部屋の隅に置いてあったクローゼットから、久し振りに黒装束を取り出す。
 なんだか忍者っぽくて非常に恥ずかしいんだが、今回はしょうがない。
『楯岡』特製の黒い忍び装束は、到る所に鋼糸を張り巡らせて防刃効果を高めてある。
 あまり着たくないんだが、しょうがねー。
 俺の力だけで、この事態を乗りきれるかどうか解からないんだ。
 ご先祖様の知恵やら力やら、フルに利用させてもらおう。
 黒の装束を身に(まと)い、脛に脚甲を装備する。
 人の身体を蹴っても痛くないようにだ。
 いくら鍛え上げた俺の脛でも、何人を相手にするか解からない状況では、万全を配しておかなければ成る
 まい。
『楯岡』と、道阿弥(どうあみ)……。
 お互い歴史の闇を(まと)った存在でも、接触するのは初めてだと思う。
 少なくとも俺は初めてだ。
 知らず知らずのうちに、緊張が身体を支配する。
 力を抜こうと思っても……。
 額当てを装着する指に、力が篭る。
 良くない兆候だ。

 こんこん……。

 ん?
 朝日を反射したドアが、軽く震動した。
 
「はいよ」
「入るよ、大河君」

 朝の静寂を破って入ってきたのは、この居城に住む大巨人。
 エプロン装備の親父だった。
 ピンク色のエプロンが、朝日に反射して眩しーのなんのって。
 親父は俺の許可を待たず、勝手にドアを開けて入ってくる。
 思わず緊張した。
 足元に置いてあった、サンドバッグを思わず足で隠す。
 気付かれてねーわけはねーが、一応な。
 なんせこのバッグは、長さが1m以上有るのだ。
 忍刀くらいなら、充分収納出来るサイズ。
 隠そうと思っても、隠れるもんじゃない。

「あんだよ?」

 ドアに視線を移すと……親父の後には、緋那と蓮霞、それにレイナが立っていた。
 いまんとこの、家族全員だ。
 そいえば、まだ新しいお袋を見てないな。
 ………見ないで終わりかな?

「そんな恰好で、どこか出かけるのかな?」
「解かってるだろ?」

 親父のトボけた質問に、思わずイラついてしまう。
 昨日の夜の事。
 そして、今朝の凛との弱いものイジメ。
 親父が知らないとは思えない。
 親父の部屋に侵入して、秘忍書(ひにんしょ)を持ち出してるしな。
 ま、秘忍書だけじゃねーけどよ。

「八つ頭峠まで行くんだって?」
「………なんでそこまで知ってる?」

 俺は話していない。
 誰がばらしたか知らんが、迷惑な奴も居るもんだ。

「朝早くから、ご苦労だね」
「ああ、まったくだ」

 本当なら、今ごろ飯を食って学園に出かけている頃なのに。
 蓮霞に急かされながら、レイナと親父に見送られて……。
 緋那と康哉と……静流とバスに乗って。
 そんな日常だったはずなのに。
 一つ歯車が狂うと、こんな面倒臭い事になる。

「静流君を、助けに行くんだね?」
「……ま、そんなとこだ」

 親父の背後で、緋那が安堵の表情を浮かべた。
 どーやら事情を知ってるらしい。
 だが……。
 次の親父の一言で、背後の貧乳3人組みの表情が凍りつく。
 無論、俺も。

「行くな、大河……。それが『楯岡』の総意だ……」
「……な………に?」

 今の親父は親父でなく……。
『楯岡』の頭首、楯岡道座。
 てゆーか、そのピンクのエプロンは外して来いよ。
 緊迫した場面なんだから。


















           第二十話 『血風と血溜まりの中で笑う馬鹿な俺達』













「お、お父さん?」
「……父……さま?」
「マスター……。ひドいデス〜」

 口々に三人組みが親父を非難する。
 だが親父は聞いていない。
 じっと俺の目を見据えている。
『楯岡』モードの親父だ。
 怖い事この上ない。

「何故……でしょう?」

 俺も思わず敬語になった。
 決められている訳ではない、俺の約定だ。
『楯岡』モードの親父には、敬語を使うと昔から決まっている。
 別に敬っている訳ではない。
 親父の……楯岡道座の持つ迫力が、俺をそうさせるのだ。

「今現在、『百地』は正念場を迎えている。それは時代の移り変わりに寄るものかも知れん」

 背後に居る家族を気にも留めずに、親父は『楯岡』モードで話し続けた。
 それがどんなことなのか……。
 俺には理解出来る。
 そんな事態を招いたのは、誰も無い。
 俺なのだ。

「時代の?」
「大河。我々の使命はなんだ?」

 俺の質問に答えずに、親父が問い掛けて来た。
 聞いても答えてくれないって事は、自分で考えるしかないって事だ。

「我々の……使命?」
「言ってみよ」

 我々ってことは、『楯岡』のことだろう。
 幼い頃から、数えきれないくらい唱えた『楯岡』のお題目。
 忘れるわけがない。
 俺が『楯岡』に成った日から、この身体に刻み込まれている。

「私利私欲の為に、己の牙を振るう忍びを撃つ事。それが『楯岡』の使命です」
「その通りだ。では問おう。道阿弥(どうあみ)衆は、私利私欲に走っているのか?」
「なっ!?」

 今まで考えた事もなかった事実が、俺の身体を貫いた。
 道阿弥(どうあみ)衆は、俺の的。
 そうとばかり思っていた。

「今、歴史が動こうとしているのかも知れん。確かに『百地』は窮している。情報伝達もままならず、頭首の
 娘も攫われた。『百地』の重鎮どもも、なにやら画策しているらしい」
「……………」
「だがそれは、歴史の変動の中では良くある事。『百地』が落ちようとも、それが歴史の意思なのだ」

