突然、十月の風が教室の中に吹き込んできた。
 長過ぎるカーテンが、床の上を滑る。
 少しづつ色づく木々。
 がらじゃねーのは解かってるが、ほんのちょっと感傷的な気分に浸った。
 ここんとこ忙しかったからな。
 たまにはこんな気分に浸るのも、悪くない。
 机に肘を突いて、顎を手の平で押さえる。
 窓の外は平和で。
 ほんとーに平和で。

「だーかーらー! 猫耳が萌えるんだって!」
「今時、ネコミミ喫茶!? はっ! だーからマニアは!」
「マニアって言うな!」
「今のトレンドは、浴衣だろう! しかもミニ! さらにニーソックス! 言うなれば、オーバーニー!」
「いつのトレンドだよ!」
「………め、眼鏡は………外せないんじゃないかな………」
「巫女さんもかわいーよねー♪」
「お、解かってるねー。 巫女服! しかもミニ! さらにニーソックス! 言うなれば、オーバーニー!」
「ちょっと待て! 巫女服には素足だろう!」
「そーだそーだ! ぺた乳巫女服は、伝統だ! フェイバリットだ!」
「いやいやいや。解かってないね、みんな。巫女服には、きょにう!」
「ぺた乳眼鏡だっつーの!」
「きぃぃぃぃ! きょにう三つ編みでしょうがっ!」
「あ、あのあの〜〜〜。ほ、他のクラスの迷惑になるので〜〜〜。い、淫靡(いんび)な単語を連呼するのは〜〜〜。や、やめてくださ〜〜〜い〜〜〜〜」
「ミニの巫女服など、認めん! 巫女服とメイド服は、発生当初から終焉(しゅうえん)に到るまで、常にロングスカートなのだ!」

 ……………外の世界は、ほんとーに平和で。
 気の早い枯葉など眺めてみる。
 おや?
 一枚の落ち葉が、ふわりと俺の頭に着地した。
 何気なしに、枯葉をつまんでみる。
 季節の移ろいが、俺の指を染め上げた。

「風流、だな」
「………この状況で、よくもそんな悠長な事を………」

 俺の目の前に、いつのまにか康哉が忍び寄ってきた。
 やり場の無い怒りで、顔面が凍り付いている。
 その間も康哉の後ろでは、マニアックなクラスメイト達が喧喧諤諤(けんけんがくがく)と言い争っていた。
 やり場が無いんで、俺に当りに来たのだろう。
 迷惑千万。

「……は?」
「どうにか、しろ」
「………どうにか、とは?」
「このクラスは、貴様が来るまでは温厚なクラスだった。貴様が全ての原因だ」

 そーなのかもしれんが、人様の趣味趣向までは責任取れん。
 とはいえ、強ち言いがかりだとも、言い辛い。
 なにせ転校してきてからこっち、学園内の悪事の80%は俺のせいだという噂が流れていた。
 まあ、そんなに外してはいない。
 パーセンテージは、もちょっと大目かな。
 康哉の非難の視線から逃れるように教室を見渡すと、なんとか状況を収めようとしている静流やみどりちゃんが、哀れで楽しかった。
 誰も聞いちゃいねぇ。
 康哉も先ほどまでは、事態の収集に奔走していたが………。

「我々は! 猫耳同盟軍をここに結成! クラスの半数に猫耳を義務付ける! 語尾は『ニャ』だぁ!」
「勝手な事言わないでよ! わたし達は、ウエイトレスに成長するのよ! 羽ばたくのよ!」
「……か、看護婦も……ありじゃないかな……」
「誰か! 羽の付いたリュック! 一万個買って来い!」

 各地で起こる暴走暴動の火の手に、とーとー最終兵器投入を決意したらしい。
 つまり、俺にお願い、と。
 毒を盛って毒を制する。
 俺の姉の好きな言葉だ。
 蓮霞のばーい、毒の強い方が勝つと本気で解釈しているんだよな。

「人のせいにすんなよ。頑張れ、クラスいいんちょ♪」
「もう既に、俺の手には負えん。貴様がなんとかしろ」
「人に頼るのに、その言い草はなんなんだっつーの」

 ま、しょうがあるまい。
 常識人は所詮、マニアックスには敵わないのだ。
 マニアックスに勝てるのは、マニアックスを上回る非常識さ。
 非常識さなら、自身あるぜ。
 生まれついての非常識さに加えて、辛い修行で積み重ねた非常識の刃。
 俺の刃の下に在るのは、非常識かもな。
 誇らしくも在り、悲しくも在り、やっぱり誇らしい。

