったらしいレイナが、俺の顔を覗き込んできた。
 青い瞳が、涙で濡れている。
 とゆーか、顔が砂だらけだ。
 綺麗なのに、勿体無い。
 ………き………れい?
 誰が?

「あんだよ?」

 動揺を隠すため、ぶっきらぼうに答える。
 いつもどーりのトークだったが、上手くいったかな?

「あんだヨって………大丈夫デスか〜!?」

 大丈夫じゃないに決まっている。
 全身の裂傷は、数えるのが面倒臭いくらい。
 右腕と左足を。、銃弾が貫通。
 右足は忍刀、左掌はナイフが貫通。
 血は止まっているが、額も割れている。
 無事なのは、俺の愛らしいぷりちぃフェイスくらいだ。
 さて、なんて取り繕えば、俺の家族を誤魔化すことが出来るかな?

「大丈夫に決まってんだろ。この程度の相手に苦戦するような俺だと思ってんのか?」

 本当は負け確定寸前まで行っていた。
 あの時聞こえた、こころの声。
 なんであんな声が聞こえてきたのかは解からない。
 追い詰められて、俺の新しい能力が発現したわけじゃないだろう。
 俺にそんな能力は無い。
 あったら、最高にヤバそうだ。
 悪用すること、決定確定。
 じゃあ、誰の能力かって言ったら………。
 ……………まあ、いいか。

「………ありがとう。大河サン………」

 レイナは俺の肩に抱き付いてきた。
 細い身体。
 薄い胸。
 真っ白な髪。
 真っ白な肌。
 そして濡れた瞳。

「何がだよ?」
「こレで………パパの事………止めラれマス………」

 止める?
 俺は横に寝転んだイブリスを見た。
 イブリスは白目を剥き、口から泡を吐いて倒れている。
『楯岡』の技を、三連撃で食らったんだ。
 立ちあがれるとは思えなかった。
 だが…………。
 心の何処かに、何かが引っかかった。
 俺は……もっと良く考えるべきだったのだろう。
 レイナは俺にそっと顔を近づけて………。

「………大河サン……」

 震えた唇が近付いてきた。
 あまりの疲労度で、俺は身体を起こすことも(かわ)すことも出来ない。
 いや、ホント。
 目の前がレイナの髪で真っ白になる。
 もう、何も見えない。

「………ありがとう………」

 柔らかいものが、俺の唇に押しつけられた。
 酷く優しい感触。
 でも何も見えない。
 目の前に広がるのは白い肌と……。
 青い瞳。
 ……………………………。
 軽い吐息と共に、視界が開ける。
 目の前には……。

「………エヘヘ」

 白い頬を、真っ赤に染めた薄い胸。
 青い瞳が、涙に濡れていた。

「………大河サン?」
「あんだよ?」
「ふツう、目を閉じナいデスか?」
「普通断わり無しに、舐めるか?」

 お?
 デリカシーの欠片も無い台詞に、真っ赤になって怒ると思ったが……。
 レイナは細く笑った。

「ダって………隙だらけナんだモン♪」

 うっせーよ。
 顔をしかめた俺に、レイナはもう一度笑った。
 細くて、悲しい笑み。
 ………悲しい?



















「さテ♪」

 レイナが膝を払いながら立ちあがった。
 背景の夕日は、もうすぐ沈みそうだ。
 さて、か。
 この後、どーするかな?
 この海岸は『伊賀崎』の管轄だから、『百地』の監視の目は無いから……。
 どうとでも誤魔化せるな。
 イブリスを警察に突き出すにも、証拠は無いし。
『百地』にでっち上げてもらおうかな?
 色々面倒は言われるだろうが、そこはほら、俺の魅力と笑顔で。
 いざとなったら、静流の恥ずかしい秘密を盾に………。

「うんショ♪」

 あれ?
 レイナがイブリスを抱き起こしている。
 夕日が目に入って、良く見えない。
 それでも、レイナが笑顔なのは解かった。
 どーするつもりだ?
 故郷に持ちかえるのだろーか?
 危険物の輸出は、たしか法律で禁じられているはずだが。