 親父の話しの最中、静流の顔が思い浮かんだ。
 必至に『百地』を支えようと、己を犠牲にしている静流。
 笑顔の中に隠された、暗い影。

「『百地』が落ちるなら、それはそれで良い。我々は『百地』を守るために存在して居るわけではないのだか
 ら。『百地』に代わる勢力が、今まさに生まれようとして居るだけの事。道阿弥(どうあみ)衆が忍びを統一するなら、
 それはそれで良い」

 本当は……忍びなど……『百地』など辞めたいだろう。
 静流は、そう思っていたはずだ。
 それを、俺が攻めた。
 あの時……静流の流した涙。
 自分が懸命に守ってきたものを……。
 誰でもない、俺が攻めた。

「我々は、歴史に介入してはならん。それが闇の歴史であろうとも」
「……………………」

 肩に。
 腰に。
 足に。
 懐につけられた、飛針の収まる陰袋。
『楯岡』の忍具。

「それが『楯岡』だ。解かったな、大河。『楯岡』の大河」

『楯岡』の名前が重く圧し掛かる。
 楯岡道座の言わんとしていることは良く解かる。
 後に居る娘さん達も、口を挟むことが出来ない。
『楯岡』の事情を知ってるのかどーかは知らんが、親父の言うことは正論なのだろう。
 だから誰も……何も言えない。
 この状況で、俺が……『楯岡』がすべき事は一つ。
 なにもしない事。
 それは解かっている。
 だけど……。
 だけど。

「わからねーよ」
「……………………な………に?」

 親父の顔に、鬼気が宿る。
 俺達の間に、緊迫した空間が展開した。
 親父と戦って、無事で済むとは思えない。
 だけど。

「親父の言ってる事は理解出来る。理解出来るけどよ……」
「なら……」
「解かるわけにはいかねーんだよっ!」
「貴様! 『楯岡』としての使命を……」
「なら俺は、『楯岡』を捨てるっ!!!」

 身体の各所についていた、飛針の収められた陰袋(いんたい)を引き裂いて床に叩きつける。
 幼い頃から叩き込まれた、『楯岡』の陰忍。
 その要となる飛針を、初めて投げ捨てた。
 これで……俺は『楯岡』の的になった訳だ。
 なんたって、私利私欲に走ろうとしているんだからな。
 己の根底を覆す暴挙と言えよう。
 だけど、後悔なんか無い。
 だってよ……。

「………貴様。それがどういう事か解かっているのか……?」
「解かってたら、こんな事しねーよ」

 足元に隠しておいた、サンドバッグを拾い上げる。
 中には親父の部屋からちょろまかした、秘忍書が多数収められていた。
 ついでだよ、ついで。
 禁を破るなら、派手に行かなくちゃな。
 こんな事態を、予想していなかったわけじゃない。
 それでも……。

「……『楯岡』の的となるか、大河……」
「やるんなら早いトコやろーぜ。あまり時間がねーんだ」

 勝てるわけは無い。
 帰って来てからの組み手でも、一本も取れなかった。
 俺と楯岡道座では、そのくらい戦闘力に差が有る。
 だけど、ここで大人しく引き下がるわけにはいかないんだ。
 だってよ……。

「………ワシが手を下すまでも無い。貴様の死は確定しているのだから」
「……………?」
「見よ」

 親父が、ピンク色のエプロンと白いTシャツを、同時にめくり上げる。
 何してやがんだ、この露出狂!
 と思ったが……。
 眼前に映った光景に、思わず息を飲む。
 親父の……楯岡道座の右脇腹が……抉り取られている?
 そうなのだ。
 親父の右脇腹は、コップで粘土を削ったが如く抉り取られていた。
 腹筋付近の約四分の一が、消失している。
 これで……人が生きられるのか?
 そんな素朴な疑問が沸いて来る。
 それは後に居たみんなも、同じだったのだろう。
 口を押さえたまま、息を飲んでいる。
 傷口を見ると、その異様さがありありと伝わってくる。
 抉られているだけで無く、周囲の皮膚が焼け(ただ)れていた。
 一体、どんな攻撃を受ければこんな傷が………………攻撃?
 何故俺は……そんな風に思った?
 その疑問を察したかのように、親父が静かに口を開く。

「これが、道阿弥(どうあみ)衆総帥……。山岡影友(かげとも)の力だ」
「……………」

 親父と山岡影友の間に、接触……戦闘が有ったのか……。
 なんとなく、お袋が死んだ原因が解かった気がした。
 想像にしか過ぎないけど……おそらく。

「それでも『楯岡』の的となり、貴様より技量の優れた道阿弥(どうあみ)衆総帥に挑むのか? 戦場に向かうと言うの
 か? 確実な死地に?」
「ああ」

 ピンクのエプロンをめくり上げた、マヌケな『楯岡』の頭首の脇をすりぬける。
 お袋の形見のサンドバッグが、重く肩に圧し掛かった。
 親父に……楯岡道座に、これほどの傷を負わせる忍者。
 俺が勝てるとも思えない。
 だけど……それでもよ。
 だってよ……。

