「ひっひっひ……♪」
「………何時まで笑っている、貴様」
「だ、だってよ……♪」

 周囲に、一本だけ残った木に寄りかかりながら、俺はまだ笑ってた。
 時間にして5分くらいだろうか?
 この間も、静流が縛られてピチピチいびられれてると思うと、そんな暇も無いのだが……。
 体力回復しておかないと、ラスボスに一蹴されてしまうかもしれんからな。

「………貴様はしつこい」
「お前………大河ドラマとか見てんの?」
「見るか!」

 康哉が真っ赤に成りながら否定してくる。
 布製の顔当て越しでも解かるくらい、赤面していた。
 ちがーよ。
 俺の演じてる、俺人生じゃねーよ。

「国民放送のほーだよ。大河ドラマ」
「………見てる。悪いか?」
「なんも♪ でも、お前がテレビとか見るの、意外だったな」

 全然偏見なのだが、康哉はそーゆーのに疎い気がしていた。
 小さい頃は、一緒にアニメとか見たことも有ったんだが。
 初等部に入学して、康哉が静流の守護役になってからは……。
 一緒に遊んだ記憶とか、無いもんな。

「………ふん」
「やっぱ、ボーカルのちよちゃんがお気に入りですか?」
「………いや。ベースのアレンビーだな」
「うっそ!?」
「何が嘘だ?」
「絶対お前は、眼鏡っ娘(めがねっこ)好きだと思ったのに!?」
「根拠の無い流言は止めろ」

 ちなみに俺達が話しているのは、国民放送で放送している朝の連続ドラマ『アップビート』の事だ。
 下町の娘たちが伝統楽器を持ちよって、世界レベルのバンドになる不条理ドラマ。
 ボーカルは津軽弁の女の子で、スタイル抜群。
 康哉お気に入りの女の子は、ベースと言っても琉球琴だ。
 究極のミスマッチな曲が流れるんだが、何故か頭から離れない。
 バンドのメンバーも色々な地方色が出てて、村興しには最適だと思われる。
 国民放送にしては、露出度高めなんだけどね。

「さて。行くか、大河」

 雑談に飽きたのか、双方の体力が回復したのが解かったのか。
 康哉が腰を払いながら立ち上がった。

「まあ、待てよ。もう少し、ここに居ようぜ」
「………よもや静流様の事……忘れては居るまいな?」

 忘れてはいねーけどよ。
 康哉のギャグが面白過ぎて、立てないってのはあるな。
 ま、それだけじゃなくて……。

 ばきばき……。

 遠くから、雑木林を叩き潰す音が聞こえてくる。
 何かが近付いて来ているのが、康哉にも解かっただろう。
 俺もさっきから、無駄に座っていたわけじゃない。
 周囲を探っていたのだ。
『それ』は少し前から、こちらに向かって進んできていた。
 まったく気配を隠そうとしていない。

「戦力は、分散して叩いた方が効果的だろ?」
「………確かに」

 俺達が進めば、この先待ち受けているだろう敵と合流される恐れも有る。
 今のうちに叩いとく方が………って!?

「飛べ、大河!」
「応!」

 康哉の掛け声と共に、俺達は弾け飛んだ。
 同時に、俺達が寄りかかっていた大木に大穴が穿(うが)たれる!

 どおおおぉぉ………。

 静寂を破るかのように、大木が音を立てて崩れ落ちた。
 樹齢何百年だか知らんが、この大木を一撃で折るとは……。

「何奴!?」

 それに答える忍者が居るってのかよ?
 俺の予想通り、攻撃を放った物は康哉の問いに答えることなく、無言で姿を現した。
 暗闇に光る隻眼(せきがん)
 手に持った得物。
 月光に光り輝くスキンヘッド。
 眩しっ!

