「あ〜ぁ……何なんだよ、しけてんなぁ……」
「ちょっと、とら。いい加減に諦めなさいよ」
「そうだぞ、大河。男がいつまでもうじうじと情けない」
今日は珍しく、俺、静流、康哉で帰ってたりする。
俺にしては珍しい方だな。
さっきから俺が文句言っても、二人は同調しようともしねぇし。
うわっ、つまんねぇ。
「つうかよ……今時修学旅行で京都はねぇだろ、京都は」
「だから……しょうがないでしょ。うちの学校の修学旅行は伝統的に京都なの」
「京都ってよ……今時の小学生でもいかねぇと思うぜ」
何がつまらないって、修学旅行が京都って事だ。
別に修学旅行に夢を抱いてた訳じゃねぇけどよ……
京都はねぇだろ、京都は。
こちらと学校生活とは殆ど無縁な生活を送ってきたんだから、こういう時ばっかりは青春を謳歌してぇと思ってるってのに。
「ふん……小学生なみの貴様には京都がお似合いだ」
あらら……康哉君、君は割かし酷い事を言ってると思う。
「ちょっと、康哉」
「いいんです、静流様。この様な男に気を使うなど勿体無いです」
「……ほ〜、そうですかそうですか」
これしきの事で傷ついたりはしないが、あえて此処は傷ついた振りをしてみる。
「そうだよな……」
「らしくないな……」
「とら……どうしちゃったの?」
よしよし……二人とも引っかかってる引っかかってる。
このまま演技を続けてやれ。
「いやさ……俺ってまともに学校行ってなかっただろ……
だからさ……修学旅行なんて久々なんだよ」
「……そうだったね」
「だろ?だからよ……勝手に期待してたんだ……どれだけ楽しいだろうな、とかどれだけ思い出作れるかとかさ……」
「とら……」
いよ〜〜〜〜〜しっ!!
いよ〜〜〜〜〜しっ!!
静流は完璧に引っかかった。
あとは康哉だ。
こいつはいつも散々騙してるだけあって、中々のってこない。
流石石川次期党首だ。
関係ねぇけど。
「そりゃぁよ……静流と康哉は俺と違ってちゃんと学校行ってたわけだろ。この間みたいな文化祭も、体育祭も修学旅行も何度もやってるよな……」
「……む」
「そうだよね……とらは」
「こんな愚痴みたいな事言いたかねぇけどよ……俺よ……初等部終わったら直ぐ仕事に行っちまったし」
さり気に自分を卑下するとともに軽く二人を詰るのも重要だ。
「ちょっと……康哉。とら落ち込んじゃってるじゃない」
「いや……静流様。そう言われましても……」
もうちょっともうちょっとで完全に騙せる。
「ほっ……ほら、とら。京都でも修学旅行に行けるんだから……ねっ」
「そうだぞ……大河」
二人の意識は完全に俺が掌握したな。
とりあえず近づいて来た康哉には肘打ちでも打ち込んどくか。
馬鹿にされちゃったしな、因果応報だ。
「そうだな……小学生並で悪かったな!!」
「ごふぅっ!!」
康哉が崩れ落ちる。
うん……近年稀に見るクリティカルヒットだ。
「とら……あんた落ち込んでたんじゃないの?」
「これぐらいで落ち込む訳ねぇだろ」
むしろお前等を騙す為に落ち込んだ振りをしてただけだ。
静流はもとより、康哉も騙せるとは俺の演技力も捨てたもんじゃないな。
アカデミー賞は無理でも、ブルーリボン賞ぐらいはとれるんじゃねぇか??
いや〜、しかしホントに綺麗に肘が入ったな。
「ふ〜ん、せっかく可哀想だなって思ってたのに」
「いや、別に思わなくていいから。そんなにガキじゃねぇよ」
「……大河、貴様……覚えてろ……」
足元では康哉が苦しそうにもがいている。
油断してるところに、思いっきり肘を鳩尾にくれてやったからな。
暫くは立てないだろう。
普通の人間だったら内臓が破裂するぐらいの威力だったんだが、とっさに気を入れて防御するとは。
さすが石川。
まぁ、俺も康哉なら大丈夫だろうと思って力一杯遠慮なく入れたんだけどな。
普通の奴らにはこんな事出来ねぇって、いやマジで。
「でも、さっきもそうだけどホームルームのにで残念そうな顔してたじゃないの」
さすが静流さん、良く見ていらっしゃる。
「あ〜……確かに残念だと言えば残念だったよ」
「どうして?」
「だってよ……俺ハワイとかに行きたかったんだよな」
「ハワイ??あのハワイ?どうして?」
「まぁハワイじゃなくても南国なら何処でも良かったんだけどな」
「うちの学校が海外に行ける訳ないでしょ……でもそうして、そんなに南国に行きたいのよ?」
「いや……だってよ。学年中の女が太陽の下水着になるだろ。それに現地の金髪美女達だってわんさかいる。もしかしたらトップレスかもしんねぇだろ? 想像するだけで楽しくなってくるな!!」
やべぇ……想像したら俺のアニマルが元気になってしまいそうだ。
落ち着け、落ち着くんだ、マイアニマル。
「何で私が居るのに、そんな事考えてるのよ!!」
ブォンッ!!
