突然、十月の風が教室の中に吹き込んできた。
長過ぎるカーテンが、床の上を滑る。
少しづつ色づく木々。
がらじゃねーのは解かってるが、ほんのちょっと感傷的な気分に浸った。
ここんとこ忙しかったからな。
たまにはこんな気分に浸るのも、悪くない。
机に肘を突いて、顎を手の平で押さえる。
窓の外は平和で。
ほんとーに平和で。
「だーかーらー! 猫耳が萌えるんだって!」
「今時、ネコミミ喫茶!? はっ! だーからマニアは!」
「マニアって言うな!」
「今のトレンドは、浴衣だろう! しかもミニ! さらにニーソックス! 言うなれば、オーバーニー!」
「いつのトレンドだよ!」
「………め、眼鏡は………外せないんじゃないかな………」
「巫女さんもかわいーよねー♪」
「お、解かってるねー。 巫女服! しかもミニ! さらにニーソックス! 言うなれば、オーバーニー!」
「ちょっと待て! 巫女服には素足だろう!」
「そーだそーだ! ぺた乳巫女服は、伝統だ! フェイバリットだ!」
「いやいやいや。解かってないね、みんな。巫女服には、きょにう!」
「ぺた乳眼鏡だっつーの!」
「きぃぃぃぃ! きょにう三つ編みでしょうがっ!」
「あ、あのあの〜〜〜。ほ、他のクラスの迷惑になるので〜〜〜。い、
「ミニの巫女服など、認めん! 巫女服とメイド服は、発生当初から
……………外の世界は、ほんとーに平和で。
気の早い枯葉など眺めてみる。
おや?
一枚の落ち葉が、ふわりと俺の頭に着地した。
何気なしに、枯葉をつまんでみる。
季節の移ろいが、俺の指を染め上げた。
「風流、だな」
「………この状況で、よくもそんな悠長な事を………」
俺の目の前に、いつのまにか康哉が忍び寄ってきた。
やり場の無い怒りで、顔面が凍り付いている。
その間も康哉の後ろでは、マニアックなクラスメイト達が
やり場が無いんで、俺に当りに来たのだろう。
迷惑千万。
「……は?」
「どうにか、しろ」
「………どうにか、とは?」
「このクラスは、貴様が来るまでは温厚なクラスだった。貴様が全ての原因だ」
そーなのかもしれんが、人様の趣味趣向までは責任取れん。
とはいえ、強ち言いがかりだとも、言い辛い。
なにせ転校してきてからこっち、学園内の悪事の80%は俺のせいだという噂が流れていた。
まあ、そんなに外してはいない。
パーセンテージは、もちょっと大目かな。
康哉の非難の視線から逃れるように教室を見渡すと、なんとか状況を収めようとしている静流やみどりちゃんが、哀れで楽しかった。
誰も聞いちゃいねぇ。
康哉も先ほどまでは、事態の収集に奔走していたが………。
「我々は! 猫耳同盟軍をここに結成! クラスの半数に猫耳を義務付ける! 語尾は『ニャ』だぁ!」
「勝手な事言わないでよ! わたし達は、ウエイトレスに成長するのよ! 羽ばたくのよ!」
「……か、看護婦も……ありじゃないかな……」
「誰か! 羽の付いたリュック! 一万個買って来い!」
各地で起こる暴走暴動の火の手に、とーとー最終兵器投入を決意したらしい。
つまり、俺にお願い、と。
毒を盛って毒を制する。
俺の姉の好きな言葉だ。
蓮霞のばーい、毒の強い方が勝つと本気で解釈しているんだよな。
「人のせいにすんなよ。頑張れ、クラスいいんちょ♪」
「もう既に、俺の手には負えん。貴様がなんとかしろ」
「人に頼るのに、その言い草はなんなんだっつーの」
ま、しょうがあるまい。
常識人は所詮、マニアックスには敵わないのだ。
マニアックスに勝てるのは、マニアックスを上回る非常識さ。
非常識さなら、自身あるぜ。
生まれついての非常識さに加えて、辛い修行で積み重ねた非常識の刃。
俺の刃の下に在るのは、非常識かもな。
誇らしくも在り、悲しくも在り、やっぱり誇らしい。
「んじゃ……」
普通考えられるのは花火や煙幕で、クラスを更に混乱に落とし入れることだろう。
普通じゃねーけど、大抵のアニメやゲームなんかでは、そんな感じ。
デカイ音を鳴らしたり、黒板や窓を引っかいたり。
俺はそんな、デフォな事はしねぇ。
別に新機軸てわけじゃーねーけどな。
「き、貴様……?」
「止めるな、康哉………。後の事は頼んだ……」
呆然とする康哉に、笑って見せる。
最後の笑み。
友達だもんな。
「た、大河……?」
教台に向かって歩いていく。
まるで死刑執行台に向かう気分だ。
途中で、事態の収拾に奔走している静流と目が合った。
「とら……?」
ふっと笑って見せる。
誰も、俺を止める事は出来ない。
死して屍、拾うもの無し。
死してしかばぁねぇ、拾うものなぁぁしぃぃぃ!