「よう朋ちゃん♪ 久し振り♪」

 暗闇から現れたのは、藤林忍軍の長、藤林朋蔵だった。
 相変わらず、忍者らしからぬ浴衣姿に雪駄履き。
 2m近い身長と、手に持った竜登(りゅうと)の『大鹿』と、規格外れな男だ。

「知り合いか?」
「ああ。藤林忍軍の長で、お友達だ」
「……藤林の……? ………だが、向うはそう思って無いようだぞ?」

 康哉の言う通りだった。

「……………た……………たてヲかァァあァぁァァ!」

 朋ちゃんの目は、何も見ていない。
 口からは俺の名前が出ているようだが、俺を『解かっている』わけでは無いらしい。
 よだれを垂れ流しながら、ゆっくりと近付いてくる。
 まるで……。
 命が終えて尚動きつづける、屍のように。














                   第二十一話   『刃の下にあるもの』











 どおおぉぉぉ。

「くっ!?」

 朋ちゃんの投げた竜登(りゅうと)が、俺達の間に着弾した。
 衝撃で、地面に1m近い大穴が穿(うが)たれる。

「な、なんという………これが藤林か………」
「いや、その認識、間違ってる」

 康哉の呟きを、やんわりと否定してやる。
 俺が以前対峙した朋ちゃんは、確かに無類のパワーファイターだった。
 だがそれは、人間の範疇をちょびっと超える程度のものでしかない。
 化け物じみては居たが………今の朋ちゃんは、化け物だ。
 恐らく……。

「影落とし、か?」
「多分なー。厄介な奴に使ったもんだぜ」

 今の朋ちゃんは、動く屍だ。
 しかも、生前のパワーは増幅され、動きも数段速い。
 竜登(りゅうと)を繋いでいる鋼線が、見る見るうちに引き戻される。
 そして、投擲(とうてき)

 どおぉぉぉぉん……。

 放たれた竜登(りゅうと)が、再び地面を抉った。
 竜登(りゅうと)自体を(かわ)すのはそんなに難しくないが、抉りとられ四散する土砂までは(かわ)せない。

「ぐぅ………」
「ぐはっ!」

 小石や木の根っこが飛び散り、まるで散弾銃の弾のようだ。
 飛来する土砂物が全身に当り、身体中の骨が(きし)む。
 それは康哉も一緒だったのだろう。
 頬当てに隠された唇が歪む。

「ま、まじいな、こりゃ……」
「………確かに」

 俺と康哉の戦闘は、接近戦が主だ。
 懐に飛びこんで、大ダメージを与える戦闘方法。
 だが、これでは……。

「中に入れてもらえん、か」
「………なんかヤらしいぞ、その台詞」
「卑猥などではない!」

 悔し紛れにふざけてみるものの、俺も同じ意見だ。
 竜登(りゅうと)投擲(とうてき)された瞬間、あるいは着弾した瞬間を狙って飛びこもうとしても………。
 飛来する、大量の土砂に圧し戻されてしまうのだ。
 土砂の圧力が弱まった頃には、次の投擲(とうてき)体勢に入ってるって寸法。

「さて、どうする、石川の?」
「………貴様が考えろ。楯岡の」

 あ、楯岡って呼びやがった。
 まさか、康哉に楯岡って呼ばれる日が来るとはな。

「……………た……………たてヲかァ?」

 ………。
 返事するのも躊躇するくらい、恐ろしい響きが俺の名を呼んだ。
 俺が奪った片目すら、鈍い光を放っているようにも見える。
 俺と………俺と、決着を付けたがってるのか?
 死して尚。

「ああ、ここだ。俺はここに居るぞ、朋ちゃ……」

 俺の台詞を遮って、康哉が俺の前に立った。
 振り返った康哉の瞳に……笑みが浮かんでいる。

「ここは……俺に任せろ、大河」
「………な、何言って………」
「先ほどの戦闘で、随分時間が経ってしまった。また貴様に、体力を使われては……回復する時間が勿体
 無いのでな」
「………康哉」
「それに………静流様は、貴様を待っている」

 滅多に見ない、康哉の笑み。

「ここは俺が押さえる。静流様を………頼むぞ、大河」
「やなこった」

 ばきぃ。

「ぐぁ!?」

 滅多に見ない康哉の笑みに、力一杯拳を叩きこんだ。
 勿論、(みさご)じゃない方でな♪
 衝撃で康哉が地面に伏す。
 こんなことしてる場合じゃねーんだけどなぁ。

「何をする!」
「何をする……は、俺の台詞だ!」
「な、なに?」
「人の舞台で、何カッコ付けてやがんだコンチクショウ!」
「今、そんな問題か!」
「そんなのが、一番問題なんだ! 俺の目の前でカッコ付けられるのが、一番気にいらねーんだよ!」
「恰好など付けておらん!」
「てめー一人犠牲になろーって考えの、どこがカッコつけてねんだよ!」
「うっ………」