「………大河サン♪」

 レイナはイブリスを抱きしめながら、微笑んだ。
 細身のレイナが、気の失った成人男性を抱きとめるのは辛いだろうに。
 細身ってゆーか、薄胸だしな。

「あんだ?」

 首だけ起こして答える。
 いくら異常者と言っても、親娘だもんな。
 父親が心配なんだろう。
 もう人を殺す術も無いだろうから、病室でもガス室でも連れてってくれ。

「………ありがとう………デス♪」

 夕日の中に解けこみそうな笑顔。
 思わず見とれてしまった。
 それが、俺の最大のミスだとも気付かずに。

「ワタシの昔………逃げたノが罪デした………♪」

 それは……多分知ってる。
 聞いた気がする。
 夢じゃなければな。

「許してくレルっていってクレて………ありがとう………♪」

 沈み掛けの夕日の前。
 レイナはぎゅっとイブリスを抱きしめた。

「………………?」

 何か………何かがおかしい。
 視界が………ぼやけてる?

「でも……ワタシが許せないんデス……だから………」

 夕日が……水平線が………歪んでる?
 レイナの姿が………夕日に融けていく?

「ワタシの未来………許してクレなくても……いいデス♪」
「レイナ!!!」

 俺は叫んで立ちあがった。

「来ないデ!!!」

 レイナも叫ぶ。
 その身体を………炎が包み込んだ。
 エプロンドレスに炎が踊る。
 イブリスの身体にも。

「パパと一緒なラ………ワタシも燃えルから………♪」

 レイナの炎は、レイナを焼かない。
 レイナの身体から出たものだからなんだろう。
 だが……一緒に燃える対象が有れば………。
 一旦外に出た炎は、レイナも焼き尽くすって………事か?
 そんな事、させるか!!!

「おネがいデス!!!」

 ………。
 レイナの慟哭に、足が止まってしまった。
 本当は、駆け寄るべきなんだろう。
 だが………母を無くし、父をも消そうとしてる。
 その覚悟………止める………のか?
 止めるべきなんだ!
 止める………べきだ。
 だが、足が前に動かない。
 レイナの笑顔に見据えられて………一歩も足が前に動かなかった。

「ガァァァァァァァァ!?」

 突然イブリスが身をよじった。
 炎で覚醒したんだろう。

「れ、レイナァァァ!?」
「………………」

 身をよじって離れようとするイブリスを………。
 レイナは優しく抱きしめた。

「離しなさイ、レイナ! 離せェェェェ!!!」
「………三十六日前。春間海岸で、礼子・マクフィールドを殺害。きょうキはナイフ。むネを一突き………」
「は、はナせェェェェェ!!!」

 レイナの発する炎が………徐々にイブリスを焼いていく。
 レイナを……焼いていく。

「五十七日前、ボルン市でキャサリン・ヴィヴィを殺害。ナイフで喉を………」
「レイナ!? レイナァァァァァ!?」

 レイナは……………。

「八十七日前、ボルド・バルカーを絞殺………九十九日前、サーヴィル・R・ケイツをハンドアクスで………」
「ギャァァァァァ!?」
「百二日前、レジーナ・サンガルを……おナじ日に、ギル・レンドラをナイフで………」

 レイナは………イブリスを『読んで』いるんだ。
 その………過去を。
 全てを………消し去る炎。
 夕日に………レイナが融け込んでいく。
 消えていく。
 決して許されることのない未来。
 レイナの………未来。




