「………起きなさい………」

 くぅくぅ………。
 くぅくぅ………。

「……起きなさい、弟……」

 くぅくぅ……。
 わざとらしい寝息で、寝とぼける。
 今日は久し振りの日曜日なのだ。
 一週間ぶり。
 緋那も朝早くから出かけていると昨夜聞いたし。
 レイナも静流とお出かけだ。
 だから寝て良いはず。
 まさか蓮霞(れんげ)が起こしに来るとは思わなかったが……。
 蓮霞なら、俺に物理攻撃を加えるとは思えない。
 蓮霞が攻撃するのは、心理的に、だ。
 だが、たかだかハタチやそこらの娘の心理攻撃が、『楯岡』である俺に通用するか。

「………起きないと………」

 だから寝とぼけてても大丈夫なのだ。

「……(かじ)られる……わよ………」
「何にだよ!」

 思わず布団を跳ね除けて起きてしまった。
 周囲を警戒するも……枕元に立ってる黒い女の他に、気配は無い。
 やっぱり心理攻撃かよ。
 しかも通用してるし。

「……起きたのね……」
「………おはよーございます、おねーさま」

 ベッドの上にあぐらをかきながら頭を下げた。
 蓮霞は黒いワンピースの長袖を後ろに振って……。

「……もう……いいわ。………お帰りなさい……」

 と、虚ろな視線で何かに話しかけた。
 って、何にだよ!
 何に話してんだよ!
 何に手ぇ振ってんだよぉぉぉ!

「………ちゅーこって……おはよう、弟………」
「何が『ちゅーこって』なんだよ! 何が居たんだよ、今ぁぁぁ!」

 蓮霞は激昂した俺を、哀れむように見ながら………。

「………早く下で……ご飯を……バクバク食べなさい………。片付かないから………」

 と言い放った。
 なんで朝からバクバク食うんだよ!
 ………違う、違うぞ、俺。
 突っ込むポイントは、そこじゃないぞ、俺。

「いや、答えろよ! 何が居たんだよ、今!」

 しかしおねーさまは……怪しく微笑みながら……踵を返した。
 黒いワンピースが、散らかった部屋に踊る。

「答えろよ! 怖いだろうよ!」

 何が居たかだけ教えてくれ!
 いや、居ない方が良いんだが……。
 このままじゃ、夜トイレに行けなくなるじゃねーか。

「………早く……下に降りてきなさい。………その……いきり立ったモノを………鎮めて……」

 そういっておねーさまは俺の部屋から出ていった。
 黒いワンピースを翻しながら。
 ………いきり立った?
 思わず股間を見てみる。
 ……………。
 ………………。
 いやん♪














                    『蓮霞……はないちりん』










「はぁ……」

 一人寂しく朝食を終えて、玄関からペンション入り口に回った。
 親父は今日、色々調べるために外出している。
 多分、坐郷(ざごう)実玖(みく)の調査だろう。
 夜中から明け方まで続いた組み手で、そんなこと言ってた気がする。
 ズタボロにされたので、あまり覚えていないが。
 つーことは、今日一日フリーだな。
 久し振りの休日、なーにしよーかな?

「……………」

 びくっ!
 突然気配を感じて、足元を見る。
 そこでしゃがんでいたのは……闇黒。
 1寸先は闇。

「………何を………驚いているの………かしら?」

 蓮霞だった。

「い……いや。別に……何でも無いっス……」

 驚いた自分が悔しくて、動揺を隠す。
 今の今まで気付かせないなんて……やるな、蓮霞。

「蓮霞は何してんだよ?」

 一応年上で、一応姉なのだが、俺は蓮霞のことを呼び捨てにしている。
 おねーさま呼ばわりしてる時は、ふざけてる時かおちょくってる時か、怯えてる時だけだ。

「……見て………解からないの……かしら?」

 蓮霞はしゃがんで、ペンション入り口の花壇に手を突っ込んでいる。
 花壇では、名前も知らない花が咲き乱れていた。
 初夏の潮風に揺れる、小さな白い花たち。
 蓮霞はその周りの雑草を引きぬいて、絶命させているようだった。
 周りには、雑草の死骸が散乱している。
 ……なんで、表現がおどろおどろしくなるんだろうな?

「花壇の手入れ」
「………ぴんぽん……」

 似合わねー。
 いや、花壇の手入れがじゃなくて。
 ぴんぽんって。
 どーせなら、もっと可愛くいったらどうなんだ?

