よーやくここまで来た、か。
 色々あったなぁ………。
 一番舞台が良く見える場所に陣取って、深くシートに体重を預ける。
 心地良い疲労感が、身体を包んだ。
 強引に捻じ込んだプログラムだったが、わりと客も入ってるな。
 俺たち男子が設置した椅子も、9割りがた埋まっている。
 俺の両隣は、『予約席』とか書かれたプレートが乗っかっているので、誰も座らない。
 緋那と蓮霞の分だ。
 あいつら、遅いな……。

「ふぅ……」
「あ、イガちゃん」
「お? 奈那子。おつー」
「うん。お疲れさま♪」

 舞台監督アンド脚本家アンド演出家の奈那子が、隣りに座ってきた。
 暗い場内、白い肌が揺れている。

「はい」
「ん? ……ん」

 奈那子の差し出した紙コップを受けると、一気に飲み干した。
 冷たいが少し気の抜けた炭酸が、乾いた喉を潤す。
 奈那子はなんか瞳を細めて、幕の降りている舞台を見ていた。

「ようやく……始まるね、イガちゃん」
「ああ」

 なんか満足したような、寂しいような……。
 そんな顔だった。
 気持ちは解かる。
 始まるって事は、終わるって事だ。
 いつか終わるのは解かってる。
 解かってるんだが、やっぱり寂しいな。
 クラス全員で何かやるなんての、俺は初めてだったから。
 待ち遠しいものがやって来た気持ちと、来てしまったって気持ちが混同している。

「そー言えば奈那子は、こんなとこに居て良いのか?」
「うん。私の出番は最期の方だけだし、お客さんの反応も見たいしね」
「そか。………あ、だけどよ」
「ん? どうしたの?」
「お前のでかい尻の下に、俺渾身のプレートが有るんだが」
「………………」

 奈那子はそっと腰を上げた後、尻の下に手を入れて白いプレートを取り出した。
 白いダンボールに筆で『毒殺者専用』と書いてある。
 筆って所が忍者っぽい演出なのだ。

「………てぇっ」

 ごきぃ。

「ぐはっ!?」

 奈那子の右ストレートが、俺の左頬を抉った。
 あまりにも予想外の行動に、全然(かわ)せなかった。

「なにしやがんだっ!」
「………じっとしてて」

 ………ん?
 奈那子の白い指が、俺の唇の端をそっとなでる。
 レンズの奥の真剣な瞳に………不覚にもドキッとしてしまった。
 柔らかい指が、そーっとそおーっと撫でて行く。
 薄暗い照明の中……なんか妙な雰囲気だ。

「………………」
「………?」

 口の端を撫でた白い指で、俺渾身のプレートをなぞり始めた。
 覗き込んで見ると………『でかくないよ〜』と書いている。
 魂の叫びを書き終わった奈那子は、意を決したように………。

「てぃ」

 投げた。

「なにしてんだよ! てゆーかかすれた血文字で予約席のプレートが………ええぃ! どっから突っ込んだら良いか解からん!」
「大丈夫だよ、イガちゃん」
「なにがだよ!」
「蓮霞さんと緋那ちゃんは、自分たちで席を確保したみたいだよ?」
「あ……そーなの?」
「うん♪」
「……………」
「じゃあ私、もうそろそろ行くね♪」
「……へ? あ、ああ」
「じゃ、しっかり見ててねー♪」
「あ、ああ。頑張れよ」
「うん♪」

 奈那子はスカートを翻して去って行く。
 俺は………疼く左頬を押さえたまま、呆然と座っていた。
 ………俺が………何をした?
















                         アルバム(中編)









 ビ――――――――ッ!

『ただいまより、三年C組の演劇。魔法少女ジャスミンをお送りします』

 実行委員会の抑揚の無い声が、体育館に響き渡った。
 それと同時に、場内の照明が落とされる。
 おお、雰囲気出てきた。
 しかし………魔法少女かよ。
 俺は男子連中と舞台装置とか作ってたんで、内容は全くタッチして無いんだが……。
 魔法少女かよ。
 奈那子も、何考えてんだか……。
 暗転の舞台の上に、ピンスポが当った。
 物悲しい音楽と共に、白いドレスを着た女性が映し出される。
 クラスの女子、中村あっこだった。
 あーゆー格好すると、別人みたいだな。
 中村は両手を組んで、中空を見上げる。

『………この国ももう……終わりかもしれません………』

 いきなりかよ。

『ですが……この国が終わると言う事は………人の歴史が終わると言う事……』

 まじすか。
 急展開にもほどがあるだろ。

『お願いです。少女よ……。どうか、プリンセスを………。聖戦士を………』

 精戦士(せいせんし)
 精力絶倫な戦士のことか?
 んじゃ、俺をキャスティングするべきだろう。
 静流を蹂躙する精戦士。
 18禁だな。
 てゆーか、なんかいろんな物が混ざってないか?
 ピンスポが消えて、少しの間が在る。
 ……………………。

 じゃじゃーん! じゃかじゃん!