「百五十六日前………百六十九日前………二百三十四日前………」



 炎が………レイナとイブリスを包んでいく。



「二百四十七日前………二百四十八日前………二百九十一日前………」



 消えていく。



 潮風に乗って………。



 夕日に解けこんで………。



 父と娘が………消えていく。




「………三百五十二日前………三百六十九日前………三百八十一日前………三百九十六日前………
 四百八日前………四百二十五日前………四百四十四日前………」



 次々と読み上げられる、狂気と殺戮の証。




 イブリス………父は………既に……炎に包まれ………絶叫を繰り返し。




 それでもレイナは………静かに言葉を紡いで………。




 優しく抱きしめていた。




 全身から、炎を吐き出して。




 レイナのエプロンドレスが焼け、肩から落ちた。




 白い肌が、朱に染まって………。













「はな………せぇぇぇ………………バ……………バケモノォォォォォ!!!」














「………パパ………大好きデス♪」






















 ぐしゃ。

「ガァァァァ!?」

 左手に、歯と骨の砕ける感覚。
 オレンジ色のリボン越しに伝わった。
 俺の左拳。

「!?」

 レイナが降りかえると同時に、イブリスは吹き飛んで海に落下する。
 じゅっという嫌な音が聞こえてきた。

「大河サン!? どうし………」
「もう………良いんだ」

 炎に包まれた少女を、俺は抱きしめた。
 身体中が炎に包まれる。

「大河サン!? 離してェ!」

 だけど俺は離さない。
 どんなに炎が俺を焼こうとも。
 この哀しい女を………離さない。
 両手が熱で感覚を失う。
 なんて熱量だ。
 それでも構わなかった。

「俺が………おまえのこと………許してやるよ」
「は、離しテくだサイ!!! 大河サンまで、燃えちゃいマス!!!」
「じゃあ、炎、引っ込めろよ。結構熱いんだぞ?」

 熱が俺の身体を包む。
 もう………いいよな。

「そ、そんナ………」
「俺が………許してやる………」

 俺が誰かを許す。
 そんなことする資格なんか、ありゃしない。
 俺だって、両手は血に塗れている。
 汚いことだって、嘘だって、裏切りだって、この身に染みついて離れない。
 血の匂いも鼻を突く。
 謀略と虚構と暴力。
 それが俺だ。
 偉そうに言える事なんか、何一つ無い。
 どの面下げてレイナを許すこと、出来るってんだ。
 だけど………。
 だけど。

「許してやる」
「……………………………大河……………………サン………………」

 裸のレイナが………俺に抱き付いてきた。
 俺の背中に手を回して。
 嗚咽を漏らして。
 ……いいよな。
 過去が消えること……ないけど。
 それでも……。
 もう……いいよな。

「………大河……………さぁん……………………」

 夕日が沈むと同時に。
 俺達を包んでいた…………炎も………消えた。



























「………………クソが」

 突然聞こえた、野太い声。
 レイナを抱いたまま視線を移す。
 そこには浴衣を着た大男が、イブリスを肩に抱えて立っていた。
 藤林朋蔵。
 藤林忍軍の長で、堕ちて俺の的となった男が、そこに居た。
 手に持った竜登が光る。

「よお、朋ちゃん」
「………こんなのは違う。違うぞ………クソが」

 吐き捨てるように呟いていた。
 スキンヘッドも心なしか光を失っている。
 てゆーか、もう夜だしな。

「……『楯岡』。こんなのは……違う……違うんだ………」
「何が違うんだよ?」

 レイナを離して、上着をかけてやる。
 裸のレイナを抱いたままでは、戦闘に支障があるからだ。
 かなり焦げてるが、なんとか上着の形は取っていた。
 体力の消耗は激しい。
 武器も、殆ど残ってない。
 怪我も酷い。
 焦げ臭い。
 だが……やるしかないだろうな。

「俺は……違う。………違うんだ」

 朋ちゃんの身体からは、あの凶悪な覇気が感じられない。
 気配が消失していた所をみると、『影落とし』使用中だろう。
 ピンチの後に、またピンチ……………違うか?

「俺の任は……このクソ野郎が『楯岡』を倒せればよし、倒せなくてもその後に………」

 まあ、そうだろうな。
 見ず知らずの異常者に任を委ねるほど、道阿弥(どうあみ)衆が甘いとも思えん。
 ニの矢、三の矢を用意するのが、当然だろう。

「だが……違う。俺は……この手で『楯岡』を倒す………国を変える……こんなのは……違う」
「忍者が手段を選んで、どーすんだ?」
「………ふっ」

 あ、今、鼻で笑いやがった。
 気分悪っ!

「今俺と殺りあって、平気なのか?」
「当然だろ? しかも勝つし」
「……………止めとこう。勝てそうも無いからな」

 そう言うと朋ちゃんは、踵を返して波打ち際を歩き始めた。
 肩に抱えたイブリスの、なんと軽そーにみえることか。

「甘いな、藤林」
「…………お前もな、『楯岡』」

 レイナに対する同情なんかじゃないだろう。
 忍者がそんな感情を持ち合わせてるとも思えない。
 じゃあ何かと尋ねられても……俺にも朋ちゃんにも答える事は出来ないだろう。