だって重いじゃん。
拾ってもらうのは良いけど、拾うのはごめんだ。
置き場所に困るしよ。
「……さて」
壇上に上がって、涙目のみどりちゃんを見下ろす。
相変わらず、こまっちぃ。
阿鼻叫喚とした教室に怯えながらも、必至に身振り手振りで事態を収集しようとしているが……。
その姿は、誰にも見えていない。
以前哀れに思って俺が作った、『みどりちゃん専用お立ち台』は脇に追いやられている。
あれに上れば、みんなに見えると思うのだが……。
教師とゆープライドが邪魔して、どーにもこーにも気に入ってもらえないらしい。
せっかく作ったのに。
「い……伊賀崎くぅん〜〜〜?」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
最近見た、アニメのヒーロー気取りでにやっと笑う。
にやけた頬をさらしながら、いくら康哉が睨みつけても気付く事の無い、混沌とした教室を見渡した。
康哉が大声出せばビックリして静まるだろーが、生憎そんなキャラじゃないしな。
俺も大声出すのはゴメンだ。
昨夜の深夜ラジオで馬鹿笑いしすぎて、喉がいてーんだ。
なんであの歌手は、トークと歌にギャップが在り過ぎるんだろうな?
「な、なんか〜〜〜すご〜〜〜い不安なんですけどぉ〜〜〜。さらに場がハレンチになっていきそうな気がします〜〜〜」
……。
さすがみどりちゃん。
その失礼な予言は、当ってる。
いやむしろ、当ててみせるっ!
みどりちゃんの不安をスルーして、俺は教室中のマニアックスに向かって話しかけた。
あくまでも、静かに、だ。
「さて、みんな注目」
今、優しい中年教師の気持ち。
なんだったら、夕日の輝く川原とかでも走れそうな気持ちだ。
そんな優しい気持ちの俺を、見やる者は居ない。
そりゃそーだ。
このくらいで静まるんだったら、康哉が顔面を凍らせたり、みどりちゃんが涙目になる必要は無い。
俺は静かに……とても静かに、懐からある物を取り出した。
本当は俺の宝物なんだけどな。
「ここに、一枚の写真がある」
誰も興味を示さない。
いや、一人だけ。
いやーな表情を浮かべた奴が居る。
まいはにー。
「エロ写真だ。しかもごっつい。洒落にならん」
「………………………」
教室中の耳が、ピクリと動いた。
瞬時に静かになる。
この時点で目的は達せられている訳だが……ここで止めるのは俺らしくない。
見る見るうちに、まいはにーの顔が引きつっていった。
「ネットでも流れていない静流の痴態が無修正。無論アイコラじゃない。5,000円から」
「20,000円!」
いきなり値段が跳ね上がった。
すげーぜ、まいはにー。
「40,000円!」
「55,000円!」
おおっ!?
すげー高騰の仕方だ。
マジで撮って売るかな?
ひと財産築けるな。
「62,000えーん!」
「78,000ペソ!」
ぺそ?
今、1ペソいくらだ?
誰か、現地の
いくらだか解からんが、その単位が気に入った。
「良し。この写真は、山崎に売ろ」
「売んな―――!」
ビシィ!
