舞台袖から脱出して、一旦1番後ろの座席まで駆け出した。
 見つかりやすい場所から狙撃などしてないだろうが、全景を見ておいたほうが良いと思ったからだ。
 体育館の1番後ろに陣取り、四方八方に気を巡らせる。
 親父なら一発で見つけるだろうが………俺では、(よど)んだ気配以上の物は感じられない。
 左右の二階通路に、劇用のスポットライト。
 舞台下手側に、不穏な空気。
 一瞬道阿弥(どうあみ)かと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
 道阿弥(どうあみ)なら、『影落とし』使用してるだろうからな。
 あんなに明確に、澱みはしない。
 そしてもう一つ、気になる澱みが。
 舞台緞帳(どんちょう)の上。
 あの位置からでは、静流を狙撃する事なんか出来ない。
 だが………澱んでいる。
 今場内に流れている気は、主に三種類しかない。
 演じる者と、魅入っている者と、エロい欲望に身を浸している者の三種類。
 つーことは、それ以外の気が狙撃者だっつーことだ。
 体育館内で澱んでいるのは、3箇所。
 二階通路の、下手側照明。
 緞帳(どんちょう)の上。
 そして………今、俺が居る右手側!

「………!」

 軽くステップして、裏拳を放つ。
 狙いは喉。

「……!?」

 対象が身を屈めた。
 これでこいつが、狙撃者だと決定。
 学園の制服を着ているが、普通の学生が俺の攻撃を(かわ)せるはず無いからだ。
 もし普通の学生だったら、謝ろうと思っていた。
 まあ、一般人でも死なないよーに、手加減はしているが。
 結果として(かわ)されちゃ、しょーがねー。

「……!」

 暗闇の中、狙撃者が腰に手を回した。
 光のあたる舞台では、康哉が静流と一緒に、なんかと戦っている。
 陳腐な劇だけど、楽しいんだろうな。
 俺は、別に………。

「シッ!」

 狙撃者の手に、忍刀。
 これで決定。
 俺の敵は、忍者らしい。
 別に忍刀持ってるのが、忍者だけとは限らないが……。
 小太刀とは違う、忍刀独特の(さば)き。
 長年の修錬のみが可能にする技法だ。

「っ!」

 振り下ろされた忍刀を左手で絡め取りながら、右手に(みさご)を装着。
 影友に切られた個所は、既に修繕済み。

「……!」
「………!?」

 忍刀を床に誘導しながら、(みさご)で膝を砕く。
 曲がっちゃ行けない方向に、狙撃者の膝が曲がった。

 ぐちゃ。
 わぁぁぁぁぁ!

 舞台への歓声が、破壊の音を掻き消す。
 舞台は光。
 俺は闇。
 別になんの感慨も湧かない。
 生れ落ちた時から、決まってる事だ。

「……ぎゃ……!?」
「シッ!」

 忍者のくせに、苦痛で喚くんじゃねぇ。
 膝の折れた狙撃者の喉に、手刀を叩き込む。
 さらに手刀を開いて、喉を鷲掴みにする。
 そのまま捻って首の後ろを掴み、床に叩きつけた。
 気管を掴んでの、一本背負い。
 これで一瞬、声が出なくなる。

「静かに寝てろ、この」

 立ち上がりながら、狙撃者の右肩関節を逆に取る。
 片羽固めとゆー、ポピュラーな極枝だ。
 もっとも伊賀崎流だと……。

「これで、一人」

 延髄を踏みつけながら腕を捻り上げると同時に、首を転がすように踏み抜く。
 ごりって。
 ま、一般人と違って、死にはしないだろう。
 数時間、動く事は出来ないだろうが。

「ふぅ……」

 音を立てないように仕留めるのは、骨が折れる。
 だが………。

『ここが……エネバーランドか………』
『勇者よ……初めてお会いできましたね』
『……わたしの生まれた国………』

 あの舞台の邪魔をする訳には、いかないからな。










                     アルバム(後編)











 次に俺は、緞帳(どんちょう)の上に感じる澱みに向かった。
 あそこは舞台装置とか置けるスペースはあるものの、せり出しているので直接は狙えないはずだ。
 しかし、だからこそ、直ぐに潰しておかなければいけない、重要な場所でもある。
 舞台を狙うため、強引な手段を取られると厄介だからだ。
 例えば、化学兵器的な物。
 煙幕に紛れて、殺傷能力の高い毒霧など使われては、マジで洒落にならねぇ。
 一般学生を、巻き添えにする訳には行かない。
 静流が学園に通う、一番の懸念だからだ。
 そのため『百地』から、数十名のボディガードが、学生を守るためだけに派遣されていると聞く。
 静流の身を守るのは、康哉一人居ればお釣りが来るからな。
 静流が康哉から逃げ出さなきゃ、の話しだけどよ。

「……………」

 慎重に、緞帳(どんちょう)の収容してあるステップへと手を掛ける。
 こういった梯子(はしご)にトラップをしかけるのは、現代忍者の常識なのだ。
 爆薬、毒針、仕込み刃。
 俺がこの町から離れて『仕事』をしていたときなどは、途中まで登った時、突然刃付きの金属板が滑って来た。
 あんときゃ、15mくらい落下したっけなぁ。
 梯子(はしご)が、ただの板切れに変わるんだもんなぁ。
 しかも、両脇にも刃が仕込まれていた。
 落ちながら、これはナイストラップだと思ったもんだ。
 今回は幸い、なにも細工はされていなかった。
 …………居るな。
 苦無(くない)を取り出し、光を反射させないように注意しながら、緞帳(どんちょう)の上を覗きこむ。
 鏡と違ってクリアな画像ではないが、これで充分だ。
 黒い人影が見える。
 得物は……襲撃には向かない、長物だ。
 多分、槍と細身の斧を組み合わせたタイプ。
 …………なんだか、光物もそこら中に付いてる。
 襲撃者は、馬鹿決定。
 それとも、なにか特殊な機能でもあるのだろうか?
 どちらにしろ、やっかいだ。