「んじゃ……」

 普通考えられるのは花火や煙幕で、クラスを更に混乱に落とし入れることだろう。
 普通じゃねーけど、大抵のアニメやゲームなんかでは、そんな感じ。
 デカイ音を鳴らしたり、黒板や窓を引っかいたり。
 俺はそんな、デフォな事はしねぇ。
 別に新機軸てわけじゃーねーけどな。

「き、貴様……?」
「止めるな、康哉………。後の事は頼んだ……」

 呆然とする康哉に、笑って見せる。
 最後の笑み。
 友達だもんな。

「た、大河……?」

 教台に向かって歩いていく。
 まるで死刑執行台に向かう気分だ。
 途中で、事態の収拾に奔走している静流と目が合った。

「とら……?」

 ふっと笑って見せる。
 誰も、俺を止める事は出来ない。
 死して屍、拾うもの無し。
 死してしかばぁねぇ、拾うものなぁぁしぃぃぃ!
 だって重いじゃん。
 拾ってもらうのは良いけど、拾うのはごめんだ。
 置き場所に困るしよ。

「……さて」

 壇上に上がって、涙目のみどりちゃんを見下ろす。
 相変わらず、こまっちぃ。
 阿鼻叫喚とした教室に怯えながらも、必至に身振り手振りで事態を収集しようとしているが……。
 その姿は、誰にも見えていない。
 以前哀れに思って俺が作った、『みどりちゃん専用お立ち台』は脇に追いやられている。
 あれに上れば、みんなに見えると思うのだが……。
 教師とゆープライドが邪魔して、どーにもこーにも気に入ってもらえないらしい。
 せっかく作ったのに。

「い……伊賀崎くぅん〜〜〜?」
「大丈夫だ。俺に任せろ」

 最近見た、アニメのヒーロー気取りでにやっと笑う。
 にやけた頬をさらしながら、いくら康哉が睨みつけても気付く事の無い、混沌とした教室を見渡した。
 康哉が大声出せばビックリして静まるだろーが、生憎そんなキャラじゃないしな。
 俺も大声出すのはゴメンだ。
 昨夜の深夜ラジオで馬鹿笑いしすぎて、喉がいてーんだ。
 なんであの歌手は、トークと歌にギャップが在り過ぎるんだろうな?

「な、なんか〜〜〜すご〜〜〜い不安なんですけどぉ〜〜〜。さらに場がハレンチになっていきそうな気がします〜〜〜」

 ……。
 さすがみどりちゃん。
 その失礼な予言は、当ってる。
 いやむしろ、当ててみせるっ!
 みどりちゃんの不安をスルーして、俺は教室中のマニアックスに向かって話しかけた。
 あくまでも、静かに、だ。

「さて、みんな注目」

 今、優しい中年教師の気持ち。
 なんだったら、夕日の輝く川原とかでも走れそうな気持ちだ。
 そんな優しい気持ちの俺を、見やる者は居ない。
 そりゃそーだ。
 このくらいで静まるんだったら、康哉が顔面を凍らせたり、みどりちゃんが涙目になる必要は無い。
 俺は静かに……とても静かに、懐からある物を取り出した。
 本当は俺の宝物なんだけどな。

「ここに、一枚の写真がある」

 誰も興味を示さない。
 いや、一人だけ。
 いやーな表情を浮かべた奴が居る。
 まいはにー。

「エロ写真だ。しかもごっつい。洒落にならん」
「………………………」

 教室中の耳が、ピクリと動いた。
 瞬時に静かになる。
 この時点で目的は達せられている訳だが……ここで止めるのは俺らしくない。
 見る見るうちに、まいはにーの顔が引きつっていった。

「ネットでも流れていない静流の痴態が無修正。無論アイコラじゃない。5,000円から」
「20,000円!」

 いきなり値段が跳ね上がった。
 すげーぜ、まいはにー。

「40,000円!」
「55,000円!」

 おおっ!?
 すげー高騰の仕方だ。
 マジで撮って売るかな?
 ひと財産築けるな。

「62,000えーん!」
「78,000ペソ!」

 ぺそ?
 今、1ペソいくらだ?
 誰か、現地のレポーター(はっとりまこ)さんに聞いてきてくれ。
 いくらだか解からんが、その単位が気に入った。

「良し。この写真は、山崎に売ろ」
「売んな―――!」

 ビシィ!

