「なるほど……そーゆーわけか……」
「そーゆわけや♪」

 俺の目の前で、(りん)が微笑んだ。
 人差し指で眼鏡の中央を押し上げる仕草が、とても憎らしい。
 凛が……。
 友達だと思っていた奴が、敵勢力。
 ま、ありがちっちゃありがちだが、使われ古した手段な分、効果的だ。
 それは康哉も同じだったのだろう。
 無愛想で無機質な表情の裏で、明らかに動揺している。

「最初からおかしいと思ってたんだよ。おまえのこと」
「……そんな素振りには見えへんかったよ? この街の忍者は、どいつもこいつもお人好しや」

 苦々しく凛が吐き捨てた。
 いつもと同じ顔。
 いつもと同じ制服。
 だけど違う人間のように。
 ある意味、それが忍者として正しいのかもしれない。

「人がちみっと同情引くと、すぐになびいてきよる。そんなんじゃ、忍者なんて務まらへんよ?」
「ま、そーだな」
「……藍田……。君の……貴様の素性は、静流様に近付いてきた時、微細に調べた」

 康哉が呟くように反論する。
 忍者なんて務まらないと言われて、悔しかったんだろう。
 それが子供っぽい行為だということに、気付いていない。
 大手の忍者さんは、プライド高くてヤだね。

「ほう? なんぞ出てきたんか?」
「……普通の家庭の、普通の……娘だった。『百地』の調べでは……」
「ま、そやろね。『百地』なんかの付け焼刃な調べでは、ウチらの謀略は破れん♪」

 存在して数世紀以上経つ『百地』を、付け焼刃呼ばわりか……。
 京都のお人じゃなかろうな?

「自分らの大事な娘さんに近付いてきた人間が、敵勢力。良くある事やんか。もちっと疑わんとなぁ」
「しょーがねーだろ。百地には『敵勢力』なんて概念、ねーんだからよ」

 全国に広がる忍者を統べる、『百地』。
 特に支配力の強い北日本では、『百地』に逆らうものなど皆無だったから。
 次期頭目の静流のスカートをめくる人間なんて、俺くらいなものである。
 ましてや乳を鷲掴みにするなんて、もっての外。

「あ、そりゃしょうがない……てゆか、平和やなぁ……」
「まったくだ」

 俺と凛が、同じタイミングで笑顔を作った。
 笑顔を作っただけで、笑ってはいない。
 既に闘いは始まっている。
 ま、凛が俺達二人に挑んでくるとは思っていないけどよ。
 凛は恐らく連絡員だ。
 戦闘など起こらない。
 そう思うのは、凛の勝手。

「……敵勢力……?」
「あー……後から説明してやるよ。その前にまず、凛だ」

 ゴゴゴッって効果音が聞こえそうなくらい緊迫した康哉を、なんとかなだめる。
 静流の居場所を聞き出す前に、戦ってどーすんだよ。
 凛の戦闘力がどのくらいかは知らねーが、康哉以上って事は無いだろう。
 妙な陰忍(いんにん)でも使用しない限り、だ。

「……ウチ? ウチになんぞ用件でも?」
「とぼけんじゃねー。んじゃ何しに出てきた?」
「………なにしに……って………」
「お前の役目は、俺達に何かを伝える事。ただの一介の、使いっ走りの下っ端連絡員だろ?」
「……枕詞が気になるけど……まあ、そうやな」
「だったら早く言えよ。時間指定もしてんだろ? 山岡のおにーちゃんはよ」

 と言いつつ、意識を校庭の隅にある大木に移す。
 あの木は、樹齢300年くらい経つ、わが校自慢の巨木だ。
 木の下で告白すると、幸せになったり振られたりするとか。
 俺が意識を移したのが、康哉には解かったのだろう。
 康哉の意識が、懐の忍具に移った。
 俺達だけのやりとり。
 誰にも看破など出来ない。

「……鋭いなぁ。ウチの正体を見破ってたってのも、あながち嘘じゃないんかもしれへんね」
「嘘じゃねーさ。お前の偽名を聞いた瞬間、怪しいと思ったね」
「………ぎ?」
「大体誰も怪しいと思わないほうが不思議だぜ? あいだーりん……アホか」
「……………」
「お前も偽名つけるなら、もちっと捻れよ。あからさまに怪しいじゃねーか」