「…………」

 緞帳(どんちょう)の上に居る者は、じっと機会をうかがっていた。
 黒い気配。
 一般人の訳が無い。
 気配を押し殺しつつ、梯子(はしご)のてっぺんを握る。
 黒い人影まで、約4m。
 呼吸を整え……一気に跳躍!

「……!?」

 黒い人影が、俺の気配に気付いた。
 無音駿足のはずが……やるな。
 先ほど鏡代わりに使った苦無(くない)を、白い肌目掛けて投擲(とうてき)

「……くっ!?」

 ハスキーなうめき。
 襲撃者は……女か?
 ま、性別はどうでも良い。
 着地と同時に、間合いを詰める。

「シュッ!」

 黒い人影が、長物で突いて来た。
 槍術の基本的な直突き。
 が、戻りが滅法早い。
 かなりの手練だ。
 接近戦に持ちこみたいものにとって、有効な防御手段になるだろう。
 普通の忍者相手なら、な。

「っ!」

 無数の斬撃の中から、穂先を(みさご)で握る。
 この程度のスピードで、俺を停められると思うなよ。
 相手の引く力を利用して、予備動作無しで飛び込んでやる!

「……」

 なにっ!?
 なんの執着も無く、襲撃者が槍を離した。
 綱引き状態になると予想してしまった、俺の動きが一瞬止まる。

 ふおん。

「くっ」

 身を屈めた頭の上を、何かが通り過ぎる。
 円運動の凶器。
 鎖分銅?
 それにしては細い…………。
 鎖じゃなく、鋼線じゃなく……。
 紐かっ!?

「……!」

 円運動していた凶器が、不意にその力を失った。
 俺の頭上に降ってくる。
 鎖や鋼線なんかじゃ、こうはいかない。
 武器自体の重みが、極端なストップを阻むのだ。
 紐だからこそ可能な、組み紐捕縛術。
 ………………捕縛?
 不味いっ!
 俺の首に、紐が絡み付く。
 巻きではなく、掛け。
 つまりこの紐は、円形に結ばれていると言うことだ。
 つーことは……片方の紐を引いて回すだけで、切れるということ。

「くっ!」

 前方の暗殺者目掛けて、飛びかかる。
 我ながら不味いと思うが、しょうがねえ。
 敢えて罠に飛び込んでやる。
 首に掛かった紐の緊張が弛んだ。
 武器の性質を理解して、行動に移す。
 これを一瞬で出来るかどうかが、生死を分けるのだ。
 もっとも、飛び込んだ先も手の平の上なのだが。

「シュッ!」

 飛びかかった瞬間、黒い人影が拳を突き出してくる。
 いや、拳じゃない。
 手に何か暗器を携えて……寸鉄…………手之内(てのうち)かっ!?
 暗器の中でも、三種の神器と言われる手之内(てのうち)
 組み紐と寸鉄を組み合わせた、汎用性の高い暗器だ。
 寸鉄突きを(かわ)せば、紐で捕縛される。
 かといって、寸鉄で突かれる訳にはいかねー。

「っ!」

 (みさご)の手甲部分で、寸鉄を受けとめる。

「……にっ!?」

 さぞかし驚いたのだろう。
 黒い影は、思わず驚愕の声を上げていた。
 普通の防具では、受けとめられるはずも無い寸鉄を、たかが手甲が防いだんだ。
 熟練者の寸鉄での一撃は、黒銅の鎧にすら致命的な穴を穿つと言う。

「……!?」

 劇の効果音に、俺の呼吸音が掻き消される。
 下で見ている奴等には、頭上の戦いなど認識出来ないだろう。
 こちらは闇なのだから。
 本来なら、受けとめた(みさご)を首筋に叩き込むところだ。
 しかし……見てしまった。
 一瞬ライトに照らされた、黒き襲撃者の姿を。
 相手も俺が確認できたのだろう。
 二人で動きを止めて見詰め合う。

「…………なにしてるの……かしら……」
「って、身内かよっ!」

 死闘と呼んでも差し支えの無い攻防。
 それを繰り広げた相手は、俺の義姉。

「……弟……?」

 黒くてとーぜんの、蓮霞だった。












「こんなところで、なにしてんだよっ!」
「なにって……私は、貴方の姉では……ないわ……。今の私は………七鍵の悪魔司祭の一人………バラトロン…………です……」
「なげーよ」

 良く見ると蓮霞が身に纏っているのは、忍び装束じゃなくて黒いドレスだった。
 胸が半分以上見える、扇情系の衣装。
 しかもなんのつもりか、顔が半分隠れる仮面などかぶってやがる。
 俺は軽い目眩を覚えた。

「貴方こそ……誰なのです……?」
「あのな…………劇じゃねーんだ。誰も見てない所で演技しても、しゃーねーだろ」
「……そうね……。てゆーか、弟……?」
「ん?」
「何故……襲いかかってなど……来たのかしら……?」