 俺の手元に合ったはずの『生着替え全裸写真』が、何かに奪われた。
 鋭い何かが、頬を切り裂く。
 そーっと振りかえると……背後の黒板に全裸写真が、矢によって縫い付けられていた。
 ちょうど股間の部分に、矢が突き刺さっている。
 いたそー。
 視線をクラスに戻すと………。

「とら………あんたねぇ………いい加減にしなさい………」

 鬼だ………。
 鬼が短弓を構えて、紅蓮の波動を(まと)い立っている。
 怒りか羞恥心か解からんが、その表情は真っ赤だ。
 まさに赤鬼。

「違う、待て静流!」
「待たないよ………そんな写真……いつ撮ったのよ………」
「落ちつけ! ハウス! 静流、ハウス!」
「犬じゃないわよ!」

 静流が次矢を番えた。
 お得意の、多弾頭矢だ。
 矢の先がぷくりと膨れている。
 分裂しても全くスピードの落ちない、脅威の忍具。
 奈那子んちも、ヤなもん作るよな。

「違うんだって! 俺が大事なお前の写真を、マニアもここに極まれりといった山崎に売ると思うか!?」

 大事なって所にアクセントを置いて、一気にまくし立てた。
 静流を落ちつかせるには、こっちもプライドを捨てる必要がある。
 いきなりマニア呼ばわりされた山崎が、ちょっと憤慨した表情を浮かべた。
 間違ってないじゃん。

「大事なって………」

 今度こそ、照れで赤面する静流。
 番えた矢の軌道が、動揺で俺の額からそれる。
 これでなにか在っても、俺の額に矢が刺さる事は無い。
 よしよし。
 そろそろオチだな。

「この写真は、康哉の全裸写真だ。忍者の合同修行中に、監視カメラが納めた映像です。無論アイコラじゃない。あらためて5,000円から」
「7,000!」
「1,200!」
「通天閣から飛び降りて………25,000円やっ!」

 おお、凄い!
 てゆーか今、廊下の方から関西弁が聞こえたよーな気が………殺気っ!?

 ぶおん。

 (きらめ)く斬線を(かわ)すと………背後で黒板が斜めにずれた。
 埃をまとって、床に落ちる。
 あーあ。
 ガッコの備品なのにな。
 今月、3枚目。
 なんで俺ら、退学とか停学になら無いんだろうな、しかし。

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
「落ちつけって。康哉、ハウス!」
「愚弄するなぁぁぁぁ!」

 斬撃を躱しながらふと見ると、みどりちゃんと山崎が悲しそうな表情を浮かべていた。
 欲しかったのか、山崎?

















                           『アルバム』(前編)
















「………では改めて、議題に入る」

 壇上で康哉が、呼吸を整えながら呟いた。
 追いかけっこの相手である俺は、息一つ切らしていない。
 まだまだだな、康哉も。
 同年代最高スペックと呼ばれた康哉ですら、俺の遁走(とんそう)術には敵わない。
『五遁の大河』の異名は、伊達じゃないのさ。

「静かにするように、みんな」
「は――――い」

 康哉が告げると、クラスのみんなは手を上げて元気に返事をした。
 今更ながらだが、不安なクラスだ。
 いまどき初等部ですら、このノリは無いだろう。
 いまどき初等部ですらしない、学級崩壊するクラスだからしゃーねーか。

「では、今度のクラス祭での出し物だが………何か意見は?」

 馬鹿だな、康哉。
 さっきその一言で、あの展開に成ったの忘れたのかよ?
 そうなのだ。
 来月に行なわれる、クラス祭。
 いわゆる文化祭での出し物を決めるため、わざわざ授業の時間を潰して会議しているのだ。
 ウチの学園は進学校ではないため、学園行事の季節がまちまちだ。
 7月に体育祭、12月に旅行。
 文化祭に到っては、雪もちらほら見え始める11月と来たもんだ。
 へんなガッコ。
 とはいえ、俺はあんまり学園行事には興味ない。
 日常の方が、刺激的で面白いからな。
 参加した事ないので、興味が湧かないと言った方が正解だろうか?
 7月の体育祭は、忍者仕事でキャンセルしたしな。
 故に今回の文化祭が、この学園に来て初めての学園行事。
 どー反応して良いか解からないので、他人事なのだ。
 そんな自分が、ちょっと寂しい。
 こんな感情、ちょっと前の俺だったら、否定してたんだろうな。
 守るものが出来るってのも、なかなか楽じゃない。

「ネコ耳喫茶!」
「メイドマッサージ!」
「すくみず組み体操!」

 組み体操?
 そりゃ出し物………出し物か?
 面白いかどーかはともかく、この時期は死ぬだろう。
 マニアの多いクラスだぜ、しかし。
 混沌に染まりそうなクラスに、みどりちゃんが立ちあがった。
 いや、さっきから立ってはいたんだけど。