 康哉が絶句する。
 と同時に、竜登(りゅうと)が襲いかかってきた。
 絶句したまま。
 怒り心頭したまま飛ぶ俺達。
 同時に土砂物が飛来する。
 が、そんなん知ったこっちゃねぇ!
 今、俺は怒ってるのだ。

「しかし、このままでは静流様の命が危ないのかも知れんのだぞ!」
「あいつは大丈夫だ!」
「何故そう言いきれる!」
「あいつは………静流は、俺のヒロインだからだ!」
「………………………」

 ……………………うわ。
 やっちゃった……………。
 い、今の台詞………NG(なし)ってことで。
 リテイク、リテイク。
 いや、ホント。
 自分で言って、ビックリしたよ。

「………赤面するくらいならば、言うな……」
「………うるせー」

 俺も今、猛反省しているところだっつーの。
 ヒロインはねーよな、ヒロインは………。

 どごぉぉぉぉ……。
 ばらばらばらばらっ。

 言うに事欠いて………恥ずかちー。
 身体中に当る土砂物も、今はどーでもよかった。
 あんな台詞言わせた奴、出て来いって感じだな。
 監督として、シナリオライターの交代を命ずる。

「ま、今の言葉は報告しておく」
「お前なぁ! 大体お前が『ヒロイン』なんて、言えんの………」
「文章で、な」

 あーそうかい。
 書類提出ってわけかい。
 朋ちゃんより、康哉を先に抹殺したくなってきた。
 とゆーか、すべきだろうな。
 あんな台詞、静流に聞かれたら………恥ずかちー。

「康哉………言い直しても言いか?」
「好きにしろ」

 どごぉぉぉぉん………。
 ばああらばらばらばら。

 飛来する土砂を全身に浴びながら必至に台詞を練る。
 大き目の石だけ(かわ)して、細かいのは無視しながら。
 台詞よりも、打開策を考える方が先だと思うんだけどな。
 このままじゃ、俺の沽券に関わる。
 股間とか。

「………お前が死んで、それで静流が喜ぶと思ってんのか?」
「犠牲になって、だろう? もっとよく考えて喋れ」

 あー、仰るとーりですなぁ。

「台詞練ってる場合じゃねーだろ!」
「逆上するな」
「……………行くぞ、康哉。共打(ともう)ちだ」
「………応」

 なんとなく煮えきらない返事の康哉だったが、取り敢えず同意は得られたみたいだ。
 二人で打開する。
 今は、それしかないもんな。
 それにしても………。
 ヒロインはねーよな、ヒロインは。












  どごぉぉぉぉぉぉぉ。

「だぁぁぁぁ!」

 全身に降り注ぐ土砂を、(みさご)を楯にする構えで受ける。
 いわゆる十字受けってやつだ。
 全身に当る岩の破片を……冷静に恥じき飛ばす。
 その姿を見た康哉が、俺の後ろに回り込んだ。
 言葉は無くても、意思は通じる。
 この調子で、さっきのヒロイン発言も忘れてくれないだろうか?
 ホント反省してるんから。

「せぃ!」

 康哉の投擲(とうてき)した(かぎ)付き紐が頬をかすめて飛んで行く。
 あぶねっての。
 その(かぎ)付き紐が、土砂の途切れと同時に竜登(りゅうと)に絡みついた。

「行け!」
「応!」

 俺が、どこに行かなければいけないのかは解かっている。
 康哉の言葉を聞くまでも無く、竜登(りゅうと)目掛けて一足飛び。
 距離、約15m。
 康哉の前で、力を出し惜しみする理由は無くなった。
 今の俺なら、この程度の距離………。

