「いてぇって! この、糞親父!」

 俺の左腕を握っている親父を、涙目で睨みつけてみた。
 親父は苦笑いを浮かべながら、俺の左掌に塗り薬を()りこみ続ける。
 火傷と切り傷を同時に負った負傷個所に、親父の爪が微妙に突き刺さって、いてーのなんの。
 (おおとり)によって開いた左掌の大穴も、なんとか貫通せずに済んだ。
 爆風は、(もろ)い方に逃げて行く。
 おかげで、骨も腱も無事だった。

「自業自得だよ、大河君。『(おおとり)』を人体に向かって撃つなんて。しかも自分の掌で保持するなんて……。お父
 さん、そんな風に教えた覚えはないけどな」
「うるせ。臨機応変が、俺の持ち味だ!」
「それで左手に大穴開けて、痛がってれば世話無いね」

 半ば呆れながら、親父は薬を塗りこみ続ける。
 雑然とした俺の部屋に、ミントのような香りが充満していた。
 この薬……聞くんだろうな、本当に?
 親父のことだから、どこぞの流派のアレンジ薬だろーが……この匂いは記憶に無い。
 やべー物質とか、入ってんじゃねーだろーな。
 てゆーかむしろ、入ってないとおかしいくらいの薬効だ。
 塗られた瞬間、傷みがすーっと引いていく。

「……ねえ、大河君」

 来た!

「なんだよ?」

 成るべく恐怖を顔に出さないように、そっぽを向きながら答える。
 レイナの伝えてくれた『勝つまで帰ってくるな』の言葉を信じて、ここまで帰って来たわけだが……。
 だって、勝ったもん。
 勝ったって事は、帰ってきて良いんだよな、うん。
 そうは思っていても、恐怖は拭えなかった。
 俺の親父は親父であると同時に、『楯岡』の頭首なのだ。
 そして俺は……『楯岡』の象徴である、飛針を投げ捨てた男。

「よく……山岡影友を倒せたね。『楯岡』の禁を破ったとはいえ」

 決して殺しはしないのが、楯岡の掟だ。
 俺はそれを意図的に破った。
 結果的に死んでしまうのとは、全然違う。
 殺すつもりで、殺した。
 たとえもう、死んでいたとしても。
 屍と言えども、殺した事には代わり無い。
 しかも考えてみたら……大量虐殺。
 両親殺しで、大量虐殺犯、か。
 歴史に名を連ねるな、こりゃ。

「親父は……」
「うん?」
「どうして親父ほどの手練が、影友になんか手傷を負わされたんだ?」
「………」

 敵のラスボスを『なんか』呼ばわりするのもどーかと思ったが……思わず尋ねてしまった。
 自慢じゃないが、俺は親父に勝った試しが無い。
 子供の頃、帰ってきてからの組み手。
 一度も、親父の身体に刃を突き立てる事が出来なかった。
 その親父が傷つけられた的に、俺が勝てるとも思えなかったんだが……。
 結果的に、勝ってしまった。
 そりゃ強敵だったけどよ。
 やけにあっさり勝った気もするんだよな。
 途中から記憶が無いのも、その一因だが。

「不思議かい? 君が勝てた理由が」
「………まあ、な」

 俺の心を読みきったように、親父が呟いた。
 恐ろしい洞察力だ。
 さすが、『楯岡』。

「君が勝てた理由は二つ在る。情けないんで、あまり話したくないんだが」
「ほう。それは是非聞きたい。今すぐ話せ、今すぐ」

 苦笑いを浮かべながら、親父が立ちあがった。

「一つは……波夜(はや)
「お袋?」

 親父は頷きながら、ベランダに向かって歩き始める。
 俺は途中で放棄された治療を自分で続けつつ、親父の後を追った。
 うっ……この薬……自分で塗るには、勇気が要るな。
 ベランダに出ると、親父は手すりに寄りかかりながら、わざとらしく夜空を見上げていた。
 もうすぐ朝日が昇る時間。
 八つ頭峠での戦闘は、短く感じてたが……。
 もう、こんな時間なんだな。

「ああ。僕がこの家に……。前の家ね」

 久し振りに思い出す、前の家。
 死ぬような訓練と、気休めのような百地の修錬。
 俺をと中から育ててくれたお袋……波夜と親父の、三人の生活の空間。
 思い出そうとしたが……上手く思い出せない。
 何故なら……こんな悪趣味なピンク色に染められたペンションじゃなかったからだ。
 もっと厳格で古臭くて……。
 こんな家、本当の僕の家じゃないやい!
 ………いや、本当の家としておこう。

「百地の任から帰って来た時、既に火の海だったんだ」
「何ぃ!?」
「……朝方なんだから、大声出さないように」

 ここ、これが落ちついて居られるか!
 誰が火を放った……?
 そして瞬時に、思いつく。
 影友、か。
 山岡影友の剣は、炎を纏っていた。
 生木の群生していた雑木林ならともかく、人工建築物じゃ一たまりも無いだろう。

「その時初めて、道阿弥(どうあみ)衆の頭首に会ったんだよ。彼は、秘忍書目当てに忍びこんで……」
「お袋を……斬った……?」

 俺の呟きに、親父が頷いた。

「飛びこんだ僕のわき腹ごと、ね」

 俺はなんとなく……。
 嬉しかった。
 もうお袋はこの世に居ない。
 俺を生んでくれた人も、育ててくれた人も。
 だから、そーゆー意味では、悲しむべきなんだろう。
 だが……。
 俺の親父は……俺を育ててくれた二人目の親父は、お袋をかばおうとしてくれたんだ。
 親父は多分、口に出さないだろうが……。
 お袋も、親父の刃の下に居たって事か。

「僕達の……『楯岡』のことを探る意味合いも、有ったんだとは思うんだけどね」
「そっか……」
「大河君。僕も君も、同じ物を下に置いたんだね。君の表情見てると、解かるよ。」
「……ああ」

 考えが見透かされたようで、ちょい口惜しかったが、素直に頷いた。
 俺も親父も、同じ物を護ろうとしている。
 いや、もしかしたら……。
 歴代の『楯岡』も……いや。
 誰もが同じ物を、護ろうとしているのかもしれない。
 俺も親父も、静流や康哉も。
 俺達とは違う道を歩いた、茉璃ねーさんや影友も。
 皆、自分の大切な居場所を……。
 帰って来れる場所を、護ろうとしているのかもな。
 変わって行く物、変わらない物。
 作り出す物、流れを押し止める物。
 思い出せる事、思い出になる事。
 それが……一番大事な物。

「まあ、話しを戻すよ。君が勝てた理由。それは君より、山岡影友が弱かったからさ」

 単純明快過ぎる。

「君は、やけにあっさり影友を倒しただろう?」
「ああ」

 それが一番気に成っていた。
 こっちに帰ってきてから、修行らしい修行もしていない。
 普段の訓練に加え、親父との組み手を追加したくらいだ。
 戦闘力が上がったとは、とても思えない。
 伝説の武器とか、手に入れてもいないしな。
 だが俺は、影友を倒した。
 そりゃ強敵だったさ。
 だが、親父が手傷を負わされた相手なんだ。
 普通に考えても、俺が勝てるとはとても……。

「僕達『楯岡』は、対忍者用のエキスパートだからね。身体に染みついた技は、全て忍者を倒すための物。
 だから僕達は、『楯岡』なんだ。僕達の持つ技は、対忍者用に特化している。そのために、全ての秘忍書
 を体得しているわけだからね。普通の忍者が僕達を倒すのは、至極困難だ。むしろ一般人の方が怖いよ。
 忍者に染みついている、独特のリズムが使えないんだからね」

 影友よりも、イブリスに手間取ったのはそーゆーことか。
 しかし……。

「……そのエキスパートが、なんで影友に脇腹(えぐ)られてるんだ?」
「……………………」

 親父が口篭もった。
 この先は、聞かないほうが良いのかもしれない。
 こーゆー雰囲気の時、聞けば必ず後悔する。
 俺が。

「波夜をかばったからさ」
「……そう、か」

 後悔はしなかった。
 お袋さえかばわなければ、親父は影友を倒していた。
 そーゆーことなんだろう。
 親父はその時、『楯岡』よりお袋を選んだ。
 口には出さないが、そーゆーこと。

「それに君は、僕よりも強いからね。単純戦闘って意味ではだけど」
「……あまり信じられねーな」
「どうしてだい?」
「親父に、一回も勝ったこと、ねーからだ」

 帰ってきてからの組み手一つとっても、俺は親父に勝ったことは無い。
 それこそ、殺すつもりで掛かって行ってもだ。

「ああ。それは簡単だよ。大河君は僕に勝てない。そのように、子供の頃からしつけてあるからね」
「………………………は?」
「君には、僕に対する絶対的な苦手意識が植え付けられているのだよ、はっはっは♪」
「笑い事か、コンチクショウ!」

 なんてことしやがんだ!
 いたいけな少年を、洗脳するような真似しやがって!
 しかし、思い当たる事は、山のように在った。
 (かわ)せる筈のパンチが(かわ)せなかったり、口答えを途中で止めてしまったり……。
 それらが全て、()り込まれたものだったとは……。
 どっか、精神科のお医者さんとかに行って、トラウマ消してもらうかな。
 そんで、親父を抹殺する、と。
 やっぱ聞かなきゃ良かった。
 今、激しく後悔。

「そのくらいしておかないと、危なくて一緒に暮らせなかったからね。あの頃の君は」
「………なるほろ」

 確かに、そうかもしれない。
 親父を『親父』と呼ぶ前の俺は……。
 変わったのは、やっぱりあいつのおかげなんだろうな。
 感謝とかしたくねーんだけどよ。

「んじゃ、もう一つの理由は?」
「山岡影友に勝てた、もう一つの理由かい?」
「ああ」
「それは……自分で考えなさい」
「あんだそりゃ」

 親父は笑いながら踵を返した。
 聞いても答えてくれない事は、自分で考えるしかねーってこた。
 だから、それを問いかけることはしない。
 しないが……。
 どうしてももう一つ、聞いておかなければなら無いことがあった。
 満足そうな親父の背中に、緊張しながら問いかける。

「なあ、親父」

 振り返らずに、親父が呟いた。
 俺の聞きたかった言葉。

「君は……大河君は、今でも……楯岡だよ」
「そっか……」

 一時は捨てるつもりだった、『楯岡』の名。
 あの時は、本気で捨てようと思っていた。
 だが……護りたいものに気付いたから。
 結局、『楯岡』としてしか生きていけな……いや。
『楯岡』として、生きていきたかった。
 それが多分、一番良くて……一番望んでいる事。
 掟を破った責は、これから償おう。
 そして、もっと……高みに。
 これから先、同じような事が有った時に……。
 もっと上手く対処出来る様に。
 多分……同じ様な事は、また起きる。
 藤堂軍師……そして、茉璃ねーさん。
 この世から忍者が居なくならない限り、『楯岡』もまた必要……。

「まあ、これからも、僕の手足となって働いてくれたまえ。ペンションのローンも苦しいしね」
「………………」
「だから今日は、ゆっくり寝なさい。また明日から働いてもらうよ、はっはっは♪」

 ………………………。
 今ちょっと、本気で捨てたかった。



























                           最終話








                        『オールキャスト』



















「ふぅ……」

 風呂上りにベランダに出て、身体の火照りを冷ます。
 殆ど一日寝ちまったんだな。
 さっき緋那に起こされて、飯食って。
 大分、体力も復活した。
 勿論身体中の傷が治ったわけじゃない。
 風呂水も身体に、嫌って程染みたしな。
 本来炎症を防ぐため、風呂になど入っては駄目なのだろうが……。
 俺的に、消毒の意味合いが込められている気がしてならない。
 火照った身体を、なんとなく撫でてみる。
 鋭い痛みが走った。
 今まで経験した事の無い傷み。
 影友に切り刻まれた傷は、火傷も同時に負っていた。
 あいつが、どこで『楯岡』の燐を手に入れたか知らないが……。
 あんな使い方も有ったとはな。
 影友の振るった剣を思い出す。
 少し、改良してみるかな?
 飛針に塗るだけじゃなくて、他の使い方、か。
 親父に教えてもらってばっかりじゃ、一生親父は超えられない。
 トラウマを打破するくらいの、イカス手段を考えねば……。

「おにーちゃーん……」

 ん?
 色々考えてると、階下で緋那の呼ぶ声がした。
 後片付けとか、手伝えってゆーんじゃねーだろーな。
 御免こうむります。
 ボク、怪我人だから♪

「電話だよぉ……」

 無視しようとも思ったが、そうも行かなかった。

「わーった」

 ベランダから、一階に向けて叫ぶ。
 考えてみたら、この家に帰ってきて初めてだ。
 俺宛ての電話なんて。
 向うじゃしょっちゅう、室内電話で呼び出されてたな。
 買出しとか庭掃除とか、そんなんばっかりだけどよ。
 などと思い出に浸りながら、階段を下って勝手口そばの受話器を持ち上げる。
 家電品とかには詳しくないから解からんが、この電話はそーとー古いんじゃねーか?
 色が緑だもん。

「あいよ。どこのドナタ様?」

 傷む身体のせいで、思わず無愛想になる。
 受話器の向うでは………。

「……………………」

 沈黙。
 まさか、俺を呼び出していたずらって事はねーだろ。
 てゆーか、こっちからいたずらすべきだな、うん。
 先手を握られるのは、嫌なのだ。

「あー、そーね。今、ピンクのストライプのパンツ。上は何も着てないわ♪」

 微妙に声質を上げて、女性っぽい口調でまくし立てる。
 ふふふ。
 楯岡秘技、『昼下がりの主婦のユウツ』を食らいやがれ。

「ダンナも最近、相手にしてくれなくて……。身体が寂しいの……♪」

 瞬時に設定を作り上げる。
 29歳、若作り、身体は細め。
 週三回、スーパーのパート勤務で、旦那は農業用トラクターのセールスマン。
 農家の接待とかが多くて、なかなか夜の営みが成立しない夫婦であった。

「ねえ……よかったら………」
「会いに来て」

 がちゃん。

 ……………。
 突っ込みも無しで、突然電話が切れる。
 普通に怒鳴られるよりも効くな、おい。
 ……って、会いに来て?
 誰に?
 旦那……は違うよな。
 まだ旦那、登場してないもんな。
 まあ、今の声には、聞き覚えがあった。
 ふぅ。
 軽く溜め息をついて、歩き出す。
 めんどくせーな。
 体、いてーのによ。

















「てことで、会いに来てやったぞ」
「………………………………………………え?」

 数歩歩いて、胸を張る。
 テーブルでは、デザートのトコロテンを、丼いっぱいかっ込む女一人。
 きょとんとして口の端からトコロテンをはみ出させた、蓮霞がそこに居た。
 なんか、別の物を食ってるみたいに見える。
 なんでそんな風にしか食えないんだよ。
 口からはみ出す触手。