俺の手元に合ったはずの『生着替え全裸写真』が、何かに奪われた。
鋭い何かが、頬を切り裂く。
そーっと振りかえると……背後の黒板に全裸写真が、矢によって縫い付けられていた。
ちょうど股間の部分に、矢が突き刺さっている。
いたそー。
視線をクラスに戻すと………。
「とら………あんたねぇ………いい加減にしなさい………」
鬼だ………。
鬼が短弓を構えて、紅蓮の波動を
怒りか羞恥心か解からんが、その表情は真っ赤だ。
まさに赤鬼。
「違う、待て静流!」
「待たないよ………そんな写真……いつ撮ったのよ………」
「落ちつけ! ハウス! 静流、ハウス!」
「犬じゃないわよ!」
静流が次矢を番えた。
お得意の、多弾頭矢だ。
矢の先がぷくりと膨れている。
分裂しても全くスピードの落ちない、脅威の忍具。
奈那子んちも、ヤなもん作るよな。
「違うんだって! 俺が大事なお前の写真を、マニアもここに極まれりといった山崎に売ると思うか!?」
大事なって所にアクセントを置いて、一気にまくし立てた。
静流を落ちつかせるには、こっちもプライドを捨てる必要がある。
いきなりマニア呼ばわりされた山崎が、ちょっと憤慨した表情を浮かべた。
間違ってないじゃん。
「大事なって………」
今度こそ、照れで赤面する静流。
番えた矢の軌道が、動揺で俺の額からそれる。
これでなにか在っても、俺の額に矢が刺さる事は無い。
よしよし。
そろそろオチだな。
「この写真は、康哉の全裸写真だ。忍者の合同修行中に、監視カメラが納めた映像です。無論アイコラじゃない。あらためて5,000円から」
「7,000!」
「1,200!」
「通天閣から飛び降りて………25,000円やっ!」
おお、凄い!
てゆーか今、廊下の方から関西弁が聞こえたよーな気が………殺気っ!?
ぶおん。
埃をまとって、床に落ちる。
あーあ。
ガッコの備品なのにな。
今月、3枚目。
なんで俺ら、退学とか停学になら無いんだろうな、しかし。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
「落ちつけって。康哉、ハウス!」
「愚弄するなぁぁぁぁ!」
斬撃を躱しながらふと見ると、みどりちゃんと山崎が悲しそうな表情を浮かべていた。
欲しかったのか、山崎?
『アルバム』(前編)
「………では改めて、議題に入る」
壇上で康哉が、呼吸を整えながら呟いた。
追いかけっこの相手である俺は、息一つ切らしていない。
まだまだだな、康哉も。
同年代最高スペックと呼ばれた康哉ですら、俺の
『五遁の大河』の異名は、伊達じゃないのさ。
「静かにするように、みんな」
「は――――い」
康哉が告げると、クラスのみんなは手を上げて元気に返事をした。
今更ながらだが、不安なクラスだ。
いまどき初等部ですら、このノリは無いだろう。
いまどき初等部ですらしない、学級崩壊するクラスだからしゃーねーか。
「では、今度のクラス祭での出し物だが………何か意見は?」
馬鹿だな、康哉。
さっきその一言で、あの展開に成ったの忘れたのかよ?
そうなのだ。
来月に行なわれる、クラス祭。
いわゆる文化祭での出し物を決めるため、わざわざ授業の時間を潰して会議しているのだ。
ウチの学園は進学校ではないため、学園行事の季節がまちまちだ。
7月に体育祭、12月に旅行。
文化祭に到っては、雪もちらほら見え始める11月と来たもんだ。
へんなガッコ。
とはいえ、俺はあんまり学園行事には興味ない。
日常の方が、刺激的で面白いからな。
参加した事ないので、興味が湧かないと言った方が正解だろうか?
7月の体育祭は、忍者仕事でキャンセルしたしな。
故に今回の文化祭が、この学園に来て初めての学園行事。
どー反応して良いか解からないので、他人事なのだ。
そんな自分が、ちょっと寂しい。
こんな感情、ちょっと前の俺だったら、否定してたんだろうな。
守るものが出来るってのも、なかなか楽じゃない。
「ネコ耳喫茶!」
「メイドマッサージ!」
「すくみず組み体操!」
組み体操?
そりゃ出し物………出し物か?