 忍者が襲いかかる理由など、一つしかない。
 排除するためだ。

「襲撃者かと思ったんだよ」
「……襲撃……者……?」
「ああ。この場内に……何か居る」

 蓮霞も忍者だ。
 それだけの情報で、全てを解かってくれるだろう。 
 しかし……俺の感知も、中々優秀だな。
 この場内で、一番黒い気配に反応するとは。
 襲撃者より、黒い姉、か。
 なんか、泣けてくらぁ。

「……そう……手伝う?」
「いや、大丈夫だ。蓮霞は劇の続きを頼む。静流には内緒で」
「……解かった……」

 てーことは、ここは異常無し。
 後は……。

「って、思わずスルーするところだったじゃねーか」
「……なに?」

 振りかえると、蓮霞が不思議そうに小首を傾げていた。
 何じゃねーだろ。

「なんで学園祭のクラスの劇に、卒業した蓮霞が出てんだよ?」
「それは……奈那ちゃんから……オファーされたから…………ね」
「受けんなよっ! てゆーか、クラス祭にならねーだろっ」
「……私も……そう思ったのだけれど……」

 蓮霞は天を仰ぎ見た。
 何かを思い出すような仕草。
 ま、それは置いといて。
 ドレスが、非常に色っぽい。
 蓮霞の多少薄い胸を押し上げて、見事な谷間を形成している。
 くぅ。

「…………奈那ちゃんに……どうしてもって……言われて……」
「だからてなぁ」
「この役は……私にしか出来ないって…………言われて」
「あのな……」
「天を……人を……魔法少女を……悪魔をも……欺く………地獄の乙女……」
「…………」

 空ろな目で、身を捩らせる。
 お、俺の姉が、何処かに行ってしまった。
 しかも天上じゃなく、下方向に。
 そんなキャラ付けで、お前は本当に満足なのか?

「……悪夢の魔拝女(インクブス・デモノラター)……ああ……なんて甘美な響き…………」
「ま、頑張ってくれ」

 悶える蓮霞を後に、緞帳(どんちょう)から降りていく。
 くだらねーことで、時間を使ってしまった。
 劇はまだ中盤って所だろうが……。
 今の戦闘は、痛かったな。














 梯子(はしご)から下りて、場内を見渡す。
 澱んでいるのは……下手側の照明。
 あそこには、ウチのクラスの奴が居るはずだ。
 なのに、澱んでいる。
 心の中で、殺されていないことを祈った。
 劇に見とれていたとは言え、これは俺の失態だ。
 澱みに気付かなかった、俺の。

『なぜ、私を阻むかっ! 我が実験体よっ!』
『……じっけん……たい?』
『……くっ…………』
『本当なのか、ジャスミン!』
『貴方には……知られたくなかった…………』

 舞台を背に、入り口方向に駆け出す。
 舞台の上では奈那子と静流、康哉が盛り上がっていた。
 もう、雑魚の出番は無いだろう。
 安心して、自分の仕事に戻れる。

『じゃあ……僕を連れてきたのも……グラン・グリモア復活のためなのか!?』
『違うわっ! 私は……信じてっ!』
『そう言うことだ。異界の剣士よ。貴様は、贄となる為だけに召還された、とんだ道化というわけだ』
『違うのっ! 信じてっ!』
『……解からない……何もかも…………』

 しかし、やけに緊迫した魔法少女だな。

「よっと」

 入り口近くから、周りを見計らって二階に飛ぶ。
 襲撃者は息を殺して、静流の隙を狙っているだろう。
 間隙を突くなら、後ろから。
 当たり前過ぎるほど、忍者の基本だ。

「………………」

 40m前方に、照明器具。
 手すりに身を寄せ、気配を消して気配を探る。
 居るな。
 一般陣では解からないだろう、澱み。
 我が姉よりは弱いが、確かに澱んでいる。
 この気配は、記憶に有った。
 何処にでも居る、ごく普通の暗殺者。

「……」

 そっと間合いを詰める。
 二階渡り通路には……二人。
 一人は…………呆れた事に、ウチのクラスの朝倉だ。
 背後に居る忍者の気配に気付きもしないで、一生懸命ライトを操作していた。
 まあ、しゃーねーか。
 忍者の隠形に気付けって言う方が、無理だもんな。
 しかし、参った。
 あの位置だと、どうしても戦闘の影響が朝倉に及ぶ。
 手すりと窓枠に挟まれた通路では、隠れ場所も無い。

「…………」
『哀れ成り、人の子っ! その血肉を捧げよっ!』
『…………僕は…………』
『逃げてっ! 私はどうなっても良いの…………。プリンセスを……世界をっ!』
『……逃げられると……思って…………?』
『貴方は……バラトロンっ!?』
『久し振りね……ジャスミン……貴方が私の半身を……切ったとき以来……かしら……』
「…………」

 あー、うるせ。
 耳障りな雑音を無視して、じわじわと間合いを詰める。
 標的まで、20m。
 いくら俺でも、一足飛びとゆーわけには行かない距離だ。
 もう少し……。
 少しずつ……。
 流れ出ようとする汗を、精神力で押し止める。
 滴り落ちる汗の音を、襲撃者に聞かれたくないからだ。

『僕は……君を信じるっ!』

 じゃかじゃーんっ!

 びくっ。

 突然巻き起こった大音響に、思わず肩を挙げてしまった。
 それは襲撃者も一緒だ。
 緊張しているところで、後ろから肩を叩かれたのも同然。
 気配が揺れる。
 ()っ!