「……誰に……言ってるの……かしら……?」
「蓮霞に。会いに来てって、言ったじゃねーか」
「……そんなこと……頼んだ……覚えないわ……」

 どうやら違ったらしい。
 同じ家に居るのに、電話かけてくる必要もねーか。
 はっきり言うと。
 さっきの声に聞き覚えは有ったものの、誰だか思い出せないのである。
 てゆーか、思いだしたくない。
 別に、蓮霞が一番好感度高い訳じゃない。
 一番身近なところから、一つずつ潰して行こうと思っただけだ。
 まあ、嘘だけど。

「納得したなら……去りなさい。私の邪魔をすると……潰すわよ……」
「どこをだよ!」

 潰そうと思ってる方が、潰されてどーすんだよ!
 てゆーか……トコロテン食ってるの邪魔したくらいで、潰されてはたまらない。
 俺は足早に去る決意を固めた。
 ここは危険過ぎる。
 次はどこに行くかな?
 やっぱ緋那に会って、そのまま夜の街に出て、みどりちゃんと奈那子を訪ねて……。

「……弟……」
「ん?」

 颯爽と去ろうしてる俺の背中に、なんか闇黒の底から響くような声が投げつけられた。
 思わず背筋が寒くなる。

「モタモタしてないで……行きなさい……」

 ……………………。
 だって、時間潰したいんだもん。
 めんどくせーし、何言われるか、解かってるしよ。
 はぁ……。
 再び丼に顔を突っ込む蓮華を尻目に、台所を後にする。
 行くしかねーか。
 やだなぁ……。



















「大河サン、お出かけデスか?」
「らららのら」
「……………チャんと答えナイと、ほうきデ撲殺しまスよ、コンチクショウ♪」

 笑顔で凄いこと言いやがる。
 恐怖で思わず、スニーカーを結ぶ手が止まった。
 玄関先でしゃがみ込む俺の隣りに、インチキ外人のレイナが並んでしゃがみ込む。
 俺の顔を覗きこむ拍子に、白い髪がふさりと落ちた。
 白いワンピース姿のレイナは、相変わらず胸の谷間が見えねーな。
 ワンピースのせいじゃねーけど。

「で、お出かけなんデスか?」
「あー。まーなー」
「フーン……」

 何か言いたそうなレイナ。
 膝を抱えて、俺が靴の紐を結ぶのをじっと見てる。
 やがて意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。
 わざとゆっくり紐を結んでた俺も、これで報われるってもんだぜ。

「ネェ、大河サン……」
「あ?」
「どこに……いくんデスか……?」

 俺は少しだけ考えた後……。

「内緒♪」

 と、かわゆい笑顔で言ってみた。
 ちょっと舌など出してみる。
 レイナはその表情に怯えながらも……失礼な奴だ、コンチクショウ……笑顔を作り出した。
 浮かべたわけじゃない。
 作り出したんだ。

「ネェ、大河サン」
「あ〜?」
「……好きデス♪」

 ………………………。
 まあ、解かってた。
 あの時……イブリスを倒した時。
 キスされた時。
 いや……普段の表情の一つ一つ。
 解かってた。
 だけど、応える事は出来ない。
 玄関でしゃがみ込んだまま、固まる俺。
 そして膝を抱えたまま、笑うレイナ。

「………………………」
「そんナに困った顔、しないデ下サイ♪」
「してねーよ」

 してねーけど……困ってもいる。
 応える事が出来ないから。

「これカラ会いに行く人……好きなんデスか……?」
「…………………」

 内緒って言って、舌を出して笑おうと思ったが……。
 上手く身体が動かない。
 こーゆー時、茶化しては駄目なのくらいは解かってる。
 だから身体が動かないんだ。
 俺はゆっくり息を吸って……。

「ああ」

 立ちあがった。
 でも立ちあがっただけ。
 歩き出しはしない。
 それが卑怯なのも解かっているから。

「私ジャ……無いんデスね……会いに行く……ノ……」
「ああ」
「ジャあ……行ってらっシャイ♪」

 明るい声。
 少しだけくぐもった……明るい声。
 いつもの、レイナの声。

「ああ。行ってくる」
「ハイ〜♪」

 玄関先で、膝を抱えるレイナに……。
 俺はどうする事も出来ない。
 謝りたくも無かった。
 謝っちゃ駄目だ。
 それは……レイナの気持ちを冒涜すると思うから。
 心の中で礼を言いながら歩き出す。
 ありがとう、レイナ。
 俺なんか好きになってくれて。
 応えられないけど……でも、ありがとう。
 玄関の引き戸を開けて、膝を抱えたレイナを置き去りにして……。
 俺は走り出した。
 月に照らされた道。
 幼い頃、いつもワクワクしながら走った道。
 あいつの家まで……全力で。




















「……何をしに来た?」
「……………………」

 見なれた裏門の前で、仁王立ちしている忍者一人。
 手には、正統の『猫爪(びょうそう)』と『熊爪(ゆうそう)』が握られていた。
 石川康哉。
 百地、最強の番人である。

「……答えろ。返答しだいでは、斬る」
「実は……」
「……?」
「俺にも解からん」
「………」

 呆れ顔の康哉の脇を、()りぬけ……。
 ()りぬけようとして、首筋に感じた殺気で、歩を止める。
熊爪(ゆうそう)』が寸分の狂いも無く、俺の頚動脈に押し付けられたのだ。
 あと一歩踏み込んでいたら、絶命しただろう。
 本物の殺気が、それを伝えていた。

「……理由も無く押し入ろうとする賊を、見逃すと思ったか?」
「てゆーか、お前……」
「む?」
「もう、百地の守護者は、首になったんじゃねーのか?」

 俺が原因とは言え、一旦は敵の手に静流が落ちたのだ。
 康哉はその責任をとって、守護者の証たる『熊爪(ゆうそう)』と『猫爪(びょうそう)』を返還したはず。
 ちなみに、道阿弥(どうあみ)との戦闘時に渡した『猫爪(びょうそう)』『熊爪(ゆうそう)』のオリジナルは、返してもらっている。
 いかに同じ型の忍具でも、長い間使いこんだ相棒は、手の馴染み方が違うと見た。
 やっぱり康哉には、それがしっくりくるな。
 レプリカだけどよ。

「今朝……。帰って来た時に、再び命じられた」
「……へ?」
「『百地』の守護を、だ」

 なんとなく嬉しそうな康哉の表情を見て、思わずホッとする。
 康哉は、『百地の守護者』である己を、誇りに思ってたからな。
 わざわざ留年して、静流の傍にいる事を選ぶくらい。
 実は、結構気にしてたんだよ。
 静流が攫われたのも、俺が悪いんだし。

「そっか」
「ああ。だから……」
「実は俺もよ。『楯岡』に復帰だ」
「………………」
「まだまだ、『楯岡』は必要らしい」

 ペンションローンの返済とかに。

「そうか……」
「じゃ、そーゆーことで♪」
「………待て」

 刺激しないように、そっと『熊爪(ゆうそう)』を押し退けたのだが……。
 すぐにまた、刃が首筋にあたる。
 今度は『猫爪(びょうそう)』だ。
 今、マジで見えなかった。

「それとこれとは、関係無い」
「……気付いたか。流石、石川流」
「愚弄すると、本当に斬るぞ」

 ホントに斬るつもりのくせに。
 康哉の持つ忍刀は、溢れんばかりの殺気に満ち満ちていた。
 守護者、か。
 それが康哉の選んだ道なんだな。

「理由は……解からないがよ」
「ん?」
「理由は解からないんだがな。どうしても、会わなくちゃいけねーんだよ」
「……通すわけにはいかん。貴様は、許可されていない。『百地』に招かれてない」
「融通利かせてくれよ、康ちゃん♪」
「そうはいかん。友と任務は別だ」

 ………友。
 て、照れくせー。

「では、押し入るまで」
「止めておけ。如何に『楯岡』とはいえ、この体勢で……」
「……!」

 背後から首に当てられた『猫爪(びょうそう)』を、しゃがんで掻い潜る。
 ぴたりとくっつかれたせいで、攻撃スペースは無い。
 だが……。

「何!?」
「セッ!」

 背中で康哉の膝関節に、全体重を預ける。
 康哉の膝が、ミシっとした音を立てて軋む。

「くっ……」

 康哉がステップバック。
 その瞬間、攻撃のための空間が出来あがる。

「でぇい!」

 後転しながら、伸び上がり蹴り!
 俺のつま先が、康哉の水月にめり込んだ。
 たたらを踏みながらも、康哉は瞬時に体勢を立て直した。
 俺も伸び上がって、攻撃の構えを取る。

「……本気か、貴様?」
「俺の本気、見たかったんだろう?」

 康哉は少し動きを止めた後、忍刀を鞘に収める。
 抜刀の構え。
 両手を西部のガンマンのように、だらりと垂らした。
 あの構えから、右手と左手、順手と逆手で四種類の軌道を生み出す。
 さらに斬り降ろし、袈裟斬り、斬り上げ、薙ぎ、突きなどを加えて、無限の斬撃に変化する。
 戦闘力だけで言えば、『百地』最強の流派。

「……ああ。見せてもらおう。『楯岡』の本気」
「頼みが有る」
「……なんだ? 言うだけ言ってみろ」
「死なないでくれな」

 台詞の語尾が消えかかる瞬間、康哉との間合いを詰める。

「……シュ!」

 軽い呼吸と共に、『猫爪(びょうそう)』が煌く!
 ……が、その刃は、俺の身体に届く事は無かった。
 踏み込んだ俺の手が、康哉の抜刀を途中で止めたからだ。
 右手で、康哉の『猫爪(びょうそう)』の峰を握る。
 何が起きたか、解かっていないんだろう。
 それほどの速度。

「何!?」
「遅いんだよ、康哉」

 ばきぃ。

 康哉の額に、頭突きをかます。
 あまりにも接近し過ぎたため、拳や蹴りの破壊力を生み出すのは難しい。

「ぐっ!?」

 仰け反る康哉の四肢目掛けて……。

「らぁ!」

 指を開いて、左右の抜き手一閃!
 的確に関節のツボを貫く。
 あと少しだけ力を込めれば、一生立ち上がれないくらいのポイント。

「………かぁ………………」

 ゆっくりと崩れ落ちていく康哉。
 地面にうつぶせのまま、音も無く伏せ倒れた。
 しゃがんで、康哉の顔を覗きこんでみる。
 おや?
 なぜに満足そう?

「……身体が……動かん……」
「どうだ、俺に敗北した気持ちは?」

 意地悪く、言葉で追い討ちなど掛けてみる。
 ムキになって反論すると思ったが……。
 康哉はにやりと笑った。

「……悪くない。手を抜かれるよりは、な」
「………結構根に持つね、お前」

 小さい頃から、康哉と本気で戦った事は無かった。
 己の能力の高さを隠匿するためだ。
 本気で、誰とも付き合ってこなかった。
 いつも何かを隠して、いつも怯えていたんだ。
 凛の言葉が甦る。

「これが俺の本気だ。得物を持ってたら、お前は死んでたぜ?」
「それも理解してる。だが、気分は悪くないぞ」
「……なあ、康哉」
「なんだ?」
「……これが『楯岡』だ。『百地』すら容易に潰すことが出来る。そんな俺がよ……」
「………何故怯える?」

 ………。
 怯える?
 俺が?

「大切な物を持って……。好意を寄せる者を持って、怖くなったか?」
「……………」

 そのとーりかもしれない。
 俺は……守る力で、壊すことも出来るんだ。
 自分の……惚れた女を、泣かすかもしれない。
 いや、いっつも苛めてはいるんだけどな。

「安心しろ。貴様に、『百地』は潰せない」
「だけどよ……」
「貴様には無理だ。と言うか……貴様に……『楯岡』に潰される道を、『百地』は歩まない」
「………」
「今回の事で『百地』も、色々見えたものが有る。道阿弥(どうあみ)の糸は、『百地』を捕らえかけていたのも事実。だ
 が……。その糸は見えたのだ」
「………」

『百地』の内部に巣食う、不穏分子。
 それが認識出来たんだろう。
 認識出来たのなら、対応するのも容易い。

「何より……『百地』の次代を担うのは、静流様だ。貴様に潰される道を、歩むと思うか?」
「………いや。思わない」
「そう言うことだ。解かったか?」
「ああ。解かった」
「ならばもう行け。静流様が待っている」
「……………………は?」

 静流は……家に居ないの?

「貴様に伝言だ。『待っている』と」
「………どこでだよ?」
「知らん」

 ………………決死の覚悟で、日本最高警備の屋敷に押し入ろうとした俺の立場は?
 てゆーか、最初っから言えよ!
 そしたら、痛い目にあわずに済んだのにな。
 相変わらず、不器用な奴。

「行け、大河。己を待つ者の元へ」
「……………なんでそんなに偉そうなんだ、お前は」

 ずーっと突っ伏したままの康哉に、そっと歩み寄る。
 実に良い説教だったが、良過ぎただけに口惜しいのだ。
 そんな体勢で説教しやがって。

「………何を考えてる、貴様………?」
「なんにも♪」

 などと言いつつ、自分の小指の先っちょを、苦無の先で傷つける。
 軽い傷みと共に指先から、少量の血液が溢れ出した。
 その小指を、康哉の額にあてる。

「き、貴様! 何をしている!?」
「楯岡特製の呪法。『呪写経』だ。これから貴様が歩む人生に、呪いをかけている」
「なっ!?」

 俺の小指は鮮やかな動きで、『し肉』と書いていた。
『しかばね』という漢字が思い出せなくて、平仮名な所がまた情けない。
 勉強はしておくべきだよな。

「お前は怒りすぎなんだよ。そんなんじゃ血圧上がるぜ」
「大きなお世話だ!」
「いいか、心しておけ。これからお前が怒ろうした刹那、額に情けない漢字が浮かび上がることを!」

 一部平仮名だけどな。

「貴様ぁ!」
「ほら、今浮かび上がった! 情けない漢字が!」
「ぐぅ……卑怯者め! と言うか、なんと書いたのだ!?」
「内緒♪」

 安心しろよ。
 そんな技、ねーから。
 せいぜい動かないお前を見つけた警備の連中が、爆笑する程度。
 間近で見れないのが残念だ♪
 とはいえ康哉は、わりと信じてるんだろう。
 忍者って意外と、迷信深いからな。
 康哉の額に落書きして満足したので、残りの用件を済ますべく立ち上がった。

「じゃな、康ちゃん♪」
「その名で呼ぶな!」
「ああ、また、情けない漢字が♪」
「………ぐっ……」

 だから、信じるなって。
 さて、後は……。
 傷む身体を引きずって、俺は走り出した。
 思い当たる場所は、有る。
 今来た方向を逆に。
 あいつは……静流は、あの場所に居るはずだ。
 ……俺んちの近くじゃねーか、コンチクショウ。
