「おおぉぉぉ!」

 跳躍した次の瞬間、竜登(りゅうと)は目の前に有る。
 竜登(りゅうと)の絵に繋がれた鋼線は、康哉の放った紐と絡んでいた。
 一瞬だけ綱引き状態になったが、康哉の筋力で抗うのは不可能だ。
 康哉もそれが解かってるらしく、あっさりと(かぎ)付き紐を離した。
 それでいい。
 欲しかったのは、一瞬だけなのだ。
 
「たぁてェヲかァ!」

 鋼線の向うで、朋ちゃんの瞳が光る。
 俺のこと、認識したんだな。
 待ってろ……。
 今………楽にしてやるからな。

「おお!」

 朋ちゃんが竜登(りゅうと)を引き、再び投擲(とうてき)の構えに入る。
 その瞬間を見逃すはずも無い。
 俺は懐から苦無を抜き、瞬時に放った。
 おそらく、俺の最高タイムでの抜き投げ。
 勿論、当るなどとは思っていない。
 一瞬の隙が欲しいだけな………。

 さしゅ。

 俺の放った苦無が、朋ちゃんのたくましい胸に吸い込まれた。
 (かわ)す動作すら見えなかった。
 どす黒い血液がその胸を濡らすが、まったく意に介してもらえない。
 隙が………。

 さしゅ、さしゅ。

 出来た。
 おそらく、康哉の放った苦無だろう。
 俺のより、ニ割増しで値段が高い。
 ま、値段はこの際、どーでもいーんだけどよ。
 康哉の放った苦無は、的確に朋ちゃんの咽元に突き刺さった。
 衝撃で、一瞬だけ朋ちゃんの身体が仰け反る。

「あぁっ!」

 一気に間合いを詰める。
 もし竜登(りゅうと)が飛んできても、(みさご)で弾くつもり。
 だったって言った方が正しいな、こりゃ。

「だァでェヲがァ!」

 咽から血泡を噴き出しながら、朋ちゃんが竜登(りゅうと)投擲(とうてき)する。
 右手が妙な具合に動いたかと思うと………。
 分裂弾!

「う………」

 (かわ)せるスピードも、スペースも無かった。
 俺の目の前に広がるのは………無数の鹿角。
 ツルハシみたいな殺戮の凶器が、俺目掛けて飛んでくる。
 これじゃ、『(ふくろう)』も使えない………。
 死………?
 静流を………置いて………死ぬのか?
 ここで……………終幕………か?
 冗談じゃねぇ!

「らあぁぁぁぁぁぁ!」

 静かな空間。
 無数の『大鹿』が迫る。
 込められているのは殺意。
 殺気。
 狂気。
 そして………悲しみ!

 がきぃ。

 俺の(みさご)が、『大鹿』の頂にヒットした。
 偶然当っただけかもしれない。
 だが(みさご)が、『大鹿』を止めた。
 それが………それだけが事実。
 衝撃で外れた右肩関節を、左腕で引っ張ってはめ込む。
 脱臼が、くせになってるなぁ。
 

「しっ!」

 俺を飛び越えて、康哉が竜登(りゅうと)と朋ちゃんを繋いでいる鋼糸に切りかかる。
 飛びこみながらの、『熊爪(ゆうそう)』抜刀!

 きぃん。

 張り詰めた鋼糸は、康哉の斬撃で容易く切断された。
『大鹿』と言う名の竜登(りゅうと)は、力無く地面に沈み込む。
 ここが勝機!

「せぇ!」
「いやぁぁぁ!」

 俺と康哉が、弾け飛ぶ。
 飛んでる最中に解かった。
 俺の右拳、砕けてる。
 まあ、戦闘に支障はあるまい。
 折れたくらいで、動かなくなる程度の鍛え方はしてないから。
 痛いのは………拳じゃない。

「だでヲがぁ!」

 ゴボゴボと血泡を撒き散らしながら、朋ちゃんが拳を振るう。
 標的は俺だけ。
 俺以外には、目もくれない。
 えらい人間に惚れ込まれちゃったもんだな。

「だらぁ!」

 左腕で朋ちゃんの正拳突きをいなしながら、右内腕刀を肘に叩き込む!
 肘関節が砕けるのと同時に、右肩で胸を破壊!