 な、なんだなんだ?

 ぱらっぱぱーん! ぱららららっ!

 場内にいきなり、狂ったような音楽が流れる。
 大音量にも程が在るだろう。
 察するにこれは、オープニングテーマソングなんだな。
 愛の戦士がどーのこーのとか、キテレツな音楽が流れる。
 ミュージカルなのか、これ?
 馬鹿丸出しの音楽がやんで、舞台の上に照明が焚かれる。
 雨のような拍手と共に、男子生徒が一人出て来た。
 あれは………。

「きゃぁ! 康哉さんっっっ♪」
「石川さーん!」
素敵(すってき)ーぃ!」

 ………我がおもちゃの、康哉君じゃないか。
 人気在るんだな、こんちくしょう。
 康哉は学生カバンを持って、上手から下手に歩いていく。
 少し肩を落として、だるそうに。
 いつも姿勢正しい康哉からは考えられないくらい、ダルそうな歩き方。
 やる気が感じられない。

『………今日もまた……学校………俺はなんの為に、学校へ行くんだろうか?』

 ………。
 今の………え、演技なのか?
 康哉の台詞で、場内が静まり返る。
 洒落にならないほど、自然で響き渡った台詞。
 演技には見えない。
 忍者には、『水鏡(みかがみ)』とゆー陰忍(いんにん)がある。
 他の人になりきり、市政に溶け込んで情報収集を目的とする陰忍(いんにん)である。
 格好だけじゃなく、話し方や仕草まで別人になることで、一般人に身を隠すのだ。
 俺はその特殊な忍者性から、その手のスキルは苦手なのだが……。
 さすが石川流筆頭、同年代最高スペックの康哉。
 若者のゆううつさを、ものの見事に表現し切ってる。
 役者に忍者家出身者が多いのも、頷けるな。

『………無駄にしてるよな、俺………本当は無駄にしちゃいけないのに………』

 舞台の中央で歩く振りをしながら、康哉の独白は続く。
 康哉の回りを、いろんな格好したクラスメイト達がすれ違って行った。
 うわ、山崎のスーツ姿、似合わねー。
 しかし、そんな中、康哉の独白は続く。
 観客は皆、康哉の演技に引き込まれていった。
 俺も少し、のめり込みそうになる。

「いや〜。康哉はん、上手いわー」
「そうデスね〜♪ 意外デス〜」
「………………」
「あ、レイナはん。綿菓子食べます?」
「あ、あリがとーごザいマス〜♪ じゃ、おカエしに、ジュースでもおヒとつ〜♪」
「おおきにー」
「……………いつから座ってやがった、てめぇら」

 横目で睨むと、そこには………虫のように白いものを頬張っているレイナと、オレンジ色の液体を豪快にラッパ飲みしている凛が居た。
 俺の左側に並んで、食料交換している。

「いつからって……康哉はんが登場した辺りからや。席空いてるの、ここしかないんやもん」
「大河サン、康哉サンの演技にミとれてて、気づかナかったんデスね〜♪」

 うっせ、薄胸コンビめ。
 痛い所突かれたので、なにも言い返せなかった。

「……………静かに見てろよ」
「ハ〜〜〜〜イ♪」
「あたりきしゃりきのイカ焼きや。ネギとキムチ多めで」
「訳わからん」

 構ってると重要なシーン見逃すから、あえて放置。
 舞台の上では人の波が途切れ………小さな女の子が、ちょこちょこしゃがみながら歩いてきた。
 赤いワンピースに、青い帽子。
 康哉の少し前に止まって、顔を覆っている。
 泣いてるのだろうか?
 康哉は少し視線をやったが、またすぐに歩き出す振りをした。
 それに併せて、女の子がちょこちょこと歩き出した。
 視点が流れてるんだな。
 でも康哉が歩くと舞台から()けてしまうから、女の子が歩くしかないわけだ。
 しかしあんなちっちゃな女の子、どっから………。

『え〜〜〜ん〜〜〜。え〜〜〜〜ん〜〜〜〜』

「ぶっ!?」

 今の声………もしかして………。

「なぁ、もしかしてやけど………あれって………」
「……………ああ。多分そーだ」

 我がクラスの担任、篠崎みどりちゃんじゃねーか。
 なんてドンピシャなキャスティングだ。
 見てる人誰も、あれがウチの担任だなんて思わないだろう。
 どっから見ても子供(ようじょ)だもんな。
 康哉は一瞬視線を後ろにやった。
 それと同時に、みどりちゃんの動きも止まる。
 見事なタイミングだ。

「やるなー、みどりたん」
「………」

 みどりたんゆーな。

『え〜〜〜ん。え〜〜〜〜ん………』

 なんかイラつく、みどりちゃんの鳴き声。
 違う、泣き声。
 康哉が一瞬戻ろうとしたが……(きびす)を返して、また歩き出そうとする。
 勿論立ち位置は動いてない。
 上手いな、あいつー。
 と、そこに!