「み、みなさん〜〜〜。聞いてくださ〜〜〜い〜〜〜」

 蚊の泣くような、か細い声。
 これじゃ誰も振り向いてくれないだろう。
 だいたい、身体の大半が机に隠れて、見えねーし。
 これじゃさっきの二の舞だ。

「みどりちゃん、お立ち台、お立ち台」

 俺は教室の端っこに追いやられた、『みどりちゃん専用お立ち台』を指差した。
 俺の声に気付いたみどりちゃんが、恐る恐る横目で見る。
 みどりちゃんはちょっと躊躇したあと……。
 専用のお立ち台に上った。
 なんとか全身が確認できるくらいになる。

「みなさ〜〜〜ん! し、静かにしてくだ……………」

 ぶお――――ん。

 いまだ混沌とするクラスの視線が、みどりちゃんに集まった。
 スイッチングのタイミング、完璧。
 みどりちゃんのスーツスカートは、腰の辺りまでめくれあがっていた。
 意外な黒の三角地帯が、男全員と一部女子の目を釘付けにする。
 うむうむ。
 俺考案の送風機能、『バスストップ』は今だ健在。
 設計あんど製作者の奈那子にも、感謝しなくては。
 アイツ、こーゆー下らない工作、上手いんだよな。

「おお―――っ!」

 俺のクラスが、今一つに。

「し、篠崎先生!?」
「あ………あ……………」

 康哉が慌てて、みどりちゃんのスカートを下げようとして………全部下げた。
 膝下まで下がる、みどりちゃんのスーツスカート。
 マニアック過ぎる。

「おおおおっ!?」
「……………」
「……………………」

 クラスの視線の中、康哉とみどりちゃんが固まる。
 康哉の口が、みどりちゃんの三角(デルタ)地帯に優しく触れていた。
 クラス中が次の展開を、固唾を飲んで見守っている。
 うむ。
 やっと静かになったぜ。
 てゆーか、次の展開なんか在る訳ねーんだけどな。














「………改めて問う。このクラスの出し物は、なにが良いか………」

 康哉の台詞で、クラス中がシーンとなった。
 一般人と言えども、康哉の怒りは解かるのだろう。
 俺は、あんなに人前で怒りを表している康哉が、忍者失格なのは解かる。
 修行が足りねーよな。

「……………………」

 水を打ったような、静けさ。
 極端なクラスだぜ。
 状況を打開するためか、みどりちゃんが重い口を開いた。
 クラスの一番後の俺からは、その全身は確認出来ない。

「あの〜〜〜みなさ〜〜〜ん。真面目に考えましょ〜〜〜ね〜〜〜」

 まるで、教卓が喋ってるようだ。
 お立ち台、使ってくれれば良いのに。

「じゃないと〜〜〜。他のクラスさんに負けてしまいますよ〜〜〜。賞品も無しですよぉ〜〜〜」

 全員の耳が、ピクリと動いた。
 どうやら、重要な事を思い出したらしい。
 ま、俺は興味ねーけど。

「篠崎先生………そのような………品で人を釣るような所業は………」

 まだ怒りが全身に回っているのか、時代錯誤モードの康哉が呟いた。
 面白いが、忍者失格。
 後から説教しておかなくちゃな。

「でも〜〜。この子達が真面目にやるなら〜〜〜」

 子供扱いされたクラスのみんなは、みどりちゃんの台詞など聞いちゃいねぇ。
 みんなの頭の中は、あることで一杯だろう。
 俺は別に興味は無い。
 なんとなく置いてけ堀。
 所詮、俺とみんなは………住む世界がちがうんだよな。

「みなさん〜〜〜頑張りましょうね〜〜〜。クラス祭の一等賞品は〜〜〜。旅行の、自由時間ですよ〜〜」

 クラス中の瞳が輝いた。
 各々、勝手な妄想に浸っているらしい。
 クラス祭のクライマックス。
 それは、アンケートで一番人気があったクラスに、旅行時の自由時間が与えられるのだ。
 全学年、朝の八時から次の日の朝八時まで、ニ十四時間。
 何してても良し。
 勿論ナニしてても良し。
 流石に外泊は禁止だが、それでも旅行先で与えられる自由が、どれほど人の心を魅了するか……。
 説明しなくても、みんなの瞳の輝きを見れば、瞬時に理解出来るだろう。
 ちなみに優勝クラスが自由を満喫している時、他のクラスは奉仕活動に従事するらしい。
 旅行先で、空き缶を拾ったり草を刈ったり。
 なんでも一昨年卒業した女生徒などは、マイ鎌で何かを狩ったとか。
 黒い伝説など、無闇矢鱈残さないで欲しいものだ、ホント。

「あの………」

 俺の斜め前の方で、白い手が上がった。
 なんのつもりか、すでに腕まくりしてやがる。
 馬鹿か、あいつは?