「あいつが待ってるからな」

『百地』が、じゃない。
 静流が俺を待ってる。
 うぬぼれてるかも知れんが……。
 あいつは俺を待ってるはずだ。
 俺を。

「………大河君」

 脇をすりぬけた時、ぽつりと親父が呟いた。
 鉄拳でも飛んでくるかと思って、身構えていた俺の力が抜ける。
 楯岡道座から親父への、変化が早いっつーの。

「あんだよ?」
「静流君は……刃の下に……居るのかい?」
「………ははっ♪」

 思わず笑みが零れた。
 楯岡の、もう一つの命題。
 己という刃で守れるもの。
 それを見つけるのが、『楯岡』もう一つの宿題。
 世の中を守る事に比べて、あまりにも難しい探しものだ。
 多分、親父や貧乳三人組みが期待してる答えはあるのだろう。
 だが、それを免罪符代わりには使いたくない。
 そのくらい重い問いかけなのだ。
 俺は……静流をどう思っているのだろう?
 解からないから……。
 だから、笑いながら答えた。

「さーな」

















「遅いぞ。この時間では急がねば……約束の時間には間に合わない」

 ……………。
 ペンションの玄関を出たところで、電柱にもたれ掛かる奴が居た。
『百地』特有の、黒い忍び装束に身を包み、腕組みしている男。
 忍び装束だけで無く、額当てに手甲に足甲と装備はバッチリだ。
 ………いや。
 普段は腰に結わえられていた、二本の忍刀が装備されていない。
 まだ自分が許せないんだろう。
 奇遇だな。
 俺もなんだよ。

「てゆーか……なにしてんの、お前?」

 俺の問いに、康哉が顔をしかめた。
 静流の……『百地』の守護たる、石川康哉。

「俺も行く」
「くんな」

 康哉を無視して、歩を進める。

「そうはいかん。貴様にこのような重要な任を、任せるわけにはいかない」

 俺の後ろを、康哉が着いて来た。
 ひよこか、お前は。

「例え……それが『楯岡』であろうとも……」
「あ、俺、もう『楯岡』じゃねーから」
「なに!?」

 海まで続く坂道を、たらたらと歩きながら下っていく。
 八つ頭峠はここから、全力で走っても数時間。
 今からなら、ぎりぎりだな。
 どーでもいいけど……。
 八つ頭峠の『八』と、約束の時間、八時の『八』は掛けてあるのか?
 くだらねー事思いつくな、道阿弥(どうあみ)も。

「………何故だ、大河?」
「お前と同じだよ。俺は『楯岡』失格だからな」

 なんたって、私利私欲に走ろうとしてるんだ。
 助けるべきで無い静流を助ける。
 それがなんでかは、俺にも解からん。

「そうか……。大河」
「ん?」

 愁傷な声で呼びかけられて、思わず振り返ってしまう。

 ばぎっ!

「ぐはっ!?」

 そこに、康哉のパンチが飛んで来た。
 的確に俺の頬骨を打ち抜く、良い打撃だ。
 気を抜いてたんで、思わず食らってしまった。
 パトロンに蹴り飛ばされた温泉芸者よろしく、アスファルト道路に倒れ込む。

「な、なにすんのよっ!」
「………気持ち悪い言葉遣いは止めろ」

 そう言いながら、康哉は俺の脇からサンドバッグを拾い上げた。
 あ、それ、大事なのにー。
 返してよっ!

「てゆーか、なにしやがんだ!」

 気とキャラを取りなおして、立ちあがる。
 手を差し伸べられるのを待っているほど、俺はリリカルじゃない。

「俺を……騙していた代償だ」
「………意外と根に持つな、お前……」
「当たり前だ。貴様は昔から俺を騙していたのだぞ。この程度で済んだのを感謝しろ」

 そう言いながら、康哉の頬が弛んでいく。
 つまり……これで、チャラってことか?
 甘いな、康哉も。

「後は……静流様にも殴ってもらえ。騙していた代償だ」

 康哉が衿から黒い布を引き出して、口を覆った。
 オーソドックスな忍者スタイルだが、俺は騙されないぜ。
 俺に笑みを見られたくないが為だろう。
 素直じゃねーのは、俺達共通だな。

「ごめんこうむるな。あいつのパンチは痛てーんだ。お前も一回食らってみろって」
「常に貴様が悪い。自業自得だ」

 二人で、海までの坂道を下る。
 並んで静流を迎えに行くのだ。
 懐かしい間隔が甦る。
 俺は……一人じゃなかった。
 昔も、今も。

「康哉」
「なんだ?」
「お前、着いて来るなら、荷物くらい持てよ」
「………了解した」

 康哉が笑いを噛み殺して、俺のバッグを握りなおした。
 俺も弛みそうな頬を押さえる。
 並んで静流を迎えに行くのだ。
 昔のように。


















「なんの妨害も無かったな」

 今見上げている小高い山が、いわゆる『八つ頭』峠だ。
 既に天頂に上った月の光が、雑木林の間から漏れてくる。
 ここが八つ頭峠。
 この地に住む忍者にとっての、禁忌の地。
 なんとか戦争の時は、『百地』の忍びが幕府の偉いさんを匿ったとか。
 忍者にとっての禁忌の地まで招かれた幕府の偉いさんは、その後亡くなったらしい。
 老衰で。

「……ま、招いた………方が………ぼ、妨害して………妨害して………どうする………」

 俺の背後で、息も絶え絶えの康哉が突っ込んできた。
 そんな突っ込みはいいから、まずは休めよ。
 ………と、思ったが、一応突っ込み返してみる。
 さっき殴られた仕返し♪

「なんで息切れてんだよ。たった10時間程度疾走しただけで」
「………う、五月蝿い。ば、馬鹿者……が……」

 ひでっ!
 せっかく人が、心配してやってるのに。
 あ、訂正。
 せっかく人が、心配しているフリしてからかってるのに♪
 これだけ時間を置いても、康哉はまだ肩で息をしている。
 さすがに、辛かったか?

