「おにーちゃん♪ はやくはやくー♪」
「……遅すぎて……葬り去りたく……成るわ……」
「そ、そレは……だめデス〜」

 か、勝手な事……言いやがって……。
 肩に食い込むベルトをずらして、荷物を移動させる。
 同じ位置でホールドしておくと、柔らかな肌に傷がつくからだ。
 体弱いんだもん、僕♪

「あれは、何か下らない事を考えてる顔だと思いますが……斬りますか、静流(しずる)様?」
「うーん。荷物持ち、いなくなっちゃうよ?」
「あ、それはあきまへんな。着くまで生かしときましょ♪」
「……イガちゃん……。不憫で笑えるね♪」

 ……監禁してヤらしい事するぞ。
 ものごっついの。
 陵辱専門のAVメーカーが、自主発禁にするくらいの。
 とか考えている瞬間も、俺の肩に荷物が食い込んで行く。
 背負う荷物は、軽い方が生き易い。
 それは解かっている。
 解かっているのだが……。
 背負わざる時も無きにしも有らずんば、蟹とたわむる。
 我無き濡れて、じっと手を見る。
 トンネルを抜けると、谷底に落とした僕の帽子、どうなったでしょうね、おかうさま。
 ……下らん事考えても、荷物は軽くならんな。
 丘を超えーゆこーよ。
 ここは地獄の黙示ロック〜♪
 ……気を紛らわそうとしても、上り坂は弛まない。
 大体何で、こんな山の頂上に作ったんだよ!
 行くまでに疲れるじゃねーかっ!
 てゆーか、これだけ人数がいて、なんで俺一人が荷物持ちなんだよ!
 じゃんけんか?
 じゃんけんの時、静流の胸を握ったのが悪いのか?
 静流の胸を握りたい一心で、荷物持ちじゃんけんなど提案したのが悪いってのか?
 自業自得なのか?
 ………自問自答しても、誰も手伝ってくれない。
 てゆーか、誰が負けても、俺が荷物を持つ運命だったのかもしれないな。
 俺と康哉しか、男居ないもん。

「がんばれー、とら! もうすぐ見えてくるよー」

 先行している静流の声に、顔を上げる。
 そこには……。
 笑顔の緋那(ひな)
 薄笑いの蓮霞(れんげ)
 静流に抱きつこうとしている(りん)
 それを止めよーとしてるが、どうして良いか思案してる康哉(こうや)
 カメラでこっちを狙ってる奈那子(ななこ)
 転んでるレイナ。
 ……どーしても、レイナがオチになるよな。
 そしてその背後に。

「お兄ちゃん〜。着いたよ〜♪」

喰代(ほおじろ)超忍者スペシャルランド』
 トボけたピンク色の看板が見えた。
 このネーミングセンス……。
 どっかで見たな。
 てゆーか、『超』と『スペシャル』が重複してる気がするのは、俺だけなのか?
 ま、問題はそんな事じゃなくて。

「早く来ないと、遊ぶ時間、少なくなっちゃうでしょー!」

 何故このメンバーで、遊ばなくてはいけないのかと言う事だ。
 どーせ遊ぶんなら、静流で遊びたいな。
 大人テイストで。
















                          第三部










                     第十七話   『すれ違う刃』 














  
「おーい、お兄ちゃんー♪」

 メリーゴーラウンドに乗った緋那が、元気に手を振ってくる。
 頭の上のネコ耳が、ピコピコ動いていた。
 突っ込むのも面倒臭いので……一応、手を振り返す。
 そんな家庭的なキャラじゃねーっての。
 緋那の乗る白馬の後ろには、蓮霞が神妙な面持ちで馬の首を絞めながら乗っていた。
 馬の後頭部を、じっと見ている。 
 恐らく引き千切って、血だらけの首を家に飾るんだろう。
 なんて悪趣味な装飾品だ。
 いや、ハリボテの馬だから、血は出ないんだけどな。

「……なんや、蓮霞さん……。黒い事、考えてへん?」

 俺の隣りでジュースを飲んでいた凛が、ぼそりと呟いた。
 眼鏡の奥が、恐怖に慄いている。

「あんでよ?」
「……あの笑み……映画で見た事あんねん……。ものごっつい美人が、馬の首を引き千切ってな……」
「……………」
「そんで、そこに……自分の恋人の首を……」
「細かい描写はヤメロ」

 夜、トイレ行けなくなったら、どーすんだよ。
 別に怖がってるわけじゃないけどよっ!