「木羽? 発言を許可する」
「あ、うん。ありがとう、康哉君」

 木バナナ………忍具の最大手メーカー『木羽忍機』の一人娘、木羽奈那子が立ちあがった。
 康哉に名前を呼ばれたからか、薄っすらと頬など染めてやがる。
 あんなに偉そうに言われて、何が嬉しいんだか……。
 誰に説明するわけでもないが、奈那子は康哉に惚れているとの、もっぱらの評判だ。
 康哉はそれを知ってるのかどーか………。
 ま、知っててもどーこーするような奴じゃない。
 結構もてるのにな、康哉。
 ちなみに俺は学園内で、『関わりになりたくない男性』ランキング、1位らしい。
 もう、みんな、照れちゃって♪

「あのみんな……提案があるの」

 わりと人見知りする奈那子が、(うつむ)いたまま語りかけた。
 ………。
 だが俺は見た。
 (うつむ)く奈那子の頬が、にやりと笑った事を。
 その銀色のフレームで支えられた眼鏡が、一瞬光った事を。
 ありゃ……なんか企んでるな。
 でもまあ、俺には関係無し。
 机に突っ伏して、闇黒の世界に旅立つ。

「あの……劇なんて、どうかな?」

 ………ほう。
 やっぱそれは、エロいのかな?
 奈那子は友達と衆人の前では、少し態度が違う。
 本当の奈那子は、度が過ぎるくらいお茶眼鏡っ娘(おちゃめがねっこ)だ。
 あ、なんかこのフレーズいいな。
 お茶眼鏡っ娘(おちゃめがねっこ)

「えぇー? 劇なんて面倒くさいよ―――」
「準備も時間掛かるしさー」
「外したら、目も当てられないぜ?」
「今から、体育館の許可なんか、取れる訳無いよー」

 ………。
 机に突っ伏したまま、ちょっとむっとする。
 好き勝手言いやがって………。
 元はと言えば、てめーらがまともな意見出さねーから………。
 そこまで思って、心を静める。
 なにも意見出さない俺も、同罪だしな、うん。

「あ、準備は……有志で出来ると思うの。脚本はわたしが書くし………」

 それが一番不安だ。

「静流がお願いすれば、体育館の許可も取れると思うし……」
「え、あたし!?」

 突然名指しされたまいはにーが、素っ頓狂な声を上げた。
 確かに静流は、学園のオーナーとも親戚らしいし。
 なによりこの地の有力者、『百地』の一人娘だ。
 大抵の無理は通せる。
 とはいえ、静流はそーゆーのを嫌ってて、奈那子もそれは知ってるはずだが………。
 なに企んでやが……俺には、関係ないか。

「それに……静流が主役をやれば、人気も出ると思うんだ……」
「………ええ!? あたしぃ!?」

 思わぬ展開に、びっくりして頭を上げる。
 俺のヒロインが、劇のヒロインに抜擢!?
 ちょっと他人事じゃ済まなくなって………いやいや。
 ヒロイン発言はやめとこー。

「このクラスは、アクションの得意な人も多いと思うの………駄目かな?」
「なるほど!」
「木羽さん、それはナイスアイデーア!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「百地さんのアクション!? それは稼げるぜ!」
「ちょ、ちょっとみん………」
「うん! 静流がヒロインだったら、絶対に1位確実だよ!」
「そうだそうだ!」
「そうよそうよ!」

 俺の出現によって崩された『お嬢様モード』じゃない静流が、思いっきり慌てている。
 だが誰も聞いちゃいなかった。
 俺には関係ないが……なんとなく面白くねぇ。
 こりゃ1位確実だとばかりに盛りあがる教室内に、突然殺気が充満した。

「………静粛に……………」

 教壇の前に立つ康哉の背中に、青白い炎が見えた。
 静流が(はや)し立てられた事に、怒っているのだろう。
 さすが『百地』の守護者。
 先ほどの喧騒とはわけが違う、静流が辱められた怒りが、怒鳴る事もせず一般人を魂レベルまで威圧している。
 俺でもちょっとビビるよ。

「あ、あの康哉君……駄目かな? 劇じゃ……駄目かな?」

 奈那子はビビって居なかった。
 それどころか、たった一言で康哉の怒りを消沈させている。
 俺達の性格を知り尽くしてる奈那子だからこそ、この後の事まで想定しているのだろう。
 策士、木バナナ。
 静流がヒロインとゆー地点から、巧みに問題を摩り替えてる。

「駄目という訳ではないが……」
「問題……あるかな?」

 奈那子の瞳に見詰められて、ちょっと身を引いている康哉。
 よわっ!