「き、貴様には………呆れる………」
「なんでだよ?」

 徐々に康哉の呼吸が整ってきた。
 うむ、それでこそ同年代最高スペックと呼ばれた男。
 俺を抜かせば、だが。

「あの速度で………長時間走り………抜けるとはな……」
「誉めるなよ」
「……誉めてなど……いない」
「んじゃ、誉めろよ」
「……お断わりだ」

 どうやら復調したらしい。
 康哉の息が整ったのを見計らって、峠を上り出す。
 人の踏み入る事の無い峠に道など無く、獣が歩いた足跡だけが残っているだけだ。
 それでも俺達には、丁度良い歩行スペースになる。
 少しだけ速度を上げて、歩を進めた。
 都合良く八時に成ったからだ。
 途中でスパート掛けた甲斐があったぜ。
 あの走りに着いて来れる康哉も、大したもんだと思う。
 康哉には内緒だが、俺は『小天狗疾走術』という陰忍を使用していた。
 独特の呼吸法で、最高スピードを長時間持続できる。
 普通に走ってたら、俺も息が切れただろう。
 途中でバスに乗りたくなったし。

「その調子で、俺達を謀っていたのだな?」
「ん?」

 峠を上りながら、康哉が背後から尋ねてくる。
 敵地に潜入する忍びとしてはあまりに無防備だが、今回はお招き頂いたわけだしな。
 なんの問題もないだろう。
 木々の間から洩れた光が、俺達の道筋を照らし出す。
 一般人にとっては暗闇だろうが、俺達は忍者だ。
 この程度の明かりがあれば、エロ本だって堪能できる。
 主に、砂浜で拾ったエロ本だが。
 甘酸っぱい思い出だ。

「あの走り……。俺が必死に走って、ようやく着いていける程度だった。しかも貴様、俺の速度に合わせてい
 ただろう?」

 あ、ばれてら。

「幼少の頃から、いつも思っていた。貴様は全力で戦っていないと」

 あ、ばれてら、つー。

「修錬過程時、貴様は誰にも勝てなかった。逃げてばかりいたのだからな。『五遁(ごとん)の大河』は」
「あーそのとーり。誰にも勝った事無いぜ。お前にもな」
「だが……負けた事も有るまい。俺も、貴様に勝ったためしがない」

 やっぱり、負けるべきだったか?
 だけど、木刀や刃落としの槍で殴られるのは、痛くてよ。
 いちおー、プライドってものも有ったし。

「が、道座殿の話しを聞いて納得した。貴様が実力を出さなかった理由がな」

 あの親父……事細かに説明しやがって。
 てゆーか朝、俺がお着替えしてるときに、情報交換してたんだな。
 二人で。
 最初にばらしたのは俺なのだが、そんな事も忘れて呪詛を親父に送信する。
 と、同時に、ある考えも湧いてきた。
『百地』に一番近い康哉に、『楯岡』を説明すると言う事。
 それはすなわち……。
 全てが終わった時、『楯岡』は闇に潜る事になる。
『伊賀崎』の名を捨て、顔や経歴も変えて……。
 緋那や蓮霞を連れていく訳にもいかないので、家族は離散だな。
 俺は……どうなるだろう?
 仮に、この戦いに生き残ったとしても……親父に殺されること、必須。
 道阿弥(どうあみ)に寝返っちゃおうかな?
 ほしたら静流も助けられて………ヤバイヤバイ。
 ちょっとした無駄思考だったのだが、それがベストな気がしてしまった。

「だから俺は貴様が嫌いだ。どのような理由が有ろうとも、全力を出さない貴様がな」
「心配すんな」
「……?」
「俺の全力なら、今から見れる」

 獣道が、少しだけ開けた。
 と言っても、広場ってほどじゃない。
 密集していた木々が、少しだけまばらになった程度。
 それでも……。
 多人数による襲撃条件としては………申し分無い!

「………セッ!」
「なに!?」

 康哉を突き飛ばしつつ、横に飛ぶ。
 さっきまで俺達が歩いていた地点に、一本の苦無(くない)が刺さった。
 なにやら紅い布が括り付けられている。
 自分が襲撃された事を理解して、康哉が転がりながらも迎撃体勢を取る。
 苦無(くない)を胸前に構え、気配を探っている。
 だが……無駄だろう。
 今の俺でも、敵の気配などは感じられない。

「………敵か?」

 それ以外、なにがあるってんだよ?
 だが、ニの矢は放たれてこなかった。
 その代わり……前方の木の上から、一人の黒装束が降ってくる。
 身長160cm程度の、小太りな男。
 俺の記憶に、該当する人物は居ない。
 黒頭巾で顔を隠しているのも、個人判別出来ない要因だ。

「始めまして。楯岡様に石川様。藤堂代虎と申します。以後、御見知り置きを」
「あ、こりゃどうも、ご丁寧に。伊賀崎大河こと、『楯岡』の忍びで御座います」

 男……道阿弥(どうあみ)衆軍師、藤堂代虎(とうどうしろとら)と同時に頭を下げた。
 俺の脇で康哉が、冷ややかな視線を俺に向ける。
 ………俺だけに、かよ。
 藤堂は俺たちを見て、面白げな表情を浮かべながら話し始めた。
 その間も康哉は、周囲の気配を探っている。
 無駄だって。
 藤堂はおろか……周囲に配置されている忍軍全て、『影落とし』とかって陰忍使用中だろうからな。
 人の気配を消し去る、やっかいな陰忍。