「っ!」
「……!?」

 動いた瞬間、察知された。
 構うもんか。
 襲撃者は膝立ちのまま、何かを投擲(とうてき)してきた。
 細い小刀……いや、棒手裏剣か。
 食らうかよっ!

「!」

 空中で手すりを蹴る。
 さっきまで俺が居た位置を、黒い凶器が擦り抜けた。

「!」

 斜めに跳躍し、窓枠を蹴る。
 そしてまた手すりを。
 窓枠。
 手すり。
 柱。
 手すり。

「っ!?」

 そんなに驚くほどの技法じゃねぇ。
 リズムを読まれれば、格好の的だし。
 それでも狙いを絞らせないだけの効果は有る。
 俺が欲しいのは……。

「……!?」

 その一瞬。
 
「っ!」

 突き出して来た忍刀を、左手で捌きながら右腕刀。
 襲撃者の首に叩き込む。

「っ……」

 右手で相手の背中を掴んで、前方回転。
 気道を圧迫しながら、頚骨を曲げちゃいけない方向に曲げる。

 ごきっ。
 ぱぐっ。

 自分の背中が接地するのと同時に、的の後頭部を床に叩きつけた。
 相手の首を極めたまま、ブレンバスターを食らったようなアクション。
 もちろんこっちは技を仕掛けたほうなので、設置した瞬間手を離して丸まり、衝撃を逃がしている。
『楯岡』流、(かささぎ)
 そのまま前転して、朝倉にご挨拶。

「よっ♪」
「うわっ! ………ナニしてんだよ、イガっち」

 ……。
 背後に寝ている襲撃者は、完全に沈黙してるな。
 これで起き上がってこられたら、朝倉の膨らんだ腹に一発くれなくちゃいけない所だった。

「いや、何か手伝う事、あるかと思ってよ」
「……大人しくしててくれ。イガっちが絡むと、ロクな事に成らないから」

 理解してやがるな、朝倉。
 まあ、いい。
 これで澱みは解消された。
 一番気に掛かる澱みは舞台上なので、ほっといても構わないだろう。
 俺の仕事は終わったはずだ。
 人知れず、3忍撃破に15分。
 あ、1忍引き分け。
 なかなか良いタイムだった。

「………………」
「どした、イガっち」
「いや……なんでもねー」

 なのに何だろう?
 この拭えない焦燥感は。
















『……お前は、何を企んでる? 我が実験体の一人の分際で?』
『……なんにも……ただ……』
『ただ?』
『人は……面白すぎて……消すにはもったいないのです!!!』
『馬鹿なっ! 裏切ると言うのかっ!?』
『そう作ったのは……貴方でしょう……ドクター・ブリアレオスっ!』

 二階の渡り通路から、場内を見まわす。
 舞台の上ではぐったりしたみどりちゃんの周りを、奈那子と蓮霞がはしゃぎまわっていた。
 良く見ると、康哉が床の上に寝転んでる。
 何されたんだ、あいつ?
 もう何も無い。
 澱んだ気配など、微塵も無い。
 客席も。
 通路も。
 舞台上も。
 なのに、嫌な予感が消えない。
 何故だ?
 自分でも訳解からない焦燥感が、胸の中を駆け巡る。
 解からない。
 解からないが……このままじゃヤバイ。
 なにがヤバイか解からないが、とにかくヤバイ。

『……人の……力…………』

 どこからか、静流の声が聞こえて来た。
 スピーカー越しの声。
 ヤバイ。

『倒れても……歩き始める……』

 焦る心を押し殺し、もう一度場内を探る。
 どこにも、危険を感じる物は無い。
 無いんだ!

『一度崩しても……また転がり出す……』

 客席!
 通路!
 舞台!
 何も無い!
 なのに何故俺は!
 見つけられない!
 見つけられないんだ!

『人の夢……明日への光り……儚く輝く足跡……』

 どこにも、気配は無い……。
 無い?
 対面の二階通路……。
 そして最前列の一席……。
 気配が無い。
 まるでそこに穴が有るように、ぽかりと気配が無い場所が二つ。

『破らせない……人が諦めない限り……紡いでいく物語だけは……』

 この世の中、全ての物に気配は有る。
 人にも。
 動物にも、植物にも。
 人の作った物にも、気配は有る。
 矛盾してるかもしれないが、『気配を消している』という気配もあるのだ。
 俺はそれを感知して、的を撃つ。
 超能力じみてるかもしれないが、長年の修錬と経験が、それを可能にする。
 が……しかし……!

『守ってみせる!!!』

 舞台に閃光と煙幕が走り、静流の気配!
 それと同時に、二つの黒点が動き出す!



(康哉、(しょう)!)


 麦食みで叫んだ後、天上目掛けて飛び出す!
 この距離でも康哉なら聞こえると信じて。
 信じられないのは、俺の跳躍だ。
 
「……っ」

 天井の(はり)まで……届かねー!

「……っそっ!」

 後……2m……全然届いてねー!



(右、40!)


 今のは……。
 必死に右手を伸ばす。
 風切り音。
 そして……感触!
 
「!」

 指先に触れたものを、必死に手繰り寄せる。
 独特の技法で編まれた組み紐と、分銅代わりの寸鉄。
 腕を回して、寸鉄を天井の(はり)に引っ掛ける。
 ナイスだぜ、姉っ!
 そっちは任せたぜ、康哉。
 気配など無くても、あいつなら!
 こっちはこっちで、まだ問題が残ってるし。


(凛っ!)