「あ、たシか、人の顔をしタ馬が、ロバを食べるんデス〜」
「ヤメロ」

 背後から近付いてきたレイナが、俺の耳元で呟いた。
 明るい声と反比例しすぎた内容が、余計に俺の想像力をかきたてる。
 ……………怖っ!
 思わず想像した人面馬の顔は、俺の顔だった。
 俺の顔が、ロバをムシャムシャ……。
 夢に見そう。
 てゆーか、なんでロバなんだよっ!
 もっと他に食うもの、あるだろっ!
 草とか。

「まアまア、ソんな怖がらないデ〜。これデも飲んデくだサイ〜」

 俺の青ざめた顔が解かったんだろう。
 レイナが今買って来たばかりの紙コップを、俺の顔に寄せてきた。
 くっつけられて、心臓が止まる前に強奪する。

「さんきゅ」
「イエイエ〜♪」

 何故か嬉しそうなレイナ。
 まあ、不本意とは言え、遊びに連れてきて正解だったかもしれないな。
 あの戦闘から戻ったレイナは、何処と無く沈んでいる気がしてた。
 自分の父親が行方不明になったことも有るだろう。
 自分の中に、微妙な変化が有るせいかもしれない。
 何処と無く、沈んでいるのだ。
 そりゃ笑顔は見せるし、はしゃぎもするが……。
 一瞬だけ暗い表情を見せることが多くなったのだ。
 それが『本当の』レイナなのかもしれないが、家族連中も気にはしていた。
 静流も、そこまで考えたわけではないだろうがな。

「あれ、そーいえば、静流は?」

 ふと思い浮かんだポニーテイルが、無性に気になった。
 いや別に、気になったわけじゃねーんだけど……なんとなくな。

「静流様は、奈那子はんと一緒に、ボートに乗ってるやろ。ほれ」

 凛の指先を追って振り向く。
 そこには、これまた満面の笑みを称えた、静流と奈那子が手を振っていた。
 何がおもしれーんだろ?
 ……………。
 池のほとりでは康哉が、膝を付いて待機していた。
 真剣な顔で、静流と奈那子を見詰めている。
 凛もそれに気付いたのだろう。
 康哉を指差しながら、呆れたように尋ねてきた。

「あのお人は、何してんの?」
「静流に何か有った時に、走って助けるために待機してるんじゃねーの」

 俺の答えが納得いかなかったらしい。
 さらに呆れた声で、俺目掛けて吐き捨てた。

「……水の上やで?」
「アイツなら可能だ」

 俺も可能だけどな。
 正確には水の上を走るのではなくて、水を蹴って飛ぶのだが。
 水くらいの抵抗があれば、手練の忍者なら水上を移動する事も可能なのだ。
 康哉なら、30mくらいは行けるだろう。
 俺は100m前後くらいか。
 親父は、一昼夜くらいまでなら移動可能だな。

「そうデス〜♪ 忍者には、不可能はないのデス!」

 なんでレイナが威張る?

「……この街にきてからウチ、今までの人生を否定されてばっかりや……」

 凛ががくんと肩を落とした。
 心配すんな、凛。
 忍者にも、不可能はあるぞ。
 ただ……普通の人より、少ないだけ。






 連休の最終日。
 俺達は皆で、トボけた遊園地に遊びに来ていた。
 なぜこのキテレツなメンバーで遊びに来たのか?
 それは昨日の事。
 街で偶然会った薫子(かおるこ)さんの依頼で、静流の部屋に忍び込んだのだ。
 上手くすれば、3万円と静流のパンツをゲットできる予定だったのだが……。
 下手を打ったのだ。
 3万円はおろか、静流のパンツも手に入れることが出来なかった。
『楯岡』として、情けない限りである。
 考えてみたら俺、人生初の作戦失敗だな。
 しかも、静流の怒りを買い、何故か皆で遊びに行くことになってしまったのだ。
 入場料は、静流の命令により俺が出した。
 それが償いであり、依頼失敗の代償らしい。
 財布の中身が、白んだお空に消えて行く……。
 この『喰代(ほおじろ)忍者超スペシャルランド』は、この街唯一の遊園地だ。
 若者から家族連れまで訪れるスポット。
 ちなみに、アトラクションと忍者は、なんの関係もない。
 手裏剣投げも無ければ、天井裏待機1週間体験アトラクションなんてものも無いのだ。
 何が忍者なのかと言えば……園長が忍者なんだろうな、多分。
 ここも、『百地』の敷地内なのだから。





「あー、面白かった♪」

 昨日のことを回想していると、背後から笑顔の静流がやってきた。
 ポニーテイルを揺らして、満面の笑みだ。
 その後からは、奈那子と康哉が何か話しながら歩いてくる。

「なにがおもしれーんだか、あんなの」

 ただボートに乗って、水面に浮かんでるだけじゃねーか。
 水の上に浮かぶんだったら、色々手段はあるだろうに。

「なによー。文句有るの?」

 少し怒ったふりをしながら、静流が俺の隣りに腰掛けた。
 襲われるのを警戒してか、凛の反対側。
 そんなに警戒するんだったら、呼ばなきゃいーだろーに。
 そしたら入場料も、一人分浮いたのにな。
 だけど、まあ……。
 静流は少し迷惑しているものの、凛のことを友達だと思っているのだろう。
 緋那も友達だって言ってたしな。

「別にー」
「あ、それちょうだい」

 ……あっ!
 静流の手が伸びてきて、俺の紙コップを奪っていった。
 まだ半分くらい残ってるのに!