「早速で申し訳無いのですが、秘忍書は御持ちいただけましたか?」

 穏やかな表情で、藤堂が訪ねてきた。
 だが……その下卑た笑いに、吐き気を覚える。
 俺の一番苦手な……一番許せないタイプの人間と見た。

「ああ。俺の荷物持ちが、大事そうに背負ってるだろ」
「………貴様。誰が貴様の荷物持ちだ?」

 持ってるじゃねーかよ。

「では、頂きたいのですが」
「静流と交換だ。てゆーか、そもそも本当に静流はここに居るのか?」

 藤堂が地面を指差す。
 そこには、さっき投げつけられた苦無(くない)が刺さっていた。
 ………。
 なるほろ。
 この苦無(くない)に巻きつけられているのは、静流のリボンな訳な。
 しゃがんで、苦無(くない)を引き抜く。
 爆発でもするかと思ったが、そんな事も無かった。
 苦無(くない)に巻きつけられた幅広のリボンを、慎重に解いて匂いを嗅いでみる。
 なにも、毒物の匂いはしない。
 ………いや。
 血の………匂いだ。
 俺の中で、何かが沸き起こる。
 決して静流の匂いに反応したわけじゃない。
 それじゃ、変態確定じゃねーか。

「解かって頂けましたか?」
「どーせだったら、パンツとかブラジャーを脱がして持って来いよ。なんの楽しみもねーだろ」
「そのような破廉恥(はれんち)な真似を……。古い忍びと一緒にされては心外ですな」

 それは康哉も、同じ気持ちだったらしい。
 いつまでも匂いを嗅ぐ俺を、変態を見る目で睨んでいる。
 じょーくだよ、じょーく。
 20%くらい。

「では、秘忍書を渡して頂けますか?」
「やだね。静流と交換だっつってんだろ」
「それは、承服しかねます」
「………なんだと、貴様?」

 俺の代わりに、康哉が言った。
 康哉の中に、気が満ちてくる。
 まだ、はえーよ。
 どうせコイツとは戦闘にならんのだから。

「『百地』の娘は、我らが手の中で利用させて頂きますので、帰す事は出来ません。この場で必要なのは、
 石川様がお持ちの秘忍書と……」

 来るか………。

「『楯岡』の命のみ!」

 つまり、餌に釣られたわけだな、俺らは。
 まー、解かっていたけど……………よ、って!?
 藤堂の台詞が終わると同時に、周囲の木々を揺らすことなく黒装束が振ってきた。
 各々、得物を握り締めている事からも、決して友達になろうとしていないのが解かる。
 レイナが海岸で襲われた時と、同じタイプの黒装束。
 だが……………数が違う。
 おおよそ………300!?
 呆れてモノも言えねー。

「なっ!?」

 流石に康哉も目を丸くした。
 そりゃそうだろう。
 今まで気配を感じられなかった忍びが、突然降って来たのだから。
 しかもこの大人数。
 康哉で無くとも目を丸くする。

「これが道阿弥(どうあみ)衆、全ての忍びです」

 全勢力投入かよ。
 ま、有る意味、正解だな。
 10機や20機の忍者では、俺達は止められない。
 それにしても……300とわ。
 いい加減にも程がある。

「勿論、忍軍全員に『影落とし』使用。大量生産の失敗作なので、命と感情は失われてしまいましたが」
「……………」
「まあ、『楯岡』を落とせば障害も無くなりますし……これからいくらでも増えますしね」
「…………………………」
「たかが雑兵など」
「……………てめえ………」

 やはり俺の嫌いなタイプだった。
 生死を共にする筈の仲間を、雑兵呼ばわり………。
 許せない。
 許せるはずが無かった。
 敵には敵の理論があり、俺はそれを無下にする事は無い。
 だが……こんな言いぐさだけは許せない。

「よーく解かった。道阿弥(どうあみ)衆軍師、藤堂代虎……………」
「死んで頂きましょう、『楯岡』。秘忍書は、肉隗と化してから奪うとします」
「今、貴様を俺の的と………」
「では」

 にんちきしつあられもあ………。
 俺の目の前で、藤堂が消え去った。
 ………決め台詞は、最後まで聞くのが礼儀ってもんだぞ、コンチクショウ。

「来るぞ、大河!!!」

 え〜?
 台詞が決まらないと、戦う気になんない〜。
 などと、愚痴ってもしょうがない。
 手に持った静流のリボンを下顔に巻く。
 紅くて派手だが、この際贅沢は言ってられない。
 口を覆った幅広のリボンから、甘い匂いがした。
 静流の匂い。
 俺の中で、何かが沸き立つ。
 欲望や殺気じゃない。
 なにか……。
 別の感情が。

「気を抜くな! 共打(ともう)ち開始だ!」
「ま、心配すんな。俺は主人公だから、こんな雑魚相手にやられたりはしねーよ」
「………貴様がなんの主人公だと言うのだ? ただの助平のくせに。静流様の髪巻きは、洗って返せ」

 ……………。
 あまりにも的確な突っ込みに、思わず肩を落としてしまった。
 テンション下がるわー。













「ハァッ!」

 一足先にダッシュした康哉の上段回し蹴りが、黒装束の首にめり込む。
 そんなに強く蹴ったら、首が折れちゃうだろ。

「………シッ!」

 両脇から振り下ろされた忍刀を屈んで(かわ)し、置きあがると同時に両裏拳が、鼻の急所にめり込む。
 さすが、康哉。
 一動作で、二人を(ほふ)るとは。
 って、見てる場合じゃないな。
 あっという間に、敵が康哉を囲んでいる。