 再び麦食みで叫びながら、手之内(てのうち)を使って振り子運動。
 その頂点まで来た瞬間、差羽(さしば)を抜き投げ。
 暗闇の場内では使用を控えていた『楯岡』特製の飛針を、前方の(はり)に撃ち込んだ。
 青い光りが、一瞬点灯する。
 あれが目印だ。
 あいつなら!

「!」

 全身のバネを使って跳躍。
 それでもまだ、向いの通路までは届かない。
 だがっ!

 ひゅっ。

 前方に再び風切り音。
 天井からぶら下がった分銅付きの鎖が、鈍い光を放つ。
 暗闇でも見える、日常への蜘蛛の糸!
 右手でしっかりと握る。
 全体中が、再び振り子運動。
 ………………。
 見えたっ!

「!?」
「……っ!」

 二階通路に、矢を番えた忍び。
 俺に気付いたのか、最初から気付いていたのか。
 感じる事の出来ない気配が、一瞬揺らいだ。
 それでも、俺には目もくれない。
 舞台上に狙いを付け、弦を引き絞る。
 通常の矢よりも、弾頭が太い。
 見た事の無い矢尻。
 まるで筒のようなそれを、晴れていく舞台に向けた。
 なめんな!

「シッ!」

 おそらく俺の人生で、最速の抜き投げ。
 弓の登頂部―――弓筈(ゆかつ)を、一瞬で焼失させる。
 張力を失った矢が、空中に踊り出した。

「っ!」
「らぁっ!」

 ぼぐっ。

 襲撃者が忍刀を抜くよりも早く、抜き投げの推力を利用しての後ろ回し蹴りを首に叩き込む。
 自分で思うよりも、怒っていたらしい。
 踵の下で、首の骨が折れる感触。
 折るだけなら、死にはしない。
 ホントホント。

 ばぎん。

「うごっ!」

 そのまま自分の身体を、窓枠に叩きつけてしまった。
 俺、空中ブレーキとか効かねーからな。

「なっ!?」

 前方でもう一人の照明係、小山田が身体を振るわせる。
 そりゃ、びっくりもするよな。

「な、なにやってんだよ、伊賀崎?」
「い、いや、酔っ払いが居てさ。つまづいちゃった」

 苦しいか?
 だが小山田は肩を竦めて、小声で言った。

「またかよー。悪いけど、医務室に連れてってくれるか?」
「おーけーおーけー」

 どんな学園祭なんだ?
 ま、そのおかげで助かった訳だから、あまり文句も言えねーよな。
 弓矢と名も知れぬ忍びを回収して、通路を歩いて戻る。
 そっと運ばないと、今度こそ死んじゃうからな。

『……プリンセス……貴方は……』

 ふと振りかえると舞台の上では、みどりちゃんが消えて見たことの有る女が、ひらひらした衣装で踊っていた。
 姉妹揃って、友情出演かよ。
 しかも手に持った長いバトンを使用せずに……。

『えーい!』

 自分の姉に対して、フランケンシュタイナーを決めている。
 肩に飛びのって、首を極めての後方宙返り。
 思わず習いたくなるほど、綺麗な技だ。

『……ぐっ……』
『さあ、ジャスミン……いいえ、未来のお母様……そして、お父様……』

 キテレツな衣装の緋那が、手を振りかざした。
 康哉と静流が、立ち上がる。
 康哉の手には、小道具代わりの帯剣の他に……なんだ?
 なにかを握っていた。
 劇の小道具とは思えぬ、異質な気配。

『闘いましょう』
『……プリンセス……』
『君は……』
『人は……負けません!!!』

 ………………。
 溜め息一つついて、光り輝く舞台に背を向ける。
 ああ、そうだな。
 負けねーよ。











 ………………………………………………………。
 ……………………………………。
 ………………………。

「それでは、我がクラスの優秀賞を祝いまして!」
『カンパーイ!』

 紙コップが、教室中のあちこちでぶつかり合う。
 中身の殆どが出てしまってるのは、ご愛嬌だ。
 そんな様子を見詰めながら、壁にもたれかかったまま座り込む。
 …………疲れた。

「やー、やっぱり、静流が主役で良かったわー♪ 優勝だよ、優勝♪」
「そそそ、そんな……奈那子の脚本がよかったからだよー♪」

 満更そうでもない二人を尻目に、ちびりと紙コップのジュースを飲む。
 あの後俺が倒した忍びを回収してる内に、たいそう盛り上がる物語が展開されたらしい。
 ちなみに回収した忍びは、極秘で百地衆に渡しておいた。
 紙一重で生きてたから、これから死んだほうがマシって拷問が待っているだろう。
 耐性訓練なんかじゃ太刀打ち出来ない、百地の拷問。
 もっとも……知性が残ってればだが。
 ぐったりとした俺に、凛と緋那がよって来た。

「なんや、兄さん。えらい疲れてますなぁ」
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「ほっとけ。てゆか、なにいけしゃーしゃと、人のクラスの打ち上げに混ざってやがる」
「だって、康哉はんのスナップ、撮っとかな♪」

 答えになってねー。
 でもまあ、凛のおかげで助かった面もあるので、大目に見といてやろう。

「な、奈那子さんが、混ざってってゆったもん。てゆうか緋那、主役だよ、主役」
「ラスト5分だけやけどな♪」
「あー、ひどーい、凛ちゃん!」
「……可愛かったわ…………凄く…………可愛かった…………」