「いじきたねー。自分で買って来いよ」
「なによ。どうせ誰かに買ってもらったんでしょ?」

 正解。
 ここの入場料払ったら、俺の財布は空になってしまった。
 アトラクション代どころか、ジュース代もありゃしねぇ。
 俺の五年間が……空しくて、涙出てくらぁ。
 この時点で、とらちゃん、所持金ゼロ。
 ……この際、非合法でも何でも構わない。
 どこかの組織に渡りをつけて、手っ取り早く現金を……。
 どうせ忍者の『仕事』なんて、非合法ばっかりさ。

「アッ……」
「なな、なんだ!?」

 レイナの叫びに、思わず振りかえる。
 後ではレイナが、顔を赤くしていた。
 まさか、『読まれた』か?
 
「間接……キス……デス〜……」
「……………」
「……………」

 レイナの呟きに、俺と静流の動きが止まる。
 今更静流と、間接キスとか言われてもなぁ……。
 大体、俺の唇を奪った女に、そんなこと言われたくねー。

「静流様ぁ……。早く消毒した方がええんとちゃいますか? なんだったら解毒剤とか飲んだほうが……」
「あ、う、うん……そ、そうだよね! ばっちいもんね!」

 とか言いつつ、赤面した静流は、紙コップを放そうとしない。
 レイナの恨めしい視線が、俺と静流に突き刺さる。
 静流は気がついていないみたいだけどよ。

「お、俺……散歩してくるわ。金無いし」
「あ、う、うん……」

 居心地の悪い空間から脱出を図る。
 静流は赤面して俯いたままだ。
 だいたいお前だって、もっと凄い事してるじゃねーか。
 今更間接キスとかで、赤面すんな!
 大事そうに、紙コップを持ってんな!
 なんのために俺が日々、セクハラに勤しんでると思ってる。
 ……主に俺の欲望のためだが。

「おにいちゃーん♪」

 再び回ってきた緋那が、俺の気も知らずに手を振ってきた。
 面倒臭そうに振り返す……………って、あれ?

「……………………」
 
 蓮霞の乗った白馬の首が……無い?
 引き千切ったわけじゃない、鋭い断層面からは……。
 黒い『なにか』が見えていた。
 いい加減にして欲しいよ、ホント。

「………大河……」

 皆が談笑する場所から離れようとした俺に、康哉が寄ってきた。
 アミューズメントパークには似つかわしくない、仏頂面。
 真剣な顔で、腰に結わえた忍刀に手を添えている。
 お前まで、間接キスとか言い出すんじゃねーだろーな?
 俺ら、いくつだって話しだよ。

「あんだよ?」
「……警意(けいい)しろ……」

 ふむ……。
 康哉も気付いていたらしい。
 さすが、同年代最高スペックと言われた忍者。
 陽光降り注ぐ、緑多き遊園地。
 その何処でも、鳥の声がしないことを。
 まるで息を潜めたように……。

「なんでだ?」

 一応トボけて聞いておく。
 康哉と同じくらいの、警戒感覚を持ってるとは思われたくない。
 実際は、遥かに康哉を上回っているとしても。
 俺はこの遊園地に入る前から、警戒しているのだ。
 何か、具体的な危険が『解かる』わけじゃない。
 怪しい気配や、殺気を感じるわけでもないしな。
 だが……俺達には感じるのだ。
 日常とは異なる感覚を。
 それを感じているから、鳥や虫達も行動を控えているのだろう。
 明るい世界の裏側に怯えて。

「……解からん。だが……」
「わーった。それとなく見回って見るわ」

 俺の言葉に、康哉が頷いた。
 何処行っても、気の休まる暇ねーよな。
 お互い。
 康哉は主に静流の警護をするんだろうが、他の人間を見捨てられるような奴じゃない。
 本来なら、見捨てなくてはいけないんだけどな。
 己の体どころか、近くに居る奴も、静流の盾とする。
 そうではくては、北日本を統べる『百地』の守護役など、務まるわけも無い。
 康哉も内心はそう考えているだろう。
 だが、そう行動できるような男じゃない。
 とっさの時、誰かを犠牲にして静流を守る。
 それが出来るなら、わざと静流から目を離して、一時の休息を与えるような真似はしないだろう。
 基本的に康哉は、甘ちゃんなのだ。
 それゆえ、俺は気に入ってるのだが。

「実は……」

 誰にも聞こえ無いように、俺にだけ耳打ちしてくる。
 無論、静流にも聞こえ無いように。
 すれ違う一瞬で。

「……?」
「……晶哉(しょうや)が伝えてきた……。全国の忍軍に、不穏な動きがあるらしい……」
「………」

 晶哉(しょうや)
 誰だっけ?