「………だいぴんぽん……」
「解かったよ。何回も言うな」

 そう言うと蓮霞は、また黙々と草をむしり始めた。
 時折葉を裏返して、何かを見ている。
 この花壇、緋那の趣味かと思っていたが……蓮霞が世話をしていたとは。
 蓮霞は見た目、非常に美人に見える。
 出会いのインパクトで忘れがちだが、かなりレベルが高い。
 整った顔立ちに、スレンダーな身体。
 かなり怖いことを言うが……黙って花壇を世話してる姿は、なかなか良い。
 黒いワンピースの胸元から覗く白い肌も、美味しそうだ。
 もーすこしで……見えるのに!
 しかし、ぶらじゃも黒いのは何故なのかな、ぶらじゃも。
 どちらかと言えば白い方が好きなんだが……黒も良いな。

「でもよー。素手でやらなくてもいーじゃねーか」
「………?」
「手。真っ黒だぞ」

 蓮霞の白くて綺麗で長い指は、花壇の土で汚れていた。
 軍手とかゴム手袋とかすればいいのに。
 蓮霞は虚ろな視線で俺を見上げて……。

「……手を汚すのは………慣れてるわ………」

 怖っ!
 これさえなけりゃなぁ。

「………あ………」

 ……?
 蓮霞はいきなり立ちあがった。

「どーした。呪いの儀式でも忘れてたのか?」
「……それは……もう………済んだわ………」

 ホントにやってそうだから怖い。
 てゆーか、誰を呪ってるんかが知りたい。
 ………俺じゃねーだろーな?

「………弟………」

 蓮霞は俺を指差した。
 最初に出会ったときから、蓮霞は俺のことを『弟』と呼ぶ。
 かなり嫌な感じなのだが、逆らうのも怖いのでほったらかしだ。

「あんだよ?」
「………今日……弟………暇ね………」

 なんとなく嫌な予感がした。
 貴重な休日に、草むしりだの掃除だのやらされてたまるもんか。

「いや、全然」
「………暇な………筈よ………」
「全然」
「………暇………な………筈……………」

 こ、怖っ!
 蓮霞の視線が、だんだん宙をさ迷ってきた。
 視点が有らぬ物を見詰めている。
 だが……負けるかぁぁぁ!

「全然」
「………人生に………お暇を………出したいの………かしら?」
「全然暇でございます、おねーさま♪」

 精一杯かわゆい笑顔で答える。
 負けてしまった。
 なんで俺は蓮霞に勝てないんだろう?
 ……いや……考えてみると、緋那にもレイナにも静流にも勝ったためしが無い。
 みどりちゃんにも奈那子にも、勝った……こと無い。
 俺ってよえーんじゃねーのか?

「………じゃあ………付き合いなさい………」

 暇だからって、蓮霞に付き合う必要も必然性も無いのだが……。

「………解かった?」
「はい♪」

 よえーぞ、俺。

「………良い子ね………。ご褒美に………ラーメンを……作ってあげる……わ」

 それは御遠慮しとー御座います、おねーさま。





 どっどっどっど。
 酷く振動する後ろの座席。
 座席ってゆーか……荷台だぞ、ここ。
 メタルなパイプが、尻に食い込んで痛かった。

「なー、蓮霞」
「………なにかしら………?」

 俺の目の前で、蓮霞は髪をなびかせていた。
 情景的には綺麗なのだが……ヘルメットはかぶった方が良いな、多分。
 法律的に。

「このバイク、蓮霞のだったんだな」
「………そうよ………」

 いっつも不思議に思っていた。
 玄関先に飾られた、アメリカンタイプのバイク。
 誰が乗るんだろうと。
 緋那は免許が取れるとは思えないし、親父は走った方が早いしな。
 もしかしたら、まだ見ぬお袋のかと思ったが……。
 蓮霞のだったとは。
 真っ黒なペイントが、蓮霞らしいと言えば、蓮霞らしいが。

「………びょん吉………」
「へ?」
「………この子の………名前………」

 そんなことは聞いちゃいねー。
 てゆーか、バイクにびょん吉?
 んじゃせめて、緑色に染めろよ。

「………これからどこに行くんだ?」

 何故バイクの名前がびょん吉なのか考えると怖くなるので、別なことを聞いてみた。
 後ろ手に掴んだフレームが冷たい。
 夏なのに、なんでこんなに温度低いんだ?