面白いかどーかはともかく、この時期は死ぬだろう。
マニアの多いクラスだぜ、しかし。
混沌に染まりそうなクラスに、みどりちゃんが立ちあがった。
いや、さっきから立ってはいたんだけど。
「み、みなさん〜〜〜。聞いてくださ〜〜〜い〜〜〜」
蚊の泣くような、か細い声。
これじゃ誰も振り向いてくれないだろう。
だいたい、身体の大半が机に隠れて、見えねーし。
これじゃさっきの二の舞だ。
「みどりちゃん、お立ち台、お立ち台」
俺は教室の端っこに追いやられた、『みどりちゃん専用お立ち台』を指差した。
俺の声に気付いたみどりちゃんが、恐る恐る横目で見る。
みどりちゃんはちょっと躊躇したあと……。
専用のお立ち台に上った。
なんとか全身が確認できるくらいになる。
「みなさ〜〜〜ん! し、静かにしてくだ……………」
ぶお――――ん。
いまだ混沌とするクラスの視線が、みどりちゃんに集まった。
スイッチングのタイミング、完璧。
みどりちゃんのスーツスカートは、腰の辺りまでめくれあがっていた。
意外な黒の三角地帯が、男全員と一部女子の目を釘付けにする。
うむうむ。
俺考案の送風機能、『バスストップ』は今だ健在。
設計あんど製作者の奈那子にも、感謝しなくては。
アイツ、こーゆー下らない工作、上手いんだよな。
「おお―――っ!」
俺のクラスが、今一つに。
「し、篠崎先生!?」
「あ………あ……………」
康哉が慌てて、みどりちゃんのスカートを下げようとして………全部下げた。
膝下まで下がる、みどりちゃんのスーツスカート。
マニアック過ぎる。
「おおおおっ!?」
「……………」
「……………………」
クラスの視線の中、康哉とみどりちゃんが固まる。
康哉の口が、みどりちゃんの
クラス中が次の展開を、固唾を飲んで見守っている。
うむ。
やっと静かになったぜ。
てゆーか、次の展開なんか在る訳ねーんだけどな。
「………改めて問う。このクラスの出し物は、なにが良いか………」
康哉の台詞で、クラス中がシーンとなった。
一般人と言えども、康哉の怒りは解かるのだろう。
俺は、あんなに人前で怒りを表している康哉が、忍者失格なのは解かる。
修行が足りねーよな。
「……………………」
水を打ったような、静けさ。
極端なクラスだぜ。
状況を打開するためか、みどりちゃんが重い口を開いた。
クラスの一番後の俺からは、その全身は確認出来ない。
「あの〜〜〜みなさ〜〜〜ん。真面目に考えましょ〜〜〜ね〜〜〜」
まるで、教卓が喋ってるようだ。
お立ち台、使ってくれれば良いのに。
「じゃないと〜〜〜。他のクラスさんに負けてしまいますよ〜〜〜。賞品も無しですよぉ〜〜〜」
全員の耳が、ピクリと動いた。
どうやら、重要な事を思い出したらしい。
ま、俺は興味ねーけど。
「篠崎先生………そのような………品で人を釣るような所業は………」
まだ怒りが全身に回っているのか、時代錯誤モードの康哉が呟いた。
面白いが、忍者失格。
後から説教しておかなくちゃな。
「でも〜〜。この子達が真面目にやるなら〜〜〜」
子供扱いされたクラスのみんなは、みどりちゃんの台詞など聞いちゃいねぇ。
みんなの頭の中は、あることで一杯だろう。
俺は別に興味は無い。
なんとなく置いてけ堀。
所詮、俺とみんなは………住む世界がちがうんだよな。
「みなさん〜〜〜頑張りましょうね〜〜〜。クラス祭の一等賞品は〜〜〜。旅行の、自由時間ですよ〜〜」
クラス中の瞳が輝いた。
各々、勝手な妄想に浸っているらしい。
クラス祭のクライマックス。
それは、アンケートで一番人気があったクラスに、旅行時の自由時間が与えられるのだ。
全学年、朝の八時から次の日の朝八時まで、ニ十四時間。
何してても良し。
勿論ナニしてても良し。
流石に外泊は禁止だが、それでも旅行先で与えられる自由が、どれほど人の心を魅了するか……。
説明しなくても、みんなの瞳の輝きを見れば、瞬時に理解出来るだろう。
ちなみに優勝クラスが自由を満喫している時、他のクラスは奉仕活動に従事するらしい。
旅行先で、空き缶を拾ったり草を刈ったり。
なんでも一昨年卒業した女生徒などは、マイ鎌で何かを狩ったとか。
黒い伝説など、無闇矢鱈残さないで欲しいものだ、ホント。
「あの………」
俺の斜め前の方で、白い手が上がった。
なんのつもりか、すでに腕まくりしてやがる。
馬鹿か、あいつは?