「貴様の戦と……関わり合いが有るのかどうかは……解からんが……」

 ………思いだせん。
 どっかで聞いたこと、有るんだけどな。
 しょうや……。
 誰だっけなー?

「……百地内部でも、何かがおかしい……。警意しろ」
「何で俺にそれを教える? 俺は所詮、流れ透波(すっぱ)だぞ?」

 てゆーか、晶哉(しょうや)ってダレ?
 俺の問いに、康哉は少しだけ笑った。
 珍しい、康哉の笑み。
 康哉……晶哉(しょうや)……?
 ……あっ!
 思い出した!
 晶哉(しょうや)って、石川晶哉(しょうや)かっ!
 康哉のおとーと!
 確か俺と同じ時期に、全国行脚を命じられた、可哀想な奴な!
 おー、思い出した思い出した。
 で、なんでしょう、お話って? 

「静流様の盾となってもらうためだ」
「それはごめんだな。主が居なくなったら、別の主を見つけるだけだ。それが流れ透波ってもんだろ?」
「……貴様にそれが出来るならな」

 出来るとも。
 俺はお前が思うほど、甘い男じゃねーんだよ。
 てゆーか、『楯岡』だし、俺。
 誰にも隷属しない。
 それが永きに渡り定められた、『楯岡』の宿命。
『百地』がおかしくなったってんなら、『百地』をぶっつぶすだけだ。
 まあ、当面の相手は、道阿弥(どうあみ)衆だろーが。
 康哉の話しは、親父からも聞いている。
 全国に散らばる『百地』系忍軍の中で、離反とまではいかないにしても、細かい任務失敗や報告遅延があ
 るらしい。
 それら全てを、道阿弥(どうあみ)衆に結びつけることも出来ないだろうが……。

「……話しは、それだけだ」
「わーった」

 そう言って俺達は別れた。
 一瞬の会話なので、誰にも聞かれてはいないだろう。
『楯岡』の秘匿話術ほどではないが、忍者に伝わる隠話なのだから。
 そこらへんの一般人には、すれ違ったようにしか見えまい。
 一番聞かれそうな静流は、凛に襲われてるしな。
 ちょっと嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいか?

「はぁ……」

 歩きながら、思わず溜め息が出てしまう。
 陽光降り注ぐ緑の遊園地。
 楽しそうに笑う友達。
 家族連れ。
 そういった世界と決別している己を、あらためて思い知る。
 俺は何処まで行っても、俺、か。






  一通り、園内を見て回る。
 かなり広い敷地なので、かなり面倒臭い。
 時間は、昼過ぎの3時。
 皆と別れて、1時間ほど経った。
 食いすぎた腹も、だいぶこなれて来たな。
 静流と緋那が合同で作った弁当は、結構美味かったから、つい食いすぎてしまった。
 特に静流の作った、オムライス風の握り飯は美味かったな。
 チキンライスを、薄い卵焼きで包んだやつ。
 あれで忍者でなければ、良い嫁になれるだろうに。
 いや、忍者でも、嫁にはなれるだろうが……。
 ……ん?
 婿を取る場合でも、嫁って言うのか?
 辞書でも引いてみるしかないが、生憎と辞書なんて持っていない。
 緋那か蓮霞に借りるしかないが……。
 蓮霞の辞書は、なんか黒い感じがして、ヤだな。
 なんか、黒い単語に、線とか引いてそうじゃね?
 俺のクラスメイトに、Hな単語に線を引いてしまって、今ごろ後悔している人間も居るが……。
 辞書ってわりと、一生もんだよな。
 俺は買ってもらった記憶、無いけど………って。
 下らない事を考えながら歩いてると、目の前に見知った人物を見つけた。
 長い三つ編みに、丸い眼鏡。
 黄色いワンピースを着た、凛だった。
 何をするでも無く、トボトボと歩いている。

「おい、凛!」
「ひっ!? ………なんだ、変態やんか……脅かしな」

 ダレが変態だ、こんちくしょう。
 凛は俺の声に少し驚いたが、また瞳を伏せた。

「どーした? なんかあったのか?」
「……なんで?」
「いや……一人で歩いてるからよ」
「別にー。少しはしゃぎ疲れただけやん。アンタこそ、何してんの?」

 えーと。
 何てゆーかなー?
 一般人に説明しても、解かってもらえるかどうかは、微妙だな。
 俺だって、何が有るって確信してるわけじゃないから。

「金が無いんで、財布でも落ちてないかと思ってな」
「習得物横領は、立派な犯罪やで」
「1割やるから、見逃せ」
「それやったらアンタを捕まえて、警察に突き出した上に、落とし主から2割貰うわ」

 なるほろ。
 社会的地位も向上した上に、手に入る金額もアップする、ナイスな考えだ。
 ……って、納得してどーするよ、俺。
 なんて下らないやり取りをしていても、凛の表情は沈んだままだ。