 全力で走って、数十分後。
 俺は懐かしい場所に居た。
 ここに来るのも久し振りだ。
 なるべく来たくはなかった。
 嫌な記憶を思い出すからな。
 月夜の照らす湖の辺。
 そこに、あいつは立っていた。
 月が背後から照らしているせいで、表情が見えない。
 だが……。
 なんとなく解かった。
 手に持っている薙刀が、月光に反射してるから。

「御足労申し訳ありませぬ、楯岡殿」

 月をバックに、静流が呟く。
 その声に込められている他人行儀な響きに、嫌な予感が的中したことを理解した。
 てゆーか、なんなんだよ、その口調。

「……もしもし、静流ちゃん?」

 呼んだこと無いちゃん付けで問い掛けるも、静流は微動だにしない。
 マジかよ。

「この度の百地静流救出、痛み入ります」
「……誰だお前?」

 本当にお前は、俺専用セクハラ被害者の静流なのか?
 凛とした態度が、場を緊迫させる。
 なんとか抵抗しようとしてるんだが、静流は意に介さないみたいだ。
 俺を無視して話しを進めて行く。

「お陰で百地の膿も認識出来、今後の統治の方向も見えました」
「はあ……そっすか」
「改めて御礼申し上げます」
「感謝の心は、品物で示せよ。身体でもいいぞう♪」
「………………。ですが、楯岡殿」
「なんだよ、水臭い。いつものように、ダーリンって呼んでくれよ、ハニー♪」
「………………幼少の頃より、この静流を(たばか)っていたのですね」
「うっ! そう来るか、ハニー」
「……………。幼き頃より心を寄せ、本当に信頼していた楯岡殿に裏切られていた事。静流は本当に(いきどお)
 ております」
「でもよー。言えねーことって有るじゃん。お前だって言えない事、いっぱい有るだろ? おなにーの回数とか
 よー」
「………………………。百地は。この地を収めてまいりました。それがこの国の平穏に繋がると信じて」
「うん、立派だ。これからも頑張れ♪」
「ですが……。百地を。静流を謀るような(やから)が、強大な力を持ってこの地に存在する事など、認められぬ話
 し。百地を……静流を謀った責、どうするおつもりか?」
「どーするって言われても、おまえ……。お前はどーしたいんだ? てゆーか、お前に嘘ついてたのと百地
 と、なんの関係もねーじゃねーか」

 あ、やべ。
 段々イライラしてきた。
 身動き一つしない静流に。
 己のついて来た嘘に。

「答えは壱つ。この時をもって、楯岡殿には百地の傘下に入って頂く」
「………………」
「一生を持って、百地に……この静流に償うが良い」
「……てめー………。黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって……」
「全然黙っておらぬが? 下らぬ相槌(あいづち)ばかり聞こえてるぞ、楯岡殿」
「うっせ!」
「返答を。楯岡殿」
「………百地の歴史、考えてみろ」
「………?」
「百地の歴史は、闘争の歴史だ。いくつもの忍軍を、力尽くで配下にしてきた」
「だからどうだと言うのだ、楯岡殿?」
「俺が……『楯岡』が欲しかったらな……力尽くで手に入れてみろ」
「元より……そのつもり………」

 表情の見えない静流が、ピクリと動いた。
 手に持った薙刀が刃を返し、月光を反射して鈍い光を放った。
 本気かよ。
 てめー……ボコボコにしてやる……。
 俺に刃を向ける意味、たっぷりと教えこんでやるからなっ!

「壱つ約束なされ、楯岡殿」
「なんだよ。今更謝ったって、許さねーぞ……びぇんびぇん泣かしてやる!」
「下賎な流れ透波(すっぱ)如きに、謝る口など持たぬ。貴様などに見せる涙など無い」

 かち―――――ん!

「静流が勝ったら、『楯岡』は『百地』の傘下に収まる事を」
「あ―――! なんぼでも約束してやらぁ! そのかーし、俺が勝ったら!」
「………勝ったらどうだと言うのだ、流れ透波(すっぱ)?」

 かかかかかっ、かち―――――ん!
 流れ流れって、うるせーな、コンチクショウ!

「俺が勝ったら……」
「勝ったら?」
「その口調やめろ。学園のお嬢様モードもだ。少なくとも俺の前じゃ……いつもの静流に戻ってくれよ」
「……………え?」

 今やめてどーする。
 月光に照らされた静流が、一瞬たじろいだ。
 勿論、その瞬間を見逃すような俺じゃない。
 マジでかちんと来てるしな。

「シュッ!」
「………………なっ!?」

 楯岡特製の飛針、『差羽(さしば)』を抜き投げする。
 走りながら、捻りを加えての投擲(とうてき)
 青白い光が3条、静流の持つ薙刀に突き刺さった。
 あ、あれ……静流のかーちゃんの薙刀だ。
 やべぇなぁ。
 穴開けちゃった。

「くっ……」
「遅っ」

 燃えながら飛来する差羽(さしば)に、気を取られた静流の間合いに滑りこむ。
 俺の距離。

「てぇぃ!」

 静流が薙刀の柄を振るった。
 なかなか素早い反応だ。
 そうでなくちゃ、わざと撃たせた意味が無い。

「甘っ」

 静流の斬撃を、半回転しながら(かわ)す。
 (かわ)しながら、静流の背中に肘を撃ちこんだ。

「ぐ………」

 追い討ちをかけてやろうと思ったが、静流は身体を回転させて距離を取った。
 なかなか良い選択だ。
 自分の攻撃距離を、きっちり把握してる。

「セェ!」

 鳴子(なるこ)
 身体を翻して俺と向き合った静流は、間髪入れず苦無を放った。
 苦無に穿たれた独特の穴から、ピィーといった情けない音が鳴る。

「ふん」

 右手で鳴子の刃を受けとめ、左手で鳴子の影に隠れて放たれた箸手裏剣を受けとめた。
 くだらねー真似しやがって。
 そんなの通用すると思うなよ。

「デェェェェ!」

 なんて男らしい叫び声だ。
 微妙に野太い声を上げながら、静流が間合いを詰める。
 頭の上で旋回している薙刀が、鋭い風切り音を立てた。
 だから、そんな手に引っ掛からねー……。

「てぇ!」

 一瞬で静流の懐に飛びこむ。
 静流は百地流の忍び衣装を着てた。
 この衣装、なんかエロいんだよな。
 身体にぴたりとくっつく、黒装束。
 襟元を取って、少しだけ胸元をはだけさせる。
 白い谷間が、俺を誘っているかのようだった。

「なっ!?」

 まあ、そんなの楽しんでる場合じゃねー。
 襟を取った状態で、両足を静流の胸にくっつけてぶら下がる。
 己の体重をかけて、一気に後方に投げ飛ばした。
 両足を使った、空中での巴投げ。
 本当は、頭突きを撃ってその反動で反り返って投げるのだが……。
 頭突きは痛いだろう。
 俺が。

「ぐっ!」

 さくさくさく。

 突っ込んでくる前に静流が放った苦無が、倒れた静流の耳元に突き刺さった。
 あ、あぶねー。
 きっちり計算したつもりだったが、すこーしだけ着弾地点がずれていた。
 まあ、自分が放った苦無だ。
 刺さったとしても、自業自得。
 いかに奇声を上げて気を逸らしたとしても、空中に放たれたそれを、俺が見逃すわけは無い。
 甘いんだよ。
 右腕を振るって、その反動で走り出す。

「終わりだ、静流」
「まだまだぁぁぁぁぁぁ!」

 いや、違うんだよ、静流。
 もう、終わってるんだ。
 膝立ちになった静流が、薙刀を構えた。
 伸び上がりながら、渾身の一撃を俺に叩き込むつもりなんだろう。
 刀身が月光を反射する。
 だが……。

「……え?」

 力を入れようとした膝が、かくんと崩れ落ちた。
 自分でも、なにが起きたか解かっていないみたいだ。

 しゅぼっ。

 マッチを()ったような音と共に、静流の太腿に青い光が灯る。
 雀鷂(つみ)が静流の太腿に着弾したのだ。
 と言っても、腱を焼き切るのが目的じゃない。
 充分に手加減して、美味しそうな太腿の中ほどで止まるように調節している。
 俺を敵に回すと言う事。
 ちょっとだけ解からせてみる。
 ほんのちょっとだけだ。
 相手が静流じゃなぁ。

「熱っ!?」
「な。終わってるだろ」
「……え?」

 どぉん。

 静流の腹筋目掛けて、走り込みながらの右下段蹴り。
 20%くらいの力で、静流を蹴り飛ばす。
 本気で蹴ったら、内臓破裂とかしちゃうからな。

「どっ!?」

 大きく息を吐きながら、静流が吹き飛んで行く。
 仰向けに倒れこんだと同時に……。
 俺は首元に苦無を付きつけた。
 あ、どっかで見たこと有るシーン。
 湖の辺に、静寂が戻った。
 馬乗りになって静流と視線を合わせる。
 月光に照らし出された静流の瞳は……潤んでいた。
 口惜しいのか、痛いのかは解からない。
 まあ、両者だろう。
 
「さ、聞かせてもらおうか?」
「………何をよ」
「参りましたって。わたくし百地静流は、偉大なるハンサム様に敗れましたので、一生奴隷として忠誠を尽く
 しますってよ」
「………そんなこと……約束してない……」

 急に静流が、顔を手で覆った。
 指の間から、透明な雫が大量に溢れ出してくる。
 おいおいおいおい!
 自分で挑んでおいて、負けたら泣くのかよ!

「……ううぅ………ううぅ……………」
「お、おいおい。泣くなっつーの」
「………だって………だってぇ……………口惜(くや)しい……………くやしいよぉ……………」
「………」

 なんか、凄く悪い事をした気になってきた。
 意味不明な罪悪感が、胸に突き刺さる。
 喧嘩吹っ掛けられたのは、こっちだっつーのによ。

「まあ、なんだ、それ、ほら。俺に勝たなくてもよ……その……なんだ。一生……一生って訳には行かない
 かも知れんが、その……ほら」
「……………ううぅ………ううぅぅぅぅ……………」
「泣くなって。その、ほら……。その、な。お前が……百地が道を違えない限りよ。その……なんだ。解かる
 だろ?」
「………ううぅぅぅ……解かんない……………解かんないよぉ………ううぅぅぅぅ………」
「だから……な。その………ほら。………あの………な。お、俺が………」
「………ぐす………うぅぅぅ………俺が………なによぉ………」
「お、俺が………お前のこと………お前のこと、まもっ!?」

 急に視界が反転する。
 鈍い衝撃と共に、背中が地面に叩きつけられた。
 な、なに?
 何が起きたの、今?

「あたしのこと……なによ?」
「ててて、てめぇ! 嘘泣きかよっ!」

 だが違った。
 俺に馬乗りになった静流の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちてくる。
 頬にあたる、暖かな雫。
 月の光できらきらしてる。
 どんな意味が有るかは解からない。
 だが……俺は思わず笑ってしまった。

「なに……笑ってんのよ」
「いや、なんでもねーよ」
「笑ってないで、早く言ったら?」
「………一応聞いておこう。何をだ?」
「参りました。伊賀崎大河は、高貴で元気で魅力的な静流ちゃんに敗れましたので、一生奴隷としておそば
 において下さいって♪」
「ざけんな、てめぇ! さっき決着ついただろうが! 微妙に(いん)なんか踏んでんじゃねぇ!」
「あたし、参りましたなんて言ってないよ?」
「こここ、このあまぁ! 俺だって、参りましたなんて言うもんか!」
「じゃあ、どうするの? 続ける?」
「……………取り敢えず」
「とりあえず?」
「……引き分けっつーことで」

 これ以上やったら、静流を壊してしまうかもしれないからな。
 誰がどー見たって俺の勝ちなんだから、なんだか納得いかないが……。
 ま、しゃーねーだろ。
 静流の事、傷つけるのヤだもんな。
 笑いながらも、大粒の涙を流す静流。
 なんとかその涙を止めてやりたかった。

「ずるーい。誰がどう見たって、あたしの勝ちなのに」
「………今の体勢だけ見ればな。てゆーか……」
「ん? なに?」
「お前……誰かに見られたいのか? 俺、そーゆー趣味は無いんだけどなぁ」
「なっ!」

 静流の顔が、これ以上無いってくらい真っ赤になった。
 驚きと怒りと恥ずかしさで、涙も瞬時に止まる。
 やるね、俺。

「ふざけた事言わないで! あたしだってそんな趣味無いもん! もし誰かが見たらって話でしょう!」
「お前こそふざけんな! 誰が見ても、俺の勝ちだろ!」
「あたしよ!」
「俺だ!」
「じゃあ、続きよ!」
「応! やったろーじゃ……」

 視界いっぱいに、静流の顔が収まった。
 柔らかい唇で、台詞を止められる。
 甘い香りが脳内に広がった。
 潤んだ唇。
 朱に染まった頬。
 なにか言いたそうな瞳。
 数秒して、そっと離れていく。

「どっちが勝ったか………解からせて………あげる」

 そーゆー勝負かよ。
 いやぁ、そりゃ不利だな。
 俺が。
 だが、戦いを挑まれて逃げるようじゃ、男とは呼べない。
 不利と解かってて死地におもむくのが男!
 俺は……『楯岡』なのだ!
 全然関係無いけど。

「望むところだ」

 そっと手を伸ばして、静流の首に回す。

「あっ……」

 抵抗無く、静流の顔が再び引き寄せられた。
 潤んだ唇。
 朱に染まった頬。
 気持ちを伝えてくる瞳。
 唇が触れるか触れないかの距離で、引き寄せる腕を止めた。

「勝負だ、静流」
「望むところ……だよ……」

 唇を重ねる。
 柔らかで、暖かい。
 甘い匂いに、くらくらしながら……。
 俺は静流を抱きしめた。





















「………んん……………」

 熱い舌が、俺の舌に絡みついてきた。
 ぬるっとしか感触が、腰の辺りに溜まってくる。
 やべぇ。
 俺の上に覆い被さった静流の方が、若干有利な体勢だ。
 静流もそれは理解しているのだろう。
 それでなくても、既にヤバイのに。

「……ふふっ……」

 唇を離すと、なにやら微笑みやがった。
 ムカつく。

「なんだよ?」
「とら……めずらく、おとなしいなーって思ってさ」
「俺はいつでも、大人しいっての」
「そうだっけ? 初等部の頃、落ち着きが無いって、西脇先生に毎回通信表に書かれてた気がするけど
 なぁ」
「……こんな時に、そんなこと思い出してんじゃねぇ」

