よーやくここまで来た、か。
色々あったなぁ………。
一番舞台が良く見える場所に陣取って、深くシートに体重を預ける。
心地良い疲労感が、身体を包んだ。
強引に捻じ込んだプログラムだったが、わりと客も入ってるな。
俺たち男子が設置した椅子も、9割りがた埋まっている。
俺の両隣は、『予約席』とか書かれたプレートが乗っかっているので、誰も座らない。
緋那と蓮霞の分だ。
あいつら、遅いな……。
「ふぅ……」
「あ、イガちゃん」
「お? 奈那子。おつー」
「うん。お疲れさま♪」
舞台監督アンド脚本家アンド演出家の奈那子が、隣りに座ってきた。
暗い場内、白い肌が揺れている。
「はい」
「ん? ……ん」
奈那子の差し出した紙コップを受けると、一気に飲み干した。
冷たいが少し気の抜けた炭酸が、乾いた喉を潤す。
奈那子はなんか瞳を細めて、幕の降りている舞台を見ていた。
「ようやく……始まるね、イガちゃん」
「ああ」
なんか満足したような、寂しいような……。
そんな顔だった。
気持ちは解かる。
始まるって事は、終わるって事だ。
いつか終わるのは解かってる。
解かってるんだが、やっぱり寂しいな。
クラス全員で何かやるなんての、俺は初めてだったから。
待ち遠しいものがやって来た気持ちと、来てしまったって気持ちが混同している。
「そー言えば奈那子は、こんなとこに居て良いのか?」
「うん。私の出番は最期の方だけだし、お客さんの反応も見たいしね」
「そか。………あ、だけどよ」
「ん? どうしたの?」
「お前のでかい尻の下に、俺渾身のプレートが有るんだが」
「………………」
奈那子はそっと腰を上げた後、尻の下に手を入れて白いプレートを取り出した。
白いダンボールに筆で『毒殺者専用』と書いてある。
筆って所が忍者っぽい演出なのだ。
「………てぇっ」
ごきぃ。
「ぐはっ!?」
奈那子の右ストレートが、俺の左頬を抉った。
あまりにも予想外の行動に、全然
「なにしやがんだっ!」
「………じっとしてて」
………ん?
奈那子の白い指が、俺の唇の端をそっとなでる。
レンズの奥の真剣な瞳に………不覚にもドキッとしてしまった。
柔らかい指が、そーっとそおーっと撫でて行く。
薄暗い照明の中……なんか妙な雰囲気だ。
「………………」
「………?」
口の端を撫でた白い指で、俺渾身のプレートをなぞり始めた。
覗き込んで見ると………『でかくないよ〜』と書いている。
魂の叫びを書き終わった奈那子は、意を決したように………。
「てぃ」
投げた。
「なにしてんだよ! てゆーかかすれた血文字で予約席のプレートが………ええぃ! どっから突っ込んだら良いか解からん!」
「大丈夫だよ、イガちゃん」
「なにがだよ!」
「蓮霞さんと緋那ちゃんは、自分たちで席を確保したみたいだよ?」
「あ……そーなの?」
「うん♪」
「……………」
「じゃあ私、もうそろそろ行くね♪」
「……へ? あ、ああ」
「じゃ、しっかり見ててねー♪」
「あ、ああ。頑張れよ」
「うん♪」
奈那子はスカートを翻して去って行く。
俺は………疼く左頬を押さえたまま、呆然と座っていた。
………俺が………何をした?
アルバム(中編)
ビ――――――――ッ!
『ただいまより、三年C組の演劇。魔法少女ジャスミンをお送りします』
実行委員会の抑揚の無い声が、体育館に響き渡った。
それと同時に、場内の照明が落とされる。
おお、雰囲気出てきた。
しかし………魔法少女かよ。
俺は男子連中と舞台装置とか作ってたんで、内容は全くタッチして無いんだが……。
魔法少女かよ。
奈那子も、何考えてんだか……。
暗転の舞台の上に、ピンスポが当った。
物悲しい音楽と共に、白いドレスを着た女性が映し出される。
クラスの女子、中村あっこだった。
あーゆー格好すると、別人みたいだな。
中村は両手を組んで、中空を見上げる。
『………この国ももう……終わりかもしれません………』
いきなりかよ。
『ですが……この国が終わると言う事は………人の歴史が終わると言う事……』
まじすか。
急展開にもほどがあるだろ。
『お願いです。少女よ……。どうか、プリンセスを………。聖戦士を………』
精力絶倫な戦士のことか?