「……なあ、ホントなんか有ったのか?」
「……別にー。………………ただ」
「ただ?」
「……ちみっとだけ……ちみっとだけ、苦手なんや……」
「何が?」

 追及の手を緩めない俺の顔を見て、凛が小さく溜め息をついた。

「アンタもおせっかいやなぁ……」
「それほどでも♪」
「……ほめてへん……」

 照れ隠しに頭をかいた俺を、凛は肩を落として見詰めた。
 そんなに呆れること、ねーだろ。

「……………ま、ええか。アンタも同類やろーし」
「俺は別に、眼鏡好きじゃないぞ?」
「ウチだって別に、好きで眼鏡掛けてるわけやあれへん。必要だからや」
「あ、そうなの? 眼鏡フェチなのかと思ってた」
「あんなぁ……」
「で、何が苦手で、俺のどこと同類なんだ?」
「急に話し、戻すなや」

 凛は溜め息をつきながら、そっと後ろを振り返った。
 おそらく、凛の歩いてきた方向。
 多分その先には、みんなが居る。
 みんなが笑ってるはずだ。

「……ちみっとだけ……ちみっとだけ苦手なんや。……集団ってのが、な」
「なるほろ。そりゃ俺と同類だ」

 凛は振り向きもしない。
 時々居るよな、こーゆータイプ。
 普段ははしゃいでるのに、どことなく集団に溶け込んでない人間が。
 でも少しだけ意外だった。
 凛が、そんなタイプだとは思えなかったからだ。
 みんなと居る時の凛は、ものすごく楽しそうに見えるから。
 静流に抱きついて、緋那と喧嘩して。
 誰とでも気さくに喋る奴に見えたから。
 だけど……思い当たる事も有る。
 凛が見せる、一瞬の表情。
 おそらく、俺くらいしか感じ取れまい。

「ウチ……あんまり人付き合い、上手くないから……」
「そのわりには、静流になついてるじゃねーか」
「……なつくって。人をどーぶつみたいに言いなや」
「静流になついて、緋那と喧嘩して。まるっきりどーぶつじゃねーか」
「……アンタはケダモノやけどな」
「なにおーう」

 振りかえった凛が、細い笑みを浮かべた。
 今にも折れそうな、細い笑み。
 レンズの奥の瞳が何か言いたげにしているが、俺が聞き取ることは出来なかった。
 そんなに付き合い長いわけじゃないしな。

「なあ……」
「……ん?」
「アイツ等相手に、ゴチャゴチャ考えても無駄だぞ?」
「……………え?」

 眼鏡の奥が丸くなる。
 なんとなく可笑しかった。

「一緒に居たいからいる。離れていたい時は一人になる。面白いことが有るなら、一緒に楽しむ。やばい事
 なら、押しつけて逃げる。やりたいほーだいだ。俺も含めてだけどな」
「………………………」
「そんな奴等に、いろいろ考えて付き合っても、無駄なんだよ」
「……アンタは……なんで一緒に……おるの?」
「決まってんだろ。たのしーからだ」

 自分でもめちゃくちゃ言ってるのは解かる。
 でも、そんなもんだろ?

「……たの……しい?」
「めちゃくちゃ面白いな。見てるだけで飽きねーよ。お前はどうだ?」
「……ウチ?」
「ああ。アイツ等と一緒にいて、楽しいか?」
「……………………………………うん」

 長い沈黙のあと、凛が頷いた。

「じゃ、ごちゃごちゃ考えても無駄だ。アイツ等だって、お前と一緒に居て楽しいから、今日も誘ったんだ
 ろ? 別になにか気遣ったわけじゃなくてよ」
「……………」
「本当に苦しい時、一緒にいてくれるのが友達……なんて夢、見てんのか?」
「夢て。………アンタ、身も蓋も無いなぁ」
「事実だからな」

 凛が苦笑いを浮かべる。

「一緒にいたいから、今日、ここに来た。ちょっと離れたくなったから、散歩した。それでいーじゃねーか。罪
 悪感なんて感じる必要無いし、戻り辛くもねーぞ」
「………そない単純な……」
「単純で悪いか? 友達にきー使っても、しゃーねーだろ?」
「………………とも………………だち……?」
「違うのか?」
「……わからへん……」

 俺は凛が何を抱えているのか、解からない。
 何に怯えているのかも。

  凛は時々、こんな表情を見せる。
 怯えたような。
 寂しそうな。
 昼休み、静流や緋那と一緒になっても。
 放課後、偶然出会っても。
 何処にいても。
 笑っていても。
 何故か、ふと寂しそうな表情を浮かべる。
 多分それに気付くのは、俺だけだろう。
 集団の中の孤独。
 燐が言った通り……俺達は同類なのだ。
 俺は『楯岡』だと言う事を隠して、皆と一緒にいる。
 負い目だってあるさ。
 笑い合っていても、どこか申し訳無くて。
 でもそれは、俺の宿命だからな。
 生まれついての『楯岡』だから。
 凛も何か抱えているんだろう。
 集団の中で、孤独を感じてしまうくらいに。
 でも……多分。