「でりゃ!」

 康哉目掛けて、飛び蹴り!
 勿論康哉に当てるつもりではない。
 俺の動きを察した康哉が、身を屈めた。

「せぃ!」

 康哉の背後に居た忍びに、俺の足刀がめり込んだ。
 康哉の裏拳と違って、喉元を狙っている。
 俺は康哉ほど優しくねーんだよ。

「……はぁ!」

 そのまま康哉の背中を掴み、機械体操のあん馬よろしく旋回する。
 身体を入れ替えながら、周囲の敵の喉を足刀で掻っ切った。

「………………」

 声無く倒れて行く忍び。
 ニ旋回で6機撃破は、なかなかナイスな共打(ともう)ちだ。
 同時に康哉が伸び上がる。
 結果として、康哉の上で楽しく回っていた俺が放り出された。

「セェ!」
「だっ!!!」

 まだ地面で動いている黒装束に、康哉の下段突き。
 放り出された反動を利用しての、俺の前方回転踵落としが同時に決まった。
 体勢を立て直すと同時に、2機。
 わりと……俺と康哉の共打(ともう)ちも、いけるじゃん。
 こーゆー共打(ともう)ちって、気が合わないと駄目なんだよな。

「………」
「……………」

 視線を合わせることなく、背後の康哉と背中を合わせる。
 背後から康哉が腕を絡ませ、背中で俺を持ち上げた。
 裏一本背負いというやつだ。
 ま、俺を投げ捨てる訳では無いので……両膝を立てて衝撃に備える。

「ぜえっ!」

 康哉の投げの衝撃が、そのまま前方に居た忍びの頭部に伝わる。
 着地と同時に、鏡に移したような同じ動作での横っ飛び。

「りゃぁ!」
「セヤァ!」

 それぞれの右に居る黒装束に、上段蹴り!
 そのまま足首を首筋に引っ掛けて………。

「シッ!」
「せっ!」

 お互いの標的を、叩きつけ合う。
 子供の頃から、何度と無く繰り返した共打(ともう)ち。
 実戦で康哉と共闘するのは、初めてだが……。
 なにも言わなくても、お互いの動きが伝わる。

 ぶん!

 二人の間を、巨大な槍が擦り抜けた。
 そんな大物を食らうほど、俺も康哉もマヌケじゃない。
 傍から見たら、二人が切り裂かれたようにも見えるだろうが。

「おらっ!」
「セィ!」

 俺は上下同時突きで、忍びの顔面と股間を潰す。
 攻撃力を倍化させたのは、背後から突き刺さった康哉の肘だ。
 忍びが崩れ落ち、康哉と目が合う。

「……………」

 一瞬だけ、康哉の笑みを見た。
 多分、俺もにやついている。
 そのくらい、俺達の動きは同調しているのだ。
 二人で一つの生き物。
 それが共打(ともう)ちの極意だ。

「……!?」
「………しっ!」

 二人で見詰め合ってる地点に、巨大な火弾(ひだま)が飛んでくる。
 無粋なやろーだ。
 再び分裂した俺達は、両サイドに飛んで(かわ)した。
 巨大な火弾(ひだま)は、俺達の代わりに雑木を焼き倒す。
 火事にならなきゃいーが。

「なにっ!?」

 飛んだ先で、康哉が驚嘆の声を上げた。
 見ると、地面に膝までめり込んでいる。
 実玖の、『土犬』か!?

「てぇい!」

 一瞬にして敵に囲まれた康哉目掛け、一足飛び!
 敵を一人蹴飛ばしてスピードを殺しながら、康哉の首に身体を絡ませる。

「おおあぁぁぁぁ!!!」

 康哉が俺の身体を、薙刀のように旋回させる。
 肩から脇。
 脇から肩に俺の身体が移動し、両拳や足刀が周囲の忍軍を薙ぎ倒した。
 あ、なんか楽しい♪
 あらかた周囲の敵を薙ぎ倒して、康哉が俺の身体を着地させる。

「ふんっ!」

 その反動を利用して、康哉を地面から引き抜いた。

「貴様! 人を根野菜のように扱うな!」
「てめーだって、俺を宅急便の荷物のように扱ってるぢゃねーか!」
「なんだと!?」
「あんだよ!」

 ぶん!

 康哉の拳が俺の顔面を襲う。
 テンションが上がってるなぁ、俺ら。

「しっ!」

 康哉の拳を、しゃがんで(かわ)す。
 俺の顔面を擦り抜けた拳が、背後の敵を捉えた。
 俺の地擦り蹴りも、背後の敵の膝関節を破壊している。
 あと数瞬(かわ)すのが遅れてたら、康哉の拳は確実に俺の顔面を粉砕していただろう。
 恐ろしきことよ。
 立ち上がって、康哉と背中を合わせる。

「なぁ、康哉……」
「なんだ?」
「気付いてるか?」
「……無論だ」

 合わせた背中に、何か寒いものが走る。
 恐怖。
 多分、そんな名前の刃物だ。

「何機か致命的な攻撃を受けてるはずだが……」
「誰も倒れてねーってか?」
「………ああ」

 ただでさえ常識外の人数なのに、俺と康哉の共打(ともう)ちで倒れた忍びは、ただの一人も居なかった。
 いや、そうじゃない。
 倒れてはいるが、すぐに置き上がってくるのだ。
 レイナが海岸で襲われた時と、同じ状況だった。
 俺と康哉の攻撃力で、沈まない敵……。

「何故だと思う、大河?」

 会話の間も、敵が包囲の輪を狭めてくる。
 困りましたな、こりゃ。

「恐らく、道阿弥(どうあみ)衆の陰忍、『影落とし』だ」
「………影……落とし?」
「ダメージを瞬時に回復する、冗談みてーな、卑怯極まりない陰忍だ。どーする?」
「………それでか」
「なにがよ?」
「彼奴等……。心の蔵が動いていない………」
「なに!?」
「接触の際、感じたのだ。鼓動が……感じられん」