 拗ねる緋那の肩を、黒い物体が叩いた。
 てゆーか、着替えろよ、姉。

「藍田さん……緋那のかわゆいショット…………納めてくれた……かしら……?」

 納めないと呪うぞ的なニュアンスで、蓮霞が凛に詰め寄る。
 それは凛も感じたのだろう。
 顔面蒼白に成りながら、無理に笑顔を作った。

「そ、そりゃ勿論ですがなっ。アップで24枚ほど写させて頂きましたぁ」
「24枚……まあ、いいわ……」

 何枚ほど納めれば気が済むんだ、バカ姉。

「……時に……弟?」
「ん?」
「きちんと……自分の仕事……果たしたのかしら(●●●●●●●●)?」
「…………ああ」
「そう……。何に使ったか……知らないけど……私の手之内(てのうち)……きちんと回収……してらっしゃい……」
「あ、そうやっ! ウチの双流星錘(そうりゅうせいすい)、返してーなっ」

 ……忘れてた。
 まだ体育館の(はり)に、ぶら下がってるぜ。
 あの時、体育館の端から端までダイブ出来たのは、蓮霞と凛の協力あってのことだった。
 打ち合わせもせず、状況を飲み込みもせずの助力。
 これしかねーってくらい、絶妙だったな。
 なんか……感謝してる。
 口には出さねーけど。
 傍で聞いていた緋那が、不思議そうに小首を傾げた。

「なんか解かんないけど……緋那たち、もう帰るね」
「なんだよ、もうか?」
「うん。お父さんがお祝いに、ご馳走作って待ってるから♪」
「なんの祝いか、全然解からん」
「緋那の主役祝いだよ♪」
「ラスト5分だけやけどなー♪」
「もう、凛ちゃん!」
「……それに……行方不明のレイナを……探さなくては…………」

 あんの、薄胸……。
 出番少ないくせに、迷惑掛けやがる。
 まあ、俺にじゃないから、いいけど。

「じゃあお兄ちゃんたちも、早く返ってきてねー」
「ああ」

 蓮華達は、楽しそうに夕暮れの教室から去っていった。
 それと入れ替わり状態に、奈那子が寄ってくる。
 ニコニコしながら、紙コップを差し出す。
 そーいえば、いつの間にか空に成ってた。

「おつー、イガちゃん」
「奈那子もな」
「うん♪」
「…………」
「やったね、イガちゃん」
「俺は何もしてねーよ」
「そうだそうだ」

 喧騒の中から、男どもが囃し立てた。
 照明係の朝倉に、雑用兼役者の山崎。

「イガっちってば、邪魔ばっかするんだもんなー」
「…………汚された…………」
「悪かったって」
「あははっ♪」

 俺達のやり取りを聞いてた木バナナが、笑い出した。
 晴れやかな笑顔。
 眼鏡のフレームに、夕日が反射する。

「でも、みんなのおかげで、上手くいったんだよ♪」
「ま、それはそうか」
「意外に伊賀崎、器用なんだよな。大道具作るときとか、助かったよ」

 忍者に向かって、器用はねーだろ。
 当たり前だっつーの。
 それとも俺、忍者として認識されてないのかな?
 都合良い反面、ちょっと寂しい。

「なー、伊賀崎。今度はもっと派手な事やろうぜ。バカみたいな事、一生懸命」
「あ、自分も手伝う」
「……ああ」

 山崎と朝倉が、笑いながら喧騒にまぎれていく。
 その後ろ姿を眺めながら、奈那子が呟いた。

「ね、イガちゃん」
「んー?」
「こっちに流れて、良かった?」
「……意味は解からんが、取り敢えず頷いておく」
「あはは♪」

 良かった……よ。
 楽しいと、素直に思ったし。

「これで、京都での自由時間、ゲットゲット♪」
「なんだよ、なんか有るのか?」
「…………」
「まさか、康哉にアタック掛けようとか?」
「ああっ! 自分の事には疎いイガちゃんに、瞬時に見抜かれた!?」
「…………肯定すんなよ」
「あっ!?」
「………………」
「………………………………」
「康哉、人気高いらしいぜ」
「…………知ってるもん」
「凛とかも、康哉の事狙ってるらしいしな」
「ええっ!?」

 奈那子の顔が、真っ青になる。
 くくくっ。
 面白いので、もう少しいじってやれ。

「康哉みたいなクソ真面目なタイプは、凛みたいなスチャラカな奴に転び易いんだよな」
「そそそ、そんなことっ!」
「実例も、身近にあるだろ?」
「……確かに静流……イガちゃんに転ばされちゃったもんねぇ……」

 どっちがスチャラカ扱いなのかが気に成る。
 お前んちの両親の事を言ったつもりだったんだが。
 奈那子んちの両親は、片や無菌状態で、蝶よ花よと育てられたお坊ちゃま。
 片や、家出のギャンブラーでマジシャンで暴走族とゆー、凄まじいカップリングだ。

「で、でも頑張るもん! 眼鏡っぷりなら、こっちの方が上だもん!」

 眼鏡っぷりって……なんだ?