 得意げに謎解きを続ける俺に、凛が寂しそうに呟いた。

「……本……や………」
「語呂が良すぎるんだよ………って?」
「………ウチの名前……本名やもん………」

 ……………………。
 根拠が崩れ去った瞬間だった。















                   第十九話 『友達だってこと』











「ま、それはともかく」
「……アンタ……ええ根性しとるなぁ……人の名前、こけにしくさってからに……なんやその開き直った態度
 は? なめてんのかっ!」
「いや、舐めろって言われれば、隅々まで舐めるけどよ」

 おっ?
 俺の台詞を聞いた瞬間、凛の顔が真っ赤に染まった。
 この手の話題に馴れてないのかもしれんな。

「こここっ、この、エロオヤジっ!」
「なにぃ!!!」

 今度は、俺が顔を染める番だった。
 怒りでだが。

「言うに事欠いて、エロオヤジとわなんだ、エロオヤジとわ! 俺はまだピチピチした好青年だっつーの!」
「どこがピチピチやねん! エロで全身奈良漬けのくせに!」

 なななな、奈良漬け!?
 ここここ、殺す!

「ピチピチゆーんは、ウチみたいな瑞々しいボディの事言うんやっ!」
「どーこが瑞々しいんだよ! 貧乳!」
「ひひひひひっ、貧乳やてぇ!? ひひひ、人が、眠れんほど気にしてる事をおおおおお!」

 凛の微妙な乳が、激しく隆起した。
 なんだ、コンプレックスだったのかよ。
 そりゃ静流の事を攫うわな。
 今ごろ、乳攻めにあってるかも知れん。
 茉璃ねーさんも、さほど大きくなかったしなぁ。

「もしかしたら道阿弥(どうあみ)衆は、貧乳友の会かも知れんな。なら、緋那を攫おうとしたのも納得だ。レイナを狙った
 のも、納得。全ては勢力拡大だったわけだ。乳は増えんが、数で勝負。だが哀しいかな……。貧乳は、ナ
 ンボ集まっても貧乳」
「貧乳貧乳ゆうなぁぁぁぁぁぁ! てゆか、独り言は、独りでっ! 頭ん中で言わんかいっ!」
「お、これは失礼」

 楽しかったので、思わず口に出ていたらしい。

「貧乳の人に乳が貧しているというほど失礼な事も無いので、俺は素直に謝った。ま、謝ったからって、凛の
 乳が増えるわけでもないのだが」
「だからっ! 独り言は独りで言えゆーとる……」
「貴様等………いい加減に………」

 ここまで口をつぐんでいた康哉が、地獄の底から呟いた。
 凛と二人で視線を移すと、明らかな殺意が感じ取れる。
 凛にだけじゃない。
 俺にも向けられている。
 おー怖っ。
 おかげで、凛をおちょくって事実を引き出す作戦がパーじゃねーか。
『楯岡』の……てゆーか、俺の話術は康哉のお気に召さないらしい。

「さ、本題に入ろうか、凛君」
「そやね」

 二人で向き直る。
 康哉はまだ何か言いたかったらしいが、その怒りの波動を鎮めた。
 しかし、俺と凛はわりと似ている……………。

「…………そうか………」
「ん? まだ康哉はんのこと、おちょくるん? せやったら、付き合うよ♪」
「………貴様等………」

 まるで、昼休みのような会話。
 懐かしさと……寂しさが込み上げる。
 俺の目の前に居るのは、敵なのだ。
 静流を攫った、道阿弥(どうあみ)衆の一員。
 だが………。

「そうじゃねーよ」
「………せやったら、なんなん?」
「この間、遊園地でお前が言ったこと、思い出したんだよ」
「……………?」
「『アンタも同類やろーし』。お前、あん時、確かにそう言ったよな」
「……………………そやね。言ったよ。……同類やろ?」
「ああ。確かにな」
「ウチは……道阿弥(どうあみ)である事を隠して、静流様……『百地』に近づいた。アンタは『楯岡』であることを隠し
 て、友達面してる……。同類や」
「……………た………て………岡?」

 俺達の会話を聞いていた康哉が、愕然と呟く。
 康哉も、楯岡の名前くらいは聞いた事があるだろう。
 勿論、忍者の監視機構としての『楯岡』に結びつくわけじゃないだろうが。
 あーあ。

「人の最大の秘密を、あっさりばらすな」
「ま、ええやん♪」

 とは言え、それがどんな意味を持つかは理解しているつもりだ。
 藤林朋蔵は、俺が『楯岡』だと言うのを内緒にしている事を利用して、俺の戦闘力を縛った。
 つまり……その必要が無くなったわけだ。
 いや、むしろ……。
 ばらして、俺の枷とするつもりか。