『クシャァァァァ』
『キシャァァァァ』
『クシャァァァァァァァ』

 全身黒タイツの、男たちが現れた!?
 な、なんだこの展開は!?
 胸に赤い字で『必殺!』と書いてある。
 意味が解からん。
 黒タイツ達はみどりちゃんを囲んで、いきなり踊り出した。

『きゃ〜〜〜。た〜す〜け〜て〜』

 ………………。
 一瞬、黒タイツらの動きが止まった。
 棒読みもいいとこだ。

「………やるな、みどりたん」
「………確かに」
「かわイそうデス〜」
「……………」
「……………………」

 早くものめり込んでるレイナには突っ込まず、舞台を見なおした。
 側転したりバク転したりする全身黒タイツ。
 何がしたいんだ、あいつら?
 なんかするなら、早くやれよ。
 踊ってると……ヒーローが来ちゃうぞ。
 その前に、服とか下着とか破いてくれ。
 ………配役の設定上、それは不味いか。

『なにしてんだ、貴様等ぁ!』
『クシャァァァァ!』
『た〜す〜け〜て〜、お兄ちゃ〜〜〜ん』

 ………ま、在る意味良いアクセントになるよな。
 舞台の上では、康哉がハイキックとか撃つが、黒タイツは見事な体捌きで(かわ)していく。
 いや、違うな。
 黒タイツが(かわ)したところに、康哉が蹴りを置いてるんだ。
 あまりにも速い蹴りで、観客には(かわ)してるようにしか見えないだろう。
 こんなところにも、忍者の体術が生きている。
 (かわ)され続けて体力が切れたのか、康哉は膝を着いた。
 その背後から、黒タイツの蹴りが入る。
 いい気味だ。
 
『クシャァァァァ!』
『ぐわっ!』
『キシャァァァァ!』

 なんか手に持った銀色の剣のようなもので、康哉の頭をド突く。
 いい気味……………あ、そんな殴ったら痛いよ。

『キシャァァァァ!』
『がっ………はっ………』
『クシャッシャッシャ』

「あのドテチンども………よっしゃ! ウチがこの流星錘(りゅうせいすい)でっ!」
「落ちついて見てろ、アホ女」
「アホとはなんや、あほとわ! 愛しいお方のピン………」
「ああ! 大ピンチデス〜! たたた、たイへんデス〜!」
「………………」
「………………………」
「ウチ、おとなしく見てるわ」
「俺も」

 紳士協定が交わされた客席とは対照的に、舞台の上では康哉がフクロにあっていた。
 なんか………いい気味なんだが………面白くないってゆーか………。
 舞台では、康哉が這いつくばった。
 途端に黒タイツやみどりちゃんの動きが止まり、暗転する。
 ピンスポが康哉に当った。

『俺は………駄目だ。何も出来ない………頑張る事も………助ける事も………』

 場内がシーンとなる。
 訳の解からん哀しさが充満してるぜ。
 あの状態で動きを止めた、クラスメイトの黒タイツも大変だ。

『どうして俺は………何も出来ないんだっ!』
『諦めないで!』

 ………………。
 こ、この声は!?
 って、俺が乗ってどーするよ。
 場内も微かにざわめき始めた。

『誰だっ!?』
『諦めたら………終わりだよっ!』

 2階席に、もうひとつのピンスポが当る。
 そこには………なんつーんだろーな。
 青いジャケットに、ミニスカート。
 紺色のニーソックスに、赤い仮面。
 自慢のポニーテイルを下ろし、先のほうで二つに分けて縛っている。
 手に持った、見るからに凶悪そうな(しゃく)状の武器。
 誰だっ!
 ……………………………。
 ………いや、ホント誰なんだよ………。

「きゃぁ! 静流様ぁぁぁ♪」
「いや〜〜〜! カッコいい〜〜〜!」
「静流さまぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ♪」

 場内、割れるような大歓声。
 あれが………俺の………考えたくねー。

「なぁ………アンタ」
「………ん?」
「彼氏として、なんかコメントは?」
「………ゴメンなさい」
「静流サン、かわゆいデス〜♪」
「…………そ、そやね……………」
「……………………そーですね」

 木バナナのやろー………。
 なんちゅー格好させるんだ。
 ちょっと可愛いじゃねーか、コンチクショウ。
 魔法少女に変身した静流が―――変身?―――2階席から飛び降りた!?