んじゃ、俺をキャスティングするべきだろう。
静流を蹂躙する精戦士。
18禁だな。
てゆーか、なんかいろんな物が混ざってないか?
ピンスポが消えて、少しの間が在る。
……………………。
じゃじゃーん! じゃかじゃん!
な、なんだなんだ?
ぱらっぱぱーん! ぱららららっ!
場内にいきなり、狂ったような音楽が流れる。
大音量にも程が在るだろう。
察するにこれは、オープニングテーマソングなんだな。
愛の戦士がどーのこーのとか、キテレツな音楽が流れる。
ミュージカルなのか、これ?
馬鹿丸出しの音楽がやんで、舞台の上に照明が焚かれる。
雨のような拍手と共に、男子生徒が一人出て来た。
あれは………。
「きゃぁ! 康哉さんっっっ♪」
「石川さーん!」
「
………我がおもちゃの、康哉君じゃないか。
人気在るんだな、こんちくしょう。
康哉は学生カバンを持って、上手から下手に歩いていく。
少し肩を落として、だるそうに。
いつも姿勢正しい康哉からは考えられないくらい、ダルそうな歩き方。
やる気が感じられない。
『………今日もまた……学校………俺はなんの為に、学校へ行くんだろうか?』
………。
今の………え、演技なのか?
康哉の台詞で、場内が静まり返る。
洒落にならないほど、自然で響き渡った台詞。
演技には見えない。
忍者には、『
他の人になりきり、市政に溶け込んで情報収集を目的とする
格好だけじゃなく、話し方や仕草まで別人になることで、一般人に身を隠すのだ。
俺はその特殊な忍者性から、その手のスキルは苦手なのだが……。
さすが石川流筆頭、同年代最高スペックの康哉。
若者のゆううつさを、ものの見事に表現し切ってる。
役者に忍者家出身者が多いのも、頷けるな。
『………無駄にしてるよな、俺………本当は無駄にしちゃいけないのに………』
舞台の中央で歩く振りをしながら、康哉の独白は続く。
康哉の回りを、いろんな格好したクラスメイト達がすれ違って行った。
うわ、山崎のスーツ姿、似合わねー。
しかし、そんな中、康哉の独白は続く。
観客は皆、康哉の演技に引き込まれていった。
俺も少し、のめり込みそうになる。
「いや〜。康哉はん、上手いわー」
「そうデスね〜♪ 意外デス〜」
「………………」
「あ、レイナはん。綿菓子食べます?」
「あ、あリがとーごザいマス〜♪ じゃ、おカエしに、ジュースでもおヒとつ〜♪」
「おおきにー」
「……………いつから座ってやがった、てめぇら」
横目で睨むと、そこには………虫のように白いものを頬張っているレイナと、オレンジ色の液体を豪快にラッパ飲みしている凛が居た。
俺の左側に並んで、食料交換している。
「いつからって……康哉はんが登場した辺りからや。席空いてるの、ここしかないんやもん」
「大河サン、康哉サンの演技にミとれてて、気づかナかったんデスね〜♪」
うっせ、薄胸コンビめ。
痛い所突かれたので、なにも言い返せなかった。
「……………静かに見てろよ」
「ハ〜〜〜〜イ♪」
「あたりきしゃりきのイカ焼きや。ネギとキムチ多めで」
「訳わからん」
構ってると重要なシーン見逃すから、あえて放置。
舞台の上では人の波が途切れ………小さな女の子が、ちょこちょこしゃがみながら歩いてきた。
赤いワンピースに、青い帽子。
康哉の少し前に止まって、顔を覆っている。
泣いてるのだろうか?
康哉は少し視線をやったが、またすぐに歩き出す振りをした。
それに併せて、女の子がちょこちょこと歩き出した。
視点が流れてるんだな。
でも康哉が歩くと舞台から
しかしあんなちっちゃな女の子、どっから………。
『え〜〜〜ん〜〜〜。え〜〜〜〜ん〜〜〜〜』
「ぶっ!?」
今の声………もしかして………。
「なぁ、もしかしてやけど………あれって………」
「……………ああ。多分そーだ」
我がクラスの担任、篠崎みどりちゃんじゃねーか。
なんてドンピシャなキャスティングだ。
見てる人誰も、あれがウチの担任だなんて思わないだろう。
どっから見ても
康哉は一瞬視線を後ろにやった。
それと同時に、みどりちゃんの動きも止まる。
見事なタイミングだ。
「やるなー、みどりたん」
「………」
みどりたんゆーな。
『え〜〜〜ん。え〜〜〜〜ん………』
なんかイラつく、みどりちゃんの鳴き声。
違う、泣き声。
康哉が一瞬戻ろうとしたが……
勿論立ち位置は動いてない。
上手いな、あいつー。
と、そこに!
