思いあがっていた訳じゃない。
 俺より強い奴が、この世に居ないと思ってた訳じゃない。
 実際、忍刀の抜刀速度は、康哉の方が速いだろう。
 武器を扱うセンスは、静流の方が上だしな。
 セクシーさに掛けては、薫子さんの足元にも及ばない。
 俺を超える要素を持つ忍者なら、いくらでもいるのだ。
 ただ、トータルバランス的に俺は優れている……。
 そんな風に思っていた。

「シッ!」
「はぁっ!」

 俺の投擲(とうてき)した飛針が、手刀で弾かれる。
 軌道を完璧に見切られていた。
 そりゃ今までだって、飛針を防がれた事が無いわけじゃない。
 だが……肉体で(さば)かれたのは初めてだ。

「しゅっ!」
「………くっ!」

 対して俺は、影友の投げる飛針を………弾くことが出来ない。
 手首の動きから、なんとなくで(かわ)す。
 俺の忍衣を、雀鷂(つみ)と同じ飛針が掠めて行った。
 身体にダメージがあるわけじゃない。
 身体には、だ。

「………………」
「………………………」

 開けた雑木林を、同心円状に駆け回る。
 非常に忍者っぽい動きだが、別に遊んだり演出上そうしてるわけじゃない。

「……!」
「………」

 お互いにフェイントを掛け合って、お互いの動きを封じる。
 飛ぼうとして飛ばない。
 投げようとして投げない。
 (かわ)す動作を見せて、攻撃を待つ。
 攻撃するように見せかけて、(かわ)すのを待つ。
 隙を狙ってる訳じゃない。
 精神力を削っているのだ。

「……………まさか。これほどとは………」
「………うん。凄いね………」

 戦闘空間から離れている、康哉と静流の呟きが聞こえてきた。
 流石、同年代最高スペックと呼ばれた男と、とらちゃん専用セクハラ被害者と呼ばれた女だ。
 実力の有る二人だからこそ、高次元の戦闘が解かるのだろう。
 俺と影友の戦いが、いかに自分等と掛け離れているのか。
 だから、手を出さない。
 出せないのだ。
 俺たちの作り出してる戦闘に、見惚れてしまっているから。

「セィ!」
「!?」

 庭先を駆け回る犬コロの如く、同心円状を走っていた影友の姿が消えた。
 庭先を駆け回る犬コロの如く走っていたので、一瞬だけ見失う。
 気配が無いのは、本当に厄介だな。
 嫌な予感がして、その場を飛び退く。
 同時に、さっきまでの足元が青白い炎で燃え上がった。
 数本の飛針が地面に突き刺さったのだ。
 地面の湿気と反応して燃え上がる。
 やはり、俺の使う飛針と同じものらしい。
 どこで手に入れたのか、どうやって製造したのかは問題じゃない。
 問題は……。
 地面に刺さったのが、何本か解からないことだ。

「………」
「……………」

 再び対峙する。
 聞きたい事は有った。
 言いたい事は有るだろう。
 だが俺達は、それを言葉にする事は無い。

 きゅっ。

 (みさご)のリングを引き絞る。
 既に鉤爪は突出させてあるが、気合いを込める意味合いだ。
 このままじゃ、不味いもんな。
 俺の戦闘距離。
 接触戦闘をさせてもらってない。
 巧みに距離を取られているのだ。
 だがそれは、影友も同じこと。
 それが解かっているから……。

「………」
「……………………」

 お互いに微笑んだ。
 昔から知っているような感覚。
 お互い、会うのは2度目だ。
 1度目は、静流との買い物中。
 ご丁寧に、挑発のためだけに出て来た時。
 2度目が今だ。
 だが、昔から知っているような感覚。
 影友は、『楯岡』を付け狙い。
『楯岡』はずっと、的だと認識している。
 だから知っているような感覚に陥るんだろう。
 懐かしいような、恋焦がれていたような。
 そんな感覚が、お互いの頬を弛ませる。

『待ち望んでいた日が……やっと来たよ』
『確かに………な』

 言葉にする事は無くても、お互いに解かる。

 すっ……。

 影友が、大刀の刀身を掲げ……。
 優しくなで上げる。
 笑みながら。
 その瞬間………。

 ぼうっ!