「手短に言うで、『楯岡』。あんた等が所持している全国の秘忍書(ひにんしょ)。全部まとめて八つ頭(やつがしら)峠までもってこんか
 い。今日の夜、八時が指定や。それ前でも後でもあかん」

 八つ頭峠……。
 あんな所に居たんじゃ、そりゃ見付からないわな。
 八つ頭峠とは、この地方に伝わるおとぎ話じみた逸話の舞台だ。
 死んだ忍者の魂が集まり、この国を食らおうとする怪物と戦う場所。
 多賀音の禁ほどじゃないが、忍者の子供にすりこまれる恐怖の場所である。
 実際何があるのかは、俺でも知らん。
 だって、こえーじゃん。
 この話しを、静流は特に怖がってたっけなぁ。
 今ごろ、振るえたり漏らしたりしてるかも知れん。
 急いで駆け付けなくては♪
 だが、一応、あそこは『百地』の監視の目が有ったはず。
 なのに静流発見の報が入らなかったと言うことは……。
 結構ヤバイのかもな、『百地』って。

「断わってもええよ。むしろ、『楯岡』なら断わるやろうけどねぇ♪」
「来て欲しいのか来て欲しくないのか、ハッキリしろ」
「来てもこんでもええよ。どっちでも、『百地』掌握は成し遂げられるから♪」
「………どーゆーことだ?」

 思わず頭を捻る。
 秘忍書(ひにんしょ)が目的なのは、理解出来る。
 過去の忍者が書きとめた、膨大な資料とも言うべき秘忍書(ひにんしょ)
 一つだけでも絶大な陰忍、陽忍が記載されているのに、それを全て手に入れるとなれば……。
 忍者界を掌握するのは、おそらく容易いだろう。
 だが……それ無しでも、『百地』を掌握出来る……?
 どーゆーこった?

「鈍いようやから、教えてやろ♪ ぶっちゃけてゆーと、静流さ……静流を殺すんや♪ 勿論、『楯岡』が見
 殺しにした事は全忍びに伝える♪」
「………」
「今まで自分らが守ってきた秘忍書(ひにんしょ)が、実は偽物でした♪ しかも『百地』の次期当代を見殺しに♪ みん
 な、どんな反応するやろうなぁ……♪」
「てゆーか、なんで偽物だって知ってんだよ?」
「………今ごろ突っ込むな」

 全国の名立たる忍群に伝わる、秘忍書(ひにんしょ)
 或る物は家屋の奥に、厳重に保管され。
 或る物は敷地の中に、隠匿されている。
 それらは全て、偽物なのだ。
 俺が……。
 俺と親父が、せっせと集めたから。
















 それは俺が八歳の時。
 親父が突然言い出したことが、発端となった。
 俺は既に秘忍書(ひにんしょ)が何たるかを知っていたのだが、親父は納得できなかったらしい。

『ねえ、大河君?』
『なに、お義父(とう)さん?』
『この間、秘忍書(ひにんしょ)の事を話したよね』
『うん』
『あれ、酷いと思わないかい?』
『………今更って気がするよ』
『僕もそう思うんだが……全国の友達を騙しているのは、気が引けてね。やっぱり、黙って交換しようと思う
 んだ』
『………こ、交換って……簡単に言うけど、お義父さん……』
『手伝ってくれるよね』

 まだ八歳で利発で素直だった俺は、親父の言うことに逆らえなかった。
 ま、利発じゃなくて素直でもない今でも、逆らえねーけどよ。
 かくして百二十時間くらいかかってそれっぽく書いた秘忍書(ひにんしょ)群を、全国の名立たる忍者屋敷に忍びこんで
 交換してきたわけだ。
 俺が。
 家屋の奥で、厳重に保管されている秘忍書(ひにんしょ)
 敷地の中で、半端じゃない警護されている秘忍書(ひにんしょ)
 映画化すれば、シリーズ物で大ヒットするくらいの大冒険をしながら、俺はその任を終えた。
 ご先祖様も、よけーな事してくれるよな。
 もっとよけーなのは、親父の存在だが。
 ちなみに俺はその時の任務で、6回死にかけて17本の消えない傷を負った。
 この事は、俺と親父しか知らないはずだ。
 無論、死んだお袋も。











「そりゃ知っとるわい。てゆーても、ウチが知ってるわけや無いんやけどな。ウチらの党首が、警護の任に着
 いてたゆー話しや」
「………」

 ばれてたわけな。
 そんで、今になって切り札に使おうって話しか。

「………た、大河……?」
「ん?」

 振り向くと康哉が、真っ青な顔をしていた。
 なにか不幸でもあったのだろうか?