『クシャァァァァ』
『キシャァァァァ』
『クシャァァァァァァァ』
全身黒タイツの、男たちが現れた!?
な、なんだこの展開は!?
胸に赤い字で『必殺!』と書いてある。
意味が解からん。
黒タイツ達はみどりちゃんを囲んで、いきなり踊り出した。
『きゃ〜〜〜。た〜す〜け〜て〜』
………………。
一瞬、黒タイツらの動きが止まった。
棒読みもいいとこだ。
「………やるな、みどりたん」
「………確かに」
「かわイそうデス〜」
「……………」
「……………………」
早くものめり込んでるレイナには突っ込まず、舞台を見なおした。
側転したりバク転したりする全身黒タイツ。
何がしたいんだ、あいつら?
なんかするなら、早くやれよ。
踊ってると……ヒーローが来ちゃうぞ。
その前に、服とか下着とか破いてくれ。
………配役の設定上、それは不味いか。
『なにしてんだ、貴様等ぁ!』
『クシャァァァァ!』
『た〜す〜け〜て〜、お兄ちゃ〜〜〜ん』
………ま、在る意味良いアクセントになるよな。
舞台の上では、康哉がハイキックとか撃つが、黒タイツは見事な体捌きで
いや、違うな。
黒タイツが
あまりにも速い蹴りで、観客には
こんなところにも、忍者の体術が生きている。
その背後から、黒タイツの蹴りが入る。
いい気味だ。
『クシャァァァァ!』
『ぐわっ!』
『キシャァァァァ!』
なんか手に持った銀色の剣のようなもので、康哉の頭をド突く。
いい気味……………あ、そんな殴ったら痛いよ。
『キシャァァァァ!』
『がっ………はっ………』
『クシャッシャッシャ』
「あのドテチンども………よっしゃ! ウチがこの
「落ちついて見てろ、アホ女」
「アホとはなんや、あほとわ! 愛しいお方のピン………」
「ああ! 大ピンチデス〜! たたた、たイへんデス〜!」
「………………」
「………………………」
「ウチ、おとなしく見てるわ」
「俺も」
紳士協定が交わされた客席とは対照的に、舞台の上では康哉がフクロにあっていた。
なんか………いい気味なんだが………面白くないってゆーか………。
舞台では、康哉が這いつくばった。
途端に黒タイツやみどりちゃんの動きが止まり、暗転する。
ピンスポが康哉に当った。
『俺は………駄目だ。何も出来ない………頑張る事も………助ける事も………』
場内がシーンとなる。
訳の解からん哀しさが充満してるぜ。
あの状態で動きを止めた、クラスメイトの黒タイツも大変だ。
『どうして俺は………何も出来ないんだっ!』
『諦めないで!』
………………。
こ、この声は!?
って、俺が乗ってどーするよ。
場内も微かにざわめき始めた。
『誰だっ!?』
『諦めたら………終わりだよっ!』
2階席に、もうひとつのピンスポが当る。
そこには………なんつーんだろーな。
青いジャケットに、ミニスカート。
紺色のニーソックスに、赤い仮面。
自慢のポニーテイルを下ろし、先のほうで二つに分けて縛っている。
手に持った、見るからに凶悪そうな
誰だっ!
……………………………。
………いや、ホント誰なんだよ………。
「きゃぁ! 静流様ぁぁぁ♪」
「いや〜〜〜! カッコいい〜〜〜!」
「静流さまぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ♪」
場内、割れるような大歓声。
あれが………俺の………考えたくねー。
「なぁ………アンタ」
「………ん?」
「彼氏として、なんかコメントは?」
「………ゴメンなさい」
「静流サン、かわゆいデス〜♪」
「…………そ、そやね……………」
「……………………そーですね」
木バナナのやろー………。
なんちゅー格好させるんだ。
ちょっと可愛いじゃねーか、コンチクショウ。
魔法少女に変身した静流が―――変身?―――2階席から飛び降りた!?