「なあ、朋ちゃん?」

 藤林忍軍の長の足が止まった。
 この場は静かにお引取り願うのが常道だろーが……。
 俺の悪い癖だ。
 必ず一言、余計なことを言ってしまう。

「なんでお前、堕ちたんだ?」
「………………さあな」

 そんな呟きと共に、朋ちゃんの姿が闇に消えていく。
 戻る静寂。
 潮の音だけが聞こえていた。


























「………ネェ、大河サン?」

 身体を引きずるようにして、帰路につく。
 駅前で戦っていれば、静流とか康哉の加勢も有ったかもな。
 知らず知らずのうちに、道との距離が離れるように誘導されたのは迂闊だった。
 まだまだ甘いよな、俺も。
 戦力が増えたから、どーにか成った気もしないが。
 蓮霞は忍者だと言うが……実力の程が解からないから、あてには出来ない。
 緋那は薄胸だしなぁ。
 薄胸増やしても、薄胸は薄胸だ。
 潮風に飛ばされるだけ。
 びにゅーんって。

「ななっ、なんだ?」
「………ドして焦ってマス?」
「……なんでもねーよ。それよりなんだ?」
「ワタシ……何処にむかっテるのデショウ?」
「俺んち」

 ……………。
 隣りに並んだレイナが、きょとんとした表情を浮かべた。
 なんでだ?

「………良いんでショウか?」
「なにがよ?」
「だっテ……ワタシ……こんナに迷惑……」

 びしぃ。

「はブっ!?」

 俺の見事なチョップが、レイナの額を捕らえた。
 20倍くらいの力を込めれば、頭蓋が割れるだろうポイント。
 我ながら的確だ。

「……痛いデス……すりすり〜」

 口で言わなくとも解かる。
 ひょっとしたら、さっきよりも腹立ってるかもな。

「何するんデスか〜?」
「気が短いのに、チョップの訳まで覚えてるか」
「ひドい〜」

 非難の声も聞かずに歩き出す。
 レイナは立ち止まったままだ。
 ………しょうがねーな、おい。

「今度迷惑とか言ったら、乳揉み倒す」

 揉む乳が有ったらの話しだが。

「そレは望むとコろなのデスが〜」

 望むなよ。

「ワタシ………」
「どっか行くところ……あんのか?」

 言い辛そうにしているので、俺から切り出してみた。
 家へと続く、曲がりくねった坂道。
 辺りが暗くて視界が悪い。
 街灯の一本くらいつけやがれってんだ。
 絶対これは、『百地』の嫌がらせだな。
『百地』の長、百地源牙と俺の親父は、昔からすこぶる仲が悪い。

「………普通……そレ………聞かないデス〜」

 俺はわりと普通じゃないからな。
 レイナは故郷から逃げてきた。
 海を渡れば家くらい残ってるだろうが……。
 帰れるんだったら、こんなに暗い表情を浮かべないだろう。
 朋ちゃんがイブリスをどー扱うか知らん。
 だが……マクフィールド家は、行方知らずってことになるんじゃないかな?

「有るのか?」
「………無いデス」
「奇遇だな」
「……………………エ?」
「俺も……無いんだ。探してる……途中だ」

 帰りたいと願う場所。
 それは『場所』じゃない。
 俺は………あの家に帰りたいと思っているのだろうか?
 暗闇の中。
 ぽつんと明かりの灯る、あの家に。
 取り敢えず……建物的に趣味が悪いんで、帰るのを躊躇(ちゅうちょ)するくらいではある。

「………探しテる……?」
「ああ」

 まだ探してる。
 俺の帰りたいと思う場所。
 きっとどっかにあるんじゃないかな。
 だから探してる。
 俺も。

「………レイナも、な」
「……ハイ」

 数歩歩くと、家の前に人影が見えた。
 しかも複数だ。
 てゆーか……家族よりも、二人多い。
 シルエットの身長からするに、康哉と静流だな、ありゃ。

「取り敢えず、見付かるまではよ。ゆっくり休んでろよ。そのうち……見付かるだろーよ」
「……良いんデしょうカ〜?」
「親父に聞いてみな」

 俺に決定権は無い。
 まあ……答えは………。



「あ、レイナさんだ〜♪」



「………帰って……来たのね。もう……空腹過ぎる………わ」



「これでようやくバーベキューパーティーが始められるね。お父さんも、お腹が空いたよ」



「あ、とらも一緒だ。遅いぞー、馬鹿とら!」



「……やっぱり……来たのか。何処かで野垂れ死んでれば良いと願ったのだが」



「康哉!」



「あはは〜♪」






 ………決まってるけどよ。

「な。理由はともかく、お前のこと待ってただろ」

 本当に、理由はともかく、だな。
 だけど、待ってた。

「……………ハイ……」
「待ってられるのって、結構気分良いな」
「ハイ♪」

 暗闇でも解かるくらい、レイナの青い瞳から涙が零れていた。
 偶然の糸を紡いで、出会った人達。
 どこか一瞬でもすれ違ってたら、出会えてなかった。
 それが幸せなのか不幸なのかは……。
 死地に旅立つ瞬間しか解からない。