「みんな一緒なんだよ。みんな……寂しいとか、一人だとか、思ってんだ」
「……アンタのキャラやあれへん……」
「なにおう」

 ま、自分でもそう思う。
 凛は苦笑いを浮かべながら、天を仰いだ。
 とても静かな表情で。

「……………………あんなぁ……」
「ん?」
「……ウチ……みんなとずっと一緒に居たいんや……」
「ああ」
「……だけどなぁ……多分……もうすぐ……お別れやねん……」

 静流の話しだと、凛は親の仕事の都合で引っ越してきたらしい。
 転勤の多い仕事だって話しだ。
 仲の良い人間と別れる辛さは、俺も知ってる。

「……だからなぁ……なんか……。……………なんかなぁ……」
「別れるまで一緒に居ればいーじゃねーか。どーせアイツ等、おまえのこと忘れるなんて器用な真似、でき
 ねーんだからよ」
「………………そやろか……ううん」

 凛は空を見上げたまま、首を振った。

「忘れてくれた方が……ええなぁ……」

 その表情が、とても寂しくて。
 その表情が少しイラつくんだけど……俺には理解出来る。
 俺がもし『楯岡』として、『百地』と敵対することになったら……。
 俺も忘れて欲しいと願うだろう。
 俺の存在を。
 だけど。

「忘れて……くれへんかなぁ……」
「そりゃ無理な相談だな。さっきも言ったろ? アイツ等にそんな器用な事、できねーんだよ」
「………………」
「黙っていなくなって、最初は怒るかもしれねー。んで次に悲しむな。そんで静流の家のネットワークで、おま
 えのことを探し出す。で、手紙だ」
「………あは……」
「返事が来ないと……いや、返事が来ても、みんなで夏休みとかに、お前を訪ねるだろう。お前の都合なん
 か考えないでよ。会いたいから。ただそれだけで」
「……………あはははは♪」
「静流はあんな乳でも、金持ちだからな。みんな一緒に会いに行くさ」
「ち、乳は関係あらへんやろ……♪ あはははははっ♪」
「で、お前も、アイツ等も思うんだ。離れても、友達だって」
「あはは♪ ……………………ともだち……?」
「だろ?」

 押しつける友情じゃない。
 一緒に居たいから。
 ただそれだけの感情。
 一番厄介だが、一番純粋。

「……せやろか……」
「アイツ等はそう思ってるぞ。お前もな」
「………ウチ……も?」
「じゃなきゃ、悩まないだろ?」
「………………………うん」

 凛が視線を下げて……後を見た。
 その先では多分、みんなが笑っている。
 凛を待っている。

「ウチ、行くわ」
「どこによ?」
「……………友達んとこや。決まってるやろ!」

 何故怒る?
 それだけ言うと、凛は走り出した。
 黄色いワンピースを翻して。
 笑顔で。

「アンタも早く来なやー。おせっかいおーとーこー♪」

 振り向かずに走り去る凛が、なんだか可笑しくて。

「うっせーよ」

 とか言いつつも、笑ってしまった。















「ぱちぱちぱち♪」

 凛の姿が見えなくなった瞬間、不意に後から拍手が聞こえてきた。
 しかも台詞付きで。
 気配無き、拍手。
 断言しても良い。
 さっきまで誰も居なかった。
 近寄られた気配も無い。
 装備した全ての武器に、意識を集中する。

「良いこと言うよね、とらちゃん♪ おねえちゃん、ちょっと感動しちゃった♪」

 酷く聞き覚えのある声。
 忘れるわけも無い、その静かな声。
 振り向かずに答える。

「いつまでも子供じゃないからね」
「うん……そうだね。もう、5年も経つんだもんね、とらちゃん……」
「ああ。5年も経つからね」

 俺のことを『とら』と呼ぶのは、この世で二人だけだ。
 他には許可しない。
 静流と……………。
 振りかえった俺の視界に収まる、白いワンピース。
 白い日傘。
 昔と変わらない、優しい笑み。
 深緑色のショートカット。
 この世で、俺をとらと呼ぶ、もう一人の女性。

「久し振り、茉璃(まつり)ねーさん」
「うん♪ おひさしぶりね、とらちゃん♪」

 そこには、『百地』を離反した……………茉璃ねーさんが居た。







「よいしょっと♪」
 
 白いスカートをなびかせて、茉璃ねーさんが芝生の上に腰を下ろした。
 スカートから見える長い脚は、昔と変わらない。
 変わったのは俺のほうなんだろう。
 やけに色っぽく見える。

「おばさんくせー。その年で、『よいしょっと』はねーだろ?」
「……………生意気になったよね、とらちゃん……」
「そう? こんなもんじゃなかった?」
「……あ〜あ〜。あの頃は、あーんなに可愛かったのになぁ……」