「きゃぁぁ!」
「静流様、危ないっ!」
「いや〜〜〜〜!」
黄色い絶叫の中、静流は軽やかに着地した。
間を置かず、観客の中を走りぬけて舞台に駆け上がる。
静流にとっては、あのくらい朝飯前だろうが、効果は絶大だった。
一瞬で観客の目を引きつける。
その間もピンスポは静流を追いかけていた。
やるな、照明担当朝倉。
『立って。貴方は………負けても良いの?』
静流はうな垂れる康哉に、手を差し伸べた。
ああっ!
あんまり近付くなってーのっ!
俺の願いも空しく、康哉は静流の手を取って立ちあがった。
………なんか面白くねーな。
お似合いの二人に見えたところなんか、とくに。
『負けたくは無いよ……でも……俺には力が無い………』
『そんなことはないわ……。私が見えるのが、その証拠よ』
『君が……見える?』
『貴方は私が見えてるでしょ? 私はこの世界の人じゃないの。だから他の人には見えない』
『だ、だけど………君はここに居る』
『私はここに居る訳じゃないの。私はもう一つの世界から動けない。だから捜してたの。貴方のような人を』
『俺のような………?』
そんな都合のいー話し、あっかよ!
くっそ………。
上手いなぁ、あの二人。
静流も康哉と同じく、『
なんか面白くねーぜっ!
『そう。お願い! 私はこの世界で動く事が出来ない! でも貴方なら……私の姿が見えた貴方なら……』
『俺なら………?』
『私の世界を………そして、この世界を救うことが出来ます』
『そんなこと、俺に出来る訳が無い!』
そーだそーだ。
そりゃ俺の役目だってーの。
……………馬鹿か俺は。
『貴方なら出来ます。お願い!』
『だけど………俺には………力が無い………』
『貴方には在るはずです。私の姿が見えた、貴方なら………』
『そんな訳無い! 今だって見てただろう! 俺は
『………手を出して下さい』
『………え?』
『手を………』
康哉はそっと手を差し出した。
静流はその手に………唇を寄せる。
やめろ――――っ!
一応劇だと解かっているつもりなので、心の中で絶叫した。
静流の唇が康哉の掌に触れるか触れないかの瞬間、ピンスポが弾けた。
一瞬目が眩んで、視界が開けた時……すでに康哉の手には、1本の剣が握られている。
あれは………甲州八雲流の
帯状に丸められた薄刃の刀で、留め金を外すと刀状に戻る。
あまり破壊力は無いが、暗器としての性質が強い忍具だ。
ピンスポに当って、きらきらと輝いている。
なかなかマニアックな武器を使うじゃないか。
流石、巨大忍具メーカーの一人娘。
忍具の知識は、普通の忍者よりも多いかも知れんな。
己のところの秘暗器を、学園祭程度の小道具に使われる流派も、たまったもんじゃないだろうが。
『これは………?』
『それが、貴方の力です!』
そして舞台に照明が灯る。
黒タイツとみどりちゃんは、身動き一つしないで待っていたらしい。
黒タイツに動きが戻った。
『キシャァ?』
どこから剣が出てきたのかと、まるで問いかけてるような仕草。
『クシャァ!』
ええい、いいからやっちまえってところか、今のは。
て、会話を理解してどーすんだ、俺。
うろたえていた黒タイツ達も、陣形を整えた。
康哉を囲んで、囃子立てている。
康哉は
抜刀を得意とする康哉なので、きっちり構えるのは珍しいな。
とは言え、さすが様になっている。
『………………』
『キシャァ』
『クシャッ………』
『………………』
序盤だと言うのに、いきなり緊迫している。
訳が解からないのは場内皆一緒だが、何故か引き込まれていた。
照明と音楽の使い方が上手いのか、康哉達の演技が上手いのか……。
多分、全部なんだろうな。
『キシャ……』
『クシャァ………』
『………』
『……………』
『……………』
『キシャッ!』
『クシャァァ!』
『キェェェェイ!』
黒タイツ達が動いた瞬間、康哉の
倒れる黒タイツ達が居た地点を、閃光が通り過ぎて行く。
さっきの