「どバぁ!?」

 そのまま一本背負い!
 投げるんじゃなくて、叩きつける!
『楯岡』流、『島仙入(しませんにゅう)』。
 イブリスに使った技の、完成版だ。
 勿論、この程度の技で朋ちゃんがギブアップするとも思えない。
 今の朋ちゃんは、死んでいるのだ。

「いやぁぁぁ!」

 寝転んだ朋ちゃんに、康哉の『猫爪(びょうそう)』が突き立てられる。
 心臓を狙った、見事な一撃だ。

「ぐぼォ!?」

 吐血と共に、数本の含み針が流れ出す。
 やっぱり持ってたんだな………って!

「だヲらぁあぁァぁぁアぁ!」
「何!?」

 康哉を胸に乗せたまま。
 俺に肘関節を極められたまま、朋ちゃんが立ち上がった。
 とんでもないパワーだ。
 跳ね飛ばされた康哉が、半回転しながら着地する。
 手荷物のよーに投げられた俺も、同じ場所に降り立った。
 不味い!

「ぐバぁらァぁぁ!」

 意味不明な叫びと同時に、朋ちゃんの蹴り!
 あまりにも至近距離すぎて、(かわ)せない!

「ぐはっ!」
「ぐぅ………」

 朋ちゃんの蹴りは、俺と康哉を枯葉の様に折り曲げた。
 咄嗟にガードするも………まったく役に立っていない。
 ガードの為に突き立てた肘が、鈍い音を立てて砕けた。
 しゃ………シャレになんねー。
 咽の奥から、熱いものが込み上げる。
 どっか、破裂したか?

「………だぁぁアぁぁでェぇぇエヲぉぉオがァぁぁぁぁああぁっ………」

 腹を押さえてうずくまる俺達に、ゆっくりと歩を進めてくる。
 その隻眼は………俺しか見てない。

「ま、まさか………これ程とは……………」
「へへっ………まじいな、こりゃ………」

 思わず笑ってしまうしかない状況だ。

「大河………貴様、飛び物は何本残ってる………?」
「わりーな。もうネタ切れだ」
「俺も………だ」

 康哉が苦しそうにうめいた。
 かなりダメージが在るな。

「では………どうする、大河?」
「ふむ」

 少しだけ考えるフリをする。
 康哉に、竜登(りゅうと)の鋼線を切ってもらったのは助かった。
 竜登(りゅうと)は遥か後方。
 アレしかねーだろーな。

「………俺が」
「む?」
「俺が残った右目を潰す。お前は頭上から、だ」
「承知」

 どうやって潰すとかは聞かない。
 俺達に、言葉は要らないのだ。

「じゃ………」
「応」
「いくぞ!」
「応!」

 二人で弾け跳ぶ。
 俺は前方。
 康哉は助走距離を取るために、後方だ。

「だぁっ!」
「おヲぉぉおぉ!」

 突っ込んだ俺の顔面を、朋ちゃんの拳が襲う。
 技でも何でも無い。
 ただ、力任せにぶん殴ってくる。
 もう………朋ちゃんじゃないんだな。

「でぇ!」
「ヲぉ!」

 正拳突きを(かわ)して、素早く懐に潜り込む。
 まだだ。

「だラぁ!」

 膝蹴りが、俺の顔面を襲う。
 (みさご)の掌底で、軌道を少しだけずらした。
 それでも衝撃が伝わり、全身が震動する。
 まだだ。

「ヲらァ!」

 振り下ろしの肘。
 いなした(みさご)を、身体ごと回転させながら突き上げて肘を弾く。
 見た目には、気の合ったフォークダンスのように見えるだろう。
 拳、膝、肘。
 超至近距離。
 朋ちゃんの息遣いまでが聞こえてくる。
 既に、命無き息吹き。
 死して尚、俺に挑むか………。

「藤林朋蔵ぁぁぁぁぁ!」
「ヲう!」

 一瞬、瞳に光が戻った気がした。

「おぉぉぉ!」

 左裏拳で、朋ちゃんの胸を撃つ。
 この程度の打撃じゃ、痛くも痒くも無いのは解かっているので………。

「だっ!」

 着弾した瞬間、左拳を掌に戻す。
 さらに追い討ちの、(みさご)
 左甲が砕ける。
 泣くほど痛いが、それもしょーがねー。

「ぐボっ!?」

 伝わった衝撃で、朋ちゃんの身体が震動する。
 一瞬だけの硬直。
 今!