「……理解の出来ない……理解の出来ない話しが、続いているが……」
「つまりだな。俺はお前らも良く知ってる、楯岡道順(どうじゅん)の子孫てわけだ。楯岡道順は信長を狙撃し、その目的
 を果たすことなく歴史の表から消えたわけだが、実はその後に忍者の監視機構、『楯岡』流を作ってたわ
 けだ。俺はその子孫で、『楯岡』ってわけだな」

 きょとんとした顔の康哉を尻目に、一気にまくし立てた。
 聞いてはいるものの、理解は出来ていないらしい。 

「………な、な………?」
「己の秘密を、あっさりばらすなぁ、アンタ」

 一番最初に、あっさりバラしたのは、てめーじゃねーか!
 凛を横目で睨みつつ、青い顔の康哉に話しを続ける。

「今の党首は、親父の道座だ。俺はその下っ端だな。そんで親父の命により、全国の秘忍書(ひにんしょ)を集めて摩り
 替えた。実にくだらねー事情なんだが、発生からしてくだらねーんで気にすんな」
「……………………た、大河………?」
「ちなみにお前んちに有った『忍術秘書応義伝之巻(にんじゅつひしょおうぎでんのまき)』も、偽物。俺が摩り替えた。俺作だから、サインは後か
 らな。礼ならいらねー。気にすんな」
「な、なにぃ!?」
「あれ書くとき、眠くてなー。なんせ、昼間は初等部に通って、夜は贋作作りだろ。いやーしんどかった♪ 
 所々に俺のよだれとか落ちてるけど、全然気にしなくて……」
「気にする!!!」

 康哉の、あまりの剣幕で三センチほど肩が上がった。
 ま、康哉の怒りも解かる。
 秘忍書(ひにんしょ)は、その家に伝わる家宝だからな。
 たとえ開ける手段が無くても、守り通す事が重要。
 その重要さに花を添える形で、俺と親父は摩り替えたんだけどよ。

「な、なぜそんな事を……?」
「ま、色々事情があ……」
「その事じゃない!!!」

 康哉が足を踏み鳴らした。
 鈍い衝撃が、地面を伝わる。
 石川流震脚、『地鳴(じな)り』、か。
 あの震脚から発生する忍刀で斬られたら、さぞかし痛いだろう。

「そのことって?」
秘忍書(ひにんしょ)の事じゃない! そ、それは……ひとまず置いておく!」

 置いといていーんかよ?

「貴様……俺を………俺達を……騙してたのか!?」
「……………」

 言葉が出なかった。
 使命とは言え、結局俺も凛と同じだからな。
 どんな言い訳も通用しまい。
 俺は静かに頷いた。

「………ああ。ずっと騙してた。友達面しても、お前らが……『百地』が暴走を始めたら、お前らを斬る。牙を
 折る任を、ずーっと隠してた」
「………………大河………」
「ひっどい奴もおったもんやねぇ♪ ウチが騙したのは、せいぜい一年やけど、ずーっと一緒に居た奴から騙
 されるのは、どんな気持ちなんやろね♪」
「………」

 楽しそうに揶揄する凛を、横目で見る。
 大体、この状況の原因は、全て凛に有るのだ。
 発生は俺が作ったのかも知れんが。

「そ、そんじゃウチはこれで♪」

 俯く康哉。
 睨みつける俺に怯えたのか、凛が数歩後ずさる。
 アホか。
 逃がすと………思ってんのかよ!

「いや、待て、凛」
「なな、なんですぅ!?」
「………お前には、まだ用件が有る。心配すんな。本物の秘忍書(ひにんしょ)は、時間通りに持っていくから」
「ほほほ、ほな、ええやん!」
「まあ、そう急ぐなよ♪」

 にこやかな表情を浮かべて、凛との距離を詰める。
 凛のおどけた表情が、一瞬にして青ざめた。

「まさか……アンタ………」
「まさか、逃がして貰えると思ってねーよな♪ 『楯岡』の秘密をあっさりばらしといて♪」
「アンタが事細かに喋ったんやん!」
「あーそーだよ。『楯岡』の秘密。知ってる人間は、全て斬る。それも掟の一つだ。知らなかった?」