 あの担任、西脇って言ったっけ?
 思い出に浸る静流の腕を取って、身体を入れかえる。

「あん」

 この体勢は、非常に不利だからだ。
 心理的に優位に立たなくては。
 いや、すでに勃ってるんだけどな。

「『楯岡』の色吊(いろつり)。とくと味わえ」

 そっと静流の胸に手を当てる。
 静流の表情が、ぴくんと動いた。
 鋼糸の張り巡らされた黒装束では、いまいちの触り心地だが……。
 思わず、体の色んな所が熱くなって行く。

「……反撃するもん。薫子さんから、直々に習った色吊(いろつり)は……凄いよ……」

 ……それはヤバイ。
 まさぐろうとした手が、一瞬で硬直する。
 なにがヤバイって、薫子さんから習ったって所が、一番ヤバイ。
 世界中捜しても、望月薫子に叶うテクニックを持つ者は居ないとまで言われた、あのエロ技を伝授されて
 いる?
 これは恋人同士のまぐわいなんかじゃない。
 勝負なのだ。

「ん!」

 ……ん?
 まだ俺、なんもしてないぞ?
 見ると眼前で、静流の表情が歪んでいる。
 何かに耐えるような表情。

「どした?」
「なんでも……ない。勝負はまだ……始まったばっかりなんだから……」

 あ、なるほろ。
 見ると俺の足が、無意識に静流の太腿に絡み付いていた。
 相手の動きを拘束するのは、色吊(いろつり)の基本なのだが……今のは、悪かったな。
 無言で身体を起こして、静流から離れる。

「……え?」
「すまん。俺のミスだ」
「……なにが?」
「太腿」
「あっ!」

 俺に看破されたのが、ビックリしたのだろう。
 静流は右手で、自分の太腿を押さえた。
 さっき俺が、雀鷂(つみ)を撃ちこんだ部分。
『楯岡』がどーゆーものか理解させるために、わざと撃ちこんだのだ。

「だ、大丈夫だよ。そんなに傷、深くないしさ」
「……お前如きに、ハンデなんかいらねーからな」

 びりびり。

「あっ!?」

 静流の悲鳴が、布を裂いた音を掻き消す。
 雀鷂(つみ)の着弾した地点から、黒装束を引き裂いたのだ。
 静流の脚を開いて、その間にしゃがみこむ。

「な、なにすんのよ!」
「おとなしくしとけ」
「きゃう!?」

 雀鷂(つみ)の着弾した地点に、唇を這わす。
 静流の全身が、大きく反り返った。

「や、やめっ……」

 抗議の声を無視して、傷口を舐めた。
 予想通り、刺し傷の他に火傷も負っているらしいな。
 細く尖らせた舌の先を、傷口にめり込ませて治療にあたる。

「いっ!」
「……我慢しろ」

 一旦口を離して、また傷口に舌を這わせる。
 火傷によって止まっていた血が、再び染み出してきた。

「くっ……とらぁ………い、いたっ……」

 我慢のねーやろーだ。
 そんなんで忍者なんか勤まるか!
 ……と突っ込もうとして、やめる事にした。
 多分、俺の前だからだろう。
 思い上がりかもしれないが、何と無くそんな気がしたから。

「と、とら……もう……大丈夫………いっ!」

 舌の先が、目当ての物を見つけ出した。
 傷口を抉るような真似をしたのも、これを探し出すためだ。
 静流の両脚をしっかりと持って、傷口に吸いつく。

「いっ!!!」

 静流が俺の髪を掴んで、傷みに耐えている。
 いてーっての。
 髪、抜けるっての。
 傷みに仰け反るのも構わず、傷口を吸い続ける。
 少ししてコロンとした感触と共に、金属塊が口の中に転がりこんだ。
 塗抹された燐で燃え尽きた、雀鷂(つみ)の成れの果て。
 飛針が人体に撃ちこまれ、こんな風に溶けて腱や骨を燃やし尽くす。
 静流に撃ちこんだのは、燐を指でこそぎ落とした『思いやり』バージョンだ。
 だから着火までに、一瞬の間が有った。
 燐を落としておいたからこそ、この程度の火傷で済んでいる。

「取れたぞ」
「……え?」

 口から金属隗を吐き出した。
 地面に転がった飛針の成れの果てを見て、静流が息を飲む。
 本来の威力で、本来撃ちこむべきところに着弾したらどーなるか……理解したんだろう。
 それにしてもこの体勢は……完全にクンニのポジションだな。
 静流の脚を開いて、ひざまずいて……。
 続行!

「……やっ!?」

 傷口に、三度口付けする。
 今度は、治療目的だ。
 いや、ホント。
 ハンデは要らないが、先制攻撃はするってわけじゃない。
 いや、ホントホント。

「も、もう大丈夫だよ……とら……」

 さわさわ。

「あっ!?」

 両手が空いてるので、両方の膝頭など撫でてみる。
 静流の身体が、大きく反り返った。

「く、くすぐったい……」
「我慢しろっての」

 傷口を優しく吸いながら、舌先で滲んだ血を舐め取った。
 いやぁ……若い娘の血はたまらんのぅ。
 異常なシチュエーションに、思わず老人吸血鬼と化す俺。
 吸血鬼って、年取るのかな?

「だって………ううんっ!」

 空いてる手で、生ふくらはぎをさわさわと撫でる。
 もう一方の手は……色々企んでいた。
 イニシアチブは取ったな。
 傷口からの出血も大分止まっている。
 そろそろ、いーかな?

「……もう……大丈夫……だから……」
「本当か?」
「……うん。ありがと……」
「じゃあ、勝負続行だっ♪」

 びりびり。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 無残に引き裂かれる、静流の下半身を覆っていた黒装束。
 空いてる手で苦無を握り、せっせと切れ込みを入れていた成果である。
 こういった細かい気遣いが、明日の勝利を呼び込むのだ。

「な、なななななななっ!?」
「とりゃ♪」

 あらわになった、白き太腿と白き布。
 躊躇(ちゅうちょ)無く、その三角の布に唇を当てた。

「ふぅん!?」

 太腿に腕を回して、己の頭をホールドする。
 ポジション、確保。
 愛撫続行!
 ざらっとした感触。
 ほんの少しの汗の匂いと、それ以上に甘い匂い。
 容易く俺の本能を呼び覚ました。
 寝かしつけた覚えはねーけどよ。

「だ、だめぇ!」
「はんへ?」
「くぅ!?」

 思わず返答した声が、布地で情けない音声に変わる。
 スゲー忍具だ。
 声とか変えるとき、便利だな。
 震動で静流の身体が反り返った。
 地面と反り返った腰の間に出来たスペースに、すばやく右腕を挟み込む。
 左腕は、太腿を巻きこみながら腹筋を押さえた。
 すばらしい手触りだ。
 こんなに柔らかいんだな、肌って。
 この体勢では、静流も身動きできまい。
 相手の行動を制限するのは、色吊(いろつり)の基本♪

「あ……あ………あ……………」

 痙攣(けいれん)しているかのように、小刻みに震える静流の……。

「ああっ!?」

 布ごしの肉芽に吸いついた。
 顎に当っている白い布地が、一気に湿り気を帯びる。
 こんなに一気に、濡れるもんなのか……。

「と、とらぁ……ずるいよぉ……」
「はには?」
「はぅん! ……そ、そんなところで……しゃべらないで………」

 まあ、ズルイのは認める。
 だってよー。
 不利なんだもん。
 腹に回した左手を、そっと白い布地に近付ける。
 肌の上を滑らすように、そーっと。

「………あっ……………う……………」

 感触を楽しむかのように、静流の身体が小刻みに揺れていた。
 白い布地も、さらに熱を帯びてくる。
 太腿を抱きかかえながら、指先が白い布地に到達した。
 そーっと上部から進入。
 俺の関節が、ヤバイ方向に曲がっている。

「……やっ………」

 ふさりとした、静流の恥毛。
 湿り気を帯びたそれは、髪の毛よりも幾分固かった。
 ねじったりして感触を楽しむ。

「あ、あそばないでぇ……」
「はってほまへ」
「ひゃぅ! 話さないでって、言ってるのにぃ……」
「ひょうはい」

 がっちりと静流の肉芽に吸いつく。

「やっ! ……あ……あ……あ……ああ………」

 離さないでとのリクエストに応えたんだが、必要以上に刺激が強いらしい。
 快楽とも苦痛とも取れるうめき声。
 まだ、ちょっと早かったかな?
 まあ、最初に動きを止めておく必要があるしな。
 一旦肉芽から唇を離して、腰の下に入れた右腕を抜く。

「はぁぁぁ………」

 静流の全体重が、地面に委ねられた。
 間髪入れずに、太腿を抱く。
 まだ、脱力しきったと思うのは早計ってやつだな。
 少しだけ顔をずらして、白い布地と太腿の間に唇をつけた。

「はぁ!? ん〜……ん! んん〜〜〜んっ!」

 静流は、再び襲いかかる快楽に抗うかように、地面に爪を立てた。
 数条の爪跡が、湖の辺を削って行く。
 月光の下で唇を噛み締めて、何かに抗っている。
 まだまだ、これからだっつーの♪

 ぬるっ。

「はあぁぁぁぁ! やっ! そ、そんなの……………ああぁっ!」

 白い布地の脇から、舌を指し入れる。
 同時に静流の身体が刎ねた。
 舌の脇に当った下着の感触が、なんだかもどかしい。
 それでも構わず、白い布地の縁を(こす)るようにして舌を上下させた。

「ああっ! あっ! やぁっ! はぁっ!」

 舌が上下する度に、静流の身体が刎ねる。
 まるで俺に、身体のコントローラーを手渡したかのようだ。
 膣内から、大量の愛液が流れ出る。
 どんどん布地に吸収されて行くが、それも限界が有るんだろう。

「あぁ! はぁっ………だ、だめぇ………だめだよぉ………あぁん!」

 白い布地から、透明の液体が染み出てくる。
 頬に当る、静流の愛液。
 ぬるっとした感触を楽しみながら、徐々に下の動きを早めて行く。
 下の動きに呼応するかのように、静流の身体がせり上がっていった。

「……あっ………あああああ! だ、だめぇ! もう………駄目に………だめにぃぃぃ!」

 腰が折れるかと思うほど反り返った瞬間、舌で肉芽の先を捕らえる。
 唇ではさみこんで、一気に吸い出した。
 俺の頭を挟み込む太腿が、一気に内側に閉じる。
 苦しい事この上ないが、多少の優越感もあった。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………………」

 全身がピクピクと震え、駄目に成ったらしい。
 見事なブリッジで、静流が昇天した。
 ゲームとかと違って、いくーとか言わねーのな。

「あ………あ………はぁぁぁぁぁぁぁ………ふぅん……………」

 一気に腰が落ちる。
 だが、まだだ。
 この程度の色吊(いろつり)で、満足されても困る。
 俺は静流が脱力した瞬間を狙って、一気に白い布地をずり下げた。

「………あ………?」

 まだ痙攣(けいれん)している静流。
 男の絶頂と違って、女性の頂点は峰である。
 すなわち、高い地点がずーっと続くのだ。
 つくづく、男と女は違う生き物だと実感。
 俺なんか、一回イクと触って欲しくねーもんな。
 なんかくすぐったいんだよ。

「………と………………ら………………?」
「まだ、参ってないんだろ?」
「ひぃん!?」

 どうやら自分の下着が、剥ぎ取られている事に気付いていなかったらしい。
 俺の唇が、静流の性器をじかに捕らえる。
 外側の、膜のような部分を唇で挟んだ。

「だ、だめぇ! 今………あた……あたし………ひぃん!?」

 腹を押さえて、暴れようとする静流を押さえつけた。
 また、髪の毛が引っ張られる。
 はげたら、責任取れよコンチクショウ。
 怒りを込めて、外膜をずるずると吸い上げる。
 忙しく動く舌の先が、少しずつ痺れて行った。

「あぁっ! だ、だめぇ! ………あぁぁぁぁぁ………吸っちゃ………だ、だめぇ……………」

 おお、伸びる伸びる♪
 ここまでくれば、拘束の必要もないだろう。
 保険で、太腿に巻きつけている右腕だけ残して、左腕を尻の方から忍び込ませる。
 ぬるっとした感触と共に、一本だけ指を膣内に差し込んだ。
 
「はぁっふ!」

 ハーフ?
 一瞬だけレイナの顔が思い浮かんだが、頭を振って残像を消し去る。

「あぁっ!? ………あたま………動かさない………はぁぁぁぁぁぁ……………ああ………………」

 余計な快感を生み出してしまったらしい。
 肩の上で、静流の太腿が痙攣(けいれん)している。
 もう、イクのかな?
 
「だ、だめぇ! 本当に……………ほんとに………だめぇ……………」

 地面に爪を立て、必至に抗おうとしている静流だったが……。
 押し寄せる絶頂の波は、静流の意識ごと連れ去ろうとしていた。
 進入させた指先を、微に細に動かす。
 同時に、膣の入り口を下で(こす)り上げた。

「ああっ! あ……あっ………はっ……はっ………はぁああっ!?」

 リズミカルに、静流の腰が上下し始めた。
 俺の呼吸に呼応するかのように、腰が動いている。
 もう、ヤらしいんだから♪
 何時の間にか静流の太腿は、力なく開いていく。
 髪の毛を掴んだ手も、まるで快感を逃がさないように押し付けられる。
 さっきまで食いしばっていた唇は、だらしなく開かれ、透明な雫が端から流れていた。

「だめぇ! 本当に! ま、また………まただよぉ………おぉ!?」

 股?

「いやぁ! いやぁぁぁぁ! 駄目………だめぇ! お、落ち………………はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 よくは解からんが、もう絶頂を迎えるらしい。
 右指を鉤状に曲げ、内壁を引っかく。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あ――――っ!?」

 静流の身体が反ると同時に、左手で肉芽を挟んだ。
 こりっとした感触。
 舌も同時に、膣内に進入させる。

「あぁぁぁぁっ!?」

 反った静流の身体が、腹筋を使って縮こまった。
 手の平で、俺の頭を性器に押し付ける。
 膣内から、大量の愛液が零れ出た。

「ひぁ………あああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ……………………」
 
 座り込むほど縮まった静流の背が、再び伸びあがった。
 この俺が心配に成るほど、地面に背を打ち付ける。
 二回目の絶頂。
 余韻を楽しむかのように、静流の身体がヒクヒクしていた。
 思わず頬が弛む。
 ……これでもまだ、参ったと言わないかな?
 言わないなら言わないで、もっと攻めるのみよ♪
 相変わらず、嗜虐心を煽るよなぁ。
 大事にしたいと思う一方で、どーしても苛めたくなってしまう。

「はっ、はっ、はぁ、はぁ………」

 胸を上気させて、静流が喘いでいた。
 あまりの快感に、呼吸を忘れていたんだろう。
『楯岡』の色吊(いろつり)を、なめるからだ。
 実際舐めたのは俺なのだが、そんなことは関係ない。

「はぁ………はぁ……………はぁぁぁぁ……………」

 大きく息を吸い込んで、なんとか呼吸を整えようとしている。
 そうはさせるものか。

「……静流……」
「ん!?」

 静流の上に覆い被さって、艶やかに濡れた唇を奪う。

「んん……………んぅ………」

 さっきまでのキスと違って、舌を乱暴に差し込んだ。
 逃げようとする静流の舌を捕らえて、強引に絡める。

「………ふぅ………ん………んん……………」

 抵抗はすぐに止み、静流も応じてきた。
 ぬるっとした熱い舌を、お互いに絡め合う。
 お互いの唇端から、透明の唾液が流れ出した。
 留める事もしないで、激しくついばみ合う。
 
「………んん………はぁっ………んん………」

 ちゃぷちゃぷと言う音が、俺の頭を支配する。
 熱い。
 口の中に有るものなのに、なんでこんなに熱いんだろう?