「木羽? 発言を許可する」
「あ、うん。ありがとう、康哉君」
木バナナ………忍具の最大手メーカー『木羽忍機』の一人娘、木羽奈那子が立ちあがった。
康哉に名前を呼ばれたからか、薄っすらと頬など染めてやがる。
あんなに偉そうに言われて、何が嬉しいんだか……。
誰に説明するわけでもないが、奈那子は康哉に惚れているとの、もっぱらの評判だ。
康哉はそれを知ってるのかどーか………。
ま、知っててもどーこーするような奴じゃない。
結構もてるのにな、康哉。
ちなみに俺は学園内で、『関わりになりたくない男性』ランキング、1位らしい。
もう、みんな、照れちゃって♪
「あのみんな……提案があるの」
わりと人見知りする奈那子が、
………。
だが俺は見た。
その銀色のフレームで支えられた眼鏡が、一瞬光った事を。
ありゃ……なんか企んでるな。
でもまあ、俺には関係無し。
机に突っ伏して、闇黒の世界に旅立つ。
「あの……劇なんて、どうかな?」
………ほう。
やっぱそれは、エロいのかな?
奈那子は友達と衆人の前では、少し態度が違う。
本当の奈那子は、度が過ぎるくらい
あ、なんかこのフレーズいいな。
「えぇー? 劇なんて面倒くさいよ―――」
「準備も時間掛かるしさー」
「外したら、目も当てられないぜ?」
「今から、体育館の許可なんか、取れる訳無いよー」
………。
机に突っ伏したまま、ちょっとむっとする。
好き勝手言いやがって………。
元はと言えば、てめーらがまともな意見出さねーから………。
そこまで思って、心を静める。
なにも意見出さない俺も、同罪だしな、うん。
「あ、準備は……有志で出来ると思うの。脚本はわたしが書くし………」
それが一番不安だ。
「静流がお願いすれば、体育館の許可も取れると思うし……」
「え、あたし!?」
突然名指しされたまいはにーが、素っ頓狂な声を上げた。
確かに静流は、学園のオーナーとも親戚らしいし。
なによりこの地の有力者、『百地』の一人娘だ。
大抵の無理は通せる。
とはいえ、静流はそーゆーのを嫌ってて、奈那子もそれは知ってるはずだが………。
なに企んでやが……俺には、関係ないか。
「それに……静流が主役をやれば、人気も出ると思うんだ……」
「………ええ!? あたしぃ!?」
思わぬ展開に、びっくりして頭を上げる。
俺のヒロインが、劇のヒロインに抜擢!?
ちょっと他人事じゃ済まなくなって………いやいや。
ヒロイン発言はやめとこー。
「このクラスは、アクションの得意な人も多いと思うの………駄目かな?」
「なるほど!」
「木羽さん、それはナイスアイデーア!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「百地さんのアクション!? それは稼げるぜ!」
「ちょ、ちょっとみん………」
「うん! 静流がヒロインだったら、絶対に1位確実だよ!」
「そうだそうだ!」
「そうよそうよ!」
俺の出現によって崩された『お嬢様モード』じゃない静流が、思いっきり慌てている。
だが誰も聞いちゃいなかった。
俺には関係ないが……なんとなく面白くねぇ。
こりゃ1位確実だとばかりに盛りあがる教室内に、突然殺気が充満した。
「………静粛に……………」
教壇の前に立つ康哉の背中に、青白い炎が見えた。
静流が
さすが『百地』の守護者。
先ほどの喧騒とはわけが違う、静流が辱められた怒りが、怒鳴る事もせず一般人を魂レベルまで威圧している。
俺でもちょっとビビるよ。
「あ、あの康哉君……駄目かな? 劇じゃ……駄目かな?」
奈那子はビビって居なかった。
それどころか、たった一言で康哉の怒りを消沈させている。
俺達の性格を知り尽くしてる奈那子だからこそ、この後の事まで想定しているのだろう。
策士、木バナナ。
静流がヒロインとゆー地点から、巧みに問題を摩り替えてる。
「駄目という訳ではないが……」
「問題……あるかな?」
奈那子の瞳に見詰められて、ちょっと身を引いている康哉。
よわっ!