 嘘だ。
 そんな掟なんか無い。
 有ったらレイナとか、瞬時に薄切りスライスしなくちゃならんもんな。

「そそそ、そんなん、し、知らんもん!」
「覚えとけ」
「ひっ!?」

 怯えた表情で、凛が一気に飛び退いた。
 それを許すほど、俺はお人好しじゃない。

「セッ!」

 懐から抜いた(かぎ)付き組紐を、凛の足目掛けて投擲する。
 普通なら、紐で動きを拘束するのだろうが……。

 がきぃ。

 鈍い音が響いて、凛が地上に叩きつけられた。

「ううっ………」

 くるぶしの辺りを押さえてうずくまる。
 俺が放った(かぎ)付き組紐は、凛の足を絡めるためではない。
 (かぎ)の重さで、足首を破壊するためだ。
 鎖鎌と同じ要領。

「ハァッ!」

 うずくまる凛目掛けて、一足飛び。
 もう康哉の前で、身体能力を隠す必要が無いからな。
 すっきりするが、寂しくも有る。
 ま、それはともかく。

「ちょ、ちょ!?」
「ちぇい!!!」

 手を上げて俺を制止しようとする凛の脇腹に、走り込みながらの下段蹴り。

 ぼきぼき。

 乾いた音と共に、肋骨粉砕の感触。
 両方合わせて、三本くらい持ってったかな?
 手加減してるつもりだが、結構(もろ)いな、凛。

「ぐっ……………」

 後方に転がる凛。
 鮮やかなピンク色のパンツが見えたが、感慨に浸ってる暇は無い。
 パンツを見て感慨に浸る、俺の普段もどーかとは思うが。

「……っ!」

 とはいえ、パンツくらいで追撃の手を緩める俺ではない。
 パンツより、ぶらじゃのほーが好きなのだ。
 一気にダッシュして、止めを……。

 ふぉん。

 風切り音と同時に、身を屈める。
 俺の愛くるしい髪の毛が、数本カットされた。
 虎刈りになったらどーすんだ。
 ま、有る意味虎刈りなんだけどよ。
 俺の髪型は。

「………はっ、はっ………」

 凛が体勢を立て直したと同時に、何かを放ったらしい。
 今も片膝を付き、薄胸を押さえながら、何かを頭上で振りまわしてる。
 あれは……鋼線か。
 分銅付きの鋼線を、頭上で振り回しているのだ。
 恐らくあれが凛の武器。
 たしか……藤堂流忍術に、あんな武器が有ったな。  正式名称は……流星錘(りゅうせいすい)とかなんとか。

「う、ウチは、ただの………ただの、連絡員………やで?」

 息も絶え絶えの凛が、ぼそっと呟いた。

「だから?」
「……ウチに……てぇ出したら………」
「それで道阿弥(どうあみ)の方針が変わるのか? たかが『草』の一本が枯れたくらいで?」
「………………」

 沈黙が答えだった。
 道阿弥(どうあみ)がどんな風に凛を扱ってるか知らんが、この程度の間者が抹殺されたくらいで計画を変えはしま
 いとゆー、俺なりの計算が有るのだ。
 道阿弥(どうあみ)は、良くも悪くも、古き忍軍と見た。

「己がどの程度の存在か気付いたか?」
「………そやねー。ウチも所詮…………兄者の捨て駒やもん………」

 凛が寂しく呟いた。
 兄者?
 誰かの妹なのか?
 だが、『百地』の調べでは……あてになんねーのか。

「………よー解かった。ウチの力で、生き残るしかないんやな……」

 凛の瞳に、光が戻った。
 覚悟を決めたらしい。
 だが………。

「………しゅっ!」

 懐に忍ばせておいた陰袋から、差羽(さしば)を抜き投げ!
 充分溜めて捻りを加え、空気中の水分を利用して発火させる。
 楯岡特製の飛針には、二種類の投擲法があるのだ。
 一つはいつも使う、人体に着弾させて発火させる方法。
 もう一つが今使った、空気中で発火させて着弾させる方法だ。
 破壊力や貫通力は人体着弾より上だが、敵の身体に刺さった頃には燐が燃え尽きている。

「ひっ!?」

 足元に着弾した青く燃える飛針を見て、凛が軽く悲鳴を上げた。
 このよーに、フェイントとかこけおどしにしか使えない、綺麗だがわりと情けない投擲法だ。
 だが……。

「……………よっ♪」
「………え?」

 一瞬しか気が引けなくても、その一瞬があれば充分間合いを詰めることが出来る。
 右腕に(みさご)を装着しつつ、凛の顔面目掛けて跳躍!

「ちぇい!」

 ごきぃ。

「がふっ!?」

 凛の顎に、俺の飛びつき膝蹴りがヒットした。
 回していた流星錘(りゅうせいすい)が、力無く地に落ちる。
 さらに!