「ふぅん!? ………あぁ………んん……………」

 何時の間にか無意識に、静流の乳を揉んでいた。
 上半身を覆う黒装束ごしに、ふにゃふにゃとした感触。
 そして………。
 ………………………。
 むかつく。
 何がむかつくって、俺の行動を読みきられているのがむかつく。

「んっ!?」

 上衣の合わせ目から手を差し入れる。
 あっ……ノーブラだ。
 俺、パンツには左程興味は無いんだが、ブラジャーは好きなんだよな。
 こーゆー時くらい、俺の好みに合わせてくれても良いのに。
 ま、そんなことは言ってもしょうがねー。

「んっ! あ………はぁぁ………」

 微妙に動かしながら、取り敢えず摘んで装束の外に引き釣り出す。
 その動きが解かったのか、唇を離して静流がにやりと笑った。

「……見つかっちゃった………♪」

 唇から引いた糸が、非常に淫靡だ。

「とんでもねー女だ」

 俺は指で摘んだそれを、地面に投げ捨てた。
 キンと言う音と共に、地面に転がる針鼠当て。
 女性の胸を保護するための防具で、薄い布に針が仕込まれた忍具だ。
 少し触ったくらいでは解からないが、強く握ると針が上衣を貫通して手に刺さる仕組み。
 どうせ俺が、静流の乳を鷲掴みするんだろうと思っての装備だろう。
 危なかった。
 非常に危なかった。
 思い止まって、正解だった。
 毒なんかは塗ってないだろうが、筋肉弛緩剤くらいはありそうだよな。

「………だって、とら……あたしの胸、好きでしょ? どうせ戦ってる最中に、また触るんじゃないかって思っ
 てさ♪」
「……勘違いすんなよ。お前の胸だから好きなんじゃねぇ。乳全般が好きなんだよ、俺は」
「………ふぅん。そうなんだ」
「ああ。そのとー」
「えい♪」

 り?

「えいえい♪」

 急に抱き寄せられて、プニプニした感触に顔が包まれる。
 視界が真っ暗になったものの、光の代わりに甘い匂いが飛び込んできた。
 あー……。
 やわらけー……。

「じゃぁ……」

 なんつーの……。
 天国?

「あたしの胸だけ、好きに成らせてあげる♪」

 静流が上衣を脱いで、素肌に俺の顔を引き寄せる。
 素肌つーか、生胸。
 なまむぎ、なまむね、なまままご。

「触っても……ううん。好きに……して良いんだよ……♪」
「……………なんかよー」

 名残惜しい気持ちを押さえて、静流の胸から顔を引き剥がした。
 とっさに胸を隠す静流。
 全部見えるより、数段エロかった。

「………なに?」
「何でそんなに、やる気満々なんだ?」
「ややや、やる気って!」

 真っ赤になって否定してくる。
 その間も、白い隆起が揺れていた。
 まるで、俺を誘っているように。
 ………その手には、乗らないもん。

「だってお前さー。触ったり揉んだりすると、いっつも怒るじゃねーか」
「あれは、人前だからでしょう! 人前で触ったら、どんな関係でも怒るよ!」

 今後のセクハラに、釘を刺されてしまった。
 てゆーか、どんな関係でも……?
 俺と静流は今、どんな関係なんだろう?
 少しだけ胸が痛んだ。
 言うこと言わないで、やる事だけはやってる。
 そんな自分に……。

「それに、さ」
「それに?」
「あたし………ずっと思ってたもん。………とらに………とらにさ………」

 欲望だけで、静流を抱こうとしてるんじゃないか?
 そんな思いが押し寄せる。

「………とらに………抱いて………欲しいって………」

 顔を真っ赤にして微笑む静流。
 俺は、そんな静流に、何をしてやれるんだろうか?

「ずっと……………思ってたんだよ……………」

 解かってる。
 答えは解かってる。
 ただ、それを踏み出す勇気がないだけなんだ。

「エロいな、お前……」
「ちちっ、違うよ! そうじゃなくて!」
「解かってるよ」
「っん!?」

 反論しようとする唇を塞ぐ。
 涙が零れそうだった。
 己の不甲斐なさに。
 静流の気持ちに。
 静流が瞳を閉じた瞬間、そっと唇を離す。

「………え?」
「解かってる。解かってるが………」
「………うん………」
「それとこれとは別だ。今は勝負の真っ最中だからな」
「…………あははっ♪ そうだよね♪」

 また踏み出す事を拒んでしまった。
 口に出すと、壊れてしまいそうで。

「じゃぁ………攻守、交代だね♪」
「………へっ?」

 腕を掴まれ、天地がひっくり返る。
 油断していたとは言え、なかなかの引き倒しだ。
 地面が背中にくっつくと同時に、静流が馬乗りになってくる。
 あ、やべぇ。
 なにやら、なにが、非常にやべぇ。
 ナニが。














「もう………おっきくなってる………」

 さわさわとした手つきで、Gパンの盛りあがった部分をこすられる。
 腰の辺りに、熱が溜まってきたのを感じた。
 やばい………。

「な、なぁ……静流………」
「………ん……なに?」

 返事しながらも、指の動きは止まらない。
 膨らみを正確に、上下に(こす)り続ける。
 あー………。
 気持ち良いけど……やばい。

「それ………やめねーか?」
「………ふふっ♪」

 俺の顔を見上げながら、静流が微笑んだ。
 見たことの無い、妖艶な笑み。
 瞳と唇を潤ませて、そっと膨らみに顔を近づける。
 暴れ狂ったアニマルに、優しく頬擦りした。

「………なんで………?」
「いや、その、ほら。最初はさ、ふつーにしたほーが、良くないか?」
「……………」

 おぉっ!?
 Gパンが、一気に下げられる。
 気を抜いた瞬間を狙われた。
 このままじゃ、別な物まで抜かれてしまう。

「……ヤだ……………」
「あんでだよ」
「………だって……だってさ……くやしいもん……………」

 それは、さっきイカされたことを悔しがってるのか?
 俺愛用のトランクスの上から、静流の淫らな指が上下する。
 まるで、生き物のような這いずり。

「………あたしだけなんて……ずるいよ………」
「いや、そりゃしょうがねーだろ。お前が耐えられなかったんだから」
「だからだよ♪」

 ぐにっ!

「ふぉ!?」

 トランクスの中に、静流の指が侵入してくる。
 ししし、進入経路は、太腿の上らしいです、キャプテン!
 なに、それは大変だ!
 ………本当に大変なんだって。

「……固く………なってるよ………」

 静流は、俺の腹の上でうっとりと呟いた。
 俺を見る上目遣いが、本能を呼び寄せる。
 去ってもらった覚えはねーが。
 情けないほど……今だかつて無いほど、俺の肉茎は固くなっていた。
 いや、一度だけ覚えがある。
 この、痛いくらい張り詰めた愚息の感覚。

「………不思議な………感じ……………」

 静流の指が、肉茎を握ったまま上下した。
 柔らかい手が、肉茎の上を這いずりまわってる……。
 容易く俺を導いていった。

「………表面は………柔らかいんだけどさ………皮膚一枚下が……固くて……熱いよ………」

 静流の描写に、思わず赤面する。
 言葉攻めっすか?
 言葉攻めなんですか?

「こんなに固くなって………苦しく……あっ? 今、ピクンて………動いた………」

 くっ!
 頬を染めながらも、愛撫を止めようとはしない。
 それどころか、徐々に速度を早めていく。

「………本物って……こんな風なんだ………」
「に、偽物って………偽物って有るの……かよっ!」

 息も絶え絶えだったが、なんとか突っ込んでみる。

「あるよー……」
「あ、あんの……かよっ!」
「だって色吊(いろつり)の修錬で……使うんだもん………奈那子んちで……作ってるんだよ………」

 それは初耳。
 巨大忍具メーカー『木羽忍機』で、大人のおもちゃなど製作していたとわ。
 ………どんな風に、使ってるんだろ………って、やべぇ!
 余所事考えなくちゃ、余所事!

「それで……毎晩……俺を思って………ひとっ、一人エッチしてたわけか………」

 全然余所事じゃないだろっ!
 静流は少しだけ沈黙した後……赤面しながら、にっこり笑った。

「……毎晩じゃない……けど……してたよー………」

 マジすか!

「どうしたら……とらが気持ち良くなるかな……どうしたら……とらが喜んでくれるかなーって……」

 くぅ!
 涙ぐましい努力だ。
 俺の努力も涙もんだが……とらちゃん、感激してるよ!

「そう思ったら………我慢出来ないんだもん………」

 予習復習ってわけか。
 やっぱり、優等生は違うねぇ。

「なによ……良いでしょ………女の子だって………そう言う気分になる時………あるんだよ………」

 はい、そのとーりです。
 そのとーりなので、手を止めてください。
 そろそろ、シャレになんねーよ。

「自分だって……あたしで………してるんでしょ?」
「し、してません!」
「……うそつき……」
「ほほほ、本当だってのっ!」

 だからやばいんだって。

「え〜。信じられないなぁ♪ あんなに静流ちゃんの魅力的な身体をまさぐって、自分でしてないなんて♪」

 静流の悪戯っぽい笑み。
 強く握られる肉茎。
 頭の中が、真っ白になる。

「うぅぅぅぅ!!!」

 その瞬間………。

「きゃっ!?」

 俺は、容易く果ててしまった……………。
 だ、だからやばいって言ったのに………。

「あ………え………?」

 あーだめだ。
 もーとまんねぇ……。
 最後の一滴まで放出するために、無意識に身体が動いていく。
 静流もそれが解かったのか、止めた手を再び動かせた。
 腰の辺りがしびれ、残りの快楽を放出する。
 ………ぱ、パンツが………。
 すごい事に………。

「くっ………」
「………で………でちゃったの………?」

 ああっ、止めて!
 そんな目で、あたしを見ないで!
 ビックリしたような、哀れむような瞳が、俺を見上げていた。
 ぬるぬるしたパンツの中で、まだ手が動いている。

「………………よーく聞け、静流。これはな………」
「あ、ああ! だだだ、大丈夫! あたし、人に言ったりしないよ、うん♪」
「………」

 完全に誤解されていた。
 違うんだ。
 いや、本当に違うんだ!
 だから、そんな目であたしを見ないでっ!

「そう言うのって、人それぞれだって言うしさ♪ あたし、全然気にして無いから♪」
「……………」

 俺が気にするっての。
 なぜか慌てているのは、静流の方だった。
 俺は………泣きたいくらい。

「そそそれに、若いから、すぐ復活するって、薫子さんも言ってたし♪」
「………………いいから、落ちついて話しを聞け」

 どんな知識を伝授してるんだあの人は。

「あああ、あの、ほら♪ あたしがまた、おっきくしてあげ………ならないね?」
「なるか!」

 この状況で、勃起なんか出来るかぁ!

「ほら、あたし、他の人のなんか知らないから、早いかどうかなんて、全然解かりませんですよ、はい♪」

 早いとかゆーなー!

「違うっての。てゆーか、話しを聞けぇ!」
「………大丈夫だよ、とら……。あたし、こんなことで、とらの事嫌いなったり……しないから、さ」
「取り敢えず聞けぇ!」

 ホントに泣きたくなってきた。
 どう言っても、言い訳にしか聞こえねーじゃねーか。

「………うん。いいよ………話して……」
「なんだその、慈愛の笑みわぁぁぁぁぁぁ!」
「だ、だって………」
「はぁはぁ………。いいか、よく聞け!」
「………うん」

 だからその、人を慈しむような瞳は止めろ!

「あのなぁ! た、確かに今のは早かった! そ、そそそ、それは認めよう、うん!」
「………うん。だけど、気にする事無いよ……」
「哀れむのは止めろ! お前のせいなんだからな!」
「………………え? ななっ、なんで?」
「前に、お前にして貰ったこと、有ったろ!」
「あっ! ………うん」

 緋那を助けた晩のこと。
 この湖の近くの温泉で、二人で愛撫しあったことを思い出したらしい。
 頬を染めて、俺の腹に頬をつけた。
 匂いとか、気にならんのかね?

「あ、あれからな! あれから……………自分でしてねーんだよ!」
「………………え?」
「だから、溜まってたんだ! だから、ちょちょちょちょ、ちょっとくらい早くても、しゃーねーだろ!」

 多分俺の顔は、真っ赤だろう。
 怒りと羞恥心。
 そんなもので満たされていた。
 さっきまでのリリカルな気持ちが、台無しだぜ。

「………どうして?」
「あぁ!? 何がだよ!」
「……どうして……自分でしてないの……?」
「……………待て待て待て。何故そのトップシークレットを知っている?」
「……今。自分で言ったんだよ、とら」
「………」

 本当だ。
 己の台詞を反芻して、よーやく愚言に気付く。
 稀代のオナニスト、自慰界最後の大物と呼ばれた俺が、自らを律していた事を告白してしまった。
 この事実は……墓の下まで持って行くつもりだったのに……。

「ねー。なんで?」

 静流が妖しく笑いながら、指を動かし始めた。
 ぬるぬるとした感触と追い詰められた感情で、再び肉茎が起立する。
 パンツの中は……まさに、地獄絵図。

「ななな、なんでだっていいだろっ!」
「……教えて、とら」

 いきなり神妙な瞳。
 この瞳で見上げられると……嘘が付き辛い。

「ねぇ、とら。教えてよ〜♪」

 そして再び破顔。
 細かく動く指が、肉茎を導いていく。
 絶頂に。

「ゆ、指を動かすなっ!」

 イッた後は、あまり触って欲しくねーんだよっ!
 くすぐったいっつーか、もどかしいっつーか。

「じゃあ、教えて♪」

 答えを知っているはずの静流が、妖しく笑んでいた。
 額に薄っすらと汗を浮かべながら、俺の肉茎をしごき上げて行く。
 まままま、まずい!
 このままだと……早いと思われてしまう。
 もう既に手遅れかも知れんが。

「解かってるだろ! いちいち言わせんな!」
「え〜? 解からないな〜♪」

 腰の辺りが熱くなっていく。
 経験した事の無い熱さ。
 しゃ、洒落にならん!