「問題……在る訳ではないが……こう言うのは、本人の意思が大事な……」
よわよわっ!
てゆーか、劇は決定なのかよ?
「ね、いいよね、静流?」
奈那子が振り向いて、静流に微笑みかけた。
静流も奈那子と付き合い長いから、なにか企んでるのは解かってるだろう。
俺がフォローするまでもないな。
「え、だだだ、駄目だよ! そんなの………出来ないよ!」
「ううん、静流なら出来ると思うの………それに」
それに?
「旅行先、覚えてる?」
「………え?」
「静流の好きな……京都だよ?」
「……………」
静流はその狂暴な性格に似合わず、わりと古風なところが在る。
寺とか仏像とか、結構好きなのだ。
いまどき修学旅行で、京都もねーと思うけどよ。
噂の舞妓クラブは、ちょっと見てみたい。
「二人で歩く、ライトアップされた小道………素敵だと思わない?」
「……………………」
「夜じゃないと見れない場所も在るし………二人で」
「……………」
「点呼さえ取れば、夜中に外出したって良いんじゃないかな? ………二人で」
「……………………………」
「夜の川原で散歩したり………手を握ったりしてさ……………二人で」
「……………………♪」
……………洗脳だ。
まいはにーが、洗脳されかかっている。
てゆーか、『二人で』って所を強調するのヤメロ。
こっちまで想像しちゃうじゃねーか。
ちなみに俺と静流があんな仲やこんな仲だと言うことは、一部の仲間しか知らない。
学園内では相変わらず、『悪役と学園のヒロイン』なのだ。
そのほーが、俺も楽だし。
「ね、静流………頑張ろうよ。自由の為に」
なんてぇお題目だ。
たかだが欲望を果たすために、自由を語るとわ。
あの話術、参考に成せていただこう。
「で、でもやっぱりあたし………」
静流がちらりと、俺の方を見た。
俺に何を言えってんだよ。
ヤらしい事なら言えるぞ、ヤらしいことなら。
静流の視線に気付いた奈那子が、ゆっくりと歩いて俺に近付く。
俺にしか聞こえない警報の中で、奈那子がそっと耳打ちしてきた。
赤いパトライトが、全力で回り出す。
警戒レベル、まっくす。
「ね、イガちゃんも説得してくれない?」
耳に掛かる息がくすぐったい。
顔のすぐ横に在る胸元も、俺の警戒レベルを凌駕しよーとしている。
こここ、こんなんで俺を
「じょーだんじゃねぇ。なんで俺が?」
「だって静流、イガちゃんの言うことなら聞くでしょ?」
「大いなる誤解だ。あいつは俺の言うことなんか、これっぽっちも聞きやしねぇ」
あれから、胸で挟んでくれないし。
「静流と一緒に、夜の京都を散策したくないの?」
「俺まで洗脳しよーとすんな。てゆか、旅行になんかいかねーしさ」
京都になど用事は無い。
用事の無いとこに行く『楯岡』じゃない。
故に俺は旅行になど行かない。
完璧な理論だ。
完璧過ぎて、薄ら寒くなってくるぜ。
「んー」
奈那子は自分の顎に人差し指を当てて、何か考え出した。
尖った唇が、なにか良からぬことを企んでいるらしい。
むむ、ヤバイ。
「街の中にさ」
「………は?」
突然、何を言い出すんだ、このバナナ?
「街の中にさ、突然水が溢れたとするじゃない?」
「……………はぁ、そっすね」
毎度の事ながら、奈那子の思考には着いて行けない。
突飛過ぎるんだよ。
「そうしたらイガちゃん、どうする?」
「ビックリする」
「………………」
突飛な答えを返す生き物をみるよーな視線を、俺に送ってきた。
失礼な眼鏡っ娘だ。
「答えはね。水の流れる方向を作ってやれば良いんだよ」
「はあ、そっすね」
「じゃないと水は、色んな物を流しちゃうから」
「そりゃ大変」
んで結局、この問答は何を意味してるのかな?