まず黒タイツが動いて、その後を康哉の動きが追いかける。
康哉の速度ならではだ。
俺が感じる違和感は、一般人ではまず感じ取れないだろう。
残光と一緒に、黒タイツ達が崩れ落ちた。
場内に歓声が鳴り響く。
俺の隣りに居る薄胸シスターズも、嵐のような拍手だ。
『………………こ、これは………』
歓声が鳴り止むのを待って、康哉が呟いた。
マイクで拾ってる訳ではないのに、なぜか呟きが響き渡る。
発声の違い、か。
あれは『喋ってる』んじゃなくて、『吐き出してる』のだ。
声って言うよりは、気合い。
『麦食み』とは逆の概念だ。
基本は一緒。
『それが……貴方の力です………』
静流が舞台の上手から出てきた。
先ほどと同じ、えっちくさい衣装。
客席から黄色い歓声が飛び、それが静まるのを待って静流が呟き出す。
小さい声なのに、場内に響く。
康哉と同じ発声。
『これが………俺の?』
『そうです………。お願いです! その子を! プリンセスを!』
再び気の狂ったような大音量の音楽が流れ、舞台が暗転。
同時に、客席から拍手が零れだした。
ふぅ………。
取り敢えず、ここまではOKだな。
観客の気持ちとスタッフの気持ちとが交じり合う。
なんか………短い時間だったけど、疲れたー。
「いやー………なんちゅーか………」
「素敵なハなしデス〜♪」
「………そやね」
凛も疲れたんだろう。
どっかで見たこと在るストーリーだし、突っ込みたいところはいくらでも在るが、隣りが気になって突っ込めないし。
「なぁ、アンタ」
「ん?」
同意を求め、凛が話しかけてきた。
レイナは静流の衣装を見て、夢心地だ。
俺くらいしか話し相手がいないんだろう。
そーいえば、蓮霞や緋那はどこ言ったんだろう。
奈那子の話しだと、どこかに自力で席を確保したらしいが………。
ま、子供じゃないしな。
「この話し、どーなんの?」
「そんなん聞いてもしゃーねーだろ。今後のお楽しみだ」
「いや………なんちゅーか………昔な」
「ん?」
「あ、あんな………抜け草やった時な………あ、この街に来る前やで」
「ああ」
凛は、
静流確保のため、俺がこの街に帰ってくる一年くらい前から潜入していた。
俺のお袋が殺されたのがその前だから……計画は、かなり用意周到に進められていたんだろう。
今でこそ凛は道阿弥と手を切ってるが、敵だった女だ。
ま、甘いからこそ。
非情に成り切れてないからこそ、今が在るんだけど。
「やっぱどこかで草だったのか?」
「………うん。あ、それ自体は関係無いんや」
凛の昔の事を聞くの、初めてだな。
「沈み先でな。………言い辛いんやけど………同人女やったんや、ウチ」
「………はぁ?」
「ののの、望んでたんやないでっ! 沈み先が、そんな感じやったから………どーしても溶け込むためには、しゃーなかったんや!」
「………どんな目的があったらそんなところに潜入するのか。そっちのほうが気に成る」
凛も忍者だから、聞いても応えないだろうが。
「そそそ、それはええんやっ!」
「解かってるって。どんなジャンルだったんだ? お前も描いてたんだろ?」
「んと……金色の
「何が言いたいんだよ?」
「せやから……そん時な」
「同人女だった時な」
「強調せんでもええ! ………ま、まあ、そん時な」
話しが進まないんで、これ以上突っ込むのや止めておこう。
なんか、しどろもどろしてる凛が面白いし。
「ああ」
「ゆーめーな、同人作家さんがいたんや。どんな絵柄でもジャンルでも、瞬時にコピーする、いわゆるカリスマ同人作家さんや」
「………………」
何が言いたいのか、さっぱり解からん。
「トータル売上で、三億以上稼いだとかゆー話しや」
「……………」
俺のコメカミが、ピクリと動いた。
さ、さんおくって………円でか?
ドルでか?
ペソでか?
今、1ペソいくらだ?
「ま、金額はええんや」
いいのかよ。
その話し、詳しく聞きたくなってきた。
絵の描ける奴、誰か居たっけかな?