「………いい………ところ………」

 いいところ?
 ラブホとかかな?
 そりゃ蓮霞は美人だし。
 俺は食えるものは、拾ってでも食う主義だ。
 いつもは怖い女が、俺の色吊でひーひー歓喜の叫びを上げる。

『………もう………やめて………』
『やめて? 口の利き方が解からん女だな』
『………やめて……ください………お願い………しま………す………』
『しかし、身体はそうは言ってないみたいだぞ』
『……あ……ああっ♪』

 好みのシチュエーションじゃないか♪
 ………やべっ!
 股間が暴れアニマルに!
 後ろに回してパイプを掴んでる手を、思わず離す。
 ………タイミングを見計らえ、大河。
 忍者は刹那に生きるべし。
 恰好良い台詞だが、いまいち意味が解からん。
 とその時、バイクが交差点に差し掛かった。
 軽い振動と共に、身体が前につんのめる。
 耐えれば耐えられたのだが、俺は推力に身を任せた。
 いくら耐えるのが忍者の仕事とは言え、そんなにいつも耐えてばっかりじゃいられないからな♪
 たまには身を委ねる事も大切だ。

「おっと♪」

 俺の手は、蓮霞の胸を的確に捉えて(もんで)いた。
 しかも両方。
 ………75のB。
 小さめだが、形は良い。
 揉み応えも♪
 微に細に、指など動かしてみる。
 俺の手の平の中で、暖かくて柔らかい物が振動した。
 ……………ゲット♪

「………………」
「わ、わり。急に止まるから、バランス崩れてさ♪」
「……………………」

 手に残る、柔らかな感触。
 う〜ん。
 今夜のオカズ、げっ………あら?

「うごっ!?」

 いきなりバイクが前輪を持ち上げたかと思うと、俺の身体が地面に放り出された。
 交差点に投げ出される。
 完全に油断してたので、背中と後頭部を激しく打ち付けてしまった。
 アスファルトの上での投げ技は効くねぇ。

「いっ……つぅ……。なにしやが……」

 どっどっどっ。
 正面から………びょん吉がっ!?

「ちょ、ちょっと待て、びょん吉!」
「………………死になさい……………」

 迫り来る黒いバイクに………………。
 俺は悪魔の翼を見たのであった。
 てゆーか、蓮霞を止めるべきだったな。
 意識が有るうちに。

















「ほほう。君が蓮霞君の愛した男か?」
「………………………え?」

 気がつくと俺は、一人の男と対峙していた。
 背の高い青草に囲まれた平原で。
 身長180cm、体重は60kg前後って所か。
 全体的に肉の少ない、色男風だ。
 長髪は気に入らんな、長髪は。
 そのキザったらしい口調も気に入らん。
 男は、時代劇に出てきそうな感じの忍び衣装を纏っていた。
 鎖帷子に紋が入っている、実戦的ではないが格の高い事を示す装束。
 金色でチャラチャラしてる。

「聞いた所、君も忍者だそうだね。だが僕のデータベースには入っていない。流れ透波(すっぱ)だろう」
「え? え?」
「蓮霞君は、僕が最初に愛したのだ。流れ透波(すっぱ)ごときには渡さん!」
「え? え? え?」

 全然状況が飲み込めてなかった。
 俺と男の間に立った蓮華が……両腕を振る。

「………ふぁいっ」
「何が『ファイッ!』なんだよ! 状況を説明しろ、状況を!」

 蓮霞は俺の顔をどよーんと見詰めた後……。

「……ふぁいっ」
「何がだよ!」
「つまり、僕と君は、蓮霞君を賭けて死闘を演じるのだ!」

 演じてどうする。

「つまりは………そういうこと………ね」

 ………なるほど。
 つまり、蓮霞はこの男に言い寄られている、と。
 そしてそれが嫌だから、俺と闘わせて諦めさせる、と。
 ………………馬鹿馬鹿しい。

「んじゃ俺、帰るから♪」

 こんな、一瞬で状況が把握できるよーな茶番に付き合っていられるか。

「臆したか、流れ透波(すっぱ)!」

 流れ流れって、うるせーやろーだな。
 少しだけカチンと来た。
 だがしかし……良く見ると、この優男。
 百地流でも最大派閥である、楠木(くすのき)流のお坊ちゃんじゃねーか。
 なるほろ。
 それじゃあ、蓮霞も断わり辛いわな。
 だけど俺が、そんな茶番に付き合う必要も無いだろう。

「ああ、そうだよ。蓮霞はお前のもんだ。後は若い二人に任せるから、頑張ってくれ」

 といって、颯爽と立ち去ろうとした時……。
 斜め45度後方から、おびただしい殺気!?