 大刀が炎に包まれた。
 青白い炎。
 どうやら、勝負時らしい。
 炎の向うで、妖しい笑みが揺らぐ。
 だから俺も、笑みを返した。
 今が、命を掛けるべきだと解かっているから。

















                           第三部   フィナーレ











                        第二十三話   『長い物語の途中』














「我が愛刀、『神護(じんご)』! 受け切れるか!?」

 いや、俺………。
 そういう口調、苦手。
 付き合えないから。
 なんで静流といい、康哉といい……。
 物語が緊迫してくると、昔言葉に成るんだろうな?
 などと無駄思考を巡らせてる場合じゃねー。

 ふぉん!

 「……!」

 切り込んできた影友の大刀を、寸での所で(かわ)す。
 刀身から発せられる熱風が、顔の表面を焦した。
 い、意外にやっかいだ。
 刀身から発せられているのは、熱量のみ。
 気配……殺気が感じられない。
 熱によって刀身周囲が歪み、影友が………見えない。

「はぁぁぁぁぁ!」

 連続の斬撃。
 為す術も無くバックステップで、大刀を(かわ)す。
 単純な斬撃なのだが、非常に(かわ)し辛い。
 異常に(かわ)し辛い。
 夜の闇を斬り裂いて、青白い炎のみが迫ってくる。
 影友はおろか、刀身すら見えない。
 俺得意の、なんとなくで(かわ)し続けるしかねーよ。
 だが……この距離は………。
 もう一歩踏み込めば、俺の距離……!?

「せぇぇぇ!」
「だっ!?」

 さしゅ。

 俺の忍び装束が……斬られた!?
 胸部分に走っていた鋼線が切られ、皮膚が裂ける。
 致命傷じゃない。
 致命傷じゃないが……俺は確かに炎を(かわ)したはず。
 だが現実に、俺の皮膚は斬られた。
 踏み込もうとした足を軸に、ぽーんと後ずさる。
 距離を取って……現状を確認しなければ。

「よく……(かわ)せたね、『楯岡』」
「………お褒めくださって、ありがとう♪」

 胸の傷は大した事無い。
 右腕の刺傷は、既に血が止まっている。

「驚いたんじゃないかな?」
「あにがよ?」

 心は……折れてない。
 体力も万全とは言えないが……。
 まだ……戦える。

「僕が『楯岡』の燐を使っていることに、だよ」
「ああ、その件か」

 静流と康哉は……非戦闘地域。
 茉璃ねーさんは、康哉に捕縛されている。
 レイナは薄胸。
 伏兵は……いまんとこ、感じられない。

「大方、今まで俺や親父が倒してきた忍者から、情報を仕入れて来たんだろ? 昔から懸念してた事だ。殺
 さない『楯岡』の掟が、いつか足を引っ張るってな」
「………そう。流石だね。そこまで解かってて、何故殺さないんだい? 情報を敵に与えるような真似……
 正気の沙汰と思えないよ」

 飛針の残りは……。
 雀鷂(つみ)が15本。
 差羽(さしば)が30本。
 狗鷲(いぬわし)が5本。

「簡単さ」
「……?」
「殺す人間の世界は、いつか狭まる」
「………………」
「親父が……。今の親父がよく言ってた。殺すのは簡単だ。だが、殺すことによって安易に物事を解決して
 いくと、いつかその周囲が狭くなって行く」

 (みさご)は……動く。
 腕甲の部分が切り裂かれているから、ここで受ける事は出来ない。

「安易に……」
「人を殺すのは、安易さ。人を生かす方が、ずっと難しい」
「……………」
「簡単な手段で得られた結果は、簡単に崩れ去って行く。それだけの話しだ」
「僕は……安易か?」
「安易っつーか、考え無しだな」