そーいえば奈那子とか、めちゃめちゃ上手かったな。
ノートの落書きが、まるで単行本表紙のイラストの様だった。
あいつを騙くらかして、俺プロデュースで………。
「その作家さんがな、引退前に描いたオリジナルストーリーがあるんやけど……これにそっくりなんや」
「………………………………」
「まさかとか思うけど……………なぁ?」
「それ以上喋んじゃねぇ。怖いから」
「……………うん」
そー言えば奈那子は、小遣いを貰ってないと言っていた。
てっきり妖しげなアルバイトとか、恐ろしげな特許とかで稼いでると思ったが……。
いやいや。
別にそーだと決まった訳じゃない。
が……しかし……。
頭の中に浮かんだ奈那子の眼鏡が、きらりと光った。
ニ幕目が開けて、康哉の部屋のシーンが始まった。
みどりちゃんと静流が、ベットに座る康哉の脇に立っている。
あ、あの背景、俺と水木が作った奴。
最初指定された色で染めた時、どぎつ過ぎるとか思ったが………。
『俺がこの子を……?』
『そうです。もう貴方にしか頼れ無いんです。私はこの世界では……』
舞台にしか照明が灯ってない状態だと、結構映えるな。
反射を押さえるために、フラットカラーで統一したんだが。
それも正解みたいだな。
『俺は……普通の……なんの取り柄も無い男だよ……そんなの無理だ』
『貴方にも……守りたい物はあるでしょ?』
『………無い』
『貴方は嘘をついてる』
『……………俺が………?』
背景の見えない部分には、小さな灯光機が設置されている。
間接照明って奴だな。
なんでも、直接的な照明より優しい印象があるそうだ。
奈那子も、色んな事知ってるよな。
『お兄ちゃんに迷惑かけるくらいなら………あたし……………』
『迷惑なんかじゃないけど、さ』
『貴方一人の問題ではないのですよ、プリンセス』
『………一つだけ聞きたい』
『………はい』
………………………………………ん?
なんか今………………。
『強制は出来ません。私に出来るのは……お願いすることだけですから……』
『……………』
『あ、あのねお兄ちゃん………』
『ん?』
『こ、これあげるっ!』
『………これは………?』
『あたしの大好きな………いちご味なんだよ♪』
『………ははっ♪』
場内の視線は、舞台の上に釘付けに成っている。
だがこれは……………。
「………どないしたん?」
この暗い場内でも、俺の表情が変わったのが解かったのだろう。
凛が俺の顔を覗き込んできた。
「自分の出番、忘れてた」
「あほか。てゆーかアンタ、出番在ったんかいな?」
「当たり前だっつーの。グリーンピース賞も狙える位の演技だってーの」
「……………義理でもつっこまんで。はよ行ってき」
「大河サン、ガンバってくだサイ〜♪」
「ああ」
屈んで椅子の間を移動する。
まさかとは思うが……。
壁際まで歩いて、場内を見まわす。
別におかしな気配は無いが……………!?
『解かった。俺がどこまで出来るか解からないけど』
『ありがとう………私もこの世界では………』
きん。
俺の投げぬいた
鈍い
光りと殺気を確認した康哉が、一瞬動きを止める。
静流は……気付かなかったみたいだな。
ま、舞台に向かって照明が当てられているし、しょうがないだろう。
この状況を気付けるのは、俺と康哉くらいだ。
『いいの………お兄ちゃん?』
『ああ。お母さんに逢いたいだろう?』
『………うん』
『俺が………逢わせてやるよ』
『うん♪』
それでも康哉は、演技を続けている。
壊す訳にはいかない。
ああ、そうだな、康哉。
第二襲は……ない。
狙撃が妨害されたことが解かったんだろう。
俺は舞台裏目掛けて走り出した。
『私も出来る限りお手伝いします!』
『ああ、頼むよ、ジャスミン』
誰かが………静流を狙っている。
「あれ、イガちゃん?」
舞台袖に居た奈那子が、きょとんとした表情を浮かべた。
俺は進行関係にはタッチしないはずだったからな。
しかし、こいつ………なんつー衣装着てるんだ。
真っ黒なロングスカートに、胸の開いたジャケット。
こいつも魔法少女なのか………?