「……わたしを……見捨てるのね………だーりん………」

 誰がダーリンだよ!
 悲しそうな、どよーんとした黒目の女に一瞥をくれる。

「卑怯だぞ、流れ透波(すっぱ)! 闘って死ね!」

 どいつもこいつも!
 ………と、思ったが、ここで乗せられる訳には行かない。
 基本的に、そんなことに関わる気はないのだ。

「所詮流れ透波(すっぱ)。僕と戦う気概など無いと言う事か」

 ………いちいちむかつくヤロウだ。
 楠木(くすのき)流は、百地の中でも大きな権力を持っている。
 勿論百地に対抗できるほどではないが。
 だが、百地に意見が出来て、百地が無下に出来ないくらいではある。
 だからこの、偉そうな態度なのだろう。
 百地はともかく他の忍軍では、対抗する事すら出来ないからな。
 蓮霞の元の家系が、何系だかは解からんが……。
 てゆーか、今蓮霞は、何系なんだろう?
 伊賀崎流は今、人員募集してないし……。
 俺と親父が食っていくので、精一杯だしな。

「どうした。臆したか、流れ透波(すっぱ)!」

 ………いい加減頭に来たぞ、コンチクショウ。
 だが挑発に乗るほど、俺は子供じゃな……。
 ひゅん。

「……!」

 頭を捻って、飛来物を(かわ)す。
 今では漫画か観光地でしか見る事の無くなった十字手裏剣が、俺の頬を切り裂いた。
 殺意が篭ってた。
 マジすか?

「僕は、欲しいものは戦って奪い取る主義でね。それが流れ透波(すっぱ)ごときが相手だとしてもだ」

 今、頭を捻らなかったら……十字の手裏剣は、完全に俺の眉間に突き刺さっていた。
 つまりは……俺の的に回りたいわけだな、このおぼっちゃんは。
 ………待て待て。
 俺の力をこんな場面で使うわけには行かないし、第一蓮霞の思いどーりになるのはしゃくに障る。
 ……………。
 ……………………………。

「解かった。どっからでも掛かってきやがれー」

 棒読みで楠木(くすのき)ぼっちゃんに叫ぶ。

「ようやく戦う気になったか! では行くぞ!」
「おーう。蓮霞は渡さないぞーぅ」
「……ふぁい」

 それはもういい。

「先手必勝! 楠木(くすのき)流奥義、『乱れ雪』!」

 忍者が、技の名前を宣告してどーする。
 楠木(くすのき)ぼっちゃんが懐に手を入れたかと思うと、大量の十字手裏剣が取り出された。
 両手に収められた十字手裏剣を……振りかぶって……投げる!
 どーでもいいけど、遅いよ。

「うーぉー。無数の手裏剣が、俺に向かってー」

 無数ってゆーか、きっちり20枚。
 投げられた十字手裏剣は、お互いぶつかりながら俺に向かってきた。
 軌道が読み辛い……ことはない。
 十字手裏剣同士がぶつかっているので、俺に着弾しそうなのは3枚だけだ。
 これが楠木(くすのき)流の奥義……。
 まあ、金のかかった、豪気な技ではある。
 一枚3000円として、6万円分の技か。
 俺の5年間より多い。
 ……これだけ無駄に思考しても、まだ着弾してこない。
 そりゃそうだよな。
 お互いぶつかって、スピードを殺してるんだもん。
 そもそも投擲の瞬間から遅かったし。

「か、(かわ)せないー」
「滅っせよ! 流れ透波(すっぱ)!」
「ぐはー……」

 がきがきがきぃん。
 俺は顔面に1枚、胸に2枚の十字手裏剣を受けて、仰向けに倒れた。
 初夏の空は、もうすぐ日が暮れようとしている。
 ……あの鳥のように、自由に飛べたらなぁ。

「……また無駄な犠牲を作ってしまった。それもこれも、蓮霞君が魅力的過ぎるのが悪いのだ……」

 悪いってゆーか、黒いんだよな。

「だが心配する事は無い。峰打ちだ」

 どこがどー峰打ちなんだよ。
 俺の歯に咥えられた十字手裏剣は、刃落としもしてねーじゃねーか。
 ちなみに胸の手裏剣は、懐に忍ばせた苦無(くない)で止まっている。
 俺が身体を動かして、その部分に着弾させたのだ。

「………おと……うと………?」

 蓮霞が俺の元に寄って来た。
 瞳を閉じて、蓮霞の足音を待つ。
 今後の展開として、蓮霞が俺にすりよって泣き崩れる。
 んで、楠木(くすのき)ぼっちゃんが……。

「蓮霞君。話し掛けても無駄だよ。彼はもう……死んでいる」

 峰打ちじゃなかったのかよ。
 そーじゃねーだろ。
『君はもう、僕の物だ』だろーがよ。
 んで蓮霞を連れて行って、ラブホでも地下室ででも調教してくれ。
 調教終わったら、1回見せてくんねーかな?
 あ、でも俺、死んでるしな。
 残念だ。

「………弟………」

 蓮霞の悲痛な声。
 少しだけ胸が痛んだが……まあ、それはそれでしょうがない。
 楠木(くすのき)流に嫁入りすれば、今後の生活も安定するから我慢してくれ。
 危険な実戦に出ることも無いしな。
 家なんかに居るより、裕福な暮らしができるか……。