「最近は、ボブショートの眼鏡っ娘が隙間産業だもん!」

 産業じゃねーだろ。

「ま、頑張れや」
「……え? 応援してくれるの?」
「んにゃ」
「ああっ! 激励の直後、即座に否定!?」
「んなこと言ってもよー」
「イガちゃんは、どっちの味方?」
「どっちかってーと、康哉がより不幸になる方だな。二人で協力して康哉を不幸のどん底に叩き込んでくれるなら、ゆーことねーな」
「…………」

 苦い顔をしながら、奈那子が立ち去っていく。
 よーやく静かになった。
 みんなの笑顔を、見上げるように見る。
 求めてた訳じゃない風景。
 俺は何処まで行っても、俯瞰者(アウトサイダー)なのかもしれない。
 あいつ等とは違う。
 影に生きて居ても、光りと溶け込める奴等。
 でも、それでもいいんだって思う。
 それが、大事な風景だって、解かっているから。
 その風景から、一人の男が抜け出して来た。
 好き好んで、闇にすりよる男。

「……正体、解かったか?」
「予想、なら」
「……やっぱり……」
「多分な」

 解かり易い忍びを伏兵に仕立てて、気配を消失した本命で撃つ。
 基本なのかも知れんが、どうしても伏兵に気を取られしまうのが忍びの業ってものだ。
 嫌なコンビネーションだな。
 もしあの時、訳の解からない焦燥感に駆られてなければ……。

「ほれ」

 懐に隠していた筒を、康哉に投げる。

「これは?」
「本命が装備してた」
「貴様っ! そんなものをここで出すなどと!」
「お前が騒ぐと余計目立つ」
「くっ」
「パッと見じゃ、解からねーよ」

 康哉が、手に有る筒を慎重に弄る。
 ピクリとこめかみが動いた。

「これは……」
「見たこと有るか?」
「……いや」
「俺もだ」

 俺が……『楯岡』が見たことの無い忍具。
 矢尻として装着された筒の中には……。
 1cm程度の針が、無数に収納されていた。
 おそらく空中で展開し、針の雨を降らせる事を目的とした忍具なのだろう。
 予想だが、半径5m以内は灰塵に帰する威力が有る筈だ。
 いくら康哉とは言え、一回放たれたこれ(●●)を防ぐ事は出来まい。
 自分の身を楯にしても、防ぎ切れる筈も無い。
 しかもご丁寧に……。

「舐めるなよ」
「誰がな……まさか?」
「ああ。白い針と苦み。さっきから心臓がドキドキしてるぜ」
「貴様……」
「多分、アコニチン系だ」
「トリカブト……それもこの色からして、ヤマトリカブトか?」

 さすが石川流。
 毒物の扱いは、忍者にとっては必須だ。
 攻撃に用いるにしても、防御するにしても。

「食らったのか?」
「食らうかよ。確かめただけだったんだが……」
「……貴様、大丈夫か?」

 お、珍しい。
 康哉が気遣ってる。

「もう直ぐ切れるさ。日本産の毒物なら耐性出来るんだがな……」
「渡海物か、大陸産だというのか?」
「いや……今まで味わった事無い。オリジナルだろう」
「ではやはり……」
「ああ」

 あの気配を消失させる陰忍と言い、オリジナルの植物塩基毒性(アルカノイド)と言い。
 いよいよ、牙を向いて来たってことか。

「…………」

 頭に浮かんだ名前を確かめるように、康哉が何かを床にそっと置いた。
 横たわる漆黒の金属。

「これは?」
「貴様の麦食みの直後、飛来した物だ」

 一見すると、ただの苦無(くない)のようだが……。
 床に置くと、良く解かる。
 苦無(くない)の先から、青い糸の様な物が弓状に広がっている。
 青ひげの生えた苦無(くない)といえば、解かり易いか。

「その糸……鋼線だ」

 済んでの所で(かわ)そうとしたり、刃を避けて掴もうとした物を切り裂くって訳か。
 小技が効いてる忍具だ。
 しかし、この苦無(くない)ひげの色……。

「多分……発火する」
「…………」

 やはり。
 それはあまりにも見なれた物。
『楯岡』の燐だった。
 しかし、あの加工が難しい燐を、ここまで細工するとは……。
 多分、親父にも出来まい。

「良く燃やさずに受けとめられたな」
「握部を衣装で絡め取ったからな。それに……」
「それに?」
「通常の苦無(くない)とは、飛来音が違った」
「…………」

 さすが、同年代最高スペックと呼ばれた康哉。
 あの騒がしく眩しい舞台の上で、その判断が出来るか。
 味方で良かったぜ。
 ……味方、か。

「貴様が声を掛けねば、見過ごしたかも知れん」
「ご謙遜を。石川殿」
「……何を言うか、楯岡殿」
「…………次、口に出したら、ぶっとばす」

 人の秘密を、こんな場所でえ!
 まあ、最初にこんな場所でこんな話題を持ちかけたのは、俺の方だから文句も言い辛いが。

「まあ……礼を言う、大河」
「俺もだ、康哉」

 少しだけ意外な顔をしながら、康哉が踵を返す。
 微笑むことなく、目線を合わせることも無く。
 だけど……。
 だけど、な。












「ふー」

 壁に背中を預けて、脱力する。
 もう毒素は抜け切ったが、まだ気力が復活しない。
 今度から、無闇矢鱈なんでも舐めるのは止めよう。
 あ、でも……。

「なに、ニヤニヤしてんのよ」
「してねーっつの」
「そうかなー?」

 ようやく静流ちゃん万歳網から逃れられたらしい。
 ニコニコした静流が、紙コップを差し出してきた。
 もー、腹ガボガボ。
 あの針を舐めた瞬間ヤバイと思って、水をガボガボ飲んだからな。
 それでも、なんか嬉しくて。

「ん」

 紙コップを受け取る。

「は〜。疲れたぁ〜」

 断わりも無しに静流が、横に並ぶ。
 別に話す事も思いつかないので、ぼーっと教室の中の騒ぎを見詰めた。
 みんな笑ってる。
 夕日に照らされた笑顔。
 ちょっとだけ……。
 ちょっとだけ、自分が誇らしいと思っても悪くは無いだろ?