「気付きマシた……。ワタシ」
「……何を?」
「………ワタシ……帰りタい……一緒に居たいデス………あの……ひカりの中に……」
「まあ、頑張れや」
「ハイ♪」

 レイナが俺の横に並んだ。
 血だらけのYシャツの袖を握って歩き出す。
 なんて言い訳したもんかな?
 ………熊。
 熊だな。

「大河サンも……一緒に居てクレますか?」

 頬など染めるんじゃねー。

「俺も気付いた事が有る」
「………おへンじわ〜?」
「重要な話だ。良く聞け」

 非難の瞳を、迫力で押し切る。
 レイナは俺の台詞が、重要な用件だと思ったのだろう。
 重要っちゃ重要だが、どうでもよいっちゃどうでもよい。

「………ハイ〜」
「お前は聞きたくないかも知れんが……」
「………ゴクリ」

 口で言うな。

「レイナ……力、使いすぎるなよ」
「………………ハイ。でも……どウしてデスか?」
「それ以上脂肪燃やすと、胸と背中の区別が付かないからだ」

 レイナの薄胸。
 それはきっと、『能力(リーディング)』の代償なんだろう。

「……………ワタシ」

 世の中に、こんなに哀しくてトボけた代償が有るだろうか?
 力を使い過ぎると、減っていく胸。
 か……哀しい♪

「ん?」
「昔かラ、このサイズデス!!!」

 違ったらし……。
 ごきゃ。

「ぐはっ!?」

 レイナのハイキックが、俺の後頭部を捕らえた。
 衝撃を受け切れずに、道路に突っ伏す。
 遠のく意識。
 近付くあの世。

「大河サンなんか、大っきラいデス!」

 そうしてレイナは、皆の元に走って行った。
 あんまり走ると、見えちゃいけないところが見えちゃうぞ。
 パンツも燃えてるんだから。

「お帰りなさい、レイナさん〜♪」
「……どうした……の………? あんなに可愛いらしいドレスが……というか……裸ね……」
「あの馬鹿者に襲われたのか?」
「康哉! とらがそんな……こと………す………」
「いや、静流君。一応否定しきってくれないか。お父さんの息子が哀れだから」

 好き勝手言いやがって!
 だが……疲れ果てて、否定する事も出来なければ、身体を起こす事も出来ない。
 取り敢えず……泣いちゃえ。

「ちち、違うんデス〜。あのその………暴れサイがでたんデス!」

 いや、サイはでねーだろ、サイは。

「え〜本当に〜? 見たかった〜」

 信じるなって。

「……また……出たのね………」

 マジっすか?
 どこなんだここは、一体。

「さ、みんな。家にはいろう。レイナ君は、着替えておいで」
「新しい……制服………買って……あるわ」
「ハイ♪」

 楽しげな声が、だんだんと遠ざかる。
 ま、これでいいか。
 いつか、レイナが……ただいまって言える家。
 見付かるよな。
 とか思ってたら、軽快なステップが聞こえてきた。
 パタパタした足取り。
 俺の頭上で止まったかと思うと………。

「ぽんぽん♪」

 肩を何かが叩いて……足音が遠ざかる。
 馬鹿だな、アイツも。
 素直にありがとうとか、今夜抱いてとか言えば良いのに。
 抱く気はしねーんだけど。
 まだ、な。






  そして明かりの灯るドアに、楽しげな人影が吸いこまれていく。
 俺が……見たかった光景なのかもしれない。
 楽しげな家族。
 世界を変えようとか、秩序を維持しようとかはあんまり思わない。
 俺は……。
 俺の力が……。
 俺の居場所を探し出せれば、それで良いのかもしれない。
 帰りたいと思う場所。
 馬鹿やれる友達が居て。
 下らない話が出来て。
 それが出来れば、満足なのかもしれない。
 だから闘うんだろう。
 抗うんだろう。
 俺の刃の下には、まだ何も無いから。
『楯岡』が一生掛けて探す答え。
 その欠片が、見付かった気がした。
 そして閉じられるドア。
 ……………………。
 ………………。
 ホントに泣くぞ、ホントに。















第二部   完






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