「問題……在る訳ではないが……こう言うのは、本人の意思が大事な……」

 よわよわっ!
 てゆーか、劇は決定なのかよ?

「ね、いいよね、静流?」

 奈那子が振り向いて、静流に微笑みかけた。
 静流も奈那子と付き合い長いから、なにか企んでるのは解かってるだろう。
 俺がフォローするまでもないな。

「え、だだだ、駄目だよ! そんなの………出来ないよ!」
「ううん、静流なら出来ると思うの………それに」

 それに?

「旅行先、覚えてる?」
「………え?」
「静流の好きな……京都だよ?」
「……………」

 静流はその狂暴な性格に似合わず、わりと古風なところが在る。
 寺とか仏像とか、結構好きなのだ。
 いまどき修学旅行で、京都もねーと思うけどよ。
 噂の舞妓クラブは、ちょっと見てみたい。

「二人で歩く、ライトアップされた小道………素敵だと思わない?」
「……………………」
「夜じゃないと見れない場所も在るし………二人で」
「……………」
「点呼さえ取れば、夜中に外出したって良いんじゃないかな? ………二人で」
「……………………………」
「夜の川原で散歩したり………手を握ったりしてさ……………二人で」
「……………………♪」

 ……………洗脳だ。
 まいはにーが、洗脳されかかっている。
 てゆーか、『二人で』って所を強調するのヤメロ。
 こっちまで想像しちゃうじゃねーか。
 ちなみに俺と静流があんな仲やこんな仲だと言うことは、一部の仲間しか知らない。
 学園内では相変わらず、『悪役と学園のヒロイン』なのだ。
 そのほーが、俺も楽だし。

「ね、静流………頑張ろうよ。自由の為に」

 なんてぇお題目だ。
 たかだが欲望を果たすために、自由を語るとわ。
 あの話術、参考に成せていただこう。

「で、でもやっぱりあたし………」

 静流がちらりと、俺の方を見た。
 俺に何を言えってんだよ。
 ヤらしい事なら言えるぞ、ヤらしいことなら。
 静流の視線に気付いた奈那子が、ゆっくりと歩いて俺に近付く。
 俺にしか聞こえない警報の中で、奈那子がそっと耳打ちしてきた。
 赤いパトライトが、全力で回り出す。
 警戒レベル、まっくす。

「ね、イガちゃんも説得してくれない?」

 耳に掛かる息がくすぐったい。
 顔のすぐ横に在る胸元も、俺の警戒レベルを凌駕しよーとしている。
 こここ、こんなんで俺を(たばか)れると思うなよ。

「じょーだんじゃねぇ。なんで俺が?」
「だって静流、イガちゃんの言うことなら聞くでしょ?」
「大いなる誤解だ。あいつは俺の言うことなんか、これっぽっちも聞きやしねぇ」

 あれから、胸で挟んでくれないし。

「静流と一緒に、夜の京都を散策したくないの?」
「俺まで洗脳しよーとすんな。てゆか、旅行になんかいかねーしさ」

 京都になど用事は無い。
 用事の無いとこに行く『楯岡』じゃない。
 故に俺は旅行になど行かない。
 完璧な理論だ。
 完璧過ぎて、薄ら寒くなってくるぜ。

「んー」

 奈那子は自分の顎に人差し指を当てて、何か考え出した。
 尖った唇が、なにか良からぬことを企んでいるらしい。
 むむ、ヤバイ。

「街の中にさ」
「………は?」

 突然、何を言い出すんだ、このバナナ?