今までの話しの流れと、なんの関係も無いじゃ………。
俺の思考を遮るように、奈那子が呟いた。
「静流を説得できたら、学食1ヶ月食べ放だ」
「乗った」
「ああっ!? 話しを最後まで聞かないで、いきなりやる気になった!?」
俺はすっくと立ちあがった。
肩を竦める奈那子の脇を、ニヤつきながら
ハードボイルドだぜ。
「な、なによ?」
クラスの中は相変わらず、どんな劇にするとか誰が何をするとかで盛りあがっていた。
騒がしいクラスの中を、警戒する静流の斜め前に立つ。
衆人の視線を浴びながら、唇をかすかに動かした。
一般人には、唇の動きは解からないだろうが。
(………なあ静流)
忍者独特の技法、『
昔から在る話法で、一般人では耳元で
無論忍者と言えども、一定の距離が無いと駄目なんだが………俺と静流なら、十数歩先からだったら聞こえるだろう。
(な、なによ!)
静流は警戒しながら、それでも『麦食み』で返してくる。
話しが早いぜ、まいはにー。
(劇、やってみないか?)
(あああ、アンタまでそんな事、言うの!?)
(ヤなのか?)
(当たり前でしょ!)
(なんで?)
(なんでって………恥ずかしいじゃない………)
静流の頬が、かすかに染まった。
一般人並みの羞恥心は持ち合わせてるらしい。
(んー)
(な、なによ! なに言われても、やらないんだから!)
(残念だな……ちょっと見たかったのに……)
(………え?)
(俺はまだ見た事無いんだが、京都って綺麗なんだろ?)
大嘘だ。
秘忍書集めるために、どれほど通ったか……。
思い出したくも無いぜ。
(う、うん……綺麗………だよ………)
(静流と二人で歩く景色……見たかった………)
(そ、そんなこと言われても……そ、それにさ、普通の自由時間があるじゃない。そんとき、一緒に回ろ♪)
(だけどよー。俺とお前の仲って、秘密じゃね)
(べべべ、別に……秘密って訳じゃ………)
とは言え、静流も解かっている。
俺達の仲を公開するのは、リスクが大きいことを。
静流は『百地』のお嬢様。
俺は根無しの流れ
あの静流んちのとーちゃんに聞かれたら、どんな目に合うか解からない。
学園の中だって、静流の力で秩序を保っている。
カリスマは常に、孤高でなくてはならない。
(でも……やっぱ、な)
(……………うん)
(言っとくが、謝んなよ。別にお前がわりーわけじゃ、ねーんだからよ)
(……ん………解かってる………)
あ、やべぇ。
ちょっとやり過ぎた。
静流の表情が、だんだんと沈んで行く。
一旦沈めておいて浮かび上がらせるのが、いつもの手段なのだが……ちとやり過ぎたか。
(まあ、そんなわけで)
(………どんなわけよ)
静流が
よしよし。
(俺は良く解からんのだが、お前は人気者らしーじゃねーか?)
(人気なんて、無いよー。みんなが勝手に騒いでるだけで)
それを人気って言わないか?
学園に通うようになって解かったんだが、静流の人気は半端じゃない。
インチキ臭い気品に加えて、スカートを振り乱す強さ。
最近は俺を相手にする事も増えたので、何気なフランクさも加わって、まさにパーフェクトヒロインらしい。
誰も本当の静流に、気付いては居ないんだけどな。
(残念だ……奈那子が言ってた)
(な、なにをよ?)
(静流が劇の主役になれば、自由時間はもらったも同然だって……非常に残念だ)
(そ、そんなこと言われても……)
(それに、よ)
(それに………なに?)
(静流の可愛い衣装、見たかったな)
「なっ!?」
静流が声に出して叫んだところで、俺は
完璧。
自分の席まで戻る途中、しずしずと歩く奈那子とすれ違った。
その眼鏡が光っている。
すれ違うほんの数瞬、お互い呟く。
「………さすがね、イガちゃん。静流はもう堕ちたも同然ね……」
「心に鬼を飼ってる女よのぉ……」
「それは……お互い様でしょ」
「くっくっく………」
「ふふふっ………」
何者なんだ、俺ら?
自分の席まで戻ってきて腰を降ろそうとした時、ふと机に書かれている文字に気付いた。
木バナナのやろー、人の机に落書きしやがって。
シャーペンで書かれたらしい文字を良く見てみる。
『やっぱりそっちに流れるんだね、イガちゃん』
………どーゆー意味だ?