「きゃぁぁ!」
「静流様、危ないっ!」
「いや〜〜〜〜!」

 黄色い絶叫の中、静流は軽やかに着地した。
 間を置かず、観客の中を走りぬけて舞台に駆け上がる。
 静流にとっては、あのくらい朝飯前だろうが、効果は絶大だった。
 一瞬で観客の目を引きつける。
 その間もピンスポは静流を追いかけていた。
 やるな、照明担当朝倉。

『立って。貴方は………負けても良いの?』

 静流はうな垂れる康哉に、手を差し伸べた。
 ああっ!
 あんまり近付くなってーのっ!
 俺の願いも空しく、康哉は静流の手を取って立ちあがった。
 ………なんか面白くねーな。
 お似合いの二人に見えたところなんか、とくに。

『負けたくは無いよ……でも……俺には力が無い………』
『そんなことはないわ……。私が見えるのが、その証拠よ』
『君が……見える?』
『貴方は私が見えてるでしょ? 私はこの世界の人じゃないの。だから他の人には見えない』
『だ、だけど………君はここに居る』
『私はここに居る訳じゃないの。私はもう一つの世界から動けない。だから捜してたの。貴方のような人を』
『俺のような………?』

 そんな都合のいー話し、あっかよ!
 くっそ………。
 上手いなぁ、あの二人。
 静流も康哉と同じく、『水鏡(みかがみ)』は習得してるんだから、とーぜんちゃ、とーぜんなんだろうが………。
 なんか面白くねーぜっ!

『そう。お願い! 私はこの世界で動く事が出来ない! でも貴方なら……私の姿が見えた貴方なら……』
『俺なら………?』
『私の世界を………そして、この世界を救うことが出来ます』
『そんなこと、俺に出来る訳が無い!』

 そーだそーだ。
 そりゃ俺の役目だってーの。
 ……………馬鹿か俺は。

『貴方なら出来ます。お願い!』
『だけど………俺には………力が無い………』
『貴方には在るはずです。私の姿が見えた、貴方なら………』
『そんな訳無い! 今だって見てただろう! 俺は(あらが)(すべ)すら無かった!』
『………手を出して下さい』
『………え?』
『手を………』

 康哉はそっと手を差し出した。
 静流はその手に………唇を寄せる。
 やめろ――――っ!
 一応劇だと解かっているつもりなので、心の中で絶叫した。
 静流の唇が康哉の掌に触れるか触れないかの瞬間、ピンスポが弾けた。
 一瞬目が眩んで、視界が開けた時……すでに康哉の手には、1本の剣が握られている。
 あれは………甲州八雲流の帯刀(おびがたな)
 帯状に丸められた薄刃の刀で、留め金を外すと刀状に戻る。
 あまり破壊力は無いが、暗器としての性質が強い忍具だ。
 ピンスポに当って、きらきらと輝いている。
 なかなかマニアックな武器を使うじゃないか。
 流石、巨大忍具メーカーの一人娘。
 忍具の知識は、普通の忍者よりも多いかも知れんな。
 己のところの秘暗器を、学園祭程度の小道具に使われる流派も、たまったもんじゃないだろうが。

『これは………?』
『それが、貴方の力です!』

 そして舞台に照明が灯る。
 黒タイツとみどりちゃんは、身動き一つしないで待っていたらしい。
 黒タイツに動きが戻った。

『キシャァ?』

 どこから剣が出てきたのかと、まるで問いかけてるような仕草。

『クシャァ!』

 ええい、いいからやっちまえってところか、今のは。
 て、会話を理解してどーすんだ、俺。
 うろたえていた黒タイツ達も、陣形を整えた。
 康哉を囲んで、囃子立てている。
 康哉は帯刀(おびがたな)を中段に構えた。
 抜刀を得意とする康哉なので、きっちり構えるのは珍しいな。
 とは言え、さすが様になっている。

『………………』
『キシャァ』
『クシャッ………』
『………………』

 序盤だと言うのに、いきなり緊迫している。
 訳が解からないのは場内皆一緒だが、何故か引き込まれていた。
 照明と音楽の使い方が上手いのか、康哉達の演技が上手いのか……。
 多分、全部なんだろうな。

『キシャ……』
『クシャァ………』
『………』
『……………』
『……………』
『キシャッ!』
『クシャァァ!』
『キェェェェイ!』

 黒タイツ達が動いた瞬間、康哉の帯刀(おびがたな)(きらめ)いた。
 倒れる黒タイツ達が居た地点を、閃光が通り過ぎて行く。
 さっきの殺陣(たて)と同じだ。
 まず黒タイツが動いて、その後を康哉の動きが追いかける。
 康哉の速度ならではだ。
 俺が感じる違和感は、一般人ではまず感じ取れないだろう。
 残光と一緒に、黒タイツ達が崩れ落ちた。
 場内に歓声が鳴り響く。
 俺の隣りに居る薄胸シスターズも、嵐のような拍手だ。