 もっとも、完調でもあの大刀を受けられるかどうかは……やってみなくては解からない。
 チャレンジする気にはならねーが。
 もし失敗したら、手が落ちちゃうからな。

「考え………無し?」
「違うのか? 人を傷つけ陥れ、己の欲望の為に人を殺す。思慮深い奴のやるこっちゃねー」
「僕は……己の欲望の為に、決起したわけじゃ………ない」

 もし右手が落ちてしまったら……。
 股間と胸を同時に、ねちっこく愛撫する事が出来なくなってしまう。
 大問題だ。
 他に問題無いのかよって気もするが、大問題だ。

「そうかな?」
「………どう言う意味だ、『楯岡』?」
「お前は……。山岡影友は、己の力を認めて欲しかったんだろう? 人の言う事聞いて、人に虐げられるの
 が嫌だったんだろう?」
「………違う」

 俺は静流の(よろこ)ぶ顔が見たい。
 快感に(むせ)び泣く……って、違う違う。
 あー、でも、それも見たい。
 (よろこ)ぶ顔も喜ぶ顔も見たい。

「だから大義名分振りかざして、人の心を操って。でも実は、己が認めてもらえない……人の言う事を聞か
 なくちゃいけないのが、嫌だったんだろう?」
「………違う。僕は………」
「誰もが、何かの言う事を甘受して生きていく。親だったり上司だったり、己だったり恋人だったり」
「……………違う………違う………」
「自分で変えようとしたのは立派だけど。手段を間違ったな」
「……………違う。僕は………僕はぁぁぁぁぁ!」
「俺の………居場所を壊そうなんてよ!」

 出来るなら、俺のことも(よろこ)ばせて………って!?
 いきなり影友が斬りつけてきた。
 口喧嘩で負けたからって……。
 大人気無いやろーだ。
 子供に絶大な力を持たせると、こーゆーことになる。
 ま、それは、俺にも言えることなんだが。

「けぇぇぇぇぇ!!!」

 冷静さを失わせる作戦は、一応成功。
 だが……戦闘力までは落ちてない。
 てゆーか、上がってる。
 大失敗。

 ぶおん、ぶおん。

 影友の繰り出す斬撃が、いくつもの光軌を描く。
 闇に走る、青白い軌跡。

「貴様に、何が解かる!? 闇の影に潜む『楯岡』に!?」
「解かるわけねーだろ!」

 突如、炎と違う方向が切り裂かれた。
 さっきの斬撃の正体は、これか………。
 刀身を(まと)う炎が、速い斬撃に置き去りにされている。
 刀自体の殺気が察知出来ないので、炎で斬撃を読んでいる気に成ると、闇から迫る刃に斬り裂かれるっ
 てわけだ。

「下卑た輩の命に、命を掛けねばならぬ忍者の気持ちが、貴様等に解かるか!?」
「解からねーよ!」

 ぶおん。
 ふおん。

 青白い炎と別な方向から、刃が飛んでくる。
 (かわ)し辛い。
 少しずつ。
 少しずつ、俺の忍衣が斬り裂かれた。
 確実に……俺の(かわ)す速度に追い付いてくる。

「世の中の平穏!? 強制された犠牲の上に成り立つものが、そんなに大事か!?」
「そんなのは大事じゃねーよ!」

 俺も影友も、熱くなり過ぎ。
 所詮俺も影友も、未熟者なのだ。

「ならば、僕が壊すのを止めるな! 世界の動向を見届けろ、『楯岡』!」
「貴様が壊そうとしたのは………俺の……………刃の下にある物だ!!!」

 影友の動きが一瞬止まった。
 薙ぎの斬撃から、大刀を腰溜めに。
 空中に残る、凛の燃えカスが揺れる。

「てぇぇぇぇぇぇぇ!」

 腰に構えられた大刀が……青白い炎を巻き上げて迫ってくる。
 薙ぎから突きへ。
 炎の柱を(まと)った刃が、俺の胸を……………。

「だぁっ!!!」

 貫く瞬間、(みさご)で弾く。
 接近戦用の楯岡流、『(ふくろう)』。
 薙ぎ軌道では捕らえられなかった、大刀の刃を弾いて肘打ち。

 ぼきぼき。

 (みさご)の肘当てを通して、胸骨が二本砕ける感覚が伝わった。
 こんなんで済むと思うなよ!