「おおっ―――!」
突然上がった歓声に、思わず身を
顔を上げると、まいはにーが壇上で顔を赤らめていた。
「じゃ、じゃぁ……あたし、頑張る! みんなよろしくねっ!」
「おおっ!」
天まで届きそうに乱立する拳の中、静流が決意表明していた。
堕ちた、か。
ちょろい女だぜ。
隣りでは憮然とした表情の康哉が、まとめに入ろうとしていた。
「……では……この後、放課後を利用して、各自の作業を分担する……みんな協力するように……」
納得行って無いらしいな。
まあ、俺の知ったこっちゃ無い。
俺の仕事は終わったし。
丁度鳴ったチャイムと同時に、俺はカバンを掴んで立ちあがった。
くだらねー時間を過ごした。
帰ってアニメでも見よう。
今日は確か、敵の大ボスが新しい蹴り技を出すんだよな。
「なんだ、伊賀崎。帰るのか?」
賑やかなクラスを抜ける途中、マニアックキングの山崎が話しかけてきた。
そっちを見ると、既に数人のグループに分かれて、作業を分担する段取りに入っているらしい。
静流などは女子の波に呑まれて、あっちこっち触られまくってる。
「ちょ、ちょっと……や、やめ………」
「動くと採寸出来ないよー」
……採寸なのか、あれ?
どー見ても、集団痴漢レズプレイにしか見えん。
「ああ。もうやる事はねーしな」
俺の仕事は終わった。
後は学食で食い放題を待つのみよ。
「伊賀崎も、なんか仕事しろよー」
「わりーな。当日の会場整理でも、あてがっといてくれ」
馬鹿くせー。
なんで俺が……。
人の輪に入るのは、嫌いだ。
そんな事、教わった覚えないから………な。
「馬鹿は……みんなでやった方が、楽しいんだぜ」
………。
普段見られない、山崎の真面目な顔。
俺のこと、解かってる訳じゃないんだろうけど……。
何となく、心に突き刺さる。
「後少ししか、このクラスじゃ一緒に居られない」
「…………」
「だから、一緒に馬鹿をやろう」
「………山崎」
……そうか。
俺は人の輪に入るのが、嫌いなんじゃない。
苦手なだけなのか。
山崎の一言が、こんなに嬉しいんだもんな。
「伊賀崎は役者やるような男じゃないから、一緒に大道具でも作ろーぜ」
「………ああ。解かった」
何となく素直に、輪に加わった。
「俺もまぜてくれ」
「おうよっ!」
山崎に肩を叩かれて、大道具の集団に加わる。
ふと見ると、奈那子が微笑んでいた。
くっそおもしろくねっ!
「じゃあみんな、頑張ろうっ!」
奈那子が叫んだ。
幾つかの集団に分かれていたクラスメイト達が、一斉に歓声を上げる。
「おおおっ!」
クラスメイト、か。
すこーし、くすぐったいな。
だがまあ……気分は悪くない。
こーゆーのも……悪くないぞ、うん。
みんな、笑ってる。
クラスメイト達も。
静流も。
奈那子も。
解かり辛いが、康哉も。
俺も多分。
悪くない。
「魔法少女、ジャスミンの始まりだよっ♪」
「お―――っっっっっっ!!!!」
……………………………………………。
魔法少女ぉ!?
――――――――――to be continued――――――――――
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てなわけで、原作者(で良いのか?)の書くやばげSS第三弾、『アルバム』
の前編ですが、如何でしたでしょうか?
この話しは、やばげ発生当初から考えていたんですよ。
てゆか、原画師の陰謀です(笑)。
キャラクターのビジュアルデザインをしてもらった、小野寺秀人がなんの脈絡も
無く、描いて送ってきてくれたものなんですね。
一気に話しが出来ましたとも、ええ(笑)。
この話しは、『刃の下に』本編の後日談になります。
言うなれば、ファンディスク収録モノですか(笑)。
次の後編では、まだ出て来ていないキャラも登場予定です。
相変わらず、陰の薄いキャラも居るんですけどね(笑)。
それでもみんな、元気です。
ではここまで読んで下さって、どうもありがとう御座いました。
スチャラカなやばげの世界、お楽しみ下さい。
2003・10・03 kyon
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