『………………こ、これは………』

 歓声が鳴り止むのを待って、康哉が呟いた。
 マイクで拾ってる訳ではないのに、なぜか呟きが響き渡る。
 発声の違い、か。
 あれは『喋ってる』んじゃなくて、『吐き出してる』のだ。
 声って言うよりは、気合い。
『麦食み』とは逆の概念だ。
 基本は一緒。

『それが……貴方の力です………』

 静流が舞台の上手から出てきた。
 先ほどと同じ、えっちくさい衣装。
 客席から黄色い歓声が飛び、それが静まるのを待って静流が呟き出す。
 小さい声なのに、場内に響く。
 康哉と同じ発声。

『これが………俺の?』
『そうです………。お願いです! その子を! プリンセスを!』

 再び気の狂ったような大音量の音楽が流れ、舞台が暗転。
 同時に、客席から拍手が零れだした。
 ふぅ………。
 取り敢えず、ここまではOKだな。
 観客の気持ちとスタッフの気持ちとが交じり合う。
 なんか………短い時間だったけど、疲れたー。

「いやー………なんちゅーか………」
「素敵なハなしデス〜♪」
「………そやね」

 凛も疲れたんだろう。
 どっかで見たこと在るストーリーだし、突っ込みたいところはいくらでも在るが、隣りが気になって突っ込めないし。

「なぁ、アンタ」
「ん?」

 同意を求め、凛が話しかけてきた。
 レイナは静流の衣装を見て、夢心地だ。
 俺くらいしか話し相手がいないんだろう。
 そーいえば、蓮霞や緋那はどこ言ったんだろう。
 奈那子の話しだと、どこかに自力で席を確保したらしいが………。
 ま、子供じゃないしな。

「この話し、どーなんの?」
「そんなん聞いてもしゃーねーだろ。今後のお楽しみだ」
「いや………なんちゅーか………昔な」
「ん?」
「あ、あんな………抜け草やった時な………あ、この街に来る前やで」
「ああ」

 凛は、道阿弥衆(どうあみしゅう)の草だった女だ。
 静流確保のため、俺がこの街に帰ってくる一年くらい前から潜入していた。
 俺のお袋が殺されたのがその前だから……計画は、かなり用意周到に進められていたんだろう。
 今でこそ凛は道阿弥と手を切ってるが、敵だった女だ。
 ま、甘いからこそ。
 非情に成り切れてないからこそ、今が在るんだけど。

「やっぱどこかで草だったのか?」
「………うん。あ、それ自体は関係無いんや」

 凛の昔の事を聞くの、初めてだな。

「沈み先でな。………言い辛いんやけど………同人女やったんや、ウチ」
「………はぁ?」
「ののの、望んでたんやないでっ! 沈み先が、そんな感じやったから………どーしても溶け込むためには、しゃーなかったんや!」
「………どんな目的があったらそんなところに潜入するのか。そっちのほうが気に成る」

 凛も忍者だから、聞いても応えないだろうが。

「そそそ、それはええんやっ!」
「解かってるって。どんなジャンルだったんだ? お前も描いてたんだろ?」
「んと……金色の聖鎧(クロス)を着たごっつええ男が………ってちゃうわ! 内容はどーでもええんじゃ!」
「何が言いたいんだよ?」
「せやから……そん時な」
「同人女だった時な」
「強調せんでもええ! ………ま、まあ、そん時な」

 話しが進まないんで、これ以上突っ込むのや止めておこう。
 なんか、しどろもどろしてる凛が面白いし。

「ああ」
「ゆーめーな、同人作家さんがいたんや。どんな絵柄でもジャンルでも、瞬時にコピーする、いわゆるカリスマ同人作家さんや」
「………………」

 何が言いたいのか、さっぱり解からん。

「トータル売上で、三億以上稼いだとかゆー話しや」
「……………」

 俺のコメカミが、ピクリと動いた。
 さ、さんおくって………円でか?
 ドルでか?
 ペソでか?
 今、1ペソいくらだ?