「せっ!」

 一瞬動きの止まった影友の左腕を取って、右内腕刀で肘を砕きながら投げを撃つ。

 ぱぐっ。

 影友の左肘が、曲がっちゃいけない方向に折れ曲がった。
 さらに、空中で逆さになってる影友の背中目掛けて、超近距離投擲(とうてき)

 しゅっ。

 青白い炎が点灯して、俺の投げた雀鷂(つみ)が着弾する。
 これだけ近い距離だと、かえって狙ったところに打ちこむのは難しい。
 だから狙わないで投げた。

「ぐっ!?」

 そのまま後頭部から落ちて、仰向けになった影友の………。

「せぃ!」

 首を取って、前方回転。
 そのまま影友の背中を転がる。
 百地流の技、『首刈り落とし』だ。
 頚骨を、曲げちゃいけない方向に曲げる荒業。
 使わせてもらいますよ、静流ちゃん♪

「しゃぁ!」

 首を逸らして動きを止めた影友に、飛び掛る。
 殺すつもりは無い。
 人の生命力が耐えられる、ギリギリの線を見切っての攻撃だ。
 が、死んだら死んだで、しょうがねぇ。

「はあっ!」

 飛びこみながら、膝と肘で影友の頭蓋を挟み込む。
 楯岡流、『岩燕』。
 あまり使いたくない技なんだが、自然と出た。
 そのまま前方に転がって、体勢を整え………。
 
「しゅっ!」

 倒れたままの影友の肩目掛けて、雀鷂(つみ)を撃つ!
 青白い光が点灯して、影友の腱を突き破った。
 血液と反応した『楯岡』特製の燐が、周囲の腱泉を焼き尽くしたはずだ。
 これで……牙が折れた………はず。

「………………」

 影友は地面に伏せたまま、ぴくりとも動かなかった。
 死んじゃったかな?
 殺すつもりで撃ったんじゃないので、死んで欲しくは無いんだが……。
 死んだら死んだで、しょうがねー。
 だが……俺の懸念は吹き飛んだ。

「……………………」

 ゆらりと、影友が起きあがった。
 膝立ちのまま、影友の目を見据える。
『影落とし』、か。
 人から影が無くなった時、それはなんと呼ぶんだろう?
 人としての存在を消し去る陰忍。

「ふぅ」

 影友は、風呂上りに軽く一杯引っ掛けたよーな表情を浮かべた。
 白いジャケットの肩から、少しだけ血が滲んでいる。

「僕の悪い癖だね」
「なにが………だ?」

 どうすれば、こいつを倒す事が出来るのだろう?
『楯岡』の技じゃ、こいつを………。
 そこまで考えて、一つだけ思いついた。
 本来、人に食らわす技じゃない。
 だが……。

「すぐに激昂するのは、僕の悪い癖だと言ってるんだよ」
「まあ、それは同感だ」
「お互い……語り過ぎたようだね」
「………確かにな」

 影友は冷静さを取り戻していた。
 俺の打撃で覚醒したんだろう。
 それにしても……死んでもおかしくない程のダメージで……。
 不意に朋ちゃんの事を思い出す。
 地面に転がった、朋ちゃんの首。
 あの時俺は思った。
 忍者は、闇の中でしか生きられないと。
 光があたるのは………その身が動きを止めた時だけ。

「影友」
「………なんだい?」
「お前……日の当る場所に出たかったのか?」
「………………………」

 長い沈黙の後、影友が静かに頷いた。

「そうかも……しれないね」
「忍びは、闇の中でしか生きられない。生まれた時から決まってる。………そう、だろ?」
「………そう………だね」
「確かに理不尽だ。だけどよ……」
「僕はそれが……嫌だった」
「闇の中だって、楽しい事あるんだぜ?」
「……………」
「暗闇でしか………見れない光だってあるんだ」
「………僕には見えなかった。だから………見たかったんだよ」
「諦めなきゃ良かったのにな。まだ………」
「………まだ?」
「長い物語の、途中なんだから」