 感じたのか感じねーのか、どっちだよ?
 とか、トンチキな突っ込みをしてる場合じゃねー。
 前方から迫り来る忍びの一人に、聴覚を集中してみる。
 ……………………。
 ……………。
 なるほろ。

「確かに、動いてねーよな。心臓の音が、まったく聞こえねー」
「………この距離で、聞こえるのか?」
「そんなことに驚いてる場合か!」

 背中越しに、康哉の脇腹を肘で突く。

「……貴様。痛いぞ」
「対応策を考えないと、もっといてー目に合うぜ?」
「…………確かに」

 ま、しょーがねーか。
 殺さずの『楯岡』だが、俺は既に『楯岡』じゃねーしな。
 懐に忍ばせておいた(みさご)を取りだし、右腕に装着する。
 手首のリングを半回転させ、内包してある鋼糸を引き絞った。
 これで、どんなに動いても外れない。

「………大河?」
「なあ、康哉。お前、人を殺した事、有るか?」
「……………」

 俺の問いかけに、静寂が帰ってくる。
 少しだけ間が開いたあと、康哉が答えた。

「……貴様は………………………有るのか?」
「有る。二人ほどな」

 俺がまだ、『楯岡』に成る前。
 正確には俺が殺したわけじゃないんだが、俺が原因で死んだんだ。
 俺が殺したもどーぜん。

「………………………そうか」

 暗殺も、忍者の大事な任務の一つだ。
 だが現代の忍者は、法治国家に生きている。
 いかに特殊職とはいえ、殺人を犯せば官憲に追われる事に成るだろう。
 歴史の表舞台に出ない、人種以外を殺せば、だ。

「………俺は………無い………」
「殺す気、有るか?」

 康哉の背中に背負われた、サンドバッグを奪い取る。
 俺が中から取り出したのは……。
 二本の忍刀。
 差し出した康哉の瞳が、驚きで丸くなる。
猫爪(びょうそう)』と『熊爪(ゆうそう)』。
 石川流に伝わる、秘忍具だった。

「……これ………は?」
「『熊爪(ゆうそう)』と『猫爪(びょうそう)』のオリジナルだ。お前が持ってたのは、俺のご先祖様の誰かが作った、ただのレプリカ」
「………………」

 納得いかないらしーな。
 ま、そりゃそうだろう。
 自分の流派が持ってた秘忍具はレプリカだわ、大事に守り通した秘忍書は俺作だわ。
 自分のアイデンティティを根底から覆されてるんだもんな。
 俺もこんな状況じゃなきゃ、ばらすつもりは無かったよ。

「……………………」

 差し出した忍刀を………康哉が握り締める。

「殺す………訳では無い。彼奴等は既に死んでいるからな」
「そんなつごーの良い、解釈有るかよ」

 ま、それが真実なんだろうけどな。
 それでも………。

「重い(かせ)……。背負うぞ?」
「貴様が背負っているようにか?」
「……………ああ」
「それでも………」

 康哉が前方の忍びに飛びかかる!

 しゅん。

 剣閃が煌き、忍びの頚動脈から血が噴き出した。
 いつの間に抜刀しやがった……?
 使うべき人間が使うと、あれほどの威力を発するのか……。
猫爪(びょうそう)』と『熊爪(ゆうそう)』のオリジナル……。
 康哉に持たしちゃいけなかったかもな。

「生きている人間……生きようとしている人の方が、大事だ」

 振り返った康哉が、瞳を細める。
 お前の決意は、受け取った。

「ああ、そうだな」

 後方から襲いかかる黒装束に、裏拳!

 ごきゃ。

 (みさご)に頭蓋の砕けた衝撃が伝わる。
 手加減無しの一撃。
 心が……痛い。
 胸が引き裂かれんばかりの痛みを、必至に押し殺す。
 相手が死人とは言え、復帰出来るかもしれないんだ。
 そんな思いを打ち消す。
 藤堂の言った『失敗作』って言葉を、鵜呑みにするわけじゃねーけど……。

 ごきり。
 すしゃっ。

 目の前の敵を、静かに沈める俺達。
 どんなに言い訳しても、重い荷物は無くならない。

「いくぞ、康哉………共打(ともう)ちだ」
「応!」

 木立をすり抜けるように。
 二人で走り出す。
 二人で。




















「……………もーだめだ………」
「だ、だらしがない………た、たかが………318機程度の………程度の………敵で………」
「息も絶え絶えのお前に言われたくねー」

 地面にしゃがみ込んで、最後に残った大木に背を委ねる。
 あ―――――。
 疲れた………。

「ま、まだ………敵が………敵が………居るかも知れん………き、気を………抜くな………」
「………いーから休めよ」

 血だらけの手で地面をポンポン叩いて、康哉を誘う。
 肩で息をしている康哉は一瞬躊躇したが、それでも素直に従った。
 そうそう。
 次の敵の為、素直に休んどけ。

「………はあ………」

 腰を下ろした康哉が、大きな溜め息を着いた。
 流石に、限界だよな。

「それに……もう、敵なんか居るかよ」
「………まあ、それは………そう願いたい」

 二人で目の前に広がった光景を、ぼんやりと見詰める。
 死屍累々ってのは、こーゆーことなんだろうな。
 数を数えるのも面倒臭いくらいの死体が、戦闘で出来た広場に転がっている。
 無数の死体から流れ出た血液が、幾つもの細い川を作っていた。
 あの転がっている腕は、いったい誰の物なのか?
 引き千切られた足は、誰の物なのか?
 無造作に転がっている頭は、誰の物なのか?
 まったく解からない状態だ。
 血の匂いが鼻を突く。
 全身に浴びた返り血が、身体にまとわりついた。