「街の中にさ、突然水が溢れたとするじゃない?」
「……………はぁ、そっすね」

 毎度の事ながら、奈那子の思考には着いて行けない。
 突飛過ぎるんだよ。

「そうしたらイガちゃん、どうする?」
「ビックリする」
「………………」

 突飛な答えを返す生き物をみるよーな視線を、俺に送ってきた。
 失礼な眼鏡っ娘だ。

「答えはね。水の流れる方向を作ってやれば良いんだよ」
「はあ、そっすね」
「じゃないと水は、色んな物を流しちゃうから」
「そりゃ大変」

 んで結局、この問答は何を意味してるのかな?
 今までの話しの流れと、なんの関係も無いじゃ………。
 俺の思考を遮るように、奈那子が呟いた。

「静流を説得できたら、学食1ヶ月食べ放だ」
「乗った」
「ああっ!? 話しを最後まで聞かないで、いきなりやる気になった!?」

 俺はすっくと立ちあがった。
 肩を竦める奈那子の脇を、ニヤつきながら()り抜ける。
 ハードボイルドだぜ。

「な、なによ?」

 クラスの中は相変わらず、どんな劇にするとか誰が何をするとかで盛りあがっていた。
 騒がしいクラスの中を、警戒する静流の斜め前に立つ。
 衆人の視線を浴びながら、唇をかすかに動かした。
 一般人には、唇の動きは解からないだろうが。

(………なあ静流)

 忍者独特の技法、『麦食(むぎは)み』だ。
 昔から在る話法で、一般人では耳元で(ささ)いても聞こえない。
 無論忍者と言えども、一定の距離が無いと駄目なんだが………俺と静流なら、十数歩先からだったら聞こえるだろう。

(な、なによ!)

 静流は警戒しながら、それでも『麦食み』で返してくる。
 話しが早いぜ、まいはにー。

(劇、やってみないか?)
(あああ、アンタまでそんな事、言うの!?)
(ヤなのか?)
(当たり前でしょ!)
(なんで?)
(なんでって………恥ずかしいじゃない………)

 静流の頬が、かすかに染まった。
 一般人並みの羞恥心は持ち合わせてるらしい。

(んー)
(な、なによ! なに言われても、やらないんだから!)
(残念だな……ちょっと見たかったのに……)
(………え?)
(俺はまだ見た事無いんだが、京都って綺麗なんだろ?)

 大嘘だ。
 秘忍書集めるために、どれほど通ったか……。
 思い出したくも無いぜ。

(う、うん……綺麗………だよ………)
(静流と二人で歩く景色……見たかった………)
(そ、そんなこと言われても……そ、それにさ、普通の自由時間があるじゃない。そんとき、一緒に回ろ♪)
(だけどよー。俺とお前の仲って、秘密じゃね)
(べべべ、別に……秘密って訳じゃ………)

 とは言え、静流も解かっている。
 俺達の仲を公開するのは、リスクが大きいことを。
 静流は『百地』のお嬢様。
 俺は根無しの流れ透波(すっぱ)だ。
 あの静流んちのとーちゃんに聞かれたら、どんな目に合うか解からない。
 学園の中だって、静流の力で秩序を保っている。
 カリスマは常に、孤高でなくてはならない。

(でも……やっぱ、な)
(……………うん)
(言っとくが、謝んなよ。別にお前がわりーわけじゃ、ねーんだからよ)
(……ん………解かってる………)

 あ、やべぇ。
 ちょっとやり過ぎた。
 静流の表情が、だんだんと沈んで行く。
 一旦沈めておいて浮かび上がらせるのが、いつもの手段なのだが……ちとやり過ぎたか。

(まあ、そんなわけで)
(………どんなわけよ)

 静流が(かす)かに笑った。
 よしよし。

(俺は良く解からんのだが、お前は人気者らしーじゃねーか?)
(人気なんて、無いよー。みんなが勝手に騒いでるだけで)

 それを人気って言わないか?
 学園に通うようになって解かったんだが、静流の人気は半端じゃない。
 インチキ臭い気品に加えて、スカートを振り乱す強さ。
 最近は俺を相手にする事も増えたので、何気なフランクさも加わって、まさにパーフェクトヒロインらしい。
 誰も本当の静流に、気付いては居ないんだけどな。

(残念だ……奈那子が言ってた)
(な、なにをよ?)
(静流が劇の主役になれば、自由時間はもらったも同然だって……非常に残念だ)
(そ、そんなこと言われても……)
(それに、よ)
(それに………なに?)
(静流の可愛い衣装、見たかったな)
「なっ!?」

 静流が声に出して叫んだところで、俺は(きびす)を返した。
 完璧。
 自分の席まで戻る途中、しずしずと歩く奈那子とすれ違った。
 その眼鏡が光っている。
 すれ違うほんの数瞬、お互い呟く。

「………さすがね、イガちゃん。静流はもう堕ちたも同然ね……」
「心に鬼を飼ってる女よのぉ……」
「それは……お互い様でしょ」
「くっくっく………」
「ふふふっ………」

 何者なんだ、俺ら?
 自分の席まで戻ってきて腰を降ろそうとした時、ふと机に書かれている文字に気付いた。
 木バナナのやろー、人の机に落書きしやがって。
 シャーペンで書かれたらしい文字を良く見てみる。

『やっぱりそっちに流れるんだね、イガちゃん』

 ………どーゆー意味だ?