 どちらともなく、身体を泳がせる。
 お互い、解かり合える筈も無い。
 人が人の気持ちを理解する。
 誰かが解かってくれる。
 そんなのは幻想だ。

 さしゅ。

「!」
「………だぁ!」

 心を突き刺す痛みは、影友のことを理解したからじゃない。
 己の気持ちを反映させてるだけ。

「いやぁ!」
「せぃ!」

 炎が幾条にも襲い来る。
 影友は………。
 茉璃ねーさんは……………。
 おそらく、どんな結末も望んでいない。
 俺が勝手にそう思ってるだけ。

「しっ!」
「やぁ!」

 (みさご)が影友のこめかみを捉えた。
 一瞬へこみ、また復元する。
 俺は、俺でしかない。
 影友の気持ちも、茉璃ねーさんの気持ちも、理解する事は出来ない。
 俺は……止めたいと思ってる。
 だから……………拳を振るう。



 
 ふぉん。

 ふぉん。

 ぶん。

 ごきぃ。



 拳が胸骨にめり込み、俺の頬が裂ける。



 さしゅ。


 ごきり。


 ぱぐっ。


 ずさ。


 ふぉん。



 熱風が肌を焼き、打撃音が静寂に響く。



 さしゅ。



 さしゅ。





 ぼきぃ。






 ふぉん。








 さしゅ。







 色が消え去る。





 誰も居ない。




 康哉も。




 茉璃ねーさんも。




 レイナも。




 俺も。




 影友も。




 静流も。




 甘ったれた主義主張も。




 意固地なエゴも。




 何も無い。




 何も無い。




 真っ白な空間。




 その中で俺達は。




 互いに振り絞る。




 己の。




 刃を!!!












 幾筋もの炎が、闇を切り裂いた。
 闇だけじゃなく、俺の肌も切り裂いている。
 炎と刃の2段攻撃か……。
 不味いな。
 刃に殺気が篭っていないので、(かわ)し辛いことこの上ない。
 熱せられた刀身の熱を感じて、なんとか肌一枚で(かわ)している状況だ。
 それも、長くは続かない。
 徐々に……徐々に感覚が鈍ってくる。
 周囲の空気が………その温度を上げていた。
 刀身から飛び散る燐のせいか?
 影友も、無闇矢鱈に大刀を振るっていたわけじゃないらしい。
 ………まずったな。

「くっ………」

 何度目かの斬撃が、俺の足をかすめた。
 その瞬間、影友の瞳が輝く。
 この状況を待っていたんだろう。
 薙ぎの斬撃を、腰だめに変える。
 先ほどと同じ突き技か?

「滅せよ、楯岡!!!」

 青白い炎を上げて、火柱が迫り来る。
 不味い!
 身体が………反応しない!?
(ふくろう)』で………弾けない。
 極度の疲労と出血。
 度重なる斬撃。
 そして、周囲を焦す燐粉。
 その全てが………俺を殺す!!!
 
 動けない。

 死ぬ………の………か?

 渦を巻き………。

 刃が迫る。

 青白い炎を(まと)って。

 影友が迫る。

 なす術無く。

 ぼぉっと刃を見詰めた。

 俺の顔が……………炎に………………照らされる。

 視界の………………端に………。

 う……………………つ………………る………………の……………は……………。


















「とらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

















 獣のような金切り声で覚醒する。
 惚けてる場合じゃねぇ!
 (かわ)すんじゃない。
 その身を……投げ出す!

「りゃぁぁぁ!!!」

 炎渦の中心に、己の身体を突っ込ませた。
 青白い炎。
 退れば死。
 進めば………生!