「ま、金額はええんや」

 いいのかよ。
 その話し、詳しく聞きたくなってきた。
 絵の描ける奴、誰か居たっけかな?
 そーいえば奈那子とか、めちゃめちゃ上手かったな。
 ノートの落書きが、まるで単行本表紙のイラストの様だった。
 あいつを騙くらかして、俺プロデュースで………。

「その作家さんがな、引退前に描いたオリジナルストーリーがあるんやけど……これにそっくりなんや」
「………………………………」
「まさかとか思うけど……………なぁ?」
「それ以上喋んじゃねぇ。怖いから」
「……………うん」

 そー言えば奈那子は、小遣いを貰ってないと言っていた。
 てっきり妖しげなアルバイトとか、恐ろしげな特許とかで稼いでると思ったが……。
 いやいや。
 別にそーだと決まった訳じゃない。
 が……しかし……。
 頭の中に浮かんだ奈那子の眼鏡が、きらりと光った。










 ニ幕目が開けて、康哉の部屋のシーンが始まった。
 みどりちゃんと静流が、ベットに座る康哉の脇に立っている。
 あ、あの背景、俺と水木が作った奴。
 最初指定された色で染めた時、どぎつ過ぎるとか思ったが………。

『俺がこの子を……?』
『そうです。もう貴方にしか頼れ無いんです。私はこの世界では……』

 舞台にしか照明が灯ってない状態だと、結構映えるな。
 反射を押さえるために、フラットカラーで統一したんだが。
 それも正解みたいだな。

『俺は……普通の……なんの取り柄も無い男だよ……そんなの無理だ』
『貴方にも……守りたい物はあるでしょ?』
『………無い』
『貴方は嘘をついてる』
『……………俺が………?』

 背景の見えない部分には、小さな灯光機が設置されている。
 間接照明って奴だな。
 なんでも、直接的な照明より優しい印象があるそうだ。
 奈那子も、色んな事知ってるよな。

『お兄ちゃんに迷惑かけるくらいなら………あたし……………』
『迷惑なんかじゃないけど、さ』
『貴方一人の問題ではないのですよ、プリンセス』
『………一つだけ聞きたい』
『………はい』

 ………………………………………ん?
 なんか今………………。

『強制は出来ません。私に出来るのは……お願いすることだけですから……』
『……………』
『あ、あのねお兄ちゃん………』
『ん?』
『こ、これあげるっ!』
『………これは………?』
『あたしの大好きな………いちご味なんだよ♪』
『………ははっ♪』

 場内の視線は、舞台の上に釘付けに成っている。
 だがこれは……………。

「………どないしたん?」

 この暗い場内でも、俺の表情が変わったのが解かったのだろう。
 凛が俺の顔を覗き込んできた。

「自分の出番、忘れてた」
「あほか。てゆーかアンタ、出番在ったんかいな?」
「当たり前だっつーの。グリーンピース賞も狙える位の演技だってーの」
「……………義理でもつっこまんで。はよ行ってき」
「大河サン、ガンバってくだサイ〜♪」
「ああ」

 屈んで椅子の間を移動する。
 まさかとは思うが……。
 壁際まで歩いて、場内を見まわす。
 別におかしな気配は無いが……………!?

『解かった。俺がどこまで出来るか解からないけど』
『ありがとう………私もこの世界では………』

 きん。

 俺の投げぬいた苦無(くない)が、もう一つの苦無(くない)を空中で叩き落す。
 鈍い(きらめ)きと共に、二本の苦無(くない)が舞台脇の壁に突き刺さった。
 光りと殺気を確認した康哉が、一瞬動きを止める。
 静流は……気付かなかったみたいだな。
 ま、舞台に向かって照明が当てられているし、しょうがないだろう。
 この状況を気付けるのは、俺と康哉くらいだ。

『いいの………お兄ちゃん?』
『ああ。お母さんに逢いたいだろう?』
『………うん』
『俺が………逢わせてやるよ』
『うん♪』

 それでも康哉は、演技を続けている。
 壊す訳にはいかない。
 ああ、そうだな、康哉。
 第二襲は……ない。
 狙撃が妨害されたことが解かったんだろう。
 俺は舞台裏目掛けて走り出した。

『私も出来る限りお手伝いします!』
『ああ、頼むよ、ジャスミン』

 誰かが………静流を狙っている。







「あれ、イガちゃん?」

 舞台袖に居た奈那子が、きょとんとした表情を浮かべた。
 俺は進行関係にはタッチしないはずだったからな。
 しかし、こいつ………なんつー衣装着てるんだ。
 真っ黒なロングスカートに、胸の開いたジャケット。
 こいつも魔法少女なのか………?