「奈那子、衣装余ってないか?」
「衣装?」
「あの恥ずかしい、全身黒タイツだ」
「あ、余ってないよぅ〜。てゆうか、どうしたの?」
「……………」
本当のことを言う訳には行くまい。
俺も確証在る訳じゃないしな。
「俺にも参加させて欲しいと思っただけだ」
「そ、そんないきなり言われても……無理だよぅ………」
ま、そりゃそうだな。
しかし参ったな。
なんとか康哉に近付きたいんだが………。
「このシーンて、あと何分くらい続くんだ?」
「暗転するまで?」
「ああ」
「んと………あと13分くらいかな。もう一回
ちっ、13分かよ。
指咥えてみてる訳にはいかねーしな。
かと言って、舞台を潰す事は出来ない。
勿論静流に危害が及ぶのも………。
「俺が代わってやろうか?」
「………」
背後から俺の肩を叩いたのは、全身黒タイツの……。
「誰?」
「………山崎だよ」
まあ、解かってた。
「いいのか?」
「ちょ、ちょっと山っちゃん」
「大丈夫だよ。伊賀崎だって忍者の端くれなんだし」
端くれとかゆーな。
「なんか……嬉しいんだよ。伊賀崎が積極的に参加した言っていうのが、さ」
「………でも………段取りが………」
「わりーな、奈那子」
「………ぴぁっ!?」
奈那子のスカートをめくり上げ、頭の上で結んでみた。
水色のパンツが諸出しになる。
「ひぃ――――………ひぃ――――………」
舞台に影響の無い程度の絶叫を上げる奈那子。
バナナの包み焼き、完成。
いや、焼いてないけど。
「………お前、ひでーな」
「とか言いながら、凝視してんじゃねーよ」
「いや、今後の参考の為にじゃないっすか」
なんの参考だ、なんの。
しかも、敬語で。
「てなわけで、山崎。脱げ」
「………あ?」
「いーから早く脱げっ!」
「ああ、やめてっ! 乱暴しないでっ!」
「気持ちの悪い声出すな! 大人しくしてれば、痛い目に合わずに済む!」
「いやーおかーさーん!」
………………………………………………………。
………………………………………。
…………………………。
舞台の袖に他の黒タイツが並んだ。
その列の後ろに、そっと加わる。
後ろでは、パンツ全開でモガモガしてる奈那子。
そして、横になりながら涙を流す、山崎。
「………汚されちゃった………」
まあ、犬に噛まれたと思って我慢してくれ。
今日び犬に噛まれることなんて、なかなか無いけどな。
『まさか、こんな所まで!』
『きゃぁぁ……おにーちゃーん!』
『任せろ!』
康哉の部屋に、乱入する俺ら黒タイツ。
たしか台詞は……。
『キシャァ!』
『クシャァァァ!』
こんな感じだな。
あ、なんか楽しい。
部屋の中をくるくる回りながら、康哉を囲む。
バク転などサービス。
『くっ………』
康哉が
………刃落しくらいしておけっての。
あぶねーだろ。
『逃げて下さい! 今の貴方では!』
『出口は、奴等の後ろなんだよ!』
みどりちゃんを庇う紺屋に、二人の黒タイツが銀色の剣を構えた。
あ、俺、持って無いじゃん。
下っ端の下っ端っぽい。
しゃーねー。
アドリブで合わすか。
『キシャァ』
『キシャァァァァ!』
俺は『クシャァ』担当なのかと思ってると、両脇の二人が突進した。
銀色の剣をブンブン振るが、康哉には当らない。
あ、なるほど。
黒タイツ側は、当てるつもりで撃ってるんだな。
普通の人間が、康哉に当てることは不可能だ。
それを見越しての
『キシャ!』
『キシャァァ!』
康哉も
本当は黒タイツの居ない空間に、振るってるだけなんだけどな。
俺もボーッと立ってる訳にはいかない。
適当に蹴りとか拳を繰り出して、
『くっ………当らない………?』
『先ほどのジュアン人とは、格が違います! 逃げてっ!』
寿庵人?
なんか駅前の蕎麦屋出身みたいだな。
よくよく見るとさっきの黒タイツは、『必殺』って胸に書いてあった。
今俺の胸に輝くのは………『撲殺』?
レベルが上がってるのか下がってるのか、微妙なトコだな。
『逃げない………俺は逃げない!』
『キシャァ!』
俺も鳴かなくちゃな。
『クシャァ!』
ああ、恥ずかしい………。
『くっ………ならば、力を授けましょう!』
その瞬間、ピンスポが乱舞した。
俺の隣りの黒タイツ達が、いきなり動きを止める。
俺も止まらなくちゃ。
『ヴォル・エンチャント!』
乱舞したピンスポが、康哉に集まった。
くっ!!!