 びしゅ。

 髪がちりちりと焦げると同時に、刃が肩の付け根に突き刺さる。
 周囲の肉が焼ける感覚。
 このままじゃ、腕が落ちる。
 俺は……静かに腕を回した。

 びきぃん。

「何!?」

 炎の向うに、影友の驚嘆。
 そして………今が………勝機!
 影友の折れた刃。
 肩に突き刺さる。
 左手で、三種の飛針を抜く。
 雀鷂(つみ)
 差羽(さしば)
 狗鷲(いぬわし)
 掌に、軽く雀鷂(つみ)を添える。
 その上から差羽(さしば)を寝かせて固定。
 中指と薬指を曲げ、狗鷲(いぬわし)差羽(さしば)雀鷂(つみ)を十字に押さえ込む。
 三種類の飛針をセットし、白いジャケットの左胸に押し付けた。
『楯岡』流。
 左掌を、拳に握る。
 掌の中で、雀鷂(つみ)が突き刺ささった。
 血液で、楯岡の燐が燃え上がる。
 雀鷂(つみ)差羽(さしば)に。
 差羽(さしば)狗鷲(いぬわし)に。
 全ての飛針が燃え上がる瞬間、(みさご)で左拳を打つ。

「楯岡ぁぁぁぁ!!!」
「!!!」






 (おおとり)









「………………あ……………?」

 青白い炎が、影友の胸を貫いた。
 暗闇に、青い光が燦然(さんぜん)と輝く。
 影友の左胸に、ぽっかりと黒い穴が穿たれている。
 (みさご)の打撃によって行き場を失った燐が、拳の隙間から破壊の蒼炎となって心臓を燃やし尽くしたのだ。
『楯岡』流、(おおとり)
 本来、城壁や錠前を破るための技。
 勿論、己の手で撃つことは無い。
 慎重に、石とか鉄板に飛針を設置して撃つ、土木建築技である。
 じゃないと………。
 俺の左手みたいに、穴が開いちゃうからな。
 俺の左手には、燐によって出来た破砕口が開いていた。
 (みさご)によって圧し戻したが、左手の破壊は避けられない。
 一本たりとも、左の指が動かなかった。

「………………?」

 影友は己の胸に手を当てて、不思議そうに首を傾げた。

「再生………しない……………?」
「いかにすげー陰忍だろーが、無くなった器官まで創り出すのは無理だろ?」
「………そう………みたいだね……………」

 これはあくまで俺の予想だが、『影落とし』には血流が関係してると見た。
 朋ちゃんや襲い来た忍びも、多量の出血と共にその動きを止めたからだ。
 所詮、万能な陰忍など無い。
 影友は、何かを納得したように微笑んで………。

「………………」

 地面に倒れ込んだ。

「いやぁぁ! 影友様! 影友様あぁぁぁぁ!!!」
「………あっ!?」

 一瞬の隙を付いて、康哉の捕縛から茉璃ねーさんが脱出する。
 惚けてる場合か、康哉!
 襲ってくるのかと一瞬身構えた。
 だが茉璃ねーさんは、俺の方など向かずに……。
 愛しい男の元に駆け寄った。

「……………まつ………り………………」
「影友様! 影友様ぁぁぁぁ!」

 影友は、何か言いたそうな……だが満足したような笑みを浮かべたまま……。
 その動きを止める。
 俺はそっと茉璃ねーさんに歩み寄った。

「………ねーさん……」
「………とらちゃん……………」

 涙で真っ赤になった、茉璃ねーさんの瞳。
 本当は何も言いたくない。
 だけど……言わなくちゃいけない。

「ねーさん……。俺………」
「………ありがとう………」

 ……………うん。
 解かってた。
 だから『(おおとり)』を、最後の技に選んだ。

「影友様は……ずっと逃げ出したかったの。押し付けられた………秩序から。それが………とらちゃんには
 ……解かってたんだね………」
「俺も……いっつも………逃げ出したいって思ってるよ」
「……………………」
「だけど、逃げない。俺には……あいつらが居るから」