「やはり………」
「ん?」
「やはり、死んでいたな……彼奴等」
「ああ。だけど、慰めにはなんねー」

 戦って解かった。
 やはりこの忍軍は、死人の集団だったのだろう。
 なんせ、首を刎ねられても動く奴まで居るんだからな。
 心臓止まってることくらい、大したことじゃ無い気がしてきた。
 推測に過ぎないが……死体が動く理由は、血液じゃないかな?
 大量に出血させると、その体躯を止めていたからだ。

「………確かに」
「ま、死人とは言え、敵を斬ったんだ。それだけの話しだ。戦うってのはそーゆーことさ」

 どんなに言い訳しても、重い荷物は無くならない。
 それだけは確実。
 俺も……康哉も、この先、普通に歩ける日は来ないだろう。
 それが実戦。
 戦うってこと。

「………なあ、大河?」
「あんだよ?」
「ずっと考えていたのだが………。貴様は良く、己の事を『主人公』と称するだろう。あれは、どんな意味な
 のだ?」
「……………」

 思わず肩が落ちる。
 あ―――――疲れた。
 戦ってる最中、ずーっとそんな事考えてたのかよ!
 ………と突っ込もうと思ったが、話しに乗る事にした。
 せっかく気分転換に、話しを変えようとしてくれてるんだもんな。
 かなり拙いけど。
 俺の重い気分を、察知してくれたのだろう。
 昔からそんな奴だ。
 無粋に見えて、意外に気遣う。

「こー考えた事は無いか?」
「ん?」
「人生……俺達が生きるって事は、人生って舞台に上がる事なんだよ」
「………舞台に?」
「ああ。そこじゃ誰もが観客で、誰もが俺って主人公を(いろど)る俳優て訳だ」
「………それが敵でもか?」
「勿論。敵役が居て、ライバルが居て………ヒロインが居て。それで舞台は盛り上がる。見ている人を楽し
 ませ、退屈させないために、誰かが用意したんだろう」
「……誰かが、か」
「誰だかはしらねーけどな」

 二人で天を見上げる。
 さしずめ、今俺達を照らしているのは、スポットライトって訳だ。

「人生って舞台の上じゃ、俺は主人公だ。俺の人生だからな。どうやったら恰好良く見えるか。どうやったら
 周囲の観客に満足してもらえるか。それが……戦いってやつだ」
「……………」
「悲劇も有るだろう。喜劇もあるだろう」
「貴様は、喜劇の割合が多いがな」
「………………うるせーよ」

 せっかく良いこと語ってんだ。
 黙って聞きやがれ。

「ま、とにかく。その舞台では俺は主人公だし、お前等みんな脇役だ。それが親父だろーがお前だろーが、
 敵だろうがな。俺って舞台を彩る俳優に過ぎねぇ」
「………なんて自己中心的な考えなのだ……」
「そりゃそうだ。俺は主人公だからな。石川康哉って物語が上演されてる舞台では、俺はどんな役なんだろ
 うな?」
「………自己中心的で、我侭で、助平極まりない端役に過ぎん」
「あーそうかい!」

 せめて、ライバル役くらいは貰えてると思ってたんだけどなっ!
 人の舞台に上がるのは難しいぜ。

「………だが、言わんとする事は解かった」
「あとは見ている観客が、面白がってくれるかどーかだな」
「それが………戦い、か」
「………ああ。それが戦いだ。今は舞台の上演最中に過ぎねぇ。俺って主人公の、俺って物語だ」
「………………大河ドラマ………というわけか」
「へ?」

 ………………………。
 ………………………………………………………。
 沈黙が二人の間に舞い落ちる。
 今………康哉………なんつった………?
 たたたたた、大河………ドラマ………?

「………もしかして………それ………冗談のつもりか?」
「う、五月蝿い!」
「………………くっ………………」
「………………」
「………くくっ……………たたた、大河………ドラマってか?」
「馬鹿者! 痴れ者が! 繰り返すな!」
「だぁっはっはっはっはっは!」
「笑うな! 馬鹿者が!」
「だ、だってよ………あの康哉が………ぎゃ、ぎゃぐを………ぎゃっはっはっはぁー!?」
「ぎゃ、ギャグなどではない!」

 じゃ、なんだよ♪
 怒るくらいなら、言わなきゃ良いじゃねーか。
 頭巾に隠された顔が、怒りと恥ずかしさで真っ赤に成っている。
 笑ってる状況じゃねー。
 笑ってる状況じゃねーが………。

「げらげらげら♪」
「わ、笑うな! 馬鹿者が!」
「ぎゃぁっはっはっはっは♪」
「しつこいぞ、大河!」
「ぎゃぁっはっはっはっは♪ は、はらいてー………」
「……………………」
「たたた、たいがどらま……………勘弁してくれー♪」
「……………………………………」
「ぎゃははははははっ♪ あーっはっはっは♪」
「……………くっ……………くくく……………」
「あ――――はっはっはっは♪」
「くくっ………くくくくく……………」

 俺の笑いに釣られて、康哉も笑い出す。
 無造作に転がった、死体に囲まれて。
 血風と血溜まりに囲まれて。
 それでも俺達は笑い続けた。

「ぎゃあ――――はっはっはっは―――♪」
「くくくくくくくっ……………」

 笑ってる場合じゃねーんだけど。
 それでも笑いは止まらない。
 人生と言う舞台を、喝采するかのように。





 END





●感想をお願いいたします●(クリックするとフォームへ移動します)


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送