「奈那子、衣装余ってないか?」
「衣装?」
「あの恥ずかしい、全身黒タイツだ」
「あ、余ってないよぅ〜。てゆうか、どうしたの?」
「……………」

 本当のことを言う訳には行くまい。
 俺も確証在る訳じゃないしな。

「俺にも参加させて欲しいと思っただけだ」
「そ、そんないきなり言われても……無理だよぅ………」

 ま、そりゃそうだな。
 しかし参ったな。
 なんとか康哉に近付きたいんだが………。

「このシーンて、あと何分くらい続くんだ?」
「暗転するまで?」
「ああ」
「んと………あと13分くらいかな。もう一回殺陣(たて)が入るし」

 ちっ、13分かよ。
 指咥えてみてる訳にはいかねーしな。
 かと言って、舞台を潰す事は出来ない。
 勿論静流に危害が及ぶのも………。

「俺が代わってやろうか?」
「………」

 背後から俺の肩を叩いたのは、全身黒タイツの……。

「誰?」
「………山崎だよ」

 まあ、解かってた。

「いいのか?」
「ちょ、ちょっと山っちゃん」
「大丈夫だよ。伊賀崎だって忍者の端くれなんだし」

 端くれとかゆーな。

「なんか……嬉しいんだよ。伊賀崎が積極的に参加した言っていうのが、さ」
「………でも………段取りが………」
「わりーな、奈那子」
「………ぴぁっ!?」

 奈那子のスカートをめくり上げ、頭の上で結んでみた。
 水色のパンツが諸出しになる。

「ひぃ――――………ひぃ――――………」

 舞台に影響の無い程度の絶叫を上げる奈那子。
 バナナの包み焼き、完成。
 いや、焼いてないけど。

「………お前、ひでーな」
「とか言いながら、凝視してんじゃねーよ」
「いや、今後の参考の為にじゃないっすか」

 なんの参考だ、なんの。
 しかも、敬語で。

「てなわけで、山崎。脱げ」
「………あ?」
「いーから早く脱げっ!」
「ああ、やめてっ! 乱暴しないでっ!」
「気持ちの悪い声出すな! 大人しくしてれば、痛い目に合わずに済む!」
「いやーおかーさーん!」

 ………………………………………………………。
 ………………………………………。
 …………………………。
 舞台の袖に他の黒タイツが並んだ。
 その列の後ろに、そっと加わる。
 後ろでは、パンツ全開でモガモガしてる奈那子。
 そして、横になりながら涙を流す、山崎。

「………汚されちゃった………」

 まあ、犬に噛まれたと思って我慢してくれ。
 今日び犬に噛まれることなんて、なかなか無いけどな。









『まさか、こんな所まで!』
『きゃぁぁ……おにーちゃーん!』
『任せろ!』

 康哉の部屋に、乱入する俺ら黒タイツ。
 たしか台詞は……。

『キシャァ!』
『クシャァァァ!』

 こんな感じだな。
 あ、なんか楽しい。
 部屋の中をくるくる回りながら、康哉を囲む。
 バク転などサービス。

『くっ………』

 康哉が帯刀(おびがたな)を解放した。
 ………刃落しくらいしておけっての。
 あぶねーだろ。

『逃げて下さい! 今の貴方では!』
『出口は、奴等の後ろなんだよ!』

 みどりちゃんを庇う紺屋に、二人の黒タイツが銀色の剣を構えた。
 あ、俺、持って無いじゃん。
 下っ端の下っ端っぽい。
 しゃーねー。
 アドリブで合わすか。

『キシャァ』
『キシャァァァァ!』

 俺は『クシャァ』担当なのかと思ってると、両脇の二人が突進した。
 銀色の剣をブンブン振るが、康哉には当らない。
 あ、なるほど。
 黒タイツ側は、当てるつもりで撃ってるんだな。
 普通の人間が、康哉に当てることは不可能だ。
 それを見越しての殺陣(たて)なんだな。

『キシャ!』
『キシャァァ!』

 康哉も帯刀(おびがたな)を振るうが、当らない様に見える。
 本当は黒タイツの居ない空間に、振るってるだけなんだけどな。
 俺もボーッと立ってる訳にはいかない。
 適当に蹴りとか拳を繰り出して、(かわ)して貰う。

『くっ………当らない………?』
『先ほどのジュアン人とは、格が違います! 逃げてっ!』

 寿庵人?
 なんか駅前の蕎麦屋出身みたいだな。
 よくよく見るとさっきの黒タイツは、『必殺』って胸に書いてあった。
 今俺の胸に輝くのは………『撲殺』?
 レベルが上がってるのか下がってるのか、微妙なトコだな。

『逃げない………俺は逃げない!』
『キシャァ!』

 俺も鳴かなくちゃな。

『クシャァ!』

 ああ、恥ずかしい………。

『くっ………ならば、力を授けましょう!』

 その瞬間、ピンスポが乱舞した。
 俺の隣りの黒タイツ達が、いきなり動きを止める。
 俺も止まらなくちゃ。

『ヴォル・エンチャント!』

 乱舞したピンスポが、康哉に集まった。
 くっ!!!
 光りの中、康哉が懸命になにかをポケットから出し始める。
 俺は身体を動かさず、手首だけで苦無(くない)を放った。
 康哉は当てにならない。
 変身中だしな。