「……真面目に……やりなさい……でないと……」

 地獄の底から響くような、蓮霞の呟き。

「……(かじ)らせる……わよ……」
「何にだよ!」

 俺は一気に飛び起きた。
 口に咥えた十字手裏剣が、蓮霞の足元に落ちる。
 ……しゃがんでた蓮霞の、ぱんつ目撃。

「なっ!? 生きていたというのか!?」
「何にだよ! 何にかじらせるんだよぉ!?」
「まさか……楠木(くすのき)の奥義を受けて……生き残る者など居るはずが無い……」
「てゆーか、そこに居るのか!? 俺をかじろうとしている奴がぁ!?」

 恐怖で身が竦む。
 なんだか解からんが、嫌だ!
 なんだか解からん物にかじられるのだけは嫌だぁ!
 無視してた楠木(くすのき)ぼっちゃんに向き直る。

「さ、やろうか、楠木(くすのき)君」
「いきなり飛び起きた!? これが……愛の力ということか……」

 ………。
 コイツ、嫌い。
 





 再び楠木(くすのき)ぼっちゃんと対峙する。
 今度は本気だ。
 と言っても『伊賀崎』の本気だけどな。
 楠木(くすのき)にも蓮霞にも、『楯岡』を見せるわけにはいかない。

「運良く生き延びたようだね。流れ透波(すっぱ)

 かちん。

「ああ。お陰様でな」
「さっきは手加減したが、今度はそうは行かないぞ!」

 どこをどー手加減したんだよ。
 必死の形相で投げてたじゃねーかよ。

「行くぞ! 楠木(くすのき)流最大奥義! 『乱れ吹雪』!!!」

 だから、技の名前を叫ぶな。
 てゆーか……吹雪っすか。

「はぁ!!!」

 楠木(くすのき)ぼっちゃんが懐に手を入れると、大量の十字手裏剣が取り出された。
 やっぱり。
 数が増えただけかよ。

「どりゃぁぁぁ!」

 色男に似合わない野太い叫びと、さっきよりも必死の形相で……十字手裏剣が放たれる。
 ひーふーみーよー……40枚。
 凄い経済力だ。
 40枚の十字手裏剣は、互いに身を当てながら迫ってくる。
 速度はさっきよりも遅い。
 推力を失った十字手裏剣が、次々と地面に落ちて行く。
 これが……最大奥義ねぇ。
 ま、偉いさんのボンボンなんか、こんなものか。
 改めて静流の強さに感心する。
 毎日修行して、陽忍も習得して……。
 頑張ってるよなぁ、静流は。
 たか感心してても、まだ着弾しない。
 今度の着弾予定枚数は……2枚。
 さっきよりも減ってるじゃん。
 ………くだらん。

「セッ!」

 懐から苦無(くない)を抜いて、後向きに投げる。
 きんきん。
 俺に着弾しそうな2枚を弾き飛ばし……。

「ぐはっ!?」

 ついでに、楠木(くすのき)ぼっちゃんの額にヒットする。
 勿論、苦無(くない)の尻の部分だ。
 バランサー代わりのウエイトが乗っているので、結構痛い筈だが……刺さるよりはマシだろう。
 刺しても良い気がするけどな。
 ひゅんひゅんひゅん。
 俺の周りを、高そうな十字手裏剣がかすめて行く。
 紋まで入ってるよ。
 特注か……。
 奈那子んちも、儲かるよなぁ。
 ま、そんな経済的な事はともかく。

「……!」

 一足飛びに距離を詰める。
『伊賀崎』として勝つのは不味い気もするが……。
 かじられるのはゴメンだ。

「くっ!?」

 ぼっちゃんが懐から十字手裏剣を抜いた。
 コイツ……装備はこれだけか?

「ちぇぃ!」
「………遅いよ」

 呆れつつも左手で、まだ手に残っている十字手裏剣を弾き飛ばす。
 弾き飛ばす瞬間、俺の小指をぼっちゃんの親指に絡ませて腱を捻る。
 と同時に、右の肘を胸元に叩き込んだ。

「ぐぁ!?」

 鎖帷子が凹み、胸骨が軋む感触。
 さらに……。

「ぼぐっ!?」

 右手を跳ね上げて、裏拳を鼻っ柱に叩き込む。
 鼻骨の折れる感触。
『鶚』装備じゃなくて良かったな、ぼっちゃん。
 装備してたら鼻っ柱どころか、頭蓋が砕けたもんな。
 この打撃感触じゃ。
 ……結構俺、怒ってたかも。