 茉璃ねーさんが肩を落とした。
 踏みつけられ、まばらになった青い芝生に俺も腰を下ろす。
 だが、いつでも武器を使える準備だけは、怠らない。
 和やかに話しているが……目の前に居る女性は、俺の的なのだ。
『楯岡』の的。
 道阿弥(どうあみ)衆の一員なのだ。

「いまでも可愛いだろ?」
「……あんまり……」
「ひでーよ」
「本当のことだもん♪」

 昔と変わらない表情で、クスクスと笑う。
 身体が落ちついてしまうのが解かった。
 良い事じゃない。
 良い事じゃないが……俺にはどうすることも出来なかった。
 目の前に居るのは、茉璃ねーさんなのだ。
 俺の初恋の人。

「でも……男らしくはなったかな?」
「でしょ」
「うん。恰好良くなったよ♪」
「………茉璃ねーさんも……綺麗になった」

 5年経ったせいなのか……。
 俺が成長したせいなのか……。
 茉璃ねーさんは、すごく綺麗な女性に思えた。
 見た目はさほど変わらないが、内面的な美しさとでもゆーのだろーか。
 もうすぐ暮れようとしている空が、茉璃ねーさんを照らし出す。
 綺麗だった。

「……言うようになったわね、とらちゃん……」
「もう、子供じゃないからね」
「あんまり、静流ちゃんの事、苛めちゃ駄目よー。あんな、いやらしい事ばっかりして。そんな成長するよう
 に、育てた覚えないんだけどな、おねえちゃん……」
「見てたの!?」
「見てるよー。……いっつも……」

 喜んでよいやら、悲しんでよいやら。
 いや、悲しむべきなんだろうな。
 監視されているのに、気付けなかったんだから。
 二人の間を、沈黙が包みこむ。
 昔では有り得なかった事だ。
 
「……………………ね、とらちゃん♪」
「ん?」
「………えっちなこと……しようか?」
「はぁ!?」
「……もう……子供じゃないんでしょ?」

 茉璃ねーさんは、いきなり膝を立てた。
 白い脚の奥に……白い下着が見える。
 青い芝生とのコントラストは……かなりエロかった。
 俺好みの下着の色とは……解かってるね、茉璃ねーさん。

「わたしもね……もう、とらちゃんの……おねえちゃんじゃないんだよ……………」

 白い指が……伸びていく。
 2本の指が、茉璃ねーさんの秘所に当った。

「恰好よくなった………よ………。………とらちゃん……………んん………」

 ゆっくりと、下着の中央をこすり出す。
 艶かしい指が、上下に動き出した。

「……あ……ん………」

 呆然と見詰める俺の前で、指が激しさを増す。
 何時の間にか、もう片方の手が、袖の無いワンピースの胸を揉み出した。
 ノーブラだったらしく、一気に乳首が起立する。
 
「………はぁうっ! ………ね………とらちゃん………ああっ! ………しよ………?」

 茉璃ねーさんが、とろんとした表情で俺を見詰める。
 その間も、両方の手が、忙しく動いていた。
 徐々に顔が赤くなっていく。
 本気で感じているらしい。

「……あ、あん………。き、きも……ち………いいよぉ………はぁっ!?」

 下着の上をまさぐっていた指が、太腿の間から進入する。
 指で隠れて見えなかったが……。
 茉璃ねーさんの下着は、すでに濡れていた。
 下着の脇から進入した指が、ぴちゃぴちゃといやらしい水音をたてる。

「………はぁぅ……。あ…………ああっ…………」

 下着の中で、白い指が忙しく動いていた。
 時に折り曲げられ。
 時に進入し。
 その度に、茉璃ねーさんの顔が高揚していく。
 秘所が鳴く度に、瞳が潤んでいく。

「ああ………ねっ………お願い………とらちゃぁん……………」
「……………」
「あ、あん………ず、ずっと………はぅ!? ………ずっと………我慢して来たんだ……よ………」
「……………」
「あ、ああっ!? ………も、もう………だ、だめ………ああっ!」
「………」
「ずっと………ああっん……た、立ってる………立ってるよぉ………ああぁぁぁぁ………」
「………………」
「………す、凄く………凄く………きもち……いい………とらちゃんに……見られてると……ああっ! 
 ……思うと………はっ………はぅぅ……ゆ、指………止まらないよぉ……………」
「………茉璃ねーさん………」
「………ああん! ………ず、ずっとぉ………好きだったんだよ………ああぁぁ………とらちゃんの……事
 ………も、もう………我慢………がまん……で、できないよぉ……!」
「………………ねーさん………」