「だからぁ!」
「………だから………なによ?」
「お、お前にしてもらったのが、気持ち良過ぎたんだよ! 自分でする気にならねーじゃねーか!」
「………え?」

 なんだ、その、驚いた表情はっ!
 解かってたくせにっ!
 自分の答えと、俺の答えが合ってるかどーか、確認したかっただけのくせにっ!
 ……情けない。
 文字通り、手綱を握られている感じだ。

「お、俺は違いの解かる男、とらちゃんだからなっ! 一旦美味しいものを口にしたら、もう不味いものは食え
 ねーんだよっ!」
「……なんの違いよ?」
「ほほほ、ほらっ! 摩周軒のラーメン食ったら、蓮霞のラーメンなど食えねーだろっ! それと一緒だっ!」
「あそこも、たいがい美味しくないけどね……」
「あ、ひどっ! 何気に蓮霞ラーメン批判!」
「ししし、してないですよ、はい。蓮霞姉さまのラーメン、美味しいもん。………独創的で」
「毒草的!? てゆーか、もう洗いざらい喋ったろっ! だから、動かすのをやめろっ!」

 話してる最中も、静流の指は淫らに動いていた。
 俺の肉茎から、全てを搾り出すかのように。
 すぐそこまで、快楽の波が押し寄せてきていた。
 忍者と言うのは、絶える事。
 それにも、限界があるんだっつーの。

「うん」

 ……あれ?
 静流は俺のパンツから手を引き抜いたかと思うと、すっと立ちあがった。
 忍衣の上だけ羽織った静流の姿が、月光に映し出される。
 止められたら止められたで、何故か名残惜しい気がしてきた。
 途中で止められるのも……辛いなぁ。

「ねぇ、とら」
「ななっ、なんだよっ!」
「………お風呂いこっ♪」

 ………はぁ?
 それだけ言い残すと静流は、そそくさと立ち去って行った。
 あの方向は……温泉か?
 なるほろ。
 場所を移して、第二ラウンドと言うわけですね。
 ……一発貫いておくかな?





















「ん…………ちゅっ…………」

 うわぁぁぁぁぁぁ!
 直立した肉茎に、静流の艶かしい唇が当った。
 それだけで温泉の縁に座った俺の腰は、情けなく刎ね上がる。
 膝まで満ちたお湯が、静流の動きで波打った。
 もうすぐ夏とは言え、山の上の夜は気温も低い。
 温泉から立ち上る蒸気は、俺達二人を包んでいた。
 
「……すごい……ね……」

 静流がうっとりとした表情で、唇を離す。
 静流を追い掛けて来て、すぐに温泉に入れられた。
 精液で汚れた肉茎を優しく洗い流された時には、既に臨戦体勢の俺。
 元気な事、この上ない。
 鼻先にくっつきそうな肉茎を見て、静流が艶に呟いた。

「さっき……あたし、二回……されちゃったから……」
「………ああ」
「とらも……二回………してあげる」
「いや、遠慮する」

 しかし実際問題、イニシアチブは何時の間にか握られていた。
 いや、文字どーり握られている。
 後少しって所で止められたので、思わず静流の言う事を聞いてしまった。
 先手を握ったのは、俺の方だったはずなのに……。

「だーめ。………あたしが………して………あげる………」

 そう言うと静流は、再び肉茎に口を近づけた。
 少しずつ近付いて行く、静流の唇。
 湯気なのか興奮なのかは解からないが、静流の唇はしっとりと濡れていた。

「………ちゅ………」

 ついばむような、浅いキス。
 もどかしさで、思わず腰が前に出る。
 あー、情けない。
 がっついてるようじゃねーか。

「………ふふっ………」

 それが静流にも解かったんだろう。
 主導権を握った優越感から、淫らな笑みを浮かべた。
 ぞくりと、背筋に寒気が伝わった。

「………あ………ん……………れろっ……」
「んっっ!?」

 舌の先が伸び、肉茎の頂に触れた。
 その瞬間、電流が身体中を駆け巡る。
 生まれて初めての感覚。
 話しに聞いたりビデオや書物で想像したのを、かるーく超越していた。
 しゃ、洒落にならん……。

「…………ん。……………ふっ………ん………」

 静かに。
 とても静かに、舌の先が肉茎を這いずる。
 少しだけ苦しそうな吐息が、俺の欲望をかき集めていく。

「…………ちゅっ………ん……………ん……………」

 初めて女性の舌が、肉茎に触れている。
 俺を興奮させているのは、そーゆー事じゃなかった。
『あの』静流が、俺を愛撫している。
 その事実が、異常に興奮するのだ。
 温泉の縁に越しかけている俺に、静流がひざまずいている。

「……ん………ん………ん………ん………」

 徐々に、舌の触れる間隔が短くなっていき、肉茎の頂をぬめらせた。
 静流の舌はやがて、亀頭のくぼみに沈んでいく。

「らぁ………れろっ………はっん……ん……ん………」

 鈍く尖った舌が、丁寧にくぼみを舐め取った。
 だらしなく開かれた静流の唇から、透明な唾液が糸を引く。
 胸に落ちて行く唾液を、俺はぼんやりと見詰めた。

「………ふっ………んん………」

 一旦亀頭から離れた舌は、肉茎の根元に押し付けられた。
 静流の舌はさっきと違って、平べったい半円に変わっている。
 あんなに変わるもんなんだな。
 思わず自分の口の中で、舌が動いてしまった。

「………んっ………ちゅぅ………」

 つつっっと舌が、上にせり上がって来る。
 静流の舌と俺の腰が繋がっているように、俺の腰も持ちあがった。
 何か、逃げなくてはいけないような気に成って来る。
 それもその筈。
 俺は既に、限界近いのだ。
 しかし、果てる訳にはいかない。

「………ん………はっ………ん………れろっ……」

 今度、速攻で果てたら、一生早漏呼ばわりされてしまう。
 ぶっちゃけ、『楯岡』の事がばれてしまうより、それだけは避けなければ成らない。

「………ん……ん………んん………ふっ………ん……」

 再び亀頭を舐めまわす舌に、唇を噛んで必至に抗う。
 まるで別の生き物のように這いまわる舌。
 唾液の足跡を残して、俺を追い詰めていく。

「………かっ……ぷっ………」
「っぉ!?」

 突然亀頭が、熱い膜に包まれた。
 静流が……肉茎の頂を咥えたのだ。

「……ちゅぅ………ちゅるっ………」
「あ………ああ………」

 吸われる。
 俺が……吸われて行く。

「………んぷっ………ふぅん………ちゅっ………」

 咥えただけで、唇は動かなかった。
 その分口腔で、舌が蠢きまわる。

「……るっ………んん………んん………んんん………ん?」

 ぼうっと見下ろす俺と、見上げる静流の視線が絡み合った。
 静流の頬が、一気に朱に染まる。
 俺もなんだか恥ずかしくて、思わず視線を逸らした。

「……ん……ぷはっ………」

 鈍く尖った舌が触れ、静流は肉茎から口を離した。
 透明の糸が伸び出したが、重みに耐えられなくなって静流の胸に降り注ぐ。

「……やだ………………見ないで………よ………」
「………ん……」

 俺が見ていないかどうか確認しながら、再び静流の唇が肉茎を飲み込み始めた。
 静流の上目使いが、やがてそっと閉じられる。
 朱に染まった唇を、俺の肉茎がめくり上げた。
 俺の出した先走りなのか、静流の唾液なのか解からないが……。
 唇でしごかれた肉茎の上を、透明の雫が波立った。

「………んんん………ふっっん……………ちゅぷっ………」

 今度は、深く咥えられた。
 肉茎の上を、唇が這いずって行く。
 深く。

「………ふっぅん………」

 引き抜かれる。

「……ちゅるっ………んん………」

 そしてまた、飲み込まれる。

「………ふぅん………ちゅぷっ………ちゅるっ………んんん………」

 消えたり現れたりする、肉茎。
 あまりの快感に、腰が少しずつ浮き始めた。
 なんとか精神力で、浮かぶ腰を押し止める。
 唇を噛み締めて、静流の思惑から外れようと必至に抗った。
 これは、恋人同士のまぐわい等ではない。
 己のプライドをかけた、勝負なのだ。

「んむ………ぷぷっ………んむっ………んん………」

 肉茎を這いずるように添えられた舌を固定して、静流の唇が速度を増した。
 背筋を這いあがる刺激。
 思わず背中が反った。

「ちゅぷ……んん………んむっ………ふ………んん………むっふっ………」

 徐々に増して行く速度が、静流の唇をめくり上げる。
 透明な液体がだらしなく流れ出し、睾丸と太腿に伝わった。
 ちゅぷちゅぷと言う淫らな音が、俺と静流を興奮させていく。

「……んむ………ちゅるっ………んん………んむっ………ふ……………んん………」

 だが俺は、果てる事を拒み続けた。
 この快楽を、一瞬でも長引かせたい。
 静流の愛撫を、出来るだけ長く味わいたい。
 すでに趣旨が変わってきている我慢が、なんとか俺を押し止めた。
 俺の血を流す如き、断崖絶壁の抵抗が解かったのだろう。

「……ん〜〜〜〜っ」

 静流は上目使いで、不満げな吐息を漏らした。

「………」
「んんん〜〜〜〜〜!」

 肉茎を咥えたままうなり始める静流。
 静流の漏らす吐息で、俺の陰毛がそよいだ。
 く、くすぐったい……。

「んんんんん〜〜〜〜〜〜!」
「………」

 何が言いたいか解からんが、不満げなのは伝わった。
 口から伸びる肉茎が、かなりマヌケなのは置いておくとしても……。
 静流の欲望に応える事は出来なそうだ。
 既に俺は、無欲闊達の境地に身を置いている。
 解かり易く言うと、余所事を考えてすげー我慢している。
 それこそ、返事も突っ込みも出来ないくらいに。
 やがて静流が、そっと肉茎から口を離した。

「………ん………ぷはっ……」

 唇を離した瞬間、数条の唾液が肉茎を伝わり落ちた。
 俺の太腿や睾丸、静流の顎や胸をぬめらせる。

「………どうして……?」
「……………」

 腰が痺れて、答える事など出来ない俺であった。
 てゆーか、なに問い詰められてるか解からないし。

「………ねぇ、とら………気持ち良く………ないの?」
「………………」

 なんとか首を横に振る。
 そのくらいしか出来ない程、気持ち良かったのだ。
 身動きすると、身体の中から零れ落ちてしまうくらいに。

「……じゃあ………我慢………してるの………?」
「………」

 首を縦に振る。
 こんなに素直な俺、見たことねーよ。
 人と言うのは、身体よりも精神的に果てる部分が大きいからだ。
 どんなにテクニック有っても、動物に愛撫されてもイかないのと一緒。
 精神と身体を剥離させて、我慢する戦法は間違いじゃなかったが……。
 その分、身体が素直に応じてしまう。

「我慢しなくて……いいんだよ……てゆーか、さ………」
「……………」
「我慢………しちゃ………ヤだ………」

 頬を染めながら、静流が俯いた。
 その表情を見ただけで、離れていた精神と肉体が結びつきそうに成る。
 騙されるな、大河。
 これは、静流の姦計だ。
 狙って無さそうで、狙うような女じゃねぇよな、うん。
 …………ん?

「ねぇ、とら……我慢しないで、さ……。あたしで、気持ち良くなって……欲しい……」

 くぅぅぅぅ!
 涙ぐましい提案に、思わず腰が揺さぶられ始める。
 ………揺さぶられる?

「……んん! ………んん! ………んん!」

 どわぁぁぁぁあ!
 俺の肉茎は、静流の胸の谷間に収められていた。
 三国一の谷間好きと呼ばれた俺の、夢のプレイですね。
 ですねじゃねーよ。
 
「……んっん! ………んんっ! ………んん!」

 なんとか気を逸らそうとしても、静流の吐息と胸の弾力で呼び戻される。
 こ、これはマズイ。
 気持ち良さから言ったら、さっきの口撃の方が気持ち良いのだが……。
 自分の胸を両方から押さえて、肉茎をしごき続ける静流。
 額に薄っすらと汗を浮かべている、その表情が……。
 視覚的に、恐ろしい攻撃だ。
 だ、だが……こ、この………この程度じゃ………。

「んん………。……んん………れろっ」
「……!?」

 ひぃ!?
 胸の谷間から生えている肉茎が、舐められてますよ、お父さん!
 て、父親に報告の義務は無いんだが……。
 思わず写真に撮って、枕元に隠しておきたくなるビジュアルだ。

「……んん! ………んっ……れろっ………んん!」

 段々と激しくなる、静流の攻撃。
 腰の辺りが痺れて、自分の身体じゃないかのようだ。
 それでもなんとか、歯を食い縛って耐える。
 いつの間にか、口の中には血の味が滲んでいた。
 それでも耐えねばなるまい。
 静流がおねだりするまで。

「ぷはっ!」

 ようやく諦めたのか、静流が胸から手を離した。
 弾力によって揺れた胸に、俺の肉茎が弾かれる。
 あ、危なかった……。
 いや、マジで危なかっ………ひぃぃぃ!?