反射神経のみで屈んだ俺の頭上を薙刀が掠める。
……マジか?
今少しでも避けるのが遅かったら、ぱっくりと頭割られてるぞ……
つうか……今のスピードは並じゃねぇ……さすが百地次期当主。
それにどっから薙刀なんて出したんだ??
薙刀を良く見てみると継ぎ目が二つ。
あぁ、アレか。
三節根みたいになってんのか。
しかし、一呼吸の内に取り出して繋げて攻撃してくるとは感心してしまう。
「待て!静流!別に手を出すわけじゃない! 目で犯すだけなんだ、視姦ってヤツだ!」
「それも私の中だと立派な浮気なのっ!!」
突き、薙ぎ、袈裟斬りとバリエーション豊かに攻めてくる。
しかもちょっとずつリズムと角度を変えてるから避け難いったらありゃしねぇ。
「ちょっと待て。俺の頭の中の妄想にまでお前は干渉するってのかよ」
「くきーーーーーーーーっ!そんな事考える方が悪いんでしょ!」
うわっ……こいつ、男の性をわかってねぇ……
「そんな事言ったら、エロ本だってエロビデオだって見れねぇし、エロゲーだって出来ねぇじゃねぇかよ!!」
エロゲーなんてパソコン持ってないから出来ないけどな。
「浮気!!そんなの浮気に認定してやる!!」
ザシュ!
制服の胸元が一文字に切れた。
ボクシングで言うところのスゥエーバックで避けきったと思ったんだが……
どうやら、薙刀を持つ長さを変えたらしい。
今までの間合いは騙しだったのかよ。
口調は荒々しいってのに、戦い方は以外に冷静だ。
頭に血を上らせて、優位に戦いを進ませるのが俺の流儀なんだが……
今まで散々馬鹿にしてきたからなぁ……学習もするか……
「おいっ!切れてる切れてるって!! それにお前だって、俺以外でする事あるだろうがよ!!」
「わたしはとら一筋だもん!!」
……凄い恥ずかしい事を言ってる気がするぞ。
「……そりゃ、ありがとう」
「だからとらもあたし以外でするな!!」
……凄い勝手な事を言ってる気がするぞ。
「つまりはアレか……ジェラシーって奴? お前も可愛いトコあるな、静流」
「うるさい!! うるさい!! うるさい!! うるさ〜〜〜〜〜〜いっ!!!!」
ぐぉ……さらに連撃が速度を増してきた。
「おっ……落ち着け、静流!!」
そろそろ鶚が無いときつくなってきたぞ……
とは言っても、こんな攻撃を避けながら鶚を着ける事なんて出来る訳もない。
よし……逃げるか。
そうと決まれば話は早い。
俺は楯岡である前に、五遁の大河と呼ばれた男だ。
自慢じゃないが逃げるのは得意だ。
自分で言ってて悲しくなってくるけどな。
っつう事で隙をついて後ろへジャンプ。
「ぐぇっ!!」
やべ……すっかり存在を忘れてた康哉を踏んじまった。
ちなみに踏む寸前に気付いてはいたのだが、そのまま踏む事にしたのはここだけの秘密だ。
「とら、待ちなさい!」
「ぐほぁっ!!」
お〜、俺を追いかけようとした静流も康哉を踏んでるし。
康哉は可哀想な事に静流の目に入っていなかったらしい。
手加減なしで踏まれてんぜ……あっ、この場合は足加減なしだな。
あ〜ぁ、悶えてる悶えてる。
「んじゃ!!また明日な!!」
力の限りダッシュだ。
そもそも待ちなさいと言われて待つわけがない。
「とらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!覚えてなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
長い付き合く、俺の逃げ足の速さを知ってるだけに追いかけてこようとしない。
振り返るとそこには赤鬼が……ってすっげぇ怒ってるし……
前にもこういう事あった様な気がするな。
考えてみれば、よく飽きずに毎日同じ様な事してるよな。
別にいつもと違う事がしたいって訳でもねぇし。
何も無い平和な時間が続くならそれにこした事はないだろう。
帰ってきてから戦ってきてばっかりいるが、俺も戦いが好きって訳でもない。
束の間とは言え、平凡な学生の平凡な若者の平凡な時間を過ごしてみたっていいじゃねぇのかな??
無理とは分かってるけどな。
まぁ……そんな感じの修学旅行になるんなら京都でもいいか。
何もないといいんだけどなぁ……
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