「ぐぼっ!?」

 ……あれ?
 俺の左掌が、ぼっちゃんの腹部にめり込んでいた。
 腰の回転だけで打った打撃。
 硬い鎧越しにでも、打撃力を伝えてダメージを与える、オーソドックスな打ち方だ。
 てゆーか、打つつもりは無かったんだが……。

「おごっ!?」

 そうこう反省してる間に、俺の下段蹴りが、ぼっちゃんの両足を裏から刈る。
 上半身の重さに耐えかねたかのよーに、ぼっちゃんの身体が崩れ落ちた。
 仰向けに倒れたぼっちゃんの胸に……。

「ぎゃぶっ!?」

 俺の下段踵落としが食い込む。

「ぐべっ!? がきゅっ!? どぎゃ!? むぎょ!?」

 連続で両肘関節と両膝関節を踏み抜く。
 いかに鎧で覆っていても、関節部分は装甲が薄い。
 地面をテコに使うと、簡単に関節を破壊する事が出来る。
 ……………破壊する必要はねーだろ、俺。
 だがまあ、良いか♪

「このっ! このっ!」
「どぶっ!? どぶっ!?」

 倒れて動けなくなったぼっちゃんに、踏み蹴りの雨あられ。

「このっ! このっ! このっ! このっ!」
「どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!?」
「このっ! このっ! このっ! このっ! このっ! このっ! このっ!」
「どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!? どぶっ!?」
「このっ! このっ! ………てゆーか、止めろよ!」

 いつまでも入らないツッコミに耐えかねて、俺は蓮霞を睨んだ。
 蓮霞は肩を竦めながら……。

「……忍者というのは………非情な……ものね………」

 とか呟きやがった。
 お前が一番非情だよ。
 こうして、なんの達成感も勝利感も沸かない戦闘は終了した。
 てゆーか、弱い者苛めだよな、これ。














  どっどっど。
 身体に伝わる振動が心地良かった。

「………今度……揉んだら………引き千切る……わよ」
「わーってるよ」

 てゆーか、どこを引き千切るんだ?
 蓮霞の事だ。
 一思いに楽にしてくれるわけはないだろう。
 両手両足を引き千切って、それから首を……。

「………全ての……関節を………」

 俺の想像を、遥かに超えていた。
 人間の関節が幾つ有るか知らんが、その全てを引き千切るとわ……。
 なんて頑張り屋さんなんだ。





  俺と蓮霞はびょん吉の背中に乗って帰路についていた。
 おぼっちゃんは、野に放置してきた。
 ま、おそらく、楠木(くすのき)の家が見つけてくれるだろう。
 名家をあんな目に合わせた事で、なんらかのお咎めが有るのかも知れんが……。
 まあ、立会いの結果だしな。
 楠木(くすのき)としても恥ずかしくて、公に出すわけにも行くまい。
 跡取りが流れ透波(すっぱ)ごときに、こっぴどくやられたなんて。
 流れ透波(すっぱ)ごときになっ!

「……それにしても……やり過ぎ……じゃないの……かしら……?」

 お前がゆーな。

「なんか、むかついたんでよ。まあ、死にはしねーだろ」

 これで、蓮霞に付きまとう事も無いだろう。
 ……………?
 俺には……関係無い……筈だよな?
 楠木(くすのき)おぼっちゃんが、蓮霞に付きまとうがどーしよーが……。

「……悪い人では……ないんだけれど……ね」

 俺の前で蓮霞が呟いた。
 その背中は、いつもと同じだ。
 細くて折れそうな、蓮霞の背中。

「じゃあ、なんで、付き合わないんだ? 楽な生活が待ってるぞ?」

 少し意地悪げに聞いてみた。
 楠木(くすのき)といえば、百地流の中でも最大派閥だ。
 そこの跡取りと恋仲になれば、将来は約束されたようなもんだから。
 まあ、あのぼっちゃんに、性格的欠点があるのは解かったが……。
 蓮霞の方が上手なので、問題は無い気がする。

「……なんで……かしら……ね……」

 蓮霞はそう言うと、また押し黙った。
 寂しそうな声に聞こえた気もするが、多分俺の気のせいだろう。

「ま、いっか」

 俺の台詞が聞こえたかどーかは解からん。
 蓮霞は黙ったままだからな。
 こんなことに巻き込まれた俺には、聞く権利がある気もするが……。
 ま、いいだろう。
 弱い者苛めしただけだからな。











  ききぃ。
 びょん吉が静かにペンション前に止まった。
 ここまで本当に乳を揉まないで来てしまった。
 実は何回か、タイミングは有った。
 だが……なんか、蓮霞の背中を見るとな。