「うっ………わっ!?」
「………んんっ………」

 静流の赤い髪が………俺の肉茎に巻きつけられていた。
 ざりざりとした感触。
 全然想像してなかった感触に、剥離していた心と身体がつながってしまう。
 しかも、巻きつけられた髪の毛の上から、そっと握られて……。

「………はっ……んん………」

 片乳に押し付けられた。
 自分のしている行為に興奮しているのか、静流の乳首は固く尖っている。
 乳房の柔らかさと乳首の固さが、巻きつけられた髪の毛を通して伝わってきた。
 そのまま自分の乳を握るようにして、肉茎を上下に(こす)り出す。

「………んん………ん………き、気持ち………いい………?」
「………あ、ああ………すげー………気持ち………いい……………」

 気持ちと身体がつながってしまった今、無意識に答えてしまった。
 桃色の乳首が、亀頭のくぼみに引っ掛かる。
 こつこつとした快楽が、定期的に押し寄せていた。
 しかも、柔らかな手と暖かい乳房に、全体が挟まれていて……。
 ざらざらとした髪の毛が、全体を包み込んでいて……。

「………んん………んん………んんっ…………あっ…………ふっ………」

 押し寄せる数種の快楽に、腰の骨までとろけそうだった。
 もう我慢出来ない。
 する必要も、ないのかもしれない。
 ただ、静流の愛撫に身を委ねる。
 暖かい海に包まれるような感覚。
 俺と静流の鼓動だけが、身体を支配していた。

「………あっ………や、やばいって………し、しずる………」
「んんん! ん……んっ! ふっ………んん! ………んんん!!」

 握られた肉茎が、激しくしごき上げられる。
 俺の情けない喘ぎと、静流の吐息。
 徐々に速度を増して行く。

「んん! んん! んん! んふっ! んんっ!」
「はっ、はっ、はっ、はっ………」

 時折きつく絡みついた髪の毛が、肉茎を絞り上げる。
 静流も自分の行為に……胸を伝わる振動に、酔いしれているようだ。
 瞳が潤んで、口元がだらしなく開いて………。

「ん……んっ! ふっ………んんっ………れろっ………」
「あっ!?」

 突然鈴口に、強い刺激が走る。
 静流の鈍く尖った舌が、亀頭の先を舐めまわしたのだ。
 新たに加わった快感に、俺の堰は容易く崩壊した。

「あ……も………だめ………だ………」
「んっ! んんんっ! ちゃぷ……れろっ………んんん!」

 肉茎を包む……ざらっとしていて、暖かくて、ぬるっとして、こつこつした刺激。
 瞳を潤ませ、舌を伸ばした静流の表情が、快楽に染まった。
 多分俺も、同じような表情をしているのだろう。
 頭の心が、かーっと熱くなった。
 腰の辺りが痺れ、何がなんだが解からない。
 俺は手を静流の頭において、少しでも快感を逃がさないように引きつける。

「……で………る………出るぞ………」
「ふっん! い、いいよぉ! んんん! んっ! はっふっ………ちゃぷっ!」
「う……わっ!?」

 亀頭が咥えられると同時に、睾丸がきゅっと掴まれた。
 新しい刺激を合図に……。

「くぅぅぅぅぅぅ!」
「あはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 俺は……果てた。
 白濁した精液が、静流の口腔に飛び込む。

「んんん!? あああぁっっっっ………」

 それでも空き足らず、俺の精子は静流の顔に降り注いだ。
 高揚した静流の顔を、白く粘った液体が汚して行く。
 身動き壱つ出来ずに、その様子をぼんやりと眺めた。
 顔に。
 口に。
 髪の毛に。
 俺の欲望が降り注ぐ。

「うっ………くっ………」
「はぁぁぁ………はぁぁっ………はぁぁぁっ………」

 ひょっとしたら、静流も絶頂を迎えたのかもしれない。
 肉体を果てさせるのは、なにも身体への刺激だけじゃないのだ。
 白濁した液体を全身に浴びながら、静流の身体が痙攣(けいれん)していた。
 それは俺も一緒だ。
 動く事が……出来ない。

「………はぁ………はぁ………はぁ………」
「はぁぁ………んん………んん………」

 流石に飲み込むのは、抵抗が有るのだろう。
 薄く開いた静流の唇から、精液がどろりと零れ落ちた。
 あまりにも大量の精液は、静流の胸や太腿を汚していく。
 お湯の中に落ちた精液が、凝固して漂っていた。

「………ん………」

 ようやく、自分の身体に感覚が戻った。
 それと同時に、思考も甦る。
 ………………。

「………ん……ん………あふっ………んん………」

 呆然と肩を落として、息を整える静流。
 ……………や、やばいッス!
 顔射で口内発射っスか、俺!?
 ひょっとしたら、このまま殺されちゃうんじゃ、俺……。

「あ、あの静流さん………?」

 俯く静流に、恐る恐る声をかけてみた。
 静流は、そっと俺を見上げ……。

「………これで………二回ずつ………だよ………」

 頬を染め、笑った。
 そーいえば、そーゆー勝負だったな。
 思わず腰の力が抜けて、お湯の中に沈みこむ。

「ど、どうしたの、とら?」

 心配そうに除きこむ静流。
 その瞳が、なんだか可笑しくて。
 そんな静流が、なんだか愛しくて。

「……静流」
「………え?」

 俺はそっと静流を抱きしめた。
 少しだけ身構えた静流も、やがて力を抜いて……。
 俺の背中に、ゆっくりと腕を回して抱きしめる。
 静流の心臓は、まだ早鐘のように波打っていた。
 言葉に成らない。
 言葉にしたくない、おもい。
 抱きしめた胸を通して、伝わってくる。

「静流………」
「………どうしたのー? とら………?」
「あのよー……」
「うん………なに?」
「………………この勝負、引き分けって事にしねーか?」
「……あははっ♪ どうして〜? 静流ちゃんに、敵わないって悟った?」

 静流は俺の身体を引き離して、温泉の縁に押し付ける。
 精液と汗で濡れた、満面の笑み。
 汚れているとか綺麗だとか、そーゆーことじゃない。
 素直に……………おもった。

「お前の事、勝負なんかで抱きたくねーんだ」
「……………え?」
「いや、今更なんだが……ほんとーに今更なんだが……やることだけやっといて、今更なんだけどよ……」
「…………………」
「勝負なんかで、お前の事………惚れた女の事、抱きたくねーんだ……」
「………と……………とらぁ………………」

 静流の瞳に、涙が溢れてくる。
 ようやく口に出来た。
 素直に……大事だって思えた。
 相変わらず泣かしてばっかりだけどよ。

「お前の事……静流の事………好きなんだ」
「………う………ううっっっっ……………」
「ああ、泣くなって」

 静流の片を引き寄せ、お湯をすくって顔を流してやる。
 何気に精液も流してみたりして。

「だって………だってぇぇぇぇ……………」

 手で顔を覆いもせず、静流がポロポロと泣き出した。
 子供の頃と、おんなじ泣き方。
 色々な物が流れ出して、一つも同じようなものなんかなくて。
 でも、静流はあの頃と同じように、泣いていた。
 俺が心を奪われたのは、いつだったんだろう?
 最近なのか、出会った頃なのか……。

「……うれしい………うれしいよぉぉぉ………」
「あー、解かったから。泣くなっての」
「………ずっと………ずっと……とらのこと……好きだったんだよぉ………」
「あー」

 知っていた。
 こいつの気持ちが重荷になるって、感じた事も有った。
 でもやっぱり、そうじゃないのかなって思ってた。
 その気持ちに、甘えていた。

「……ずっと………ずっと………待ってたんだよ………とらの………とらの……こと………」
「あー悪かった。待たせたな」
「………悪いよぉ………ずっと………ずっと待ってたんだよ………」
「これからずっと一緒にいるから、勘弁してくれよ」
「……………え?」
「な、なんだよ。お前が言ったんだぞ! ずっと一緒にいてくださいって」
「………本当?」
「本当だっての。自分で言ったこと、覚えてねーのか?」
「……違うよ………。ずっと一緒に………居てくれるの………?」
「……………」

 やばい。
 顔が赤くなっていく。
 でも、もう、取り返しがつかない。

「ねぇ………とら………?」
「その返事は………」
「………その………返事は………?」
「昔、してる筈だがな。湖の辺で」
「………うん♪」

 湯面を揺らせて、静流が抱きついてきた。
 あの頃と同じ、静流の笑顔。
 俺が一生を掛けて、護るべき物。
 この笑顔を、見れる場所。
 俺の惚れた……静流の笑顔が見れる場所。
 それが、俺の刃の下に有るもの。

「………大好きだよ、とら………」
「俺も……好きだ」

 どちらかともなく、唇を近づける。
 そっと触れ合うだけのくちづけ。
 今までのおもい。
 戦い。
 けんか。
 身を引き裂かれるほどの後悔。
 愛しさ。
 いつの間にか俺は……俺達は。
 涙を流して、抱き合っていた。









「………んんっ………」
「いくぞ、静流」
「………うん………」

 肉茎を握って、静流の膣に狙いを定めた。
 静流は岩で出来た温泉の縁を握って、仰向けに浮かんでいる。
 二人とも、前戯も要らないほど準備できていた。
 てゆーか、充分したしな。
 静流は背中を岩に押し付けて、顔を強張らせている。
 覚悟で来ているとはいえ、望んでいるとはいえ。
 やはり、怖いんだろう。
 俺に悟られないように、顔を和らげてはいるけど……所々が、恐怖で強張っている。
 どのくらい痛いのかは、男じゃ解かるはずもない。

「………ふ……………んん………」

 少しずつ、少しずつ。
 熱い肉壁を押し分けて、肉茎が進んで行く。
 ぬるっとした熱が、俺の欲望を膨らませた。
 一気に差し入れたい。
 そんな感情を押し殺す。

「ん! ん〜〜〜〜んん!」

 少しずつ、少しずつ。
 少しずつ進んで行く俺の肉茎が、或る地点で抵抗に有った。
 なんつーのかな。
 薄い膜のような感じ。

「静流………」
「………うう……うん………いいよー…………来て………」

 一気に腰を突き出す。

「くっ……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 膜のようだと思っていたものは、意外にあっさり突き破れた。
 まるで真ん中に、通り道が作られていたかのように。
 ぴっっと裂いた抵抗と共に、俺の腕を掴んでいた静流の爪が突き刺さる。
 薄っすらと浮かぶ涙。
 静流の……俺へのおもいの証。

「ううぅ………」
「静流………結ばれたぞ、俺達………」
「……ううぅっ………ふぅっ………ふぅっ……………んん〜〜〜〜!」

 俺の言葉が、聞こえているのかどうか解からない。
 それでも静流は、小指を噛み締めて頷いた。
 本当は、ここで止めてやりたいとも思う。
 だけど何と無く、それは口に出来なかった。
 言ったとしても、答えが解かっているから。

「………動くぞ、静流………」
「……ふぅっ………ふぅーっ………」

 静流は、まるで痙攣(けいれん)するように、コクコクと頷く。
 相当痛いんだろう。
 早くその傷みから解き放ってやりたくて。
 俺は無造作に腰を動かし始めた。

「ふぅっ!? んんっ! んんっっ!」

 快楽とは違う、静流の吐息。
 必至に痛みに耐えていた。
 静流の膣内は、熱く俺を揉み上げる。
 どこか申し訳ない気持ちに成るが、謝りはしない。
 昔からこいつに謝るのは苦手なんだが、そうじゃなくて……。

「ふぅっ〜! ふぅん! ふぅ〜〜〜っ………ふぅっ〜〜〜〜ん!」

 俺の為に耐えてくれている。
 そんな気持ちを、無下にしたくないからだ。
 少しでも痛みを和らげるために、静流の胸に手を伸ばす。

「んっ!? ふぅっ〜〜〜んん………んんっ!?」

 乳首を摘むと、少しだけ瞳が潤む。
 だが、それ以上の傷みが、快楽まで導かないで居るらしい。
 傷みを快感と思われても、今後の性生活に支障が出るしな。
 ゆっくりと胸を揉みながら、早く終わるように腰を動かした。

「んっ………ん〜〜〜〜っ! はぁんっ! んん〜〜〜〜〜!」

 動かす度に静流の内壁をこすり、俺の肉茎が前へと進む。
 胸を揉み上げても、そんなに効果が有るわけじゃないらしい。
 静流は傷みで瞳を潤ませながら、必至に耐えていた。

「静流………気持ちいいぞ………」
「んん〜〜〜! う、うん………とらが……と、とらが………気持ち………いいんなら………んん!?」
「ああ。お前の中……凄く気持ち良い……。もう少しだからな」
「ん!? う、うんんん〜〜〜! 気にしないで………気に………気に………動いて………」
「………ああ」

 前かがみになって、唇を重ねる。
 愛しさゆえの行動だったが、結果的に深く進入する事になってしまった。

「んんんっ!?」
「あっ………ううっ………」

 膣内の奥に、こつんとした衝撃。
 壁のような物が、亀頭の先端に当った。

「ふぅんんんん!?」
「うっ………」

 静流が呼吸する度に、肉茎が揉み上げられる。
 我慢する必要もない。
 俺はいつしか、欲望に身を任せていた。
 静流の腰を掴んで、本能的に揺さぶる。
 愛しさと申し訳なさが同居した思いが、快楽に染まって行った。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっん……い、いたっ……………」
「……静流………しず………る………」
「はっ、はぁっ、はっ………はぁっっっ………と、とら………とらぁぁぁ………」
「………静流………静流………静流………静流……………」
「ああっ………。い、いたっ………いっ………ああっっ!?」

 腰の辺りが熱くなっていく。
 限界は、もうすぐそこまで来ていた。
 静流の細い身体に抱きついて、しゃにむに腰を揺さぶる。

「静流、静流、静流!」
「と、とらぁ……す………好き………好きだよぉ………」
「ふっん!?」
「あ………あ………あ………ああっっっっっっ!?」
「……うっ………わっ………あぁ………」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……………………」

 静流の言葉が、俺の堰を切った。
 身体はまだ我慢できそうだったが……心が満たされてしまったのだ。
 俺は静流に侵入したまま、全ての感情を吐き出していた。
 膣内の奥に、俺の精液を流し込む。

「あ………あ……………あ……………あ………………」

 呆然と痙攣(けいれん)する静流に、ぎゅっとしがみついた。
 静流の鼓動が胸を伝う。
 何か言いたかったけど。
 何も言うことが出来なくて……。

「ん………」
「……はっ………んん………」

 月の反射する湯面を揺らしながら。
 俺達は……いつまでも……唇を重ねていた。






















「………はぁ……………」

 温泉の縁に背中を押し付け、そっと月を見上げた。
 俺の隣りには……ぐったりと身体を委ねた、静流。
 無礼にも膣出ししてしまった。
 出し終わってから、安全日だの危険日だのって単語が頭を駆け巡った。
 ヤバイっちゃヤバイが……まあ、出しちまったもん、しょうがないよな。
 申し訳ない気持ちを込めて、そっと静流の肩を抱く。

「………ん?」
「……ありがとうな、静流………」
「……………………うん」

 静流は照れて、うつむいてしまった。
 俺の胸にしがみついてくる。

「……でも………すっごく痛かった………」

 おおっ!?
 キリキリと俺の胴体が、静流の腕力で絞められていく。
 たたた、体力残ってないのにっ!

「すっごく………すっごく痛かったぁぁ………」
「いだだだだっ! わ、悪かったよっ!」
「あんなに痛いなんて、思わなかったぁぁぁぁ」
「いだだだだっ!?」
「でも………」

 今まで熊の如き怪力で閉められていた腕が、ふっと弛んだ。
 お湯と愛しさで火照った肌を、そっと撫でていく。

「……嬉しかった………ホントだよ……」
「……ああ。俺も嬉しかった」

 なんのかんの言っても、気持ち良かったしな。
 申し訳ない気持ちを隠しながら、そっと静流の頭を撫でてやる。

「……♪」
「痛くして………ゴメンな……」
「………ううん………いいの………う、嬉しかった………嬉しいから………」

 また静流が涙を流す。
 どうも、感情のコントロールが緩くなっているようだ。
 俺と気持ちが通じ合ったから……そう思うのは、自惚れてるだろーか?