光りの中、康哉が懸命になにかをポケットから出し始める。
俺は身体を動かさず、手首だけで
康哉は当てにならない。
変身中だしな。
きん。
スポットのはずれた所で、
防灯処理がされているらしく、火花を上げたのは俺の
静流は………気付かないか。
1本だけピンスポを浴びて、気持ち良さそうにポーズをつけている。
のん気なもんだぜ。
『これは………!?』
とかなんとか呟きながら、康哉が俺に視線を向けた。
頭からすっぽり黒タイツを被っているが………気付いたか。
次弾は………来ない。
あくまでも秘密裏に襲うつもりか。
『聖なる鎧です! 時間が限られてますので、早く!』
康哉は………なんか、金色の鎧を着ていた。
あほか。
『解かった!』
康哉は
その剣を、そっと下に降ろす。
あの構えは………五ヶ之剣一本目の初動?
あんにゃろー………他流派まで修めるとは、とんでもねー奴だ。
………ん?
今、俺に目配せ………。
『でぇい!』
『キシャァ!?』
康哉が黒タイツの剣を飛ばして………それを俺が握る。
味な真似を………。
黒タイツの中で、思わずにやついてしまった。
付き合い長いと、話しが早いな、ええ。
『キシャァ!』
『キシャァ!』
二人の黒タイツが康哉に飛びかかるが………一瞬にして倒される。
うわ、今の、柄当てじゃんか。
寸止めしてるとは思うが……今のタイミングでまともに入ったら、内臓破裂は免れないな。
さ、俺の番か。
派手に倒されるか。
『クシャァァァァァ!』
手に持った剣で切りかかる。
先ほどの黒タイツとは違って、今度は切り結んだ。
『クシャァ!』
『くっ………負けない!』
「あ……え?」
静流が思わず素になった。
多分進行と違うのだろう。
せっかく俺らが演技してんだから、付き合えっての。
(………何が起きた?)
康哉が『麦食み』で話しかけてきた。
解かってるじゃねーの、幼馴染。
(クシャァ!)
(……………)
いててててっ!
切り結んだ
筋肉が断裂しそーだぜ。
(何が起きてると言うのだ?)
(クシャァ!)
(………しつこい)
(俺にもわかんねーよ)
一旦弾かれる様に離れて、また切り結ぶ。
体をぶつけるような動きに、喚声が上がった。
さーびすさーびす♪
(ただ、狙いは………静流だ)
(この地で『百地』に手を出すなどと………まさか!)
(早合点は、破滅への第一歩だぜ)
康哉の剣に弾かれて、距離が出来る。
一足飛びに距離を詰め、蹴りを放つ。
康哉が右腕でブロック。
(俺は場内で片付ける。お前は舞台上でガードしろ)
(解かった)
康哉が
タイミングを合わせて、吹き飛んでみせる。
場内が、わーっと沸いた。
(警意しろよ、康哉)
(貴様もな、大河)
その瞬間、ニ方から殺気!
俺はバク転しながら。
康哉は剣を振るって踊りながら。
きん。
びしっ。
舞台の中央に居る静流………急所目掛けて襲いかかる流線を、同時に弾く!
そのまま俺は、舞台袖から転げ出す。
康哉は……ポーズを付けながら、まだ警戒していた。
思わず頬が弛む。
俺はその特殊な定め故に、単独行動の特殊タイプだが………。
こーゆーのも、悪くないな。
「むがー! むがー!!!」
「………くすん………」
舞台袖に澱んだ空気が流れているが、構わないで走り出した。
このままの格好のほうが、なにかと都合良いだろう。
「………はぁ」
疲れるクラス祭になりそうだぜ。
――――――――――to be continued――――――――――
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てなわけで、前後編で収まる予定でしたが、三話構成です。
いーや広がり過ぎちゃってさ(笑)。
こんな所まで、
予定バイト数、3割オーバーです。
プロにはなれんな、俺(笑)。
てゆのもですね。
この話し、予想以上に辛いんですよ。
なんせメインストーリーと、『劇中』を書かなくちゃいけないんですから。
ちなみに劇のストーリーは、ふわふわとしか考えてません(笑)。
魔法少女モノって見たこと無いから、どんなストーリーにしたら良いか
解からないんですよ(笑)。
それでは、ここまで読んで頂いてありがとう御座いました。
次で終わると思います、多分(笑)。
あと一回、スチャラカなやばげの世界をお楽しみ下さい。
2003・11・04 kyon
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