「……! ………! ……………!………………シッ!」

 連続の抜き手で、四肢の関節を破壊!
 楯岡流、『(つぐみ)』!
 さらに………。

「おぉぉぉぉ!!!」

 左内腕刀で朋ちゃんの延髄を打ちながら、(みさご)で顔面を挟み込む!

「ガぁぁぁ!?」

 (みさご)から突出した(かぎ)爪が、朋ちゃんの残った眼球を破壊した。
 顔面への『柄長(えなが)』。
 通常は使う事のない、裏撃だ。
 (かぎ)爪が、脳をも破壊してしまうからな。
 それでも………朋ちゃんは動きを止めない!

「たぁてぇぇぇおかぁぁぁぁ!」

 この状態で………頭突き!?
 (かぎ)爪がこめかみ付近から脱してしまう。
 朋ちゃんが、頭を横に振った結果だ。
 血だらけに成ったスキンヘッドが、俺の顔面に襲いかかる。
 まともに食らったら、頭蓋が砕け散るだろう。

「………シッ!」

 後に飛び退く。
 頭突きを(かわ)すためじゃない。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 康哉の攻撃スペースを開けるためだ!

 ざしゅっ!

 康哉の『猫爪(びょうそう)』が、朋ちゃんの………鼻を削ぎ落とす。

「何!?」

 あの状況で、(かわ)すか!?

「『楯岡』! 勝負だぁぁぁぁ!」

 康哉に目もくれず、朋ちゃんの拳が俺の顔面に襲いかかる。
 今の朋ちゃんは………生きていた。
 心臓は鼓動を止め、その出血量も致死だろう。
 それでも………。

「応! 来い!」

 失った瞳が、力強い光を放っていた。
 生きている証。
 今、朋ちゃんは………。
 忍者として生きている!

「だぁぁぁ!」
「どっせぃ!」

 朋ちゃんの拳が顔面に着弾!
 その衝撃に逆らわず、後方に身体を逸らす。
 拳で浮いた身体を、腕に絡み付けた。

「おらぁぁぁ!!!」
「セィ!!!」

 銀光が煌く!

「あぁぁぁぁ……………!?」

 同時に、朋ちゃんの………。
 首が、地面に転がった。
 失った双眸から、涙のような血が流れ落ちる。
 共打(ともう)ち、『斬撃刈り十字』。
 朋ちゃんの腕に絡み付くと同時に、裏蹴りを首筋に放つ。
 本来ならそのまま刈り取って、腕ひしぎ逆十字に持ち込むのだが……。
 首筋に、康哉の居合斬りが着弾していたのだ。
 刃を蹴り、攻撃力を倍化させる共打(ともう)ちである。
 いかに朋ちゃんの身体が硬かろうが………。
 この刃を弾けるほどではないだろう。

「……………」

 目の前に転がる、朋ちゃんの首。
 何か言いたげだったが………。
 何も語らなかった。
 何も語らなくて良いよ。
 解かってる。
 解かってるから。

「せぃ!」

 ぱぐっ。

「た、大河!?」

 朋ちゃんの生首を、(みさご)の下段突きで粉砕した。
 唖然とした表情の康哉に……。

「いやがらせだよ。ただの、な」

 情けなく笑って見せる。

「さ、行くか」
「……あ、ああ」

 名の在る一忍にとって、屍を晒すのは辛いだろう。
 その存在をも消し去る。
 忍者とは所詮……。
 闇でしか生きられないのだから。
 呆然とする康哉を尻目に、すたすたと歩き出す。
 ま、後から俺も行くからよ、朋ちゃん。
 そんときゃ……。
 お互いのみで、殺り合おうな。




















「見ろ、大河!」

 忍者がでけー声、出すなっつーの!
 とはいえ、俺も同じくらいの衝撃だった。
 朋ちゃんと別れて、十数分後。
 突然開けた雑木林の中で……………。
 広場の中央に突き立てられた白い十字架に、静流が括り付けられていた。
 なんで十字架なのかが、良く解からん。

「こ、こう………とらぁ!?」

 あーもー。
 大きい声出すなよ!
 康哉の叫びでこちらに気付いた静流が、首だけ向けて叫んだ。
 ちっ。
 しゃーねーな。

「大河! 警意しろ!」

 茂みから身を乗り出して、歩き出す俺目掛けて康哉が叫ぶ。
 もう手遅れだろ!
 どいつもこいつも……。
 忍者って自覚が足りねーんだよ!