「お詫びに……気持ち良くなるまで、してやるよ………何回でも……てゆーか、何回もしたい……」
「……………………がうっ」
「いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 静流が俺の胸に噛みついた!
 右の胸筋が、音を立てて千切れていく。

「ばばば、ばかっ! いてぇって……………いでででででっ!?」
「ううぅぅぅぅ!」
「いだだだだっ! わ、悪かった! 何が悪かったか全く解からんが、とにかく悪かった!」
「ぐるるるるるっっっっ!」
「いだだだだだだだっっっ! 悪かったってのっ! 悪っ………いだだだっだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「………ふー………ふー………」

 アニマルが俺の胸から、ようやく牙を離した。
 うわっ!
 歯型が残ってるぅ!?

「なにしやがんだっ!」
「ヘンなこと言うからでしょ!」
「どこが変なんだ! 恋人同士、一緒に気持ち良くなりたいって俺の思いを、木っ端ミジンコに噛み砕きや
 がって! 文字どーり噛み砕きやがってぇぇぇ!」
「……こい………びと………?」
「あっ!」

 ………思わず赤面する。
 台詞を練ってないときの俺って、こんなもんだよな。

「………ねぇ………とら………」
「なななっ、なんだよっ!」
「あたし………たち………。こいびと………どうし………なの?」
「うっ………」
「ねぇ………?」
「異論反論は認めん!」
「………じゃぁ………言ってよ………」
「なななっ、何をだよっ!」

 すーっと逃げようとした俺の腰を、静流が抱きとめた。
 どうも逃げられないらしい。
 しかし、成るべく恥ずかしい台詞は割愛したいもんだ。
 背中に当る、静流の胸。
 柔らかくて暖かくて。
 優しい気持ちの他に、欲望なんかも沸いて来る。

「……こいびとに……なってください……って。まだ………申し込まれて……ないよ………?」
「ざけんなっ! そそそ、そんな………事っ!」
「そんな……こと?」
「いいい、言えっ! 言えっ!」
「………言って………」
「恋人になってください」

 すっごく負けた感覚。
 てゆーか、負けている。
 あーもー!
 どーぞ優越感に浸って下さいなっ!

「……………」

 だが、俺の予想に反して……抱きしめる腕は、ひどく優しかった。

「………はい………♪」

 あ―――う――――………。
 ひ、非常に………。

「な、なんか………照れくさいね♪」
「だったら、言わせんなっ!」

 同じ事考えていたのが、また照れくさい。
 静流はそっと俺の腕を取って……顔を付きつけた。
 これ以上ないってくらい、赤面した静流の微笑み。
 素直に……綺麗だと思った。

「ねぇ……とら………」
「な、なんだよっ!」
「………あたしを………こいびとに………してください………」
「……………」

 そっか……。
 言われた方が、優越感に浸るって訳じゃねーのか。
 非常に照れくさくて、くすぐったくて……。
 嬉しいもんなのか。

「ま、よかろう。お前だけ特別に許可する」
「………えらそうに……♪」

 静流が俺の耳を優しく摘んで、引き寄せて……。

「んっ………」

 軽くキスをした。
 そっち側に激しく引っ張ったら、取れちゃうからな。
 耳。











「ねぇ、とら」
「ん〜?」

 温泉の縁に肩を回して、二人でまったりとする。
 月を見上げながら。

「あたし……これから大変なんだ」
「百地が、か?」
「うん。頭首……父上も、これからしょっちゅう家を空けると思う。全国の『百地』衆を、再編しなくちゃいけな
 いから。おそらく、随分と掛かると思う」
「だから、親の居ぬ間に遊びに来いってか?」
「……あははっ♪ 康哉の監視を、潜り抜けられたらね♪」

 それは難しい。
 てゆーか、静流のかーちゃんに通してもらえば良いんだよな。

「そうじゃなくてさ。あの……とらの事……頼りに……」
「甘えんな」
「………え?」
「俺は……『楯岡』は、『百地』を守るために有るんじゃない。忍者全体の監視機構なんだ」
「………」
「だから、『百地』はお前が……。お前達が護れ。その道が外れてなかったら……。どうしても、どうにもなら
 なかったら……。そんときゃ、俺が………動く」
「………うん」
「当てにはすんな。最初から当てにして甘えてたら、治まる物も治まんねーからな」
「うん。でも、そうじゃなくてさ」
「………」

 いーこと言ったつもりだったのだが……見当違いかよ。
 意味もなく赤面。

「『百地』は……誰にも頼らないよ。それが『百地』だから。でも……でも………さ」
「静流だったら、甘えても良いぞ。幼馴染だし………こここ、こいびと………恋人どうしだし、な」
「……………ん♪」

 軽く顎にキスされる。
 既に甘々な奴だ。
 それが嬉しい俺も、ダメダメだな。

「あたしさ………思い出したの」
「ん?」
「昔……とらと出会った頃、憧れてたんだよねー」
「……………」
「テレビのヒロイン。あんまりテレビとか見せてもらえなかったけど、茉璃ねーさんが、こっそり見せてくれた
 んだよねー」
「……………」

 すごく嫌な予感がする。

「悪人をカッコよくやっつけて、みんなを守るの♪」

 静流が前に何かを投げる仕草をする。
 白い胸が、お湯に踊った。

「でも実際は……みんなに守られてたんだなって思う……」
「そうかもな」
「……うん」
「みんな、何かに守ってもらって……。そんで、何かを守ってる。オマエも、俺も、だ」
「………そうだね。うん、そうだよね」
「ああ」
「だけどね。これからは……守っていきたいんだ。あたしが……好きな人たちが居る場所を、さ」
「………ああ」

 俺と同じ思いを抱えて、静流が尽きを見上げた。
 瞳に映るのは、刃の下にあるもの。
『楯岡』だけが捜してるんじゃない。
 きっとみんな同じ思い。
 俺も静流も、敵も味方も。
 同じ舞台の上で、じたばたして。
 人生って舞台を彩る、全てのキャスト。
 みんなテーマは同じ。
 大事なものを、守るため。

「だからやっぱり、テレビのヒロインみたいに成るんだっ!」
「……ああ。お前なら……」
「既に、とらのヒロインらしーけどね♪」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 だだだだっだだだだだだだっっっ!?
 だだだだ、誰だっ!
 誰が………そんな恥ずかしい台詞を………ああっっっっ!
 康哉しかいねーんだが………本当に伝えるとわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 友達がいのねーやつだっ!
 友達がいのねーやつだぁぁぁぁぁぁ!
 嫌な予感、的中。

「か、顔、赤いよ、とら♪」
「だぁぁぁぁぁぁぁ! 言うなっ、触れるなっ、突っ込むなぁっ!」
「だってぇ………。へぇ〜。ヒロインなんだ、あたし♪ びっくりしちゃいますねぇ、はい♪」
「ぐぁぁぁぁぁ! 違う違う、違いますぞ、静流ちゃん!」
「ヒロインに抜擢されちゃって………照れちゃうな♪」
「違う、失言だ! リテイクだっ! ミスキャストだぁぁぁ!」
「ちょっとっ! ミスキャストってどーゆーことよっ!」
「るせぇ! 俺のヒロインは、こーゆーときには赤くなってうつむくキャラなんだよっ! オマエなんか違う! 
 違いますぅぅぅ!」
「俺のヒロインだって♪ はっずかし♪」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 いつまでも俺の絶叫が、喰代の森に響いていた。
 こーゆーのが、俺達らしーけどよ……。
 ヒロイン発言は……忘れてくれないかなぁ……。





















「はやくぅ、お兄ちゃん!」
「………あー………」

 寝不足なので、脚が動きません。
 溜まったものは吐き出したんだけど、その分体力も消費してるんだって。

「早くしないと、バス来ちゃうよぉ!」

 緋那が俺の手を、懸命に引いていた。
 眩し過ぎる朝日が、俺の眼球に染み渡る。
 今日から、学園生活も復帰だ。
 て言っても結局、二日しか休んでないんだけどな。

「あー……緋那。俺のことは諦めてくれ……。せめてオマエだけでも、遅刻しないで生きてくれ……」

 その二日間で、がらりと裏の世界が変わったなんて事は、誰も知らないだろう。
 それが忍者の宿命。
 影友の……道阿弥(どうあみ)衆の気持ちも、解からないではない。
 だけどやはり、忍者はそう言う生き物じゃない。
 闇を住処に、影を渡る。
 そーゆー風にしか、生きられないのだ。
 故に、朝は苦手。

「たかガ学園にイクくらいデ、おオ騒ぎデス〜」
「………背中………から………刺してみよう………かしら………?」
「あ、ソシたら動きマスね〜♪」
「………と言うか………刺すわ………。………躊躇(ちゅうちょ)………無く」
「勝手な事、言ってんな」

 後ろに立つ二人を睨みつけた。
 ら、蓮霞に睨み返されたので、視線を逸らした。
 相も変わらず、怖い姉だ。
 ………すんなりと『姉』って単語が出てきた自分に、少しだけビックリする。

「大河サ〜ン」
「……なんだ、薄胸」
「ひドっ! そじゃナクて〜。帰ってキタら、草刈りオネガイしますネ〜♪」
「……ざけんな。てめーでやれ、従業員!」
「ワタシ、室内担当デス〜♪」

 いつもと変わらない、レイナの笑顔。
 少しだけ胸が痛んだが、すぐにかき消える。
 エプロンドレスのレイナの微笑みは……本当に嬉しそうで。
 俺がどーのこーの思うのは、失礼だと思ったから。

「弟………」
「なんだよ」
「……私も……手伝うから……マイ鎌で………」
「……………」

 年頃の娘さんが、マイ鎌なんて持ってていーのだろーか?
 てゆーか……切るのは草だよ、な?
 夏の日差しが、やけに突き刺さった。
 これから紡いで行く、いつもと変わらない朝。
 ずっと続くのが、俺の……俺達の望み。
 変わって行く事もあるだろう。

「てゆうか、お兄ちゃん、早くしないと………あ、静流おねーちゃん♪」

 緋那の明るい声に反応すると……そこに、静流は立っていた。
 明るい日差しの中。
 照れくさそうな表情で。
 学生カバンを持って、青い制服に身を包んで。
 赤い髪にそよぐ、真っ赤なリボン。
 満面の笑み。

「おはよ〜緋那♪」
「おはようございます、おねえちゃ………」

 緋那の動きが止まった。
 俺も少しだけ、目を疑う。
 静流の後に……仏頂面の康哉に支えられて立っているのは……。

「凛ちゃん!?」
「あ〜。朝からうっさい」

 俺にこっぴどくやられて、満身創痍の凛だった。
『百地』になんらかの処分をされると思ってたが……おそらく、静流と康哉の胸の内に収められたのだろう。
 真っ白な包帯が、痛々しかった。
 緋那を確認した眼鏡の奥が、あからさまに嫌そうな顔をする。
 多分緋那にも見えただろう。
 だけど緋那は……。
 俺の手を離して、走り出した。

「凛ちゃん!」
「大声出すな、ジャリっ!」
「うわぁぁぁぁん! 凛ちゃぁぁぁん! 心配………心配したんだからぁぁぁぁぁぁ!」
「………………アホ」

 石膏で固められた手が、緋那の背中に回った。
 そのまま数回、背中を叩く。
 ひどく優しいドツキ合い。

「だって………だってぇ………」
「アホ……泣くんやないっちゅーの………こっちまで………」

 抱き合う二人を眩しく見てたら、いつの間にかみんな集まってきた。
 もう遅刻確定なんだが、ま、いいだろ。
 ゆっくりいこう。
 一歩一歩踏みしめるように。
 己の舞台から、転げ落ちないように。
 大事なものを……見落とさないように。

「……とら………」
「ん?」

 隣りに並んだ静流が、そっと腕を組んできた。
 俺と同じ気持ちなんだろう。

「……ありがとう………」
「……」
「………大好き……♪」
「……朝から、くだらねーこと言ってんじゃねぇ」

 照れ隠しに、静流のポニーテイルを引っ張る。

「んがっ!?」

 んがってオマエ……。

「貴様! 静流様に無礼を………」
「ああ、康哉! 額に情けない文字がっ!」

 俺の台詞を聞いて、康哉が咄嗟に額を(こす)る。
 口を尖らせながら、恐る恐る指を見詰めて、何も付いてないことを確認していた。
 そんな技、ねーっつってんのに。



「さて、みんな。そろそろ行くぞ――――!」



 歩き出した俺の周りを、みんながめいめいに歩き出す。


 俺の前を。


 俺の後ろを。


 何故かレイナや蓮霞まで歩いていく。


 ゆっくりと……。


 笑いながら……。


 はしゃぎながら……。


 一歩一歩……歩いていく。


「……ねぇ………とら………」


 俺の隣りで………。


「ずっと………一緒だよっ♪」


 静流が微笑んだ。



































「まも………る?」

「そう。みんなを守るの! テレビのヒロインみたいに、カッコ良く!」

「………羨ましいな」

「どうして?」

「僕は………僕には出来ないよ」

「どうして? やって見なくちゃわからないじゃない!」

「僕は………僕は悪い事をしたから」

「だから……………泣いてるの?」

「泣いてないよ」

「泣いてるよ?」

「泣いてないってば!」

「…………………」

「………………………」

「ねえ?」

「……………なに?」

「あたしが………許してあげる。あなたがした、悪い事」

「……………………」

「だから、一緒に泣こ。で、一緒に遊ぼ。あたし、あなたの事許してあげるから」

「………誰も僕のこと………許すことなんて出来ないよ………」

「そんな事無いよ。あたしが許してあげる。世界中の誰があなたを責めても、あたしが許してあげる」

「……………………」

「ずっとあたしと一緒に居てくれるなら」

「ずっと………?」

「そう、ずっと」

「……僕………捜してるものが有るんだ……」

「……さがし……もの……?」

「うん。僕……それが何か解からないけど……捜さなくちゃ……」

「……あたし……あたしも……ね……」

「うん?」

「あたしも………捜してると思うの………何かは解からないんだけど……」

「……そっか………」

「だから………ふたりで……捜さない?」

「ふたりで?」

「うん♪ ふたりなら、きっと見つかるよ♪」

「ずっと……ふたりで?」

「そう、ふたりで♪」

「ずっと一緒に?」

「うん♪」

「僕と………僕と一緒に……探してくれる?」

「うん♪」

「僕と一緒に……居てくれる?」

「うん♪」

「………………僕」

「………………………」




 僕、大河。



 伊賀崎……大河。



 あたし、静流。



 百地……静流。





















                             刃の下に









                                完





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