「……よっと」

 宙で身体を入れ替えて、凛の腕に絡みつく。
 己の膝で凛の肘関節をホールドしながら、そのまま二人で倒れ込む。

 ぐちゃっ。

「………あ……………あ…………?」

 着地と同時に凛の左腕が、曲がってはいけない方向に曲がっていた。
 楯岡流、郭公(かっこう)
 飛び膝から肘関節極枝(きょくし)の連続技。
 大した技じゃない。

「痛いか?」
「………痛い………わい!」

 おっ?
 肘に極枝を決められたまま、凛が前転して抜け出した。
 自分の左肘を捨てた、ナイスな脱出方法だ。
 本来なら逃がさないで、そのまま腕をねじ切るんだが……。
 それじゃ、後から大変だもんな。
 接着とか。

「……くっ!」

 凛が背中を見せて逃げ出した。
 とても敵わないと思ったのだろう。
 当たり前だ。
 俺は……『楯岡』なのだから!

「甘い」

 逃げだす凛と距離を詰めて、腰に手を回す。
 勿論(みさご)(かぎ)爪は、既に突出させていた。
 ほんのちょっとな。

「ぐっ!?」

 腹部に激痛が走ったのだろう凛が、逃走の動きを止める。
 この程度で済むと思うなよ!

「でぇい!」
「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 左腕刀を凛の側頭部に叩き込みながら、同時に(みさご)を引き抜く。
 鈍い感触と共に、凛の腹部が切り裂かれた。
 内臓零れ落ちないだけマシだと思え。
 半回転して、凛が頭から倒れ込んだ。
 みっともなくスカートがめくれ上がり、大股開きでパンツが見れた。
 いや、それが目的じゃないんだけどよ。

「おらっ」

 踵を中心にステップして、凛の上に馬乗りに成る。
 心ときめくシチュエーションだ。

「………はっ……………はっ……………」

 凛の薄い胸が隆起する。
 腹部を押さえた指の間から、鮮血が零れ落ちていた。
 傷は内臓までは届いていないだろう。
 そのように調節したのだから。

「覚悟を決めたくらいで、勝てる相手だと思ったか?」

 見下ろした凛が、うっすらと笑った。
 左内腕刀でずれた眼鏡を、指で摘んで優しく直してやる。
 この眼鏡は、凛のトレードマークだもんな。
 最後くらいきちんとしてやんなきゃ。

「勝つ気で……なんか………ない………もん………。逃げよーと…………しただけ………やのに……」
「逃がすわけねーだろ」

 俺も笑って見せた。
 凛も解かっていたのだろう。
 これから自分が、どんな運命を辿るのか。

「………はよ……やらんかい」

 にこっと笑う凛。
 だがそれは間違いだ。
 俺を……俺達を騙した代償。
 一思いに晴らしてやるほど、俺は優しくない。
 俺に出来た義理じゃないんだが。

「ああ。じゃーな、凛」

 肩の上に隠して縫い付けておいた陰袋から、一番長い飛針を取り出す。
『楯岡』特製飛針は、三種類あるのだ。
 太さは同じだが、長さによって用途と破壊力が違う。
 牽制や動きを止めるために使う、差羽(さしば)
 長さは約5cm。
 一番使用率が高い。
 そして、筋肉組織や腱に打ち込み、その針身を溶かして牙を破壊する雀鷂(つみ)
 長さ約3cm。
 短くて持ち辛いので、あんまり使わない。
 そして今持っているのは……長さ、約10cm。
 貫通力は落ちるものの、『楯岡』の飛針最強の破壊力と最長の燃焼時間を持つ。
 その名を狗鷲(いぬわし)
 逆手に持って、凛の額に照準を合わせる。

「………あの世で……待ってるわ……。楯岡大河……」
「そんなトコにはいかねーよ」

 ざしゅ。
 ぼふぅ!

 青白い火柱が、凛の顔面から上がった。
 危なく俺の頭が、パンチパーマに成るところだったぜ。
 指から焦げ臭い匂いが立ち上る。
 あつあつ!
 (みさご)が無ければ、焦げ臭い程度じゃ済まない。

「…………………た、大河………………?」

 今まで事の成り行きを見守っていた康哉が、恐る恐る近付いてきた。
 だが、近付いてもらっちゃ困る。
 仕上げはこれからなのだ。

「康哉っ!!!」

 振り向き様に、狗鷲(いぬわし)をもう一本抜き撃ちする。
 あとからまた親父に怒られるな。
 あんまり気安く使わないでくれないかって。
 狗鷲(いぬわし)は使用する燐が多い分、精作には繊細な工程が必要らしい。
 あのデカくて太い指で、繊細な工程なんか可能なのかって疑問も残るが。