「とらぁ!」

 両腕を広げて括り付けられている静流に、着衣の乱れは無かった。
 なんだつまらん。
 陵辱シーンとか、エッチな拷問シーンとかは無かったらしい。
 有ったら有ったで怒り心頭だろうが、無けりゃ無いで気が削がれる。
 削がれはしねーけど。

「な、何しに来たのよ!」

 顔を真っ赤にして泣きそうな静流。
 だが、俺に対して虚勢を張るのを忘れていない。
 うむ。
 あれなら、『影落とし』を洩られてないな。
 いつも過ぎる静流だ。

「構わないで! ほっといてよ!」

 すたすたと歩み寄る。
 その間も、周囲の警戒は忘れない。
 周囲には……気配無し。
 今となっては、俺のセンサーなど役に立たないがな。

「とらは流れ透波なんでしょ! あたしのことなんて、どうでも良いじゃない! 康哉に助けてもらうんだか
 ら! 来ないでよ!」

 さみしーこと、言うじゃねーか。
 言わせたのが俺の行動だってのが、また寂しい。
 助けてもらう分際で、威張ってる事この上ない。
 やっぱり……。
 静流は、こーでなくっちゃな。
 
「来ないでって、言ってるでしょ!」

 静流の目の前まで来ても、まだ吠えられている俺。
 何しに来たんだか。
 だが、解かっている。
 人が人のことを理解する。
 そんなのは、幻想に過ぎない。
 所詮、『解かってる』気に成ってるだけに過ぎないのだ。
 でも……。
 でもよ。
 お前も自分で解かってないだろう?
 その、涙の理由。

「康哉に助けてもらうんだから! 康哉! こう………」

 ……………………。
 口に巻いていた、静流のリボンを外す。
 そして………そっと近付く。

「んん!?」

 ポニーテイルを鷲掴みにして、上を向かせながら………。
 そっと唇を重ねる。
 舌とかは入れない。
 ぜってー噛み千切られるからな。

「んー! んー!」

 何か抗議の鼻息が聞こえるが、それも気にしない。
 本来なら、縛めを解いて逃げるのが先決だろうが……。
 縛めを解くと、一番危険なのは俺だからな。
 アニマルは、捕捉しとくのが一番無難。

「ん――――!」

 真っ赤に成りながらも、顔を振って俺の唇から逃れようとしている。
 だが、ポニーテイルを掴まれているので、それも叶わない。
 しっかし………。
 何してんだ、俺?
 きっと、うるせー女の口を塞いでるだけなんだろう。
 それ以外の理由は………。
 まあ、後からな。

「……………ん……………」

 抵抗が弱まったところで、そっと唇を離す。
 赤くなり過ぎた静流の顔が、視界に収まった。
 涙目の静流。
 また………待たせちまったな。

「悪かったよ。ゴメンな」

 それは今のキスへの謝罪じゃない。
 あの時の、俺の言葉。
 必至に歯を食いしばっていた静流を、否定してしまった事。
 俺への………思い。

「ゴメンな、静流。悪かった」
「………とら……………」
「本当に悪かっ………」
「ハッ!」

 ごきん!

「だじょん!?」
「突然何すんのよ!」

 静流の頭突きを食らって、仰け反る俺。
 いや、マジで(かわ)せなかった。

「何ってお前………お詫びの口付けを………」
「誰がそんな事しろって言ったのよ!」
「いや、満更でもないかと思って」
「思うな―――!」

 真っ赤のまま、吠えつづける静流。
 静流はこーでなくっちゃな。

「この縄、解け! 殺してやるぅ!」
「まーまー。そんな暴れんなよ」
「このっ! このっ!」

 頭をブンブン振って、縛めを解こうとしている。
 その程度で解けるくらいなら、とっくにやってるだろ。

「このっ、このっ、このっ!」
「まー、落ちつけって」
「落ちついていられる訳無いでしょ! よりによってあたしの………あたしの……く」
「く?」
「くくく、唇を!」
「甘いな、静流」
「何がよ!」
「奪うのは、唇だけだと思ってんのか?」
「な、ななななななっ!?」
「お前も、好きな物を俺から奪って良いんだぞ?」
「要らないわよ!」
「唇でもチンコでも」
「ちちちち!?」
「心でも」
「なっ!?」