「ねえ、とら?」
「あん?」
「……終わっちゃったね」
「ああ」

 夕日に照らされた、静流の髪。
 忍者なんて、影に生きるもんだけどよ。
 それでもコイツには、少しだけでも明るい所で生きて欲しい。
 そんな風に思ってしまった。

「でもとらが素直に参加するなんて、思わなかったよ」
「木バナナの陰謀だ」
「解かってないなー」
「むっ」

 思わず静流を睨みつける。
 だが静流は、涼しげな顔で微笑んだ。
 出の顔を照らす夕日は、光と陰を作り出していて。

「とらは解かってない。奈那子の方が、よっぽど解かってるよー」

 ニコニコと微笑む静流が、眩しくて。
 明日も元気だったら良いな。
 口には出せないけど、そんな風に思ってしまった。
 イカンな、こりゃ。
 毒にやられてるぞ、俺。
 だから俺は静流に、顔を歪めて言い放った。
 悔し紛れだけど。

「そーかよ」
「そうだよ。ばーかばーか♪」
「なろー。ぶっ飛ばすぞっ」
「やってもいいよ♪」
「両手両足縛って、湖に叩きこんじゃる」
「いーよー。あたし、それでも泳げるもん♪」
「人の見てる前で、立ちバックで突っ込んじゃる」
「いー……わけ無いでしょ! ぶっ飛ばすわよっ!」
「うわっ! 立ちバックとかの単語の意味、知ってやんのコイツ♪」
「くぅ〜〜〜〜〜!」
「静流ちゃんは、勉強熱心ですなぁ♪」
「とらぁ!」

 本気の怒りから、逃げ出すように立ち上がる。
 あの予感とも言えない、漠然としたものに従ってて良かった。
 コイツのこんな顔が見れるなら。
『楯岡』としちゃ、駄目な感情かもしれないけどよ。
 それでも、な。

「あ、そう言えばとら?」

 逃げ出そうとした俺を、静流が呼びとめる。
 画策話術とか使う奴じゃないから、立ち止まっても平気だろう。
 無意識に手を伸ばして、静流を引き起こす。

「ん。ありがと」
「なんだよ?」
「あのさ。劇のとき、麦食み使って康哉に呼びかけたじゃない。あれ、なに?」

 聞こえてやがったのか、コイツ。
 良く鍛えてやがんな。

「なんでもね」
「…………」
「なんでもねーよ」
「ふーん」

 なにか言いたそうな瞳だったが、何も言わずに立ち上がる。
 微笑んで。
 俺の手を引く。

「ま、いっか。みんなと騒ご♪」
「……ああ。そうだな」

 俺を、喧騒の中に(いざな)う。
 もし、静流を失えば。
 この手を……光りに誘う手を、失ってしまうのかもしれない。
 なんちて。

「あ、そうだ、とら」
「だから、なんだよ」
「お疲れ様。ご苦労様」
「…………」
「それからね………………」

 夕日の中、静流が振り向く。

 踊るスカートが眩しくて。

 広がる髪が眩しくて。

 笑顔が眩しくて。


 まぶしくて。




「…………ありがと」




 なにも見えなくなりそうだったから、思わずつぶやいてしまった。




「…………静流……………」






「ん? なに、とら?」







「……俺、旅行行くわ」








「…………うん♪」






 泣きそうな笑顔が、なんだか可笑しかった。











           END









************************************************************


ああっ!
やっちまったぁぁぁぁ!

そんなこんなで、ここまで読んで頂いてありがとうございますのkyonです。
ああっ、やっちまった……。
久し振りだ、この感覚(笑)。

てゆーのも。
言い訳して、いっスか、いっスか?
駄目って言ってもしますが(笑)。
なんつーんでしょうね。
SSのつもりだったんですよ、ホント。
でも気付いてみたら……これ、続編だよぉ!(笑)。

本来のプロットとは、違うんですよね。
展開が。
こんな……『2』に結び付けて、どーすんだ、俺ぇ!
もー、参りましたな。
当初構成していたプロットに満足できなくなってきて。
気がついたら、物語だけが作者を置いてけ堀(笑)。
大河と静流を、京都で待ちうけるものは何か。
そして、あの展開……。
ああっ、書きてえ!(笑)。

とまあ、本来の『イベント追加型SS』から、ものゴッツい勢いで離反してしまった
SSになってしまいました。
終わらせたつもりの物語なのに……。
まだまだとら達と、付き合いは続くのか?
こんな所まで、好きな作家と似なくても良いのに(笑)。


それでは、ここまで読んで頂いて、ありがとう御座いました。
また何処かでお会いできたら嬉しいです。
実は、もう一つのやばげたる、『刃の下に―――陽炎―――』も執筆してるんで
すよね。
でもなんか……一度書いた物の焼きなおしは、面白くねー(笑)。


2004・3・14  『そう言えば劇ってどうなったんだ?』kyon



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