「………な!?」

 度重なる衝撃の真実暴露大会に、康哉の反応が遅れた。
 普段なら、そんな事も無いのだが。
 それだけショックだったのだろう。
 呆然とした康哉の後方で、我校自慢の巨木に青白い炎が点灯した。

「………?」

 その炎が……見る見る間にでかくなって行く。

「………な?」

 惚けてる場合かよ。
 新緑の季節が訪れきったとはいえ、数百年の巨木だ。
 乾いた表皮が徐々に燃え盛り、やがてその身を紅蓮の炎が包み込む。

「き、貴様……何を?」
「出るぞ!」

 俺の声と同時に、学園生告白御用達の巨木から人影が飛び出した。
 この木が燃えようと、俺の知ったこっちゃねー。
 校門そばの木の下で、告白する奴の気が知れないからだ。

「………シッ!」

 瞬時に判断した康哉が、飛び出した人影目掛けて苦無を放った。
 遠投だが、それを感じさせない投擲速度。
 さすが同年代最高スペックと言われただけのことは有る。
『楯岡』の俺を抜かせば、だが。

「………」

 人影は無言で苦無を弾いた。
 愛想の無いヤロウだ。
 ま、名も無き監視役に、愛想を期待する方が間違いか。

「追うぞ、大河!」
「やめとけ。追いつかねーよ」

 その通りだと悟った康哉が、歩みを止めた。
 康哉や俺を持ってしても追いつかない速度で、人影は走り去って行く。
 とてつもない速度だ。

「あの監視役は誰だ、凛?」
「……………」
「た、大河……? 藍田は……生きてるのか?」

 今だ凛に馬乗りになった俺の元に、康哉が近付いてきた。
 さっきは監視役が居たから、康哉を近づけたくなかったのだ。
 康哉、すぐ顔に出るから。

「………死んでるもん………」
「ああ。俺が殺したからな。『草』としての藍田凛は」
「………どう言うことだ?」

 康哉が凛を覗きこんだ。
 そこには……瞳に涙を浮かべた、凛が映ってる筈だ。

「言ったとーりだ。『草』としての凛を殺した。そーゆー風にあの監視役も伝えるだろ」

 地面が狗鷲(いぬわし)の熱で焦げ臭い。
 立ち上った青い炎は、凛の顔面を焼いたように見えたはず。

「……そんなん……すぐにばれるて……」
「ま、ばれる頃には……道阿弥(どうあみ)が消滅してるから気にすんな」

 俺は涙を流してる凛を見下ろして、にっこり微笑んだ。
 嘘じゃない笑み。
 俺は『草』を殺したのだ。
 それは『楯岡』の禁を破ったことになるのかもしれない。
 いや、ならねーか。
 俺んちの掟は、結構アバウトだからな。