「じゃ、俺、一眠りするわ」

 びょん吉から飛び降りる。
 睡眠不足の上に、下らない運動しちまったからな。
 なんか疲れたぜ。

「………解かった………」

 蓮霞も疲れたんだろうか?
 どこと無く沈んでいる気がする。
 背中を向けて、ペンションのドアを開けた時、突然蓮霞が話し掛けてきた。

「………弟………」
「……あん?」
「………緋那の事………どう想ってるの……かしら……?」

 ………。
 突然、なに聞きやがるんだ、おねーさま。

「どうって?」
「……………どう……想ってるの………?」

 俺もそんなに鈍いわけじゃない。
 こんな時に聞かれるのは、恋愛感情が有るか否か、だ。

「…………」

 少しだけ考えてみる。
 毎朝起こしに来る緋那。
 いつもはしゃいでて、賑やかで。
 なんだか俺の周りをまとわり付く、緋那。
 道阿弥衆の手に落ちて、レイナと一緒に救い出して……。
 そのあと、少しだけ沈んでいた緋那。
 ほんの少しだけ、心配したっけな、俺。
 確かに緋那は可愛い。
 だが……恋愛感情があるかどーかと聞かれれば……。

「家族だ。俺の義理だが、いもーと。それだけだ」
「………………そう………………」

 振りかえって、蓮霞を見る。
 蓮霞は……泣きそうな………笑顔を浮かべてた。

「……じゃあ………やっぱり……私が……誰かと付き合う……出来ない……わ……」
「なんでだよ?」
「……緋那が………好きなの……私………」

 はい?
 好きって………。
 好きって!?
 もももも、もしかして?
 れれれれ、レズっすか?
 しかも、実の姉妹で!?
 そんなハードプレイ……………アリかも♪

「………ちなみに………下世話な………意味じゃない……わ……」

 あー、そうですか。
 俺、下世話っすか。
 てゆーか、なんで、俺の心が解かるんだ?
 レイナと同じ能力……持ってるんじゃねーだろーな。

「緋那が……誰かと一緒に……歩き始めないと……私………誰とも………歩けない……」

 歩くってのは……付き合うって意味なんだろうな、多分。
 てゆーか、なんで俺にそれを聞く?
 緋那が俺を好きなわけじゃあるまいし。

「……私………緋那が………一番……大事……なの………自分よりも……この世の……誰よりも……」

 なんとなくそれは気付いてた。
 緋那が攫われた時、あんなに取り乱した蓮霞。
 その前もその後も、蓮霞のそんな姿を見た記憶が無い。
 いつも冷静で黒くて怖い事ばっかり言って……だけど……優しい瞳の蓮霞。
 誰よりも緋那を大切にしているの……知ってる。

「前に……話した……わよね……。……私たちの……父様の……事……」
「ああ」

 俺は会った事無いが、忍者だったという。
 死因は聞いていないが、おそらく……。

「……父様が亡くなった日……母様は……壊れてしまった………」

 まだ見ぬ、新しい母親。
 今は任務に付いていると言う。

「……私……何も出来なかった……の……。……母様……にも……緋那にも……」

 一番始めに会ったとき、それを聞かされた。
 俺が親父をどなり飛ばし、再婚を責めた時。

「……緋那は……違った……。小さい体で……私達に……暖かい……かけがえの無い物を……幾つも
 ………いくつも………」
「………」
「……緋那も……泣きたかった……でしょう……に。でも……緋那は………」

 解かる気がする。
 緋那は強い。
 恐らく俺よりも。
 それは朝起こしに来る時の、攻撃力とかじゃなくて……。
 人を思いやる心。

「だから……緋那が……幸せに……誰かと……一緒に……歩き始めるのを……見たい……の……」

 今まで俺は、緋那を見守っているのは蓮霞の方だと思っていた。
 だけど、違うのかもしれない。
 蓮霞は……緋那を見守る事によって、己を確立しようとしているのかもしれない。
 緋那を守る事によって……。
 そしてそれが『解かっている』から……緋那は緋那なのかもな。

「……じゃないと……私……自分のことなんて……考えられない……の……」

 なるほろ。
 さっき俺が聞いたことへの、答えなんだな。

「……緋那には……幸せに……なって欲しい……この世の誰よりも……私……よりも……」
「ばかだな、お前」
「………………」

 蓮霞が俺を睨みつける。
 その涙に濡れた瞳を。
 おそらく蓮霞は気付いていないだろう。
 自分の頬を伝う涙を。

「お前がそう思うように、緋那もそう思ってるに決まってんだろ」
「……………………え?」
「俺はまだお前らと『家族』になって、日が浅いけどよ。そのくらい解かるぜ?」
「………………」
「どっちが先に幸せになるなんて、そんなこと関係ないだろ? 二人とも……」