「おおっ―――!」

 突然上がった歓声に、思わず身を(すく)める。
 顔を上げると、まいはにーが壇上で顔を赤らめていた。

「じゃ、じゃぁ……あたし、頑張る! みんなよろしくねっ!」
「おおっ!」

 天まで届きそうに乱立する拳の中、静流が決意表明していた。
 堕ちた、か。
 ちょろい女だぜ。
 隣りでは憮然とした表情の康哉が、まとめに入ろうとしていた。

「……では……この後、放課後を利用して、各自の作業を分担する……みんな協力するように……」

 納得行って無いらしいな。
 まあ、俺の知ったこっちゃ無い。
 俺の仕事は終わったし。
 丁度鳴ったチャイムと同時に、俺はカバンを掴んで立ちあがった。
 くだらねー時間を過ごした。
 帰ってアニメでも見よう。
 今日は確か、敵の大ボスが新しい蹴り技を出すんだよな。

「なんだ、伊賀崎。帰るのか?」

 賑やかなクラスを抜ける途中、マニアックキングの山崎が話しかけてきた。
 そっちを見ると、既に数人のグループに分かれて、作業を分担する段取りに入っているらしい。
 静流などは女子の波に呑まれて、あっちこっち触られまくってる。

「ちょ、ちょっと……や、やめ………」
「動くと採寸出来ないよー」

 ……採寸なのか、あれ?
 どー見ても、集団痴漢レズプレイにしか見えん。

「ああ。もうやる事はねーしな」

 俺の仕事は終わった。
 後は学食で食い放題を待つのみよ。

「伊賀崎も、なんか仕事しろよー」
「わりーな。当日の会場整理でも、あてがっといてくれ」

 馬鹿くせー。
 なんで俺が……。
 人の輪に入るのは、嫌いだ。
 そんな事、教わった覚えないから………な。

「馬鹿は……みんなでやった方が、楽しいんだぜ」

 ………。
 普段見られない、山崎の真面目な顔。
 俺のこと、解かってる訳じゃないんだろうけど……。
 何となく、心に突き刺さる。

「後少ししか、このクラスじゃ一緒に居られない」
「…………」
「だから、一緒に馬鹿をやろう」
「………山崎」

 ……そうか。
 俺は人の輪に入るのが、嫌いなんじゃない。
 苦手なだけなのか。
 山崎の一言が、こんなに嬉しいんだもんな。

「伊賀崎は役者やるような男じゃないから、一緒に大道具でも作ろーぜ」
「………ああ。解かった」

 何となく素直に、輪に加わった。

「俺もまぜてくれ」
「おうよっ!」

 山崎に肩を叩かれて、大道具の集団に加わる。
 ふと見ると、奈那子が微笑んでいた。
 くっそおもしろくねっ!

「じゃあみんな、頑張ろうっ!」

 奈那子が叫んだ。
 幾つかの集団に分かれていたクラスメイト達が、一斉に歓声を上げる。


「おおおっ!」


 クラスメイト、か。

 すこーし、くすぐったいな。

 だがまあ……気分は悪くない。

 こーゆーのも……悪くないぞ、うん。

 みんな、笑ってる。

 クラスメイト達も。

 静流も。

 奈那子も。

 解かり辛いが、康哉も。

 俺も多分。

 悪くない。



「魔法少女、ジャスミンの始まりだよっ♪」
「お―――っっっっっっ!!!!」



 ……………………………………………。
 魔法少女ぉ!?











――――――――――to be continued――――――――――













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 てなわけで、原作者(で良いのか?)の書くやばげSS第三弾、『アルバム』
の前編ですが、如何でしたでしょうか?
この話しは、やばげ発生当初から考えていたんですよ。
てゆか、原画師の陰謀です(笑)。
キャラクターのビジュアルデザインをしてもらった、小野寺秀人がなんの脈絡も
無く、描いて送ってきてくれたものなんですね。
一気に話しが出来ましたとも、ええ(笑)。

 この話しは、『刃の下に』本編の後日談になります。
言うなれば、ファンディスク収録モノですか(笑)。
次の後編では、まだ出て来ていないキャラも登場予定です。
相変わらず、陰の薄いキャラも居るんですけどね(笑)。
それでもみんな、元気です。

 ではここまで読んで下さって、どうもありがとう御座いました。
スチャラカなやばげの世界、お楽しみ下さい。


2003・10・03 kyon



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