「なんのために……そんな事をするのだ?」

 康哉が凛を見ながら話しかけた。
 俺に聞いてるのか凛に聞いてるのか……。
 それとも、自分に問い掛けてるのかもしれない。
 これからの凛の処遇を。

「戦いに敗れた忍びの運命なんて決まってんだろ。特に女は」
「…………アンタ……まさか………」

 凛が腹を押さえながら呟いた。
 そろそろ腹部の出血も止まるくらいだ。
 そのように手加減しておいた。
 薄皮一枚剥いだだけだからな。

「あたりきよ。ものいごっつエロい仕置きが待ってると思え。しかもアダルトビデオにして店頭に並んで、俺の
 お小遣いに成る」

 がっ。

 妙な動きをした凛の顎を、速攻で止める。
 あぶねーあぶねー。

「………冗談だから、舌を噛むのは止めろ」
「貴様の冗談は笑えん」
「………」

 顎を掴まれたまま、康哉の言葉にコクコクと頷く凛。
 ほっぺの肉が盛り上がって喋れないらしい。
 かなりマヌケな顔だ。

「いいか、もう舌噛むなよ?」
「………」

 凛がコクコクと頷く。
 無言の返事を確認して、俺は凛の顎から手を離した。

「仕置き担当は、康哉だから大丈夫。見掛けによらず、エロいけどな。しかも、超高校級のサドだし」

 がっ。

 再び舌を噛もうとした凛の顎を、慌てて止める。
 茶目っ気はこのくらいにしておいたほうが良いらしい。
 なんのために助けたか解からん事に成ってしまう。

「冗談だって言ってんだろ」
「………貴様………。誰が超高校級のサドだ……」
「突っ込むところは、そこじゃねーだろ」

 顎を掴まれて喋れない凛が、コクコクと頷く。
 康哉は憮然とした表情だったが、取り敢えず口をつぐんだ。

「………ん〜ん〜!」

 凛が何か言いたげに顔を振る。
 その度に頬肉が潰れて……なんか楽しいぞ。
 妙な性癖とか出来そうだ。

「もう、舌噛まないか?」
「ひゃんはひゃ、ひょうなひょとひはひゃへひゃ、ひひゃはんひゃひゃひゃんひゃい!」

 おちょぼ口から、妙な生き物の鳴き声が聞こえてきた。

「ひゃんひゃん言われても、全然わかんねーよ」
「ん〜〜〜!」

 このままでは話しが進まないので、取り敢えず顎から手を離す。
 と言っても再び舌を噛まれ無いように、待機だけはしておく。
 敵を楽にしてやるほど、俺は甘くない。

「………はぁ…………いつまで掴んでんねん……」
「舌を噛もうとした、お前が悪い」
「……アンタが妙な事、ゆーからやろ……」

 俺の下で、薄い胸が隆起する。
 身体のあちこちが痛いだろうが、なんとか耐えてるらしい。
 さすが忍者。
 弱いけどな。

「………なんで?」
「あん?」
「……なんで……ウチの事、生かすん?」
「あたりめーだろ! なんで俺が……『楯岡』たる俺が、敵を安らかにしてやらなきゃいけねーんだよ。俺は
 そんなに甘くないっつーの。お前は『百地』に引き渡す」
「……そか」

 凛が諦めの表情を浮かべた。
 ま、そーだろーな。
 敵に……『百地』に引き渡された忍びの末路など、想像するのは容易い。
 大抵拷問されて情報引き出されて、なますに刻まれてエンドだ。
 凛もそんな想像してるだろう。
 だが……。

「で、処遇としては、静流預かりになるだろーな」
「……………え?」

 静かに閉じられた凛の瞳が、ゆっくりと開いた。

「最初はギクシャクするだろ。静流だって騙されてた相手に、そうそう打ち解ける訳無いもんな。だが、お前
 の怪我は一人でトイレにいけないくらいにしといた。文句言いながらも、静流が世話する事に成るだろう
 な。ブツブツ言いながらも介抱する姿、目に浮かぶだろ?」
「あ、アンタ……何ゆーてる……」
「ま、お前らは単純だから、すぐに顔を突きつけて笑い出すだろ。で、また敵同士だった事を思い出して、
 そっぽ向くと。ま、お前の怪我が治る頃には、思い出すだろ」

 凛の瞳から、涙が溢れ出してきた。
 何故だかは解からないだろう。
 俺にも解からん。

「………あはっ……………あははっ…………」
「お前らが、友達だってこと……な」

 ただ一つ分かる事は……。
 凛が、悩んでいた事だ。
 普段、ふと見せる憔悴した表情。
 あれは騙している者に感情を寄せてしまった、哀しい人間の顔。
 泣きながら笑う凛を見てると、そんな風に思う。

「最初はギクシャクするだろーけどよ。友達だろ?」
「……………え?」
「だろ?」
「………わか………解からん………解か……らん……もん……」
「解からなきゃ、解かるまで一緒に居ろ」
「………ううぅぅぅ〜〜〜」

 本当は、凛の中でも答えが出てるのだろう。
 でなければ、俺の前に姿を現すなんて愚行はしまい。
 凛は望んでいた。
 自分を止めてくれる……静流を助けてくれる人間を。
 だが、自分でも気付いていないから、濡れた瞳を手で覆っているのだ。
 俺には解かる。
 理解出来た。
 俺達は似た者同士だから。

「後は頼む」

 俺は康哉にそう言って、凛の上から飛び退いた。
 凛は顔を隠したまましゃくりあげている。
 泣いてる女は苦手だ。
 康哉に押しつけるのが一番だろう。

「……貴様はどこに行くのだ?」
「きまってら。おうちに帰る」

 帰って、あのトボけた秘忍書(ひにんしょ)を手に入れなければ。
 おそらく物置のどっかにしまってあるはず。
 忍びの至宝にしては、ぞんざい過ぎる扱いだが。
 その前に……親父とひと悶着有るな。

「俺も……行くぞ。大河」
「お前は凛を頼む。逃げ出さないように押さえつけとけ」
「………何故貴様は……いつも一人で………」
「静流に……謝らせてやらなくちゃな。凛のこと」

 俺は片手を上げて、二人に背を向けた。
 心の中で、康哉の言葉が響く。
 いつも一人……か。
 朝日が眩しいねぇ。



        END





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