 横目で、白い十字架を見る。
 レイナと康哉。
 そして……静流。

「………うん」
「俺は……生まれてきて良かったと思ってる」
「それが………とらちゃんの居場所なんだね……」
「ああ」

 俺の守りたいもの。
 仲間とか、友達とか。
 馬鹿やれる雰囲気とか。
 惚れた女とか。
 なんか、そんな感じのもの。

「………………じゃあね、とら………ちゃん」

 そう言うと茉璃ねーさんは、影友の遺体を抱きかかえて立ち上がった。

「行くの?」
「………うん。わたしたち………まだ、敵同士だから……………」

 今更、俺達が(いさか)う理由が在るんだろうか?
 だけど……そうだな。
 俺達は、懸命に生きるしかない。
 己の信念に従って。
 そう言う風にしか、生きられない。
 だけど………だけど、さ。
 そんな行き方でも、笑顔は浮かべられるんだ。
 あの頃の、茉璃ねーさんのように、ね。

「ありがとう、とらちゃん」
「………」
「……………影友様のこと………送ってくれて……………」

 闇でしか生きられない、忍者の宿命。
 輝くのは死んだ瞬間に送ってくれる、慰霊の花火だけだ。
 その人生を影の中で過ごした……過ごさざるを得なかった忍びの、最後の煌き。
(おおとり)』を最後に選んだ理由。

「茉璃ねーさん………」
「ん?」

 振り返った茉璃ねーさんの瞳には、もう涙は浮かんでなかった。
 それだけじゃない。
 決意の輝き。
 まだまだ、先は長いな、こりゃ。

「ねーさんは……影友の事、止めて欲しかったのか………?」

 俺の問いに、茉璃ねーさんは答えずに……。
 微笑んだ。

「じゃあね、とらちゃん♪」
「ああ、茉璃ねーさん。またね」

 穴の開いた左掌よりも胸が痛んだが、すぐに治まった。
 もう、昔には戻れない。
 変わって行くこと。
 変わらないもの。
 少しだけ深い息をついて、振りかえる。

「じゃ、帰るか」
「……………とら」
「帰るぞ、静流」
「……………………」

 俺の言葉に、康哉とレイナが頷いた。
 何か言いたそうな、何も言えないような笑み。
 言いたいことあんなら、言えよ。

「俺は……先に帰る。マクフィールドさん」
「はイ♪ 送ってって下サイ♪」

 ………は?
 康哉君、レイナさん?

「な、何言ってんだ、お前ら?」

 こんな場所に置いてけ堀にされたら、青姦とかしちゃいますよ?

「貴様は……静流様を送り届けろ。命令だ」
「命令デス〜♪」

 いや、命令される覚えはねー。
 だが俺の反論を聞く前に、二人はすたこらさっさと歩き出した。

「お、おい!」
「ちょ、ちょっと、二人とも〜!?」
「あ、言い忘れてたがな、大河……」
「………?」
「まだ、静流様、縛められている。貴様が解け」

 ……………マジすか?
 レイナと康哉が去った暗い森。
 セクハラしたい誘惑に耐えながら複雑な縛めが解けたのは、それからきっちり一時間後のことだった。
 めんどくせー。




















「ねぇ、とら?」
「あんだ?」

 静流を背負って、八つ頭峠を下る。
 静流は薬を嗅がされていたらしく、身体の自由が利かないからだ。
 この状態でヘッドバットとかかました静流は、すご過ぎる。
 背負って欲しいのは、俺の方だっつーの。
 出血量は既に、限界近い。
 麻雀で抜かれるんならまだしも、戦闘で抜かれてもなんの得にも成らん。

「茉璃ねーさん………どうするんだろうね?」
「さあな。また襲ってくるんじゃねーのか?」
「……………」

 確かに道阿弥(どうあみ)衆の総帥、山岡影友は倒した。
 だが軍師、藤堂代虎を逃がしてしまっている。
 あいつの目的もまだ、解かってないしな。
 森の中で倒した忍軍は、道阿弥(どうあみ)衆全勢力って言ってたが、これからいくらでも補充できるだろう。
『影落とし』。
 ひょっとして俺、一番やっかいな奴を見逃してしまったんじゃないだろうか?
 そんな思いが駆け巡る。