 座りながら、俺の目から、涙が零れ落ちた。
 ほろほろと。
 地面に俺の涙が吸いこまれて、黒い染みを作る。

「………と、とらちゃん………?」

 茉璃ねーさんの指が止まった。
 潤んだ瞳を丸くさせて、俺を見詰める。

「嫌だよ………そんなの………茉璃ねーさんじゃない……俺のねーさんじゃないよぉ………ううっ……」

 次々と流れ出す涙。
 まばらな芝生の間を抜け、地面を黒く染めて行く。

「ちっ」

 舌打ちと共に、突然茉璃ねーさんの表情が変わった。
 見た事も無い、厳しい瞳。
 乱れた裾を直して立ちあがる。
 先ほどの色っぽい表情は、微塵も見えなかった。
 畳んだ日傘を、剣の様に握り締める。

「解かったわ。止めましょう、お互い」
「そだな」

 俺も顔を振って、無理矢理流し出した涙を振るい捨てた。
 本当に泣いていた訳じゃないし、本当にオナってた訳じゃない。
 俺達は、忍者なのだ。
 この程度の感情戦は当たり前なのだ。
 ま、良い物を見せてもらった感謝は有るが♪

「可愛くない子に育ったわね。わたしの青春を犠牲にしたわりには、あんまりだわ」
「……犠牲、ね」

 それが一番ショックだな。
 そんな風に思ってたとは。
 確かに色々迷惑かけたしさ。
 色々世話してもらった。
 犠牲、か。
 言い得て妙だな、こりゃ。

「違うの?」
「いや、おっしゃるとーり」
「……本当に可愛くない」

 茉璃ねーさんは厳しい表情で、吐き捨てるように言った。
 ……………5年って長いなぁ。
 俺の中の茉璃ねーさん像が、音を立てて崩れて行く。
 勝手な偶像だったのかもしれないけどよ。
 それでもなんかちょっと……寂しいな。

「単刀直入に言うわ、『楯岡』。わたし達の仲間になりなさい」
「……『楯岡』だって知ってて言う台詞だとは思えないな、ねーさん」
「おかしいかしら?」
「思いっきり笑っちゃうな」

 俺は立ちあがった。
 泣きまね最中に脛から外していた(みさご)を、そっと右腕に装着する。
 俺の主戦武器。
 手首のリングを半回転させて、中に仕込まれた鋼線を引き締める。
 腕と一体化させて……的を撃つわけだ。

「ま、そう言うとは思ってたんだけどね」
「だろ?」
「……邪魔ものは、排除するしかない……」
「それが……」
「それが……」

 お互いの気が凝縮する。
 暮れかけた青空。
 遠くで聞こえる笑い声。
 声を潜めた鳥たち。
 懐に忍ばせた苦無(くない)
 右腕に装着された(みさご)
 目の前に居る……敵。 

「忍び!」

 二人同時に叫んだ。
 白い日傘が開かれ、俺と茉璃ねーさんの間に踊り出す。
 これが武器だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
 日傘で、茉璃ねーさんが視界から消える。
 気配も無い。
『影落とし』って陰忍か。
 ま、飛び去ってはいないだろうから……。
 敵は、日傘の向う!

「ちぇぇい!」
「はっ!」

 ばさっ。
 がきぃん。

 俺の拳が日傘を切り裂く。
 飛び込みながら撃った拳が……日傘とは違うなにかを捉えた。
 振りかえり、すれ違った茉璃ねーさんを見る。
 丁度茉璃ねーさんも振りかえったところらしい。
 スカートから伸びた、白い脚。
 厳しい表情が一転して、笑顔になる。
 そして………。

「……今日は、これで終わりだよ、とらちゃん♪」
「あ、そうなの?」
「うん♪ 一応勧誘に来ただけ♪」
「一応、ね」
「だってとらちゃんが……『楯岡』が、仲間に入るなんて、思ってないもん♪ 命令されたから来ただけ♪」
山岡影友(やまおかかげとも)に?」
「………………………そうだよ♪ じゃね〜♪」
「ああ。またね、茉璃ねーさん♪」

 白い煙幕も、枯葉もなかった。
 俺の見ている前で、茉璃ねーさんの姿が忽然と消える。
 見た事の無い陰忍だ。
 気配だけじゃない。
 実体も消し去るとは。

「……厄介だな」

 本当に厄介だ。
 知らず知らずのうちに、拳を握っていたらしい。
 爪が……掌に突き刺さる。
 解かっていても、力を弛める事が出来ない。
 爪が皮膚を切り裂き、肉に食いこむ。
 力を弛める事が出来ない。
 滴り落ちた血が、拳を伝って地面に吸いこまれる。
 どす黒い血が、青い芝生にしみを作った。
 それでも力を弛める事が出来ない。
 遠くで笑い声が聞こえる。
 潜んでいた鳥たちが、いつのまにか飛び始めた。
 もうすぐ夕暮れ。
 青い空が、紫がかる。
 アイツ等も心配してるだろう。
 でも、力を弛める事が出来ない。
 (みさご)が、俺の血に染まる。

「……(からす)……か……」

 振りかえった茉璃ねーさん。
 その左腕に装着されていたのは……。
 (みさご)と対になった、忍具。
(からす)』だった。
 死んだお袋が……持っていた筈の。










END






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