 きん。

 スポットのはずれた所で、苦無(くない)と………短矢!?………がぶつかる。
 防灯処理がされているらしく、火花を上げたのは俺の苦無(くない)だけだ。
 静流は………気付かないか。
 1本だけピンスポを浴びて、気持ち良さそうにポーズをつけている。
 のん気なもんだぜ。

『これは………!?』

 とかなんとか呟きながら、康哉が俺に視線を向けた。
 頭からすっぽり黒タイツを被っているが………気付いたか。
 次弾は………来ない。
 あくまでも秘密裏に襲うつもりか。

『聖なる鎧です! 時間が限られてますので、早く!』

 康哉は………なんか、金色の鎧を着ていた。
 あほか。

『解かった!』

 康哉は帯刀(おびがたな)を握り直し、中段に構えた。
 その剣を、そっと下に降ろす。
 あの構えは………五ヶ之剣一本目の初動?
 あんにゃろー………他流派まで修めるとは、とんでもねー奴だ。
 ………ん?
 今、俺に目配せ………。

『でぇい!』
『キシャァ!?』

 康哉が黒タイツの剣を飛ばして………それを俺が握る。
 味な真似を………。
 黒タイツの中で、思わずにやついてしまった。
 付き合い長いと、話しが早いな、ええ。

『キシャァ!』
『キシャァ!』

 二人の黒タイツが康哉に飛びかかるが………一瞬にして倒される。
 うわ、今の、柄当てじゃんか。
 寸止めしてるとは思うが……今のタイミングでまともに入ったら、内臓破裂は免れないな。
 さ、俺の番か。
 派手に倒されるか。

『クシャァァァァァ!』

 手に持った剣で切りかかる。
 先ほどの黒タイツとは違って、今度は切り結んだ。

『クシャァ!』
『くっ………負けない!』
「あ……え?」

 静流が思わず素になった。
 多分進行と違うのだろう。
 せっかく俺らが演技してんだから、付き合えっての。

(………何が起きた?)

 康哉が『麦食み』で話しかけてきた。
 解かってるじゃねーの、幼馴染。

(クシャァ!)
(……………)

 いててててっ!
 切り結んだ帯刀(おびがたな)に、無闇矢鱈な力が加わる。
 筋肉が断裂しそーだぜ。

(何が起きてると言うのだ?)
(クシャァ!)
(………しつこい)
(俺にもわかんねーよ)

 一旦弾かれる様に離れて、また切り結ぶ。
 体をぶつけるような動きに、喚声が上がった。
 さーびすさーびす♪

(ただ、狙いは………静流だ)
(この地で『百地』に手を出すなどと………まさか!)
(早合点は、破滅への第一歩だぜ)

 康哉の剣に弾かれて、距離が出来る。
 一足飛びに距離を詰め、蹴りを放つ。
 康哉が右腕でブロック。

(俺は場内で片付ける。お前は舞台上でガードしろ)
(解かった)

 康哉が帯刀(おびがたな)を振るう。
 タイミングを合わせて、吹き飛んでみせる。
 場内が、わーっと沸いた。

(警意しろよ、康哉)
(貴様もな、大河)

 その瞬間、ニ方から殺気!
 俺はバク転しながら。
 康哉は剣を振るって踊りながら。

 きん。
 びしっ。

 舞台の中央に居る静流………急所目掛けて襲いかかる流線を、同時に弾く!
 そのまま俺は、舞台袖から転げ出す。
 康哉は……ポーズを付けながら、まだ警戒していた。
 思わず頬が弛む。
 俺はその特殊な定め故に、単独行動の特殊タイプだが………。
 こーゆーのも、悪くないな。







「むがー! むがー!!!」
「………くすん………」

 舞台袖に澱んだ空気が流れているが、構わないで走り出した。
 このままの格好のほうが、なにかと都合良いだろう。

「………はぁ」

 疲れるクラス祭になりそうだぜ。











――――――――――to be continued――――――――――
















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 てなわけで、前後編で収まる予定でしたが、三話構成です。
いーや広がり過ぎちゃってさ(笑)。
こんな所まで、好きな作家(菊地秀行)先生に似なくてもいーと思うんですけどねぇ。
予定バイト数、3割オーバーです。
プロにはなれんな、俺(笑)。

 てゆのもですね。
この話し、予想以上に辛いんですよ。
なんせメインストーリーと、『劇中』を書かなくちゃいけないんですから。
ちなみに劇のストーリーは、ふわふわとしか考えてません(笑)。
魔法少女モノって見たこと無いから、どんなストーリーにしたら良いか
解からないんですよ(笑)。


 それでは、ここまで読んで頂いてありがとう御座いました。
次で終わると思います、多分(笑)。
あと一回、スチャラカなやばげの世界をお楽しみ下さい。


2003・11・04 kyon



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