「あのね……」
「ああ」
「茉璃ねーさんね、あたしのこと……助けてくれたの」
「………どーゆー意味だ?」

 背後から静流の手が、俺の首に回される。
 優しくて暖かい感触。
 だけど、少しだけ振るえている。

「本当は……あたし、あの、怪しげな陰忍……使われるトコだったの………」
「ああ」
「だけど……茉璃ねーさんが、『静流だけは………助けるって約束だった』って言ってくれて……」

 なるほろ。
 だから十字架に、爆薬とか仕掛けられてなかった訳な。
 あの時襲いかかったのも、フェイクだったわけだ。
 俺が助けれると踏んでの、ブラフ。
 俺を傷つけるって意味合いはあったろーが。
 ………なんか、無性に寂しくなってきたな。

「茉璃ねーさん………昔の茉璃ねーさんだった……………」
「そーか」

 首に回った静流の手を、そっと握り締める。
 気付いた思い。
 静流はただの幼馴染とか、セクハラ担当なんかじゃないってこと。
 いや、セクハラもするんだけどな。

「ねぇ、とら?」
「ん〜?」
「あたし………とらの………刃の下に、居るのかな?」

 ななっ、なんで知ってる!?
 茉璃ねーさんとかに、聞きやがったな。
 楯岡、一生の命題。
 刃の下に。
 己が守りたいのは、なんなのか?
 大事にしたいのは、なんなのか?
 それを見つけ出すのが、真の目的。
 世界を守ったりすることに比べて、あまりにも難しい。

「いねーよ」
「……………そうな………んだ………」

 いや、寂しそうな声とか出すな。
 これから、いーこと言うんだから。

「お前は、俺に守られてるような玉か?」
「……………………」
「お前は、俺と一緒に守ってくんだ。俺達の………大事な居場所を、な」
「……………え?」
「百地と楯岡………じゃなくて。静流と俺とで………守ろう。ずっと二人で」

 首に回された手が震える。
 悲しみじゃない。
 殺意じゃない。
 殺意だったら困るけどよ。

「うん♪」

 喜びの声。
 コイツには、一番似合う。

「すなわち、刃の隣り、だな」
「………語呂悪い………」
「漢字で書くと、刃に静かに流れると書いて………」
「…………………なんて読むの?」
「なんて読むんだ?」
「そんな漢字、無いよ」
「無かったっけ?」
「………ばーか」

 むかっ!
 尻の肉とか、鷲掴みにすんぞ、コンチクショウ!

「ばーか、ばーか♪」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「ばかに言われたくないよ♪」

 むかー!
 身体の自由効かないうちに、シャレにならんセクハラとかしてやんぞ!
 俺の指が静流の尻肉を掴もうとした刹那、耳に暖かい感触。
 静流の吐息が拭きかけられる。
 ああっ。
 耳、弱いの♪

「………ねぇ、とらぁ………」
「あんだよ?」
「……………………いいんだよ。普通にしなくても……………」

 見破られた悔しさとかは、あんまりなかった。

「………そっか」
「うん。いいんだよ………。あたしが………あたし………ずっとそばに居てあげる」

 居てあげるってのは、ちょい高飛車だな。

「とらが落ち込んだ時……あたしがずっとそばに居てあげる。泣きたい時も……寂しいときも」
「……………」
「楽しい時も………辛い時も、一緒に居てあげる。だから………」
「……………だから?」








「………………ずっと一緒に………居て……………ください……………」









 背中に、静流の鼓動が伝わる。
 そんなに緊張するなら言うなってくらい、バクバクだ。
 それは………俺もおなじだったらしく。
 ………非常に………照れくせー。
 顔が赤くなって行くのが解かった。
 あまりにも照れくさくて、答えることが出来ない。
 だから俺は……。

「……………………」

 赤面した静流を、背中から降ろして………。

「……………え?」
「静流………」

 そっと唇を重ねた。
 二人でずっと歩いていく……………。
 今は、長い物語の途中だから。



                       第三部   完





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