 ………………あ。
 や、やっちゃったパート2。
 言われた静流もビックリしたらしーが、言った俺もビックリした。

「あ、ちょい待ち。今のNG(なし)

 俺人生の脚本家に、今の台詞のリテイクを命ずる。
 心はねーだろ、心は。
 本音っちゃ本音だが。

「言い直して良いか?」
「………………………だめ」

 リテイク却下。

「駄目か?」
「………だめ………だよ」
「まーそー言わずに」
「………一度言ったことでしょ。………だめだよ」

 どうしても駄目らしい。
 しゃーねーか。
 やりなおし出来ないから、この舞台は面白いんだもんな。

「ま、続きは……後からな」
「え?」

 真っ赤に成った静流から視線を外して、後ろを振り向く。
 さっきから居たのは解かっていた。
 白い日傘とワンピース。
 そして、白いジャケットとスラックス。
 白ずくめの二人組み。

「もういいの、とらちゃん?」

 呆れた様に茉璃ねーさんが呟く。
 ま、呆れられてもしゃーねーはな。
 なんせ、的の前でラブシーンだもん。

「ああ、お待たせしました」
「まさか………目の前でそんな事をされるとはね」

 白い男が、面白そうに呟いた。
 腰に結わえられた大刀が、カタカタと鍔鳴りを起てる。
 白装束といい、大刀といい……。
 長髪といい、端整な顔立ちといい、どっから見ても忍者には見えない。

「坊ちゃんには刺激的だったか?」
「………こう見えても僕は、君より五つ年上なんだけどね」
「そんなもんか?」
「………どう言う意味?」
「もっと年食ってるように見えたって意味。どーせ怪しげな陰忍で、年誤魔化してるんだろ?」
「……………そんな術、無いよ」

 一見会話は弾んでいるように見えるだろう。
 だがお互い、切り結ぶきっかけを捜しているのだ。

「初めまして、だね。『楯岡』の大河君。僕は道阿弥(どうあみ)衆総帥、山岡影友(かげとも)

 山岡……………影友が、腰の大刀を抜く。
 刃渡り、2m。
 馬鹿の様に長い。
 刀身が、青白く光っている。
 これが………得物か。

「もう『楯岡』じゃねーんだけどな」
「とらちゃん。名前を名乗られたら、名乗り返すのが礼儀だって、お姉ちゃんあれほど言ったでしょ?」

 こんな時まで説教は止めてくれ、茉璃ねーさん。

「敵に名乗る作法は、教わってねーよ」

 今俺の目の前に居るのは………。
 二人とも敵なのだ。
 俺の的。

「とら………」
「ちょっと待ってろ、静流」


 様々な思いが巡る。

 攫われかけたレイナ。

 泣きじゃくる緋那。

 心配で瞳を真っ赤に腫らせた蓮霞。

 脇腹を抉られた親父。

 死んだお袋。

 居なくなったねーさん。

 守護役を降りざるをえなかった康哉。

 ズタボロに成った凛。

 首だけ転がった藤林の長。

 そして………静流。

 目の前に居る男を倒せば、それで万事解決って訳じゃない。
 むしろ、後からの問題の方が多いくらいだ。
 だけど………。
 だけど!

「こいつ等ぶっ倒して………一緒に帰ろうな。静流」

 俺達の居場所。
 俺が帰りたかったと思える場所。
 そこに帰ろう。
 もう変わっちゃったのかもしれないが。
 それでも……。
 俺達が居る。
 帰りたいのって………。
 居場所って、場所じゃないのかもしれないな。

「うん♪」

 それが、俺達の場所。
 笑顔でいられる……。
 俺の………。
 刃の下にあるもの。





           END




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