 幸せになれば良い。
 そんな台詞を飲みこむ。
 あまりにも臭くて、俺のキャラじゃないからだ。
 だけど。
 飲みこんだ言葉から、伝わってしまったらしい。
 蓮霞は目じりを拭いて……微笑んだ。
 今まで見たことの無い、笑み。
 素直に、綺麗だと思った。

「………そう………ね………」
「そうだ」
「…………………馬鹿………ね……………………」
「大馬鹿ボンやろーだ」
「……それは……言いすぎ………だわ………」
「かっかっか♪」
 
 前の海には、太陽が沈んで行く。
 やがてみんな帰ってくるだろう。
 緋那も、帰ってくる。
 この家に。
 俺達はそれを待つ。
 待たせる事もあるだろう。
 待つ事だってある。
 みんな帰ってくる。
 この家に。


















「………起きなさい………」

 くぅくぅ………。
 くぅくぅ………。

「……起きなさい、大河……」

 くぅくぅ……。
 わざとらしい寝息で、寝とぼける。
 今日は一週間ぶりの月曜日なので、寝とぼけてても良いはずだ。
 いや、だめだろ。
 などと突っ込みつつ……。
 くぅくぅ……。

「……起きないと……………」

 ………かじられるか?
 こーなったら、魔物でも化物でも、なんでも来いって感じだ。
『楯岡』必殺の光線技で、粉砕しちゃる。

「………どう………しよう………?」
「何ぃ!?」

 意外な台詞に、思わず飛び起きた。
 あの蓮霞が、脅しの呪詛の一つも吐かずに躊躇するとわ!?
 ………いや、待てよ。
 これも高度な心理戦の一つかも知れん。
 何もしない事がプレッシャーになる事も有るからな。

「………起きたのね……大河………」
「おはよーございます、おねーさま……」

 ベットの上に胡座をかきながら、頭を下げた。
 心底びびりながら、蓮霞の顔をうかがう。

「………早く……下に……降りて……きなさい……」

 そういうと蓮霞は俺から視線を外して、黒いワンピースを翻した。
 白い頬が、心なしか赤面しているような気がする。
 だがこれも、蓮霞の手管(てくだ)
 テクだ!
 手管のテクだ!

「………みんな…………待ってるから……大河………」

 来るか!?
 ………だが蓮霞はそれ以上何も言わず、俺の部屋のドアを閉めた。
 ……………………。
 怖っ!
 なんもされなければされないで、非常に怖っ!

「……なんか調子狂うな……」

 いや別に、嫌がらせされたい訳じゃねーんだけどよ。
 なんつーか……一抹の寂しさが………アホか、俺。
 平和な朝の、どこが寂しいんだよ。

「起きるか」

 ベッド脇の制服に手を伸ばして……あれ?

「………あんだ、こりゃ?」

 Yシャツの胸ポケに突き刺さってた、それは……。



 いちりんのはな。



 確か、蓮霞が花壇で世話してた花と同じ気が……。
 ………………………。
 ……………………………………………………。
 ……………………………………………………………………。
 わ、解からん!
 どれだけ考えても、解からんぞぉぉぉぉぉ!







  頭を抱えて悩む俺。
 見下ろした白い花が、笑っているようだった。











END




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 ちゅーこって(笑)、今年最後のやばげでしたが、如何でしたでしょうか?
己で書いた作品なのに、何故か二次創作風味(笑)。
静流に次いで人気の、蓮霞SSとなりました。


 反則なのですが、少し状況説明(笑)。
この話しは、蓮霞シナリオの冒頭になる話しです。
本編1部最終話の静流Hシーン(笑)、本編第2部で起きたレイナのイベントは
派生しておらず、とら君は学園生活とペンションのバイトを満喫しているような感
じですなぁ。
時々、忍者の仕事なんかもこなしております。

 この後とら君は、『家族』と言う事、緋那のこと、静流の事等々悩みながらも、
蓮霞との愛を成就させます。
有り体に言えば、Hシーン突入(笑)。
このシナリオのラスボスは、なんと茉璃!?
えと……。
誰か書いてください(笑)。


 やばげは作者がエロゲーマーなので、様々なシナリオが存在します(笑)。
マルチシナリオって奴ですか。
勿論、メインストーリーラインは、静流シナリオなのですが。
その他にも、『レイナシナリオ』『蓮霞シナリオ』『奈那子シナリオ』『エロBAD』
『みどりちゃんシナリオ』等が存在します。
『緋那シナリオ』『茉璃シナリオ』『凛シナリオ』はございません。
制作費の関係上(笑)<大人の事情かよ



 それではここまで読んで頂いて、ありがとう御座いました。
来年も『刃の下に』を、よろしくお願い致します♪



2002/12/31   『本当にこれ小説か』 kyon
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